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ねずみ一族の大スター☆

ねずみ一族のスターJerry。

そろそろ出番がやってきました。

マルク = アンドレ・アムランの弾く『ハンガリー狂詩曲第2番』も一緒にお楽しみ下さい。

楽しい1年がやって来そうですね。

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栗カボチャの彫刻♪

満を持して登場したイノシシもこの1年は告発の処理で大変でした。
あっちこっちからの告発で相当くたびれたようです。
契約期間も、あと2日を残して有給休暇に振り替えて、里にお帰りです。
里へ向かう峠の茶屋でひとやすみのイノシシ君!
飲まず喰わずで働いたイノシシに草団子を差し上げてお別れです。

次なる登場は・・・
芸術を究めたネズミの登場です。

一足早く、芸術作品を持っての登場です。
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芸術家ネズミは栗カボチャが好きなようです。
それにしても、彫刻の見本となる出来映えです。
最後まで完成させないところが未完成の美を追求する本能のようです。
昨日の作品です。

ネズミと云えば、長野県上田方面に「ねずみ」なる地名があります。
珍しい地名ですよね。
伝説によると、この地にはツツガムシなる風土病があり、困っている時に大きなネズミが出てきてツツガムシを退治してくれた。
その恩を地名として残しているそうです。

我が家の年老いた愛猫はネズミ捕りの名人でした。
若いときは、毎日、それも朝方になると、枕元にやって来て、今しがた捕獲したネズミを口に咥えて自慢げに見ている前で放すんです。
ネズミも『窮鼠猫を噛む』を実践しようと逃げ足のスタートを切ろうとするのですが、
天敵ネコがいると、まな板の鯉のようです。
部屋の角でより小さく身構えています。
誇らしげに見ている愛猫。
「良く、やった上出来!褒めてあげる・・・」と云うまで

そんなこんなで・・・
年の明ける前から芸術作品であるカボチャ彫刻を披露してくれました。
幸先の良い・・・
幸運が舞い込む作品だったでしょうか・・・
乞うご期待!

私はミッキーマウスよりTom & Jerryの愛嬌のあるジェリーのが好きです。

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ワシントン広場の夜は更けて・・・

年末の慌ただしさを感じない年の瀬です。
アメリカ在住の日本人の方のブログを読んでいたら、懐かしい曲に出会いました。
『Washington Square』 涙が出るほどに懐かしい曲です。

『ワシントン広場の夜は更けて』(邦題)
多分、アメリカのインストゥルメンタルを初めて聴いた曲ではなかったか・・・。

中学時代の話・・・。
中間・期末テストがある前は、家では決められた掃除は免除されラジオを聴く事が許されていたので、チューニングをしてガーガーピーピーの混じった局に合わせて音楽やラジオドラマを聴きながら教科書に目を通していたが、そんな事で頭に入ることは至難の業だった。
たまに、母の呼ぶ声がして返事をすると、エライ剣幕で怒られた。
「勉強に集中している者が、他の言葉が聞こえる筈がないと・・・」
私は学習してしまった。
呼ばれても返事をしない事で怒られる事を回避する事にした。

そんな中、NHKラジオから流れてきたのが『ワシントン広場の夜は更けて』はじめて聴くインストゥルメンタル、心に響くメロディでした。
これが、アメリカの音楽なんだ・・・いい曲だな・・・
勉強はそっちのけで、アメリカの音楽が流れるたびに手を止めて聞き惚れた。
あくる日は友人達と音楽の話題になり、みんなも聴いていた事が分かり大笑いした。
何しろ、「ロッテ歌のアルバム」しか観た事ないし、聴いた事なかった。
我が家には蓄音機もステレオも無縁な存在だった。

その時の中学校は・・・。
学生が溢れかえり65人~70人クラスがA,B,C・・・Iまでの9クラスあった。
600人ぐらいいたんですね。
学校は荒れ放題で廊下のガラスはすべて、暴徒化とした不良生徒に石や槍を投げ込まれて割られていた。
時には空気銃を打ち込んで来る悪がきもいた。
3年間のあいだに校長が3人変わった。
この事だけ捉えても、学校の様子が伺える。

そんな荒れた学校ではあったが、反面、厳しい授業風景もあった。
ひとクラスの生徒数が多いので、授業は先に先にと進んで行った。
分からない事を丁寧に教える事はしてくれなかった・・・次のページが待っているから
9クラスが学科によっては授業と生徒の入れ替えがあり、民族大移動のようでもあります。
そして、テストの結果として成績の200番までの席次表が廊下に貼り出されるんです。
学校としては競争意識が働くような目論見もあったのでしょうが
貼り出される席次表の日は憂鬱な日でもありました。
200番に入っていれば良しとしなければ行けないし・・・
入ったら入ったで後のほうは嫌だし・・・
親にも云えない成績であっても、何処にもいるアナウンス担当がいて帰宅する頃には母の耳に入っています。
何も云わない母の顔を眺めるのはつらいものでした。

余談・・・
私はテスト前になると必ず、机の配置換えをしたそうです。
癖だったようですが、新たな気持ちになりたかったのですね・・・多分に
姪っ子が私と同じように、テストの前になると机の位置を変えていたそうです。
その度に、あのダメな伯父さんにそっくりだから・・・と、罵られて、可哀相に
変な遺伝ですね。
私と同じく学力のなさを嘆く日々だったようです。
結婚式の時に・・・伯父さんに似てる、似てると云われて辛かったねとメッセージを送ったら、”伯父さんに似ていると云われて嬉しかったよ”と云われました。
多分に嘘であろうが・・・嘘でも泣かせてくれる姪っ子は可愛いですね。

『ワシントン広場の夜は更けて』を聴いた頃は、『モスコーの夜は更けて」と云う曲もあった。・・・がこのメロディを思い出すことが出来ない。
『ワシントン広場の夜は更けて』はバンジョーの響きが何とも心地よく響いてきた
デキシーランド・ジャズのこれもスタンダードなんでしょうね。
バンジョーがなんたる楽器なのか知らなかったが・・・はじめて歌謡曲と違う曲に接した曲だったような気がします。
聴いて口ずさんでしまった!が、聴くと席次表を思い出してしまう悪い条件反射の曲でもあります。
まさにパブロフの犬です。

