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大便をする夢を見た。

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冬は空気が澄み切って星空のきれいな季節。しかし、今年の冬の空は雲が厚く覆い被さり、星を寄せつけない漆黒の闇が続いていたが、久し振りに晴れたこの日の19時20分。雲のない夜空が広がり、西の方角には三日月がくっきりと浮かび、三日月の右下には、手を伸ばせば届きそうな距離に、強烈な明るさを放つ金星が輝いている。三日月と宵の明星とも云われる金星が揃って明るさを競っている、そんな感じの夜である。

今朝は夢で起された

人通りのある道路わきには、木々を縄で括られた垣根が出来ている。
事は急を要した。人目も憚らず、急いで垣根の中に入ると、すぐにパンツを下げてしゃがみこみ大便をした。幸せの瞬間だった。
気持ち良いほど大量の大便が塊となり、尻に付きそうなので、場所を変えて、またしゃがみこむと同じく、大量の大便が出た。そんな状態を4~5回繰り返している。

大便の夢は過去にも何度となく夢を見てきたが、大便の夢は排便するのにストレスを感じてきた。夢の中では排便したくても、なかなか排便できない苦しい思いが夢の中でも伝わってきた。便秘の人の排便と云った感じではないかと思う。それぐらいスムーズに排便する夢は一度としてなかった。

しかし、今朝の排便する夢は見事にすっきりとした気持ちで排便できた。
それも、4回も5回も・・・そのうちに排便した便が手について、拭おうとしたら顔についてしまった。
自分の体から出たものだから気にする事はないと思った瞬間に目が覚めた。
夢で良かったと思った瞬間です。

大便の夢は、夢占いでは大吉とされる。
果たして、どんな大吉が待っているのでしょうか。気になるところです。

また、蛇の夢も大吉と云われる。
それも蛇が大きければ大きいほど良いと云われる。
一度、大蛇の夢を見たが、大蛇が木々の柵を越えていくのを眺めていた。
大蛇が遠ざかって行くのは、大吉よ、さようならと云った感じだったようです。

古い知り合いに、同じく大蛇の夢を見た人がいる。
その方が見た、大蛇の夢は、大蛇が突然、天井から落ちてきて、体に巻きつかれたそうです。大蛇に巻きつかれ、息が出来なく死ぬかと思った時に目が覚めたと云われた。
大蛇の夢を見たことで、縁起物として3週続けて、宝くじを買ったら3週目の宝くじで2千万円の大当たりをしたそうです。

大便の夢で大吉かも知れないが、現実問題として布団の中に排便しなくて良かった。
布団の上にトグロを巻いた大便と現金2千万円・・・喜んで良いのか、悲しんで良いのか。

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紅とんぼ

FMラジオに耳を傾けると、大ファンである「ちあきなおみ」の黄昏のビギンが流れてきた。うっとりして聴きながら個人的な評価ですが、歌唱力では天下一品であろうと思っています。紅白でトリをつとめるどこぞ女の歌唱力に比べたら笑っちゃうぐらい月とスッポンではなかろうかと思っています。
しかし、芸能活動として表舞台から姿を消して久しいが、今もってライブ活動をお願いするたくさんの方がいることがニュースとして流れて来る。いち時期、和製ビリージョエルとして小さなライブをされていたのに、惜しいですね。
特にカバー曲は大好きで何枚かCDを持っている。

その中でも、NHK入選作である「紅とんぼ」は、とりわけ大好きな曲です。
30代のころ、良く行った新宿西口ガード横の赤提灯に「紅とんぼ」の店はなかったですね。

ご主人で亡くなられた日活の俳優だった郷鍈次は、私の寺子屋時代のごくごく限られた少数派のヒーローだった。
日活と云えば、石原裕次郎、小林旭に代表されるアクション映画で最初から最後までドンパチが続く、ギャング映画でありながら喜劇とラブロマンスそれに派手な喧嘩が渦巻く、そして正義は勝つ映画だった。
内容もさることながら、バカバカしくて面白い映画だった。
その中でも郷鍈次は、喧嘩では勝つが、いつも最後は撃たれて死ぬ役であったが、あのニヒルな態度は主役を食うはまり役であったと思う。

