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2012年。 人類は終りを告げる

地球が崩壊する終末論の映画「2012」を観てきた。
マヤ文明の暦には2012年12月21日を最後に暦が途切れている。
3年後の話ですね。さてとどうなりますか・・・。

2012_21

2012_20

映画は息を飲む圧倒的なシーンが次から次へと襲い掛かります。圧巻です。
コンピュータ・グラフィック(CG)がここまで進化している。CGの最高傑作であろうと思われる。
映画としてのストーリーは家族が翻弄されながらも生き残ると云った、アメリカならではの
家族愛が散りばめられた展開ですが・・・いささか陳腐な内容ではないかと。
特に、いつの世も金持ちだけが情報を得て優遇される。ごくごく普通の国民は知らずに
死んでいくんです。2012年も格差社会の映画でした。

地球崩壊が現実にあるとすれば、正常な磁場が狂いだし人類は将棋倒しのように
連鎖反応が起きてまたたく間に衝撃の渦に巻き込まれていくのでしょうね
生存確率0%でしょうか。
そして、人類の滅亡から5億年ほど経過して、すべてが風化して猿の惑星から始まるのでしょうね
こんどは、輪廻として鎌倉時代に生まれてきて義経の家来となり一緒に戦いたいな・・・。

しかし、映像としては、
全世界が崩壊していく衝撃のシーンが山のようにあり、危機を察して逃げていく大量の鳥たち、噴火する火山と降り注ぐ火山弾、割れる大地、次々と倒壊する高層ビル、あらゆるものを飲み込む超巨大津波、街が水没していく。
そして、エベレストの頂上付近まで津波は押し寄せてくる。
当然のことながら、日本は沈没し海底都市となっていく。

歴史で
アフリカに繋がっていたインドが岩盤の移動によって隆起・沈没を繰り返し、アジアに
激突しその衝撃でエベレストをはじめヒマラヤ山脈を形成した。

そんなことを思っていた。
ストーリーを度外視して、迫力としては最高に見応えのある映画でした。
ただ、街並みが崩れていくシーンなどは阪神淡路大震災を体現されている方には、
心理現象としてのフラッシュバックが起きるかも知れない

地殻変動で思い出すのは小松左京「日本沈没」がある。
まぁ、どっちに転んでも日本は沈没するようです。泳ぎの練習でもしなくちゃ。

家族愛のストーリーとしては  ★★
映像としては  ★★★★★

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いびきも拷問だ・・・

隣人は、朝の受付で出会った。家族と共に大きな荷物を手に持って入院手続きを行っていた。この方も私と同じく今日の入院なんだな・・・。待合室で待機の時間があり、静かに思いを巡らせていると話しかけてきた。長年労済病院に通っていたが、医師の不足によって手術が出来なくなりこの病院を紹介されたと云っていた。
病気なんであろうか、血色も良く元気ではないか。それに明るく能弁である。

部屋が空くまで別室で待機していると「用意が出来ました!」と呼ばれて520号室に歩いていくと、先ほどまで能弁に語っていた方が窓際に腰掛けて、先人と親しそうに話をしている。
この方にとって無口になるのは、爆弾を抱えているようで喋り通すことで爆弾が破裂しない特殊な仕組の装置をお持ちのようだ。

Room11

指定されたベッドの横に設置された整理棚に荷物を解き、必要書類に目を通していると窓際からの話し声は一段と高い声が室内を駆け巡っている。

聞くとはなしに聞こえてくるので否がうえにも耳に残ってしまう。
前から入院された先人は89歳で、初対面の隣人は72歳であることが分かった。
72歳の隣人は、70歳を越せば、80歳も90歳も変わらないと云いつつ、話をリードしていく様子だった。
・・・が、どうも話が噛みあわない。先人が40年前に秋田から石油事業でこの地に来たことを必死に喋っているが、聞くほうの隣人は、これだけ為替があがると経済が崩壊してしまう、どうして民主党なんかが政権を取ったのか不思議でしょうがない・・・などと話している。小沢一郎の考えをみんなが知らないんだよ 俺に相談して呉れりゃと独り言も聞こえてくる。まるで小沢一郎と親しい間柄なのかと考えてしまった。

それにしても、部屋を占領する大声は病室とは思えない、耳をつんざく部屋と化していた。

噛みあわない話も、病気の話になると意見が合うようだ。
隣人は、平成2年に入れた心臓ペースメーカーの電池の取替えを行うと云っている。6年ぶりの取替えで、これで三度目になるらしい。電池交換なんて、まるでロボットのようである。彼はアトムと親戚なのかも知れない。

