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ジャンゴ・ラインハルト 『黒い瞳』


黒い瞳 投稿者 bunise

こんなスタイルのJazzを初めて聴いた。

ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)を知ったのは、桜の開花宣言がチラホラと聞こえてきた3月のはじめ。音楽に造詣が深く多岐に渡る才能をお持ちの主婦のブログだった。

ジャンゴ・ラインハルトの『黒い瞳』は降参した。もう何十回、いや100回近くは聴いたであろう 世はまさに国の存亡をかけた戦争の真っ最中に、ホットクラブスタイルの演奏で屈託がなく音楽を楽しんでいる。

最初に聴いて圧倒された。
これほどまでに心に響いてくるとは、思いもかけず感動した。

ジプシーとして生まれ育ち、火事で左手の薬指と小指の自由を奪われたにも拘わらず不屈の魂でテクニックを確立したジャンゴ・ラインハルトは独特な奏法を編み出し
ジプシージャズの先駆者となりホットクラブ五重奏団の演奏スタイルは観衆を魅了した。

すぐにCD「The Best Of DJANGO REINHARDT」を買い求め通勤での運転中は聞いています。

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チャールダシュ

Csardas(チャールダシュ)

葉加瀬太郎&古澤巌の華麗な演奏を
お聴き戴きありがとうございます。

クラシックをたくさんの方が楽しめるようにと各地で小さなコンサートを開いている
古澤巌氏のファンで子どもと聴きに行ったこともあります。

Csardas(チャールダシュ)はアイススケートでも話題になった曲ですね

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蓮と睡蓮・・・と五木の子守唄

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東洋一と云われ評される高田城公園のお堀は蓮で埋め尽くされています。
この高田城公園は4月には日本三大夜桜としても有名です。
日本三大夜桜「高田城公園」「京都円山公園」「長崎丸山公園」
日本人は何でも日本三大○○○と付ける誇大形容詞が大好きなようです。

高田城公園のお堀の周りには目に鮮やかで、さまざまな蓮の緑を鑑賞出来ます。お堀の周囲には、ゆったりとした散歩道がありベンチも整備され、ひと時の語らいの場を提供している。静かな時間は蓮の葉を日除けにして水鳥たちが、蓮の迷路を楽しんでいるかのように蓮の隙間をせわしく動き回る姿を眺めることが出来る。もともと、戦時中の食糧難を想定して蓮を植えて蓮根の収穫で来る食糧難を乗り切ろうとした考えがあったようです。今では蓮の景観が見事で蓮根の収穫はやっていないそうです。

蓮と云えば、小学校の教科書にも載っていた芥川龍之介「蜘蛛の糸」を思い出す。

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お釈迦様が蓮の池から小さく見える地獄を眺めると罪人たちの蠢く姿を見つけた。その中に罪人ではあるが、生前に小さな蜘蛛を助けた事があり、小さな蜘蛛の命を助けた罪人に極楽へのチャンスを与えようと一本の蜘蛛の糸を下ろす。
罪人は蜘蛛の糸に縋り、遥か遠い極楽までの道のりを必死に登っていく。
今にも切れそうな蜘蛛の糸。下を見ると罪人に続いて他の罪人までが蜘蛛の糸にしがみ付き、後を続いて登って来ている。先頭の罪人は、いつ蜘蛛の糸が切れるかと不安になり、登って来ている罪人に向かって、来るな来るなと叫び、手で追い払おうとする。
蜘蛛の糸は切れる。それも先頭を登っている罪人の掴んでいる蜘蛛の糸の上でプツンと切れる。

こんな内容ではなかったと思っています。

どんな小さな虫たちの命でさえも、生命の大事さと人間の持つ限りない欲望と身勝手を戒める事を教えようとしたのか。いまの子ども達で「蜘蛛の糸」を読んだことがある子どもはどれぐらいいるのでしょうか。
せめて「蜘蛛の糸」「杜子春」は読んで欲しいと思います。
横道に逸れてしまいました。

高田城公園は蓮池として見応えがあり花も八月の「はす祭り」に向けて、順次咲き始め八月に入ると蓮池いっぱいに花を咲かせることでしょう。

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蓮と睡蓮の違いが良く分からない

蓮の特徴は
   1. 浮き葉(水面に浮いた葉)と立ち葉(水面より高く上がる葉)があり、
   2. 花は水面より高く上がり咲き、
   3. 葉の表面には撥水性があり、水を掛けるとコロコロと水玉になります。

睡蓮の特徴は
   1. 浮き葉のみで、
   2. 花は水面で咲き、
   3. 葉には撥水性はありません。
 睡蓮の葉にはカエルが乗っているイメージがありますね。

ヨーロッパでは蓮と睡蓮を総称してロータスと呼んでいるようです。
蓮と云えば蓮の砂糖菓子を思い出します。
睡蓮と云えば、やはりモネでしょうか。

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余談・・・
先ごろ、元小学校の音楽の先生だった樽谷浩子氏の「五木の子守唄」(ふくやま文学)の文章に目が留まり読んだ。五木の子守唄の歌詞の内容についての記述だった。

おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんと
盆が早よくりゃ 早よもどる

おどまかんじんかんじん あん人たちゃよか衆
よか衆ゃよかおび よか着物

こんな歌詞だった。
貧乏な子ども達が乳のみ児を背負って子守する物悲しい民謡だと思っていた。
事実は違うようだった。
慶長の役で日本に連れて来られた朝鮮の陶芸家が集落を与えられ、国も名前も強制的に捨てらされ、故国を偲んで歌われてきたと書いてあった。
「かんじん」を広辞苑で引くと「勧進」「韓人・朝鮮人」「漢人・中国人」とある。歴史的背景のある民謡だったのだなと改めて思った。

薩摩には白もん・黒もんで世界的に有名な薩摩焼があるが慶長の役で連れて来られた朝鮮の陶芸家が島津家の庇護によって発展したと明記してある。

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大雨・・・あの日の事が蘇る。

   

