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永平寺。

大晦日恒例のNHK紅白歌合戦が終わり、新しい年の始まる午前0時の時報と共に映し出されたのは深々と雪が降り、降り積もった雪に囲まれ静寂を打ち破る永平寺の鐘の音。ゴ~ン。
憧れの場所となり永平寺は脳裏に刻み込まれた。

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曹洞宗大本山永平寺は、いまから約760年ほど前の1244年道元禅師によって開かれた座禅修行の道場です。部落にでて托鉢で恵みをいただく雲水としての姿はキリリとして美しくもあるが、雪の上を足袋も履かずに草鞋で素足を結んでいる。
午前三時起床を常とする生半可な修行ではない。

あるお寺で座禅に参加したことがあるが、丹田に力を蓄え、精神を集中しようとすればするほどに迷いごとが脳裏を飛び交い、いつしか闇夜の中に光るぼんやりとしたモヤは催眠を誘発する光となり眠くなった。
額にある三つ目を集中すれば前頭葉を刺激して良いとも聞くが、赤や緑のぼんやりとした光が出てくると、ダメだ・・・眠くなる。
あまつさえ長時間の胡坐がかけないときた。
胡坐はお尻が痛くなる。疲労でお尻が凝るのはこのせいなのかも知れない。

朝もやのかかる平野は、一面そば畑で白くて可憐な花を咲かせている。
そば処で有名な信州戸隠でもこれほどのそば畑を見たことがない。晩秋と初冬の入り混じる11月になると、新そばの看板がいたるところで見かけることになる。取りあえず永平寺そばは食べなくてはいけないようです。

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深山幽谷の地は静寂さが漂い200名の修行僧を抱えた座禅の寺、永平寺は連休の最終日にも関わらず、観光客でごった返している。吉祥閣で僧侶の参拝におけるお約束を聞いた。僧侶の格好は人々の影として佇むのであろう、風が吹けば舞い踊りそうだ。これほどに黒装束が似合う人もいない。
長く続く廊下、天に登りそうな階段は軋む足音が聞こえない。隅々まで行き届いた掃除でチリひとつ落ちていない。ひとつひとつに重要な役目を持っている伽藍は迷子になりそうだ。
心の拠りどころとしての教えを説く永平寺に来て心静かに手を合わせる。
そして、永平寺の聖域にいる間は、修行僧と同じく規律を重んじる約束事があった。
カメラでの撮影は撮影禁止場所はありませんがフラッシュは止めてください。修行僧の撮影は止めてください・・・とあった。が、薄暗い部屋で威容を誇る達磨大師を撮るフラッシュの嵐があった。
修行の心得を聞いても、平常心として気を遣うことがいかに難しいことなのか。

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人の波に揉まれての参拝であったが、一度は行ってみたい永平寺参拝が叶った。願わくば、人気の少ない雪の降り始める12月にもう一度、参拝の機会を探したい。
この日の、永平寺は大きな法要が執り行われていた。それはそれは、法要に参列される親族の方の厳かな面持ちに、思わず手を合わせてしまった。
観光客で人ごみの中にあって、ひと際、明るい花が咲いたように和服のご婦人が大勢いらっしゃった。表千家の茶道の会が開かれていたが凛とした姿は鶴のようでもありました。やはりお寺さんは和服が似合う。

本堂に深く一礼して参拝を終えた。
吾が地元に、全国から善男善女が牛に連れられ集う善光寺がでんと構えているが、同じお釈迦さんの教えでありながら、修行に導く作法が違うのか、まったく異質の仏閣に見える。半端人間としての心を持つ私は、永平寺の修行が必要なのかも知れないが、軟弱な心は直せない。
また・・・祈念参拝として再び訪れる日は来るのであろうか。瓦志納金の寄付をして永平寺を後にした。合掌。

--------1枚だけピンボケ画像?---------
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マリンスポーツを観戦する

東尋坊を後にして三国海岸を走る。
今宵宿泊する芦原温泉に一直線です。以前、慰安旅行で芦原温泉「法師」に宿泊した。アンケートを取ればご婦人は押並べて30人が30人とも法師にまた来たいと云った。
ご婦人の心を揺さぶったもてなしは、どこにあるのか。
湯舟に浮かんだ無数の檜の玉には感激した。

三国海水浴場が目に付いた。
海には色とりどりのブイが浮かんでいる。何かのイベントが行われているのか、興味津々で浜に降り立った。
浜辺にはたくさんのテントが設営され、水上バイクが一列に並んでいます。その数、ざっと20台。青いビニールシートの上では、三脚に望遠レンズを装着したカメラがズラリと並び潮風に吹かれて時を待っている。

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スタートしました。
もの凄いスピードです。波が荒立ち白い飛沫が塊となって飛び散り、水上バイクは猛然と砕け散る波に向かって走り抜けていきます。
決められた色とりどりのブイを目印に駆け抜けて行く。
何週するのであろうか。果敢にチャレンジして横転する者もあるが、再び乗り込んで爆音を響かせる。
耐久馬鹿と描かれたT-シャツを着込んだスタッフが鐘を鳴らしている。
これは、水上バイクの耐久レースなのか。

