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山田洋次監督「母べい」を観た

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山田洋次監督「母べい」を観た、と云ってもレンタルDVD。
野上照代氏の自叙伝「母べい」の映画化。

久し振りにビデオ1に顔を出し、山田洋次監督「息子」を探した。
二度ほど観た「息子」をもう一度観たいと思って探していると、吉永小百合主演の「母べい」が10本ほど並んでいて、殆どがレンタル中だったので残りの1本を手に取り、籠に入れた。
期待した「息子」は在庫がなかったのか、それとも、見つけることが出来なかったのか、店員に聞く事もせずに「母べい」を借りてきた。

サユリストの端くれでありながら吉永小百合の映画と云えば、「泥だらけの純情」「霧笛が俺を呼んでいる」「キューポラのある街」しか観ていない。ファンでありながら肝心の映画を観ていないなんて、ファンを自認するみなさまからは、エセサユリストと罵声を浴びること間違いはないようです。
2級上の先輩が早稲田に入り、吉永小百合と学食で隣り合わせになったと喜んでいた。それに握手までして来たと・・・食事中なのに何と無礼な先輩であろうと思うが羨ましい限りです。また、吉永小百合が酔いに任せて作ったとされる戯れ句があるが、発表するには憚れる。

物語はと云うと・・・。レンタルDVDなのでネタバレOKと云うことで

ドイツ文学者の父の発案で家族の名前に「べい」とつける事が決まった。
父べいであり母べい、子どもたちはお姉さんが初べいで妹が照べいと呼び合う仲睦まじい4人家族を襲った嵐が描かれている。

時は、日中戦争が泥沼化して、太平洋戦争へと向かっていく昭和15年。
日本大学を追われて著作業を生業にしている父の著作が厳しくなった治安維持法違反で特高に連れて行かれるところから話は進んでいく。
父を信じて、警察に日参するも面会が許されないところに、父べいの教え子で出版社に勤める山ちゃんが登場して面会できるように、あらゆる手を尽くしてくれる。
母べいの実家の父は警察署長を歴任していて、父べいは国賊としての思想犯だから思想転向するように説教し、尚且つ離婚して田舎に戻るように説得するが、父べいを信じる母べいは頑として拒否する。

優しくしてくれる町会長の伝手で小学校の代用教員となり生計を立てるが、厳しい代用教員は薄給、しかも子ども二人を抱えて、生きていくのは大変な時代。
父べいを信じる人たちの支えがあって、家族は強く生きていく。父べいとは検閲され黒く塗り潰されながらも手紙が唯一の拠り所で、心を通い合わせる手段になっている。手紙をいつも楽しみにしている。

獄中にいる父べいの唯一の楽しみは読書。
ドイツ語の専門書とかトルストイ「戦争と平和」との差し入れを希望する。学者はあらゆる本に書き込みがしてあるのですね。書き込みがしてあると差し入れが出来ないので、みんなで手分けして消しゴムで書き込みを消す作業風景がある。
書き込みが万年筆でなくて鉛筆で良かった・・・。

その父べいも太平洋戦争に突入した翌年の雪のちらつく日に獄中で亡くなる。世は戦争真っ只中の試練です。美大に通いながら、面倒見てくれた父べいの妹も広島の実家に戻り、原爆の被害を受ける事になる。
父べいのいない家族を大きく包み込み、家族同様に助けてくれた父べいの教え子山ちゃんにも赤紙が来て戦地に赴き、戦後に悲報を耳にする。

戦争が起きて、強制的に金銀の供出を求め、飲まず喰わずの生活を強いているのに
警察官である実家の父が出てきて家族を宴席に呼び出す、その時に、この場所は警察が仕切っている料亭だから、一般の人が食べられないような牛肉でも何でもあるからいっぱい食べなさいと、すき焼きを用意する場面がある。

