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ちゃわんむしの唄

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先日は宮崎の方言満載の「いもがらぼくと」の曲を流しましたので次は・・・
方言では、お国訛りと云えば東北弁が有名ですが、その東北弁とは一味もふた味も違う薩摩のことばを思い出しました。

関が原の戦いでは西軍に参加して敗走につぐ敗走の負け戦、しかしそれでいて外様大名でありながら九十万石の大殿様。
江戸が嫌いで嫌いで・・・江戸からのスパイを見破る為に言葉まで作ってしまった。
これが鹿児島弁の由来らしいです。

15歳で元服を終えた私は黒煙を吐きながらガタゴトガタゴト走る鈍行に乗りセゴドンの待つ異郷の地、西駅に降りた。
南国鹿児島の桜満開の三月とはいえ、桜島から吹いてくる風は、まだ肌寒くハーフコートに身を包み親戚の家に上がりこんだ。単身で乗り込んだこの地での修行は予定で行けば三年間。下手すると七年間を過ごすことになる。

さぁ~頑張るぞ!と思ったが、頑張る前に両手を広げた言葉の伏兵が立ち塞がった。
なにしろ言葉が通じない、日常の会話が出来ない。
日本語であるはずなのに、その日本語が通じない。言葉の壁にぶつかり頭の中は言葉のルツボとなりポットの中で沸騰している
melting potとは上手いこと云うなポットなんて、ははは・・・(冗談)

先ずは、無地のノートを用意して鹿児島弁からの勉強です。書き殴りましたよ
友人に会うと、真っ先にでる言葉が「いけんやったな!」と聞かれる。
???理解を超えた挨拶!
いけんやった・・・いけんは意見の事かな
やった・・・意見をしたかと云うことですね

友「昨日は、いけんやったな!」
私「昨日は意見しなかったよ」 意味分からず相槌だけはニコニコと
友「・・・・?????」友だちも・・・何のこっちゃ?

それもそのはず、「昨日は、いけんやったな!」とは、昨日はどんな具合でお過ごしでしたか となるようです。
どの箇所に、具合だとか、お過ごしが出てきているのでしょうか
一事が万事、人工的に作られた薩摩の言葉は理解不能です。
理解不能な言葉を習得しないことには友人にはなれなかった。

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言葉に悩んで苦しい時でも錦江湾に浮かぶ桜島は輝いて優しく微笑みながら桜島はいつも火山灰を降らせていましたね。
これには困りました・・・晴れているのに傘が必要です。
そして、心の中が二進も三進も行かなくなると大好きなセゴドンの墓地に行ってお参りをしてくるのです。
そこには、司馬遼太郎「翔が如し」の冒頭に出てくる桐野利秋のお墓もあります。
薩摩に来て、最初にデートした場所がセゴドンのお墓でした(笑)
他に行くところを知らなかったのですね。

そんな難攻不落な薩摩の言葉を代表する歌があります。

先ずはお聴き下さい。

ちゃわんむしの唄♪-------

うんだもこ~りゃ い~けなもんだぁ~

あたいがどんの ちゃ~わんなんだぁ~

ひにひになんども あるもんせ~ば~

きれいなもんぐぁんさ~

ちゃわんにつ~けた むっちゃろかい

めごなどきゃあるく むっちゃろかい

まこってげなこちゃ わっはっはっ

まこってげなこちゃ わっはっはっ

------------------------♪♪♪♪♪♪♪

三年間の予定が七年間と長逗留をしてしまった薩摩での生活ですが
解読不能だった言葉も寝言で、でてくるほどに上達して、いまやれっきとした薩摩隼人です。出身地はと聞かれると間髪いれずに『薩摩』とでて来ます。
似非薩摩隼人ではありますが・・・おゆるしください。

今でも薩摩の友人と電話で話をすると自然と出てくるのは良いですね
無理して喋ろうとすると出てこないですが、不思議です。

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桜島には小さくて甘い「桜島みかん」と丸くて大きい「桜島大根」が有名。
ご存知の「アケビ」桜島では「んべ」と呼びます。

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黄昏のワルツ

黄昏のワルツ 投稿者 bunise

携帯の着メロにさほどの興味はないが、いまは「黄昏のワルツ」が静かに鳴る。
以前、機種を変更した時に、いままでの着メロを引き継がないので探すことになったが、好きな曲が沢山ある中で、いの一番に探すのが黄昏のワルツ。

