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五木寛之「親鸞」上巻

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全国各地にある二十七紙の有力新聞に連載され、二千万人以上の方が読んだとされる五木寛之「親鸞」(上巻)を読んだ。

地元では圧倒的な読者を誇る新潟日報にも連載された。時々事務所に置いてある紙面を捲り読んだことがあり、単行本になったら読んでみようと思っていた。

時は、平家にあらずんば人にあらずの世の中。平清盛が権威を奮っていたが後白河法皇との確執で世の中は混沌としていた。
経済は困窮、飢饉が蔓延し人々は疲弊していた。路地や辻には野垂れ死に死臭が漂っている。大八車に死人を乗せ河原に捨てるので、河原は死人の山となり野良犬が食い漁っている。そんな世の中に9歳になった忠範(後の親鸞)は出家することを決意する。

物怖じしない性格と何よりも美声であったことが幸いして地回りの風来坊たちに可愛がられ人脈を作り、その縁で、高貴な家柄だけが出家できると云われた比叡山への入山が許される。後の天台座主になる慈円阿闍梨の住む白河房で比叡に上がる為の稚児としての勉強が始まった。

忠範は和歌を歌う名手であった。その歌声は誰もが魅了され、人の心を揺さぶる響きがあったという。
白河房で慈円阿闍梨より忠範から範宴(はんえん)に改名される。

範宴19歳になった。比叡山に入山して七年。
修学の厳しさ、身も凍る寒さ、湿気、それに粗末な食事に耐えて修行に明け暮れるが、都ではたくさんの人が飢えて死んでいるのだ。
自分には仏性がないのではないかと自問自答するが解決する術がない。

比叡山では修行僧としての下位にいる堂僧であるが、学問においては右に出るものがいないほどの秀才ぶりを発揮していた。

慈円阿闍梨の命令で、都で人気の法然房に偵察に行かされる。
法然は、比叡山始まって以来の逸材で将来の天台座主が約束されていたが、突然、山を降りて都で法然房として草庵を作り、庶民の人気を集めていた。
念仏を唱えれば、悪人でも、遊女でも浄土にいけると説法した。

学問での念仏学を習得した範宴は法然の説く念仏は異質なものとして映り、
さほどの興味もなく聖徳太子の廟がある大和二上山にある叡福寺を訪ねる。
範宴にとって聖徳太子は憧れで尊敬する人物である。親鸞は終生、聖徳太子を敬い祈念祈祷した。

聖徳太子は高い身分を持ちながら「世間虚仮」と、溜息のような言葉を残したとある。世間虚仮とは如何なるものなのか

範宴は・・・。
比叡では稚児を愛でる衆道も盛んだ。範宴に良禅なる美少年が慕ってくる。色香に迷い良禅を抱きたくなる衝動にもかられる。大和二上山の山中で一宿をした寺では玉虫なる遊女に言い寄られる。玉虫に、いきり立ちながら手を出さぬのは、遊女で汚れて穢れているからだろうと、罵られる。一線を越えんとする範宴であったが、修行とはなんだろう。

人は、なぜ苦しんで生きるのか。どうすれば救われるのか。十悪五逆の悪人は、どこにいくのだろうか

絶えず、問答を繰り返し行に打ち込む。ギリギリのところで、いつも救世観音の化身と云われる聖徳太子の声に導かれる。後光を見ることになる。

範宴が比叡では学べないことを悟る場面がある。

「範宴、おまえ、あの女の心を忘れるなよ。ええか。おまえは、わしら卑しい人間たちを救うために坊主になったんやろ。ちがうか」
範宴は目を伏せて足もとの石や枯れ木をみつめた。川の音が妙に大きくきこえた。その音は、世間で苦しんで生きる無数の人びとの声なき声のように、範宴の胸にふかくひびいた。
「弥七さん」と、範宴はかすれた声で云った。
「なんや。文句があるなら云うてみ」
「いや、文句ではありません。わたしは、心をきめました」
「ほう」
「わたしはもう、お山へはもどりません」
「それで、どうするんや」
「まだ、わかりません。しかし、いま、はっきりと決心したのです。これまで比叡のお山で学んできたことを、これから俗世間に身を置いて考えます」
「夢にでてきた聖徳太子が、私のところにこい、と云われたのは、きっとそのことでしょう」
「お山をおりるのと云うことは、大変なことやど。覚悟はできとるんか」
「はい」