観戦としては面白いマリンスポーツをはじめてみた。
砂浜には砂上を走る4輪バギーが待ち構えている。

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10周は回ったであろうか、フラッグが振られた。
優勝者が片手を空に向けて雄叫びを発する。練習の成果だったのか、抱き合って喜んでいた。

高所恐怖症でパラグライダーで空を飛ぶことは出来ないが、少しばかりは泳げるで水上バイクは挑戦しても良いかな・・・。
水飛沫をあげて楽しいスポーツ観戦だった。
明日は、念願の永平寺参拝です。

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東尋坊の岩場に立つ

加賀ICを降りた。
加賀市大聖寺はすぐ近くだ。大聖寺では号泣して男泣きした思い出がある。
大聖寺の地名を見たり、聞いたりすると心奥深くに閉じ込めてある蓋が開く。切ない青春のひとこまで運命の扉だったのかも。

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日本海の荒波に揉み砕かれた奇岩を見たい一心で東尋坊にやって来た。
自殺の名所と謳われ不名誉な観光地で心霊スポットとしては、全国にその名を馳せている。東尋坊入口の看板を見て右折すると、駐車場の呼び込みの人が通りまではみ出して手招きしている。
あたかも、官能の街吉原で客引きをしている人を思い出してしまう。ついつい誘われて入ってしまうんだな・・・これが。

どの駐車場も満車状態、それでも駐車させようと必死になって手招きする。一台幾らかの成功報酬制度システムなのかも知れない。角地の空きを見つけて駐車する。
係員に500円の駐車料金を払っていると、どこからともなく救急車のサイレンがけたたましく聞こえてきた。
係員「今日も、またか・・・」
係員「最近は毎日ですね。人が見ている見ていないに関わらずほぼ毎日ですわ」
係員「死ぬ気になれば、何でも出来るだろうに」と呟かれた。
ビックリした。

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有名な岩場にやって来た。
大勢の観光客で、岩場を見に来たのか、岩場にいる人を眺めに来たのか・・・。
凸凹した奇岩の塊がゴロゴロとしているが、テレビドラマのサスペンスで映し出される東尋坊の岩場に立ち、荒波と強風の中で殺人犯を追い詰めていく。場所はどこだろう。
あまりの人混みでドラマのような岩場の恐怖が湧いてこない。

その人混みの中で、ダイビングを強行された場所を子どもたちが恐る恐る覗き込んでいる。先ほどの、救急隊員の方がダイビングされた方を毛布に包んで運ばれていた。
命とは、こんなにも儚いものなのか・・・。
もう何年前になるのか、東京と埼玉とのあいだの高島平に大きな団地が出来た。当時は、近代設備を整えた団地として評判になり応募が多くて、いつも話題を浚っていた。
近代的な高島平団地は明るいニュースとは裏腹に暗の部分で自殺者が後を絶たなかった。毎日、自殺者が出た。
それでも、自殺者を調べてみると高島平に住む方は一人もいなかった。
遠くから高島平に来て命を絶った。
霊が霊を呼ぶ自殺の名所になったが、いまは金網を張るなどして自殺予防している。

東尋坊にも・・・。
早く、早くお出で、早くいらっしゃい!と呼ばれるのでしょうか。
死神に憑かれた方には、周りの目は気にならないのでしょうか。
自殺者が出ると分かっている場所に柵はない。
観光としての東尋坊に柵は邪魔なのでしょうね。
考えさせられた。

東尋坊で撮りこんだ画像を丹念に調べようと思っています。
オーブやら霊魂が写りこんでいるかも知れない。

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白山の空に舞う

白山比咩神社の参拝を終え空を見上げると色とりどりのパラグライダーが空を舞っています。地元の方に獅子吼高原に行くとパラグライダーの基地があると云うのでゴンドラに乗って頂上へ。

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獅子吼高原はパラグライダーのメッカで全国からスカイスポーツファンの憧れの地として評判の高原。
パラグライダーの基地から眩いばかりの眼下を眺めると白山比咩神社に流れ込む手取川の清流が大河のように蛇行して水耕田に恵みを与えているのが見えます。
人工芝が張られて角度のある斜面には、パラグライダー一式が納められた大きなリュックを無造作に置いて、10数名の方が談笑している。命綱であるパラグライダーに付けられた1本1本の細い糸を入念に動作を確認して準備に余念がない。
ベテランの係員であろうか、風力計を手に持って信号を出されている。

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ある方は、二人で飛ぶために金具の止め具合をチェックされている。怖くないのかな。
パラグライダーの羽根が人工芝に敷かれました。吊り糸を動作を確認して体に装着された。風が下から吹き上げてくると
フワァ~と羽根が広がって浮き上がりました。
指導員の方が羽根の広がりを瞬時に確認されています。大きな声で『テイクオフ』の掛け声で少し走ると浮きました。
まるで魔法のように空高く鳥になって舞っています。気持良いでしょうね。尊敬します。

