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鼓童「うぶすな」~和太鼓の響き

花が咲き乱れる4月を目の前にして、雪混じりの雨アラレが降り注ぐ。
体内温度の調整ができない体中の筋肉が萎縮して冷え込んで寒い。
こんな夜に佐渡を根城にし世界的な人気の和太鼓集団「鼓童『うぶすな』のコンサート」は始まった。

うぶすなと云えば、産土と書き、悩み事や願い事で一番頼りになる神頼みの神様。産土大神のことです。
この世に生を受けた場所の氏神様が、生まれた方の産土の神となると云われている。名だたる神社にお参りするより、効き目がある神社が産土の大神です。

鼓童「うぶすな」は暗転したまま神さまの踊りからはじまった。
静寂した空気に草木に目覚めさせようとする篠笛の音色が、どこまでも、どこまでも果てしなく響きわたる。
草木が眠りから醒めた時に、空気を切り裂く、地響きにも似た太鼓の音が波となって押し寄せ、合図となり、神さまが鼓舞して行きます。
和太鼓から繰り出される激しくもやさしい音は心の奥底に伝わります。

「うぶすな」は鼓童の代表者である青木孝夫が演出し、誰もが認める鼓童の和太鼓に加え、新しい特徴として、横笛が随所で出てきます。これがまた、何とやさしい音色なんでしょう。
小さい頃に観た映画「安寿と厨子王」でも厨子王が篠笛を吹くシーンが脳裏に焼きついています。映画「笛吹童子」でも笛の音色で魅了された。

「うぶすな」は、鎮守の森を護る氏神さまの祭りでもあり、鎮守の森で遊ぶ子どもたちや、鎮守の森に棲む鳥や虫たちの生き物たちの踊りでもありました。

日本一と云われる大太鼓が舞台中央に出てきました。ずしりと重く太鼓の大きさに圧倒されました。上半身裸で、はち切れんばかりの筋肉をした奏者。大きなバチを持っておもむろに深呼吸を二度や三度繰り返し、ド~ンと響きわたります。
雲海に漂う雲の小波が小さく広がります。ドンドンドン・・・・
そして、小波が集まり始めて、ド~ンド~ンと心の叫びが聞こえます。
「オ~~!」「エ~イ!」「ヤァ~!」と、自らの掛け声で太鼓の波は絶え間なく寄せては帰る音の波です。

何度、拍手が起きたでしょうか
疲れを知らぬ奏者は、10分は続いたでしょうか 体じゅうから汗が吹きだしキラキラと光っています。最高潮に達しました。
素晴らしい。

二年前に聴いた鼓童「いろどり」も良かったが、今回の「うぶすな」も良かった。漂う篠笛の音色に、透き通った歌唱に、雨音を表現されたか琴や胡弓の音色も心に残った。

神さまが荒波で禊払いをする場面は、音色がひとつになり神さまが身を清めている。静かに鳴り響く太鼓の音は高天原だったのか。

拍手が鳴り止まず、アンコールが長く続いた。

堪能した和楽器の数々を聴いて、外に出ると氷雨は降り続いていた。マフラーを強く締めなおし、桂林飯店で五目ラーメンでも食べようかな・・・。

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封印された霊のオークション

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ニュージーランドのオークションサイト『Trade Me』に、「霊」が封印されているという小瓶が出品され、約18万円で落札された。

出品されたのは自宅に住みついていた霊をエクソシストが聖水とともに封印したという2つの小瓶。封印されているのは、1920年代にその家で亡くなったという男性の霊と、出品者がコックリさんをしていた時に現れた少女の霊だという。

前代未聞の出品に閲覧者たちからの質問やコメントも殺到。

「霊という危険なものを売って罰は当たりませんか?」
「霊を売るなんて無責任なことをしないで、深い穴に埋めるべきです!」

「なんて馬鹿馬鹿しい出品だ。がんばれ!」
「洋服のハンガーなんかを出品しているやつに比べれば、どれだけ素晴らしい商品か!」


どんな霊が閉じ込められているのか、とても興味があります。
アラジンの魔法のランプのように、主人に忠実で、どんな願いも叶える万能な召使いが霊として入っているかも知れない。
やはり、そこには呪文のような秘咒を唱えないといけないでしょうね