ビリー・ジョエル「The Stranger」を聴くと、あの日の事が蘇る。
その日は午後から雲行きが怪しくなり、夕食を過ぎた辺りから強風を伴った雨が窓を激しく叩き、あたかも台風のお出ましで雨に取り囲まれ周りから取り残されたような静かな空間が部屋に漂っていた。
こんな日は車の運転するには面倒だ。外に出ないようにしよう・・・。
雨は一向に止む気配はなく、前にも増して雨音は激しく音を奏でているまるで台風の夜にロウソクに火を灯し楽しんでいるかのようだ。
しかし、戸を閉め切った部屋の中は、座っているだけで体中の毛穴から汗が噴出してベタベタして蒸し暑い。明日も雨で通勤渋滞がよりいっそうの渋滞に巻き込まれる事を考えただけで憂鬱になっていた。そんな不安が頭を過ぎり早々と床に就いた。

眠りは得意とするので眼を瞑るとすぐに夢の世界に飛び込み楽しんでいた。
午前2時。静寂さは掻き消され、激しく打ち鳴らす雨音に呼応するかのように、けたたましく電話の音が鳴り響き叩き起こされた。

寝惚け眼で受話器を取ると栃木県佐野市に住む友人K氏からだった。
「寝ている時に悪いですね」
「大至急のお願いがあるんです・・・。」
眠い目を擦りながら「はい!久しぶりですね ・・・で、何でしょう?」
「練馬に住む彼女が自殺しそうなんです」
「連絡が取れなくなってきているのです。・・・見てきて欲しいんです」
「自殺」の声を聞いて眼は完全に醒めた。
「先ほど、電話が入って今から自殺をしますと云って来たんです」
それは、大変だ。
住所とある程度の場所と建物の特徴を聞いてメモすると着替え、土砂降りの雨の中を出かけた。こんな大雨の日には運転したくないと思っていたが、事は急を要した。

雨は小降りになる気配もなく、だんだんとひどくなり強い雨となっている。
ワイパーの速度を早くしてもフロントガラスを叩く雨を消す事が出来なく視界が悪く、焦る気持ちで練馬方面に向かった。
聞いた地図を頼りにアパートの色や建物の形を探して、電信柱に貼ってある番地表示を確認した。
「ここだ 間違いない」
アパートの玄関を入り、聞いた1階の部屋を確認してノックするが応答がなく、隙間から漏れてくる明かりも消えている。もう死んでいるかも知れないとの不安が脳裏をかすめる。激しく戸を叩いても何の反応もない。
降りしきる雨の中をアパートの裏に回り、閉め切っている雨戸を確認すると、車に戻り工具箱からドライバーを取り出し、雨戸をこじ開けた。
雨の音で戸をこじ開ける音が消されて幸いした。
ずぶ濡れになり、まるでジョージ秋山氏が描く「アシュラ」のようであった。

雨戸を外し、中に入ると部屋は真っ暗で物音ひとつしない。
手探りで灯りのスイッチの紐を探して引っ張った。
パッと明るくなった部屋の片隅に横たわっている彼女を発見した。
睡眠薬であろうか、空になった瓶が転がっている。
台所に行き、洗面器を持ってくると彼女を抱きかかえて無理やり口を開けると指を突っ込んだ。咽るとすぐに咽喉が鳴り嘔吐した。
洗面器の中は白い液状の固まりで溢れかえった。
我に返った彼女は気が付き泣き始めた。
自殺したい理由はうすうす分かっていたが改めて聞く事はしなかった
ずぶ濡れになった私を見て、声を上げて泣きじゃくり、体が震えている。
風は止み雨音だけが聞こえてくる蒸し暑い夜、彼女はガタガタと震えていた。
コップに注いだ水を何杯か無理やり飲ませて
「大丈夫かと聞いた」
「はい もう大丈夫です Kさんに聞いてきたのですか?」と聞いてきた。
「ウ・・ ウン(._.;) 電話が掛かってきたんだ」
「来ては悪かったかな?」
「いいえ・・・ありががとうございます」
鳴き声であったが、しゃくりながらはっきりと応えた。

ずぶ濡れの私は彼(K氏)のT-シャツを借りて着ていた。
まだ安心出来なく、その後が心配なのでベッドの横に並んで座り、まんじりともせず朝を迎えた。コーヒーを作り、元気を取り戻した朝に経緯を聞いた。
「もう考えるのが嫌になった」大好きなビリー・ジョエルの「ストレンジャー」を聴きながら死にたかったと云った。
ベッドの上に置かれたラジカセの中にはThe Strangerのカセットがセットされていた。
「聴いて良い?」朝聴くThe Strangerは雰囲気が違って聞こえた。
いろいろとあった二人だが、その後は紆余曲折を経て結婚した。いまは栃木県佐野市に住んでいる。

忘れ得ぬ曲としてThe Stranger。この曲を聴くたびに友人と奥様の顔を思い出す。
そして、ずいぶん前に聞いた芸能ニュースであるが「今日でお別れ」を聴くと
湘南の海岸で「今日でお別れ」をエンドレスで流しながら海に入っていった11PMのモデルを思い出す。何年経っても、なぜか心に引っ掛かっている。

私と云えば、The Strangerも良い曲だと思うが、なんと云ってもhonestyが大好きです。多分に正直な性格なのでしょう・・・私は(爆)

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明太子とタラコの違いは・・・

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筒井康隆大先生のブログ「偽文士日碌」6月27日の日記に、こんなくだりがある。

『薬局に行く途中、スーパーに寄る。もと魚屋さんだったので「魚屋さんスーパー」と言っている店である。ここで鱈子と鮭を買う。ほんとは鱈子よりも明太子が欲しかったのだが、中国産の食品が嫌われていることに関係があるのか、最近はでかいものが入荷しないでバラバラに切ったものしかない。このバラバラの明太子は網で焼く事が出来ないので忌避することにする。』

小さい頃の夕食には当たり前のように明太子が皿の上に乗っていた。
いつものように父はその中の1本を箸で掴むと、まだチロリチロリと炭火が残る七輪の網に乗せて焼いていた。日々繰り返される夕食の風景だった。
父が仕事で遅くなると、母が明太子を焼いて茶箪笥の中に仕舞いこんでいた。
父の影響なのか明太子は焼くのが美味しいといつも思っていた。