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覆面パトカー・・・

年末の慌ただしい時期に風邪を引きました。
師走の風雨に晒されて目指すは中華料理屋のチャーハンを食べに行こう。
滅多に来ない中華料理屋ですが、この中華やさんは結構繁盛していて昼時は待ち時間もあるようです。
風邪を持参して鼻水垂らしながらラーメン食べるにはコツと勇気がいります。
何となくチャーハンが食べたくなり昼時を少し外してやって来ました。

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駐車場に入ろうとしたところ、目の前に天井から突き出た赤色灯が目に付きました。
獲物を捕獲したようです。
覆面パトカーのお出ましですね・・・必ず2人で乗っています(参考までに)

早速にデジカメでパチリと・・・。
知り合いから聞いていたんです
この道路は四六時中、覆面パトカーが往来していて結構、売上に貢献している道路だと。
車の量が少なく、直線道路。これだけでもスピードアップは屁の河童です。
今どきの道路で40キロ規制。
捕まえる為の道路のようです。
赤切符を切られている前の車の運転手の方は気の毒です。
・・・なんて、運が悪いんだろうと嘆いている声が聞こえて来そうです。

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今では大人しい運転を心がけております。
何度となく赤切符を切られ、累積で60日・90日に聴聞を受けての120日と免許証を相当に汚しました。
一度は、こんな事もありました。
明日で無事故無違反の1年が満了する前の日に、青山ベルコモンズの前の交差点で20メートル出たばっかりに信号無視で捕まり、見逃してくれませんでした。

しかし・・・
今では酒気帯び運転も30万円・50万円とだんだんと罰金が高額になり金額を聞いただけで酔いも覚めそうです。
そんな中、改正前の出来事で・・・
どうしても、車で峠のお宿まで帰らなければ行けない時にお得様から急遽なお誘いがあり飲み屋街に出かけました。
車だから飲めませんと、念を押したにも関わらず、俺の酒が飲めないのか等と管を巻かれ、コップ一杯が、二杯となり、顔を真っ赤にしてお開きとなりました。
さぁ~てと、どうしたもんかと考えた末に、街から峠のお宿まで代行は使えません
(当たり前です・・・片道10万円ぐらいかかりそうです。)
取り合えず、バイパスの道の駅まで車に乗って・・・
300メートルも走ったでしょうか、先方に赤色灯が点滅しています
間違いなく検問です。
ハッo(;'0')oシマッタ!
検問の手前50メートルのところにあった第一生命の駐車場に入り、
エンジンを止めると同時にリクライニングを倒して寝たんです。
検問中の警官が走ってくるのは見えました。
シートを倒して寝ている私を凄い形相で窓を叩き、起されました(笑)
顔は真っ赤かです。
「逃げたのか!」
「逃げてませんよ、飲んでいるので最初からこの駐車場に停めて寝ようと思ってました」
「本当か?」
「本当ですよ」
「取り合えず検査をしろ!」と、アルコール濃度の検査を行いました。
腹の底から息を吐かず・・・口の中だけで吐く・・・
人から聞いた話を思い出し、実行してみました。

飲んでいる事は最初に認めていたので、アルコール濃度が少し高めでしたが、この駐車場で寝ると云う事が功を奏したようです。
「酔いが覚めるまで起きるなよ!」と
1時30分まで行っていた検問から、30分経過した2時まで駐車場で過ごし、帰途に着きました。

相性の良い警察官で助かりました。
それ以後は、一度として飲んで運転した事はありません。
いまは、無事故無違反でゴールド免許です。
あれ~・・・8月に携帯で切符切られたからゴールドは没収ですね(笑)

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クラシックからの転進


先日のピアノ協奏曲 20番で卓越したピアノを披露した20世紀を代表する
ピアニストFriedrich Gulda。

鬼才Friedrich GuldaはClassicを離れてJazzの世界に飛び込みます。
Jazz界を代表するHerbie Hancockとのコラボ。

貴重な動画です。
お楽しみ下さい。

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憧れのカブト虫・・・1302

ブログのお友達から教えていただいた可愛いカブト虫のYouTube。
懐かしいフォルクスワーゲン・ビートルのYouTubeを見ていると、若い頃の自分を思い出してしまった。

社会人になった23歳の時に東京池袋の自動車学校で晴れて自動車免許証を戴きました。
営業職なので指定された時間に学校に行くのは容易ではなかったが、何とか合格。
しかし・・・仮免で1度落ちました。
落ちた仮免受験の日は、丁度、雨が降り視界が悪かった。左折する交差点で前を走っていた車が突然、停車して運転手が降りてしまった。後に付けていた私は抜き差しならぬ情況に置かれてしまい、追い越す事が出来ずに・・・鐘が鳴ってしまった・・・不合格です。

車の免許については・・・
薩摩寺子屋時分には免許取ることはまかりならぬとの、親の言い付けを守り自動車学校には目もくれずに市電と自転車で日々を過ごしていた。
兄弟揃って4人とも大きな交通事故に遭い、自動車の怖さと危なさが親の言い付けの元になっているようです。
私は、幼稚園に上がった年の正月3日に、交差点の角にあった実家で庭遊びをしていたようです。道路に面した庭に立っていると、交差点の向うから猛スピードでスクーターが走ってきて、右に曲がり損なって私と正面衝突。
私は宙に舞いコンクリートで出来た側溝に頭から落ちたそうです。
この事故以来・・・私の脳は限りなく低下の一途を辿っています。
救急車で運ばれたが、意識不明の重態。
3日3晩のこん睡状態から奇跡的に助かったと・・・あくまでも、聞いた話です。
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そんなこんなで免許を取りたい!
自動車学校に行く費用を頂戴などとは、口が裂けても云えない話です。
その為に社会人になったら、すぐに自動車学校に行こうと決めていました。
念願かなって晴れて取得した免許証です。
車に乗りたくて仕方がありません。
同僚達は18歳の頃には免許を取っていて華やかに乗り回しています。
寮の駐車場は、そんな連中の車でいっぱいでした。
しかし・・・
免許は取得しましたが、車を買うほどの余裕はありません。
車を買う為の計画を練り、安い労働賃金から節約して貯める事を実践しようとしますが、彼女から声がかかると節約の二文字が消えてしまうんです。