煩悩に征服され、悶々として寝れずに性欲に負けそうになったり、庶民を知るためにと、勧められるがままに酒を飲む、仲間が喧嘩に巻き込まれそうになると助ける為に向かっていく。
人間味に溢れた親鸞が生まれようとしているのです。

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冬の墓参り

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実家のある九州では、先祖が眠る墓地に行くと、どこのお墓にも線香の匂いが漂い、季節の花が日々欠かさずに飾られているのを目にする。お墓参りの好きな地域なのかも知れない。
そんなお墓を見守りながら育った私は、お墓に花が飾られることもなく閑散としているお墓を見ると、心から淋しさを感じてしまう。

・・・雪が降る冬の季節に死ぬのは嫌だなぁ~。

ことしの冬は、例年にも増して雪が降り続き、降るたびにスコップを持ち出して雪かきに精を出していた人たちは、家の周りを除雪するのが精一杯でお墓まで手が回らない。掃いても掃いても雪の攻撃にやられてしまった。

そのお墓もまた、雪に埋もれていた。
雪が降る1月2月の季節に、亡くなられた家族の命日はどうするのだろう
喪服に身を固め、手にはスコップを持って墓参りとなるのであろうか

雪国のお墓は二階建てになっています。先祖が眠るお墓が雪に埋もれて寒かろうって、普通のお墓より1メートルほど高くなっているのです。
それでも、ことしの雪は想定外だったのでしょうね
埋もれて、命日の墓参りもままならぬ情況です。

雪解けが進み、春まで命日の墓参りは先延ばしでしょうか
春が来るまで伯母さまの墓参りは出来そうもありません。

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束の間の春日和

春は足音も立てずに訪れていた。

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春日和となった昨日・今日は、さぁ!みんなコートを脱いで街に出よう!とそんな感じの陽気が体を包み込んでいる。
しかし、まだお日さまが顔を覘かせていない朝早くはバリ!バリ!バリ!と水溜りは氷が張りつき、名残惜しむかのように冬が居座っている。
春よ!まてっ!と叫んでいるかのようだ。

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川面は朝日を浴びている。川面は来る日も来る日も、降り続いた雪の重みで疲れていた。雪との格闘がようやく終わった。静けさを取り戻した川面はゆっくりと小河となって海へ向っている。

 

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フキノトウの芽吹きを探しに山あいに入ると砕ける水の音が聞こえて来た。
雪解け水を一身に受けている小さな川には、大量の雪解け水が、堰き止められた石に砕かれて水飛沫をあげ、春の音を奏でている。砕けた水面は太陽の光が当たり燦燦と輝いている。

冬のあいだは水底で、石と石とのあいだに隠れるように動かずにジッ~としていたヤマメ一家も動き始めたようです。雪解け水が運んできた小さな虫たちを探しています。
ことしの稲は豊作になるでしょう・・・これほどに、きれいな雪解け水があると、ミネラル豊富な水がなみなみと田んぼに注がれて美味しいお米が出来そうです。
雪に感謝しないといけないですね。

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荒れ狂い、灰色に染まった海も青が戻って来ました。
岩壁に打ち寄せる波飛沫は春の飛沫でした。

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春のさざなみ

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田んぼは雪、雪、ゆきの銀世界

春を乗せて、少し暖かい南風が漂ってきました

雪の上に降り立った春は、ヨーイドン!で運動会

春のさざなみが、うねりとなって広がっています。

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五輪塔

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集落の場所を示す「二柱五輪塔」が、雪から覗かせ朝日を浴びています。
集落にある五輪塔は集落の末永い繁栄を祈っているのです。