カルト集団オウム真理教は修行によって浮遊術を試みたと云いますが、修行の方法が間違えていたのでしょうね。パラグライダーの羽根を付ければ修行する必要もありません。

私は飛べません。飛ぶことで1億円の報奨金であっても拒否することになる。
テイクオフの掛け声で心臓麻痺で急死まちがいなし。
しかし、学生のころにこよなく愛読した、ちばてつや「紫電改の鷹」には憧れた。ゼロ戦の操縦士になりたかった。矛盾した心ではありますが。

2009年11月21日公開の青春映画「Rise up」はパラグライダーを題材にした映画のようです。
この地でロケが行われたとポスターが貼ってありました。

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先ずは白山比咩神社に

12年ほど前になるのか、気学の達人がいた。そして、その達人から指令を受けた。
暦と気学を組み合わせた方位学で恵方参りとして金沢にある白山比咩神社に参拝されたしと相なった。
境内に隣接した場所で宿泊し、朝は参拝客が来る前に本殿でお祓いを受けると吉。帰りはどこにも寄らずに一目散に自宅に戻るようにと。ご託宣を受けた。

その頃は、新規の大きな取引を目前にして準備やらで大忙しだった。必要とされる設備も整えていたが、果たして大きな成果が得られる取引なのかと不安が顔を覘かせていた。胸中察するものがあり気学の教えに頭を垂れた。
結果として、スムーズな取引が開始され、悩んでいたことが嘘のように心は晴々となりことは順調に進んだ。方位学の教えは忘れていた。

いつしか、もう一度、今度はゆっくりと白山比咩神社にお礼の参拝したいと望んでいたが、なかなか思いを遂げることが出来ずに12年が過ぎた。

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仕事の都合上なかなか連休が取れないので、作為的にコントロール表を改ざんしてシルバーウィークを満喫することにした。先ず第一の目的として永平寺の参拝を基本に考えて旅先の行程を練った。

渋滞情報が刻々と流されるなか、あえて火中の栗を拾うかのように朝早くに北陸道に乗った。普段の北陸道は赤字路線で静かでのんびりと走るが、割引料金のおかげで、断続的に続く大小あわせて26のトンネルの中は、数珠繋ぎになり速度が落ちている。トンネル内の事故だけは避けたいと思いつつハンドルを握る。トンネル内のノロノロ運転は仕事で駆け抜けるトラックドライバーのイライラが目に浮かぶ。
予定より45分ほど遅れて金沢西ICで降りる。一路白山を目指す。

白山比咩神社の奥の院のある白山は薄い雲が覆い被さり頂上を望むことが出来ない。
白山比咩神社は日本各地にある白山神社の総本山で、北陸鎮護の大社とある。
12年ほど前に来た時に立ち寄った宝物殿で、京を追われ一ノ関に向う義経一向が立ち寄り道中の安全を祈ったとされる請願書を見た。
800年ほどの年月を経て、義経がこの地に立ったんだと思い馳せた。
義経一向は、このあとすぐに安宅の関で富樫氏の詰問にあい、弁慶の勧進帳となるが、白山比咩神社での無事を祈った請願書で神は助けたのか・・・。

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などと思いつつ白山比咩神社に到着。
大鳥居まえに広い境内は駐車場として開放され車が並んでいます。大鳥居で一礼して境内にはいる。数百年を越す杉の木が天に向ってまっすぐに伸びている。
本殿では、お祓いが行われていて、十二単に着飾った数名の巫女さんが踊っています。天女の舞でしょうか。
12年前にも下座に座りお祓いを受けた。この時も巫女さんの舞いを静かに眺めていた。
天岩戸ではアマテラスがスサノオの傍若無人に怒り、岩戸の中に引き篭もられた。世界は一瞬にして暗闇となり、神々は一計を講じアメノウズメが全裸となって踊り狂った。
アメノウズメの踊りが功を奏して天岩戸は開かれ世の中は明るくなった。

巫女さんの舞いもアメノウズメの踊りと同じなのであろうか。
悩みや悲しみが舞いで軽くなれば嬉しい。

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神拝詞を取り出し大祓祝詞をあげる。
お礼参りです。
読み終えた神拝詞に、ご朱印を戴いて白山比咩神社への参拝を終えた。
境内から山を見上げれば、三つ四つのパラグライダーが空を舞っている。

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ゴルフに興じる

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気のあった仲間たちとゴルフに興じる。

厚い雲が覆い被さって妙高山の頂上を捕られることは出来ませんでしたが、緑鮮やかな木々が裾野に向って広がっています。
青空を遮る曇り空はゴルフに興じるには最高です。ひんやりとした風が心地よい。
シルバーウィークの休みとあって沢山の方がお見えになっています。