これが、乱世の世の仕組みなのであろう。
権力を握るものは、まさに当たり前のように極楽の生活をしている。
国民が泣き叫び、餓死しようが、権力に追随するものは欲望を満たしている。
夜逃げした他人事総理の福田ちゃんは1泊130万円の部屋に泊まって、どんな心境だったのか・・・。130万円と云えば年収に近いぞ・・・。

いつの世も、まっとうな民衆は権力に踊らされ死へと急いでしまう。
支配熱に冒された野心的な権力者のおかげで戦争は悲惨を極める。
時折り涙が溢れてしまう。家族愛を感じる映画でした。
私なりに★★★です。

吉永小百合も出演した赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」
カラオケに行けば、必ずこの1曲を歌います。下手な歌が上手く聞こえる。

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犬や猫は飼い主に似る。

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本棚の掃除をしていたら、台座にしている古い雑誌「諸君!」が出てきた。
悪い癖でペラペラとページを捲り、座り込んで読み始めて、「涅槃に生きる」なんてタイトルに目が留まった。
涅槃と云えば、沖雅也の「おやじ、涅槃で待つ」が印象的な言葉となり、流行語にもなった。最近、沖雅也がおやじと呼んで親しんだ人が恐喝か、なにかで逮捕されたニュースが流れていたが、何年経っても、また、いくつになっても話題に事欠かない人のようです。

そんな出来事を思い出しながら「涅槃に生きる」を読み始めた。
小田島隆著「涅槃に生きる」

犬は飼い主に似るという。
本当だろうか。

・・・の書き出しで始まった。涅槃とは畑違いの展開になりそうだ。

ともかく、犬を飼っている人たちは、最終的には犬じみてくる。
例えば、雨の好きな犬を飼っている人は、いつしか雨好きになる。
「ほう、雨になりそうだ」
と、窓越しに雨雲を見上げながら、彼は、傘をさして散歩に出かけることを考え始める。
「ワン」犬が吠える。
「そうかそうか」と彼は答える。
何が「そうか」なのか私にはわからない。
おそらく、犬を飼っている人は、自然と犬の言葉を理解するようになるのだ。

猫にしても同じだ。
猫を飼っている人々も、365日を猫とともに暮らしているうちに、少しずつ猫っぽくなって行く。
「にゃ~ん」と、猫が鳴くとき、彼は「わかったわかった」と答える。
何が「わかった」なのか、他人には分かりようもない。
・・・が、彼にはわかっているのだ。

しかし、いつになったら涅槃が出てくるのか、犬猫やペットの話で「涅槃に生きる」とは宗教的で且つ哲学的で分かりにくい。犬猫の持つ無垢の目を見つめることで、心が洗い流されるのが涅槃なのかも知れない

かく云う私にも、老いたとはいえ、美猫の誉れ高い「姫」がいる。
「ニャ~ン」のひと鳴きで、何を要望しているのかほぼ95%の確率で当てることが出来る。殆どがマッサージの要求ではありますが。

急に冷え込みが続いた昨日などは、布団の中に潜り込んでいるとは知らなくて、布団の上に布団を重ねてしまい、猛烈な「にゃ~ん」の攻勢で土下座してしまった。
怒ったあとは、いつもの下腹部マッサージを丁寧に行うことで怒りは収まった。
お互いの人語・猫語の異種格闘語が炸裂して、双方の意見の食い違いは甚だしく、姫は北朝鮮の外交戦略を得意として、穏やかな会話中に、スクッと無言で席を立ち、出て行く。残された私は姫との包括的戦略防衛条約に意見の合意を見いだせず惨敗です。

