クマの昼寝
東京出張は殆ど新幹線を利用する。
何年か前までは、不規則な時間に対応する便利さで車を利用していたが、JR東日本が新幹線車両の座席前の網ポケットに提供している、『トランヴェール』が読みたいのと、自由にお持ち帰りできるのが嬉しくて、せっせと新幹線を利用している。
何冊かまとめて持って帰り、ネットオークションでも売ろうかと、真剣に考えたこともあったが、悪魔の囁きに乗ることもなく今日に至っている。
いつもは、自由席を根城にしようと長蛇の列も厭わずに、脱兎のごとく座席を確保しようとした。それもトランヴェールが読みたい一心での行動であった。
最近は、若気がなくなり、寄る年波に飲み込まれ指定席を安住の地として胡坐をかいている。まさしく軍門にへりくだった成り下がり者です。
5月のトランヴェールは、「会津若松と五つの古道をめぐる物語」が特集として組まれていました。誌面は誰にでも分かり易く、丁寧に作られていて旅行専門の雑誌でも、これほど詳細には書かれていないような気がします。
会津若松と云えば、喜多方ラーメンと白虎隊しか思い出すことが出来ないが、飯坂温泉にあるホテルの若旦那(当時)とは同級生で、何回か泊まりに行ったときは、まかり間違っても会津若松に行った時に、鹿児島出身であることは決して口外するなと念を押された。維新の仇を取られそう・・・。
喜多方ラーメンを食べに行ったときも、やっぱり鹿児島の豚骨ラーメンの方が美味しいですよ、とは云えなかった。
話を元に戻そう・・・。
先ずは巻頭エッセイを読み始めます。
今月は、車窓に揺れる記憶と題して、伊集院 静「クマの昼寝」が書かれている。
若い時に、「夏の思い出」「雪の降る街を」などを作曲された尊敬する中田喜直さんとの創作で陽射しの歌を書き、森の中の木漏れ日が書きたいテーマだったと書かれている。ブナやケヤキの森の中で昼寝をしている自分を想像するが、森はクマの棲家で、彼らの森なんだと気がつく。せっせと子育てする母グマの邪魔をしては行けないと思い、森での昼寝はあきらめた。とある。
同じ夢を持っている人がいたのか安堵した。
森に入り、ハンモックでも吊って昼寝をしたいが夢であった。
市が環境に目覚め、里山の環境整備に力を注いでいる地区がある。
絶滅したトキが、中国の協力もあって地道な努力が実を結び放鳥するまでになった。そのトキが全盛のころ空いちめんに茜色した羽根を大空に染めいたのが、桑取地区だと聞いた。その桑取地区には上越の奥座敷として、ゆったり村がある。天然温泉の掛け流し、何よりも料理が美味しいと云われる。
野鳥の声を聞きながら温泉に入り、舌鼓を打つのも酔狂です。
ゆったり村から奥へと進むと、許可されたものだけが行ける細い山道が続いている。
環境に配慮した市民の森として管理されている森の入口です。
市民の森は、市から委託を受けたNPOの若い人たちが、朝早くそして、夜遅くまで企画立案と安全を管理している。
中腹ほどに、管理棟が見えます。電気がなく太陽光の自家発電装置が命綱です。
雨が降り続けると、心なしか自家発電した灯りが、ぼんやりとして周りに陽炎が出来る。
人間が作った管理等であるが、管理棟のすぐ脇の道は、紛れもなくクマの通り道です。クマは庭であり通り道であることを明確にする為に、証拠となる大量の土産を置いて去っていく。
クマの所有地であることを自覚させられる証拠の品です。
夏の間は、森の散策に訪れるたくさんの方に、実を拾ったり、かってに草木に手を伸ばさない欲しい等の注意事項を説明してクマの生息に配慮している。
クマを避けて、追いやるのではなくて共存できれば良いのになぁ~が本音であるが、
共存を願うとは云え、危険と隣り合わせの賭けでもあります。
市民の森で切り株を枕に昼寝してみたいが・・・クマのご馳走になりそうで
管理等での用事をすませると、早々と家路を急いでしまう。
私にとって、クマとの共存は夢物語に終りそうです。




























