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120%の力をだしつくせ!

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「120%の力をだしつくせ!」

ある小学校の運動場に出入りする壁に書かれているスローガンです。
叱咤激励と云うより、部活で仁王立ちになりながら唾の噴霧を部屋中に飛沫させながら檄を飛ばすスローガンでしょうか。
口角泡を飛ばすのはもちろん先輩か、血の気の多い若き先生か。
120%とはどの程度の力なのでしょう
それに「・・・だしつくせ」とは。「・・・発揮せよ」ではいけないのか
出来ない事を理解したうえで無理難題を押し付けているようにも感じますがね。

血と汗でのた打ち回って、成し遂げた喜びが120%の達成感なのでしょうか。
小学生って、ここまでしごかれているのですね。
一時、もてはやされたスポーツ根性物語を彷彿させます。
しごきがトラウマになってスポーツ嫌いにならなければ良いのですが。それでなくても日本のスポーツに関する土壌は、弱いことを分かっていながら、おだてるだけおだてて、周りに期待させます。
しかし、おだてられても期待に添えないのが分かるのは本人だけのようです。
本人は辛いでしょうね。

東京オリンピックでオリンピックの最終日は、日の丸を背負った自衛隊の円谷選手です。メディアは期待するだけ期待して、金メダルが取れないとみるや一気にトーンが下がり、そっぽを向いてしまいました。世間の冷たさが身に沁みて、余りの落差に押し潰され自ら命を絶ってしまいました。

気が弱いためにスポーツは観戦を専門としている私は痛みの伴う制裁は逃げることだけを考えますが、知らず知らずのうちにしごきの世界へと導かれ泥沼に入ってしまったことがあります。

始まりは・・・。
夜の点呼のあとに起こりました。
学業を優先させることを目的に別名座敷牢とも呼ばれる寄宿舎に押し込められたのは、寺子屋に入った15歳の春です。
10畳二間の四号室に部屋割りされた。先輩を入れて総勢6名の小さな仲間です。
自己紹介したりの和気藹々で過ごしたのは、入って三日間でした。
四日目には、点呼のベルが鳴らされ、遠くから先輩の怒声が聞こえます。

「二年・三年幹部室に集合!」と。
四号室の先輩も支度して出て行きました。なにやら不吉な予感です。
数分の後に、静まり返った中から大声で「一号室から1人ずつ七号室に来るように」と命令が下されたのです。
その声を聞いた瞬間から、とつぜん足の震えが始まり心臓がパクパク大きく鼓動し始めたのです。今にも死にそうで死にそうで・・・。
逃げたくなった瞬間です。 
そのうちに、殴られているような音まで聞こえてきます。
絶体絶命で命の保証がされないようです。

やはり時間は止まってくれませんでした。
順番どおり、お迎えの時間がやって来ました。
足の震えは、よりいっそう激しく大きくなっていきます。
傍から見ても、ズボンの裾が大きく揺れているのが分かります。もう泣きたい心境です。

部屋に入ると、居並ぶ先輩の顔が鬼瓦に見えます。
すぐに、寄宿舎の規則と挨拶の有無が質問されました。薩摩弁が不自由な為に、すこしやさしく質問されたのは助かった。
これで、退散かと思った瞬間に右頬に鉄拳が飛んできました。
目にも留まらない速さです。クラクラと目から火花が散りました。
気合の為の一発だったと云うことでしたが、鉄拳がトラウマになった瞬間です。

学期末ごとのテストで席次がひとつでも下がれば鉄拳が待っていることを約束させられたのです。もう、大変なところに来てしまったようです。
鼻血こそ出しませんでしたが、顔が大きく腫れ悔しくてその晩は寝れなかった。

幾度となく受けた鉄拳の嵐、まさに地獄の1年間だったが、2年になるといくぶんか天国が待っていた。鉄拳を振るう先輩が進路問題でそれどころではなくなったのだ。
殴られるのが嫌で嫌で必死になって徹夜してまで頑張ったテスト前夜。
2年になると、鉄拳を受けた熱いほとばしりも咽喉元すぎて忘れてしまったようです
成績はみるみる落ちていきました。
目指せ○○大学のスローガンも色褪せて破けてしまいました。

平和が良いですね
鉄拳と聞くだけで足の震えが脳裏をかすめる。

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取り残されてしまった。

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夕日は哀愁が漂っている。
それにしても、今日の夕日は大福餅みたいに押し潰されている。

新規導入で不要になった動きの止まったPCの改造に乗り出した。必要なパーツを順序良く丁寧に集めて、改造に次ぐ改造で古い機種を解体して数台の手作り改造品を作ってきた。
ここに来て、部屋の片隅には足の踏み場もないほどに鉄の塊が置かれて、歩行の邪魔になってしまった。
粗大ゴミの日を今か今かと待っていたのです。
町内会で決められた分別表に従って粗大ゴミ用の大きなビニール袋に入れて、ゴミ置き場に出した。脱け殻のデスクトップPCが4台に中身のないノートPCが3台、爪を折られたハードディスクの5個をガムテープで包みだした。
無残な姿になりながらも、新たなる命へと臓器提出に協力してくれたのちに臨終を迎えたパソコンの数々。

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前回も、同じほど出して、さしたる問題もなく運んでいただいたので今回も余裕としゃれ込みルンルン気分であった。
確認することはしなかった。ゴミ屋敷と化している部屋の隅はチョット片付いているようにも感じます。一抹の寂しさを感じるが、ゴミ屋敷からチョットだけ抜け出して爽快な気分も感じた。
しかしまた、部屋の片隅専用の住むところをなくした行き場のないPCがあっちから、こっちからと運ばれてくることでしょう。
つい、一ヶ月前までは笑顔で向き合い、恋人としてご主人様に可愛がられ、最大級の友情を築きあい、ご主人のどんな無理難題にも答えを導き出して活躍していたのに、クーデターか叛乱が起きたのでしょうか、それとも紫陽花のような移り気のご主人の心変わりで、エイヤッ↑(/>_<)/ の掛け声で、一刀両断で放逐されたしまった可哀相なパソコンたちです。
パソコンの漂着地として、またせっせと面倒を見なくちゃ・・・。

粗大ゴミを出して二日ほど経って、家人より電話が入った。
捨てた粗大ゴミに赤紙が貼られ「収集できません」の張り紙がしてあって放置されていると。町会長は他所から来た業者が捨てていったのかな・・・などと云っていたようです。
よっぽど業者でありませんが居候のあの人ですとは云いたかったと云われた。
しかし慌てましたね。誰もいない時間を見計らって粗大ゴミを引き取ってきました。
いまの町会長はうるさいのです。
収集するドライバーが変わったのでしょうかね~。運転手の判断によって持っていく、持っていかないが決まるようです。次はもっと細かくバラバラに解体するしか方法がないようですがバラバラの遺棄事件で捕まらないでしょうか。
しからばと思案中です。