テレビ嫌い人間の一人であるが、NHK「にんげんドキュメント」だけは好きでいつも欠かさずに観ていた。ひたむきに汗と一緒に前を向いて歩いていく日々の姿を映像として捉え、その一部始終に共感して涙した。そんなドキュメントの主題曲が黄昏のワルツだった。

難病と闘いながら演歌歌手と歌いたいとの一心でボランティアの力を借りながら実現したり、笑いのある介護を目指す福祉施設があったり、その時々の節目は心に響くものだった。
その中でも、心に残った話として壊れた万年筆のペン先を直してくれる話があった。
その万年筆を直してくれる神様のような方は、持って来られた方の書かれる様子で、ペン先の微妙なズレや書く癖を一瞬で見抜き、手に馴染む万年筆として修復してくれる見事な職人技に感服して、いつしか私もお願いしたいと思って観ていた。
親から子へと受け継がれる万年筆を大事に大事にする心を改めて感じた。
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万年筆は中学卒業のお祝いにと父から星のマークのモンブランを戴いた。
それ以来、万年筆と云えばモンブランでずっしりとくる太目の胴を愛している。
しかし、万年筆に拘ったのは、初めて海外に行ったころからで、それまでは、つけペンの愛好家であった。15歳の身の上で薩摩に流浪した折にも、字の汚さで苛めに合うかも知れないわが子を不憫に思った母は、大量のハガキを買い込み、2日に一通の手紙を出すように強要された。

一夜にして上手くなるはずもなく、字の汚さは典型的であったが、同じ寄宿舎にいた同級生の字の上手さに驚嘆して彼が使っているつけペンに興味が湧き、つけペンに嵌った。Gペンと呼ばれるペン先を付ける取っ手の太いのを何本も用意して書くことの楽しさを味わい、机の上はインク瓶が鎮座していた。
ペンフレンドも出来て楽しいつけペンの世界で寺子屋の生活を満喫した。
しかし、社会人となり、いつしか、つけペンを手にする事もなくなり、手紙を書くこともなくなった。

海外出張で心得としてボールペンと万年筆を携帯するようにと云われて、父からプレゼントされたモンブランを必死に探したがゴミと一緒になったのであろう。忘却となり行方知らずとなった。
同じものをと免税店で買い求めたのがモンブランで、以来モンブランの愛好家となった。
時の経過と共に置き去りにしたり、迷子になったり、貸し出したまま戻ってこなかったりで淋しい思いをさせて、どれぐらいダメにしたでしょう・・・。

いまあるモンブランは、10年ほど前にヨーロッパから帰国した友人から戴いた太字のモンブラン146。これは触った瞬間に手に馴染み、書く楽しみが蘇って来る。
だが、近頃は旅先で絵はがきを手にすることもなく、葉書をしたためる事もしなくなり、引出しの中で太くて黒い体を淋しく晒しているが、天辺にある白い星の輝きが、気のせいか薄く霞んで泣いているようにも見える。

太字の万年筆で書かれた先輩のハガキは見る度に宝石のように輝きを放っている。
そんなハガキの一枚を書きたい。

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手乗りツバメのお友達

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ツバメが飛来し、楽しそうに飛び回っている様子を見惚れてしまう。
月日が流れても、夏を迎えると昨日のように思い出す。

その日はうすい雲が広がった曇り空で今にも泣き出しそうなそんな天気だった
近くに住む顔見知りの主婦の方が事務所の戸を勢いよく開けられ飛び込んで来られた。
見ると、顔には少しばかりの汗が光り、両手は合わせるように優しく包まれて笑顔で挨拶された。
「お願いがあるんです」
「巣立ちに失敗したツバメがいて、飛ぶ事が出来ないんです」
「生き物が好きだとお聞きして来たので持って来たんです。」
「助けて欲しいんです」と、大事そうに両手を開かれた
生き物が好きだと・・・そんな噂が飛び交っているなんて露知らず笑いこけてしまった。
小さな生き物はいつも駆け込み寺のように思われているが持って来られたら仕方がありません。
ツバメは目を閉じてワナワナ震えています。
すぐにコップに水を張り、くちばしを浸けようとするがくちばしを左右に振り拒否している。次は綿棒を濡らして口に持っていくが頑として口を開かない。

