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小さな旅~銀座編

裁判が終わって興奮も覚めやらぬところ地下鉄丸の内線に乗り銀座に出た。
懐かしい東芝ビルの出口に立ち感慨に耽った。
東芝ビルには昔むかし数寄屋橋阪急が営業をしていて、図らずもテナントの要請があり3年間ほど入店した思い出がある。
オリジナル染色を打ち出したニット製品での出店で売れに売れた。それこそ阪急さまさまだったように覚えている。入店していた場所にはGAPが展開していた。
時代の流れなのでしょう・・・。

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先ずは、数寄屋橋交差点をパシャパシャと撮る。
ペコちゃんの不二家がどんと構えている。この不二家ではクリスマスケーキを買ったことがある。遠い昔の線香花火のようです。

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有楽町方面に歩き出すと長蛇の列に出会いました。
西銀座チャンスセンターではサマージャンボ宝くじを買い求める、それこそ長い列が出来ています。西銀座チャンスセンターと云えば1等の当たる確立が高い宝くじ売り場の頂点に立つ売り場です。
西銀座まで来たことも何かの縁でしょうね
買うことにしました。極薄の財布から虎の子の西郷札を取り出し連番10枚・バラで10枚を購入 呪いは「オンバザラタラマキリク」を三唱。

この場所では有名な愛国党の赤尾敏が毎日まいにち同じ時間帯にマイクを握りしめ民族を憂う檄を飛ばしていました。演説の上手さだけを取れば、今の政治家で赤尾敏に敵う人はいないようです。それほどに演説に迫力がありました
絵になる赤尾敏でしたね。

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その場所に、不思議な選挙カーを発見。
世界の軍用車で使われている横幅の広いアメ車「ハマー」にステッカーがベタベタと「新党本質」なんて聞いたこともない、もしかして新手のホストクラブかキャバクラの宣伝なのか・・・
珍しいから1枚パシャリ!
撮られる事を意識した戦術・戦法なのかも知れないね

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交差点を渡らずに地下に降りてソニープラザを覘いてみようと歩くと、慣れ親しんだソニープラザ名前が変わっていました。まるで浦島太郎の心境でプラザスタイルと云う名前になっていた。
入口は黒山の人だかりで、誰かがサイン会をしている。どこぞの有名人が来ているのかと人混みを掻き分けてミーハーな性格が出てしまいました。
書かれているプロフィールを読むとクマのブーフで大人気の“Suzy’s Zoo(スージー・ズー)”の作者、“スージー・スパッフォードさんと書かれています。
まったく知りません。
クマのプーさんでないところが可笑しかった。

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銀座をひと回りして東京駅に向った。

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二年六ヶ月の刑に処す。

冤罪ではない。
東京地裁に足を踏み入れた。

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静寂に包まれた法廷はそれぞれの思いが流れていた。せわしく書類に目を通す裁判官は、いまから読み上げる判決文が澱みなく読み上げられるように目で読み、時折り開始時刻を確認するかのように、顔を持ち上げて時計に目をやっていた。
下段に座る書記官はキョロキョロと傍聴席を舐めるように目を回転させ、人それぞれの人格評価をしているかのようであった。
50人ほど座れる傍聴席は私を含めて五人ほどであったが、閉廷になった後でも退席しなかったので次の法廷の傍聴が目的だったのかも知れない。

シーンと静まり返った法廷に2時25分、裁判官の口が開いた。あたかもヒソヒソ話をしているような囁く声で「判決を言い渡します」と、その瞬間は切って落とされた。
『被告人を懲役二年六ヶ月に処す。』3秒ほど間が開いた。辛い判決になったのか・・・ 続けざまに『刑の執行を三年間猶予する』とはっきりと聞こえた。
安堵した。
裁判官からの判決に至った事件のあらましが述べられた。悪質であった事が強調されたが、被告人である本人の真摯な反省の気持と証人として意見を述べた家族の強いきずなに動かされたむねが淡々と読み上げられた。
2時30分閉廷となり法廷を出るとがっちりと握手をした。

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東京地裁の隣にある法務省全景

全国ニュースでも取り上げられた商法違反であった。いちやく有名人に躍り出た。
ショップを運営している彼は会社の資金繰りを少しでも楽にする為にネットオークションに販売網を広げる形で参加した。深夜遅くまで商品のラインアップを考えていた。ネット販売のコツが独特な勘として身につくと一般からの仕入をショップだけに絞りこみネット販売は海外に仕入れルートを探り韓国・中国に渡航した。

誘い込むように魔手は伸びてきた。韓国でブランドのコピー商品を手にして持ち帰り、ネットで販売するとまたたく間に完売した。資金繰りが脳裏をかすめ、ほんのチョットした出来心が韓国から中国へと飛び火して、縫製工場から吐き出される偽ブランド品の歩留まりを買い込み販売した。利益率の良さが拍車を掛けた。
ネットの世界では目に付くようになりメーカーからの警告まで受けたが在庫品を処理するまでと変な安心感が裏目に出た。
中古であるが外車を乗り回すようになって反感をかったようだ。
密告とも呼べるタレコミによって、とある警察署のマークがついた。

その日は、蒸し暑い日であった。
いまにも雨が降りそうな雲行きが怪しくなった10時ごろ、インターネット専用の事務所に出社して偽ブランド品を手にした瞬間に警察の捜査が入り逮捕された。待っていたかのように
偽ブランド品を販売目的で手にした商法違反である。

朝夕、仏壇に手を合わせ、先祖を敬う熱心な宗教の心を持った真面目な彼は・・・
悪魔の囁きに乗ってしまった。
テンヤワンヤの大騒動が始まった。友人のひとりである私は、渦中の彼が戻ってくるまでショップで働くみんなと心配する家族へと微力ながらサポートに回った。
なにしろ、数あるパソコンを用意して、商品を良く見せるための画像修正の手解きやネット販売のイロハを助力したのは、紛れもなく友人である私であった。

罪を認め反省を示していたので罰金刑の略式であろうと高を食っていたが、検事の非情なる結論は起訴だった。留置されている彼に面会に行き、ただただ落ち込んでいる彼に励ましの言葉はなかなか出てこなかった。笑いを誘う雰囲気になれず、買い求めた本や雑誌を差し入れした。

後日談として・・・。読む時間はたっぷりある中で
差し入れた宮沢賢治特集は、暗くてより一層に落ち込み心が重かったと云われた(笑)

規定いっぱいの23日間の拘留を経て保釈金300万円で解き放たれた。
知り合いの弁護士を立てて裁判に臨み検事の求刑を聞いた。罰金の量刑がなかったことが想定外となり実刑に近づいたと読めた。
証人として証言台に立った奥様との二人連れは、暗くて長い道のりを歩いているようだったらしい。
公判が終わるとすぐに奥様から電話を戴いたが、肝心の本人は口が開けられないほどに落ち込み沈んでいると奥様から告げられた。
起訴状には私の名前が何度もでたようだ。その場にいなくて良かった。