弘兼憲史の描くところの「ハロー張りネズミ」の中にも、強力な悪霊が家を占領しているのを霊能者が悪霊を退治する話が随所に出てくる。憑依した悪霊を解き放し、除霊と浄霊を行った後に閉じ込めると、日本の場合は注連縄を巻いて秘咒を奉る。注連縄が強固な鍵であろうか・・・。
田舎道を歩いていると、道祖神やら地蔵さんに注連縄が巻いているのを見かけることがある。この場合は、むやみに注連縄をはずすと危険なんだろうな。

ある友人のひとりは、韓国旅行に誘われてホイホイと付いて行き、ミヤリに入り浸った。
(ミヤリと云えば、知る人ぞ知る・・・)

韓国三泊目に、散々遊んで疲れ切って眠っている時に、夢に出てくる女性に起された。ところが目が覚めて周りを見渡しても女性はいない。
当たり前ですね。夢なんですから。
しかし、目が覚めているにも関わらず、女性の声がするんですね。
ホテルの部屋には誰もいない。友人ひとりだけです。
そのうちに、体に触ってくる女性の掌の感触を感じたと云います。シャツのボタンを閉めると、勝手にボタンを外す行為もしてくる。
しかし・・・女性の姿は見えない。誰もいないんです。

うるさい!と声をあげると、少しのあいだは大人しくなるが、時間が経つとまた体を触ってくる女性の手を感じると。

もうノイローゼになって日本に戻って来た。
透明人間の女性を連れたまま、戻ってきたんです。

霊に憑依されている時に、友人に会いましたが「見て!見て!いまここを触っていますよ 見えますか?」と聞かれたが、見えなかった。

悪友どもは、面白がって毎晩、まいばん女性に抱かれて良いな~と爆笑されたが、本人はいたって真面目で苦しんでいた、ある霊能者の手を借りて除霊と浄霊を行ってもらった。その時も霊能者は、友人の背中に回り呪文を唱え何度となく九字を切り、手には数珠と注連縄が握られていた。

終わって本人は腰が抜けたように寝転がり、ハァハァと息を切らしていた。
あのまま、いつも触ってくる憑依の女性と楽しく過ごせたのに・・・と、わたしは思った。

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春スキーは大賑わい

この夏に友人が、名うての蕎麦屋が軒を連ねる蕎麦の激戦地区戸隠でお店を構える。観光客にはいざ知らず、通の揃った地元の舌を唸らせることが出来るのか・・・と、云うことで味見会を開くことになった。
しかし、その前に試食してよ!と嬉しいお誘いがあってホイホイと出かけてきた。

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大荒れの天気は戸隠をも巻き込んで30cmの新雪があらたに降ったようです。
スキーシーズンも残りわずかとなり、ゲレンデには家族連れが大勢押しかけリストには、珍しく行列ができている。
雪質の良い戸隠の雪は歩くだけで雪がしめつけられキュキュと鳴る。素晴らしいパウダースノーです。
目の前には、日本のデモンストレーターの練習場で名高いチャンピオンコースがあります。大小のコブが無秩序に凸凹になっているゲレンデです。
上から見ると絶壁に見え、死に急ぎたくなる急斜面です。

隣にあるシルバーコースも上級者のゲレンデで今日は、バッチテストを行っています。テストを受けている人はさすがに上手い!32度の急斜面を高速パラレルターンでスイスイと滑っています。
上手いもんだなぁ~。

戸隠のバッチテストで1級でも取った日には満面の笑みで鼻高々です。戸隠で1級をとるには、それほどに難関であり日本屈指のテスト会場です。
戸隠で1級と取ると、どこのスキー場でも最敬礼してくれます。と、思います。