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20年も前になるが、公私ともに大変世話になったK氏は心臓にペースメーカーを入れていて、ペースメーカーの取替えで入院された。入院当日にK氏から電話をいただき、あれやこれやの説明を受けた。元気な声で退院したら来週にでも会おうとなった。
手術の当日、K氏の部下から電話を受け、容態が急変したと早口の連絡を受けてドキッとしたのを覚えています。
意識不明が三日ほど続き、K氏は元気な声を聞いたのを最後にこの世を去った。
K氏の葬儀では、医療事故の話も取りは出された。
日進月歩で進化している医療技術は、20年前と比べることの出来ない高度な技術が簡単に行われているのであろう
K氏の取替えも、もう少し待ってくれればと悔やまれる。

隣人は、二時間ほどで電池の交換治療も無事に終り元気な姿で戻ってきた。治療は無事に成功したと云うことなのでしょうか。またうるさい時間が戻ってきた。

病院の夜は早い。
八時ともなると、廊下の電気は薄明かりになり物音ひとつ聞こえない静寂な時間が漂っている。接続不可のPCを持ち込んでいた私は、宿題となっていたソースを打ち込んでいたが、テレビの音も聞こえて来ない。
習慣となっているいつもの10時になると眠くなってきた。
ベッドを照らす蛍光灯を消すと眠りについた。

夢を彷徨っている時に
突如として隣から轟音にも似たいびきが聞こえて来た。
断続的に続く、いびきの波状攻撃に居た堪れなくなった。
携帯を取り出し、時間を見ると2時46分。起きるには早すぎます。
いびきは、少しずつ増長していて窓ガラスを揺らすほどの大きさになっている。この場合の対処はどうすれば良いのか・・・枕でもぶつけようかと考えたが思い留まり、いびきが渦巻く中で、頭の位置を逆にして強制的に寝ることにしたが、リズムカルないびき四重奏で余計に目が覚めてしまった。
いびきが大きいことは家族は承知なはずです。どうして個室を選ばなかったのかと怒りを覚えた。
しかし、私は朝までの数時間を我慢すれば、このしごきにも似たいびきから開放されるが、入院として入室される次の方を思うと、悩ます辛い状況を察します。
これも辛い人生のひとコマと云うことでしょうか。

画像は拾ってきました。

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39回 憂国忌 『英霊の聲』

昭和45年11月25日。
自衛隊市ヶ谷駐屯地、東部方面総監室にて割腹自決。

三島由紀夫 第39回『憂国忌』。

Yugoku

昭和41年6月30日に刊行された『英霊の聲』には英霊の聲の他に『憂國』『十日の菊』が収録されている。三島由紀夫を語る上で重要な二・二六事件を扱った『憂國』や『英霊の聲』は評価が高い。
いまとなっては『英霊の聲』は絶版本です。貴重な本となりました。

・・・抜粋。

浅春のある一夕、私は木村先生の帰神(かむがかり)の会に列席して、終生忘れることのできない感銘を受けた。
で始まる『英霊の聲』は、心霊に於ける霊媒と審神者(さにわ)が交霊を行う。石笛(いわぶえ)の厳粛なる響きをもって始まる。英霊たちのの声が聞こえてくる様が書かれています。

岩笛が鳴り響くなか 英霊が呼応する歌が詠まれた

「・・・今、四海必ずしも波穏やかならぬど、
日の本のやまとの国は
鼓腹撃壌の世をば現じ
御仁徳の下、平和は世にみちみち
人ら泰平のゆるき微笑みに顔見わし
利害は錯綜し、敵味方も相結び、
外国(とつくに)の金銭は人らを走らせ
もはや戦いを欲せざる者は卑劣をも愛し、
邪まなる戦のみ陰にはびこり
夫婦朋友も信ずる能わず
いつわりの人間主義をたつきの糧となし
偽善の団欒は世をおおい
力は貶せられ、肉は蔑され、
若人らは咽喉元をしめつけられつつ
怠惰と麻薬と闘争に
かつまた望みなき小志の道へ
羊のごとく歩みを揃え、
快楽もその実を失い、信義もその力を喪い、
魂は悉く腐蝕せられ
年老いたる者は卑しき自己肯定と保全をば、
道徳の名の下に天下にひろげ
真実はおおいかくされ、真情は病み、
道ゆく人の足は希望に躍ることかってなく
なべてに痴呆の笑いは浸潤し
魂の死は行人の額に透かし見られ、
よろこびも悲しみも須臾にして去り
清純は商われ、淫蕩は衰え、
ただ金よ金よと思いめぐらせば
人の値打ちは金よりも卑しくなりゆき、
世に背く者の流派に、
生かしこげの安住の宿りを営み、
世に時めく者は自己満足の
いぎたなき鼻孔をふくらませ、
ふたたび衰えたる美は天下を風靡し
陋劣なる真実のみ真実と呼ばれ、
車は繁殖し、愚かしき速度は魂を寸断し、
大ビルは建てども大義は崩壊し
その窓々は欲求不満の螢光燈に輝き渡り、
朝な朝な昇る日はスモッグに曇り
感情は鈍磨し、鋭角は磨滅し、
列しきもの、雄々しき魂は地を払う。
血潮はことごとく汚れて平和に澱み
ほとばしる清き血潮は涸れ果てぬ。
天翔けるものは翼を折られ
不朽の栄光をば白蟻どもは嘲笑う。
かかる日に、
などてすめろぎは人間となりたまいし」