彼女には良いところを見せたいし、奮発してしまうのです。
計画は何度も何度も頓挫します。

遂にやって来ました。
免許を取得した時から乗りたい車は決まっていました。
同僚が紹介してくれたヤナセの営業の方が会社まで来てくれたんです。
フォルクスワーゲン・ビートル1302
憧れの1302です。
本当は紺色の1302が欲しかったのですが、買いたいと思ったときはすぐに
欲しいものですね。
白だったら1ヶ月程度で納車できると云われて『ハイ! お願いします』
虎の子の164万円は羽根が生えて、飛んでいきました。
当時はとても高価な高級車です。

納車された日から、日課としてセッセとワックスで磨く私がいます。
日曜日ともなると、デートするのか洗車して磨くのか・・・
彼女にはいつも怒られていました。

今では、車に憧れなんて・・・ありません
走れば良いんです。
最近は暖房の利きが悪くなっているような、そんな気がします。
住めば都と同じで・・・乗れば愛車で天国です。

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ピアノ協奏曲 20番 K.466


今宵は素敵な音楽で・・・

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ほぼ日手帳2008

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閑話休題。

手帳と云えば手帳のブランドになった感のある、ほぼ日手帳。
注文していた『ほぼ日手帳』が10日前に届いていたのをようやく開封した。

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満4年目を迎えるほぼ日手帳です。
今年はワインレッド(エンジ)のカバーでしたが、来年はチョット妖しげなグレープの色にしました。
カバーの色を考える時はチョット楽しかったです。

以前は、システム手帳を中心にいろいろと使って来ましたが、どうもしっくり行かなく、いつも3月ごろになると白紙のページが続くようになり、そのまま使わなくなり机の上で埃を被ってしまっていました。
大事な用件などは他に持ち歩いている大学ノートで代用するようになった。
しかし、どうも手帳がないと落ち着かないですね。
それに大学ノートに書いても書いた場所を探すのがひと苦労。
大した事を書いている訳ではないが・・・人並みにと云う事でしょうか。
ところが・・・。
ほぼ日手帳になって、途中で挫折する事もなく365日を埋めている事に気が付きます。
私にとっては、とても便利でお気に入りの手帳だったんですね。
特別に変わった仕様になっている訳でもなく、自然に書ける楽しさがあります。

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出金台帳として領収証を添付したり・・・
下手なイラストを挿入したりして楽しんでいました。
ネットワークに関する事は仕事の本筋ですので暗号にして書き入れます。

それに面白いのは、昼の食事のメニューは必ず書きます。
うどん・カレー・ほか弁(唐揚げ弁当)・玄米フレークに豆乳とかを書くようにしています。
これにカロリーでも書くともっと良いのでしょうが。
読み返してみると、なかなか・・・恥ずかしい文章も目に付きますね。
やけに固有名詞が出てくるし(笑)
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気に入った俳句や川柳が書き殴られています。
特に・・・
何かにつけ書き記す俳句のお気に入りの句が顔を見せます。
『木枯しや 目刺しに残る 海の色』  大好きな句です。
小さい頃に、七輪の上に乗せた目刺しを団扇で扇ぎながら焼いた事は忘れる事が出来ません。

今年のワインレッドのカバーのほぼ日手帳も・・・12月31日まで使い切ります。
そして・・・
グレープカラーのほぼ日手帳にバトンタッチして年が明けます。
良い年になるように祈りながら・・・
バトンタッチの中継地点はもうすぐです。
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明けましておめでとうございます。
0時15分。春日山神社参拝。
・・・から、2008年はスタート致します。

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パリは燃えているか

先日の雪で・・・
稲刈りが終わった田んぼにはうっすらと雪化粧をしています。
雪が降る前までは、刈り取った稲穂には、新しい芽吹きありました。
芽吹き稲穂と落穂の風景が広がっていたのです。
そんな落穂をミレーの落穂拾いはこんな光景として描いたのでしょうか
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中世の貴族社会においての下層階級は収穫後の落穂拾いは生活の糧
だったのでしょう
今は何事においても飽食で贅沢になっているなぁ~
大食い競争などは辛い気持ちになる
その日を過ごす事の出来ない人が沢山いると云うのに・・・

そんな事を考えながら好きな雲を眺めていると妄想が始まります
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山が燃えている!
いや
湯煙で新たに出来た温泉かも知れない・・・
まるで草津温泉とか伊香保温泉がそれとも湯沢温泉が出現したような
山間から白い煙が幾重にも重なって空に伸びています
温泉に行きたいなぁ~
行くのは決まって近場の日帰り温泉が唯一の温泉です
露天風呂で月見酒♪ 混浴だともっと良いなぁ~(目が虚ろ・・・)

しかし山が燃えているようにも見えますね
燃えていると云えば『パリは燃えているか』良い音楽でした
加古隆のメロディラインは心が癒されますね
・・・私は毎日、パリは燃えているかを聴いているんですね
何しろ携帯の着メロがこの曲です。
携帯に掛かって来ない日もありますから毎日は大げさでしたね。

加古隆の「パリは燃えているか」はNHK「映像の世紀」の主題曲でした。
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NHKスペシャル『映像の世紀』
ファンである山根基世さんのナレーションがまた好きで楽しめた。
ドキドキしながら番組を見入ってしまいました。
とても早いスピードで取り込まれていきましたね・・・

リュミエール兄弟がシネマトグラフを発明し、
人類が動く映像を記録するという術を得たのが19世紀末。
20世紀はその幕開けとともに動く映像として歴史を記録することが可能になった
最初の世紀が20世紀。

曲の題名が
何故に「パリは燃えているか」になったのでしょう?