22歳で社会人となり上京して独身寮に入寮したその日は、舎監からオニギリが振舞われて、タラコのオニギリをどうぞ!と云われてビックリした。
タラコなんて聞いた事もなければ、食べた事もなかった。
でも、オニギリの具になっているのは紛れもなく明太子そのものだった。
食べるとタラコと呼ばれている食品は明太子に間違いがないと確信したが、云い出せなかった。
それも、自己紹介で自分の名前を告げるとクスクスと失笑が起きた。どうもイントネーションが違って外国人の自己紹介に聞こえたと・・・後で聞いた。
自己紹介する自分の名前にも自信が持てなくなり、喋る事が怖くなっていたのでタラコを指差して、「これは、明太子ではないですか?とは云えなかった。

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福岡発の「辛子明太子」なる後の超有名食品は東京の空の下では、まだ形もぼやけた状態で街中を席巻するには至っていなかった。
タラコと明太子との違いが分からず悶々とした日々を過ごしていたが、いつの間にか、明太子の事も忘れてタラコ・タラコと呼んでいる自分がいた。
タラコ茶漬けは、何よりも美味しく生きる糧を与えてくれた。
そんなある日、私にも彼女が出来て家に呼ばれて夕食をご馳走になった。
その時にタラコが出てきたので、彼女にそっと小声で・・・
「このタラコを網に乗せて焼いて欲しい」とお願いした。
彼女は、一瞬ことばを失い、エッ!タラコを焼くの?と聞いてきた。
どうも、田舎の風習だったようです。
でも、焼いたタラコを見て、タラコの風味もプチプチ感がなくなりパサパサしているよ。
これで美味しいの?と云われた。
小さい頃から慣れ親しんできていたので、今さら風味とかプチプチ感とか云われても困りましたね。
彼女のことばに相槌を打つように「そうだね。」と云った。
私はと云うと、焼いたタラコを懐かしく田舎に戻った気がした。

今では辛子明太子が有名になって、一時期は明太子と呼べない隠れ明太子派としてはようやく少数派から脱却したようです。
でも、庶民感覚で手に入るほど格安だった明太子も高くなったようですね。

筒井康隆大先生のブログに焼き明太子の文章を読んで先生も明太子を焼いていたんだなと思うと、とても嬉しくなったが、大先生はタラコ(鱈子)と明太子は違うものと断言されている。果たして違うものなのであろうか
少し調べてみると、呼び名が違うだけのようだが・・・。
関西・九州は明太子と呼び、関東・東北はタラコと呼ぶと書いてあります。
北海道はまた違って「もみじ子」と呼ぶところもあるようです。

それでもって、オニギリの話が出たので、話題を変えてオニギリの具で好きなのは
「オカカ」と「昆布」です。
少数意見ですね(笑)
20代後半で会社の研修で行ったホテルの夜食で出されたイクラのオニギリは絶品でしたね。今では当たり前のようにオニギリの中に入っていますが、その時の研修で初めてイクラのオニギリを食べましたが、食べた全員が挙って美味しいと声を張り上げました。

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カツオの角煮が入ったオニギリは無性に欲しくなる時があります。
そのカツオの角煮があれば
①カツオの角煮 ②オカカ ③昆布がオニギリの具で好きな順番です。

 

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君に捧げるほろ苦いブルース

過ぎ去りし日々・・・
出会いはミッソーニの大きな傘が作ってくれた

「ミッソーニの新しい色目のサンプルはあります?」
「今度のコレクションのですか・・・」
「ELLEで発表されていましたよね」
「DIC版で宜しければ用意しますが・・・」
「DICでお願いします」
販促担当の彼女は笑みを溢して足早に去って行った。

急いでELLEに載っているカラーチャートをチェックしながらDICの札を
集めていた。
有名なファッション雑誌ELLEにはEの文字の中に表紙で使うカラーチャートが
埋められているが知っている人は少ない。

必要なColorDICを用意した事で・・・
「お食事でもどうですかと誘われた」断る理由などありません。
ミッソーニが好きだと聞いていた事は私にとって幸いでした
駐在からサンプルとして送られてきたミッソーニの大きな傘がサンプルとしての
役目を終え処理される寸前だったのを裏から手を回して戴いて来た。

新宿西口のターミナルに愛車カブト虫31号を回して彼女を待っていた。
バッグを肩に掛け駆けて来た彼女は乗り込むや否や息を切らせて
「お誘いしているのに遅くなってごめんなさい」
「中野まで行けます?」
密閉度の高いカブト虫は車内はとても静かです
どんな大声でも外に漏れて聞こえる事はないです・・・喧嘩に最適かも知れない

彼女が行きつけのレストランはレンガ造りの瀟洒な建物・・・
入り口には年代物のランプがぶら下がり明治時代の灯りを灯していた。

座ると同時に・・・
私がとっても好きな曲があるんです かけていいですか?
ジュークボックスに行くとコインを投入してボタンを押した

今回の画像は歌詞にあわせて・・・

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君に捧げるほろ苦いブルース
マイナーな曲ですがとっても素敵な曲です。
荒木一郎の熱狂的なファンはこの曲が一番好き(YouTube)だと云います・・・

淋しさに一人飲むコーヒーは
ひきたてのほろ苦い味がする
ゆきずりの夜に買う綿あめは
君と愛した味がする
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアの外の
気に入りの紫蘭の花
昨日の朝 枯れたよ

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淋しさに一人弾くセレナーデ
イントロはほろ苦い音なのさ
ゆきずりの街に聞く汽車の音は
君と愛した音がする
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアを開けて
六月の空を見れば
まぶしすぎる僕だよ
BYE BYE MY LOVE 永すぎた
BYE BYE BYE MY LOVE 僕の歌もやがて
BYE BYE MY LOVE 終るだろう
BYE BYE BYE MY LOVE もうすぐ