それから二週間後の判決公判。
奥様は無情な姿を見たくないと判決を聞くのを避けられた。代わりに私がこの目でしっかりと見てくることになった。彼の心は、今までの人生でドキドキ感は常にあったが、これほどのドキドキは初めてだと、六大学の合格発表の時もドキドキしたが、それ以上のドキドキがあり、笑いを誘う私の言葉にも反応は薄かった。
トイレに行く回数が多くなり、居ても立ってもいられないことを証明していた。
もしかして・・・執行猶予がつかなくて実刑になったらどうしようと、拘置所が脳裏をかすめる。
罰金の量刑がなかったので有りえる話かも知れないと検索したネット上では書かれていた。
心臓のパクパクに拍車がかかった。
弁護士との打ち合わせを終えて115法廷に入った。
天国か地獄かの分かれ目の時間は刻々と近づいてきた。
・・・刑の執行を三年間猶予する」崩れ落ちそうになった彼を見つめていた。

奥様がとて気にしていた罰金の付加はなかった。300万は戻ってくる。
資金繰りが苦しい事情を涙ながらに訴えた陳述が効いたのかも知れない。
肩を組み懐かしい香りのする銀座に出た。
有楽町のスタンドbarに入り、生ビールと水割りで乾杯した。

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駐車違反でも、執行猶予は取り消されるよと脅迫しておいた。
反省に立って外車は売り払うようだ。

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悪路を駆け抜ける

山を切り開いて造られた高速道路の走る東側には鮫ヶ尾城の城址がある。上杉謙信亡き後の跡目騒動で陣を張った景虎は裏切りにあって妻子ともども自刃して果てた。
甘言に夢を抱き、見る目がないと言えばそれまでだが自己保身による裏切りは世の常として枚挙にいとわない。

鮫ヶ尾城址にほど近い平野を見下ろすこの地は、晴れた日には遠くには北アルプスの山々が見えるはずであるが・・・。
いつも霞がかかりぼんやりとした風景になっている、寒暖の差が激しいことを物語っている。
のどかな道に寄り添うように2メートル幅ほどの小川が流れている。
時代を遡れば、ひと昔前までは雪解けの清流としてメダカやクチボソが住みかとして泳ぎ、子どもたちの格好の遊び場ではなかったかと思われるが、いまでは小川の土手に雑草が生い茂り覗き込むことが憚れるが、雑草も景色と化している。
石で造られた橋を渡ると、左手には手入れが行き届いた花壇が広がり、雑草が刈り取られている。右に目をやると広い畑にはシシトウに長ナス、トマトにキュウリと丁寧に作付けされ、頭をタオルでギュっと絞った10人ほどの方が篭を手にして収穫に忙しい。

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大掛かりな味噌を作る設備が整っているワークスに顔を出す。
見慣れた自転車が目に付きました。
有名人です。
自転車の持ち主を探したのですが味噌工場に入っていて仕事中とのことで許可を得て自転車だけをカメラに収めてきた。
雨の日も、雪の日も彼は自転車に跨り、どんな悪路にも厭わずひたむきにペダルを漕いでいる。遠くは妙高の端の地区から車の往来の激しい国道をわき目を振らずに漕いでいる姿をよく目にする。
雪道を走る天才でもある。雪に馴れた地元の方も雪道での自転車は怖くて乗ることを避けるのに彼はひたむきに前へ前へと見据えて漕いでいる。
彼に始めて会ったのは、もう5年も前のことである。
かなやの里に仕事で出向いた時に、下の方から派手な看板を背負った自転車が近づいてくるのが分かった。
彼は笑顔で頭を下げると授産所の仕事場に向っていった。
その日から、屈託のない笑顔と動く広告塔として自転車の回りをチラシで埋め尽くした飾り物をいたるところで出会うことになる。

ある人は・・・。
こんなに真面目な子を見たことないと、どんなに雪が降ろうが雨が降ろうが、どんな悪天候でも自転車に跨り約束通りに仕事に来る。

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彼の働く「かなやの里」は。
見晴らしの良い高台にあり三つの棟に分けられている。
その中にある療護園には重度の障害を持ち在宅での生活が出来ない方が入所されている。更生園には支援を必要として、18歳以上で知的障害のある方が入所されている。伺うたびにラジオ体操のさなかで元気に体を動かし、笑顔で挨拶される方もいらっしゃる。笑顔の中に澄み切った目が広がり心が和む思いがある。
通って来られる授産所もあります。知的障害の受託施設ワークス。
畑を管理、収穫、販売を手がけるのは授産所のみなさんです。
「かなやの味噌」として味噌作りも盛んで県内の物産展でも販売されている。

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Lotus Blossom(蓮の花) Jazz

7月23日は大暑。
一番暑い日とされていますが、まだ梅雨の真っただ中です。
暦では季節の変わり目となる今日の誕生日の花は「蓮の花」です。

Jazzの名曲にその名もずばりロータスブロッサム(蓮の花)と云う曲があります。
今宵は、CMの影響でしょうか・・・静かなブームで広がっているサントリー角瓶でハイボールを飲みながら聴きましょうか。 ようやくウィスキーの時代が戻って来ました。水割り大好きです。

高田城公園の”はす祭り”もはじまりました。
巨大な蓮の迷路を自由自在に動き回り、華麗な花を咲かせるために掃除に忙しいカルガモのみなさん。

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7月22日。部分日食

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7月22日。
11時8分 いちめんに薄い雲の膜がかかっていますが部分日食が見えました。
まるで上弦の月を思わせるような三日月の形をしています。
新潟地方は75%ぐらいと云っていましたからこれぐらいでしょうか
旧式カメラの性能もこの辺りが限界で腕前も序二段なみです。

太陽→月→地球 不思議な関係ですね。

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キョロロ。美人揃いのブナの森

午前中は秋山郷で枯れたブナの森を見て、ずいぶんと環境破壊が進んでいると実感させられたが、午後は豪雪で有名な松之山まで戻り、森の学校として名高いキョロロの森に行った。
県外からの観光客がどっと押し寄せている。
観光バスが数台止まっていた。静かな森のそのまた奥にあるブナの森に人々が訪ねて来てくれる。森と触れ合うには良い機会なのかも知れません。

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ここには、美人林として広く知れ渡っているブナ林があります。
普通、ブナの木を思うとゴツゴツして頑丈に伸びている姿を想像しそうですが、
この森には美しく凛とした木が林立しています。
細くて、しなやかに立っている姿は女性の美を象徴しているかのようです。
幻想的な東山魁夷の白馬が出てくる森のイメージがあります。