そんなこんなで気分一新してお堀の公園へ・・・
お堀一面は、東洋一と云われる蓮の葉が埋め尽くしていました。
蕾もまだ早いようですが、花が咲く頃はカメラ片手に三脚を立てたカメラ小僧やら、イーゼルを立てて筆を走らせるベレー帽の三文画家が大勢お見えになります。

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百万人観桜会で賑わいを見せた桜も緑鮮やかに覆い被さっています。毛虫も満腹になったのでしょうね、ところどころを食い散らかし「兵どもの夢のあと」と云ったトホホ状態です。
これまた、プラトン流に考えるならば終りもまた次の始まりとなるのでしょうね

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流行っているのかな

ココログのアクセス解析をみてビックリした。
検索Keywordで「君に捧げるほろ苦いブルース」で15人ほど訪問者が続いた。
検索してお見えになっても、そのこと自体を集約して書いていない、あくまでも刺身のつま状態の内容で申し訳ない気持でいっぱいになる。

以前にメダカのビオトープの事を書いたら、数日後、訪問者が300人を越したときは魂消た。それほど人気があるブログとは思えないので、恐る恐るリンク先を調べたら、なんとココログフラッシュで取り上げられていたことが分かって、リンク先を誘導するブログのディストリビューターみたいだと思ったことがあった。

ビオトープが一段落すると、オーブ現象のKeywordでお見えになる方が下駄履きだったり、運動靴だったりしてたくさんの方がお見えになった。オーブ現象の何を調べられているのか、知りたいところだったが2ヶ月ほど続いたが、覘いただけで通り過ぎていかれた。オーブ現象を解説したブログではなかったので、エイ!クソ!時間の無駄だ!と思われたに違いない。

オーブ現象がつむじ風のように巻き込んで去って行ったあとに、海外出張のカテゴリーを読まれる方が一気に増えた。また、なんで海外出張なんぞを・・・と思ったが、なぜなのか知る術がない
なにしろ、数十年前に渡航した時の日本をおおっぴらに恥を曝け出し体全体から醸しだすエロの欲求が書かれている。いまさら読む人もいないだろうと思って削除しなかったのが裏目に出て、公に恥を晒してしまった。人間性を疑われた裏面史です。

そのあとは、今でも続く三島由紀夫での検索です。どこまで続くのやら。
載せている画像に特徴があるのか、画像検索でお見えになる方が多いですね
多いときは、三島由紀夫だけで50~60人ほどお見えになる。三島由紀夫の何を知りたくてお見えになるのか分からないが、三島文学の根幹をなす陽明学の思想はもとより思想のなんたるかも知らない縁遠いブログを読まれて、さぞやガッカリされていることと、心よりお詫びするしかない。
はやいところ、三島由紀夫での検索が下火になれば良いな~と思っています。

メダカのビオトープはリンクの誘い水がありましたが、それ以外のオーブ現象とか海外出張・三島由紀夫とかは急に増える要因が不明です。それとも、どこかで流行っているのかな。

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流行ると云えば。
商社の企画室にいた時に、リサーチャーとして種々雑多の雑誌を読むのも仕事のうちでした。いまの時代のようにインターネットとかTVを先頭にしたメディアが誘導して先取りの流行を作ることのなかった、ごくごく普通の雑誌優先のアナログの時代です。
フランスのELLEとかmarie claireを競って先読みして、流行のデザインやら色をチェックしていった。それでも、何が流行るのか分からないのが現状だった。
TVもいまのようにバラエティなんてなかったし、もちろんワイドショーもなかった。

夏本番を迎えた6月のころ。担当していた子会社のニットメーカーにある1本の電話が掛かってきた。秋田市に店舗を構える小さな店から「赤のベストはありませんか」と。
どのファッション雑誌にも盛夏・晩夏・初秋の予測として本命ではないがベストはあったが、アースカラー全盛で色として『赤』はなかった。
ところが、時を同じくして、覚えているだけでも鳥取・久留米・松山・郡山と立て続けに「赤のベスト」が欲しいと云って来た。
赤のベストを企画することに頭が行って、いまもって、赤のベストが欲しいと思われたソースはどこにあったのか、とても気になるが長年の経験がそうさせたのかも知れない。その年の晩夏から秋冬にかけて、赤のベストは大流行した。

きょうもまた、君に捧げるほろ苦いブルースの検索でお見えになっている。
訳ありの「君に捧げるほろ苦いブルース」のブログなので、読まれてガッカリされたことでしょう、が。
お気に召していただけると嬉しいのですよ、ほんとのことを云えば。

いち時期は、「いもがらぼくと」とか「ストレンジャー」の検索も多かったが、いまでは滅多にない。これも流行だったのでしょうか。

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劔岳・点の記・・・映像が素晴らしい

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どうしても観たかった「劔岳・点の記」を観てきました。
混むといけないと思って平日の1時開演を選んだのですが、これがまた、満員とまでは行きませんが、客席はほぼ埋まった状態でした。これほどとはビックリしました。
老若男女、半々と云ったところでしょうか。

新田次郎「劔岳・点の記」は夜行列車に乗って盛岡まで揺られていた時に読んだ。過酷な条件の中で、ただ地図を作るためだけ・・・。
今にも、絶壁から落ちていくような文章がありドキドキした。心が揺さぶられる熱き想いがこみ上げてきたことを昨日のように思い出します。
・・・だから、どうしてもこの映画は観たかった。

明治40年、時の日本は日露戦争に勝った勝ったまた勝ったと浮かれて提灯行列をやっているころの話です。克明な日本地図を作る中で、日本海立山連峰「劔岳」だけが測量できなく地図の空白地帯となっていた。
立山信仰の聖域として登山が許されない「死の山」と恐れられていた。劔岳を陸軍の面子を掛けてでも、初登頂を行い測量することを命じられた。陸軍参謀本部陸地測量部の測量手・柴崎芳太郎は、陸軍の威信をかけて初登頂と測量に向けて富山に向う。
剣岳には山を理解してよく知る案内人・宇治長次郎との二人三脚が始まった。
劔岳に登るアタックルートが掴めずに苦難を強いられる。
瓦礫だらけの切り立った尾根、雪崩や吹雪・それに暴風雨に悩まされ、測量隊の行く手を阻む。
信仰の対象となっている劔岳に向って拝む謎の行者を助けることで、行者の謎めいた言葉「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」が登頂のヒントになった。