勤めていた会社の後輩は、子会社のディベロッパーに派遣され管理業務で苦しんだ。
余りにも有名な大学を出たことで鼻持ちならぬ性格が災いして、人をチョット見下してしまう。
その彼が、100店舗もあるSCのマネージャーとして辣腕を奮ったが、意見の合わない店長が何人かいて、彼は一計を講じたようだ。
住んでいたアパートの白壁に猫の写真を貼り付け店長の名前を書いた。
毎日、酒を用意して白壁に向かい、意見の合わない店長の名前を書いた猫の写真に向かって・・・。
「そんな、わがままな意見はやめましょうね」
「マグロが欲しいですか、でも云う事を聞かないからあげない・・・」
等と云っていたらしい。
彼の部屋に遊びに行った部下が猫の写真にテナントの店長の名前が書いてあって
ビックリしたと飲み会で話して笑いを誘っていた。
東大一直線の悲哀でしょうか。
猫を愛する彼は今ごろ・・・どうしているのかな。

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バナナが消えた

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TVの影響は凄いですね。私は観なかったのですが、ダイエット特集があってタレントがバナナダイエットに挑戦して8キロとか9キロとか痩せたとか・・・。

次の日には、バナナを買い求める太ったお客さまの凄まじい大量買いでスーパーや八百屋・果物屋からバナナがなくなりました。凄まじい勢いでなくなっています。

知り合いのスーパーのバイヤーは溜息をついています。
このご時勢で大量のバナナを確保出来たら社長賞が貰えると・・・。

2つの市町村を受け持つ、この地域の青果市場にもバナナの波は怒涛の様に
押し寄せ、バナナの在庫がなくなり悲鳴を上げています。

バナナは雑菌の繁殖を避ける為に菌が入らない固く引き締まった実の青いバナナが房として輸入され、青果市場の室(ムロ)と呼ばれるガスを引き込んだ密閉された室内で保存され、「バナナ色付け人」と云った珍しい資格を取得した責任者の下でガスを注入して黄色く色付けされます。美味しいバナナはこのムロから仲買人の手に渡り、スーパーや八百屋に運ばれます。
そして、バナナの箱はダンボールでありながらとても頑丈でちっとやそっとでは壊れません。バナナは4房・5房・6房と区分けされますが重量は13キロと決まっています
中途半端な単位です。

そのムロにも青いバナナは山ほどに在庫はあるようですが、色付けが間に合わなくて、注文が捌き切れずにてんてこ舞いですが、バナナがない訳ではないのです。しかし、こんな時でも力関係はあって、仲買人の強大な力の前では優先してバナナは出荷されます。

来週一杯は、色付けに追われてタイトな状態が続くようですね
バナナ色付け人の手腕に掛かっているようです。
ガス噴射!スタートなんて叫んでいるんでしょうか

しかし・・・バナナダイエットね・・・・。
バナナは好物ではないのですが、バナナはいつも目の前にあるので、挑戦してみようと思って、1ヶ月ほど前から午前中はバナナを1本か2本を食べて、冷やさない常温の水をひたすら飲んでいますが、効果のほどは・・・ありません。
1キロも減ることはありませんでした。
・・・が、まだ続けています。
せめて、3ヶ月はやってみようと思っているんです。

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トキの放鳥が始まった。

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9月25日。
絶滅した国産トキが中国産トキの援助を受けてトキの飼育が始まり122羽を数えるトキが繁殖に力を注ぎ、野生に向けてトレーニングを積んだ10羽のトキが野生への第一歩となる試験放鳥が秋篠宮ご夫妻を迎えて行われ、トキは27年ぶりに佐渡の大空を舞って高く飛び出した。
新潟のローカルニュースはトキ一色です。
佐渡は放鳥の瞬間を見ようと、たくさんの観光客が訪れて賑わっているようです。

天然記念物だったトキが農薬のために好物のドジョウがいなくなり、剥製のために密猟されたりで数を減らし、遂には絶滅したとニュースは伝えています。
放鳥が決まったときから、佐渡島民あげての協力で、農作物は農薬を使わない有機栽培に方向転換し、空いている農地は、トキの餌場となるようにビオトープが造られて行きました。
取り敢えずの試験放鳥のこの10羽がビオトープに舞い降りて餌が探す場面が来る事をワクワクして胸躍る気持ちで眺めています。
佐渡に行く楽しみが増えました。
佐渡産のお米は高くなるでしょうね。
佐渡は黒潮が混じあう場所にあるので北国なのにとても温暖な気候をもっています。
ここ雪国の新潟県にあって積雪がなく住みやすいと云われています。