成績もまぁまぁと・・・
楽しいゴルフでした。
終わってみれば温泉に浸かり笑みがこぼれた1日です。

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久しぶりのご対面

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薄暮に合わせるかのように閑散とした通りにも街の灯がぼんやりと点いた。
早足になり遅刻かと思いきや、何とか開店時間に滑り込んだ。
この時間になると、半袖のポロシャツでは寒さが身に沁みる。薄いジャケットを羽織り、モバイルPCの入ったバッグを片手に店内に入ると『予約席』のプレートが何席にも置かれている。
この店は、予約席が多くて何気なしに扉を開けて入ると無下に断られることもある。
しかし、入口にぶら提げられた「空席あり」を先ず視界に入れると、何故かホッとする。

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イタリアンをベースにした居酒屋です。
無線のネットワークが構築され自由にインターネットに接続できる環境にしてある。すぐ近くにNTTの支局があるために、フレッツ光が蔓延していく中で忘れ去られたADSLがフレッツ光並みの速度で接続できる。
オールドでの水割りをお願いして、おもむろにモバイルPCを開けて接続の確認をする。youtubeの音声だけを拾うことが出来ないでしょうか、との質問があったので、音声だけを取り出すソフトを摘まんできて実演する。
無事、音声だけを拾うことが出来た。拍手が起きる。
これで、水割り3杯ほどは成功報酬として楽しく飲めそうです。

待ち合わせの友がやって来た。
自動ドアのガラスがドンドンと音を立てているので、なにごとかと目を凝らすと寄り添うように黒い塊が見える。黒い塊に見えたのは気品ある黒い肢体さらけ出したラブラドールのジャッキーが棍棒のような尾っぽでガラスの扉を相手に往復ビンタを繰り返している。家庭にあるガラス戸だったら、とうに割れている。
ジャッキーとは久しぶりのご対面です。顔をナデナデしてしまいます。

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同伴できるかどうかで、予約の少ない日を聞いて予約を入れる。ボケ写真です
犬の同伴を許してくれる飲食店は少ない。犬を見て・・・可愛いとは思いつつも、体をブルンと揺らすたびに無数の毛が飛び散ってしまいます。出来立ての料理に、目に見えないふりかけが掛かる恐れがないとは云えない辛さがあります。
しかし、トレーニングされたラブラドールのジャッキーは定位置に座るとすぐに、ご主人の「おやすみ!」の言葉に体を丸めてスヤスヤと眠ってしまいます。
大型犬の寿命は10年ほどでしょうか、危険水域に達したジャッキーの目は弱々しく感じましたが、ご主人の手厚い保護のもとに、いつでも一緒です。
いつまでも元気でいて欲しい。

ジャッキーのご主人である友人の紹介で、ある英文の招待状が届いた。辞書が必要のようです。
友人は現在使用している優れものDropboxの良さをこんこんと説明してくれた。聞きながら水割りのピッチが早くなってしまいました。

We're excited to let you know that Kenichi morimoto has invited you to Dropbox!
Kenichi morimoto has been using Dropbox to sync and share files online and across computers, and thought you might want it too.

まぁ、ドラエモンのどこでもドア的でどこにいても保存したファイルが使えるようです。

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銭湯気分で

初秋より晩夏の響きが好きです。
今年の夏は、梅雨が明けずにシトシトと湿気の多い日々が続いた。
八月に入ると遅い梅雨が明けましたが、すぐに赤とんぼが待つ旧暦のお盆を迎えて里帰りが始まります。流行の走りとして何事も先に先にと進むファッションの世界には晩夏の定義があります。夏素材を使い秋色で秋のデザインと決まっているようです。晩夏は秋冬を占うファッションのパイロットなのです。
そんな郷愁に誘われる晩夏はやって来ませんでした。
いっきに二段跳び、三段跳びして秋がやってきた感じです。

Monzen

人肌恋しい秋の深まりのようです。
車に乗って2~3分。1500メートルから汲みだされる掛け流し天然温泉は、まるで銭湯のように肩にタオルを掛けて下駄履きでお見えになる、そんな雰囲気のある温泉があります。
390円の入湯料で中に入ると、高い天井に向って湯気が立ちのぼっている。温度調節のダイヤルが壊れているのでしょうか、いつ来てもお湯が熱い。
汗をかいた夏場に来ると湯船に入るには気合と勇気がいります。まるで罰ゲームで熱湯地獄のクジを引いたようです。
湯舟の縁に座って足だけ入れている方を良く見かけます。
それほどに熱いのです。しかし、肌寒さを感じる秋の季節になると、この温度が気持が良いですね。鼻歌でもでそうな良い湯加減です。
カランには流しっ放しの温泉が出るシャワーが付いていてありがたい。そんな贅沢な温泉であっても使うつどにシャワーを止めてしまう、典型的な小市民の姿があります。