とある。

合掌。

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ツル割れのリンゴ

黒姫から長野に向う北信五岳道路を走ると、リンゴの産地牟礼に出る。
牟礼を上から眺めると、緑の平野に囲まれた段々畑のような家並みが広がり、あたかもチロリン村とくるみの木を思い出す。そんなのどかなリンゴの産地牟礼には、あのニュートンが万有引力の原理を見つけたとされるリンゴの木の子孫が大事に生育されている。由緒正しき血統書付きのリンゴの木です。

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両側をリンゴの木で囲まれた牟礼の通りに、リンゴ祭りの幟が大きく揺らいでいる。
青空の広がった高原には、地元牟礼で収穫されたリンゴのサンフジがコンテナに入れられて大量に積まれていた。
傷果と呼ばれるツル割れのリンゴです。
味は申し分なく蜜もたっぷりと入っているとの謳い文句で、たくさんの方が押し寄せコンテナ1箱(15キロ相当)が1000円~2000円と書いてある。買った方は用意された厚い米袋に入れ替えています。まるで大黒さんが肩に担いでいる大きな袋を思い出す。
リンゴは保存が効くので大量に買いこんでも問題はないようです。

コンテナの量では多すぎると云う方は4キロ袋・5キロ袋と大きなビニールに入れられています。4キロ/400円 5キロ/500円は相当に安い!
取り合えず5キロ(大玉10個入っていた)を手にして500円也。

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傷果を販売している隣では、昔懐かしいトッカンの実演中です。
トッカンで作られるハトムギは大好きです。
そのほか、そば・パスタ・マカロニ・豆など何種類かあったので、物珍しさも手伝ってマカロニとソバを手にする。一袋100円也。
・・・マカロニは甘くて美味しかったが、ソバは苦くて気絶しそうになった。
ソバ通を自認している私は・・・似非ソバ通であることを露呈してしまった。

上田から来た友人は、リンゴ、リンゴとルンルン気分で覘いている。
「嫁さんがリンゴ大好きなんですよ!」と
ツル割れリンゴですから、保存期間は短いですが美味しさは一緒ですと云われて
コンテナ2箱を買う予定が、1箱になったようです。
「余ればジュースにすれば良いですよね・・・」なんて云っている。

やはりデフレなのでしょうか。
流通しているサンフジのリンゴも今年は安いようです。
蜜がたっぷりの秀10キロ36玉で2500円とは安いですね。

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彼からお土産として、有名な飯島商店の「白桃」「きんかん」のジャムを戴いた。
飯島商店と云えば、信州上田駅前にある大正建築が目に付く。いつ行っても店内は観光客で賑わっている。飯島商店のジャムを食べると、他のジャムが幼稚に見えてきます。
明日からパン食になりそう・・・だ。

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原風景・・・カラスの中継地

数千羽いや数万羽のカラスが中継地として、この一帯の電線や屋根を利用している。
おびただしい数のカラスは明け方前の5時30分ごろに森を根城にしているカラスの軍団が三々五々集まってくる。

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休日であったがメンテの担当日となり辛い仕事です。
少し早めの5時20分にカラスウォッチングが出来る場所を陣取り眺めてみた。
電線には数羽のカラスが距離を空けて止まっていたが、西の空から黒い雲が覆い被さるようにこちらに動いてくる。
まさに爆撃機が空を覆っているような黒い塊となって向ってきた。
いつもの、指定席なのであろうか、素早く羽根を広げて着陸態勢を作ると飛んできた方角に頭を向けて止まった。
時折り、指定席が違っていたのか、数羽が移動を行い定位置に収まっている。
6時前になると、200メートルに及ぶ左右の電線には、ぎっしりと電線を掴まえて止り、電線に指定席のないカラスは大きな倉庫の屋根に整列している。その数・・・数千羽。
電線・屋根にいる数万羽のカラスがカァ~カァ~と鳴くこともなく静かに止まり
不気味な時間が流れていきます。

時計を見ると6時15分。
東の空にうっすらと赤く染めはじめるころに、命令が発せられたのでしょうか。
数十羽単位で垂直飛行の体制に入り飛び立っていく。
見事な指揮です。
命令の出ない隊列は、静かに命令が出るのを待っているようです。