無理してでも開けようとすると指を突っついて来た。
このままだと衰弱するだけです。
テーブルの上で飛ばしてみると、羽根を動かすことなく落下してしまう。
小さな丸い棒を用意して足に触ると棒の隅の方にかろうじて掴んでいる。

さてと・・・どうしましょうか

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すぐに友人で犬猫病院のT氏に電話を入れた。
「ツバメを診察した事ある?」
「インコとか鳩はあるけど、ツバメはないな!どうしたの」
「飛べないツバメを持って来られて、このままでは衰弱で死にそうだよ」
「今から行くから何とかしてくれる?」

病院のスタッフも犬猫を連れたお客さんも(⌒▽⌒;) オッドロキーです
今にも死にそうな「飛べないツバメ」
T氏「何しろツバメは初めてだな・・・」
「ビタミン注射を打ってみようか」
左手にツバメを持って、お腹の辺りに注射をブスリと刺した
何とこれが、功を奏して元気が出たんです 
この飛べないツバメは真ん丸い目を開けてキョロキョロし始めたんです。

先ずは巣作りをしなくてはと、近くのホームセンターから十姉妹の巣を購入。
藁で出来ているから良いかも知れないと安易な発想だった。
次は事務所の中に電線コードを端から端まで張った。糞が電線コードに沿って直線に引かれ新聞紙が大活躍です。
それに大事な食事となると、T氏から生きた餌でないとダメだと云われて、
魚の釣り餌「ミルワーム」を用意した。これは大好物になりました。時間のチャンネルが蘇ってきたのでしょうか
夕暮れになると巣の中に入り瞼を閉じて寝てしまいます
瞼は下から上に瞼があがります。なんと白い瞼です。
それに、何と云っても特徴ある黄色い口紅。これはとても可愛い口です。

事務所の中で飛ばしてみるのですが、飛ぶ事は出来ません。
目の前に指を差し出すとピョコンと飛び乗るのです。
手乗りツバメの完成です。
外に出てもいつものように指に乗せて歩くんです
行き交う周りの人が、目を白黒させてチョウ(⌒▽⌒;) オッドロキーの顔です

それでも、ツバメは保護鳥で渡り鳥ですから勝手に飼う訳には行かないようです。
茶臼山にある動物園に行きました。
もちろん助手席にはツバメを同伴してです。
手の指に止まったツバメを見て、動物園の方もワイワイガヤガヤと集まって来ました。
手乗りツバメの鑑賞会です。
お墨付きで飼育の許可を戴きました。

毎日、通りに面したガラス窓に吊るしたハンガーに乗せていると幼稚園の園児たちが集まって来ます。事務所に入りに入って、一人ひとりの指に乗せてあげるとキャアキャア云って大喜びです。
ツバメも喜んでいるようにも思えます。

連れて来られて4ヶ月が過ぎようとしています。
その間には、飛べない辛さを共に感じて、河川敷の広いグラウンドに行き、飛ぶ練習もしました。3メートルほど上がって小さく旋回出来るようになりましたが、力尽きて落ちてきます。それでも、逃げようとはせずに指を差し出すとピョコンと飛び乗ります。
家族同様の一緒の生活が続きました。
凍てつく冬を越す事が出来るのか、それが一番心配でした。

我が家には猫がいるので家では押入れに用意した十姉妹の巣に入って寝ています。
餌を畳の上に敷いた新聞紙にミルワームをバラバラに置いておくと、飛んできて食べます。食べ終わると巣までは飛べるようになりましたが、飛ぶのはそこまでで、自由に飛ぶのは限界のようです。

天気予報で冷え込みが厳しい日が続くとありました。
とても心配で周りを毛布で囲み厳寒対策を施しましたが、寒さには勝てないようです
11月の寒い日に故郷に帰ることも叶わず十姉妹の巣の中で死んでいました。
今年もツバメは誇らしげに飛行して、赤ちゃんツバメに餌を運んでいます。
こんな光景を眺めると楽しい日々を懐かしく思い出されます。

