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「たけくらべ」を読む

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入院中に読んでみたいなと樋口一葉「たけくらべ」と夏目漱石「それから」などを抱えて枕元に置いた。

「たけくらべ」は高校の図書館で読んだ記憶があるが旧仮名遣いの擬古文とくれば、当然睡眠薬の一種なので読みすぎると死に至ります。いまもって擬古文なんて文体を読めるはずもなく、尚且つ、斜めから斜めと端折る読みかたになるので、現代語訳を持ってきた。

「たけくらべ」は、転居に次ぐ転居で吉原に移り住み、極貧の中に身を置いて日常繰り返される吉原界隈の日々を格子戸から眺めていたのか、短編として路地裏の人間模様が紐解かれている。
小さな事を見逃さない細かいところが描写され、日々生きる上での力関係があぶりだされている。

そして「一葉日記」にみる樋口一葉のひととなりを書いた福田和也「我が鍾愛の奇人伝」には一葉の開き直りとも取れる行動が書かれている。
小説家を目指し文学界に発表するが一向に芽が出なくて極貧の状況が語られている。

一葉は行き詰っていた。
文学界に作品は発表したものの、一向に暮らしは立ち行かない。
こうなったら、身を捨てるしかない。
「うきよに捨もの、一身を、何処の流にか投げ込むべき。学あり、力あり、金力ある人によりて、おもしろく、をかしく、さわやかに、いさましく、世のあら波をこぎ渡らんとて、もとより見も知らざる人の、ちかづきにとて引合せする人もなければ、我よりこれを訪はんとて也」
一葉は、人相見の久佐賀義孝に狙いをつけた。久佐賀は、湯島三組町に屋敷を構えて、貴顕紳士がこぞってその判断を仰ぐことで知られていた。
一葉は、書生の後について、長い廊下を進んでいった。
十畳ほどの部屋に、蒔絵細工や銘木で作られた違い棚などが、沢山詰め込まれいるのを一瞥した。
「誠心館」と大書きされた額のかかった部屋に案内された。
久佐賀は、床を背にし、大きな机を据えた傍らで、火鉢の灰を突いていた。
久佐賀が、ようやく口を開き、要件を訊く。
一葉はみずからの境遇を縷々語った後、云った。
「さらば、一身を生け贄にして、運を一時の危うきに賭け、相場と云うことをしてみたく存じます」

その元金、千円を貸してほしい、と。久佐賀は気圧されたようだった。
一葉は、年齢と生まれた日を訊かれた。
「三月二十五日とは上々の生まれ。才あり。惜しむ処は、望みの大きすぎて破れる形に見える。あらゆる望みを胸中から去って、終生の願いを安心立命に尽くしては如何か」

一葉は失笑した。
「私の一生は破れ破れて、道端に伏す乞食になること。乞食になるまでの道中を造ろうとして、悶えに悶えているのです」と、開きなおり、己をさらけだして仁王立ちになった一葉がそこに居た。
後日、久佐賀から一通の手紙が来た。一月十五円で妾奉公しないか、と。

一葉は久佐賀の手紙に反応したのかな 妾奉公をしたのだろうか。極貧に喘ぐ一葉はどう思ったのか。
波乱万丈の波に翻弄された一葉の生きざまが書かれていた

そして
一葉は様々な内職に精を出している。
良家の娘に和歌を教えるのは実に体裁が良いが、洗濯、裁縫、女郎の手紙の代書 看板や品書きの筆耕となんでもやっている 歌留多つくりにも力を注いだ。
蝉表なる内職を妹と競争するようにして作っている。とある。蝉表とは、夏下駄の表面に施される籐細工。

「たけくらべ」に出てくる遊女を目指す女性の美登利は、一葉そのものだったのかも知れない。
それで吉原の遊女をつぶさに観察していたのだろうか。
才能が開花する前に人生の幕を閉じた。

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