命令を出すのは、どのカラスなのかと、目を凝らして見ていたのですが、
・・・分かりません。

1~2分おきに隊列を組んで飛び出していきました。
6時30分。殆どのカラスがいなくなり、1羽、2羽、3羽と数えるほどのカラスが止まっています。逃げ出したカラスがいないのか、遅刻したカラスがいないのかと確認の作業をしているようです。
点呼を無事終えて、最後の1羽が飛び立って行きました。
明るくなった街は、何事もなかったように車が往来しています。

真っ黒いカラスが・・・脱色技術を覚えて、赤やピンクに姿を変えてきたらどうなるのでしょう。ピンクのカラスだったら愛すべきカラスとして親しみが湧くでしょうか。

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それでもジムに通う

同僚である友人は、すでに3年になるであろうか、雨の日も、風の日も雨合羽に着替えて自転車で通っている。友人の住まいから会社までの道のりは約5キロ。朝の4時。街灯もない河川の堤防道路をひた走る。眩いばかりの星だけがキラキラと輝く暗い道を走ってくると云います。
さすがに大雪のときは、車に乗ってくるが少々の雪だと自転車に跨り意気揚々と漕いでくる姿を目にすることがある。朝方と云っても朝の四時、夢の中を彷徨っているこの時間帯は太陽ですらお眠りの暗い夜道です。それも堤防を走ってくるとなると、二度や三度とパトカーに遭遇したようだ。それこそ、胸にパトカーの尋問・職質処理済のシールでも貼っておけば気兼ねなく走れるのに・・・。

健康を意識して始まった自転車通勤も、あれよあれよの三年間は見事と言うしかない。三年間に走り潰した自転車は3台。そのうちの一台は私が持っていた輸入で購入したマウンテンバイクを古くなったので差し上げたら、カッコイイと喜ばれたが、半年もしないうちにサドルのところから真っ二つに折れてしまったようです。怪我がなくて良かったが所詮中国製と言うことで簡単に片付けられた。
友人の三年前の知っているが、肥満気味の体が三年間で引き締まり筋骨隆々だと本人は自慢している。

Running

それに比べて・・・。
鏡に映す醜い肉塊を見るに及び危険水域を越えてしまったと実感する。
メラメラと沸いた、軽やかにしなる肢体を持つ肉体を妄想しつつジムへの扉を叩いた。
これで何度目のジム通いだろう。
まるで長続きしない。だんだんと面倒臭くなってしまう。マシンを使った運動そのものに抵抗はないが、運動後の汗を拭き、シャワーを浴びて着替えする一連の動作が億劫となり行かなくなった。
堕落した人間の典型的なパターンですが、今回は意気込みが違います。
それなりに準備をして、Illustratorで作ったデザインでオリジナルT-シャツを6枚ほど作った。

そして、古いシューズを持って何度か通った。
最初は、500メートルを歩くのに12分もかかり、ハァハァと息を切らせた。
次に自転車に乗るも3キロ漕ぐのに、太ももの筋肉が張って漕げなくなり、体力・筋力が落ちていることをまざまざと実感したんです。
負けてなるものか・・と、1時間の時間があれば通うようにした。
すでに3週間が経過した。
まだ、ジョギング・ランニングはしていない。早足のウォーキングを中心に20分を1セットに2セット歩き、自転車を30分漕ぎ、四種類の筋トレを2セットずつこなしている。
ついには、靴擦れを起こしてしまった。

まだ、体には目に付く変化は起きていない。
持続する必要を感じてはいるが
いつかは、20キロのハーフマラソンが出来るほどになってみたい。そして、教室に入りエアロビクスに太極拳・ヨガにも挑戦しようかと思っている。

気合を入れなおす為に新たに26.5cmのランニングシューズを購入した。
目標値に辿り着くことが出来るのであろうか、心配の種は残っている。

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楽天家になりたい・・・。

いつ来ても、この場所は両側を長い建物に囲まれているので微風な風が集まり、ビル風となり強烈な風となって特急で走り去る。寒いのなんの・・・体感温度はいっきに下がります。
いつものことながら、この風の寒さだけは耐えられない。
はやいところ、赤々と燃えるストーブの横に行きたくなる。そんな寒さに軋む折りにチョイと横を見ると、友人が、いや、友人と簡単に決め付けられない、なにしろ、それは決して心を曝け出すことのない知人であるF氏が頭をうな垂れている。あ~また怒られているんだな。と勝手に想像する。
F氏は、その名も名高いヨホバの証人(エホバの証人)の信者です。

怒られていることを、怒られていると思わない奇特な方です。
ごくごく普通の常識を持っている方であれば、怒られて5~10分は、しょげてしまう話でも、ものの2~3分で怒られたことを忘れてしまうようです。
ストレスのない人生は良いな~。
ケアレスミスの多いF氏に悪気はない。
四六時中、都合の良いように解釈され偏った聖書を空で読み返しているからなのでしょうか。良く言えば楽天家であります。