省みれば、宿舎ではいつも先輩に怒鳴られ、鉄拳を貰い、歯を食いしばり早く先輩になりたい!
私も殴る役になりたい等と思った。
考えてみれば、殴られるにはそれなりの理由があり、特に私は成績が上がらずテストの度に個室に呼ばれ、往復ビンタを貰い鼻血をだしていた。
そして、いつも殴られている同級生の仲間と一緒に場末にある三本立ての名画座に足を運び、日活映画を楽しみに、豪快に殴り返す郷鍈次に憧れた。

スクリーンか何かの雑誌で読んだ・・・・遠い昔の記憶であるが
宍戸錠と郷鍈次の兄弟は学生時代に神宮外苑を歩いていたところ、6人のチンピラに囲まれた。二人を怯むこともなく、6人を相手に数十秒で倒したと書いてあった。豪快な逸話である。

ちあきなおみが今もなお郷鍈次の喪を続けている、そんな雰囲気がある。
郷鍈次は愛情が深く義を重んじる人だったんですね
究極の愛なのかも知れない。

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未練な雪なのか・・・寒波襲来♪

2月なのに、春の陽気に誘われて、雪のない森の小川の川辺ではフキノトウが顔を出していました。春を待たずに芽吹きはじめた野草もびっくりです。
土俵際のうっちゃりでしょうか、まだまだ冬の力が残っていたのですね。これで、ようやく雪国にも冬がやって来ました。

季節はずれの冬の到来・・・大寒波の襲来です。
夜半から雷が鳴り響き、冬の嵐がやって来ました。猛烈な寒さを引き連れて、音も立てずに静かに白い落下傘が無限に落ちてきました。みるみる白い落下傘はひと塊になって積もっていきます。急いで車に行き、ワイパーを持ち上げて来ました。

朝の4時30分。
東の空に霞の懸かった三日月がうっすらと見えます。電信柱の街灯が眩しく照らす範囲には斜めに降り注ぐ白い結晶が絶え間なく降り注いでいます。吹雪のようです。
国道をふくめた幹線道路には大型の除雪車がガリガリと音を軋ませて道路をきれいにして行きますが、それでも、除雪車が掻いていった道路には地面にへばりついた氷結で危険な氷上ラリーが出来ます。四輪駆動ならではの芸当です。
やはり、北国は四輪駆動が自家用車の必須条件のようです。
以前は前輪駆動だから、へっちゃらさとスピードをあげ、急ブレーキを繰り返し、何度となく3回転や雪の壁に突撃した私ですが、いまではすっかり四輪駆動車の愛好家です。

Car

突撃と云えば、風車を敵だと思い込み、果敢に突撃したドンキホーテは好きです。
天然の道化だったのか、それとも洒落の持ち主であったのか・・・。

降り注ぐ新雪で急カーブと聞けば、慎重にハンドルを切り減速します。
雪道走行の基本中の基本で当たり前の話なのですが。
この方はラリーとかF-1のファンだったのですね。それともドンキホーテのファンだったのでしょうか、雪道の急カーブを果敢に攻めて、あえなく撃沈しています。

撃沈する瞬間は1~2秒の事だったでしょうが、目に映るのはスローモーションだったと思うのです。ゆっくりと倒れる瞬間のこんな時は、どんな事を考えているのか、知りたいです。
気が動転した時に起こるスローモーション現象は、脳はどう云う仕組みになっているのでしょうか。不思議な現象です。

不思議な現象と云えば、友人が神社参拝の折に撮った写真にオーブや霊魂が写っていました。オーブ現象に「追記」として画像を更新しました。

Myoko

妙高の山々は陽射しを浴びて輝いています。
赤倉温泉にいる友人からメールが届きました。
スキー場はブッシュだらけだと嘆いていたのに、ひと晩で1メートル降ったそうです。
スキー場にとっては、恵みの雪となり、春スキーにかけて今からが本番ですね。
修学旅行もいまから押し寄せてきます。

Turara

ひと晩で出来たツララ。
天然水の氷で、水割りに如何ですか?