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澄み切った池にブナの影絵が映えて金魚が泳いでいました。水面で踊った瞬間をパチリと

新潟県の森林浴百選にも選ばれている美人林は森林浴には最適の場所です。
ハンモックを持って寝るのも良し、青のビニールシートを広げて小さな宴会を始めるのも良し、恋人同士が寄り添いながら切り株に座るのも良いですね。

環境で森林を担当している友人は事務所に出かけて打ち合わせの最中のようです。
私はと云うと、カメラを片手に美人林で森林浴を受けぶらりと小さな旅を満喫しました。

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帰りしな、道路沿いの小さな駄菓子屋さんに車がたくさん止まっていて
人気を博しています。それじゃ、我々も・・・と、あと数個でおしまいの餅を買ってきました。1個700円也。ビックリするほど美味しかったです。並んで買うだけの事はあるようです。

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高田公園で7月23日からはす祭りが始まります。
1ヶ月にも及ぶ長丁場のお祭りです。
だいぶ咲き始めました。

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秘境と呼ばれる秋山郷。

仕事仲間に誘われて森の学校キョロロに行くことになったが、その前にチョット見ておきたい場所があると云うことになって秋山郷に行くことになった。
平家の落人伝説も残っている秘境だと云われている。

目的のキョロロを過ぎて津南に入った。国道117号は飯山市と十日町を結ぶ幹線道路です。途中から国道405号に左折すると信濃川の支流のひとつ中津川渓谷に沿って険しい山並みが増える。
秋山郷は幾つかの山を越えた山あいに点在する部落を秋山郷と呼ばれている。秘境と呼ばれてはいるが良質の温泉があるとも聞いていたので、曲がりくねった渓谷の崖璧を見下ろす狭い山道を恐々になりながらも助手席に座り楽しみにしていた。

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目的のひとつ。
ブナの森です。ひとつの山が半分以上、紅葉しているようにも見えるがブナが害虫によって枯れてしまったようです。酸性雨の影響もあるのでしょうがブナに寄生する害虫によってブナの森は死んでしまった。私は眺めるだけで唖然としていましたが、森に詳しい仲間は枯れたブナの痕跡を収集していました。
辛い状況のようです。
青々とした緑の森を歩くだけで森林浴となり心身がリフレッシュできるのは森が生きているからですね。特にブナの木は周りの動植物に恵みを与えているだけに枯れてしまうのはとても残念だと・・・。
帰りに寄ることになる第一の目的であったキョロロには美人林と呼ばれる恵みの林と対面する事になります。(次の日記で・・・)

秋山郷はどこからどこまでが秋山郷なのか分からないが、狭い幅員が曲りくねった林道になっています。ツーリングでお見えになったオートバイの集団が爆音を立てて走り去りますが、勢い余ってそのまま崖から真っ逆さまに落ちない事を祈るばかりです。

露天風呂の看板があったので行って見ようかとなりました。
ここも秋山郷で「栃の実館」と書いてあります。
山の中腹に佇む洒落た物産店のようでもありますが、簡易宿泊施設もあるようです。
館内にある内湯と露天風呂は別々の場所にありました。露天風呂は玄関を出て砂利道を歩くこと3分余り突き当たりの崖の上にひっそりと建てられていました。
内湯と露天風呂は共有で500円也。

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隠れるように作られた露天風呂には「山彦の湯」と看板があります。
石を重ねて造られた露天風呂は見事な景色の中に埋もれていました。見渡せば女湯は数段高いところに造られています。
湯舟は思った以上に幅があり細長く出来ていて、湯船の背には座れるように小さな石が置かれています。
上を見上げれば緑鮮やかなモミジが湯舟までせり出しています。

そう云えば、秋山郷と云えば秋のポスターが多いですね。紅葉が特色のようです。
山彦の湯を取り囲む山々が紅葉していたら・・・考えただけでも息を呑む素晴らしさです。それに湯舟の上からは真っ赤に染まったモミジがヒラヒラと落ちてきたらどうしましょう。

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これ以上の露天風呂は体験していないです。
適度な鉄分を含んだ温泉は、肌が滑らかになり少しぬるかったにも関わらず上がってから次から次と汗がでてきました。体の芯から温まったようです。
山彦の湯・・・秋になったら日帰りではなくて野宿してでもゆっくりと露天風呂に浸かり自然を独り占めしたいなと目論んでいます。

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おかえりなさいまし

アジサイの葉っぱにチョコンと・・・
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おかえりなさい。
待ち構えたように三つ指ついてご挨拶をする愛しきあまがえるがそこにいます。

青々とした背中を自慢して、あ~忙しい忙しいと足早に葉っぱから葉っぱへと飛んでいきます。小さくて可愛いあまがえるを両の掌を膨らませるように抱えると、まさに観音さま。

手で囲ふ 観音さまの 雨蛙     小林共代 

雨蛙とも青蛙とも云われます。
緑色しているのに青蛙なんて変ですね。
変と云えば、信号も「赤」「青」「黄色」と交通標識を覚えますが
色盲でない限り交通信号の「青」は緑色をしていますが・・・
どうして、緑色なのに青色と云うのでしょうか

昔むかし小耳に挟んだ話によると、はじめて交通信号がお目見えした明治時代には
緑色としての色彩概念がなかった聞きました。それで、いつまで経っても緑の信号は青の信号なんですね。
子どもたちに嘘の色を教えているようにも思えるのですが。
それはさておき

小説の神様志賀直哉の短編小説に「雨蛙」があります。
こんな話です。

文学にうつつを抜かしていた男が、迎雲館で行われた知己である作家の講演会に急用ができて行けなくなり、素養のない妻に少しでも学問を身に付かせようと妻を行かせたことで妻は成り行きで作家と不貞をはたらく。
翌日、妻と一緒の帰り道。妻の仕草に変化が見られ生き生きとした表情になっているのを見て、男は昨夜妻の身に何かがあったと確信して驚きを隠すことが出来ない。

男は妻でありながら妻を女性として扱っていなかった心の葛藤にさいなまれる。
そんな時に男は何気なしにみた電柱のくぼみに雨蛙が二匹うずくまっているのを見つける。その様子をみて男は『雨蛙はその灯りに集まる虫を捕る為、こんな所につつましやかな世帯を張っているのだ、これはきっと夫婦ものだろう、そう思った。』と述懐する。
夫婦は愛しさの中に生活の糧があると思うようになる。
不貞を働いたであろう妻を許す、そして、よりいっそうに愛しさが募り欲情してくる。