淋しさに一人書く置き手紙
宛先はほろ苦い友達さ
横書きの白い地の便箋は
愛を記した時もある
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアを閉めて
思い出の紫蘭の花
庭の隅に埋めたよ
BYE BYE 君 すぐに行くよ
BYE BYE BYE MY LOVE 君と同じとこへ
BYE BYE MY LOVE 夏になれば
君のいる処へ…

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過ぎ去った日々を懐かしく思っています
楽しかった日々は明日への糧となり
生きる力となります。

彼女から戴いたこの曲はありがとうの心を感じます。
プレゼントしたミッソーニの大きな傘・・・どうなっているのかな

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耳は疲れないのか・・・

Eye

長いこと、素朴な疑問として心に引っ掛かっていた事がある。
眼科医で大学教授の坪田一男氏のエッセイ「眼科医という仕事」を読んだ。
エッセイの中に、良くある質問がいくつか書かれていて、その中に・・・。
「なんでこんなに眼が疲れるんだろう?」
「どうして、瞬きの度に暗くならないんだろう?」
「どうして速読法が可能なんだろうか?」
「耳は疲れないのに・・・」があった。
この耳は疲れないのには、小さい頃からの疑問だった。
耳が痒くなるとは聞くし、痒くなることが良くある。しかし、耳が疲れたとは、いまだに聞いた事がないし、じっさい、耳が疲れたと感じたことがない。
いま、まさに子供のころからの疑問が氷解して答えが読めると思うとワクワクした。
読み進めると、・・・と云うような素朴な疑問は苦手だと書いてあった。
あれ~ 答えが先送りされてしまった。

読んでいくうちに「耳が疲れる・・・」は解決しなかったが、ある事が分かった。
眼が疲れるは良くある事で、15年に亘ってPCを見つめてきたのでPC依存症になり眼が疲れてぼやけてくる。その後に車を運転すると急に眠くなる。
これは、末期的な病気かも知れないと思うと、勇んで病院に行く気は起きない。しかし、このエッセイを読んでいくと、何だか解決したような感じがする。

眼が疲れる原因として。
「仕事を遅くまでしている時に眼が疲れる」
「PCを長時間やると眼が疲れる」
「本を読むとすぐに眼が疲れて眠くなる」
「運転すると眼が疲れてしまう」
「会議中でも眼が疲れて居眠りしてしまう」等など・・・。

眼に関する本を本を読むと、大概の本は、疲れは齢を重ねるのと同じで回復力がなくなり老眼とかメガネが合ってないとか、精神的なものだとか、ひどい本になると「眼を使えば眼が疲れるのはあたりまえ」などと書かれているようです。
ところが、眼の疲れは意外と簡単で、『眼が乾くと眼が疲れる』と云う、単純だったようです。
眼の乾きを予防すれば眼が疲れないし、眠気を誘うこともないと結論付けていた。
そうだったのか。
明日からはPCの横には濡れたタオルを置いて、定期的に眼を拭いてあげれば良いのかも知れないですね。それと目薬を注すことも大事かも知れないですね
ただ、目薬はけっこう怖い。
自分の力では出来ない・・・自分で息を止めて自殺する人がいないように自分で目薬を注すには、それなりの根性がいるようです。
車の中には、それこそ濡れたタオルを忍ばせて運転しようかと思っています。

余談。
『眼医者歯医者が医者ならば、とんぼちょうちょも鳥のうち』と云う言葉があるそうです。笑ってはいけませんが、歯医者の友人がいるので読みながら笑った。彼の生活態度を見ると、いつか最高の場面で突き放すように云ってあげたい。(笑)

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霧は深かった

つい先ほどまでは観光客で賑わっていた駐車場も日が落ちると共に閑散としている。
夕暮れの戸隠連峰は岩肌を剥きだしにして、日本海からこぼれる夕日を受けて赤く染まっている。低く立ち込めた薄いモヤが気になる。
山道を走り、鏡池の事務所に立ち寄り作業の結果を説明して帰途に付く。

戸隠から黒姫に向かう、曲がりくねった山道は濃い緑の林と続く。
先ほどまでは遠くであった低いモヤは霧となって道を塞いでしまった。
緑の木岐が白い煙に巻かれるように立ち込めた霧は薄暗く迷路の世界へと誘ってしまった。
対向車線からは薄明かりのヘッドランプがかすかに見えて、後方にジープが付いた。
ワクワクして来た。準備は整ったようです。
内心、ほくそ笑んだ そんな感じがした。

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妙高の市街地・・・少し霧は晴れて来た

日本橋の会社に通っているころに国立に住む田舎の先輩がいた。
相当な車キチガイでラリーに凝っていた。
呼ばれて国立まで行くと、一日中飽きもせずに車の話でウンザリしていた。
どうして、それほどまでに車に夢中になるのか不思議でしようがなかった 私はと云えば、まるで車などに興味がなかった。それでも楽しそうに話す先輩が頼もしかった。

ある日、どうしても日曜日に空けてほしいと連絡があり土曜日に国立まで行った。
日曜日のラリーのナビゲーターが急用が出来て乗れなくなったので、代わりに乗って欲しいと云われて・・・息を飲んだ。
「だって、何も知らないですよ」「それに目茶怖くないですか?」
目が見えるだろう!それで十分だ 地図と看板だけ見てくれればそれで良いと。
それにストップウォッチが大事な役目。
国立から山梨の大月を山越え・谷越えで崖ありの凸凹道を走った。
地図を見る余裕なんてまるでない。尻は痛くなり悲鳴をあげた。
取っ手にしがみ付くのが精一杯の状態だった。
それでも、崖スレスレにタイヤを乗せて覚悟をする一瞬もあったが、峠の霧の中を走り抜けるのは怖かったが、スリル満点で心が踊った。

ガソリンの高騰を予測して、市内の近距離を走るのに軽を買った。
それも、いまは懐かしいコラムシフトのマニュアル車を買った。あくまでも近距離専用車だ。1リットル20キロを目標に・・・それと、ボケ防止のテクニックを維持するためにマニュアルが欲しかった。