銭湯といえば
独身寮を追い出された私は大手出版社に勤める幼馴染が住む6畳一間のアパートを借りた。風呂の設備がなくて、近くの銭湯に通った。閑静な住宅地にある、このアパートには、ある芸能人の卵も住んでいて顔を合わせれば挨拶だけはした。気がつけば夜な夜な現れるどこぞの紳士がエスコートしていた。
同じ1階に住む幼馴染の友人と洗面器を抱えて銭湯に向うのを日課にしていた。
銭湯の暖簾をくぐり、いの1番、ろの2番、はの3番と、いろはで書かれた木札がロッカー番号となり情緒溢れる下町の銭湯そのものです。

湯舟の上には富士山の絵が大きく描かれ、あたかも富士五湖に浸かっているようで、タオルを頭に乗せて汗をかきかき顔を真っ赤にして呻っている地元の方は鼻歌も上手かった。
番台の横には、銭湯の定番とも云うべきフルーツ牛乳が置かれていて、右手を腰にあてがいグググッと飲み干すと幸せを感じたものです。外に出ると温まった体に秋風に吹かれて心地よい。
なぜかしら、銭湯の近くにはおでん屋さんがあるんですね。
必ず寄りました。カウンターだけのおでん屋には頭から湯気をだしている銭湯帰りの人ばかりです。卵に大根、こんにゃく、はんぺん、巾着を多分に頼んだと思います。
なにしろ、おでんと云えば、卵、大根、こんにゃく、はんぺん、巾着をこよなく愛します。

お風呂に酔い酒に酔って、外に出るとアパートの2階に住む可愛い芸能人の卵と連れ立った恰幅の良い紳士が洗面器を持って出会うこともたびたびに。
友人は、恰幅の良い紳士に出会うたびに洗面器を高く掲げ顔が分からぬようにすれ違うのです。顔を知られては拙い何かがあるのです。出世に響きます(笑)
憧れの対象であった芸能人の卵が・・・と妄想を抱いた。

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行方不明の「峠の釜めし」を見つけた!

吸い込まれそうな青空に無数の千切った雲が広がっています。
昨夜の雨で、肌に伝わる寒さが日増しに感じる。
遠くから運動会の案内を知らせる花火の音も耳に伝わる。

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商圏30万人の胃袋を扱う、青果市場と魚市場が共催する秋の野菜・魚まつりが行われていた。九時の開店に遅れをとるかと八時過ぎには車の渋滞が始まり、財布を握りしめ並んで九時の開店をいまや遅しと足を鳴らしている。
高級魚でお馴染みの日本海ノドグロが3匹一皿1,000円とは安い!

「峠の釜めし」の幟を見つけた。
ひっそりと、隠れるようにオレンジ色の幟がはためいている。
懐かしい駅弁の登場です。長野新幹線が開通する前の特急あさまが唯一の交通手段だった信越本線で難所碓氷峠を登る為に上りは軽井沢、下りは横川駅で車両を連結する待ち時間を利用して横川駅で販売していた「峠の釜めし」は信越本線の名物でした。
なにしろ、全国駅弁大会で常にベストスリーに入る超人気がおぎのやの「峠の釜めし」です。

Kamameshi

長野駅始発6時15分の特急あさまに乗り込み、3時間かけて東京に到着します。
もうクタクタです。
大手町・新宿・千駄ヶ谷をひと回りして5時25分上野発特急あさまで長野に戻る、日帰りの出張が毎月2回で3年ほど続きました。

高地で盆地とくれば、もう冬の寒さが半端ではありません。凍え死にそうです。
人類が滅亡しても生き残ると云われるゴキブリが死滅する寒さです。
ガタガタと足を震わせて始発に乗り込み、すぐに温かいコーヒーを口に運ぶと生きている実感を感じます。

帰りの電車は、営業で動いて棒になった足を労わるように座るとすぐにウトウトと眠りたくなりますが、目指すは横川駅の駅弁を買うまでは・・・と、お腹の虫をなだめなることになります。横川駅に着くと6分間ほどの停車です。
着くや否や、各車両からは1,000円札を握りしめ怒涛の如くドドドッと降りてきます。
負けてなるものかと、人を押しのけ買い込むのが「峠の釜めし」900円です。
美味しかった。生きた心地がしたものです。
が、しかし、長野新幹線が出来て横川駅はなくなりました。

いまは、車社会となり上信越高速道路のサービスエリア「横川」で売れに売れているそうです。
形も味も、昔とちっとも変わらずに嬉しくなった。

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遠来の友と雲を楽しむ

色づく紅葉には早いこの時期は人もまばらで快適な温泉が楽しめる。
志賀高原の裾野に広がる温泉街湯田中もご多聞にもれず、源泉からの湯煙が立ち上る。
野麦峠で有名になった岡谷は絹織物で一大産地として諏訪湖の奥深い山裾に広がり、織機の音が山にこだまする。岡谷織機を牛耳る親方たちは岡谷の奥々座敷として湯田中の湯治場を利用していた。だれにも教えない秘密の温泉で憧れだったのかも知れない。