ずいぶん前の話ですが
志賀直哉「雨蛙」はまったく知らなかったのですが、太宰治が志賀直哉に喧嘩を吹っかけた(平幕が横綱に挑むようなものですが・・・)『如是我聞』の中に雨蛙を批判する箇所があり読んでみようと思った。批判することは、それだけ評価も高いと思ったんです。

志賀直哉 VS 太宰治の喧嘩と云っても私の思いは、どっちが買っても負けても気にもならない。・・・が三島由紀夫と松本清張の喧嘩でなくて良かった。

「青蛙 おのれもペンキ ぬりたてか」   芥川龍之介
好きな一句です。

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カタツムリはどこに行ったのか

妙高の雪渓
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梅雨明けや樋を雀の駆くる音    小間さち子

お隣の関東甲信にも梅雨明け宣言が出された。 
近年は、梅雨と云ってもジメジメした鬱陶しい梅雨空に出会わなくなった。これも温暖化の影響なのかも知れない。
先日読んだ雑誌には温暖化に多大な影響を与えているCO2の削減に気の遠くなるような解決策より、人工的に作り出した火山灰を高度から散布すると太陽光を遮断して地球温度が下がると云った信じ難い科学の発表があった。実際、フィリピンのルソン島にあるピナトゥボ山の大噴火で大惨事となったが火山灰が太陽光を覆い隠し地球全体の温度が下がったと報告されたようだ。
あながちインチキ科学だと決め付けられないようです。

そのことで思い出したが、米ソ冷戦時にソ連アカデミーは宇宙に巨大な鏡を作って太陽光を独り占めしようとした経緯がある。突飛でもない科学的発想も時が経てば本当になるようだ・・・信じられないが。

以前は、玄関先のプランターにはナメクジが大挙して押し寄せてきたものだが、最近はナメクジとも目を合わせることがなくなった。
そう云えば、睡蓮の葉っぱにカエルが似合うように、紫陽花にカタツムリも似合う代名詞であるがとんと見なくなった。カタツムリも栄養の補給でコンクリート塀に団体でへばりついているところを見かける。廃墟となったコンクリートの残骸はカタツムリにとって美味しい食料のようです。けっこうタフな生き物なんですね。たとえ人類が滅亡しても残され、廃墟となったコンクリートを食料にするカタツムリは何千年に渡って食糧危機はなさそうです。

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梅雨明けまぢかとなったこの地は36.7度の猛暑を記録したのに妙高の山並みの火打山にかけてまだ残雪がある。いつになったら万年雪にならずに雪解けになるのか楽しみで日々記録している。
今日の妙高は風もなく穏やかな天気で、残雪の見える山間の上には巨大な鯨の形をした雲がどっかりと座っていた。もしかしたら雲は隠れ蓑で宇宙船がすっぽりと隠れているのかも知れない。宇宙船にはフロル星人が乗っていたら良いな・・・。

フロル星人が好きなショートショートの星新一は良く読んだ。どなたもご存知だと思うが
その中でも「気まぐれロボット」に収録されている「おみやげ」は印象的だった。
小学校の教科書にも掲載されたようですが。

地球の未来を信じて、まだ原始だった地球に降り立ったフロル星人はやがて明るい未来に進化するであろう地球人のために

  ■ 簡単に宇宙を飛び回れるロケットの設計図
  ■ あらゆる病気を治し、若返りのできる薬の作り方
  ■ 地球人みんなが平和に暮らすにはどうしたらいいかを書いた本

を、カプセルに詰めて「おみやげ」として砂漠に残していった。フロル星人の予想通りに進化した地球の人類は、こともあろうかフロル星人が置いていった砂漠で原爆の核実験を行い、フロル星人からのおみやげは誰に知られることもなく灰となってしまった。

普通の反核ではなくて、政治の根本を言いあてる皮肉は喝采ものです。
ライバル企業のご注進で国(代議士)の謀略に填められ大衆薬品に力を入れた大企業の星薬品は倒産します。二代目としてあとを任された東大で薬学を学んだ新一はどんな思いがあったのでしょうか 悔しさにまみれたのではないでしょうか
反逆精神はショートショートで存分に生かされたいます。

目の前には、星新一「ちぐはぐな部品」が積まれている。
暑苦しく寝付かれない熱帯夜は扇風機を回しながら読み進めてみようかと思っている。
なにしろクーラーがきらいでガタガタと音が鳴る扇風機を愛用している。

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おねしょのはなし。

『おねしょ』は世界地図とも云われた。               

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笑いを堪えながら読み進めると、おねしょについてこんな件がある。

「それで、中学のとき、もう治らないとあきらめかけていたら、演劇部の先生の家でクリスマスパーティということになった。ぼくは気が弱いくせに、友だちと演劇部なんかに入っていたんですね。それで・・・その晩は遅くなって、みんなで泊まることになった。

困った。雑魚寝ですよ。もうこの時間に1人帰るわけにもいかない。遠くて道もわからない。はじめての外泊。ここでおねしょしたら、もう自分は死ぬ。絶対に寝ないように目をきっと開いていた。そうしたら、結局、寝ていた。目が覚めて、しまった!とあわてて布団を触ると、濡れてない。ホッとした。このときのうれしさがおねしょを克服する最終的なきっかけになったようだ」と。

画家であり、芥川賞作家である赤瀬川原平氏の中学生まで、おねしょをしていたとの告白エッセイ「中古良品」からの抜粋です。

おねしょはいつまでしていたのか・・・。
はっきりと覚えているのは小学4年生のときに、上級生の仲間入りになり週番の担当になった。明日は、朝礼で全校生徒の前で1メートルほどの高さのある壇上にあがって「きをつけ~」「なおれ~」の号令を発する役目があった。
明日になることが怖くて、緊張のあまりおねしょをしたのを覚えている。
下腹部が生暖かさに包まれて飛び起きた。隣に寝ている兄や弟に見つからないように、そっと起きだして敷布をはいだ。
バタバタと音がしたのを母が気がついて戸を開けて入ってきた。
母は何も云わずに布団は引っぱり庭に持っていった。
悲しくて死にそうだった。
それ以後、おねしょはしていない・・・が、それから何十年も経ったいま、あと十年・二十年でおねしょが復活しそうな年に突入する。恐ろしいことが立ちはだかっている。

原平氏のおねしょにまつわる話は続いていく。
こんな話もある。

「友人の姉は、ここだけの話、子供のころ便所に落ちたらしい。昔の汲取り式の便所だ。それが原因かどうか分からないけれど、ひ弱な兄弟の中で、その姉だけは強いし、気も強い。私だけ、橋の下で拾われた子どもだと云っていたらしい。昔はそういう言い方がはやっていた。」