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素晴らしい映画で感動しました。
カメラマンとして50本の映画のカメラマンを務めてきた木村大作氏の監督処女作です。
さすがにプロのカメラマンです。天才だと思いました。
過酷な自然に挑戦する人々を包み込む雄大で温かくも厳しい自然はなんて素晴らしいのでしょう。
こんなに四季のある自然ってきれいなんだ・・・
映像を観ているだけで感激のあまり涙が出そうになりました。
叩きつけるような吹雪のあとに見る雲海とか雲海に顔を出す富士山がきれいです。
ご来光があったり、雪崩があったり、人を寄せ付けない雪の劔岳が目の前にそびえます。
言葉では言い尽くせない映像の素晴らしさがあります。

また、音楽が素晴らしい。
すべての楽曲を当てることはできませんが、ビバルディ「四季」とか、G線上のアリアが流れ引き立てていました。
また、観に行きます。
この映画は、苦難の末に剣岳に登頂して測量で必要な三角点を設置しただけの地図作りの話だけではなくて、四季折々の映像の素晴らしさがあります。
目に焼き付けるまで観に行こうと思っています。

初登頂を目指して競い合った、陸地測量隊と日本山岳会は登頂を祝って手旗信号でエールの交換を行う場面があります。仲間と云った感じです。
手旗信号はできませんが、寺子屋時代遊びでモールス信号を習ったことがあります。
いまでも覚えているのは、・・・---・・・(トントントン ツーツーツー トントントン)
SOSの信号です。覚えておくと便利でしょうか(笑)

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1Q84を読んだ・・・不思議な世界へどうぞ

まとまり下手で長編日記になってしまいました(笑)

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感想文を書くのは苦手です。
話の辻褄があっているのかどうかの問題はありますが、あくまでも読後感として

k.466を聴きながら、マドラーの代わりに指で掻き混ぜたウィスキーの水割りを作り、チビリチビリと咽喉を鳴らしながら本を読むさまは、至極でありまさに遅読のススメであります。
長編小説は飽きが来て栞を挟んだまま終わること数知れずあり、いつしか短編小説に手が行き短い情景を懐かしむように楽しんでいた。

遅読法を取り入れている私が別人のように駆け抜けてしまった。

長編小説と云えば三島由紀夫「豊饒の海」を読みました。豊饒の海は壮大なる輪廻転生の話でしたが、感動して眠れない日々を過ごしたことを思い出します。現世の中での絡みが霊界として浮かび上がってきます。それ以来の長編小説への挑戦だったかも知れない。
豊饒の海は、円錐の頂上に君臨する月が人々を余すところなく隅々まで照らし続けるとあったが、1Q84は月が二つ見えることで現実の世界と異次元の世界を区別している。月は生死をつかさどる大事なもののようです。
そして、現実の世界にレイヤーとして虚構とも云えるが異次元の世界を重ねることで、あたかも現実として進行しているように思われた。
Book1では、二つの異なるストーリーが章立てごとに進んでいきます。そこには交じり合うことのない二本のレールが同じ方向に向って走っていたのです。

天吾と青豆の二人を主人公にして章立てを交互に展開していきます。
ヤナーチェック「シンフォニエッタ」は共通の音楽として全編に流れているようにも感じました。章立てと組曲との因果関係があるのかも知れない。

その前に・・・。
私は心霊にとても興味があり、以前、ダンテの神曲を読んだことがあります。ダンテが霊界に紛れ込み霊界を垣間見た話が綴られています。そんな霊界とか、異次元とかの話には身を乗り出して聞くほうです。UFOは信じるほうです。他の惑星から飛来してくると云ったUFO伝説は信じませんが、至るところにあるポケットを出入口にして異次元(四次元)からの偵察部隊であろうと、かたくなに信じています。人間が入り込めない四次元の入口は、空気の中に目に見えないほころびにあるのでしょう、そこから変幻自在に飛び出してくるUFOは正義なのか、それとも、地球を滅ぼす悪なのか・・・。一度、連れて行ってくれないかなぁ、などと思っています。
そして、私は運命論者です。
縁あるものに対して、その流れに従うのが元来の性格です。まぁ、怠け者と云った感じでしょうか。

"It's Only a Paper Moon"
ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべて本物になる

BOOK 1 第1章 「見かけにだまされないように」
で始まりました。時は1984年。

青豆はタクシーの中でヤナーチェックの組曲「シンフォニエッタ」を聴いた。
青豆は重い過去を引き摺っている。誰に対しても心を開くことをしない。
自分の体を苛め抜いた過酷なトレーニングによって鍛え抜かれた体を資本にインストラクターの職についている。お腹が空くように、これまた性欲を満たす為に行きずりで好みの男を探し強欲にも堪能する。性に対して鷹揚だ。研ぎ澄まされたニュートラルな心を持つ反面、正義感が強くなり裏の顔を持つことになる。

ヤナーチェック「シンフォニエッタ」の出処は最後まで分からないが、青豆が「シンフォニエッタ」を聴いたことで運命の扉は開かれ、脳を支配されることになる。
多分に・・・。そして、現実のレイヤーと異次元のレイヤーが重なっていった。

高速道路で渋滞に引っ掛かったタクシーで、約束の時間を気にしている青豆に対して
運転手が路肩にある駐車場には非常用の階段があることを告げる。
こんな件がある

「ここに座って良い音楽を聴きながら、のんびりしてらしても、私としちゃちっともかまいません。いくらがんばってもどこにもいけないのですから、こうなったらお互い腹をくくるしかありません。しかしもし緊急の用件がおありなら、そう云う非常階段もなくはないと云うことです」

とある。青豆の運命が変わるかどうかの重要なところですね
『・・・なくもないってことです』 なくもないとは・・・。
あなたが必要とすれば非常階段は目の前に、しかし、ないかも知れないと。
考えたすえに青豆は非常階段を利用して約束の場所に行きます。運転手は1Q84の世界に誘う代理人だったのか。

もう1人の主人公である天吾は比較的自由な予備校で数学の講師をしているが、本当は、小説家を目指していて文芸誌に何度も、何度も投稿している。
文章を広げる才能はあるが、ストーリーを考える力が弱いのか、いつも落とされている。小松と云う名の編集者に励まされているが、いっこうに芽が出ない。
そして、天吾も時を同じくしてヤナーチェック「シンフォニエッタ」を聴く。
青豆と天吾は運命のスイッチが切り替わったのか・・・。

そこに、「空気のさなぎ」なる原稿が持ち込まれた。
ふかえりと呼ばれる17歳の少女が書いた小説。
編集者の小松と天吾はたいそう気に入り、「空気のさなぎ」はストーリーは申し分ない、しかし文章の広がりがないので、編集者小松は天吾にゴーストライターとして「空気のさなぎ」を小説らしく文章にするように指示をする。