ここに大ヒットした映画があります。
映画の題名を使ったのでしょうか
映画のサウンドトラックとは違うようです。

その題名も「パリは燃えているか」です。
1966年 仏米合作でアラン・ドロン・ジャンポール・ベルモンド・カーク・
ダグラス・イヴ・モンタン・アンソニー・パーキンスなど豪華なキャスティングだ

1944年8月25日のパリ解放から遡ること2週間、解放に向けて事態は急速に
変化していた
連合国軍によるドイツ軍包囲網は狭められ、フランス軍ルクレール将軍はパリへの
進軍を請願していた。
ドゴールは敵の目を逃れ、フランスへの帰国を試みる。
パリ市内では抵抗運動が着々と組織され、レジスタンスが警視庁をナチスの手から奪い取り、ついに市街戦の火蓋は切って落とされた。
砲弾飛び交う中、人々は何を考え、どう戦ったか。

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そんな事を思いながら山間から空に向って伸びて行く雲を眺めていました
空想が空想を呼びパリまで飛び火してしまったようです
燃え上がるパリに向って飛んでいるカラスに託した爆撃編隊・・・無事を祈る!

居眠りしたようです
携帯の着メロ「パリは燃えているか」に起されました。
約束の時間が・・・遅刻寸前!

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昔話。海外出張・・・最終回

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遂に・・・
初めての海外出張は終わりを告げます。
羽田に戻ってきました・・・が、しかし・・・

二晩続けての夢の世界は・・・
それに運河に浮かんでなくて良かったです。

パリに戻ってきました。
リポートの整理を行います 写したフィルムの日時の確認等を行いながら
肝心の土産について3人で話し合いをしたのです。

肝心の土産とは・・・
それは解禁された無修正の画像です。
それはそれはレポートに次いで大事な雑誌です。
50冊ほど集めました。
サンプルとか資料を入れるために現地で購入したバッグの他に新たにバッグが必要な状況になりました。ジャンケンして誰の荷物にするか決まりました。
雑誌を丁寧に詰め込んでその上にサンプルの商品を置きました
羽田の税関で見つかったら即刻没収です。
祈る気持ちで・・・帰国機のエールフランスに乗り込みました。

帰国もトランジットはアンカレッジです。
3人とも同列の座席が取れずバラバラに座っています
文覚はエロ雑誌の行方を気にしながら買い求めたmarie claireの最新号
とフランスの手染めの基本なる雑誌をポケットに入れて座っています。

機内では映画が始まりました・・・
スチュワーデスが近寄って来ました
文覚のところで立ち止まりポケットからmarie claireの最新号を取ろうとしています。
直ぐに手で押さえて・・・何するんだ! 
この雑誌は私のものです 私が買ってきた雑誌です
それでもフランス人のスチュワーデスはmarie claireを取ろうとしています
なにやらお互いが興奮して怒号になりそうです
「#$%%%(’”@?□▲○■&%」
「なにしやがるんだ・・・このやろう・・・」
フランス語と日本語・・・噛み合いません。
同じ列にお座りの外人が声を掛けてきました
この雑誌を見せてくださいと云ってますよ
エッ!
そうなの・・・
穴があったら入りたい、そんな心境です。

その後のスチュワーデスの行動は想定内です
文覚だけジュースのサービスはありませんでした。

何だかんだと云っても羽田到着です。
短くも長かった出張でした。

さてと税関を通って・・・お楽しみのエロ本を・・・
ところがエロ本を入れたバッグが出てきません
30分待って・・・1時間待ちましたが出てきません
段々と呼び出しが掛かるのではないかとの不安と焦りが出てきます。
居ても立っても居られない辛い情況です。
荷物の持ち主の当の本人は真っ青です。
しかし、仮にエロ本は没収されても仕方ないですがサンプルも一緒に入れてあります
これは非常に困りました。
係員に調べてもらって2時間ほど経過した時に案内がありました。
お探しのバッグはニューヨークで見つかりました。
何とエロ本を入れたバッグはフランスからニューヨーク行きの飛行機に積まれたようです。
安堵しました。
バンザイ バンザイ バンザイ です。
会社の手違いと云う事で後日、会社まで届けると相成りましたが
エ~~~~~~~それは困ります。

そうも行かなかったようです
2日後、日本橋の会社に届けられました。
部内では失笑ものです
部長・課長からは罵声と叱責を受けました。
同僚は大歓迎です・・・仕事どころではありません。
女子社員の冷たい視線を忘れる事は出来ません。

多分、今でも語り草になっている事でしょう
ジャンケンで負けて荷物がニューヨークまで行ってしまった彼は
今では子会社の社長に納まっています。
本社の役員にはなれなかったようです・・・
この事が原因でマイナス評価だったのかも知れません。

これにて海外出張 おそまつ君の珍道中記は終了です。
ご静読・・・ありがとうございました

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昔話。海外出張・・・その8

20030123
西ベルリン・・・最後の夜

西ベルリンでの滞在が長くなったのには理由があって本当はフランス染色の町
「ミュルーズ」が予定されていたが先方との日程の都合が付かなくなりミュルーズは
次回出張で行く事になった
大好きなフランス人形に会う事になるのですが・・・

昨夜のテレフォンバーは刺激的でした。
同行の二人も文覚に続いて夢の世界に入ったようです。
先輩は苦笑いしながらボックス席でみんなが戻ってくるのを待っていました。
これで先輩に弱みを握られたわけですから先輩後輩の学生的な服従から絶対服従に格上げになりました。辛い・・・デス。

早朝からT紡績の方が3人来られて今後の営業に関する打ち合わせが延々と・・・
明日にはパリに戻って帰国へ向けての準備です。
T紡績の方に昨夜の話をすると・・・目の色が変わりましたよ
最後の夜の今晩は行かないんですか?
まぁ 一応目的は達しましたので・・・目尻が下がり鼻の下が伸びた顔でしたり顔です。
T紡績の方、攻めて来られます
私には次の出張がないんですよ・・・
もう涙顔です。
したり顔の我々3人でしたが、T紡績の方から提案がありました。

みなさん3人の費用を持ちます!
同行してください・・・バンザイ!バンザイ!バンザイ!心の中で叫びました。

今夜も素敵な夜になりそうです。
昨夜の先輩は仕事の都合で行かれません・・・ドイツ語はどうなるのでしょう
何とかなるでしょう
ハグの世界です・・・ハグハグ エイエンニ・・・

夕食でドイツワインをしこたま飲んで7時に出発しました。
表から1本裏に入った薄明るいレンガ通りにひと際目立つネオンの店はありました。
なんとも重厚な扉です
中に入るとエンジ色のフカフカの絨毯が迎えてくれました。
シャンデリアが煌々と輝いていてまるで高級クラブに来たような雰囲気です。

総勢6人の小心者の日本人一行です。
フカフカのソファーに案内され座ると、直ぐにワインがドンと置かれました
何でもワインです。
とても美味しいんですね 幾らでも飲めます。
座った目の先にはカウンターにズラリとドレスを着た淑女?が12~3人座っています。
カウンターの上には大きな鏡が付いていて淑女の顔を見れるようになっています。
中には鏡に向って笑顔を返す淑女もいます。
・・・若そうです。
それに淑女の前には番号が振られています。

ウエイターが説明に来ました
気に入った娘が居たら番号を書いて欲しいと紙とペンを置いて行きました。
昨日で少し馴れたのとお気に入りは同じになると行けないので早めに・・・
7番を指名です・・・
振り返ってニコッとしています
カワイイ!d(⌒ー⌒) グッ!!