戸隠には運良く軽のマニュアル車で来ていた。
霧はだんだんと深くなり、静かに神秘な世界が広がっている。
幸いにして、この黒姫⇔戸隠道路は交通量が限られて少ない。
道路の右側はすべて崖です。
さぁ・・・出発です。
右カーブ・左カーブに下り下りの連続で結構楽しめます。
さすがにジープはぴったりと距離を維持して付いてきます。
坂道であっても、殆どブレーキは踏みません。シフトダウンでエンジンブレーキを多用して、吹けば飛ぶような軽はお尻をフリフリして、まるで007のようです。
霧は一向に晴れる気配がなく、タイヤの軋む音だけが響きました。
オートマチックの減速よりも、減速に掛けては軽であっても、はるかに優秀なシフトダウンです。坂道のカーブではジープを遠くに離しますが、すぐに後に付かれます。性能の違いをまざまざと感じる瞬間です。
しかし、霧の中の走行は怖いですね
後にジープがいなかったら無茶はしませんね。

以前、日本人初の元F1レーサーの中島悟氏は、こんな事を云っていました。
軽とポルシェで箱根の山まで競争すると、登りは完全にお手上げですね
何しろ性能に差がありすぎます。
しかし、下りでは100%。私が勝ちますね 下りはテクニックが勝負となりますから軽であっても勝てますよ。
中島悟氏の言葉を、脳裏の片隅に保存されていたのが頭を過ぎったのですね(笑)

中古車で1リットル20キロは偉いです。
それも満タンで20リットルしか入りませんが400キロ走ります。
新潟まで120キロ。往復しても、まだ余裕があるんですね。
しかし、相当に疲れます
所詮、市内走行用でハァハァゼィゼィ云います。

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豪雨のあとに雨蛙

今年の梅雨は雨が少なく空梅雨のようだと。
梅雨の中休みで、うだるような暑さが襲ってくる夜のとばくち。
周りの家々に煌々と灯りが点くころに、静かだった空には異変が起きて
低く立ち込めた小さな綿雲が寄り添い始め、夜半には空一面に雲の絨毯が広がって来ている。それでも西の空には眩いばかりの三日月が雲の隙間から黄金色の光を放っている。
そろそろ広がり始めた雲の上では如雨露に水が注入されているようです。
今宵は雨音を子守唄に夢の中に誘ってくれそうですね。

そんな優しい眠りを邪魔するように虫も息を殺す丑三つ刻。
眠りを妨げる天変地異の前触れか・・・轟音が一発鳴り響きました。
雷を合図に大粒の雨が激しく窓を叩きます。
飛び起きて、網戸に寄って行くと見る見るうちに庭が池に変わり庭の草花は激しく打たれています。玄関先の道路は川となり雨粒が水面を叩きながら流れていきます。
雨音が子守唄どころではありません。
恐怖におののく時間の幕が開いたようです。
激しく戸を叩く雨音は遮断なく続きます
草花や木々を根城にしている蜘蛛の一団はどうしているのか
古い釜がお気に入りの金魚やメダカたちは溢れた水に流されたのか・・・

道が急流となり弾けるように流れる様子を見て、あの恐怖が蘇ってきた。

Images

長野に店を持ち、毎週東京・長野を往復していた。
台風が接近していると聞いても実感が湧かずに軽く見ていた。
その時の台風は進路を北アルプス方面に向かい、信州を直撃した。
信州と云えばリンゴの郷。青森と並ぶリンゴの生産地が台風の直撃を受けて大被害を受けた。美味しいリンゴは収穫前に落下して見事に無残な姿を晒していた。そんな中、急用が出来て東京に戻ることになった。
ワイパーの利かない叩きつけられるような雨の中、東京に向かった。
上田を過ぎて、小諸に差し掛かるころは雨も一段と強くなり、道路は川になり危険な状態が続いた。沿道のあるパーキングエリアには諦めたのか数台のトラックが止まりエンジンをふかしている。
軽井沢に近づくにしたがってスピードが落ちて、渋滞が酷くなった
川と化した道路はだんだんと流れが速くなり、水量が増えたような気がする。
軽井沢に入ると車は動かなくなった。
渋滞したまま停車してしまった。前方からサイレンが聞こえてスピーカーがうるさくがなり立てていた。
「碓氷峠は土砂崩れで通行できません」
「迂回路はありません」
「復旧の見通しは立っていません」
激しい雨は、外に出ると一瞬にしてずぶ濡れになります。
無線を使っているトラックのあんちゃんの話が聞こえてきた
「松本方面も通行止」
「下仁田方面も通行止」
ガソリンはと見ると、長野で満タンにしてきたので少しは余裕があります。
エンジンを停めるには勇気が要ります。
川になった道路の水で一度、エンジンが止まったのです。
トルコンは一度止まるとシフトレバーのようにローで半クラッチにしてセルを回して動かす事が出来ないと聞いていたので不安でいっぱいです。
雷と豪雨のなか、エンジンを掛けっ放しで軽井沢に向かう道路の沿道に停めて一夜を過ごしたのです。
明け方早く目を覚ますと台風は過ぎ去り晴れ間が広がっています。
しかし、道路は前も後も延々と続く大渋滞です。
この時の渋滞はなんと55キロ続いたそうです。
そして、肝心の碓氷峠は通行止めが解除されず12時まで1メートルも動きませんでした。

その中にあって商売とはこうあるべきだ・・・との話。
明るくなった7時ごろ、リヤカーを引いた若い夫婦はリヤカーに大量のオニギリを積んで販売していたんです。我を競うように降りてきて買い求めます。1個200円のオニギリは美味しかった。
機を見て敏とは、若い夫婦に乾杯ならぬ完敗ですね。

そんな雨の日の事を思い出してしまった。

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夜の雷は鳴りを潜め、如雨露の水も枯れてきたのか、小降りになった明け方に
庭の草にチョコンと乗った雨蛙。
今年になって、初めてお会いします。
「はじめまして・・・」
良い緑色をしています。

小さい時に和裁をしている母の隣で本を読んでいると、窓ガラスにへばりついた雨蛙を見て母が「トノサマガエルのお通りだよ!」と云った。
すると、雨蛙は聞こえたのか、ピョコンと飛び出していった。
何かのお呪いだったのか・・・。
運の良い話であれば、今度、宝くじを買って雨蛙に乗ってもらおうと思っている。