合掌。

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六月の季節・・・雲と蜘蛛とヤマモモ

まだ朝夕に肌寒さを感じる初夏の六月。
快晴と云っても日本海沿岸で雲ひとつない青空を見たことがない。
いつも雲が厚かったり薄かったりして、空のところどころに雲が広がり日光浴の
妨げをしているようでもあります。
そんな雲を眺めるのが好きで絶えず眺めて楽しんでいる。

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夏至も間近の六月中旬。美しい山並みを見せてくれる日本百名山の妙高山には、
ところどころに夏を寄せ付けない雪が残り冬の雪深い一面を面影として残している。
遅くまで雪が残ると水不足の心配はなさそうだ。
妙高の山並みを見上げると珍しい雲が広がっていた。
厚い雲が幾重にも押し寄せるように重なり雲の凸凹が出来ている。
厚い雲の上では雷さまご一行が日光浴をしながら昼寝をしているのかも知れない。

六月のこの時期は実家の庭にある老いたヤマモモの木から収穫の便りが届く頃です。
不思議なことに、庭にあるヤマモモの木は隔年ごとに実をつけます。
庭の片隅にあるので、多額な契約金で受粉を請け負っているミツバチ軍団も見過ごしているようです。昨年はミツバチの働きが悪く不作でした。今年は親指大ほどの赤紫した丸い実が見事にたくさん付いたようです。
ヤマモモはそのまま食べると甘酸っぱい食感で口の中に酸っぱさが残るので、収穫するといつも塩水に付けて食べていました。
ほんのりと甘さが口に残ります。

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楊梅の香りに ほれて 噛みしめる        山北香陽

農繁期 楊梅に 子ら よぢのぼる        阿波野青畝

都会に馴れず、ホームシックに掛かっていた若かりし頃、田舎を離れてヤマモモに出会うこともなく、夏が近づくと口の中が淋しさに包まれます。そんな時に果物で有名な新宿駅前にあるフルーツパーラー高野にヤマモモのパックを見つけました。
しかし10,000円の値段を見て飛び上がらんばかりにビックリしました。
あの・・・・庭の隅っこにあるヤマモモが10,000円だとは・・・。

ヤマモモは割烹とか料亭でデザートとして出されることが多いようです。
今年も甘酸っぱい香りを漂わせて届く事でしょう とても、楽しみです。

Yamagumo
また、ヤマモモの木には大好きな女郎蜘蛛(コガネグモ)が巣を張ります。
女郎蜘蛛の事を田舎ではヤマグモと呼んでいます。
ヤマグモは、ほんとに可愛い友達です。
お尻が丸くぷっくりとしてメリハリの効いた黄色い横じまが入っています。
学校の行き帰りに竹薮に巣を張るヤマグモを見つけると手の平に包み込み、学生服のポケットに忍ばせます。家に帰ると軒下に放し、名前を付けるのです。
一番多いときで7匹ほどのヤマグモを家の周りで飼育していました。
軒下には大きな蜘蛛の巣。近所の目がそれはそれは、気になります。
母には、涙を流さんばかりにヤマグモの放出を哀願されましたが・・・。
ヤマグモは益虫です。害虫が家に入るのを防いでくれます。
そんな友だちを見捨てることが出来るでしょうか

薩摩の加治木では毎年、蜘蛛合戦が行われます。
蜘蛛合戦の主役は、りっぱに育ったこのヤマグモ達です。

可愛いヤマグモ達も農薬の影響でしょうか、年々少なくなり、去年、田舎に戻った時に、庭の木々をくまなく探し、あちこちの山を歩き、竹薮を見て回りましたが、1匹のヤマグモをも発見することが出来ませんでした。
絶滅品種になり、絶滅したのでしょうか

シャトルに乗って宇宙でも神秘さを発揮してりっぱに巣を張ったヤマグモたち。
もう一度、可愛いヤマグモに会いたい。淋しい限りです。

蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな      高浜虚子


 

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遠くでサイレンが聞こえる

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陽射しが西に傾き、夕日を形成しようとする夕暮れに遥か遠くの方から
消防車のサイレンが、けたたましく鳴り響き、1台、2台と走り去っていった。
こんな時間に火事とは気の毒である。空に染まるのは夕日の茜色だけにして貰いたい。公園脇の高台に登り周りを見渡したが赤い炎も白煙も見つけられず、ボヤていどだったのかと、少し安堵した。
何よりも、火事と聞くだけで、過敏になり怖さを感じてしまう。