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雪の戸隠・奥社参拝。

ここ2~3日はWindows Meのおかげでワイヤレス・ネットワークの設定がスムーズに行かず、朝な夕なと悩ましてきた、今日もまた戸隠の友人からPCの調子が悪いので「暇なときに・・・」と悪魔の囁きがあった。
PCがないと困るだろうと思い、意を決して行くしかないと重い腰をあげた。
戸隠に行くのであれば、四季折々に必ず行く戸隠神社・奥社に参拝するのが決まりです。

街道の木々も枯れ木となり淋しく林立している。例年だと木々の枝には雪が被り幻想的な絵でも見るような、見事に雪の白い世界を演出してくれていたのに、まさに枯れ木です。
こんなに雪の少ない戸隠に来るのも、見たのもはじめてです。

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天候は晴れ。春の陽気を思わせる暖かく陽射しが強く感じられる。
それでも、奥社前の駐車場は満車で、割り込む隙もない状態です。
靴を雪用の長靴に替えて奥社の鳥居に向かうと、鳥居前には大人から子どもまで3~40人の方が歩くスキー(クロスカントリー)を履いて、まさに出発するところでした。
戸隠・奥社周辺は、平地で積雪も多いことから昔からクロスカントリーが盛んです。
ゲレンデスキーとは、一味違った楽しい歩くスキーです。
大人も子どももデバッグを背負って颯爽と歩いていかれました。道なき道を歩き、お腹が空くとキャンプの定番、美味しいカレーライスが待っているようです。
そして、子どもたちのデバッグには大きな鈴が付いていました。
冬眠しているとは云え、戸隠は熊が出没します。
この春の陽気に誘われて、手足を伸ばして欠伸をしながら起きて来るかも知れないですね。戸隠を歩くには鈴は命を守る大切な小道具です。

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Komainuhidari Komainumigi

参道は、まるで雪解けのようです。
参道脇の小川はチロチロと氷が解けるような音が聞こえてきます。
空気はまだ冷えているのでしょうか、それとも新芽が吹き出し、餌となる虫が冬眠しているからでしょうか、静かに耳を澄ませても野鳥のさえずりは聞こえてきませんでした。
例年だと2メートルを越す積雪も、今年は7~80センチほどの雪です。しかし多く降っても少なく積もっていても、相変わらず戸隠の雪質は最高で、歩くたびにキュキュと音が鳴ります。まさにパウダースノーですね。
それも強い陽射しが当たり、融けやすくなっていて、歩くたびにズボッズボッと長靴は埋まっていきます。八甲田山死の行軍を彷彿させるような、限界間近のエネルギーを使い果たしました。
何度となく立ち止まり、後ろを振りかえり参拝することを諦めようとしたんです。
それも、2月3日に危険な手術をしたばっかりです。病み上がりの体には試練の参拝です。

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雪がないと40分ほどで奥の院まで行くのですが、今日は立ち止まる回数が多くて70分ほど掛かりました。雪道を歩く辛さを実感した参拝です。
本堂は雪で埋まっていましたが、例年に比べて、雪が少なく参拝する場所が確保できます。
記帳して祈願してきました。

二拝二拍手一拝
「タカマノハラニカムヅマリマス。カムロギカムロミノミコトモチテ・・・・」

著しく体力を消耗した参拝でしたが
帰りはスイスイと長靴ですから滑るように降りてきたんです。

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その途中で元気なシニアのみなさんにお会いしました。
みなさんは雪の上を歩くには最適なスノーシューを履かれて笑顔で挨拶されました。
記念に1枚。「はい! チーズ!」
ココログに載せることは云いませんでしたが、もしかして、何かの検索でご覧になるかも知れないですね。
無断で載せましたが・・・おゆるし下さい。ヾ(^-^;) ゴメンゴメン

厳しい参拝の反省として、足腰の弱さを痛感しました。
スポーツジムは何回となく、入会と退会を繰り返してブラックリストの私です。
やはりジム通いは必要かも知れないです。トホホ・・・。

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戸隠と云えば、やはり蕎麦ですね。
行きつけの戸隠そば「岩戸屋」で大ザルを戴いてきました。
美味しかったです。


■□■ 戸隠一番人気の名勝地「鏡池」
雪で覆われた鏡池をスノーシューで歩けるようです。冬だけの楽しみ♪

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熱海でスコットに行く。

Oyado

思いで話に花が咲き、酒を飲み、笑って過ごした一夜が明けた。
お宿は削られた山あいの木々に囲まれ静寂を保っている。周りを見渡せば、夏みかんか八朔であろうか、生い茂った緑の葉にオレンジの玉がぶら下がり、ぶつかり合って重なるように実っている。そろそろの収穫かも知れない・・・。
小鳥のさえずりを聞きながら朝食を戴いた。味わい深い朝食を戴いたのは久し振りのことである。