「空気のさなぎ」はあるコミュニティの中で起きた現象が書かれていた。
コミュニティで生活をしていたふかえりは、不注意で目の見えない山羊が死なせてしまう。ふかえりは反省のための部屋と呼ばれる土蔵の中で死んだ山羊の側で生活することを余儀なくされる。その夜に、死んだ山羊の口を出入口としてリトル・ピープルが7人出てくる。
ふかえりとリトル・ピープルは仲良しになり、空気の中から糸を取り出し、蚕のような住みかを作っていく。空気さなぎと呼ばれる。空気さなぎの中にはふかえりの分身が納まっている。
まるで、白土三平「カムイ伝」に出てくる分身の術のようだ。

リトル・ピープルの出入口を作った、ふかえりはリトル・ピープルから発信されたものを知覚するものとなる。神様の巫女の役目でしょうか。
巫女になったふかえりは必然的で多義的な要素の中で父親とセックスをする。リトル・ピープルがそう仕掛けた。そして父親はリトル・ピープルの操りとなり預言者になり、リーダーと呼ばれるようになった。狂信的な信者が集まってくる。

空気さなぎの小説は、天吾が文章を書き加えたことで、誰もが認める小説となりベストセラーになったが、天吾は知らず知らずのうちに脳は支配され書かされた事があとで知らされる。

別々な方向に投げ出された運命の糸は、しだいに呼び合うように近づいていく。天吾と青豆は10才の時に、はじめて手を握った同級生だった。
その後は、別れ別れになり、意識することもなく、日々の生活に追われ、愛のないセックスに嵌ることもあった。しかし、心の奥にある閉ざされたところに、お互いが惹かれあう心が落ちていた。
お互いが異次元である1Q84の世界に入り込んだことで、10歳の時の心が蘇りお互いを意識する。
青豆は1Q84の世界で正義を貫き、天吾との再会を望みながら1Q84の世界から失われていく。
天吾は、ふかえりとセックスをしたことで1Q84の預言者になることになるのかな。

平家物語もチェーホフの紀行「サハリン島」が長く記述されるが、落ちどころの話がないように感じたが人間の不条理さを意識させる為に書かれたのかも知れない。
アンソロジー「猫の町」は、失われていく心の葛藤として捉えた。臨死体験のようなものであろうか

そして本編に於ける助演男優賞を挙げたい私のお気に入りの編集者小松はどうなったのか、リトル・ピープルに抹殺されたのであろうか

1Q84を総括すれば、五里霧の中で起きた現実ではないかと思う。
五里霧は、深い霧の中にある、霧の中のある現実と、いまの現実とを巧みに交差させた部分で物語が展開している、そんな感じ。
決して、うかがい知ることの出来ない異次元の世界から現実のすべてが支配されていることは、ありえる話かなとも思った。預言者とか、霊能者とか呼ばれる人々の脳を支配することで世界の舵取りを行っているのかも知れないと感じた。

霧と云えば、トライアングルと呼ばれるバミューダ海域は深い霧が出ることで有名です。そして、バミューダ海域で遭難すると、決して見つからない
まさに五里無に紛れ込んだ異次元の世界であります。

ずいぶんと昔の話ではありますが、こんな現実に起きたこんな話もあります
イギリスの大型ヨットがバミューダ海域で遭難した。通信も途絶えた。
それから、10日過ぎたある日、ゴムボートに乗った7人を見つけた。
7人のイギリス人は英語しか話せなかった。
しかし、見つかった7人は英語のほかに、フランス語・ドイツ語を巧みに操り雄弁に喋ったと云います。
そして、周りをビックリさせたのは、彼らは、ある世界に紛れ込み語学の学習をしたと云ったことです。1日24時間が、ある世界では、この世の1日が1000日もあったようです。

記憶ですので、箇所ごとに記憶違いがあるかも知れませんが
多国語を喋ったのは本当のようです。

そして、
1Q84は続くでしょう。BOOK1(4月~6月)BOOK2(7月~9月) までの話ですから、それ以降があっても不思議ではないし、引き金を絞ったが青豆が死んだとは書かれていない。
青豆と天吾は再会できるのかな・・・
続編がありそうな終りかたになっている。

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平家物語のひとコマ

昨夜はスイカをスパッと真ん中から切った上弦の月が浮かんでいた。
太陽が昇った8時ごろでも、明るい南の空に、ぼんやりと姿を現していたが、1Q84では”月”はとても重要なキーワードになっている。

1Q84を読み進んでいくと、展開の主人公とも云える大事なポジションにいる「ふかえり」と呼ばれる17歳の少女が出てくる。
作家デビュー?する彼女に記者は「好きな作品は?」と、尋ねると平家物語と応えるシーンがあります。

彼女は好きな部分を暗証した。長い暗誦が終わるまでにおおよそ五分かかった。

とある。小説の中であるが、ふかえりなる少女は古典「平家物語」で義経の心が暗転し京を追われ都落ちする「判官都落ち」の大事な部分を暗誦したようです。

また、ふかえりは目を瞑り、壇ノ浦の合戦をも暗誦する場面もある。
あたかも盲目の琵琶法師が衆人を前にして源平合戦の様子を口承していくように・・・。
源氏物語にも負けない壮大な人間模様を描いた抒情詩が平家物語だと思っています。
平家物語が好きな私はセンテンスの一部分でもでてくると、チョットだけでも嬉しくなります。
感慨に耽る想いがあるのです。

古典か・・・。
得意とした時期もありましたね。過去形です。
古典としての平家物語は何度か挑戦して読んだことがありますが、しかし読む度に欠伸を抑えることが出来ずに眠ってしまいます。
小癪な古典に別れを告げ、しからばと、吉川英治「新平家物語」を買い求め、これを読み始めると、これがまた面白いんですね。主権を狙って平家と源氏それに、取り巻く人間模様が心に刺さります。幾度となく読み返し新平家物語の虜になったものです。

今でも、座右の書は?と云われれば、吉川英治「新平家物語」を躊躇なく応えることが出来る。孤独な老人になっても、新平家物語だけは手元に置きたいと思っています。

義経が金沢にある白山比咩神社(全国にある白山神社の総本山)に、無事に平泉に戻れるように祈願した時の請願書を奉納したとありました。血判書のようなものなのでしょうか。

安住の地として平泉に到着した義経は藤原秀衡に擁護されるが、藤原秀衡が亡くなった後は、藤原四代泰衡の裏切りにあい衣河館で焼き討ちにあいます。

その時の様子を、山田風太郎「人間臨終図鑑」では、義経は燃え盛る持仏堂に座り、小さい頃より慣れ親しんだ天台宗の経典である法華経を読経する。
弁慶が、判官殿逃げましょうぞの声にも、終わるまで待て!と読経を続けたとある。
義経の首は、丁寧に扱われ黒漆の箱になみなみと注がれた酒の中に納められ、鎌倉に運ばれた。
変わり果てた義経の首を見た頼朝は嗚咽したとある。
義経殺害を実行した裏切り者の藤原泰衡に追っ手を差し向ける。
矛盾した人間関係が読み取れる。


祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

薩摩琵琶と語りは坂田美子
尺八は坂田梁山 ご夫婦での共演。

1Q84のその後、420ページまできた。個人的感想として
どこまで行っても永遠に交わらないはずの二本のレールが、少しずつ内側に
傾き始めた。弘兼憲史描くところの五里霧の世界があるようだ。
上・下巻ではなくて、BOOK 1 BOOK 2 になっているところが続編に期待を持たせる。五木寛之「青春の門」のように大河小説になりそうな予感。

p.s
グリムスの苗木が79日間で大人の樹に成長しました。
早いのか遅いのか分かりませんが嬉しいです。

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路面電車は懐かしい・・・

とある用件で富山に行ってきた。
ETCどこまで行っても1000円の影響で北陸道は混みあっていた、と云っても混んでいたのはサービスエリアのフードコートで長蛇の列を作っていた。蕎麦1杯食べるのに並んで食べる根性はない。
カップラーメンの類は、生まれてこの方食べたことないが、並んで待つよりはカップラーメンでも良いかなと思ってくる。どんな味がするんだろう・・・。

ガソリンスタンドにも車の列が出来ていたが、1㍑122円と書いてあった。高速道路でのGSは全国の平均値段で122円と云うことは122円より高い地域が沢山あることを意味している。知らず知らずのうちにガソリンの値段は上がっています。
ETCの割引値段も、いつの間にか値上がりになっていても、現金で払うわけではないので気がつかない事が起きるのかも知れないな。
国の謀略とも云える政策なんて、そんなものだろう。

富山は、有名なところでは結婚式を派手に挙げるので、お祭りが好きなのかと思うが、市街地を走ると至って古風な建物が多い、単純に汚れているだけなのかも知れないが
駐車場に入るが、5階建ての駐車場は屋上を除いて満車だった。しかし、歩道を歩いている人をあまり見かけなかったので、みんなどこに隠れているのだろうか。

西武が閉店していたのはショックだった。使えると思っていた西武の商品券1万円が使えなかった。ただの紙切れになりそうだ。

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目の前に市電が止まりました。
路面電車の走る街は、全国で、そんな多くないと思うが郷愁を感じる。

薩摩藩寺子屋に通っていた三年間は寄宿舎にいたので、天文館に遊びに行く以外は市電に乗ることはなかったが、後の四年間は市電で通学していた。
早めの授業があると、ラッシュに重なり満員電車に乗ることもあった。
ビートルズに影響されたりして肩までなびく長髪にしていたので、お尻を触られることも度々あった。
痴漢の現行犯を取り押さえられると思っていても身動きできない車内では、声を出すしか手立てがなくて「俺を誰だと思っているんだ・・・」と叫んだことを覚えている。女性だと思ったでしょうね、前の方に手を回せば分かったものを。
それとも、あっち系の人だったのかも知れないですね。
あっち系と云えば
これも、寺子屋時代、仕送りも底を付き何とか稼がなくちゃと思っているときに
友人の知り合いがやって来て、良いアルバイトがあると3時間ほどで2万円でどうかと云ってきた。学生アルバイトが日給500円の時代です。途方もない高額アルバイトのはなしです
上半身を見せてとくれ!云われて、着ている物を脱いだが、仕事は肉体労働だと思った。
少林寺で鍛えた体は筋骨隆々だったので、すぐにOKが出た。
しかし、アルバイトの内容を聞いて逃げて帰ってきた。薩摩では有名な会社の社長の相手をすることだった 虫唾が走ったが、その世界に入っていたらチーママぐらいにはなったでしょうか。

T_toyama

富山で古着の店をやっている友人の店で会ったスノッブな若者。
23度を記録した富山で長袖のハイネックに厚手のカーディガンを羽織り、ブーツを履いている。流行の先端とは我慢することのようです。

1Q84のその後・・・
遅読を得意とする私は、何だかんだと云っても350ページを読破しました。
下巻に辿りつけるかどうかは、未だ分からない

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議員さんだって万能じゃない

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舩見公園から見る夕日

彼は、初めての選挙で大量の票を集めて市会議員になった。
選挙期間中は、素人の寄せ集めで選挙事務所を運営していたので、携わるみんなが右往左往していた。そして、その中の一人が私であった。

目出度く当選して、議員さんとなり忙しさが倍増したのであろう、連絡は途絶えていたが、節目ごとに議員活動の会報を住まいまで届けに来ていた。すれ違いで会うことはなかったが

昨日の朝に、珍しく電話が入り「緊急の用件です・・・」と話し始めた。
「ネットワーク設定でプリントサーバを入れたのですがプリント出来ないんです!」と泣きが入っていた。
昨日まで、議会があるとのことで、議会のない日を選んで市役所内にある議員事務所に顔を出した。
予定より早めに着いたので廊下にある椅子に座り、鞄の中に放り込んでいた1Q84を取り出して読み始めた。はなしの展開が二歩進んで一歩下がる、そんな感じで、少しまどろこしい感じがする。

議員がやって来た。
部屋に入るや、「ひさしぶり!」「良い眺めですね・・・」素晴らしい環境です。
議員は勉強会があるとのことで、すぐに3台あるパソコンを開いて確認をする。
確かに、設定時にはプリント出来るが、再起動するとプリント出来なくなってしまう。
ネットワークの概念を破った新しい設定だった。
ダラダラとしながらも2時間ほど掛かってしまった。どうもサーバ本体に問題があるように感じたので、ネットでトラブル情報を探してみたら、100人中50人までが、最悪プリントサーバだと悪評プンプンだった。
1台のPCが使っているときは、他のPCで接続するとエラーが発生すると云ったトラブル情報が一番多かった。ネットワークの意味を持たないプリントサーバだった。

認識しない場合は、パソコンを再起動すると時間も掛かるので、サーバ本体の電源をON/OFFして下さいと伝えてきた。
その後の連絡がないので、上手く使っていることでしょう。

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1Q84を手にした。

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いろいろな販売戦略もあるが告知をせずに、行くぞ!行くぞ!と煽りたて、しかし、なかなか姿を見せない。作家本人が日本に居ないから余計に気持が募ってしまう。戦略とは、そんなものであろう。最初はIQ84かと思った。IQ84であれば私のレベルである。

6月9日ののyahooニュースでは
作家村上春樹氏の最新長編小説「1Q84」(全2巻)について、発行元の新潮社は9日、7度目の重版(8刷)を決めた。全国発売から12日間で発行部数は1巻56万部、2巻50万部の計106万部となった。同作品は発売前から注文が殺到し、品切れとなる書店が続出していた。

散歩がてらに、近くの書店に顔を出し品切れの様子を見て来ようと、ある種の探偵の気持になって書店の入口に滑り込んだ。
新刊書のコーナーに554頁もある分厚い本が上下巻2冊がうず高く積まれていた。
今日、入荷したばかり出来立てのホヤホヤかな、それとも、一昨日からの二日ほど鮮度が落ちた在庫なのかなと思いつつもBOOK 1<4月~6月>と書かれた上巻を手にした。