もう20年以上も前だが、原宿に住んでいる時分に遠目にもはっきりと、赤い炎が立ち上り空を赤くしていた。時を同じくしてヘリコプターが群れをなして旋回しているのが見えた。これが、大惨事となったホテルニュージャパンの火事の瞬間だった。寝タバコ一本が、空を染めるほどの大火事になったことを知ると身震いした。

小学4年生だった私は、学校から帰ってくるとカバンを放り投げて近所の友だちと野っぱらに出かけてキャッチボールに興じて遊んでいた。
その日も、泥んこになって帰ってきた私を見て、母は「なんしよっとか、はよ、風呂にはいらんとか!」と叫んだ。云われて、そくさくと薪が赤々と燃えたぎる釜戸を横目に湯船に浸かった。
台所からはプ~ンとカレーの匂いが漂ってくる。
今日は大好きなカレーの日なんだなと・・・思ったに違いない。
風呂から上がると、食卓には帰宅の遅い父を除いた5人分のカレーが並べられヨダレが垂れそうな美味しい匂いが充満していた。
食べ始めると口の周りはまるでデンスケのようにカレーをいっぱい付けながらお代わりをしたのではないか。

その日の事は良く覚えていて、珍しく早い時間に父が仕事から帰ってきた。

父は着替えると、食卓に着き、家族全員が揃った久しぶりの食事を囲んだ。
カレーを口に運ぼうとしたしたその時に、父は急に「臭い!」と叫ぶや否やすくっと立ち上がると、父は勢いよく格子戸を開けた。
格子戸の隣はクリーニング屋でそのクリーニング屋とは一間ほど離れた隣同士になっている。

開けた瞬間に、真っ赤な炎が突風となって我が家に入り込んだのを家族全員が見た。
すぐに、父は戸を閉めて、大事なものを持ってすぐに逃げろ!と大声で叫んだ。
この時の火事は、この地方の三大大火事として今でも語り継がれていて、木造建築のこの時代、10数軒が全焼したようだ。
それにしても、父の帰りが遅かったらどうなっていたのか、不幸中の幸いであったのか、父を早く帰宅させようとする何かが働いたのには違いない。

小学4年生の私にとって、大事なものとは教科書の入ったカバンしか思いつかなかったようだ。カバンの中に机の上にあったものを詰め込んで弟の手を引いて裏の玄関から走って逃げた。全員無事だったが、炎に包まれた我が家は陥落して隣家に移って行った。
炎の行方を呆然と見送り、重い足取りで親戚の家に向かった。

次の日は、家族全員で火事の現場に行き、太い柱と梁だけを残して、跡形もなく無残な姿を晒している我が家を声もなく眺めていた。
着る服がない、大事な宝箱がない・・・と、思い出すごとに涙が溢れて泣きじゃくった。

ただ、この火事で、とても不思議な事が起こった。
母は小学校の教員をしていたが、縫い物が得意で和裁もしていた。
お願いされると断りきれずに預かり、和服を縫っていた。
この時も、預かりの和服があり、母はただただ祈ったと云います。
この和服は市長夫人からの依頼の品物で母はとても気にしていて、持ち出せなかった事を悔やんでいた。
ところが、焼け跡に立っている黒焦げになった太い柱の真ん中ほどに風呂敷包みがぶら下がって見える。急いで駆け寄ると、その風呂敷包みだけは、焼けることなく煙の匂いもしないで無傷で見つかった。風呂敷の中には預かっていた和服が入っていた。
奇跡としか言いようのない出来事があった。
小学4年生だったので、仔細は不明だが、このような話を後日談として母に聞いたことがある。神さま・仏さまが助けてくれたと云って母は喜んだ。

火事はすべてのものを一瞬にして失います。
この時も、逓信省(郵政省)に勤めていた祖父が大事にしていた珍しい切手の数々が灰になったと祖母が嘆いていた。

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人間ウォッチング

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雨が降り続き、少し肌寒い日であった。
ごったがえする東京駅の新幹線ホームで上越新幹線 二階建て車両のトキに乗り込んだ。いつもは混雑する時間帯であったが、水曜日と云うことであるのか、意外と空いているようだ。
早々と乗り込み、指定席に座り新聞を広げて発車時刻を待ちながら、フッと窓の外に目をやると遠目にも重い荷物を持って肩で息をして、息切れ寸前で駆け込んで滑り込みセーフ!の方が入って来られた。
その方は、大きなアタッシュケース2個に三越の紙袋には、はちきれんばかりの書類を入れ、尚且つ、ショルダーバッグを肩に掛けて同じ車両に乗り込んで来られた。
そして、私と同じ列の反対側の席に着かれた。