空海が持ってきた五輪塔は、宇宙を現す構成で、地輪・水輪・火輪・風輪・空輪で構成され、梵字を刻むことで密教の呪文ではないかと云われています
古代インドでは宇宙の曼荼羅だと聞いた事がある。

なによりも、最高傑作であった時代小説、五味康祐「柳生武芸帳」は惜しくも未完で終わってしまったが、その中に出てくる主人公の一人に片目で剣の達人柳生十兵衛がいます。柳生十兵衛のお墓は五輪塔です。
なぜ、柳生十兵衛のお墓は五輪塔なのか・・・で、そこから五輪塔に興味が湧いたのを覚えています。

私のお墓も五輪塔で・・・。
出来ぬ相談のようです。

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人気のボディコンバット

通っているスポーツジムで人気のスタジオレッスンがボディ・コンバット!

エアロビクスなど体を柔軟にそしてやさしいレッスンには、初心者用から上級用までプログラムされお目当てのレッスンの時間に合わせてお見えになり、レッスンを待ちかねたようにレッスンスタジオに吸い込まれていく。
大勢いらっしゃる女性に混じって勇気ある男性の方が必死に体を消耗されている。

その中にあってボディ・コンバットのレッスンは活気に溢れている。
ボディ・コンバットはレスミルズ・プログラムとしてニュージーランドのエクササイズグループが開発したとある。ボディアクションが人気を呼んだようです。

レッスンの開始を告げるアナウンスが流れるとランニングマシンやエアロバイクを漕いでいた人たちがスポーツドリンクと汗拭きタオルを手にして三々五々集まってくる。前面に大きく貼り巡された鏡が広いスタジオをより大きく見せている。人気のレッスンには前もっての整理券が配られる。盛況振りがうかがえる。

初心者に配慮と45分間の長丁場で動画ほどの激しい動きは少ないようですが・・・。
ダイエットの効果は大きいようですし、躍動感ある大きな動きでエアーボクシングやらエアー空手を楽しんでいるようにも見える。

わたしはと云うと、
多彩なアクションをエアロバイクを漕ぎながら、ついついガラス越しに見とれてしまう。
これは、もう一員となってスタジオに中に入ってアクションをしたいところですが
ワンテンポもツーテンポも遅れることになりそうで傍観者に徹しています。

動画に合わせて一緒にどうぞ・・・!

そうそうフラダンスの教室も人気でいっぱいのようです。
こればかりは覘いたことがありません・・・通りすがりにチラッと見える。

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七変化の雪景色

除雪が一段落するのを待っていたかのように、次の雪が急いで空から降りてくる。
まるで、徒競走をしているかのように、次から次と・・・
白い世界が広がっている。たまにはピンクの雪でも降らせてみろ!と無色な光景にウンザリしている。

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雪に色が付いたら面白いだろうな
天気予報で、昨日までの白い雪は峠を越し、明日からは可愛いピンクの雪が降りますが、午後になると燃えるような真っ赤な雪が激しく降るでしょう なんて。
朝、玄関を開けたら真っ赤な雪の景色だったら、どうなるんだろう。
街中、郵便ポストが歩いている光景に出会うことになる。

と、云うことで雪を黄色くしてみました。
明るくて良いですね。

真夏の南半球はどうなっているんだろう
カンカン照りの灼熱の地獄が続いていると云うニュースは聞こえて来ない。やはり普段どおりの夏なんだろうな。
早いところ季節のバトンタッチをしたいところだ。

南半球と北半球で思い出した。
あるブログのコメントで山元加津子さんの話を書いた。それで思い出したが、山元加津子さんがアフリカに行かれて赤道に立ってある実験をされたことを思い出した。

山元加津子さんがケニアの赤道を示す看板のところに行った話。
看板から20メートルほど北に行って、大きいタライか何かに水を入れて藁を浮かべます。
そしてタライの水を抜くと、浮かべた藁が時計の反対周りでグルグルと回って水が落ちていく
その逆に、赤道の看板から20メートル南に行って、同じことをするとタライの水は時計回りにグルグルと回る。
そして、赤道の看板のある場所で、同じことをしても水は流れるだけで藁は動かないと書かれていた様に記憶している。