時刻表を確認して駅まで向かう。静かな農村風景の道路である、露天風呂から見た海はいつの間にか眼下から遠ざかり、段々畑には収穫に忙しいミカンの木が迫ってくる。まだまだミカンは収穫を迎えているんだな、ただ、いま時期収穫するミカンは冷凍するミカンだと聞いた事があった。

美味しく朝食を戴いたのに、次なるランチを思うと自然と急ぎ足になった。
熱海が呼んでいる。20年ぶりに出会うことになる。
東京に住んでいた頃は熱海と云えば熱射病に掛かったみたいに頻繁に足を運んだ。東京から遠距離ドライブとしては良い位置にあり、お気に入りのホテルもあった。同僚を誘いワイワイガヤガヤと騒ぎながら熱海に乗り込んできたことも度々のことだった

はやる気持ちを抑えながら熱海行きの伊豆急に乗り込み伊豆高原に別れを告げた。
車窓から見る海岸線は山に向かって放物線を描きながら瀟洒な建物が続き温暖な気候を育んでいるように見える。晴耕雨読が出来るのであれば、ここしかないと云った趣きがある。

Senro

11時58分、熱海駅に到着した。焦る思いがスタートした。急げ・・・!
人混みを掻き分けて改札を出るとタクシー乗り場に急いだ。小型タクシーに乗り込むや直ぐに「スコットをお願いします」と、告げた。

20年前は予約すらなかなか取れなかったスコットが、どのように変貌しているのかと思うと、心臓がドキドキしていた。タクシーは5分ほど街中を走り抜けて停車した。
見覚えのある黒塀が目の前にある。
スコットは、20年もの間に新館が出来ていた。懐かしい旧館を覗くと定休日のプレートが掛けられていたので、すぐに踵を返し新館に出向きドアを開けて2階に上がった。

狭い階段をあがると、12時開店と聞いていたのに目の前にある10席ほどのテーブルはほぼ満席。最後の四人掛けがあり三人は急いで座った。まだ開店して7~8分が経った状態です。
メニューが見せられたが、オーダーするものは決まっていた。「ビーフシチュー」をお願いする。20年のときを経て、熱海とは縁遠くなりスコットのビーフシチューが食べたいと思っても思い描くだけで一生食べることはないと諦めていた。そのビーフシチューが目の前に出てきた。盛り付けは至ってシンプルだがスコットオリジナルのソースは昔と少しも変わらない驚嘆させる味だった。口に運んだ肉は柔らかく融けてしまう、その味には嬉しくなった。
入り口に目をやると食事をしている間にも次々とお客は押し寄せ、待ち合いの椅子は埋まり、階段は云うに及ばず入り口まで待っている人が重い荷物を足元において立っていた。インターネットでの口コミでお見えになった観光客なのであろうか。
待っている方の唾を飲み込むような表情を捉えると、口に広がった甘い余韻に浸ることもなく会計を済ませて外に出た。

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スコットは昭和21年創業で志賀直哉・谷崎潤一郎などが通い詰め、熱海に来る文化人に愛され、そして変わらぬ味を提供している小さな洋食レストランです。
格式ばらず気楽に入れる良さがあったが、20年前は予約のみだった記憶がある。
先輩に紹介されて出入りを許された私はことあるごとに、熱海に出向きスコットに通った。薄給であるために、高価なビーフシチューには手が出なくて、少し安いカニクリームコロッケを食べていた、それでも十分満足できる味であった。

もう一度、懐かしい旧館に行って見る。扉に掛けてある定休日のプレートは風に呼応してカタカタと揺れていた。
20年前に来たときは扉の横には巨大なゴムの木が生い茂り人々を迎え、ゴムの葉っぱを飲み残しのビールで拭いている姿を見ていたような気がする。そのゴムの木は切られたしまったのか、存在を見つけることは出来なかった。

目的であったスコットで食事ができ、熱海での小さな同窓会も終わった。
次に熱海は、いやスコットに来ることは、もうないかも知れない。
記憶の底に仕舞いこんでおこう。

Beef

I was very delicious!