通路を挟んだ列に陣取った私は、肩で息する紳士に興味が湧き、読みかけの新聞を読む振りをしながらフクロウの目の様に大きい眼を右側に寄せて、見入ってしまった。新聞紙が盾になり横目でのウォッチングは目が疲れるが、しかし、面白い光景だ。

席に着かれたその方は、時刻どおりに新幹線は動き始めると、空いている隣の座席に重いアタッシュケースを置かれた。まるで、その方は車内の小さな書斎であるかのように落ち着いて書類を紐解かれて仕事が始まった。

やおらアタッシュケースから書類の束を掴みアタッシュケースの上に重ねられた。
上着のポケットから色鉛筆やサインペンを取り出され、いかにもスタンバイOKの合図のような仕草であった。

アタッシュケースの上に乱雑に置かれた書類の一片が散らばり横文字が見える、横文字に弱い私は横文字を見ると得も言われぬ脳が刺激され、クラクラと眩暈がする。
英語であろうと・・・英語で書かれた書類の束を掴むと座席の前の小さなテーブルに置いて、1枚1枚確認するも一瞥して判断され、不要なものは、その場で破っている。
破った書類をコンビニの袋に無造作に詰め込むが書類があっちこっちに散らばってしまっている。
一心不乱に、書類の1枚1枚を手に取る素早さと、処理するスピードは見事な手捌きである。慣れた手つきとは、このような事を云うのであろう・・・。
束ねた書類を横の座席に積むと、レポート用紙らしきものを取り出しテーブルに置き、書き始めた。頭を掻きながら書いている姿は、髪を振り乱して書く奇人変人として評価の高い小室直樹氏を彷彿させる。
もう、座席の周りは英語の文字が溢れて目茶苦茶だ。
アタッシュケースは二つとも口が大きく開けられ、書類が散乱している。

遂には、期待の三越の袋に手が掛かった・・・何が入っているのかとても気になる。
はちきれんばかりの袋からは英字新聞が取り出された。凄い量の英字新聞。
見て読むのが早いのか、破っていくのが早いのか・・・破られた新聞の紙片は宙を舞い紙吹雪となり床に散らばっていく。
書斎と化した座席は、目に見えない赤外線が張り巡され人を寄せ付けない。
この方は・・・どこまで行かれるのか

次の停車駅で指定席の方がお見えになったらどうするのか、人事ながら気になった。
幸いにも上野・大宮・高崎と順調に席は埋まらず安堵した。

どうやって片付けられるのか興味津々であったが、私の下車する越後湯沢駅が近づいてきたので人間ウォッチングも消化不良で終わりそうだ。
ところが・・・。
車内アナウンスが流れると、先生と思しきヨレヨレの紳士は、急に立ち上がり、小さな座席の前のテーブルにアタッシュケースを置くと、散らばった書類を集めて、無造作に詰め込んで行かれる、それも凄いスピードで整理が始まった。
飲み干したペットボトルも一緒に詰め込み蓋の閉まらない厚みになった。
「あ~~~蓋が閉まるのか」と思った瞬間!
押さえ込んだ反動で蓋が大きく反り返り、無造作に詰め込まれた書類が投げ出され空中で踊り始めた。
前にも増して、目にも留まらぬスピードで散乱した書類を拾い上げると、悲鳴を上げたアタッシュケースに詰め込み、閉じていかれた。
座席に散らばった大量の書類・英字新聞は、もう要らないのであろうか。
足で座席の下に押し込まれた。散らかした後始末は、次に座る方へと移管された。
越後湯沢駅に停車するや否や、少しは軽くなった書類のケースを肩と手に持ちながら、人混みに揉まれるようにして降りて行かれた。
越後湯沢駅の長い階段を転ばないで行かれたのか・・・
先生!あなたは、どこの先生ですか?
後をつけて確認したくなりました。

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価値ってなんだろう

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染色家で造形作家の望月通陽氏のエッセイ「硯を買う話」を読んだ。