歴史上有名な人たちが島流しで佐渡で生活をしていますね
平家物語でチョット気になる文覚上人や日蓮だったりしています。
そうそう世阿弥も島流しにあったひとりです。
世阿弥によって佐渡の教養は高くなったのかも知れません。

また、2.26事件に多大な影響を与えたとされる北一輝は佐渡出身です。

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そんな有名人より、佐渡と云えば、安寿と厨子王を思い出します。
「~安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。鳥も生あるものなれば、疾う疾う逃げよ、逐わずとも~」は、読めば読むほどに、こども心に涙が頬を伝わり悲しんだ。

追記。
近々、ビオトープを作ろうと思っているんです。
以前、強制的に買わされたペットボトルに入った3匹のメダカが、増えに増えて40匹ほどになりましたので、睡蓮鉢を買ってきてメダカ専用のビオトープを作り、メダカの世界を作ってあげようと、そして、無事に越冬できるかどうかを試したいと思っています。それに、今年はオニヤンマがたくさん飛んでいました。オニヤンマのヤゴでも育つと嬉しいな・・・。

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参考画像  

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12人の怒れる男

来年から日本でも陪審員制度が導入される。

1958年。アメリカ映画の名作と云われる「十二人の怒れる男」をリメイクした、ロシア映画ロシア版「十二人の怒れる男」の映画がこの地域に来る事を待ち望んだのですが、この町のシネコンでは上映の予定がないことが分かった。
そこで、レンタルDVDで「十二人の怒れる男」を借りてきて鑑賞した。
1958年のヘンリーフォンダ主演のモノクロ映画。

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法廷での証言が終り、うだるような暑さの中で陪審員が扇風機も効かない狭い部屋に集まり有罪・無罪の票決に決める。法廷での証言は陪審員の口を通して再現され、票決に影響して行きます。

事件の筋書きは・・・
スラム街に住む少年の父親殺人。アリバイの不透明さ、目撃される証言に物的証拠・状況証拠と少年には不利な材料が揃い、有罪は避けて通れない。誰もが有罪である事を確信していた。
挙手による投票の結果、有罪11人、無罪1人となり話し合いが持たれます。
無罪の挙手をしたヘンリーフォンダの知的な推測と大胆かつ理論的な説得によって弁護士も認めた証言を覆していきます。
それでも、少年が殺人を犯していないとは行っていない。
あくまでも、証言の曖昧さ、有り得ない状況証拠、それに証人を観察して新たなる推測が出てくる。
あくまでも、有罪にすべき確固たる証拠・証言がない以上は無罪であるとの説得。
個々の感情が主張に表れ、怒声となって証言を鵜呑みにした証拠に間違いはないとの強固なる信念が、客観的な事実の前に崩れ落ちていく。

最後まで有罪を主張するリー・J・コッブ。無罪を主張するフォンダと対照的な性格で、自分の一人息子との不仲がトラウマとなって、父親殺しの少年に対し異常なほどの憎しみを持っています。彼は少年の「殺してやる」という発言を、殺す気があったからだ主張します。

そのあとに、コップとフォンダとの激論でコップが激昂します。
その時のやり取り・・・。

コップ 「やつは有罪だ。電気いすさ!」
フォンダ「君は死刑執行人か?」
コップ 「その1人だ」
フォンダ「君がスイッチを?」
コップ 「入れてやるさ!」
フォンダ「よくそんな気持ちになれるもんだ。社会の復讐者を気取っているのか。
個人的な憎しみで殺したいのか。サディストだ」
コップ 「放せ。殺してやる!」