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微笑ましい光景。
母親が子どもにスキーの楽しさを教えています。

寒い冬に、あんな重いものを担いでスキーに行くなんてと毛嫌いしていたわたしは、ある提案が多数決で否決され、罰ゲームでスキーに行くことになった。諏訪の車山高原スキー場ではじめてスキー板に乗り滑って転んだ。

動きたい足の自由を奪われ、そして歩けない。一歩、足を踏み出すたびに転び七転八倒のスキーに魅せられたんです。

子どもを戸隠スキー場の一番上から抱っこして滑りたい!との想いで、休みの度にスキーに明け暮れ、片足でターンができて、後ろ向きで滑れるようになって、3歳になった子どもを抱っこして一番上から滑ったことを思い出しました。ストックもなしで、コブ斜面を滑り降り、良くもまぁ転ばなかったものだと・・・思い出すとゾッとします。
そんな、懐かしい光景が走馬灯のように浮かんできました。

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友人の丹精こめた手打ち蕎麦は、きめが細かく蕎麦の風味を残してくれました。でも、決め手は汁です。煮出したカツオとイリコを二日間ほど濾した汁は甘い香りがして美味しかったです。
あとは、開店を待つばかりです。
お祝いの品を考えないといけないようです。

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2mも積もっている奥社参道を歩きました。奥の院は雪崩の危険があるとのことで通行禁止になっていました。行けない事もないようですが、万が一にも雪崩にあうと、世間の袋叩きにあいそうなので、途中で引き返してきました。

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野尻湖の水位が減っていると云うので野尻湖に行って見ました。
雪解け水が大量に入るはずの野尻湖の水がなくなっています。底が見えて野尻湖名物の遊覧船が陸に上がっています。
どうしてなのでしょう。
湖面では、屋形船が何艘もでてワカサギ釣りをしています。
野尻湖の水は新潟の米どころ頚城平野の水を背負っています。

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珍盤。社長さんはいい気持♪

TVでは曇りのち雪と予報が出ている。風が強く歩いて行くには困難な状況です。そんな中にも、暇にしている御仁がいて「困っているんです。寄って貰えないでしょうか?」と云われる。あまり出かけたくないなぁ~。春の嵐が吹き荒れているんです。

一式揃ったツールを小脇に抱えて車に乗り込みました。
目の前には、強風で飛ばされている葉っぱやら、ダンボールの破片が飛び交っています。当たれば痛いでしょうね。
そんな日でも、ゴルフに興じている社長さんはごまんといらっしゃるのでしょうね。

・・・で、社長さんで思い出しました。
田んぼやら、畑でカラスが土の中を突っ突いていると、パブロフの犬のように条件反射で口ずさむコミックソングがあるんです。
ずいぶん昔の歌で題名も分かりませんが、ついつい一人で運転していると声を張り上げ歌っているんです。
メロディだけは、覚えていて歌詞なんて全然覚えていません。それでも、歌詞の中に、社長さんやらカラスや、ごんべいが出てきたな・・・ぐらいしか思い出しません。
勝手に作詞して声を張り上げます。

どうしても気になり、何気なしに、
朝日が昇るころ、社長さん」で検索したらヒットしました。

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歌:鈴木やすし「社長さんはいい気持 

♪朝日が昇るころ社長さんが帰る
 ああ~あ、いい気持ち
 どうして朝日が昇るのか、
 電信柱に聞いてみよ、タララッタ
 あ~あ、社長さんはいい気持ち

♪お月さんが昇るころオッペケペが出てく 
 ああ~あいい気持ち
 お月さんにキスしてやりたいが
 男か女か分からない、タララッタ
 あ~あ、オッペケペはいい気持ち