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遠来より友が訪ねてきて湯田中温泉を指名してきた。
全国屈指のスキーリゾートのメッカである志賀高原は湯田中温泉を入口として登っていく。雪の降る日に湯田中温泉に行き外湯めぐりをしたことがある。雪が降り寒くなると志賀高原を根城にしている猿たちも湯煙に誘われて下りて来る。外湯の屋根にへばりつき暖を取っている猿を見たときはビックリもしたが情緒を感じた。

中途半端なこの時期の温泉街は閑散としている。湯煙だけがのんびりと立ち昇っていく。石畳で出来た温泉街を歩く姿もまばらで下駄の音が響かない。紅葉の時期まで休憩中と云った感じです。
夕食時を過ぎるころになると、外は霧が立ち込め雨になってきた。歓談の宴は後回しで急いで湯に浸かり夢心地のなかに入っていき湯船を独り占めする。

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秋に入ったばかりの志賀高原は道路の拡幅工事で工事渋滞になっているが、これも山全体が黄褐色に色づく紅葉の時は観光バスが連なることでしょう。
いろは坂を過ぎて丸池・熊の湯を過ぎると、行けども行けども街道には、ピンと背筋を競っているススキの林が続いている。

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横手山は2305メートル。上越を見下ろす妙高山の高さに匹敵する。
まさに雲の上の散歩道です。ここ横手山にはスキー場があり5月の連休ごろには春スキーとしてスキーファンを楽しませてくれる。それに、ここには日本一高い場所での焼きたてパンを売っている。昔は値段も日本一だと不評だったことを思い出したが、いまでは街で売っているパンと同じほどの値段だった。
「お持ち込みはお断り下さい」・・・名文です。

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ここから日本の尾根として名高い北アルプスが見えます。雲の上に浮かんだ北アルプスは目と鼻の先のようにも感じます。雲海となった雲には仙人でも乗っているのでしょうか。木の枝ぶりで風雪の激しさが伝わります。高地に咲く秋の高山植物も満開でした。蜜を求めて蜂が飛び交い冬篭りの準備に忙しい・・・。

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こげ茶色した肌を剥き出しにした白根山は活火山です。頂上には酸性湖としての湯釜がある。
マグマの活動を感じる地熱の煙が揺れています。浅間山と繋がっているので、お互いが連動して爆発するそうです。怒りが起きないように祈念しました。

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急に霧が立ち込めて来たので万座温泉まで下って軽井沢を避けて菅平方面に抜けようと狭い山越えを選択。これが何と大失敗の巻。霧は段々と深くなり、殆ど前が見えません。片側1車線を20キロ走行を厳守。それにカーブが多くて運転手がヨッパライ状態です。霧が薄くなりライトを落とすとカーブ番号が目の前に『108番目のカーブ』の案内板は、まるで除夜の坂です。

友人ともども霧の坂に酔い酩酊状態で煩悩が増えてしまった。

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追突事故

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ランチの時間には少し早めで並ぶ前に座れるかなと考え事をしていた。
信号が青に変わりハンドルを右に切り右折したのです。
赤信号になった右側の車列には5台ほどの車が止まっている。

すぐに白いワンボックスの車と出会いすれ違った、その1~2秒後であろうか爆弾でも落ちたのかと思うほどの爆音が響いてきたのです。
何が起きたのだろう・・・。
すぐに、バックミラーで確認するとすれ違った白のワンボックスが激突した瞬間です。もうもうと白い煙を吐き出しています。いまにも火の手があがり炎上しそうな、そんな感じです。

追突された車から首を押さえて辛そうな運転手が出てきました。
ヨロヨロとしながら歩道との縁石に座り込んでしまいました。相当に痛そうです。
追突した車からシニアの方が平然と降りてきました。

居眠り運転でしょうか。それともわき見運転なのか。
ブレーキを掛けないままに突っ込んだと思われます。

4台の車が追突に巻き込まれ停車しています。
少しずつ渋滞がはじまって来ました。
まだ、サイレンの音は聞こえてきませんが、むち打ちで頚椎が損傷していないと良いのですが、その上、前後が破壊されてしまった廃車同然の車が泣いています。

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やさしい音色と共に

何気なしに付けたラジオから「きいちゃん」の事を話す女性の声に耳を傾けた。

きいちゃんは高校生。家から4時間もかかる養護施設に預けられ訓練を受けています。
お姉さんの結婚式を楽しみにしていた、きいちゃんは先生に涙に濡れた顔をあげて訴えました。
「お母さんが私に、結婚式に出ないで欲しいと云うの。お母さんは私のことが恥ずかしいのよ。生まれてこなければ良かったのに・・・」
きいちゃんは、小さい時の高熱がもとで手や足が思うように動かない障害がでてしまったのです。