思わず出たコップの「殺してやる!」のひと言で、それを聞いた11人全員が引いて
殺す気がなくても、「殺してやる!」の言葉は日常的に使われると。

99%確定していた少年の死刑判決は、有罪の決め手となった証人・証拠・証言が曖昧なものと判断され、殺したかも知れないが決定的証拠がない、疑わしきは罰ず。
果たして、来年からの陪審員制度はどうなるのでしょう
冤罪が多く生まれるのか、推定無罪として殺人犯を見過ごすことになるのでしょうか

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パン屋が開店した♪

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県下で一番美味しいと云われるパン屋がこの地域に出店し開店した。
地元のパン屋が恐れおののく黒船の出現である。
自信があるのか、幹線道路から外れた抜け道沿いに3~40台ほどの駐車スペースを抱えて華々しく開店。それも朝の7時に開店した。

朝の6時には開店を待つ車が続々と集まり、開店する7時には渋滞となり交通整理が出たようです。会社の取引先でもあるので、ひと段楽するであろう10時ごろに覗いてみたら駐車場には満車の立て看板があり5分ほど待った。
人混みを掻き分けて、店内に入ると熱気でムンムンとしている、取りも直さず、トレーを手に取り品定めして乗せていく。
店内から厨房が見えるのでスタッフを数えてみると、何と30人の方が働いている。
この日のために、卵(150個)を20ケース納めたと卵の業者が云っていた。

この店は、長岡に本店があり、パンだけを目的に長岡に行くと云ったファンが大勢いることで有名だった。何しろ駐車場のスペースを見ただけで人気の高さが分かるような気がします。

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パン屋と云えば朝が早い。
学生の時にアパートの隣に住む同級生がパン工場のアルバイトをしていた。
遊び呆けて麻雀に熱中して、そろそろ寝ようかと云う丑三つ刻に隣の部屋から、ゴソゴソと音がして戸を閉める音がする。パン工場に出かける同級生の姿があった。

夜な夜な麻雀と奇声でうるさかったであろうに、文句のひとつも云わずに出かけて行き、8時ごろに戻ってきて、朝食にどうですか・・・と、いつも余ったパンを持って来てくれた。

万年布団が敷かれた部屋には無粋な男が4人雑魚寝しているのを、一瞥してパンを呉れた。まるで、飼育員から餌を貰う猿のようであった。
「こいつらは、本当に情けない連中だな・・・」
「夜な夜な、うるさい声を上げて麻雀なんか、やりやがって・・・」
「麻雀する時間があったら、もっと勉強しろよ・・・」
「テストの度にノートを写し、単位も取れない連中が・・・」
と、思ったに違いない。
それほどに、荒れた生活をしている時に、深夜に起きて、仕事に行く姿には後光が射して輝いていた。彼ほどの信念があればと日々後悔したものです。

一度、彼に負けじとフカ(鮫)の水揚げのアルバイトに行ったことがあった。
深夜の3時に起きて、暗闇の中を港まで自転車を走らせ意気揚々と臨んだ。
手鉤を渡され、フカの口に手鉤を入れて岸壁から競り市の場所まで引っ張って行く作業であった。・・・中腰での作業で腰が悲鳴を上げた。
1日で頓挫した。情けない似非薩摩隼人である。

買ったパンは美味しかった。
バナナダイエットにチョットだけ挑戦しているので炭水化物は危険な食べ物であるが、とても美味しかった。★★★を認定。

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あの味は、どこに行ったのか・・・

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新そばに少し早いが、秋晴れに誘われて峠のそば屋を目指した。
畦に区切られた田んぼは、いちめん黄金色に輝きまるで黄金郷のようです。一部では刈り取りが始まり田んぼには六条刈りのコンバインが稲穂のひとつひとつを 大量に抱え込み丁寧に刈り取っている。自動化されひとりで刈り取りが出来るなんて、20年前・30年前の稲刈りで誰が想像したであろうか。
峠に向かう街道には色とりどりのコスモスが咲き乱れ、道行く人を和ませている。