畦道に有機肥料として溜めてあった肥溜めに落ちたと聞いた話はあったが、周りで便所に落ちた人はいなかった。
それと、橋の下で拾われた・・・云々の話は多い。
私もご多聞にもれず、弟によく云っていた。「おまえは大堂津の橋の下で拾われて来たんだ」と、囃したて弟がしょげるのを楽しんでいた。兄貴としての特権のようだった。

中学に入ると、トイレにまつわるある事件は起きた。
中学3年になると、6時限が終わると、高校受験生を対象にした課外授業が180分設けられていた。それぞれの不得手科目を集中的に補うのが目的で先生はボランティアだった。と思うがそれ相当の残業代を戴いていたのかも知れない。

課外授業が始まる前に友人H君とトイレの周りで騒いでいると、なにげなしに掴んだトイレの取っ手を壊し、戸が外れてしまった。これが女性トイレだったから始末が悪い。
課外授業を欠席させて校長室に呼ばれて、教頭から命令が下った。
『明日から1ヶ月間女子トイレの掃除を命じる』ショックだった。
次の日から、六時限が終わるとすぐにバケツにデッキブラシを手にして女子トイレに出向き掃除が始まった。他の同級生からは罵声と笑い声を浴びながらもマスクをして必死に掃除をした。

各トイレの中には蓋のしてあるバケツが置いてあり、入っているゴミを回収した。
血で真っ赤に染まっているのでビックリしたが、だれか怪我でもしているのだろうと気にもしなかった。
しかし、毎日、毎日蓋のあるバケツの中は血で染まった脱脂綿みたいなものが、いっぱい詰まっていた。H君と話し合った。
これは、相当の大怪我だぞ、先生に言ったほうが良いのかどうか、分からないので、次の日は課外授業を休んで、誰が怪我をしているのか確認しようとなった。
遠くから、女子トイレを見ていたが怪我をしている人は1人もいなかった。
それでも、毎日、毎日トイレの中にある蓋のあるバケツには血に染まった大量の脱脂綿を拾い上げ捨てた。

同じ社宅に住んでいる女子の同級生に聞いたことがあったがバカ!と云って取り合わなかった。結局、意味が分からずに解決しないまま中学を卒業した。

教頭がなんで女子トイレの掃除を命じたのか、いまもって分からない。
何かの考えがあってのことだったのでしょう

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駅の車窓から

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駅の車窓から。
最初に目に付いた時はビックリした。
もしかしたら、駅の名物になっているのでは
これより10日ほど前、白のブリーフが5枚ほど並んでいた。
その時は、あっけに取られてデジカメを出すのを躊躇った
白い下着を堂々と晒すお気持はどんなものでしょう。それほどに気にすることでもないのかも知れない。
しかし、今どきに、白いブリーフを穿く御仁はどんな方でしょう。
日帰り温泉でも滅多にお目にかからないが。

ハンガーに1枚1枚を丁寧に掛けて干すのは几帳面な性格なのでしょう
まさか車窓側に干すことになるとは努々思わなかったのではなかろうか
それにしても、清潔をモットーにして洗濯好きな方であろうと思われる。
まさに、飾り窓の下着となってしまった。

洗濯と云えば。
寄宿舎時代の日曜日は、平時は突如として襲ってくるゲンコツの嵐が止む、ひと時の休息日だった。7時の点呼が終わるとすぐに洗い場のある庭に出てタライを持ち出し、洗濯板を取り出してゴシゴシと下着やシャツを洗いだす。寺子屋は私服であったが、とりわけ奇抜な格好をする者はいなかった。

洗濯が終わりに近づくと、一緒に洗濯をしている同級生と近くにある名画座で3本立ての映画を観に行こうかと話し合っていると、お~、やっているなと声が掛かる。
見ると、抱えきれないほどの洗濯物を持ってニコニコと笑いながら先輩が立っている。
またたく間にタライの中は山盛りとなった。
パンと牛乳のエサ付きであるが、先輩の名の下の脅迫であり強制です。
3本立ての映画も夢と消え、終わってみればもうお昼の時間です。

噴煙を吐き出す桜島を眺めながら明日は楽しく生きられるのか
生きるって難しいな・・・と、思いを馳せていた。15歳の夏。

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無我夢中を考える・・・。

梅雨の合間にはうだるような真夏日が襲ってくる。体中から滲み出る汗がことのほか気持が悪いので日陰を求めてプラットホームに立つ。
冷房車両が滑り込んできた。
いまは、どの車両も冷房車両のような気がするが、ひと昔前の山手線車両は冷房車両が少なく、冷房車両が来るとわれ先にと、乗るために押し合いへし合いの手練を駆使していた。

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新幹線を上野で降りて、山手線に飛び乗った。
上野駅では大量の客の入れ替えが行われ座れた。
微弱の冷房が効いた車内は居眠りがしたくなるほどの心地良さがある。

中央にある席の端に陣取ったのは、長年の閉塞した心によるためで、事が起きたときの咄嗟の行動、脱兎の逃げ足これに限る。小心者の哀れな心理の表れである。

座るや否や前の席に座っている人が目に入り気になった。
年のころなら32~3歳。いま流行の中途半端に伸びきった口ひげとあごひげを蓄えている。
顔の割には唇が薄くて小さいのが気になった。吝嗇で気が弱いが見栄を張りたがる人なのであろうかと、勝手に観相学を始めてしまった。
膝にはメタリックボディで12.1インチのpanasonic let's noteは開かれていて、PCIスロットにはウイルコムの通信カードが差し込まれ接続を示す緑色が点灯している。

何を眺めているのであろうか、半開きになった眼は虚ろに現実を逃避しているようにも見える。目が宙を泳ぎだし顔が揺れ始めた。半開きになった眼もいつのまにか閉じられ、持ち前の探究心であろうか、誰も入り込めない夢の中に探検に出かけられたようだ、顔が傾いたまま止まってしまった。開いたlet's noteの中では動画が勝手に動いているのかも知れない。動画を見ている最中であったなら、肝心のところを見逃しているに違いない。
そのうちに、膝に乗せたlet's noteが膝から落ちるのではないかと心配になってきた。
電車の振動で少しずつlet's noteが動いているようにも見える。
次の動作に備えて、抱きかかえていた無印で買ったトートバッグをそっと足元に置いた。let's noteが落ちてくるのシュミレーションしている私がいる。

周りを見渡すと、中央の席に座っている6人の方はlet's noteを開いて居眠りされている方を除く5人の方はめいめいの携帯を取り出して夢中になっている。誰も入り込めない世界を作っているそんな感じ。

let's noteの隣に座るアキバ系ファッションに身を包んだ女性がいる。脇目もふれずに右手に持った携帯を器用に親指がせわしなく動いている。もしかしたらアキバ系ファッションは隠れ蓑で山手線車両を書斎代わりにしている凄腕のライターではないのか。
いや、もしかしていま流行の携帯小説を書く小説家なのかも知れない。あの著名な「きっこの日記」のきっこ本人の線も考えられるが、ほんとうにそうだと面白い。