お母さんは、結婚式でお姉さんに肩身の狭い思いをさせてはいけないとの配慮があったのかも知れないです。
何の手助けも出来ないいる私は、きいちゃんに「結婚式のプレゼントを作ろうよ」と云って、手足が自由に動かないきいちゃんは浴衣作りに挑戦していきます。満足に食事を取ることもできない不自由な手で一所懸命に針を操り、時には指を血で真っ赤に染めても、なお頑張って作ることが出来たのです。
結婚式に出られないけど・・・喜んでくれるかな。
お姉さんから連絡があって、結婚式に出席してほしいと云って来ました。みんな白い目で見られないかなと不安がよぎるが喜んで出席します。

お姉さんは、お色直しできいちゃんが作った浴衣を着て出てきます。そしてお姉さんは浴衣を縫ってくれた妹をみんなに紹介するんです。
「妹はわたしの誇りです」と。

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お話をされた養護学校にお勤めの山元加津子さんの話に感動した私は検索した。
たくさんある著書の中から「ゆうきくんの海」を購入した。

読み始めるとすぐに「やさしい音色」が書かれています。

隆君は、お姉さんが習っていたピアノが大好きで、ピアノの音を聴くと、どんなに激しく泣いていてもピタッと泣くのをやめた。いつもピアノの側に行って、3歳のころはには、もう音階を弾いたりして天才ぶりを発揮していきます。
未来のピアニストが誕生するんだと、誰もが思っていたのです。

しかし、隆君は生まれつきの難病を抱えていたのです。
少しずつ筋肉が衰えていく病気なのです。大好きなピアノの鍵盤に手を持ち上げるのも、よいこらしょと云った感じです。
指の自由が奪われ、鍵盤を押す力も失われていく それでも、あらん限りの力を振り絞りピアノに向かう隆君の音色はやさしくて、淋しさや嬉しさを、心深く表現しているようです。

ご両親は、
「隆には、ピアノを弾いてもらいたくないと思っているんです。毎日毎日筋肉が衰えて、ピアノが弾けなくなっていく。聴いていてもそれは良く分かります。弾かないともっと弾けなくなる・・・あの子はそれを恐れて練習しているのかも知れない。
もう、ピアノの音は聴きたくないです。あの子の病気はご存知のように、筋肉が弱って、そのうちに起きられなくなり、いつか息することも出来なくなって死んでしまうのです。」

それでも隆君は、やっぱり毎日、微笑みながらピアノを弾いていきます。

隆君とのお別れは突然おとずれます。
その前日に、山元加津子先生は隆君とお話をしています。

『今から、隆のコンサートをします。観客は一人。でも心をこめて弾きます。
今日の僕の演奏をずっと覚えておいてね』

翌日に、隆君は急性肺炎にかかって帰らぬ人となりました。死を予期したかのようにロウソクの炎は、やさしい音色と共に消えていったのです。


親しくしている後輩の長女は高校生になり養護施設に入っている
ひとみちゃんは、先天性の水頭症で脳脊髄液を潤滑にするために、脳に穴を開けて蛇腹が埋め込まれている。神経が冒され排泄行為が難しく介護が必要な難病です。

持って生まれた障害を苦にすることなく明るく笑顔を絶やさないでいる。
連休があると、自宅に戻ってくるのでたまに会うことがあります。ねぇトランプやろう! 料理を作るね、食べていく?と聞かれることもあります。
日焼けして、元気な顔を見ると嬉しくなってホッとします。
将来のことを考えると、両親だって、ひとつずつ年をとります。ひとり娘である、ひとみちゃんの事を考えると辛いものがありますが、何とか良い方向に乗り切って欲しいと願わずにはいられない。

授かった赤ちゃんが障害を受ける原因はいろいろとあるのでしょうが・・・
添加物とか化学肥料を用いた食物連鎖が根底にあるのかも知れないですね。

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懐かしの路上検定

どんよりと生暖かい空気が漂っている。
滅多に車の行き交うこともない静かな通りに2台の検定車が止まっていた。2台の車には4人づつが乗車して時の来るのを待っているようだ。
時計を見ていた指導教官がやおら降りて、車の屋根に『検定中』の赤いランプが取り付けて検定車は左右に分かれて走り去った。
運転免許が手に入るかどうかのドキドキ感が伝わってきた。

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同級生の殆どは、受験も終わった高校3年の春に自動車教習所に通い普通免許を取ったようだ。この時代の普通免許には付帯免許として自動二輪(大型バイク)が付いていた。
親の仕送りがあるまでは絶対に車の免許は許さないとの家訓があり、同級生の免許を取得した時の歓声を遠くで聞いていた。そのために、親の脛をかじり続けた後の4年間も車には縁遠い生活をしていた。学校に行くには市電があったので不便を感じたことはなかったが、大学に入り夏休みになると友だちがバイクに跨り九州一周に出かけたり、中古で買ったHONDA N-360を乗り回しドライブに行く姿を見ると羨ましく思ったりした。