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星と森の詩美術館・・・銅版画を見る

米どころ頚城平野は見渡す限りの緑一色で風が吹くたびに穂先が踊っている。
恵みの水を与えてくれる保倉川の流れに沿って走り、峠に差し掛かると棚田100選にも登場する松代の棚田が目の前に突如として現れる。美しい光景である。秋になるとカメラ小僧が大挙して押し寄せ棚田の優美さを宣伝してくれる。
松代は芸術の街として、彫刻が盛んで至るところに野外アートが展示されているが、松代は蕎麦でも有名ところで繁盛しているようです。
丁度お腹も空いてきたころで自然薯を繋ぎにした松代蕎麦を味わう。
いくつかの坂のあるトンネルを潜り抜けると、その昔は呉服の産地として賑わいを見せた雪深い街、十日町に着く。
十日町の話題と云えば、医師不足で遂には産婦人科の医院がなくなり頭を抱えていて、年収1800万円?で募集しているとのニュースを聞いた事があった。

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長野県の千曲川は新潟県に入ると信濃川に名称を変えて、この十日町に潤いを与えて日本海へと流れ込んでいる。鮭の俎上があるのかどうかはチョットは気になる。
午後の陽射しを浴びて、信濃川の川面はキラキラと光り輝き宝石箱のようです。信濃川の流れに沿うように車を走らせると「星と森の詩美術館」の小さな看板が見えた。
目的のひとつでもある「星と森の詩美術館」方向にハンドルを切る。
人家がなくなり道幅が狭くなると生い茂った緑の木々が迫ってくる。
小川のせせらぎに架かる小さな橋を渡ると、可愛らしいブロンズ像が姿を見せました。
森の入り口にある駐車場に車を停めて森に入ります。
木漏れ日を浴びた左右の道には、ブロンズの彫刻が笑みを溢して立っています。
木々に挟まれた静かな空間が広がっています。
ひとつひとつのブロンズ像を眺めて芸術家の想いを探ってみますが、芸術の心が乏しい私は、知ったかぶりの(゜ー゜)(。_。)ウンウンと相槌を打ちます。
優しさのある小さな美術館が姿を見せます。
白樺や楠の木に囲まれた可愛らしい美術館です。

500円の入場料を払いカタログを戴き館内に入ります。
「星と森の詩美術館」には、どうしても来たい理由がありました。

Neonature
Shuuu
鶴巻貴子 銅版画 鶴巻三郎 紙塑人形「驟雨」

銅版画家として華々しくデビューした鶴巻貴子の作品を見たかったのです。
鶴巻貴子は大学在学中に銅版に目覚め、第57回新潟県美術展覧会(県展)に初めて出品して、満場一致で県展賞の栄誉に輝いた天才銅版画家。
版画界の最高峰である山口源新人賞を受賞しています。

館内に入るとすぐに県展賞に輝いた作品に釘付けになりました。
『晴れの日のズレ ~春夏秋冬を偲ぶ~』
エッチング・アクアチント・ソフトグランドエッチング
凄いですね
迫力満点です。繊細な輪郭が縦横無尽に描かれています。
県展賞に輝いた作品をインターネットで探しましたが、徒労に終わりました。
他の作品は何点かネットの中にも探すことが出来ましたが県展賞作品はなかった。
アメリカ合衆国議会図書館にも収蔵されているので、この作品がアメリカに渡っている可能性はあります。過去の県展賞の作品もくまなく探しましたが見つかりませんでした。
立ち尽くし眺めるほどに圧倒された秀作でした。

鶴巻貴子は芸術一家に生まれ育った。
館内には鶴巻貴子銅版画が飾られていましたが、その中の一角に鶴巻三郎「紙塑人形展」もありました。
鶴巻貴子の祖父の作品集です。
紙塑とは、簡単に云えば紙粘土の作品なのでしょうか
可愛らしい人形の数々に素朴な生活観が滲み出ています。
「驟雨」は1943年の作品。1943年と云えば、日本は国を挙げての負け戦に挑んでいる時期です。そんな中に、こんな素朴な作品を作ることが出来るなんて・・・隠れて作られたのでしょうね。
その中の作品も、政府買い上げ作品とありました。
政府買い上げ作品とは何ぞや・・・。
国賓で来られた偉いさんへのプレゼントになるのでしょうか

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「星と森の詩美術館」を一歩出ると、池があり池には無数の錦鯉が養殖されています。
鷹やトンビ・カラスの攻撃から守る為でしょうか?
池の上にはテグスやら針金がそれこそ、縦横に張り巡らされています。
一匹が何万円にも何十万円にもなる宝石が寄ってきます。
人面魚を探しましたが、見つかりませんでした。
池の周りの散歩道にはブロンズが置かれて楽しませてくれます。

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池の横にある畑には、大きく広がった葉っぱがキチンと整列をしています。
若い夫婦が畦に入り大きく伸びた葉っぱの上から黄色い液体を掛けていました。
タバコの葉を栽培しているようです。
タバコにとっては、いまの時代は、まさにアゲインストの風が吹いています。
葉っぱを触ってみると、ベタベタして感触は良くないですね
手間暇のかかる栽培だと聞いた事があります。
ご夫婦で勤しんでおられる風景は、何事にも変えがたい人間愛があります。

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帰りの道の駅で赤いメークインを見つけました。色のついているメークインを初めてみましたが、サツマイモみたいな雰囲気をしています。
どんな味がするのか・・・楽しみです。

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地球は壊れている・・・予測は的中

もうすぐ洞爺湖サミットが開かれる。
世界中のいたるところで血なまぐさい事件や紛争が起きていて、人類はサバイバルに突入したのか、国の偽善者がおのれの欲望と権力を手中しようとして殺戮を繰り返し楽しんでいる。
権力を握ったものにしか分からない快楽の極致なのかも知れない。