2012

折りしも映画2012年が上映されている。
地球滅亡の日は近い。ヨホバの証人が喜びそうな映画です。
人類最期でも、ノアの箱舟は信者救済のために降りてくると真顔で話される。
2000年経ったいまでも復活しないキリストは、いつ復活するのでしょうかね

先日も、こんなことが・・・。
みんながいるところで、来週にでも検査入院する私がF氏に向かって体にメスを入れるので、輸血が必要になるかも知れないので、その時はF氏からの輸血をお願いしたいと、いつもジュースやらパンをご馳走しているのは、そのお返しを輸血で返して貰いたいと大声でお願いすると、周りは笑いの渦に包まれた。

人の迷惑を顧みず、毎日毎日狙いをつけた家をターゲットに子どもまで引き連れてドアを叩く、特にお正月は、家族でご在宅なので大勢で押しかけるそうです。
心から望まれていることを実践しているだけですとは、ヨホバ神も苦笑いでしょうか。
空気中を彷徨うチリや埃から人間は出来たと信じるヨホバのみなさまに、埃やゴミを指差し、エイヤッ↑(/>_<)/ 人間にな~れ!とからかってしまう。

アメリカの本部から招待を受けてアメリカまで行かれたF氏は老師と名のつく幹部です。
あまりF氏をからかうと秘かに命令が出て、暗殺団が動きますよ!とは、配下の信者の方です。
しかし、憎めない人柄と人懐こい表情はやはり神の下僕なのでしょう。
信者が増えることを祈念します 合掌。


余談。
徴兵制度のある韓国では徴兵拒否をする若者が年々増えているそうです。
その殆どがヨホバの信者のようです。
どこかの無人島を買って世界中の信者を集めれば良いのに・・・。


 

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初冬の風物詩

10月に季節はずれの大寒波が急襲して心までも震え上がらせ、ガソリンスタンドの隅っこに設置してある灯油のセルフスタンドは行列ができていた。
まったくもって、雪国の冬は福沢諭吉に羽根が生えて飛んでいく。

気象庁の長期予報では、暖冬らしいがそれでも雪は期待を裏切らない。間違いなく降る。そのために、庭にある木々を雪から守るために、木々を竹で囲い荒縄で縛っていく。10月下旬ともなるとホームセンターの出入り口には大量の荒縄が、ところ狭しと積み上げられ冬囲いを請け負う職人たちが軽トラックに放り投げていく。

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今年も、初冬の風物詩として4000本に及ぶ桜で有名な高田城公園は冬囲いが始まり、ローカルニュースで盛んに取り上げていた。高田城公園での冬囲いのニュースを見て、冬に入ったのだなと感じる。高田城公園にはたくさんのブロンズ像が置いてあり、ブロンズ像にも冬囲いをするようです。
深々と降りしきる雪を被って、地蔵さんも寒かろう・・・と、地蔵さんに編み笠を被せた童話を思い出す。

雪が降れば、今年も木々を囲って良かったなとなるし、雪が少なければ、こんなに雪が少なければ来年は止めようかと、雪が降らないことを内心悔しい思いをしてしまう。

道路のあちこちに設置してある道路標識には「冬タイヤの準備を早めに・・・」の標語も目に付くようになった。
11月下旬になると、初雪が舞います。
雪は少ないほうが嬉しいな。
しかし、雪国でも生活もお仕舞いになるかも知れないので、たっぷりと雪を見物するのも悪くないかな。

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パレットコレクション

NHK教育テレビ「ミューズの微笑み」を観ていた。
美に関するすべてに対し美的感覚が劣っている私は、せめてTVの中で融合しようとTVの中で繰り広げられる美を凝視することがある。

銀座日動画廊の創始者で日本に於ける画商の草分けとして、その名も高い長谷川仁氏が生まれ故郷に私財を投じて作った笠間日動美術館をカメラは追っていた。
美術館には、ルノワールやらピカソなど東西の巨匠と呼ばれる人の作品がたくさん展示されている、そして世界にここだけしかないコレクションがあると耳にした時に、正座して聞き入っていた。

それは、330枚にものぼる画家たちが愛用したパレット!が日動画廊40周年を記念して長谷川仁氏の希望を叶えるために巨匠たちが寄贈したのでした。
安井曾太郎・梅原龍三郎・三岸節子・中川一政・小磯良平など、日本を代表する画家たちの作品と彼らが愛用した「パレット」が展示されています。
画家の命とも言える「パレット」から、作品の鼓動と人間性が蘇ります。
カメラはズームで巨匠たちのパレットを順に見据えていた。
パレットに自画像が現れました。強烈な印象です。
何かに追い詰められた苦悩の表情が強烈に問いかけて来た。パレットの主は鴨居玲だった。追い求めることが強すぎたのか自ら命を絶ちました。