その右となりに座っている30代のサラリーマン諸氏も携帯を眺めている。
携帯を持つ指先が動くことはないが、携帯画面を凝視している。もしかして出会い系のメーリングを読んでいるのかも知れない。

メーリングリストがインターネットの主流であった時期があった。niftyのパソコン通信がフォーラムと名称を変えて広く浸透していた。この時のフォーラムはオフ会が盛んでどこを覘いてもオフ会で盛り上がっていた。
いまはオフ会なんて死語なのであろうか。

出会い系を覘いている彼の右となりには赤い紅をした40歳台の主婦のように見受けられる。この女性は買い物帰りなのであろうか松坂屋の紙袋を提げている。紙袋を器用に懐に抱えながら携帯画面を覘いている。
日々の生活が思いもよらぬ重圧から来るストレスを抱えてバイト先の若い男とねんごろになった事が考えられる。
彼からの長い長いエロいメールを読んでいるのであろうか。携帯から目が逸れることはなかった。

ひとつ席を置いた右隣には、ヨレヨレのスーツを着込んだ50歳台の夕暮れ時が似合う男性が座っている。会社の重要な書類が入ったバッグは荷物棚に放り込み、両手で持った携帯に必死にしがみ付いている。百歩を譲っても、この男性にloveメールが来るとは信じ難い。この方が似合うのはアダルトサイトの投稿画像に添えられているお誘い文章を読んでいるように思える。
年恰好で、その方の人生を否定してはいけないが、アダルト以外になにがあるのであろうか・・・私も携帯を眺めていたら100%の確率で、同じことを思われるのでしょう。否定出来ない私がいます。

右端には20歳代と思しきサラリーマンがお二人。
このお二人も携帯から目が動かない。何をみているのか不思議でならない。
着こなしを見るほどに
先入観であろうが、このようなサラリーマン諸氏を見ると、高額収入を謳い文句で集めたノルマの厳しい先物取引の社員ではなかろうかと思ってしまう。
サルバドール・ダリの作品のように、また魔女が履いてそうな先が尖るだけ尖った靴を履いているのを見ると、まともな営業中とは思えない。
先入観ではあるが・・・。

let's noteを抱えた彼は大塚で目を覚まされた。
そして周りをキョロキョロしながらlet's noteを閉じられた。d(゜-^*) ナイス♪キャッチを目論んでいた私はファインプレイの機会を逃してしまった。

文庫本を取り出して読み始める人がいなくなった。
これも世の流れなのでしょうね。携帯の小説は読めるが、本の小説は読めない
なにかが狂っているのかも。

画像は鉄道マニアのページから拾ってきました。

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椿山荘。そして六人の美女たち

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目白駅に立ち空を見上げると、数十年の時を経ているが変わらぬ匂いがした。東京に出てきて最初に作った銀行口座が三井銀行目白支店で合併に次ぐ合併で銀行名こそ変わったが変わらぬ場所にでんと構えていた。
目白には会社の研修施設があって何十回となく呼ばれて研修の名の下でしごかれた、懐かしい場所です。
今日は、会員となって例会に参加しているある研究会の「七夕の夕べ」が椿山荘で開かれるので喜んで参加と相成った。
椿山荘と云えば、若かりしころに講談社にいる幼馴染のY君と連れ立って椿山荘のプールに良く遊びに来ていた。都会の喧騒を逃れて森の奥から乱雑なビル群を眺めながらプールサイドに寝転がっていたのを思い出す。
そのころは、白い水着が流行っていて、プールサイドには白い水着を着た女性がたくさん来ていたが、白い水着が透き通りあたかも透明な水着を着ているように肌が見えたのをやんちゃなY君と目を点にして眺めていた。

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かって知ったる目白通りを椿山荘まで歩くことにした。小さな散策のはじまりです。
目白駅のお隣には、家柄の良さと賢い人が行く学習院大学の正門があります。寺子屋の同級生で二人ほど入って行きました。私には足もとにも到底及ぶことのない高嶺の花であります。広い敷地には学習院のキャンパスが広がり歩道にはみ出した大きな木々の隙間から木漏れ陽を演出しています。

歩道の反対側はガヤガヤと高校生かな、短大生なのかな・・・川村学園から送り出される女性の波が押し寄せるように溢れていきます。空から眺めるとまるでアリンコのように蠢いて見えることでしょう。

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学習院を過ぎると、そこは千登世橋があります。千登世橋から下を眺めると交通量の多さで有名な渋谷⇔新宿⇔池袋を結ぶ明治通です。交通標識の看板を見てはじめて明治通りが国道でないことを知りました。都道なんですね。ビックリでした。
いつぞやは深夜に違反の警告を受けて切符を切った目白警察署の警官と衝突した坂がありました。東京で一番の急坂「のぞき坂」は健在でした。町会長を介して違反をもみ消したのは悔しさの現れでした。

護国寺方面の看板が見えて来ました。
真言宗護国寺の近くの閑静な住宅地に社員寮がありました。寮の規則に沿って真面目に生活して漠然とした将来像を描いていましたが間抜けな将来像が現実となった今があります。
そうそう、社員寮の側には、今では知る人も少なくなったでしょうか右翼の総本山日本愛国党の本部も近くにありました。愛国党と云えば、時の社会党委員長浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢がいました。危険な17歳と騒がれ彼は愛国党の党員でした。日本全国がその驚愕事件に喪に伏したと聞きます。

護国寺方面の標識を過ぎると極端に交通量は少なくなります。
左手にはマンション風な建物の日本女子大学が見えて来ました。商社にいる時分に関連会社が抱えている在庫の商品を持って日本女子大学の生協に場所を借りて販売したことがあります。押し寄せる津波のようにワゴン目掛けて女性の波が来るかと思いきや、ワゴンを素通りして隣の食堂に入って行きましたね。
けっこうブランド品だったのですが、ワゴンで買うことはプライドが許さなかったのでしょうね。涙に暮れて会社に引きあげ上司の説教をうわの空で聞いていました。

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でました・・・。
田中家のお出ましです。田中角栄が一代で築いた広大な屋敷です。想像を超える広さです。しかし門はしっかりと閉ざされていました。隣の敷地には緑豊かな公園が広がっていましたが田中角栄死後の相続税を土地で別納した場所です。広い公園には4~5人の方が屯されていました。

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田中家を過ぎると椿山荘がオアシスのように現れてきました。
緑豊かな椿山荘の庭園です。
○○研究会「七夕の夕べ」には時間もあり、庭園の中を散策しました。
覆い茂った木々の間に流れる小川のせせらぎには平家ボタルが棲みついて夏の夜を楽しませてくれるそうです。
今宵は、ホタルのショーを観る事が出来ると良いですね。