免許を手にしたのは社会人になり東京に出てきてからです。
会社の独身寮が大塚にあり、ちかくの池袋自動車教習所に通った。この場所は、巣鴨プリズンと呼ばれた東京裁判で被告となった軍人が拘置されていた場所だった。
2階建ての教習所は1階がまったくの初心者コースで、正面を向いてハンドルを握って時速3キロでも恐怖に感じた。少し慣れると2階の青空のコースが待っていた。

会社では、免許を取るための時間割を総務に提出していたので実技と学科が順調に進んでいった。が、ここで悩ませるある問題が起きた。
学科の講習で教官がこのような事を云った。
『赤信号で止まって数珠繋ぎであっても、青信号になると同時に動かなくてはいけない』と強調した。ロボットではないのだからあり得ないと疑問が湧いた。
このことが、トラウマとなって脳裏から離れず免許を取得することは出来ないと思って教習所に通うのを止めた。

総務からは免許はどうしたのかと、やんやの催促があり事情を説明すると笑い飛ばされ、原則論を聞いて機敏な対応も考えることが出来ない田舎でのぼんくらだと。怒られた。
いまでも、「・・・青色で一斉に走る」を忘れたことはない。

1ヶ月ほどのお休みがあったが、順調に回数を重ね運転も馴れてきた。
仮免の試験が行われた日にビックリする出来事が目の前で起きた。
仮免は路上運転が出来るようになるための教習所内でのコーステストです。
くじ引きで3番目に当たったので後ろに乗って、1番目、2番目の人の運転を眺めていた。当時の車はトヨタクラウンでハンドルの横に付いているコラムシフトのギア車です。
2番目の人が直角に曲がるクランクで縁石に乗り上げた。それで焦ったのでしょうね。踏み切りを過ぎてギアを4速のトップに入れようとして、力いっぱいコラムシフトのシフトバーを上から下に下ろした瞬間にシフトバーが根元からボキッと折れてしまったのです。慌てた教官は助手席からリモート運転で事なき得ましたが衝撃的なシーンでした。
その方は、当然のことながら仮免を落ちました。

車の往来の激しい都内での仮免許運転は怖いものがあります。意地悪をする車もありオドオドとして時速20キロをキープしてのノロノロ運転です。
教官って・・・忍耐ですね。1にも忍耐、2に我慢、それ以外なにものでもないです。こいつ、と思いながら助手席にいて座り殴りたくなることもあるでしょうに。

路上での卒業検定の時は、池袋周辺は大雨でした。
最悪の卒業検定です。それでも、馴れた道を走り、左折する決められた場所が近づいてきました。そこを曲がると教習所が目の前です。こころ踊る瞬間です。
ところが、目の前を走っていた車が停車したではないですか、雨の中、右側を走る後続車が気になり追い越すことも出来ません。検定する教官はストップウォッチをニラメッコです。
はい!時間オーバー。
あえなく沈没してしまいました。

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Fool on the hill 愚か者に捧げます。

55年体制が引っくり返りました。
政治の大転換です。まさしく平成維新になり得るでしょうか。
それにしても、台風みたいな選挙戦でした。横綱であるはずの自公勢力は批判ばかりに終始して、まるで野党そのものでしたね。居直って喧嘩腰になり、まるで引退間近の横綱と云った感じで余裕がなかったですね。
力尽きて突き落としで負け! そんな感じでした。

二大政党政治が確立できれば、世の中少しはまともになるのでしょうか
小泉チルドレンは政治の世界から抹殺されました。今回の小沢チルドレンはどうなのでしょうか。新幹線のグリーン車に乗りたい、料亭で美味しいものが食べたい等と幼稚な発言があると困りますが・・・。
ただ、小泉チルドレンと違って、目線が国民に向いての発言は、ひと味もふた味も違うような気がしますが。
老いたる人生、楽しく生きられるでしょうか。

今回の選挙で最大級の賛辞をあげたい痛烈な発言--------------------------

「都議選という現代の戦争で、多数の戦死者を出したばかり。戦いを総括し、戦略・戦術を見直すことなく、そのまま『突入』では、ガダルカナルではないか」

「開戦日程だけが設定され、マニフェスト(政権公約)という武器もなく、赤紙一枚で戦場に赴く兵士の思いは複雑だ」 「戦後処理にあたった吉田茂の孫は、『失敗の本質』をご存じではないようだ」

太平洋戦争で進軍玉砕したガダルカナルをなぞらえた云いえて妙の傑作。

ここに
大好きな曲があります。ビートルズの名曲。

それも懐かしいセルジオ・メンデス ブラジル'66 が歌う
The Beatlesの名曲「Fool on the hill」 ボサノババージョンで。
お山の大将で我を忘れた愚か者に捧げます。 祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず
唯春の夜の夢のごとし
たけき者も遂にはほろびぬ
偏に風の前の塵に同じ

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