会いたい。
鴨居玲のパレットに会いたい。
この目で対話したい・・・。

この日の出来事は、ほぼ日手帳に記された。
鴨居玲に会うことが出来るのであろうか。一生会えないかも知れない。
強烈な印象は脳裏を独占していたが、笠間日動美術館のある茨城県は狭い日本ではあるが、仕事を抱えた私にとって遙か遠い街なのです。

休みを戴きました。東京・首都高速を利用しないと目的地にいけない。しかし、首都高の渋滞は幾度となく経験しているので首都高の隙間を狙うことにしました。
シトシトと降りしきる雨の中、目的地に立ちました。
1000円の入場料を払って館内に入りました。

雨の中、ご婦人ばかりの団体さんがドバドバと先を越されました。ペチャクチャと
スズメのさえずりを四方から聞きながら1枚1枚と丁寧に見て行きます。

Mukai

笠間日動美術館は向井潤吉の「民家の世界」が油絵・水彩・デッサンなど四つのコーナーに分けられ展示されていました。藁葺き屋根の民家は郷愁を誘います。
空の色と雲の表情それに、木々や草花が放つ色の変化で藁葺き屋根に漂う風は、暖かい風なのか、冷たい風なのか伝わってきます。魅入ってしまいました。

はやく・・・目的の日本館に行かなくては。はやる気持ちを抑えて連絡通路に出ると
雨はだんだんと強くなり、大きな孟宗竹が乱立して緑を放っています。

連絡通路は彫刻の森を歩いていくので傘が必要です。
通路のあちこちにはブロンズ像が静かに佇んでいました。

フランス館に到着です。
ルノアールやらピカソが展示されているはずですが、素通りしました。
日本館に向います。
大勢の団体さんもフランス館で満足されたのでしょうか、目立たない日本館に、一歩足を踏み入れると人気を感じないのが嬉しかった。
1階・2階を目もくれずに階段を登りきり3階・4階と来ました。

Okutanipa

突如としてパレットが目の前に飛び込んできました。
夢にまで見たパレットの息遣いが聞こえてきます。
入口には、奥谷博氏のパレットがあります。パレットの中には羽子板が描かれています。使い古したパレットをキャンバスに見立てて描かれています。
凄い・・・・。

パレット・コレクションと書かれた部屋には誰もいません。
私だけの為に展示されているパレットコレクションのようです。
「カメラ、ビデオ等の撮影並びに万年筆はご遠慮ください」と書かれた札を見て、ほぼ日手帳を取り出し、必死にボールペンを運ぶ私は、周りをチラッと確認して仕舞いこんでしまいました。・・・違反なのかな。

Kamoirei

中ほどに、ひときわ大きいパレットがありました。鴨居玲のパレットです。パレットの幅80㎝、高さ50㎝の大きなパレットです。パレットの周りには、数々の絵の具がうず高く氷山のように固められています。先ずは絵の具に圧倒されました。

ようやく、会えましたね。夢が叶いました。
あなたは、どんなにも苦悩に満ちた表情をしています。夢や希望を失った、やるせない想いが伝わってきます。才能あるあなたは、何を考え何を追い求めていたのでしょうか、自画像ばかり描いてきたあなたは、何を描けば満足したのでしょう

シーンと静まり返ったパレットコレクションで、鴨居玲の前から動くことが出来ませんでした。美の説明が出来ない私は、ただただ眺めるだけです。
別れを惜しむように、さようなら!

パレットの数々。

Kataokapa Kakeipa
片岡球子 筧 本生
Kumagaipa Koisopa
熊谷守一 小磯良平
Shibatapa Takadapa
芝田米三 高田 誠
Umebarapa Nogutipa
東郷清児 野口弥太郎
Miyamotopa Mukaipa
宮本三郎 向井潤吉
Kodamapa Iharapa
児玉幸雄 井原宇三郎

Inagakipa

稲垣考二氏 触ってみたくなったパレット。じつに素晴らしい。
パレットの上に搾り出した絵の具の上に、さらにチューブと筆を描き加えたのが
面白い。画家の力量が存分に発揮されている。

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夕日が沈む

日本海沿岸を添うように伸びている国道8号線を走る。

ここも中越沖地震で被害を受けた地域です。静かな凪が漂う水平線は穏やかで地球が丸いことを改めて感じる。左から右に水平線に目をやると、右端には、いつも放射能漏れで話題には事欠かない柏崎原子力発電所が遠目にもはっきりと見て取れる。

柏崎の紅葉スポット!松雲山荘の紅葉狩りに行く前に
♪ 米山さんから月が出た~~~♪の民謡で知られる米山から見る
日本海夕日の絶景ポイントに立ち寄りました。

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5時20分。
十数台の車が止まり、夕日が沈むのをお待ちの様子。
秋も深まったこの季節に潮風に当り穂先を揺らしているススキが佇んでいます。