そんな中、外交戦略の下手な日本が失地回復を求めて「地球温暖化への取組み」をアピールしている。
二酸化炭素の排出ガスの削減への取組みがメインテーマと聞く。
なるほど・・・。
二酸化炭素が空気中に溜まりに溜まって濃くなり温暖化に驀進中であると。
温暖化は南極大陸の氷が溶けて水面が上昇して日本沈没が現実味を帯びてきている

人間が酸素を吸って、吐き出すのも二酸化炭素なので、大きく息を吸って吐き出す人は肩身の狭い思いをすることになるのであろうか。肺活量を自慢する人は厳しい世の中になるのかもね。
まぁ、そんなことはないですね。

温暖化については、どうしても避けて通れないある番組を思い出す。
1987年に始まったNHK特集「地球大紀行」
毎月の最終土曜日に放送されていて、どんな事があっても必ず観た。
観ると友人と感じたことを話し合い。
地球の行く末、人類の進む道を話したことを思い出します。

この番組は
地球の誕生から地球の進むべき方向性を検証し視聴者に説いて来た。
その中に、このまま、何も策を講じず手をこまねいて近代化・未来化を進めると二酸化炭素が空気中に増え続け大気に充満して、温室効果が急激な温暖化となり、二酸化炭素が作り出してきた酸素が激減する話があった。アマゾンの膨大な森林と中国の石灰岩が重要な酸素の供給源であるにも拘わらず、開発が進みアマゾンの森林は年々面積を小さくしていると・・・。

忘れもしない「地球大紀行」12月の最終回の検証は「太陽系第三惑星・46億年目の危機」と題して、いままでの検証結果を予想として結論付けをしていた。
「このまま、進んでいくと21世紀を迎えることは出来ないかもしれない、また迎えたとしても、近い将来に人類は滅びるのではないだろうか・・・と」結んでいる。

反響を呼んだ「地球大紀行」の番組から20年。軽症であった地球は重症になり、小さな痛みに悲鳴を上げて岩盤を揺らし地震になる。人間の痛風と同じなのです。最初は軽い痛みで歩くことも出来るが、そのうちに風に当たっただけで激痛が走り、歩くことが出来なくなる。いままさに地球は痛風の痛みを断末魔の叫びとなって最期を迎えようとしている。まさに20年前の予想通りに事は進んでいるようです。

探すとDVDが発売されていました。もう一度「地球大紀行」を観て考えてみたい。人類が滅びたらどうなるのでしょうか・・・。1億年経てば、堅牢を誇る近代的建築物も風化されるでしょう。それから数億年、ふたたび人類の祖先が誕生することが出来るのでしょうか

もしかしたら、人類は10億年に一回、繰り返してきたのかも知れません。次は10億年後にお会いしましょうなんてね

地球大紀行 1987年 NHK特集

T066 第1集 水の惑星・奇跡の旅立ち

46億年前、地球は隕石の激しい衝突によって生まれた。火の玉のように熱かった原始地球はやがて冷え、大豪雨によって海が誕生する。カナダ北部、オーストラリアなどに残る隕石衝突の現場・クレーターへの紀行と大掛かりな特殊撮影によって、地球誕生のドラマを再現する。

T067 第2集 引き裂かれる大地

世界一深い穴への地底紀行、長さ9キロにわたるアイスランドの割れ目噴火、深海底に続く8万キロの巨大山脈、大陸が裂けつつあるアフリカの大地溝帯。こうした地球上の大景観への旅を通して、地球の内部に蓄えられている膨大な熱が、地球の表面をどう作り変えているかを描く。

T068 第3集 残されていた原始の海

地球に酸素をもたらしたのは生物だった。オーストラリアで発見された地球最古の生命の化石、米イエローストーン公園の熱湯の中にいたバクテリア、原始生命が今も生きるオーストラリアの不思議の海、原始生命を求めての旅を通して地球に酸素をもたらした生物のドラマを描く。

T069 第4集 奇岩にひそむ大気の謎

中国桂林の峨々たる山容、オーストラリアにある世界最大のサンゴ礁、陸に上がった4億年前のサンゴ礁。いずれも石灰岩が作り出した奇観である。この中にかつて地球に充満していた膨大な二酸化炭素が閉じ込められている。世界各地の石灰岩地帯を訪ね、地球大気の壮大なドラマを描く。

T070 第5集 巨大山脈の誕生

ヒマラヤ山中で見つかる古代の海の生物の化石アンモナイトは、ここがかって海の底だった証拠だ。海の底がなぜ、地球上で一番高い場所になったのか。それは、インドがユーラシア大陸に衝突して大陸のしわを作ったものだ。世界の屋根ヒマラヤを舞台に、巨大な山脈を作り出す地球の脈動を紹介する。

T071 第6集 巨木の森・大地を覆う

4億年前自ら陸に上がった植物は、やがて森林を作り大地を緑で覆うに至った。カリフォルニア北部の高さ100メートルの巨木、アリゾナにある2億年前の化石林、ボルネオの熱帯雨林、そしてスタジオに再現した3億年前の森林の姿などを通して、地球の緑の進化とその役割を紹介する。

T072 第7集 恐竜の谷の大異変

地球上で繁栄を続けていた恐竜が、ある時突然絶滅した。その原因は、地球に巨大隕石が衝突し、大爆発が起きて地球が寒冷化するなど気象異変が起きたためであることが最近になって分かった。世界各地にその証拠を探り、また、科学者が描く当時の絶滅の様子を特殊撮影によって再現する。

T073 第8集 氷河期襲来

今から1万5000年前、北米大陸やヨーロッパは厚さ数千メートルの氷に覆われていた。過去100万年の間に地球は7回もこうした氷河期に襲われたのだ。氷河期の姿を今も残すグリーンランドの氷床、アラスカの大氷河、北米各地に残された氷河の痕跡などを通して氷河期襲来の謎に迫る。

T074 第9集 移動する大砂漠

生命を育む緑の地球にあって、それから取り残された世界、それが砂漠だ。地球をめぐる大気の循環が北半球と南半球に乾燥ベルト地帯を作り、北極や南極の氷河の消長が乾燥ベルトを拡大・縮小させるという。地球上最大の砂漠サハラを舞台に、大乾燥地帯を出現させるシステムを探る。

