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奥へ、奥へと室生寺へと。

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飛行機の時間に少し余裕があったので東京駅コンコースをぶらつく。
壁に貼られたポスターを眺めることは私にとっては至福の時間です。
みやげ物の店を覗くより、壁伝いに歩いてポスターを眺めるのは楽しい。
グラフィックデザイナーの気合のこもった作品を寸評するのは外野評論家として
蜜の味である。

まだ東京でバリバリと仕事をこなしていたころは新宿中央口から地下道に行き、伊勢丹から小田急・京王までの地下道を歩くのを日課としていた。
ポスターではないが季節を演出したデコレーションの数々を見て歩いた。新宿駅西口に曲がる手前にある左側壁面に取られた小田急デパートのディスプレイは見事で画用紙を持参して模写していた。お気に入りのデコレーションだった。
そろそろ装飾の切り替え時期かなと思うと深夜に地下道に行き、小田急のコーナーを虫ピンを器用に扱いテグスを縦横に張り巡らせるデコレーターの動きは、まさに神業だった。
伊勢丹から小田急までの壁に作られたデコレーションで★★★はいつも小田急のスペースだった。デコレーターに憧れ小田急を担当されている方に弟子入りをしようかと真剣に思ったこともある。
いつしか、地下道もデコレーションのスペースがなくなり大型のポスターに取って代わっていった。
平面でちっとも感動するものが沸いて来ない。しかしそんなポスターにも光るものがある。

そんな事を思いつつ東京駅構内でポスターをチェックしていった。
異彩を放ち、釘付けになったポスターがあった。

ニッポンの奥へ、奥へと、室生寺へと。

室生寺と云えば、国宝・重文の宝庫であるが、雪の室生寺を求めに求めた執念の土門拳を思い出し、古寺巡礼は世界に誇る写真集。
土門拳「古寺巡礼」は大切な宝物として神棚の横に鎮座している。

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そのポスターには国宝に負けない名文が光っていた。

室生寺

ほの暗い闇に、
凛とした気配が満ちている。
居並ぶ仏像群は静止したまま、
語り、問いかけ、躍動し、
尽きることのない慈愛を
人の世に示し、次の世に伝える。
さまざまな進歩を叶えた
いまだからこそ、
忘れてはいけない記憶がある。
室生寺には、美しい尊い
日本固有の時が佇んでいる。

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一生に一度、いの一番に、必ずや行って見たい場所が室生寺です。
いつの日か、土門拳が三脚を立てて国宝五重塔を凝視した場所に立ってみたい。

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双子は隔世遺伝なの?

もしかして、終りが近づいてきたココログかも知れない。
そんな事を思いながら・・・。

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NPOで働く友人に待望の赤ちゃんが産まれた。
双子の赤ちゃんで、それも男・女の見事な産み分けです。
小さい体で見事に双子の授かり、母子ともに健康です 良かったです。
ところが、喜びの話は口あんぐりのあらぬ方向に進んでしまいました。
彼女の妹も妊娠中で3月が出産予定です。それに分かっている事は妹さんも双子の赤ちゃんが産まれることです。
姉妹揃って同じ年に双子の赤ちゃんの誕生です。偶然なのでしょうか・・・
何かの縁をもって双子の誕生なのでしょうか 春を迎える喜びが広がっています。
理髪店を経営しているお父さんは桜が咲く頃に一気に孫4人の誕生です。いや~吃驚したでしょうね。
それにしても、周りには双子の赤ちゃんが多くないですか
私の姪っ子も一年前に双子が生まれています。
私の中学生のころはひと学年に700人近くいたのに双子の同級生は見たことないです。 知っている双子と云えば「ザ・ピーナツ」に「こまどり姉妹」。食生活の変化が双子を産む何かが働いているのかな。

社会人になって初めて付き合った彼女は双子で見分けが付かないそっくりさんでした。
何度となく騙され、どっちと付き合っているのか分からず、「どっちの方が好きですか?」などと脅迫を受けて怒られました。それほどに似ていました。
デートする度に、いま一緒に歩いているのは付き合っている姉なのか妹なのか。
そして彼女のおじいちゃんが双子でした。
そんな時に双子は隔世遺伝だと聞いた事がありますが、付き合った彼女を考えると隔世遺伝は当たっています。姪っ子の双子も彼の身内に双子がいらっしゃるようです。
これも隔世遺伝なのか・・・。
それとも落花生の食べすぎだったのでしょうか。

理髪店をやっているお父さんとは顔見知りですが、嬉しくも頭を抱える悩ましい日々が続くのでしょうね
先ずは少子化もんだいを見事にクリアして・・・おめでとうございます。
~\(^-^)/バンザーイ./( )\モヒトツ\(^o^)/バンザーイ

画像は拾ってきました。

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マイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」

CDの整理をしていると大事にしていたマイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」が見つからない。100回以上は聴いたであろうが愛着は人一倍ある。
だんだんと焦りはじめて必死に探すが見つからない。誰かに貸したか、中身だけ抜いて車のCDケースに入れたのか思いだそうと、頭の中は右往左往している。

死刑台のエレベーターはルイ・マル監督、ジャンヌ・モロー主演の映画「死刑台のエレベーター」のサントラです。 マイルス・デイヴィス最初の映画音楽。

マイルス・デイヴィスと云えば、薩摩の学生時代に天文館通りにあったJazz喫茶「スイング」で初めて聴いた。当時、人気週刊誌「平凡パンチ」に連載されていた五木寛之「青年は荒野をめざす」を食い入るように読んだ中にjazzについて書かれた箇所がたくさんありjazzに惹かれた。
スイングの扉を開けて一歩はいると、そこは紫煙が立ちこめ四隅に置かれたスピーカーからは甲高いトランペットの音が鳴り響いていた。
会話をする場所ではない。ただ煙と音に包まれテーブルスポットの薄明かりで平凡パンチのページを開き「青年は荒野をめざす」を読んだ。
明日への自分として憧れた・・・。
そして、スイングで聴いたマイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」は強烈に脳裏に収まった。

社会人となり薩摩弁まるだしの田舎出の若僧は営業で足を棒にして都内を歩き回った。jazzを聴く余裕はなくなっていた。得意先として新宿伊勢丹の裏手にある会社が担当になり毎日通った。新宿駅を降りて紀伊国屋の裏通りを歩いて行ったが、途中にピットインなるjazzを聴かせるライブハウスがあった。裏通りは人も車も通行量が少なく、jazzライブに出演する方が通りに出て練習をしている風景にいつも出会った。
ドラムの音が鳴り響き、立ち止まって聞いた。
いつしか、ピットインに入って聴きたいと思っていたが、朝から晩まで仕事に追われて余裕がなかった。女の尻を追いかけていたのかも知れない。
日本を代表するジャズメン渡辺貞夫さんや日野皓正さんを間近で見たが演奏を聴くまで至らなかったが、生演奏を聴けるチャンスだったのにとても残念です。
いま考えると無理してでも・・・ピットインに行ってライブで聴きに行けば良かったと。
いまは、マイルス・デイヴィス中心に集めたjazzのCDを日替わりで聴いている。

思えば思うほどに宝物を無くした気持ちになったが、まだ無くなった訳ではないので・・・「死刑台のエレベーター」を探します。出てきたら良いなヤッホー(ノ^∇^)ノ

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