居酒屋で飲んでいると、となりに座った写真家と称する男が話を持ち出してきた。
その写真家の男は知り合いの書家が金品に困り、手持ちの硯を捌きたいので見てくれないかと話をまとめてきた。酒の酔いにも助けられ、怖さ半分の酔狂と思いつつも、男の後をついて行くが、タクシーに乗せられ、商店街を過ぎ、暗い路地で降ろされ、薄暗い電灯の灯りを感じると、だんだんと酔いも醒め、恐怖にも似た不安が身を包んでしまった。
パジャマ姿にガウンを羽織った書家が出て来ると、霞が掛かっていた不安が的中した事を実感する。
逃げるにも逃げられない泣き出しそうな、著者が目の前に置かれた硯を見て
促されるより早く手が伸びて硯を掌で優しく撫で回していた。
ひと目惚れとは、こんな事を云うのであろうか・・・。

硯の海の縁に稚拙であるが寝そべった牛が彫られている。
著者は云う・・・。
この牛が見てきたはずの、文字に思いを託する数多の筆を思った。
門弟を懇々と諭す筆もあったろうし、師に切々と訴える筆もあったろう。
ならば、私の性急な筆にこそ、請わねば臥牛硯が必要なのであると思いは募った

ひと目で価値を見出した著者が、完全に酔いも醒め、おそるおそる値段を聞くと著者の二ヵ月分の酒代で良いとつぶやく。
書家は硯を紙に包んで押し付けてきた。
安堵した空気が流れてきた。
怪しい二人と睨んだ著者であるが、本当は怪しむべき人物は私ではなかったのではなかろうか・・・と結んでいる。

2500字そこそこの短い文章であるが、酒に酔い、酔いに任せて酔狂な話に乗って後悔で地団駄を踏む思いが伝わり、どうなる事かと思っていると、意外や意外で貴重な品が手に入る。
騙されたと思っていたのが、ひと目惚れするほどの逸品に、いままでの不安が消えてなくなり、逆にひと目惚れした事が、ばれるのではないかと不安と緊張に心駆られる瞬間が目の前で起きているようで可笑しかった。

それにしても、書家が貴重な硯を酒代の金品に事欠き、酒の誘惑に負けて「持ってけ、泥棒!!」の心境になったのは書家とて人の子であった。

たまにであるが、土曜日の午後のテレビで「開運!なんでも鑑定団」を観る事があるが、家の祖父が・・・とか、母方の祖父が・・・とかの話で、借金の肩に手に入れた掛け軸・絵の鑑定依頼がある。総じて贋作が多く、観客・視聴者を喜ばせてくれている。

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弘兼憲史「黄昏流星群」の中に宮本武蔵を題材にした「我が愛しの剣星」

宮本武蔵にとことん憧れて、周りいる男がひ弱すぎて生まれてくる時代を間違えた等と思っていると、ひょんな事からタイムスリップして宮本武蔵の時代に送り込まれた。紆余曲折がありながらも、憧れの武蔵に出会い、恋をする。
武蔵と恋の逃避行をするが追ってに知れ捕縛される瞬間に消えて、現代に戻ってくる話しである。
戻ってきた彼女は妊娠している事が分かり、武蔵の子どもである事を実感する。
さすがに武蔵のDNAを持った男の子が自然に豆剣士となり剣道に目覚める。
武蔵二世の子どもにワクワクドキドキする彼女は、町にやって来た「お宝鑑定団」に武蔵から貰った刀の鍔を持って行き、武蔵作「鍔」として出品する。
鑑定人「この鍔はなかなか良い仕事をしていますね」
          「武蔵の仕事は、この紋様の彫が少し大きいんですよね」
          「武蔵を真似したニセモノだが、良い職人が作っていますね」
          「価値はありませんが、大事にしてやって下さい・・・。」

こんな事を考えると、贋作の評価の下った骨董品に本物は紛れ込んでいないのか、
いつも、そんな事ばかり考えて悩んでしまう。

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だるまの豊満さが嬉しい・・・。

Daruma

先日。
お礼にと云って懐かしいサントリーオールドを戴いた。
だるまの愛称でこよなく愛した豊満な肉体。

いまでもウイスキーをチビリチビリやるのは好きでいつもは角瓶を飲んでいます。
薩摩藩寺子屋時代では先輩がスタンドバーのバーテンをしていたので良く通った。
飲むのはジンライム・ジントニック・ハイボールを良く飲んだが、殆どがハイボールだった スタンドバーには大きいサントリーホワイトの瓶が逆さに置かれていつでも、すぐに注げる様に注ぎ口には特殊な細工がしてあった。