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熱海は見納めになるのか

昨年亡くなった母の四十九日の法事で帰省していた。
ホッとしたのも束の間で、私に襲い掛かった体調不良は、極めて安全とは云えない治療の為の手術が待っている。
もしかして、何事に対しても見納めになるかも知れないとの思いが脳裏をかすめ、いろいろな書類を破棄してきた。最後になるかも知れないので、リストラ寸前の寺子屋での同級生を誘い、たっての希望で熱海に行く事にした。

東京駅からこだまに乗車する。いつもは上越新幹線のMAXトキに乗車することが多くて、前後の狭い座席に座っている感覚から、こだまは前との座席幅に余裕があり、あたかもグリーン車に乗っているような錯覚に陥る。各駅に停まるこだまは「のぞみ」「ひかり」につむじ風が起きたかのように、瞬きをするあいだに追い越されていく。それでも春を待ちわびる田園風景をスライドショーさながらに雪を被った富士山が挨拶に訪れた。さすがに世界に誇る日本の宝です。目的地の熱海には1時間もかからず着いた。
熱海は、いつ来ても終の棲家には最高のロケーションであるとつくづく思う。

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熱海には20年ぶりに降り立った。景観が変わり右、左とキョロキョロしてしまった。
約15分ほどの道のりとパンフに書いてあったので海岸まで歩いて行こうと・・・。
熱海は客足が途絶えて不況の波を背負っていると聞いていたが人混みがあり商店街を歩くと、ぶつかりそうな人並みに揉まれてしまったが、よくよく見ると色とりどりの派手な色合いをしたシニアのみなさんがひと塊となって、お店探訪をされていた。

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熱海は、ヨットハーバーが大きく広がり、貫一お宮で有名な尾崎紅葉「金色夜叉」の舞台になったお宮の松を起点に山あい深く段々畑のようにホテル・マンションが建ち並んでいる。
金色夜叉と聞いて関係ない話であるが泉鏡花と桃太郎を思い出すが、私だけなのか・・・
この不景気にも関わらず新築のマンションがオーシャンビューを売り物に建設されている。温泉付きでオーシャンビューの謳い文句は心揺さぶられる強烈な響きがある。

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温泉街を縫うように流れている小さな川の両岸にある並木道には梅よりも早く、見事な「あたみ桜」が花開き沿道を埋め尽くしている。カメラを片手にした観光客の目を楽しませている。椿の花が待ちきれないのか、メジロの大群があたみ桜の花に群がり啄ばんでいる。こんなに群れをなしたメジロを見るのは初めてだったので感激した。

それにしても、あたみ桜の花はソメイヨシノのサクラより小ぶりで少し濃い目の感じがした。まだ春の足あとも聞こえない、この冬の1月にサクラの花を見るのは嬉しくなる。熱海に住むと良いな・・・素晴らしい散歩コースになる。メモしておこう。

どうしても行きたいお店があった。その目的があっての熱海だった。
以前のこの店は予約をしないといけなかったので、前日に予約の電話をすると、今は予約を承っていないと軽くいなされた。

この日は伊豆高原まで足を伸ばして、アップダウンの激しい道のりであるがお宿まで歩くことにした。沿道には、立ち寄りたくなるような小さなお店が軒を連ねている。その中でも木立の葉っぱに隠れた古民家の佇まいに一歩足を入れると雅楽が流れている。あたかもその古民家風な佇まいは松本清張の短編小説に出てくるような古典芸能のお師匠さんとの密会する隠れ家的雰囲気が漂っている。坂道を歩いてきたので息切れがする。入院前の私は降参です。お茶でも一杯!で扉を開ける。

Gagaku

店内は隅々まで雅楽で包まれ、笙の音色が響いていた。なかなか良い雰囲気であるがショパンの24あるプレリュードが聴きたいようなそんな感じだった。
やさしいキャラの香りに包まれたレジには宿泊も出来ると書いてある。まさしく松本清張描くところの密会場所である。いつしか利用できるかも知れないのでメモしておいた。
しかし、今宵は露天風呂に惹かれてこの地のお宿を選んできた。
お宿では、海の幸に舌鼓を打ち海の見える露天風呂に入った。月夜の海面はキラキラと光り、眩いばかりの灯りを点灯させた遊漁船が突如現れて消えていったのを露天風呂の湯船で眺めた。眼下に見える岩礁に打ちつける波のしぶきの音だけが聞こえていた。