新そばが出回る10月には、まだ早いので、さほどの混みはないだろうとタカを括っていた。目指す峠には3軒の手打ちそば屋があり、そのうちの2軒は道路沿いにあり嫌でも看板が目に付くが、この2軒のそば屋に車が止まっているのを見たことがない。目指すそば屋ではない。
峠を下ると、道路沿いにあるそば屋に異変が起きている。いつもならガランとした駐車場にたくさんの車やバイクがところ狭しと置かれている。
主人が代わり、美味くなったのであろうか・・・。
少し、アクセルを吹かし、道路沿いから横道に入り1車線ほどの狭い道を入ると目的のそば屋にたどり着く。
愕然となった。
3~40台は駐車できる駐車場は隙間もないほどに車が整列している。
一瞬、入るのを止めようかと思ったが暖簾をくぐった。

ここは、知る人ぞ知る、蕎麦通が通う稀代のそば屋であった。

インターネットの創世記と云われた13~4年前は光はもちろん、ケーブルもADSLもなく一般の電話回線を利用したテレホーダイが主流で深夜に接続をして インターネットを楽しんでいた頃に、パソコン通信のフォーラムで旨いそば屋の話題で盛り上がった。その中で、蕎麦好きが一度は行きたい、食べたいと涙なが らに訴えた幻のそば屋が、この峠のそば屋であった。
信州にある峠のそば屋です。雪が降り積もり、吹雪の中でも行列をなしたと云われる峠のそば屋。当時は4人掛けのテーブルが5卓ほどあり、ざる蕎麦を注文す るとひとつの大きな篭にドンと盛って出てくる。豪快なざる蕎麦だった。一度は行って見たいと云わしめたこの店で食べた事はネットの中では自慢できる蕎麦通 の誇りであった。

今では人気が人気を呼び、狭かった店内も増改築を繰り返し、すべての部屋を開放すると100人ぐらいが入っても楽に座れる。しかし、美味しいと云われた当時の味は、人気の波に揉まれて何処かに行ってしまったようです。
蕎麦の味が失われていくのを見るのは忍びないです。それでも、美味しさが戻っているかも知れないと、思い出したように山奥の峠まで来るが、1時間も待たされ、ガッカリして帰ることになる。
味が落ちるのは悲しい。
二度と来ないと、思いつつも、いつしか期待して来てしまう
あの絶妙な当時の味はどこに行ったのか・・・。
それでも、満席になる。私の舌が衰えたのかも知れない。

数年前に、5人座れば一杯のカウンターだけの手作り洋食屋があった。
それこそ、隠れ家的存在でいつも行列を作っていた。人気メニューは出前もあり、お客を残したまま、出前に出かけて30分ぐらい平気でも戻ってこないわがままな洋食屋であったが、誰も文句を云わずに待っていた。
評判が評判を呼んで、あるビルのオーナーが目を付けて新築ビルの1階に出店を要請して50席の洋食屋を華々しく開店させた。
常連客には開店のハガキが届き、お祝いを兼ねて喜んで足を運んだ。
いつしか、誰もが認めた、あの美味しい味は影を潜めていた。
半年も続かず・・・閉店した。

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腰が抜けたモモ!

Momo
久し振りに友人宅を訪ねた。
郊外にある瀟洒な友人宅は庭が目立つ。広々としている庭には隅々まで芝生が張られは緑が鮮やかに目に焼きつく、その庭には少し高い位置に縦横無尽に張り巡 らされたピアノ線があり種無し巨峰でも作っているのか、それとも敵機からの攻撃を防御する防衛システムなのかも知れない・・・。等と思いつつ良く見ると、 ピアノ線にはリードが繋がれている。

いつもは、庭先に来ただけで、お昼寝の真っ最中にも関わらず、飛び起きてピアノ線がガリガリと音を鳴らし尾っぽをフリフリして駆けつけてくれるビーグルのモモがいない事に気がついた。どうしたんだろう。