風も赤道でピタッと止まるのだろうか 
赤道に住んでいる人は楽しいだろうな。赤道の真上で過ごすとどうなるんだろう。右からの風と、左からの風で遊べます。

素朴な疑問でひとつ解決したことがあった。
象のあの大きな耳の穴はどうなっているのだろうと気になって、聞こえにくいだろうに・・・と、思っていたら象の耳の穴は耳の表にあるそうです。チョットすっきりした。

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「たけくらべ」を読む

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入院中に読んでみたいなと樋口一葉「たけくらべ」と夏目漱石「それから」などを抱えて枕元に置いた。

「たけくらべ」は高校の図書館で読んだ記憶があるが旧仮名遣いの擬古文とくれば、当然睡眠薬の一種なので読みすぎると死に至ります。いまもって擬古文なんて文体を読めるはずもなく、尚且つ、斜めから斜めと端折る読みかたになるので、現代語訳を持ってきた。

「たけくらべ」は、転居に次ぐ転居で吉原に移り住み、極貧の中に身を置いて日常繰り返される吉原界隈の日々を格子戸から眺めていたのか、短編として路地裏の人間模様が紐解かれている。
小さな事を見逃さない細かいところが描写され、日々生きる上での力関係があぶりだされている。

そして「一葉日記」にみる樋口一葉のひととなりを書いた福田和也「我が鍾愛の奇人伝」には一葉の開き直りとも取れる行動が書かれている。
小説家を目指し文学界に発表するが一向に芽が出なくて極貧の状況が語られている。

一葉は行き詰っていた。
文学界に作品は発表したものの、一向に暮らしは立ち行かない。
こうなったら、身を捨てるしかない。
「うきよに捨もの、一身を、何処の流にか投げ込むべき。学あり、力あり、金力ある人によりて、おもしろく、をかしく、さわやかに、いさましく、世のあら波をこぎ渡らんとて、もとより見も知らざる人の、ちかづきにとて引合せする人もなければ、我よりこれを訪はんとて也」
一葉は、人相見の久佐賀義孝に狙いをつけた。久佐賀は、湯島三組町に屋敷を構えて、貴顕紳士がこぞってその判断を仰ぐことで知られていた。
一葉は、書生の後について、長い廊下を進んでいった。
十畳ほどの部屋に、蒔絵細工や銘木で作られた違い棚などが、沢山詰め込まれいるのを一瞥した。
「誠心館」と大書きされた額のかかった部屋に案内された。
久佐賀は、床を背にし、大きな机を据えた傍らで、火鉢の灰を突いていた。
久佐賀が、ようやく口を開き、要件を訊く。
一葉はみずからの境遇を縷々語った後、云った。
「さらば、一身を生け贄にして、運を一時の危うきに賭け、相場と云うことをしてみたく存じます」

その元金、千円を貸してほしい、と。久佐賀は気圧されたようだった。
一葉は、年齢と生まれた日を訊かれた。
「三月二十五日とは上々の生まれ。才あり。惜しむ処は、望みの大きすぎて破れる形に見える。あらゆる望みを胸中から去って、終生の願いを安心立命に尽くしては如何か」

一葉は失笑した。
「私の一生は破れ破れて、道端に伏す乞食になること。乞食になるまでの道中を造ろうとして、悶えに悶えているのです」と、開きなおり、己をさらけだして仁王立ちになった一葉がそこに居た。
後日、久佐賀から一通の手紙が来た。一月十五円で妾奉公しないか、と。

一葉は久佐賀の手紙に反応したのかな 妾奉公をしたのだろうか。極貧に喘ぐ一葉はどう思ったのか。
波乱万丈の波に翻弄された一葉の生きざまが書かれていた

そして
一葉は様々な内職に精を出している。
良家の娘に和歌を教えるのは実に体裁が良いが、洗濯、裁縫、女郎の手紙の代書 看板や品書きの筆耕となんでもやっている 歌留多つくりにも力を注いだ。
蝉表なる内職を妹と競争するようにして作っている。とある。蝉表とは、夏下駄の表面に施される籐細工。

「たけくらべ」に出てくる遊女を目指す女性の美登利は、一葉そのものだったのかも知れない。
それで吉原の遊女をつぶさに観察していたのだろうか。
才能が開花する前に人生の幕を閉じた。

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やってもうた!