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そして今日一番の出来事は・・・。

散策の途中に、六人の美女に呼び止められ記念写真のカメラマンを仰せつかりました。美女を前にしてシャッターを押すのは手が震えます。
気持を冷静に保ち、ようやく差し出されたインスタントカメラをガチャと押しましたが、果たしてきれいに撮れたでしょうか。ボケてないと良いのですが。
ついでに、私の持っていたデジカメでも美女図鑑のひとコマとして撮らせて戴きました。
了解を得てブログに載せますよと云いましたが・・・検索「椿山荘」で果たして、このブログまで到着して戴けるのかどうか不安です。
六名の美女図鑑の拡大画像、お気に召して戴けたら是非にダウンロードしてください。
画像クリックで960×640サイズの拡大画像になります。

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虫さんとお風呂に入る

薄い雲が覆い被さるように低く立ち込めている。
山並みはぼんやりとガスがかかりおぼろ風景です。

日本海沿岸に発生する独特の空模様です。秋田美人とか越後美人とか云われるのは灼熱の夏でも狭い日本海からの海風が雲を形成して立ちこめるので直射日光が少なく紫外線にあたる割合が少ない。そのおかげで肌が白いせいなのかも知れない。
もち肌とは・・・そんな感じでしょうか。

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大きな葉っぱに囲まれた蓮池にもようやく花が咲き始めました。
一輪、また一輪とすくっと伸びた花芯に凛とした姿で花の蕾がおでましです。
そろそろお釈迦さまの出番かもしれないですね。
蓮の花から地獄の様子が見えるころでしょうか。小さな小さな虫たちはお釈迦さまの世の営みを知らせる情報源なのかも知れません。
むやみにパチッと虫たちを殺してはいけないような、そんな気持にさせてくれます。

せっせと受粉活動に余念がないミツバチたちが叛乱を起して突如いなくなったようです。集団自殺もあったとか。報酬もないまま過酷な労働を強いられ、イワンの馬鹿に相談をしたのでしょうか、骨休めでいっときの休息をとっているであれば良いのですが。
ミツバチたちが団交を迫り労働協定を訴えるミーティングに耳を貸さず、人間たちは強烈な網を持って、今日もミツバチたちを追いかけます。ミツバチたちは羽根を震わせながら無報酬で働いています。
蜘蛛たちもいなくなりましたね。
枯れ木や伸びた草むらに巣を張る蜘蛛を見つけることが出来ません。
異変を察知したかのように虫たちが姿を消しています。

山の中腹にあるホテルにのんびりと温泉にきました。
美肌をつくると評判の温泉です。

さほど大きくない露天風呂には遠くからお見えの方と話をするのも楽しいひと時です。
笑いが湯船にこだまする。まさに一期一会の出会いである。
檜で作った露天風呂が360度のパノラマを展開する。
心地よい、ひんやりとした風が頬を叩き、湯船に浸かると女性の露天風呂との境に、小さな可愛い看板を見つけた。
『虫さんも 葉っぱさんも ふるやのお風呂が大好きみたい。そっと逃して頂ければ幸いです』と書かれている。自然を大事にする心遣いが伝わって来た。
虫さんも温泉に浸かり、英気を養うのであろうか・・・。

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そうそう。
このホテルには招き猫ならぬマスコットの猫がいます。
その名も「花ちゃん」
花ちゃんは、ホテルの社長夫妻がお墓参りをしている時に出合った。
怪我をして動けない花ちゃんを見つけて、すぐに動物病院に駆け込んだ。
だから、生まれてすぐに交通事故に遭った花ちゃんは前足の1本がありません。
でも、元気になって終の棲家を見つけた花ちゃんはホテルのマスコットです。
花ちゃんが来てからと云うものホテルの経営が右肩上がりと聞いた。

ひめ~!
寝てばかりいないで・・・・
福の神を連れてきてちょうだい!

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旅の助さんが壊れた

旅と云えば、助さん角さんのお供で重宝していた助さん役のMP3オーディオプレーヤーが寿命を迎えた。ちなみに角さん役はデジカメ。
前回、収集できない粗大ゴミを出して失笑を買ってしまったので、MP3オーディオプレーヤーを聴きながら細かく解体していった。
耳からは心地よい音楽が流れていたが、だんだんと音が小さくなり音は途切れてしまった。
電池切れかと思い、充電器に入れると「電池を入れてください」の警告が表示された。電池が入っているにも関わらず充電できない・・・。
もしやと思い、電池を外して電池の残量を調べると針が動かない。
電池が終わっている。よくぞここまで持ってくれたと感謝すべきなのか、電池よ!おまえも私から去っていくのかと泣き叫ぶべきなのか。

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このMP3オーディオプレーヤーは初期のiPodから始まって3代目のMP3オーディオプレーヤーで、この型が一番使いやすくて愛用した。
まだまだ使えると思い同じ型番の電池を探すことにした。しかし

使いやすかったMP3オーディオプレーヤーD-snapは、音楽再生機能としての目的は達せられたとして生産は中止しMP3オーディオプレーヤーとしてのD-snapは終りを告げたのです。販売終了の憂き目にあっているD-snapの電池だけを探すとなると、電池だけ生産しているとは考えにくい、同じ生産中止の運命をたどっているだろうな。

同じ型番の在庫放出でしょうか割りと多く出回っていた・・・が、高い!
3,800円もします。この値段だと最新のMP3オーディオプレーヤーが買えそうです。

いまやMP3オーディオプレーヤーとしての地位はiPodの寡占状態をウォークマンが後を追いかけて虫食い状態にして詰めていると云った構図になっています。
しかも、いまのMP3オーディオプレーヤーの人気機種は音楽再生だけではなくてテレコの役割もりっぱにこなしTVからの動画も取り込めるオールマイティの優れものです。
しかし、
そんな多機能はいらないんです。MP3の音楽が再生できればそれで十分なんです。
さてと音楽再生だけの次なる機種を探すことにしますが、いまの機種はフラッシュメモリが内蔵されているのばかりです。
D-snapで集めた600曲にも及ぶSDカードは使えないようです。ガクッツときます。

入っている曲と云えば。
主なもので云えば、マイルス・デイヴィス、ケニー・ロジャース、ビートルズ、ローリングストーンズ、ドリス・ディ、モーツァルトのピアノ協奏曲、ちあきなおみ、ユーミン、ジャンゴ・ラインハート、セルジオメンデス、ダスティ・スプリングフィールド、美空ひばり、井上陽水、高橋真梨子がセレクトされて入っているが、一貫性がなくもう目茶苦茶の取り込みで訳が分かりませんが比較的JAZZが多いでしょうか。
その他に城達也のジェットストリームだけは全曲170曲が入っていて疲れている時に聴きたくなる。
『ソルヴェーグの歌』のJAZZバージョン