三脚を立ててたカメラ小僧が4~5人ほど、太陽が沈む瞬間を狙って時計とニラメッコをしています。
下手ながらシャッターをガシャリと切りました。

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松雲山荘の紅葉狩り

夕方のローカルニュースで真っ赤に燃えたモミジの特集をしていた。
新潟にも真っ赤に色づく紅葉のスポットとは。

中越沖地震で被害を受けた柏崎の赤坂公園に隣接する松雲山荘で
紅く染まったモミジをライトアップしていると云うので出かけてきた。
長野県との県境では紅葉の名所である妙高高原は、山全体がカラシ色を中心にした黄色い絨毯模様が広がっている。真っ赤に染まるモミジやハゼの木
・ナナカマドの点在がなく赤が欲しいと願わずにはいられない。

真っ赤なモミジを求めて柏崎まで紅葉狩りに車を走らせた。
TVの画面では県下でも有名な紅葉スポットだとアナウンスしている。
「駐車場は大丈夫でしょうか・・・」と聞くアナウンサーに対して
係員の方は、「近くの小学校の校庭をお借りしていますから、安心してお出かけください」と、TVの怖さを知らない安直な答えが返ってきた。

ライトアップの時間には早いと思ったが、駐車場の事を考えて早めに出発した。
何よりも、帰りに魚市場を覗きたい!とのはやる気持ちを抑えて柏崎を目指した。

カーナビ何するものぞ!柏崎の地理に疎いので、まずは松雲山荘の地図をgoogleで探し出しプリントしていたのが幸いした。
チョットだけ近道をして、信号を右折するとすでに渋滞が始まっていた。
狭い駐車場で50台ほどがぎっしりと止まっていて、係員がプリントされた用紙を手渡し「満車のために小学校の校庭へ・・・」と、説明をしている。
この場所から200メートルほど離れているようです。
やっぱり!
TVの影響で大挙押し寄せてくる人の波を考えていなかったようです。
もう、車は信号を挟んでぎっしりと詰まっています。

タイミング良く帰られる人がいて、間隙を縫って車を納めた。
この運の良さは宝くじには生かされない。

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松雲山荘は
小さな丘を切り開いた日本庭園で、入口を取り囲むようにせり出してくる多数ののモミジが覆い被さっています。
ライトアップされたモミジは燃えるような赤が広がっていました。
暖かい紅葉狩りの夕べとなりたくさんの人出で賑わっています。

妙高の紅葉しか知らない私は、この地に来て真っ赤なモミジを見たのは初めてです。
燦燦と陽射しを浴びるモミジも見たかったな・・・。
庭園にはお茶席もあって2千万円もする茶道具がゴロゴロしているらしい。

若い外人さんご夫婦が子どもを連れて「look now!」なんて叫んでいました。
お国には、燃えるようなモミジはないのかな。

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野尻湖はまだら模様

美味しい蕎麦屋に連れて行ってよ・・・と、一本の電話から始まった。
新そばの美味しい季節になりキノコ博士の異名をとる友人と黒姫で待ち合わせをしてピックアップ。

ウィンドサーフィンで賑わう夏の景色は一変して、野尻湖は冬の装いに向けて準備を進んでいる。湖岸にはワカサギ釣りを目的とした屋形船が、装いも新たに出番を待っている。
秋晴れの野尻湖は風が吹けばカサカサと葉っぱが擦れる音が聞こえる。見渡せば野尻湖を取り囲む森や林は、見事に色とりどりの秋の化粧を施している。野尻湖を周回する湖岸道路は道幅が狭く、対向車が来ると一瞬焦ってしまうほどの危険を感じる。一歩間違えば野尻湖の湖面に吸い込まれる一直線の崖が待っています。

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すでに道路は、楓やモミジの木々から落葉している。交差する車に出会うこともない平日のゆったりとした時間は時間が止まっているかのようで、忘れかけた時間が蘇ってくる。
野尻湖を半周ほど行くと、信濃町・古町方面/長野・牟礼方面の看板に出会います。
湖岸道路を離れると、黄色く色づいた針葉樹がお迎えしてくれます。
黄色のキャンバスを抜ける、忙しかった稲刈りが終わり、刈り取った稲の残骸が整列している。ここの田んぼからできるお米は美味しいのだろうな・・・。
お隣の野尻湖から流れてくる水が美味しいお米の源になっているようにも感じます。

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のどかな陽射しを浴びた部落を通り抜けると目的地である涌井峠にさしかかる。
長野方面から涌井峠を向かうには、千曲川に寄り添うように広がるリンゴの産地で有名な豊田村から狭い道を延々と登ってくる。
涌井峠には、峠の蕎麦屋として三軒の蕎麦屋が競っている。
その中でも、峠の道から、さらに一車線ほどの枝分かれした狭い道を右折する。大きく右カーブした奥まった場所に、涌井せんたーはある。峠の道路からは所在を確認することはできない。