玄関に入り、部屋に通されてひとしきり世間話と要件で談笑して庭に出た。
やはり、モモがいない。
「モモ!モモ!」と手を叩き、大きな声で呼ぶが返事もない。
友人が出てきて、手招きしてくれた。手招きの先を見ると、壁を背にしてうずくまっているモモを発見した。どうしたの・・・モモ!。
起き上がる気力がないのか体を横たえ顔をこちらに向け、淋しそうに目で返事をしている。

「腰が抜けて歩けないんだ」
エッ!腰が抜けたの? 病院は?
「10軒ぐらいの動物病院を回ったが、薬では治らないし、どこも手術はダメだって」と、
途方に暮れていた。
散歩の度に喜んで食べるから、好きなんだと思って小さなスルメをあげていたんだ。
吐きもせずに、喜ぶから、次の日も、次の日も・・・。
1年も続けてきたら、突然、お尻が上がらなくなり鳴いていた。
すぐに、病院に連れて行き、見てもらうと、ビタミン欠乏症で神経が細くなり、もう元には
戻らないとの診断だった。
下半身専用の荷車を作ろうかと考えていると話してくれた。
人見知りをしないで、愛嬌たっぷりに寄ってくれたモモは歩く事が出来なく、虚ろな目
で私を見ていた。「モモ!元気になってね!」と顔を撫で上げて後にした。
庭いちめんに張り巡らされたピアノ線が淋しく朽ち果て錆びついた針金に見えた。

猫や犬にスルメやイカをあげると喜んで食べるが、あげすぎると良くないと聞く。
まさか、腰が抜けるとは・・・モモが可哀相であった。
我が家の姫も、ご多聞に漏れず、スルメやイカは大好物であるが、喜んで食べた数分後には消化しきれない大量の吐いた塊を掃除する羽目になる。

知らないとは云え、毎日スルメを与え続けら、腰が抜けたビーグル犬のモモは吐くことも我慢していたのですね。
それほどに、魅力的なご馳走のスルメは美味しかったんだね。


・・・追記。
犬・猫にスルメを与えると、こんな事が書いてありました。

イカ・スルメにはビタミンB1を分解する酵素であるチアミナーゼが含まれており、犬や猫がイカを食べると体内のビタミンB1が破壊されビタミンB1欠乏症 となることがあります。人でもビタミンB1欠乏症の中に歩行運動失調を示すウェルニッケ脳症や四肢の知覚障害を引き起こす脚気などがありますが、猫でも同 様に正常に歩行できなくなったり、ふらつくようになります。これが俗に「猫がイカを食べると腰が抜ける」といわれる所以であろうと考えます。

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大麻なんかに手を出して

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山間は眼下に岩肌を剥きだしに渓谷が繋がり、二車線にも満たない狭い道が上り下りの小さな峠を四つほど越す事になる、居眠り運転の出来ない危険箇所である。山の斜面には猫のひたいほどの棚田が縦横無尽に広がり緑の中に稲穂は黄金色に変身している。
畦にはハサガケが作られ、稲刈りの準備が整って来ている。

突然、キーボードが反応しなくなったとメールを戴き、応急処置用のパーツを持参して山奥のこの地までやって来た。

大木に囲まれた建物は風雪にも耐えられるように鉄筋コンクリートで出来た小学校であったが生徒数の減少により廃校となり、現在は、この地の伝統の保存と活性化そして環境保全を目的としたNPOが行政の支援を受けて運営している。
のどかな風景が広がっている。
学校の周りの木々には巣箱が設置されているが、聞くことによると、すべての巣箱は満室のようです。野鳥たちも、安全な巣箱の中で安らかに過ごしているのであろうか。