♪ごんべが種まきゃカラスが出てく 
 ああ~あいい気持ち
 早起きカラスは顔洗う 
 カーカーうがいもやっている タララッタ
 あ~あ、カラスはいい気持ち

もう、目茶苦茶な詩ですね しかし、楽しい詩でもありますね。
この曲は、知る人ぞ知る珍盤でオタクの間では人気が高く、評価も高いとのことです。
作詞した浜口庫之助が1番だけを歌っている試聴もお聴きください。

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立ち食い蕎麦

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寒風が吹きさす中、ホームの番線には、ひっそりと隠れるように立ち食い蕎麦のお店から湯気が立ち上っている。コートの衿を立ててガラガラと立ち食い蕎麦の戸を開けて、おもむろに『天ぷら蕎麦』と声を張り上げ注文の品を告げる。
ポケットに手を入れて握りしめた420円をテーブルの上に置く。
立ち食い蕎麦では決まりきった行動です。

いつ頃からか、立ち食い蕎麦に行くと「天ぷら蕎麦」を注文するようになった。天ぷらが蕎麦の汁にどっぷりと浸かり、良い味を出していると、錯覚しているのかも知れない。出てくるや否や、味見することもなく右手には七味を握りしめ、ハイ!お待ち!と出てきた瞬間に、七味が宙を舞い赤い粉が降り注ぐ。
天ぷらを蕎麦の中に押し込めて、蕎麦を掻きこんで行く。至福のときである。

「天ぷら蕎麦」はいつごろからあるのだろうか・・・。
片岡義男「天麩羅蕎麦はこうして生まれた」に、頷きたくなるようなうんちくが書かれている。

天麩羅。蕎麦。寿司。この三種類の屋台は、江戸の人たちにたいそう好かれ、それゆえに、江戸の食べ物を代表していた。
江戸の橋のたもとには、三つの屋台が軒を並べている。寿司、蕎麦、天麩羅の順に屋台は並んでいる。
夏の終りのきれいに晴れた日の午後やや遅く、この三軒の屋台にひとりずつのお客がいた。
寿司を食べていた男が、天麩羅の香りの誘惑に負け、天麩羅屋に声を掛けた。俺にもひとつ海老のいい奴を揚げてくれと注文した。程なく海老は見事な天麩羅になり、天麩羅屋のおやじが菜箸の先に天麩羅を挟み、蕎麦の屋台越しに寿司の屋台で食べているお客に渡そうとしていた。
その、瞬間に菜箸からポロリと天麩羅が落ちて、出来上がったばかりの蕎麦の中に落としてしまった。

いや~すまねぇ、と菜箸で天麩羅を拾い上げようとすると、先達の蕎麦の客が、かまわねぇよ、どってこたねぇや せっかくだ、ついでに蕎麦と一緒に食っちゃおうと云って、男は天麩羅を蕎麦の汁の中に押し込み、食べてしまった。
おやじ、これは美味いよ これはいけるぜ 江戸中で評判になり、それからと云うもの、蕎麦に天麩羅を入れるのが流行ったと云う。

しかし。
あとがきに・・・。
と、云う説を僕は流布させようとしている。十年前に思いついた説だが、まだ普及していないようだ。とある。
片岡義男は私と同類の妄想癖があるようです。

社会人として東京に出てきた時に小田急下北沢駅の立ち食い蕎麦でコロッケの入った蕎麦を食べたことがある。東京には、こんなに美味しい蕎麦があるんだと感極まったことを覚えている。

そして時はながれ・・・それでも昔のはなし。
山の手沿線に数十店舗の立ち食い蕎麦を経営している会社の若旦那と、私の勤めていた会社で営業経理していたキョンキョン似の彼女は結婚した。玉の輿だったのかな。末席に呼ばれたので出席したが代議士に都知事と大物揃いの出席で場違いを感じた。立ち食い蕎麦って都知事まで呼べるんですね。
ビックリ。

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ドラマ「火の魚」を観た。

3月13日。NHKドラマを観た。
原田芳雄・尾野真千子主演のドラマ。『火の魚』

室生犀星が実在する製本作家の栃折久美子さんに金魚を魚拓にして欲しいと依頼したことを書いた小説「火の魚」がドラマになった。室生犀星の文庫本『蜜のあわれ』に収録されていたのを読んでみた。