村上春樹の本は、実はノルウェイの森しか読んだことがない。
ビートルズの名曲ノルウェイの森だったので、題名に惹かれて読んだ記憶がある。
内容はと云うと、想いの入り組んだ性描写の展開が・・・等と書くと、まるでアダルト小説のようだが、駆け抜ける青春とは、奔放な性に翻弄され、言葉による精神的な暴力が渦巻いてしまう。青春の蹉跌なのかも知れない。

実はノルウェイの森ではないが、私もビートルズの And I Love Herを聴くと、苦々しくも急流に流される葉っぱのように性に翻弄され蟻地獄から抜け出せなくなっていた時期がある。
彼女と聴くAnd I Love Herは麻薬のようでもあった。まさしく青春の渦に飲み込まれたが
今となっては、過ぎ去った青春をしみじみと思うことはない。

手にした1Q84(上巻)をパラパラと捲ってみると
タクシーのラジオは、FM放送のクラシック音楽番組を流していた。曲はヤナーチェックの『シンフォニエッタ』。渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ。運転手もとくに熱心にその音楽に耳を澄ませているようには見えなかった。中年の運転手は、・・・・と続く。

果たして、どこまで読めるのか見当もつかない。
長編小説は、意気込んで読み始めるが展開に飽きてくると積読状態になりがちである。何度か、速読術を身につけようと資料を取り寄せて試してみようと心掛けたが、速読が身につかないことが良く分かった。
速読術の免許皆伝の持ち主でない私はのろまの遅読術を得意としている。

机の上に乱暴にも積み重ねられ本の間からはお気に入りの栞が覘いている。
これ以上の積読は危険な状態です。
その中でも、上下巻ある吉田綾霊談集は読む度に2頁と遅々として進まない。

下巻を手にするようなことがあると一気に完読となり感想ブログが書けそうですが
果たして、どうなりますか・・・
過激な性描写があるのかもしれない
チョット楽しみにしているような、そんな気分でもあります。

村上春樹と云えば・・・。
原文を翻訳するほどの力量がありませんので和訳されたのを読みました

エルサレム賞の授賞式でスピーチした『常に卵の側に』が有名ですね。

今日私はエルサレムに小説家、つまりプロの嘘つきとしてやってきました。
で、始まるスピーチは感動を呼びました。

「高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ」

世界は平和であって欲しい。
宗教家なんだから人の痛みを理解して、宗教対立がなくなれば良いと思ってきたが
宗教対立の対極にあるパワーバランスの覇権主義が世に蔓延りはじめた。
三国志の歴史が世界に広がりつつある。

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水先案内人

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毎週欠かさず観ている訳ではないが、NHK「小さな旅」は好きな番組です。
今週は”光る海”と題して、開港150周年を迎えた横浜港を特集していた。
横浜港と云えば、かってプロ野球最大の功労者ともいえるベーブ・ルースや黒船以来の驚きを持って迎えられたクイーンエリザベス2世号が思い起こされる。

現代においても、日本の玄関口であり、いまでも年間1万隻を超える船舶が往来する。
その中にあって、大型の船舶を安全に出港・着岸させるために船長に代わって航行の指揮を執る水先案内人であるパイロットの存在がある。
いままで、小さな旅を観るまでは、船舶の着岸はタグボートが先陣に立ちロープを操り、けん引しているものと思っていた。
あくまでも、タグボートは港湾内に着岸する船舶の補助するためにあるようです。

実際には、パイロットと呼ばれる水先案内人が船舶に乗り込み、船長に代わって命令・指揮系統を掌握して着岸させます。
港湾に入る船舶はパイロットが乗り込んで来たら、すべてを一任するのが国際ルールでH旗と呼ばれる旗を掲げることでパイロットが乗っていることを知らせるようです。

パイロットと云えば、飛行機の操縦士を思い浮べますが、法的にはパイロットと云えば水先案内人のことを指し、そのパイロットになるためには、そりゃ~大変なようです。近道としては、商船大学に入り、海外航路で実務を積み、3,000トン以上の船舶の船長を3年以上経験した方が難しい実務試験と海技試験を経て国家免許を取得するようです。

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画像はNHK小さな旅より

今回、クローズアップされた稲垣 孟氏は三代に渡る船乗りで、横浜港でパイロットになって、すでに6,500隻に及ぶ船舶のパイロットを経験されている。
日本が世界に誇る豪華客船飛鳥の船長を経験された稲垣 孟氏は、パイロットとして乗り込む前には、身だしなみを整え、初対面として失礼のないように服装に気を遣うとおっしゃっていた。
そうだ・・・。
パソコンが起動しない!インターネットに接続できない!などと至急のお願いがあると、無精髭で土を弄り、叩けばほこりが飛び散り、汚れのままの状態で駆けつける。
・・・このさい改めよう、急ぎの電話があっても、シャワーを浴びて、下着を取り替え、その日にお気に入りのネクタイをしめて行くことを心がけようと思う今日この頃です。

寺子屋の1年後輩にカツオで有名な枕崎の出身で神戸商船大学に進んだ海の男がいた
赤木圭一郎に憧れて船乗りを目指し七つの海を航海して、世界各地に彼女を作るのが夢だと語った彼は、二等航海士となり大型の貨物船に乗り込み世界を巡った。

半年に1回ほどの割合で横浜港に戻ってくると、私のアパートに寄り抱えきれないほどの土産を置いていき、停泊した港での千夜一夜の話を自慢げに話してくれた。
そのとき、彼の話によると、船に乗ればお金を使うことはなく、港に着けば会社から小遣いがでて遊べた。給料は半年に一回まとめて貰うのでお金は貯まる一方だと・・・
給料前には前借を申請してピーピー云っている私は、聞けば聞くほど夢のような話であった。

そんな彼も、陸の灯りが見えない寂しさで星降る満天の夜は甲板で泣いたと云っていた。そんな夜が何日も何日も続くと、耐える限界を超えるのでしょうか。
今では、陸に上がり船舶の管理会社にいる。

航海と云えば、何度か川崎港から田舎に戻る為にフェリーに乗って帰ったことがある。最初の頃は、船の旅も良いもんだと喜んでいたが、デッキに出れば強烈な風に煽られ、遠目に見える景色を眺める余裕もなくなり、客室に戻るが、本を読んで静かに休もうと思っていても、すぐに飽きてしまい船内の散策が始まる。
喫茶店やらレストランには何度となく入ったが話することもなくなり、また客室に戻り本を片手に居眠りをする。そんな日長な一日が、何日も何日も続くとなると嫌になり、鬱になりそう。
どくとるマンボウ航海記を書いた北壮夫もそんなことを書いていた。