悪路走行を得意とするコラムシフトのマニュアル車が好きで、近距離専門で市内を走る分は燃費もかからない軽の4速マニュアル車に乗っている。いつ何時に悪路ラリーのお誘いがあってもすぐに対応できます。特に雪道・砂利道はギアの入れ替えが必要となり、楽しさが倍増する。今日もオンボロな車であるが小回りと性能に優れている軽に乗り込み動画編集の説明にやって来た。

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ここの事務所は靴を脱ぐので、予め履いている長靴を脱いでおこうとトランクに入れてある靴に履き替えた。
この日もいつもの通り履き替えることに。雪は深々と降りしきり、体の一部と化した長靴を履いて動き回っていた。雪道を歩くには最適で申し分ないが、余り冷え込むと長靴の中はひんやりとして足先が冷たく感じることもあるので、しもやけの原因にも成りかねない。

近距離専用の愛車であるが、今にも壊れそうなオンボロの車なので24時間どこに停めても鍵を閉めたことがない。

しかし、車の中には、どんな時でも使えるように車内はスコップ・毛布・パソコン修理道具一式・文房具・ノコギリ・ナイフ・ブースター・ジャンパーにトレーナーそれに雨合羽など、ありとあらゆる天候に対応できるように非常時用の必需品が雑然と置いてある。4人乗りでありながら実際は1人乗りでもある。
オートマチックに慣らされた運転で、いまさらギアをチェンジしながら運転できる人が何人いるのだろう。車上荒らしも決して選ぶことのない車であると自信をもっている。

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何を思ったのか、その日に限って鍵を抜いて後ろのトランクを開けた。そして、閉めたことのない前のドアをロックした。
このことが大きな問題を引き起こすなんて・・・ことは努々思わず、トランクを開けて必要な書類やら備品を集めていた。
着膨れで鍵をダウンのポケットに入れて、そしてそのダウンを脱いでトランクに投げ込んだ。

静かにトランクを閉めたのです!

閉めた瞬間に、あ~~~鍵が・・・。
窓越しに見えるトランクには鍵の入ったダウンが無造作に置かれています。運転席を見るとしっかりとドアロックされています。旧式のドアです。リモコンで開け閉めする近代兵器は持ち合わせていません。
呻ったきり、一計を案じます。
そうだ、帰りに定規か針金を借りて窓の隙間に入れて開ければ良いと、過去の体験が発想を生みました。

説明が終り1時間30分経過して戻ってきたのです、手には30センチ透明の定規が握られています。さてと、これからが腕の見せ所です。運転席側の開閉するガラスの隙間に定規を差し込み、ドアロック付近をガチャガチャと上下左右に動かせても、何の反応もありません。まず定規に触る感触がないのです。
雪は降り続いています。
頭を白髪に染めての作業が続きます もう1時間はドアロックの解除にむけての作業は終りを知りません
仲間が集まってきました。
めいめいに定規やら針金を持って来て、壊れかけた車を廃車にしようと懸命な作業は続きます。

ついには諦めました。
そうだJAFを呼ぼう。 これがまたプープープーの話中で繋がりません。
30分ほどかけ続けて、ようやくJAFに連絡が取れました。

JAFはやって来ました。
鍵を開ける特殊な工具を持って差込口をチョコチョコと弄り回しています。
ものの5分経ったでしょうか。
ドアロックは解除されました。ぐったりと疲れた瞬間です。
昭和の車はいざ知らず、平成に作られた車は定規などでは絶対に開かないそうです ザンネン!