別部屋に案内されました
どうも顔と背丈のバランスが合いません・・・顔は小さいのに180センチはあろうかと
まさに大木に蝉を覚悟しました。それにしても大女です。
歌麿にはなれません・・・一寸法師です。
それも北極にいる感じです・・・心が冷えてすべてが縮こまっています。
それに・・・部屋に入ると幅15センチはあろうかと思われる重い扉がギシッと音を立てて閉まりました
もう逃げられません
下手したら一巻の終わり?
西ベルリンの運河に浮かんでいる文覚を想像してしまいました。

come on baby!
怖い・・・

黒いドレスを脱ぎ捨てた淑女は・・・何と20センチはあるハイヒールを履いていたんです。
可愛い顔に変身しましたよ。

もう・・・
歌麿の世界です。
グッ!! ( ̄ε ̄〃)b
体力を使い果たしました。

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昔話。海外出張・・・その7

ビアホールにて・・・
Beer
悔しくて寝れない西ベルリンでの1日目でした。
それでもレポートを書かない訳には行きません。人使いの荒い会社です。
明日はボン駐在の先輩が来て今までのレポートについての経過報告があるので・・・必死です。カップ麺が食べたくなったのでフロントに・・・boil water? hot water? 通じません 仕方なく風呂のお湯で食べました。
boiling waterが出てこなかった・・・。

染色見本市を足を棒にして見て歩き・・・疲れ果てました。

昨日のボッタクリを聞いて駐在の先輩は大笑いです。
今夜は違うところに連れて行くよ・・・で、馴れている先輩を先頭に夜のお出かけです。
大きいビールピッチャーのネオンが煌くビアホールに入っていきました。
広い店内には熱気がムンムンしていて笑い声と奇声が聞こえてきます・・・ドイツ語ですが
目の前に置かれたのは特大ジョッキーが4本・・・まるで花瓶です
料理は見事なソーセージの数々・・・それに黒パンが山盛りで置かれています。

ドイツ人は陽気です
隣の席の方が喋ってくるのですが我々3人は・・・チンプンカンプンです
先輩がにこやかに応対しています。
そのうちに・・・場がざわめき始めました。
立ち上がって踊り始めています
バストが2メートルもありそうなビア樽の女性に笑顔で誘われました
もう・・・操り人形で・・・酔いは一気に進んでいきます。
胸に挟まれて窒息寸前それに、顔中至るところにキスをされて眩暈がしています。
若くて可愛い娘だったら良かったんですが・・・ビア樽の女性です。

ひとしきり踊りに付き合わされて席に戻ると、先輩とドイツ人の方、数人と話をしています。
急にドイツ人のそれも沢山の方が・・・握手を求めてきました。

ここからは先輩の通訳で・・・
「日本から来たのか・・・」
「日本には可哀想なことをしてしまった」
「もう一度、戦争をしよう・・・腰抜けなイタ公を外して」
「イタ公がいたから負けたんだ 悔しいだろう・・・」
「広島と長崎には本当に可哀想だ 何かしてあげたいが・・・」
「よし 待ってろよ」

ビアホールに居る100人以上はいるであろう団体さんの方に消えて行きました

大きい帽子を手にして・・・大きい声で何か云っています

「みなさん ここに日本の方がお見えになっています」
「我々の意気地なさで日本を敗戦国にしてしまいました」
「特に広島と長崎の原爆の被害者には大変気の毒です・・・」
「広島と長崎の為にカンパをお願いします・・・」

有り難いことに20万円ほど集まりました。
広島と長崎の為に使って欲しいと云われた20万円の大金です。
ボッタクリと相殺されました。

共犯ではありますが悪いのは文覚です。
時効として・・・お許し下さい。

その3で・・・大女との出会いが・・・

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昔話。海外出張・・・その6

Berlin1
ヨーロッパの染色の特徴は・・・色落ちする事を承知の堅牢度が低い染色でした。日本では到底考えられないものでした。日本での色落ちで許されるのは藍染めぐらいで他の商品で色落ちするとクレームの対象となり大変な騒ぎになります。
ヨーロッパではすべてにおいて色落ちは当たり前で騒ぐほうがおかしいと何度も云われました。
手染めの文化を確立していたんですね。
そんなこんなで・・・・
染色の見本市と会社訪問・工場見学で西ベルリンに行く事になったのです。
ドイツ国内でありながら陸の孤島となりある意味、鎖国されている状態です。
市民の方と色々と話をしていても西ベルリン以外に行った事がないと云う人がたくさんいらっしゃいました。井の中の蛙状態です。

色々な貴重な体験をした初めての海外出張でしたが極めつけはこの西ベルリンで起きました。

たまには夜の街に出かけたいよね・・・の一声ですぐにまとまりました。
常に3人の相部屋です いつもツインが2部屋用意されているのですが、3人仲良しでツインのベッドを寄せて3人で寝ていました。

フロントでstreet girl?等と聞いたように思いますが・・・
取り合えずタクシーを呼んでもらい、ドライバーに身振り手振りで説明します
ある1軒のネオンサインのない建物にドライバーは行って、小さな窓に向ってなにやら話をして戻ってきました。
OK!
少し怖い感じはしましたが西ベルリンは外に逃げられないので比較的安全な街であるとは聞いていましたので・・・すこしオドオドしてドライバーのニヤケタ笑みを横目で見ながら入って行きました。