社会人になって、先輩に連れて行かれたのも、これまたスタンドバーだった
ウイスキーと云えばハイボールしか知らない私に「水割り」を教えてくれた。
それにウイスキーと云えば「red」「white」しか知らない田舎者に角瓶の存在
教えてくれました。
CMで流れるホワイトと云えば・・・サミーデービス.Jr を思い出しますね。

それから、程なくして憧れの角瓶になりました
飲み終わった角瓶を蝋とヤスリで硬貨のは入り口を作り角瓶の貯金箱を作りましたが、1円・5円ばかりが角瓶の中で踊り億万長者の夢も潰えた。
でも、薄給の身分で角瓶に手を出すなんて秘書に手を出すようなものです
秘書さまは雲の上の存在です。

段々と欲は深くなります・・・角瓶から・・・
営業での経験を踏むと行きつけの小さなスナックがマイ・ワールドです。
角瓶が普通で飲めるようになると念願のオールドに手を出そうとします
あの・・・丸っこくて愛嬌のあるオールド 通称「ダルマ」が欲しくなります。
ダルマをキープしたくなりますね 有頂天です。

そんな高価なダルマも今は1,500円ほどで買えます
薄給の中で2,000円以上したあの高価なダルマが悲しくなります。

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久し振りにエンジ色した口を開けトクトクトクと・・美味しいです
とても懐かしい味です。

それに・・・歴代のダルマのコマーシャルは素朴で好きですね。

特に大好きな田中裕子のCMがお気に入りですね。
田中裕子がお弁当屋さんの店員になり若い学生風のお客さんとの
一瞬の遣り取りを描いたものに感激した。
学生に戻りたかった・・・

「毎日うちのお弁当だけじゃ飽きるでしょう」
「・・・弁当だけじゃないから」

その後、田中裕子がピョンと跳ねて・・・

「恋は遠い日の花火じゃない」

小林亜星 CM song「

歌詞が公開されていないので耳コピーの歌詞・・・あくまでも耳コピーです。
中耳炎を患ったことのある耳にこのように聞こえました。

ロンドゥン ビラン シュビダディ ガ
オデーエエーオー ハァザ
ザンザンディダン シュビダディンガ
アドンザン ジュビダドーンガ

ロンドゥン ビラン シュビダドン ガ
ダディーイホダレー ヘィザ
ザンザンディザビ ジュビダドンガ
アドンザン ジュビダドーンガ
♪♪♪♪

こんなCMもありました。

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世界のニュースから・・・2

 

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スペースシャトル「ディスカバリー」が打ち上げられ国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」が実現に向けて大きく前進した前の日に・・・。

『外部接触のない部族の集落、アマゾンで撮影に成功』のニュースが飛び込んで来た。
文明を拒否してきたのか、文明そのものを知らないのか・・・

ブラジルとペルーとの間にある巨大地域のアマゾンには、外部との接触をしない先住民が7~80あると云われているが、ペルーが国際協定を破ってアマゾンの熱帯雨林を違法な伐採で深刻な環境を作っているとされる。
アマゾンは全世界の25%の酸素を作り出している命の源を育んでいます
違法な伐採は酸素を作り出す命の源を殺す事でもある。
人類に必要な酸素が少なくなったら、どうなるのでしょう・・・
酸素を巡って争いが起きるのでしょうか
酸素を独占する方法ってあるのかな。

進化しすぎた現代文明は文明の中で彷徨う事になりそうだが、文明を知らない先住民は、悩みのない心が豊かな暮らしをしているのではないか。
体中を真っ赤に塗った男性と黒く塗った女性が見えますね。
自然の恵みを戴きながらの生活が、人類本来の姿かも知れないね

文明を知りながら、文明を拒否して自然な生活をしているアーミッシュとは違うようだ。
日本も無人島に非文明地域を作って隔離したらどうだろう・・・
イナゴも泥鰌も蜂の子も食べられないわたしは、生きられないね

続く・・・。

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