JAFいわく、これを教訓にJAFの会員になりませんか・・・4000円の年会費でトラブルはすべて無料です 
・・・すべて無料は殺し文句です、が、入りません。二度と鍵は閉めません!と。
弱者救済であれば、いま会員になれば無料なのかな まぁそうは行きませんよね。

JAFの請求は、なんと12,500円。
プリンターを買ったことにして忘れよう。と、心に決めたのです。
そして、雪が解けたら乗るのを止めよう・・・。

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入院中のはなし。其の四

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心電図の電極3本をつけている。
まるでロボットになったような気分にでもなったような、寝返りをうったときに電極の1本が外れたのか、寝静まった深夜に揺り起こされた。心電図をリモート で管理しているモニターに異常を知らせるアラームがなったのかな、看護師の二人が血相を変えて飛んできたのだ。電極が外れただけと知るとホッと胸をなでお ろし外れた電極を付け直して帰っていったが、寝返りも気をつけるようになった。

次の日に、脳神経で入院されていた一人の方が2ヶ月の治療を終えて退院された。TVの音声を高くしている方だったので
これで、少しは静かに過ごせるものと思っていたのですよ。

ところが、ほどなくして鼻にチューブを入れた身動きできない老人が、他の部屋から移動されてきた 嫌な予感が頭を過ぎる。
ニコニコしながら看護師の方が、私を含めた三人のかたに小声で話された。
眠りが浅い場合のお薬が用意できますので、その時はお知らせくださいとあった。
嫌な予感は現実となって襲い掛かろうとしていたのです。

九時の消灯で静かな病棟は、いつに増しても静かさが漂っている。
そんな静けさを破るような号音が一発!鳴り響いた。

きゅうきょ相部屋となった老人の痰が絡む音だった。
喉に引っ掛かる痰がなかなか切れないのか、廊下にも響くガラガラとした音が轟音となって襲い掛かってきた。

すぐ近くで落雷した雷を想像して欲しい。

雷だ!外は大雨で雷が鳴っているんだと、自分に言い聞かせたが、絡まった痰を切る音の世界に引き摺り込まれた。
思うようにならない絡んだ痰は音は激しく、無情にも周りを引き込んで轟音の世界に引きずり込んでしまう。あ~個室に移りたい!
看護師の方は知っていたんだ。
寝不足の日々が始まったのです。(その分、昼寝でカバーしましたが・・・)

最近はとんと喉に痰が絡むことはなくなった。痰そのものがでなくなった。

タバコを吸っていた時分は、いつも喉に引っ掛かる痰を切ることが日課のようになっていたがタバコを止めたとたんに痰は、どこかに行ってしまった。タバコを 止めて良かったと思う一番は痰が絡まなくなったことだった。
もう止めて5年以上経つ、タバコを口に咥えることもないだろうと思う。

拾った画像

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入院中のはなし。其の参

ダイエット効果のある病院食を規則正しく食べる。これほど栄養を細かく管理されていると、満腹感が広がり次の時間まで待てるから不思議だ。

1000曲ほど入れてあるiPodから流れてくる音楽に耳を傾けながら、無造作に積み上げた本や雑誌に目を通し隠居気分を味わう。iPodには、それこそ手当たり次第に入れてきた。民謡あり、映画音楽も入れてきた。特に今回はギター名曲集を何枚か選んで入れた。ジプシー音楽が好きで気分が乗る。ジプシーと云えばジャンゴ・ラインハートのジプシージャズはお気に入りです。

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音楽を聴きながら、はたと今回の入院を考えた。
思えば、おととしの12月20日に肩と胸部の間が左右とも痛くなり、はじめての痛さだったので筋肉痛ではないかと疑った。しかし、動くたびに息切れしたが、これも冬の装いで厚着しているからだと納得した。
その当時は、肺炎で亡くなる方が多いと話題になったりしていたので、肺炎の疑いもあるなと心配になった。
午後になると、胸の痛みも息切れも治まって、何事もなかったかのようになっていた。