明日は、20年ぶりの念願の場所に行くことになる。
手術の事が心配で二度と来れないかも知れないとの思いがある。

月を眺め、夜のしじまで酒を酌み交わし笑いの渦で旧交を温めた。
語り尽くせぬ時間を惜しみ、明るかった月が遠のき光を失くした海に誘われるように眠りについた。

------つづく

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偶然とはいえ、これも運命なのか・・・

2月3日。
1時間20分の手術が終り、すぐに手術箇所の映像を見ながらの説明があった。手術後から1週間以内が合併症の起きる可能性が高いと聞いて不安になるが、まな板の鯉となった私は「はい」の返事と頷くしかなかった。
それからは、退院までの1週間は体に心電図の電極が付けられ入院患者としての生活が始まった。規則正しい生活に反して、風呂に入れない生活は髪も洗えず苦痛を与えた。
経過が良かったのか、1週間を待たずして退院の許可がでた。
体に優しい適度な温度で保たれている病室から見る外は寒風が吹き荒れ、一瞬、退院するのを止めようかと思った。寒いのは苦手です。
薬の飲み忘れのないようにと注意を受けた。これで一生薬漬けの日々が続くのかも知れない。そんな事を思いながら会計を済ませて外に出た・・・( ((-。-) ))ブルブル...

余談。
会計の請求金額を見てビックリした。腰が抜けた(◎-◎)

Kuwadori

いそいで荷物を車に押し込み家に戻り、先ずは温泉に行こう・・・。
そして、この温泉で偶然とはいえ、運命を感じる事に出会う

日本海に添って国道8号線が延びている。走りながら海の見える温泉にしようか、奥深い山にある温泉にしようか考えていた。海の見える温泉は冬期間の平日は500円だが、土日祭日は700円と少し高くなる。山奥にある温泉は透明感のある温泉で500円。人気がある。
有間川の交差点でハンドルを左に切った。山奥の温泉を目指すことにした。
鮭の遡る桑取川(鮭が遡って来る南端の川かも知れない)に添って走り、桑取川の上流まで付かず離れずで一緒に蛇行しながら、目指す温泉に着く。
靴を下足箱に入れて、入浴料の500円を払い、目指す男湯に向かう。大きな畳敷きの休憩室は家族連れで占領されている。

男湯は12~13人ほどが湯船に浸かったりカランの前に座り、ゆっくりと温泉を楽しんで見える。露天風呂の方はと云うと2人ほどが首まで浸かっている姿が見える。
退院したばかりの私は体調を気にして半身浴で温まることを選んだ。
体も温まり、カランの前に座り、持ち込んだアミノ酸シャンプーで髪を洗う。なんと気持ちが良いのであろうか・・・鏡を見るとブニセはブニセであるが髪は喜んでいるように映っている。
体を洗い、さてと、露天風呂にでも入ろうかと・・・
湯船をチラッと見ると、湯船には二人ほど浸かっている。そのうちに年老いた方の顔が微妙に横になり口を湯舟に当ててブクブクされているのが見えた。その湯船の壁にはジャグジーが付いていてお尻でも当てられているのかと思った。
しかし、顔を斜めにして変な格好だなと、そして、顔が斜めで口ブクブクは良いがお湯を飲まなければ良いがと思った。

Kuwadori1

露天風呂には湯船に架かっている小板を歩かなければ行けない。
歩きながら、先ほどの方を見ると顔が湯船に沈んでいた。
これは・・・・・健康のためのブクブクではないと・・・
咄嗟に飛び込み、沈んでいたその方の左腕を取り引き上げた。取りあえず、湯船から顔を出して湯船の入り口にある段差のところまで連れてきた。
途中で、同じく湯船に入っている方が気が付いて、右腕を掴んでくれたので、同じ姿勢が保たれた。
湯を飲まれたかも
周りにいた方も気が付かれて全裸集団が集まってきた。
非常ベルが鳴らされて、施設の係員が来てすぐにAEDを持ってこられた。
すでに着替えられていたのか、いまから入ろうとされていたのか息子さんが駆け寄り話しかけられた。
引き上げた時の呼吸より、はっきりと呼吸する動作が分かったので安心して私は離れた。

露天風呂に入り考えた。
頭で分かっていても救急処置は難しい。左腕だけを取って引き上げる事より、すぐに背中に回って起したほうが良かったのではと自問自答した。
そして、もし、いつも行っている700円の海の見える温泉に行っていたら、この方は死んでいた。また退院が予定通り来週だったら、私はこの方を見つけ引き上げる事は出来なかった。
やはり、これも運命だったのでしょうか。

もう、大丈夫であったと思うが、幸いにも救急車が来て運んでいただき良かった。

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