事務所に入り、仕事を片付けながら近況を語り合っていると、責任者が慌てた様子で入って来られた。
「あっ!ご無沙汰しています」
「山奥まで来ていただき、すみません」と、云いながら、手に持っていた草を机の上に置かれて「探したけど、これしかなかったですね」と、スタッフに説明されている。何の草なのか、雑草なのか見当も付かないですね
いまから植物図鑑で調べてみましょう・・・。

机の上に置かれた草をしげしげと眺めていると、どうも見たことがある。
つい、口を挟んでしまった。
「これは、大麻(マリファナ)ですよ」
「大麻なんですか?」
「間違いなく大麻ですね、で、どこにあったのですか」

NPOに1本の電話が掛かって来た。
「不思議な草が生えているので見に来て欲しい」
その方は、3ヶ月ほど、ほったらかしていた畑を耕しに道路から奥まった畑に行くと、2メートルほどの背丈に成長した見た事もない草がところ狭しと植えてあり、ご丁寧にも肥料が撒かれていた。
人の畑に・・・と、怒りがこみ上げて取り合えず、刈り取り畑の横に置いて、村の相談事すべてを受けているNPO に相談したと云うことである。

ところが、刈り取った翌朝に畑に行くと、刈り取った草が、きれいに無くなっていて、ビックリして早く来てくれと催促があり急いで畑に行き、少しだけ残っていた葉っぱを持って来たのである。

情況から判断して、間違いなく大麻である。すぐに薬物を管理している保健所に電話をして大麻栽培の事の次第を説明した。
保健所の担当者が、雨の中を森の奥まで行くのは面倒だったのでしょうか「行かなきゃ、ダメでしょうかね・・・」まるで、職務を投げ出した首相と同じく他人事のような口調である。その方にしてみれば「大麻」は恐れに足りない気にも留めない物のようです。
大相撲で「大麻」と云えばいまは国技が揺れに揺れての旬な話題である。

程なくして。
保健所から警察へと連絡が行き、大麻事件は捜査の段階である。
森の奥の農地だとばれないと思ったのでしょうか・・・
それにしても、肥料をやったり、刈り取った大麻を残さず持ち去るとは、毎日来て監視していたんですね。
大麻も50センチほどの背丈だったら雑草で処理したのでしょうね
2メートルにも成長するのであれば、チョット庭先で栽培は見つかっちゃいますね。
刈り取った大麻は、天日乾燥して粉末になり赤坂・六本木に出回るのでしょうか。
こんな山奥を狙って来る犯罪者もいるんですね。
大麻の種はどこから手に入るのかな。

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辛い火事のニュース

Fire

テーブルに地図を広げて、コンパスで計っているとローカルニュースで火事があり焼死された方が2人いたとアナウンスしていたので、チラッと横目で画面を眺めてみると、亡くなったであろうと云う方の名前が出て、ビックリした。あの方ではないかと、思い当たる節がある。

3年ほど前に、都合で会合に出られないので提出する書類を預けたいとの電話があり、住所を頼りに車を走らせ、仕事場を兼ねた大きい家を訪ねた事がある。仕事も立て込み、ご面倒を掛けますがお届けくださいと一通の書類を預かった。その時以来、お会いすることなく3年が経過した。会合でお会いする事も少なくなり、お元気であればと・・・気にしていた。

滅多にローカルニュースに注意を払って観ることは少ない。
まして、事故や火事のニュースは聞き流している。何かの偶然が引き合わしたのか。すぐにインターネットで住所検索を行い、間違いないことを確認した。
翌朝、一度訪ねた家に車を走らせる。
あの、3年前に伺った2階建ての大きい屋敷が焼け落ちて無残な姿を晒している。1本の柱も建っていない。
近所の方に聞くと、午後9時ごろ、ドーンと音がして火の手が上がり、消防車が来たときは、すでに手が付けられなく延焼を防ぐのがやっとだったと聞いた。2日経った今日の地域の新聞でも原因はまだ分からないと出ている。

すぐに、私の知る限りの会合に集まる面々にメールを打った。合掌。

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