それでも肺炎が気になって近くの内科を訪ねると聴診器をあてるとすぐに、心電図の検査が始まり、(・-・)・・・ん?なんだろう。肺炎でも心電図を撮るのかな。

私:肺炎ですか?
医者:肺炎ではないですが、不整脈が激しく揺れて狭心症の疑いがあると告げられた。

エッと云う間に、紹介状を書くから総合病院に行くように云われた。
これは大変なことになったようです
次の日、会社の掛かりつけの循環器専門のクリニックを訪ねて、再度検診すると間違いなく狭心症であると云われ、倒れたら命の保証はしないと云われ、ここでも総合病院への紹介状を戴いた。紹介状を二通もって総合病院の戸を開けたのです。

すぐに検査入院の日が決まり、心臓カテーテルの造影検査が行われたのです。
造影検査で見つかったのは二箇所。一箇所はすでに血管が詰まっていて流れていない。血管が死んでいると。
しかし遠くの支流から細い血管がかろうじて来ているので、生き返させられるかも知れないと云われた。
これは、もうお願いするしかありません。

狭心症の段階で見つかってラッキーでした。これが血管が詰まったことで動脈硬化を起こし、心筋梗塞となっていたら生死を彷徨ったことでしょう。

心筋梗塞と云えば・・・。
同世代?の小林繁が心不全で急死したのは少なからずショックを受けた。
昨日まで、元気で笑顔を振り撒いていたのにとニュースは伝えていた。そして、死因は心筋梗塞からくる心不全だとも。
商社時代、得意先の担当者と来シーズンに向けての打ち合わせを来週でもしましょうかと電話で話した翌日に、心不全で亡くなったのもショックだった。まだ36歳の若年でした。

心不全は怖いな。一瞬であの世行きですと云われてきた。寝ている間に黄泉の国からお誘いがあるようです。
亡くなった友人は、社員数人と食事をしたのちに帰宅して、お風呂に入り、すきなビールをコップ1杯飲んで明日は資料を整理しなくちゃと云って寝床についた。深夜3時ごろに「あ”~」と驚きの声をあげた。隣に寝ている奥さまがビックリして目を覚まし「あなた!どうしたの?」と声をかけたが返答はなかった。
救急車を呼んだが、すでに呼吸はしていなかった。と。

心不全を引き起こす心筋梗塞とはどんなものなのか。                     
先ずは、不整脈が発生して血圧が高くなるようです。そのうちに狭心症と呼ばれる血管が過剰なコレステロールで血管が細くなり狭窄すると狭心症として出発します。
この段階で見つかるとカテーテルの治療で完治するようです。

筋肉痛のような痛みは要注意です。息切れも注意です。
これは、心臓に問題があっても心臓の周りで痛みが出るとは限らないようです。
腰の痛みも、足の痛みも・・・すべては心臓に向う血管に問題があるのです。

などと、あらためて浅い傷で良かったと胸を撫で下ろした。
この先、血液サラサラとか、血圧降下剤とうの薬は飲み続けることになるだろうが、安心を得るためには、ありがたい処置です。
薬漬けの日々も仕方ないかな。

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入院中のはなし。其の弐

1時30分。
右手に刺さった点滴を持って車椅子に跨った。はじめて車椅子に座ったが、とても楽チンであったが急に老けたような気がして落ち着かなかった。
治療室に入ると、モニターが数台こちらを向いている。治療室は近代兵器が治療台を取り囲んでいる。
治療台にあがるとすぐに点滴をしている右腕に常時血圧を計る為にグルグル巻きにされてしまった。
体には、なにやら分厚いカバーがかけられた。
始まるんだな・・・。
右手首に麻酔が打たれた。
ゴソゴソと右手首に違和感が走る。いままさに動脈に穴が開けられカテーテルを入れているところなのかな
手術中は医学用語が飛び交い、注入する薬剤の量やら種類が反復され山彦となって響いている。