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IDが停止されている。

ネットワークに関連してどうしても必要なある型番のパソコンを1台探していた。
すでに2年前の商品でとうに販売期間は終了しているので中古市場で探すしか方法がなくyahooオークションで検索すると1台だけ出品されていた。ラッキー。

状態を画像で確認してスペックをくまなくチェックした。入札履歴はすでに25人を越している。市場を探しても、型番としてはこの1台だけの出品が希少価値となり似非を含めた玄人筋が目を付けているなと、そんな感じだった。
ある意味ではネットワークを構築するには都合の良い型番。

内容としては上の下と云った感じでしたが、先ずは手に入れない事には話しになりません。他に手立てがないために間違いなく落札できる想定以上の金額を入札として入れた。
まさに清水寺から飛び降りる覚悟の金額だった。
深夜が落札終了時間だったので、横になり運を天に任せて目を瞑り、お呼ばれするままに夢の世界にまどろんだ。夢の世界は、真新しい木の温もりを感じさせる白木の香りが漂う屋敷が舞台だった。大きな屋敷で至るところに腕の良い職人が手間暇掛けて作ったのであろう、どの部屋にも絢爛な欄間が飾っている夢を見た。そしてトイレに行きたいがどこにトイレがあるのか分からずに悶々としている私がいた。

果たして夢のお告げは吉と出ると凶とでるか。

急いでいた事もあって、夜明け前に起きるとすぐにPCのスイッチを入れ落札を確認した。予想以上の高値であったが余分に入れたのが功を奏して何とか落札した。
送付方法が着払いだったので、すぐにyahooかんたん決済にて落札金額を処理して出品者からの連絡を待つことしばし。
取引ナビを利用して早急に必要だとメッセージを入れて会社に出かけた。
順調に行った。と思っていた。

午後になり取引ナビにメッセージが入っていた。
yahooかんたん決済の入金を待って商品を送ると書いてあった。
エ~何のためのかんたん決済なんだと怒りがこみ上げて来たが、しかたない待つことにした。仕事の段取りがチョットだけ遅れることになった。

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6月29日。
かんたん決済の入金がされて送ってくれたかな・・・などと待つ身の辛さを演じていた。落札したオークションページを開いた、その瞬間!唖然となった。
出品者のIDが停止中と表示されていた。
大枚に羽根がついていて飛んで行く そんな感じを思った。

これは、困ったことになったぞ。すぐにyahooにトラブル情報としてメールを打った。時間がかかるかと思われたが、思いのほかすぐにyahooから返信が来た。
ID停止中の内容は教えられないが、連絡掲示板を公開するにしてメッセージを入れて欲しいと書いてあった。
すぐに掲示板に書き込んだ。『商品を送っていただけるかどうかの連絡が欲しいと・・・』半日待ったが、ナシのつぶてだった。
夜になり、再度、掲示板に『連絡がないことで、次なる手段に訴えます』とメッセージを送った。
評価の書き込みを行い「非常に悪い出品者」として評価した。

そして、矢継ぎ早にyahooに事故報告を行い警察に訴えるかに、訴えると答えた。
先ずは出品者に事故報告を受け取った旨の連絡が行くようだ。

諦めていたが予定より2日遅れの7月2日に商品が届いた。
どんな事情があったのか知る由もないが、連絡だけは欲しかったな~。
早速、掲示板に感謝の意を伝え、送ってくれたので評価を『良い』に訂正した。
3日の今日、システムの補充が効いてりっぱに稼動している。
大枚をはたいた分のストレスが溜まった数日間だった。

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弁当バイキング

どこに行っても過当競争で凌ぎを削っているコンビニの今日あした。
市街地のドーナツ型に地域道路として結んでいると、どこにでもあるようなコンビニの看板が見える。寄ってみるとワイン専門店かなと思うほどに新しいワインの入荷の旗が翻り、入口には大きく、毎月恒例で開かれているワイン試飲会とワインのうんちくを覚えるワイン教室の案内が貼られている。
ただ、普通のコンビニにはない、ある特色を持っているコンビニだった。

先日も、鮮度を保つ為に廃棄処分される弁当が問題になり、公正取引委員会が排除措置命令を出したことで廃棄処分の有無はコンビニのオーナーの判断に一任されることになった。
閉店時間ギリギリに行って、割引シールが貼られて目指す食品を手に取ると笑みがこぼれてしまう。ほくそ笑むことを周りに悟られているのではと、一瞬周りを見渡してしまう 気の弱い小市民です。
廃棄前の食品・弁当は嬉しいものです。

前は、半年に一回ほどだったセブンイレブンの100円おにぎりも、最近は毎月行われている。最初のころは、物珍しさと割安感もあって買って食べたことがあったが、さいきんは買うこともなくなった。好きな具である「おかか」がないのが買わない理由なのかも知れないです。
しかも、棚にうず高く積まれたコンビニの弁当は殆ど買ったことがない。
弁当を食べたいなと思うと、先ずは近くにホカ弁があるかどうかを考えてしまう。
出来れば、あったかい弁当が食べたくなる。

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地域の幹線道路に面したこの店は弁当に並々ならぬ意気込みが感じられる。
店内に入ると正面の大きなテーブルに『弁当バイキング』のPOPが目に付く。
グラム単位で値段が決められる弁当なんです。グラム13円。
好きなもの、欲しいものだけを取り分けてパックに詰め込み、ごはんも私の好きな、きのこ飯のほかに豆ごはんに白米と3種類が用意されいます。
取り過ぎたかなと思って計りに乗せても、だいたい400グラムほどで満腹になります。そして、食べ残しがないのが良いですね。

2年ほど前に、弁当バイキングを見たときには果たしてどこまで続くのかなと思っていたのですが、何となんと弁当バイキングは人気を呼んで、ガラスで仕切られた厨房の中でせわしく働いている方の顔は肌に艶があり汗が光ってみえます。
研鑽された日々味の追求は、日ごとに美味しさが増して口伝に人を呼び込み、満足感を与えているようです。
他のコンビニで弁当を買ったことのない私は、すでに何回となくパックに詰め込んで胃の喜びを感じています。

東京に居たときに仕事が遅くなり、いつも馴染みの定食屋「あほう鳥」で食べていた。
このあほう鳥こそバイキングの定食屋さんで7種類ほどのおかずが山に盛られていた。好きなものを食べて500円均一は嬉しかった。

学食も社食もバイキングみたいなものであったが、お腹を満たす為で、あまり美味しいと感じたことはなかったように思う。しかし学食の安さは最大の魅力でカレーが30円だった。

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