T075 第10集 資源を産んだマグマ噴出

金、銀、銅、鉄。これらの資源のどれひとつとして地球の生成進化と関係のないものはない。資源は地球からの贈りものなのである。資源は、マグマが地下の深いところから地表近くまで上昇し、水などによって濃集したものだ。資源ができるメカニズムを南米アンデス山脈で明らかにする。

T076 第11集 多重バリアーが守る生命の星

地球は大気の層や磁気圏に包まれ過酷な宇宙から守られている。雲を作りながら活動する対流圏、太陽からの有害な紫外線を吸収する成層圏、オーロラを作り出す磁気圏など。赤道下の島から磁気圏への垂直の旅によって、生命を守る地球の防護壁ともいうべき多重バリアーの巧みな仕組みを紹介。

T077 第12集 太陽系第三惑星・46億年目の危機

46億年という長い時間をかけて生まれ進化してきた“宇宙のオアシス”地球は、人類の登場によっていま危機にある。増え続ける人口と加速度的に発展する文明は、地球のバランスを破壊し荒廃させつつある。人類の文明は地球に何をしてきたのか。そして未来の地球はどうなるのか。シリーズ最終回。

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私の宝物

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拡大したほうが良く見えます

七月に入り、夏だと云うのに変な天気が続いている。
生暖かい風が吹いている日もあれば、朝に降るにわか雨は肌寒く体が固くなってしまう。そんな天気を象徴するようにどんよりと雲が立ちこめた妙高の連なる山並みは日本百名山で名高い火打山周辺にはたくさんの雪が残っている。
夏スキーが出来るかも知れないですね。

いつものことながら梅雨に入ったこの時期には、部屋の隅に高く積まれた数々のコンテナの中身を片付け整理を行うのを行事としている。ひとつひとつのコンテナを覗く度に捨てられるかどうかを必死に悩むが、思い切って捨てると必ずあとで必要となり、捨てた事を後悔することがある。

いまも、PCの改造に取り組み、ほぼ90%の段階まで来たが、オンボードのビデオカードに不具合が見つかり、空いている拡張カードを利用することになった。PCIビデオカードは以前から在庫していたのでウフフと喜んだ。しかし、パーツの入っているコンテナを探すが一向に見つからず、先日の粗大ゴミで捨てたことを思い出した。一瞬にして地獄を彷徨う感じで捨てたことへの失敗は落ち込んでしまう
このマザーには、このビデオカードが最適との拘りがあり、オークションで探すことにした。頻繁に出品されるパーツではないので、競うことばかり。
ここ一週間に4個が出品されたが4連敗となった。
また、次に出品されるまで待つことにします

そんなことがあるので、今は不必要なものでも捨てることに躊躇いを感じる。
今年も整理で、コンテナに宝物と書かれた黄色のコンテナに珍しいものを発見した。
緑のテープがぐるぐる巻きされた棒の先に針金が飛び出している。

Bottan

拡大したほうが良く見えます

この変哲な棒は何に使う物なのでしょうか・・・。

ずいぶん昔のことだが。
生産のシステム化と云った取り組みに参加している時に、ある大手のワイシャツ工場を見学に行った。
このワイシャツ工場は日産3000枚を生産していて、海外を含めたグループ全体では20,000枚の生産を行っていると聞いてビックリしたことがあった。
毎日20,000枚が生産されると月間20日間稼動で400,000枚ものワイシャツが生産され販売される。ワイシャツ工場としては、他にもたくさんの縫製工場があるので、天文学的数字で生産され販売されていることになる。
そのことでビックリした。
ここ数年、ワイシャツを買ったことがない。
ネクタイを必要とするみなさんはワイシャツは使い捨ての感覚で買うしかないのかも知れないですね。
日産3000枚を誇る縫製工場の内部はシステム化されていました。
縫製を行う工業用ミシンは座って縫うものだと思っていたのです。
それ以外、思いつきもしませんでした。

働いているみなさんは、全員立って仕事をされています。
そうなんです
立ってミシンのペダルを踏み、器用に手を動かせて縫っているんです
その縫い方の早いこと、早いこと・・・
ワイシャツの前立てと云われるボタンを付けるところは7~80センチあるのですが、ものの1秒か2秒で縫い上げ、次の工程に入られています。
説明によれば、5人から7人の編成でワイシャツの縫い上げる工程のすべてを
行い、衿を付けて、ポケットを縫って、袖を付けてのありとあらゆる工程を少人数でこなし、最終では、たくさんある小さなボタンを付け、そしてボタンを留め仕上げのアイロンを掛け袋に入れて1枚の製品が出来上がります。

さて・・・
ワイシャツは100ほどある工程を踏みながら製品として出来上がるまで、どれぐらい掛かるのか。一枚流しと呼ばれる立ちミシンでは5分に1枚出来上がる計算になるようです。
編成されたチーム全員が同じ技術をお持ちであれば、全く問題がないのでしょうが、手の遅い方がいらっしゃると、すぐに技術の持っている方が、その持ち場に入りスムーズな流れを意識されているようです。
トヨタシステムを基本とした助け合いの編成なんだそうです。

まだパソコンがヨチヨチ歩きで人海戦術に頼った20年ほどの前のお話です。
今ではパソコンが普及して技術の進歩・システムの構築はもっともっと進んでいることでしょう

画像にあります緑のテープに巻かれた棒はと云いますと
ワイシャツ工場から戴いた貴重品。ボタンを素早く穴に入れて留める小道具。
針金はピアノ線で固くて頑丈です。
丸くなったピアノ線をワイシャツの穴かがりに通して、素早くボタンをピアノ線で掴み、引き戻します。体験してみたのですが、ものの2秒も掛かりませんでした。優れものの逸品です。
手でボタンを留めていったら日産3000枚は不可能ですね、せいぜい300枚でしょうか。そのうえ、ボタンを留めていく指先は腫れて尚且つ摩擦で痛いでしょうね

見るからに汚れて、今となっては役に立たない代物ですが、生産システムを考える上で私の貴重な宝物です。

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