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鎖に繋がれた天使

この街は、生鮮産品を中心にしたスーパーの激戦区です。
その中でも、品質が良くて若干高めと評判のスーパーイチコがある。
イチコは中々品揃えも良くて抜きん出た集客力を誇っている。
出店する時の条件のひとつに、近くにお墓があるかどうかだと聞いた事があります。
お墓のそばは良いようです。

そんなイチコの商圏となっている
友人の住む住宅地は、碁盤の目のような縦横に整列された密集地です。
いつ来ても、路上駐車のいないすっきりとした道路になっている。信号のない交差点には緑豊かな小さな木々が目印となり、各家庭の庭先にある塀には街路樹の代わりに色とりどりのバラの花が満開となり目を楽しませてくれている。
花の町でもある。

住宅地の中にある町内会にはある規則があった。
「猫の放し飼いを禁止する」
猫の放し飼いを禁止する? 猫の本能を奪ってどうするの・・・。
猫会議に出席することも出来ない猫は可哀相です。

猫は決められた時間に、領土保全のために耳を傾けマーキングをしながら、隠密が入り込まないように巡廻して見張りをします。
時には、ジュリーのような賢いネズミがいるので油断になりません。
しかし、この町では自由に歩き回ることが出来ないのです。

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2年前の写真

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今年の写真

第一幕。友人宅の前のお宅。

鎖にに繋がれた天使。
もう、自由に歩き回ることを諦め、悟ったのでしょうか。
人見知りが激しく警戒心の強いのが長所だったのに・・・目はどこまでもやさしく
助けを求めるでもなく、虚ろなまなこでこちらをジッと眺めています。
番犬の代わりも出来ない番猫です。
果たして、これでも愛猫家と呼べるのでしょうか
自由気ままで、わがままし放題が猫の姿と思えば、哀れな姿です・・・。
姫のヒステリックな鳴き声に恐れをなしている私は、どちらの猫が良いのやら。

第二幕。灯りのない山奥の一軒屋

納屋に佇む繋がれた天使。
富山の小矢部に住む友人は山奥に住んでいます。
彫刻を生業としている彼から、ニホンカモシカが来るから見においでと云われて
行くことにした。
灯りひとつない山道にポツンとぼんやりと光る灯りがひとつ・・・彼の家だった。
それこそ、目が慣れるまで動けなかった。
少し、暗闇に目が慣れ見渡すと、納屋の奥からキラリと光る物体を発見した。
「何か光っているけど、何かいるの?」
「猫だよ」
「それも、キツネやタヌキが出てきて猫を掴まえるので鎖に繋いであるんだ」
「エ~~~」言葉にならなかった。
こんな、自然がいっぱいのこの山奥に猫が鎖に繋がれているなんて・・・
想像も出来なかった。

結局、カモシカは出てこなかったが、クマやキツネがゾロゾロといるらしい。
それよりも、満タンに入れられた灯油缶が20個あったのが一番ビックリした。
いくら自然が好きな私であるが、自然愛好家の烙印を剥がされても良い・・・
猫を鎖に繋ぐような相容れない自然の中での生活は出来ないと思う。

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ペールギュント 第一組曲「朝」

長いあいだ、埃と蜘蛛の巣で機能しなくなった脳の片隅に
こびりついて離れなかった問題が解けました。
幼いころから、NHKラジオから流れて来る、爽やかなこの曲のタイトルが
分からなくて、その度に、脳はストレスを起して破裂寸前。
口ずさむことは出来ても、誰に聞くことも出来ずにいたのです。

多分、この曲は誰もが知っている有名な曲なんだと思うのです。
今朝のラジオから、しばらくの間、音楽をお聞きくださいと云って
この懐かしいメロディが流れてきたんです・・・・あぁ~このタイトルが
私の心を察してか、曲の終りに曲名を云ってくれました。
咽喉の奥に刺さった小骨が、ようやく取れた感じなんです。
なんだか、感激した1日です。スッキリしました。

ペールギュント 第一組曲 「
組曲と云えば「展覧会の絵」しか思いつかないクラシック音痴の私です。
今度は、しっかりと脳裏に刻んでおこうと思います
曲名が分かっただけで嬉しくなったのに続いて・・・。
やはり、NHKラジオと聞けば、何と云っても「ひるのいこい」でしょうか。
今でも、続いているのかどうかは分かりませんが。
お昼の代名詞にもなった名曲ですね。

これほど、脳裏に刻まれ愛された曲も少ないのではないかと思っています。
田舎の親戚は、山ごと抱えてミカンの栽培をしています。
忙しくなると、親戚は狩り出されてミカンの収穫に精を出します。
お昼になると、大声で集められ、広く敷いたゴザの上にはおにぎりやら弁当が並べられ、まるでハイキングそのものです。
そんなひと時にも、いまや化石となったトランジスタ・ラジオからは、12時の全国ニュースのあとに聴き慣れたテーマ曲に乗って「ひるのいこい」が始まるのです。

日本各地のニュースには、必ず「ふるさと通信員」からのハガキが読まれるんです。
漁業やら農業に関する日常の話題が生の声として放送されました。
なりたかったですね。ふるさと通信員に・・・。

高度経済成長時代にエコノミックアニマルと世界中から揶揄された、あの時代でも お得意先に行くと、時間が時間だからと云って、お茶を出されて食事が終わるのを待っているあいだにも、待っている部屋にはラジオから「ひるのいこい」が流れていました。
懐かしさのあまり、久し振りに田舎に電話でもしようかなと思ったものです。
気が変わらないうちにと、お得意先を出ると、すぐに新宿京王デパートの通路には、2~30台も並んでいた赤電話に飛びつきました。
どの赤電話も10円玉を握りしめたサラリーマン諸氏でいっぱいです。
そんな、赤電話の中に1台だけ10円で長距離電話が掛けられました。
故障しているの赤電話なのですが、知っている人は知っているで、その赤電話だけは他の赤電話が空いても並んでいました。
ただし、コツがあって10円玉を入れて、先ず市外局番の"0"を回さずに"9"を回してジーコジーコと回したダイヤルが戻ってきた瞬間に、タイミングを計りながら右手で受話器のボタンを押すんです。
そうすると、何故か・・・"0"として認識するようなんです。
あとは、普通どおりにダイヤルをすると繋がりました。
薄給で泣いているサラリーマンの節約術だったのでしょうか(悪知恵だったでしょうか)

ペールギュント「朝」が分かって、そんなことを思い出してしまいました。

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演習風景・・・その2

曇り空であるが、絶好のゴルフ日和になった。
新緑に囲まれたゴルフ場は野鳥が飛び交い歓迎しているようにも見える。
仰ぎ見れば、妙高連峰のところどころには残雪が光り、雪の深さを物語っている。