中は真っ暗です 漆黒の闇状態です。
手探りで見つけたソファーに座ると・・・だんだんと目が慣れてきて薄くぼんやりと見えてきました。大きいフロアには絨毯が敷かれていています。テーブル席はないようです。人の顔が見えるようになりました・・・みんな私達のいる入り口の上のほうに目が行っています。
上を見るとなにやら映画かなにかを上映しているようです
我々も背を低くしてフィルムを見ようと移動して行きました。
ソファーに座るや否や・・・飛び込んできたフィルムは、今まで見た事もない18禁無修正ムービーです。凄い迫力で飛び込んできます。
3人とも身を硬くして一身に・・・集中して観ています ドキドキしています。
ようやく回りの様子が見えるようになりました。

キャー!ビックリ!! (*゜ロ゜)ノミ☆(;>_<) バシバシ
フロアにいるすべての人がヌーディストです。
それも一糸纏わず・・・・洋服を着ているのは我々3人だけです。
中にはフロアに倒れこんで抱き合っている男女が何組か・・・見えます。

いつの間にか3人の横にはスレンダーな美女が全裸でご登場です
この場合、どうするのでしょうか
基礎知識がないから応用が利きません・・・・・・・・・・・・・・www
咽喉が渇き・・・興奮しています
手を伸ばせばそこにはもち肌の金髪美女が笑顔で迎えてくれています。
それでも動画に目が釘付けです。

シャンパンを飲んでいいですか?
どんどん飲んでください どんどんと・・・

海外出張に行く前に先輩に云われた一言を忘れています
ヨーロッパでシャンパンは絶対飲ませるなよ! 念を押されていたんです

どんどん 飲ませたシャンパン!
血の気が上がっている3人 極限の興奮状態です
今日は服を脱ぐ勇気がないので・・・明日来ます。
必ず明日来ます・・・・
下半身はパンパン まともに歩けません。

チェック・・・・・・・お勘定
当時のお金で23万円!(今でしたら100万ぐらい・・・でしょうか)
エッ! マルク・ドル・円で掻き集めて払いました
運河に浮かぶ3人を想像しました。
出るや否や、タクシーにも乗らず走って帰りました。
どこをどうやってホテルまで帰りついたのか・・・今でも不思議です。

この事が・・・復讐となって破廉恥は続きます。
破廉恥記念のマッチ!

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昔話。海外出張・・・ひと休み

Panam
海外出張のドジ紀行は・・・ドイツ編が最大の山場です。
その前に・・・

初めての海外出張がヨーロッパ 
しかも目的である染色加工の視察が西ベルリンに集中していました。
ミラノから一旦ボンに入りボンから西ベルリンへはPAM AMです。
ドイツのルフトハンザ航空は飛んでいないんです。
西ベルリンへは東ドイツ領内を通過するので同じドイツであってもルフトハンザ航空は日本と同じ敗戦国なので連合国の航空会社しか飛べないようでした。

ドイツ編に入る前に・・・
ボンでは4時間ほどの待ち時間があり・・・3人でアダルトショップに入りました。
すでにヨーロッパでは解禁になっているヌード写真を片っ端から見て行きました。
日本ではお目にかかれない代物です。
4時間なんてのはあっという間です。
まるで谷岡ヤスジの鼻血ブー!('ε'*)です。
何冊か買い込んでPAM AMに乗り込みました。
機内でも、飽き足らず読めないドイツ語を外して写真に釘付けです。
夜間飛行で機内は暗くなっていましたが我々3人のところだけ灯りが点いています。
ようやく眠りにつきました。
目が覚めた時には機内食の時間は終わっていました。
失笑を買ったのは云うまでもありません。

余談・・・
東ベルリンから日本に宛てた葉書は1年後に文字が見えないぐらい沢山のスタンプが押されて届きました。

2回目の海外出張でテルアビブに行ったとき・・・文覚の荷物だけがチェックの対象となってたくさんの方がいる前でバッグを開けられました。小銃を抱えた兵士に取り囲まれて今にも息が止まりそうでした。
このテルアビブには・・・同級生が

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昔話。海外出張・・・その5

T_rommbr18
悔いが残るリドでの所業を反省しながら・・・

今回の出張での収穫を得るべきローマ・ミラノ・フレンツェに向います。
特にフレンツェは織物の街として知れ渡っています。
イタリアは独特な色使いで陽気で人見知りをしない荒唐無稽なラテン人種です。

フレンツェに行く前にローマを少し見学しました。
トレビの泉????探し捲くり何度も素通りしたところでした 
思いの他小さかったです。ご縁がありますように・・・5円を投げ入れてきました。

イタリアではアイスクリームに気をつけるように云われていましたので観光気分よりジェラードを持っているイタリア人を眺めていましたね
そう云う我々もジェラードを戴きましたが・・・美味しい!

ただただパリでは街中が汚かったのに比べてローマは比較的きれいでしたが、車は半端でなく汚れていました。どうしてこんなに汚いのか駐在の方に尋ねましたら、イタリアでは新車は直ぐにボコボコにされるそうなんです その為に新車で購入しても直ぐに泥を塗ってわざと汚す事が分かりました。
大変な国です
清潔好きの日本人にとっては考えられない習慣?でした。
毎年、大晦日には部屋の中にある不要なものを外に放り投げる習慣があるとも聞きましたそして、クリスマスだったか大晦日だったか、出会った人と誰とでもキスできるとも云われました これはパリでも聞いたような気がしました。
期待に胸躍る・・・その日は片想いのところに行けば思い悩む事もありませんね

ローマではシェスタの合間を縫って駐在の方と打ち合わせです
我々も郷に入っては郷に従えだからシェスタ・・・を体験したかった。

ミラノ・フレンツェに行ったらローマには戻ってこないので、ローマと云えばオペラ・・・オペラとカンツォーネディナーが一緒になった小さな劇場に連れて行かれました。

先ずは・・・ワインに度肝を抜かれます
4人掛けテーブルの上には一升瓶に入ったワインがドンと4本置かれています。
それに一升瓶のワインはお代わり自由です。
まるでお冷が入ったコップと同じ感覚です。
でも・・・これが美味しいんです ガブガブ飲めるんです。
一昨日のリドのことなんてすっかり忘れています。
カンツォーネを歌う歌手が出てきたときは、もうすっかり出来上がっていました。