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平日の1時30分。
眼下には豊田村が一望できる人気の蕎麦屋さんの駐車場は危険と隣り合わせです。
駐車場は崖に沿って線が引かれているが、車止めのブロックが置いてある訳でもないので勢い余って、止めようとすると真っ逆さまに落ちていくことになる。
・・・雪が降るときは、より慎重に止めないと危険が倍増する。
20台ほど駐車できる駐車スペースは12台ほど止まっている。混み合う昼の時間はとうに過ぎているのに、それでもこれほどの人がお見えになっている。

峠の蕎麦屋で美味しい店があると聞かされたのは15~6年前であったろうか
行きつけの床屋の主人がキノコを採りに行った帰りに寄る蕎麦屋は美味しいよ!
を、耳にして行くようになった。
噂にたがわず美味しかった。
近年は、口コミより素早い情報のインターネットのおかげで、美味しいとの評判が広がり日曜ともなると押すな押すなの大盛況を目の当たりにした。
美味しい蕎麦も、余りの忙しさに美味しさが失われて行くのは道理で、美味しさの原点である汁が水っぽくなり蕎麦の風味を殺していた。
それでも、行けば待ち時間が起きるほどの混雑ぶりだった。
日曜に行くのは止めようと。

15年前の蕎麦の美味しさが戻っているのか、楽しみです。
待つこと8分ほど。蕎麦の待ち時間としては適度な待ち時間です。
蕎麦としては、いま流行の極細麺でない、そば粉100%の田舎蕎麦で腰のある太麺です。
美味しかった。
汁も最後の一滴まで、しっかりと味が安定している。
健康のみなもとそば湯も、適度な白濁で美味しかった。

次もまた、平日に来ることにしよう。

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木枯し・・・彡(-_-;)彡ヒューヒュー

豪雪で鳴らし、雪には慣れっこになっているはずのこの地域にも、早々と冬将軍がお出ましになった。猛烈に吹いてくる北風が肌身に刺す。
これが木枯しと云うものですか。
いつもながら、木枯しが吹く季節になるとこの句が思い浮かぶ。

木枯しや 目刺しに残る 海の色     芥川龍之介

芥川龍之介も木枯しが吹く寒い夕方に、七輪の中は火を入れた炭が赤々と燃え網に乗せた目刺し数匹を眺めているのであろうか。目刺しは醒めてはいるが薄青い色が色濃く残っている。まるで海を眺めているようだ

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寒波をもたらし荒れ狂った厚い雲も一夜明けると遠くに去っていた。
いつもは、雲が掛かりぼんやりとしか見えない、独立した名峰が等間隔で並んでいます。まるで遠近法で描かれた自然のスケッチです。
手前から妙高山、真ん中が黒姫山で奥が長野市を見下ろす飯綱山となります。

これに太陽の陽が当たると絵葉書にも負けない見事な景色となるはずですが・・・。
ぼんやりとした晴れは日本海独特の晴れ模様です。

Hiuti

妙高山に連なる端には日本百名山にも数えられる火打山が純白な雪化粧をしていて、すでに1メートルの積雪があり冬に突入していると聞きました。
火打山は名だたる高山植物の宝庫で季節ごとに愛好家が大挙して押し寄せるとも云われました。2000メートル級の山々に登山してみたいとの好奇心は揺るぎないのですが
体力の衰えは如何とも代え難く空想の世界に浸っています。

社会人になって2年目だったでしょうか
会社にはワンダーフォーゲル(通称ワンゲル)の同好会があり、山梨県にある乾徳山の登山に誘われたことがある。企画室のF嬢も参加すると聞いてもろ手を挙げて「参加します!」と叫んでいた。
新宿駅0時発の登山電車に乗り込み登山駅である塩山駅に到着。漆黒の闇と化している山道を登り始め、上着を脱ぎ、息を切らせて岩や石がゴロゴロしている頂上に到達してご来光を拝んだ。感動した一場面で登山が病みつきになりそう・・・だが、次回の登山の計画にF嬢が参加しないと聞いて、いっきに気持が萎えてしまった。
それ以来、登山と名の付くものの誘いに手を横に振って笑顔で断ってきた。

Arai

火打山から見る眼下にあるスキー場もコースが真っ白です。ロングコースで有名な新井リゾートで、滞在型のスキー場としてホテル・飲食街を造り華々しくデビューしたが、スキー客の減少であえなく閉鎖に追い込まれ、いまや熊やキツネのスキー場としてその場を提供している。
この新井リゾートは、天下のソニーの肝いりで作られたが金持ちの火遊びとなった。


信州では北信五岳として名峰を称えている。

飯綱山 1917m
黒姫山 2053m
戸隠山 1904m
斑尾山 1382m
妙高山 2454m

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