「蜜のあわれ」では、金魚との官能が描かれ、「火の魚」では折見とち子との魚拓に関する始終が描かれている。
ドラマは、原作を壊さず生と死を見つめあう素晴らしい出来で感動した。二人芝居のようでもあり、傑出した最高のドラマだったと思います。
そして、シナリオが良かった。脚本を手がけた渡辺あやさんの才能に乾杯です。

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作家として精魂尽き果て、創作意欲を失った老齢の作家村田省三は瀬戸内の島で官能小説の連載を書いている。東京の出版社から折見とち子が原稿を受け取りに来るところから始まった。

新たに村田省三の編集者になった折見とち子に「お前なんかに俺の原稿は渡さない!いつもの編集者を寄こせ!」と駄々をこねるが、折見とち子が影絵芝居をすることに興味を示し、島の子どもたちに影絵芝居を見せて欲しいとお願いする。

作家村田省三に対する編集者折見とち子との掛け合いは、折見とち子の目上の人に対するたしかな日本語が出てくる。
「拝読いたします・・・」「僭越ながら・・・」「お言葉を返すようですが・・・」などと聞き慣れた言葉であるが、メリハリが利いていてハッとさせられる。
強い信念が伺えるのです。

類い稀な作風で時代を築き、あれほど見事な作品を世に出した作家が、島に篭り三流のエロ作家になっていることを批判する場面もある。村田が可愛がっている真っ赤な金魚をモチーフにした官能小説が読者の人気を浚っていることに我慢がならない折見であった。

こんな会話が交わされたように思う。

村田「原稿を読んだ感想は・・・」
折見「今回も素晴らしい出来ばえです」
村田「バカにするな!」
  「俺の本なんて一冊も読んだことないだろう!」
折見「お言葉を返すようですが、先生の本はすべて拝読させて戴いております」
折見「いま連載中の火の魚は、あまりにもひどい、我慢がならないのです」

村田は、見透かされ、心に燻っていた本音を言い当てられてしまった。

最終稿の原稿を持ち帰りしなに「先生!単行本の装丁はどうされますか?」と聞く。
官能小説のモデルでもある可愛がっていた金魚を見て、金魚の魚拓にしてもらいたい。しかし、折見は、それでは、金魚が死んでしまいますが・・・。
それでも良い。と。

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魚拓作りがはじまったが、折見は金魚の死と向かい合っていた。
見事な魚拓が出来上がったが、折見は出来上がった装丁を持って島に来ることはなかった。

折見は、ガンが再発して入院していた。
それを知った村田は狼狽して、金魚を殺し魚拓にしたことを後悔する
必死になって同じ金魚を探そうとする村田であった。

スーツに身を包み、抱えきれないほどのバラを持って病院に見舞いに行く村田。
折見は、ポツンと一人ぽっちになって生と死の狭間を見つめていた。

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パジャマからスーツに着替えた折見は最後の別れなのであろうか、村田と向き合う。

こんな場面がある。
「先生がそんな大きな花束を抱えて座っておられるせいで、病院中の女が色めき立っております」と軽口を叩き。孤独だと思った私、私以上に先生は孤独でした。と笑顔を見せ、花束を抱えた折見は幸せそうであった。

島に帰る船の中で
村田は・・・
「おまえ自身が持って生まれた命の長さに、何の文句がつけられよう。そして、縁があったら今生でまた会おう」と、敬慕の念を示し、心配するな、そんな遠くない時期に俺も後に続く

と云ったように思う。

□□□ 追記 (訃報) □□□ 

2011年7月19日
原田芳雄さん(71歳)がお亡くなりになりました。

ドラマ「火の魚」では圧倒的な存在感を示し、後世に残る名ドラマに仕立てられました。
原田芳雄さん存在なくして語ることの出来ない「火の魚」です。素晴らしいドラマでした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