小劇場の一階席にはアメリカの農協の団体さん(後で聞いたらカリフォルニアの農業の団体さんである事がわかりました。)を見下ろす狭い二階席に陣取った私達は、そのアメリカの団体さんの中にとても可愛い人を見つけてしまいました。
何気なしに出た言葉が・・・ベティさ~~ん(ほんと、年がバレます)
舞台そっちのけでベティさんに釘付けです。
ベティさんに黄色い声援を送っています。
舞台では我々に気がついたのでしょう・・・・小さな劇場の舞台です。
突然・・・・日本語で我々に向って
「ニポンノカタ アリガトウ イマカラニポンノウタ ウタイマス」
ピアノの弾き語りで「さくら」を歌い始めました。
ベティさんがこっちを向いて笑っています。
・・・・・ベティさんに向って投げキッスをする恥知らずな日本人。
もう、留まるところを知りません 投げキッスの連発です。
酔っ払いは・・・とは、こんな感じなんですね。

駐在の方が呼ばれて・・・団体さんのところに行きました。
ベティさんとその周辺の方と何か喋っています。
団体の皆様は爆笑です・・・何があったのでしょうか

ベティさんは新婚旅行で団体さんと一緒に来ている事がわかりました。
旦那さんと立ち上がって笑顔を振り撒いてお辞儀まで・・・
一瞬にして失恋しました。
文覚だけではありません・・・4人ともです。

後日談で・・・駐在の方曰く
ベティさんの本名はメアリーさんでした。
楽しい新婚の良い思い出になったと云われたそうです。
汚れにまみれた当時の日記を読んでいます。

次はとても刺激的な・・・ドイツ編です

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昔話。海外出張・・・その4

Lido
ニースからアンチーブへ・・・
最初の業務命令がアンチーブです。
染色の見本市があってサンプルを取り寄せる交渉を行います。
これは、仕事ですから駐在の方からのマニュアル通りに・・・なんなく

アンチーブと云えばピカソですね。
ピカソが陶器を焼いていた場所で陶芸教室が開かれていました。
見ている前でものの30秒位で花瓶なんかを作って行きます その早さには吃驚させられましたが、みんなが拍手すると直ぐに壊して他の形を作っていくのです。
まるで魔術師のようでした。

次なる・・・目的地は花の都パリです。
お腹いっぱいのムール貝に生牡蠣・・・よだれが止まりません。
駐在員が連れて行ってくれた所は熱気がムンムンした大きなビアホールみたいな所でした。何はなくてもムール貝・生牡蠣です まるで子供が駄々をこねている、そんな感じです。
山と積まれたムール貝はそれはそれは・・・美味です。
満足そうに席を立つと、直ぐにウエーターが来て今まで座っていた椅子をテーブルに乗せ始めました・・・レジスターはウエーターです。その席もウエーターの管理している席なんだそうです。ニースでは感じなかったのですが、パリでは当たり前のように直ぐ椅子を片付けていました。

それにパリの市街地はゴミが大量に落ちていてとても汚かったです。

食事の後に・・・日本では名の知れたブランドメーカーの企画担当の方がお見えになっていて自己紹介の挨拶とチョットした企画の練り合わせがありました。
我ら3人はなにやらソワソワしています。
パリの目的はムール貝と生牡蠣の他に・・・とっても大事なこれを外すと悔いが残る話です。打ち合わせも11時になりました。
お開きです・・・万歳!!!

でも満腹の中にしこたま飲みすぎたワインで腹の中は洪水状態です。
少し眠くなってきましたが・・・この機を逃すと一生見れないレビューが目の前です。

Lido de Paris

やって来ました リド 念願のリドです。
華やかなダンス、アクロバット、マジックと多彩なショーとダイナミックな舞台装置が見物。メーカーの方と一緒に出かけましたよ。
最後列に陣取った我々はステージにヘリコプターが出現した時点で卒倒してしまいました。あの狭いステージに巨大なヘリの出現です。
どうも、酔いが回ってきたようです。
そんな時に今まで食べた事もないような生肉(レア)が出て来たのです。
その隣にはお誂え向きのソーセージが添えてありました。
ブランドメーカーの女性の企画の方と・・・・
もう、舞台なんか見ていません
満腹で食べる気もしません 生肉・ソーセージ・エスカルゴで遊び始めたのです
下ネタ満載です。
我々の席だけひとしきり大きい笑い声が聞こえて来ます。

----------------中略---------------------------

追い出されました。
ディナー用のスーツは汚れてしまいました。

散々な目に合ったリドのレビューでした。
まったく憶えていません。

決して文覚だけの責任ではありません。
共犯ではありますが・・・
この事が縁でメーカーの企画の方と・・・食事に行ったりしました。

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昔話。海外出張・・・その3

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ニースの浜辺には期待したヌーディストは・・・全く居ませんでした。
いくらかのコインで見れる双眼鏡が設置されていて丹念にくまなく見渡したのですがカップルは大勢居ましたが、目的のヌーディストは皆無でした。とても残念でした。

駐在の方からの指示もありましたので商店街のリサーチです。
先ほどのレストランでの一件がありましたので・・・怖いもの知らずになっています。
この日のニースには至るところにアランドロンのポスターが貼られていました。どうも撮影で来ているらしく場所がわかれば走って行きたいところです。人気の高さが窺えました。

ある一軒のお店に入りますと、柱ぐらいの太さの木が縦横に走りその柱に生成りの毛糸玉が無造作に掛けられています それも大量の毛糸が・・・
後で知る事になるのですが、フランスでは染色が盛んでセーターと云えば手編みの事で好きな色に染めてくれるお店だったんです。

このお店の中にフランス人形がいらっしゃいました。
流石にフランス人それも人形です。
可愛いです。
何とか話をしたいなぁ~~~と、訳の分からない日本語・英語チャンポンにして喋ってみますが反応はありません。しかし 異国の地で二度と会うこともないフランス人形です。3人してボディランゲージです・・・
分かったのでしょうか 笑顔で返してくれました。
3人ともそれ行けドンドンです。