心臓血管が狭くなっている箇所は1年前から指摘されX線動画で確認していた。血液サラサラの薬を飲むことで改善されることを期待していたが、核医学(RI検査)でも改善が見込まれないとの説明を受けてステントを入れることになった。
血管の中に金属のトンネルを入れるのは、おっかなびっくりの手術です。
それでも、1時間の予定が35分で終わりました。
ステントを入れた血管の動画で元気に血が巡っているのを見て安心した。

右手には点滴をぶら提げ、左手首には動脈に穴を開けたので傷口を塞ぐための圧迫固定されている。麻酔が切れるころは、この圧迫固定が痛いのなんの・・・痛いんです。
圧迫固定が外される4時間ほどは恐怖を感じます。

ステントを入れると術後4~5日が一番危険のようです。金属は血を固めやすいので十分な経過の治療が大事だと聞きました。
体にリモートで検査する心電図の電極を取り付けられた。まるでロボットのようでアバターの映画のようです。

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                         画像を拾ってきました

6時。左手首の圧迫固定が外されます。すこし開放されます。
傷口をみながら、もう大丈夫のようですね それじゃ外しますか。
ガチガチに固定された圧迫から開放されました。
ところが、それから30分ほど、圧迫を外した場所に貼られた絆創膏が見る見るうちにどす黒く膨れ上がってきたのです。
もうボタボタと血が膨れて溢れてきたのです。
すぐにベッドの布団が汚れては拙いと、意外と冷静なんですね。
足もとにあったゴミ箱を寄せて、ゴミ箱の上に左手を置いたのです、ゴミ箱の中には血が溜まっていきます。
ナースセンターまで歩いていこうかと思ったが、ベッドの枕元にある緊急のボタンを押したのです。

看護師:どうされましたか?
私:血が止まらないんですが
看護師:すぐに行きます 安心してください。

駆けつけてくれた看護師がすぐに包帯で強く縛り、手首を心臓より上に・・・
医者が二人に看護師が三人で、再度の圧迫固定が始まりました。
左手の皮下には溢れた血が左手いっぱいに広がっています。内出血のように気持悪いほどに

自然になくなると云われたが、火傷のように、まだ血の足あとが皮下に広がっている。

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入院中のはなし。其の壱

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節分の日は、2ヶ月前から予約されていたステントを入れる手術が待っている。
その日は、前夜から降り続いた雪で見渡す限りの景色は真っ白となっています。街並みはビルが立ち並び屋上には看板が付けられているが、看板の文字がかすれていく。看板を書き換えるようで何事もなかったかのように白く塗りつぶされていく。

午後からの手術を前に、着々と進められていくことになる。

先ずは、どの部屋になるのか、空きがない場合は個室になりますが?と事前に了解を求められていた。
大部屋と云っても4人部屋で明るくてきれいな部屋です。1人当たり有に4畳はありそうでゆったりとしている。

循環器の病棟には個室も大部屋にも空きがなく、脳神経の病室に空きが見つかり連れて行かれた。準備として手術するための服に着替えて、手術では大量の血を流すことになるのであろう・・・右腕には血の生成か食塩の点滴を刺す。

新参者なので静かにしていると、暇なのか病室にいる先達のみなさんの話し声が聞こえてくる。どうも一人の方は高校の先生で冬休みの期間中である12月25日にクラブ活動の指導をしているときに突然めまいがして倒れて救急車で運ばれたと、当時の様子を話されている。聞くとはなしに聞こえてくる話に耳はジャンボ耳となり左方向に向いている。
脳神経みなさんは、すでに1ヶ月以上入院されているらしい。

脳神経で入院されている方に主治医の回診があり問答が聞こえて来た。
先生:右手を首の後ろを回して左耳の耳たぶを指で挟んでください
先生:そうそう、挟めますね
患者:先生、耳は耳だけど違う場所になってしまいます。
先生:では、その逆を行きましょうか・・・
患者:挟めるけど、どうしても耳たぶでない違うところになっちゃうな

聞くとはなしに聞こえてくる問答を、私も試してみる
右手が点滴で使えないので、左手を首の後ろに回して右耳の耳たぶを掴んでみる。いまのところは掴める。
いつまで掴めるのか 不安が交差する。

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