ETCで高速に入ると同時に、駐屯地から編隊を組み飛んでいるヘリコプター八機に出会った。もしかして・・・総合演習かな。

ゴルフ場に向う沿道には、自衛隊の誇る車両が隊列を組み集結している。
ゴルフに興じるより、演習を眺めていたほうが私は好きです。
ゴルフの終わる時刻まで演習が続きますようにと願いながら。ゴルフ場に入って行きました。

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年1回のゴルフイベントがありました。
100人ほどの大きな大会です。
前もって、組み合わせ表を戴いていたので、1位・2位を当てる馬券もあります。
成績が良いから優勝するとは限らない新ぺリア方式のゴルフ大会です。

新ぺリアの説明をチョットだけ
OUT/INの18ホールを回り、そのうちの難易度によって決められた12ホールが強制的に既定打数のパーとして計算される隠しホールのルールなんです。決められた12の隠しホールで大叩きしても、既定打数のパーと計算されるのですから、有りがたい隠しホールとなる訳です。
・・・が、どのホールが隠しホールなのか分かりませんから、神のみぞ知る運命の隠しホールとなるんですね。
しかし、弱い人でも優勝のチャンスがあると云っても、弱い人はそれなりに関係ない普通のホールでも大叩きしていますから、優勝のチャンスは遠のきます。
上手い人も、下手な人も、同じスタートラインに立っている・・・そんなルールです。

演習場に隣接しているので、低空飛行するヘリコプターが縦横無尽に飛び交っています。プレイしているゴルファーは格好の餌食でしょうか、至近距離から狙い機関銃を構え、逃げ惑う仮想敵としてゴルファーを狙っていそうな、そんな感じです。

キャディさんのお話だと、10日ほど前から演習の日程は配布されるようです。
初日には夜間の行軍が行われ、犬も寝静まった漆黒の闇の中、夜のしじまを打ち破るように軍靴が鳴り響くことになることを、お許し下さいみたいな注意書きの回覧が回るそうです。夜間行軍は是非に撮りたかったのですが、隊員ほどの体力も気力もないので、行軍の様子は諦めました。

ゴルフが終わるや否や、カメラ片手に演習場の沿道に向いました。沿道には、車を止めてヘリコプターの離着陸の訓練を固唾を呑んで見守っている方が大勢いました。

その中で、自衛隊の休憩時間だったのでしょうか
雪の残る妙高山麓から帰還する編隊を見つけて、バシャバシャと撮ってきました。
三脚があれば、動いている様子が撮れたのですが・・・素人の私には無理な話です。

北朝鮮の動向によっては、有事訓練となりそうな緊迫した演習かと思いきや、至ってのんびりと、しかし動きは機敏に感じましたがどうでしょうか。

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・・・で、ゴルフの結果はと云いますと、思いもよらず良い成績となりましたが、隠しホールでは、意外と良い成績をあげていて何の恩恵に浴することはありませんでした。順位も至って平凡な18位と拍手がパラパラと素通りする情けない順位です。
それより、演習風景が撮れたことの方が嬉しかった。
早速、デスクトップの背景にしました。

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性懲りもなく・・・

性懲りもなくと云う言葉がある。
なんど同じ過ちを繰り返せば、気がすむのであろうか・・・。

車の往来が激しいこの道路に面していて立地は申し分ないように思われた。
七年前には、ラーメン八番館が営業していた。
隣の敷地には、何百台も止められるような広大な敷地にパチンコが営業していたが採算が合わずに開店・閉店を繰り返し、いつの間にか野ざらしとなり、コンクリートの隙間から雑草が生えて来ている。ゴーストと化している。
ただ忍び寄る、雑草の生命力には脱帽です。

ラーメン八番館も赤く塗られたオリジナルの外装をそのまま残してマタネッ(^ー^)ノ~~Bye-Bye! して行った。中を覘くことがあって、覗いてみるとラーメンがすぐにでも作れるように、厨房機器はそのまま残してあったが、隣のパチンコとの境には、子どもにも跨げるような低い柵が設けてあった。

程なくして、看板を付け替えてラーメン十兵衛が開店した。
立て看板の目立つ、狭い駐車場の入口であるが、横列駐車で5台ほど駐車できる。
食べに行った。
ヨダレを流すような深みのある味ではなかったが、不味くもなかった。
目立つ看板であるが、目的を持たないと通り過ぎてしまう危険性も感じた。
ラーメン十兵衛は、開店して一ヶ月ほどは盛況で、いつも駐車場はいっぱいだった。
三ヶ月を過ぎるころは、昼時であっても、駐車している車は少なく、外から見える窓際のテーブルにも人影はなかった。
それでも、1年半は持ったのであろうか・・・閉店の張り紙が貼ってあり店は閉められた。

すぐに、不動産の案内が張り出され、次の獲物を待っていた。

半年ほど過ぎたころに、外装の工事を目にした。
これまた、ラーメン吉松が開店した。
目立つ立て看板には、吉松の文字が大きく描かれて人目を引いた。
しかし、三ヶ月ほどの繁盛は、見通しを明るくさせてくれるが、決して落とし穴だとは思っていないようだ。
ラーメンの激戦区であるこの街でラーメン店を展開するには、それなりのリサーチをしないと行けない事が、分かっていないようです。
この吉松も1年半ほどで閉店の張り紙をして出て行った。

ホクホク顔の不動産屋さんは、前にも増して大きな字でテナント募集を窓に張った。

テナント募集の張り紙が効いたのか半年ほど過ぎて、外装工事が始まった。
次は、市外からのチェーン店として、ラーメン凛が開店した。
凛の看板が大きく目だったが、ラーメン屋には似つかわしくない看板だった。
しかも、凛も凛としないまま逃げ足早く出て行った。
1年の命だった。

お祓いをしないといけないのでは・・・と、外野はうるさかった。

大きなショッピングセンターでラーメン店の店長をしていた人が独立した。
よほど、自信があるのか祟りがあるとも云われている、この場所にラーメン麺やを開店させた。早くから店に出てきて、仕込みを行い頑張っている姿が何度か目にした。

それでも、パチンコとの境にある低い柵はそのままだった。
先ずは、広い駐車場を確保して、入り易いようにする為に、交渉して柵を取り除くことが大事ではないかと思っていたが、柵の事まで気が回らなかったようです。

頑張っている店長の姿を見かけなくなった。
閉店の張り紙がしてあった。
1年半の短い命だった。
麺やの看板は、風雨や雪に晒され剥がれてきていた。
退職金までつぎ込んだのであろう。悲しい結末で終わった。

最近になって、新しい看板が作り変えられた。
ラーメンの呪縛から解き放されたように、次は本場・インドカレーのようです。
お手並み拝見といきますか。

地縛霊に呪われていないと良いのですが・・・。

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