どこに泊まっているの・・・と、云ったような気がします 気がしただけです。
一緒に歩き始めました
3人とも天にも昇る・・・まさに有頂天です。

ホテルに入りフロントで高いところの部屋だったように思います
何とフランス人形も一緒にエレベーターに乗るじゃないですか・・・
どうしよう 困ったね
全然困っていないのですが・・・
何か段取りを考えているのです。
流石に日本人です 緻密な計画の段取りが着々と進められています。

何と降りる階まで一緒じゃないですか・・・これは100%のようです。
o((=゜ェ^=))o''ワクワク♪(*^o^*)ドキドキ(*゜O゜*)バクバク
部屋のキーを差し込むとニコッと笑うじゃないですか・・・・
開けた瞬間・・・雪崩込むように一緒に入ったのです
まさに火山の爆発です

戸を閉めた瞬間・・・
フランス人形は顔つきが変わりました。
それも流暢な日本語で・・・一人1回1万円でどう!?

土下座してお引取り願いました。
フランス人形は怖いね・・・。

この手の話はフランスではここまでで・・・
ドイツでこの手に巻き込まれます。風前の灯・・・

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昔話。海外出張・・・その2

Nice1

長い道中でくたびれました。
ドゴール空港に到着しました ドゴール空港とは云わなかったように記憶していますが思い出さないからドゴール空港にします。

空港にはフランス駐在の方が出迎えてくれました 凄い疑問符がつきます。???
出迎えただけなんです・・・
1週間の予定表を渡され、その中には宿泊するホテル・交通機関等が記されており研修と書かれた大きい余白には予定されていた工場・展示会・会社訪問が詳細に書かれていました。
後は勝手にスケジュールに沿ってやって下さい・・・と
出迎えた駐在の方は、そのままUターンしてお帰りになりました。
呆然として立ち尽くす・・・我々6人。

もう時間がありません
次はニースです・・・ドゴール空港がトランジットとなりました。
ニース行きの飛行機には座席指定がありませんでした・・・乗った順に好きな席に座れるんです。
ここで思いました・・・上から吊り輪が下りてきて立ち席もあり得るな・・・と

いろいろと諸問題がありましたがヌーディストのメッカNICEです。
頭の中は・・・砂辺にいるフランス人形が追いかけて来ます。卒倒です。

時差の関係で眠くないんですね 徹夜明けの状態です。
ホテルに荷物を置くとすぐに街のレストランに直行です
商社の3人は別行動で我ら3人は会社の金看板を背負っています。
先輩からのお勧めがムール貝と生牡蠣・・・
しかし まだ昼前でランチには早い時間帯です。

それでもコーラの値段を聞いて、その場所の値段を想定しろと云われていたので
先ずはコーラを注文・・・そんなものはありませんでした。
想定外の出来事が初っ端から発生しました。

仕方なくフランス語のメニューを眺めていると・・・なんとそこに
big Croissantと書かれていました。
大きなクロワッサンが???どれぐらい大きいのであろうか・・・
この時の3人は常軌を逸していて冷静さを微塵も感じさせない単なるツーリストです。

カフェオレを注文して・・・big Croissantを取り合えず「ひとつ」注文しました。
期待で胸を躍らせている はしゃいぎすぎです。

やって来ました big Croissantが・・・・
直径30センチはあろうかと思われる大皿に10センチに満たない
小さなクロワッサンが1本乗っていました。
エッ~~~~~~
3人とも腰砕け状態です。

社長!・・・会社の恥をニースで晒してしまいました。
店内に居たフランス人10人ほどは大爆笑です。
握手を求めてきました。
喜んで良いのか・・・悲しむべきなのか・・・

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昔話。海外出張・・・その1

20071

年号は云えないが、ヨーロッパ出張が回ってきた。
初めての海外出張です。
本籍地に行ってパスポートを取得しろと命令が・・・
まだ1ヶ月も先だと云うのに、もうo((=゜ェ^=))o''ワクワク♪((o(б_б;)o))ドキドキです。
当時はもちろん固定為替で$360円です。
海外に持ち出す金額が50万円だったか100万円だったか・・・給料から考えて50万円だったような気がします。
会社から上限付きトラベラーズチェックを戴いた・・・とても嬉しかった。
金持ちになったような気がしました。

同行するのは会社の同僚2人に取引先の商社から2人の5人でした。
もちろん・・・英語は駄目です。小学生以下です。
英語圏でないからとても嬉しいのです。

羽田発深夜の12時が出発でした。
先輩に注意を受けていたのでお金は身体に分散して持っています。まるで小学生の修学旅行です・・・大の大人が・・・そうです お金に纏わる悲劇・喜劇が始まります。

北回りでトランジットがアンカレッジ。
アンカレッジで市内見物が出来ると思っていたので喜んで荷物の準備をして寒いアンカレッジに対応すべく厚着をして構えていると、みんな軽装で出口に向っています。
何か間違えているようです
遅れをとっては行けないと・・・すぐに軽装に着替えて行った先は単なる待合室でした。ここで2時間ほど暇をつぶす事になります。

同僚とコーヒーを飲みながら談笑していると・・・
突然、機内から大声が聞こえてきました。
miracle! wonderful!god!なにやら興奮して黒くて小さな物を持って叫んでいます。
同僚から・・・文覚の財布じゃないか????
私の財布です・・・10万円ほど入っていました。
あらゆるポケットを探しましたが・・・無くしていました。
着替えたときに落としたようなのです。

JALでしたが外人のスチュワーデスでしたので早口で捲くし立てています。
さっぱり意味が分かりません お手上げです!

同僚の解説です。
財布はあなたのですか?
素晴らしい事です・・・
拾った方がイタリア人です
奇跡です
イタリア人が拾い物を届けたのを初めて知りました。
人生最良の日です
等々を・・・云っていたそうです。

文覚はポカンとして聞き入っていました。
なるほど・・・イタリア人は気をつけないと行けないんだなぁ~と
拾ったお礼に読みかけの夏目漱石の「坊ちゃん」の文庫本を差し上げました。
その後・・・読んでくれたであろうか 気になるところです。

後年・・・イタリアのホテルで盗難に会いました
教訓は生かされなかったのです。

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