合掌。

 

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木原四郎「イラスト紀行」

NHKのローカル番組で新潟市在住のイラストレーター木原四郎さんがイラストを描きながら素朴な地域や祭りに参加して県内を旅するイラスト紀行「きらっと 新潟」を好きで見ています。

タッチの柔らかさ、色の優しさが滲み出ています。
なんと、素朴で暖かいのでしょう 心が和みます。
木原四郎さんのイラストに誘発されて、スケッチを習いたいと真剣に思っているんです。木原さんは、新潟市でイラストの講座もやられているとか・・・。行き た~い。しかし新潟市は遠~~いです。130キロもあるのです。

作品の一部。

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イケメンの深い悩み

山の手の住宅地にほど近いT字路にある豆腐屋を曲がると、その店はあった。店の入口には古びた水車が廻り、瓦屋根が今にも落ちそうだ。そんな雰囲気が漂う 竹格子の戸を開けると甘ったるい香りが充満していた。
ここは、看板のない小料理屋なんです。

3ヶ月ほど不通になっていた気のおけない友人と久しぶりに会うので、ランチの予約をしていた。友人は医療機器の説明で地方の医療機関に遠出することが多く滅多 に会うことはない。彼は、巷間云われるイケメンだと思っています。

甘ったるい香りはすき焼きの匂いだった。匂いを嗅いだことで、急にすき焼きが食べたくなりメニュー変更で、すき焼きになったが、お互いに異論はなかった。

おしぼりを手にして店内を眺めていると
軽い冗談かと思いきや、彼は笑いながら「buniseさんは、妻と内通しているので話して良いのかどうか分からないが・・・」ときた。
「エッ!内通? ははははは・・・・」
「内通も何も、奥さんから、ここ半年ほど1回も連絡はないよ!」と。
(内緒だが、たまに連絡を戴いている。)

Hand_phone

彼曰く。
お互い家にいるときは、携帯電話はテーブルの上に置かれていて、二人とも気にしたことはないが、ここ数日、妻の携帯がバッグに仕舞われて、テーブルの上か ら消えたと。それに用もないのにトイレに携帯を持って行くんですよときた。
「絶対に浮気していますよね」
「浮気?ないない絶対ない。」「友人にベタ惚れしているを知っているから」と笑いながら話した。

奥さまの浮気はないと思っていますし、彼も妻の浮気はないと思いたい・・・。
話を盛り上げる口上みたいなものです。人の不幸を喜ぶわたしは、話の方向を浮気の方に。

彼はバツイチの再婚で、泌尿器科の女医さんと結婚した。
医療機器の説明で知り合い恋に落ちた。
あなたは、銀河鉄道999のメーテルのようだとメールをしたと云うから、彼はひと目惚れをしたのだろうと思う。

彼は浮気について、悲しい過去を背負っている。
バツイチの彼は、とある大企業の役員をされている方のお嬢様と結婚していた。これがまた、高飛車を絵に描いたような、我がままな女性だったと云う。お会い したことがあるが、そう云われればそうかなと思った。
一人息子は、子どもタレントで、いち時期は彼より収入が多くて、「子どもに負けるなんて、何て親なの!恥ずかしくないの!」と蔑まされたと述懐していた。
子ども店長を見るたびに、悲しい過去が蘇ってくるらしい。
いまは、大学生になりタレント活動は終わったようです。

その、別れた奥さんとの話は最高に笑えた。そして涙を流しながら笑った。

埼玉に住んでいた彼は、全国を飛び廻り、出張で家を開けることが多い。ある日、次の出張の準備をしている時に、テーブルに置いてあった 奥さまのバッグを落としてしまった。
落ちたバッグから中見が飛び出し散乱してしまった。散乱したものの中に、見たこともないある物が散らばった。奥さまが、素早く手に取ろうとしたが彼の手 が、一瞬はやく掴み取った。
それは、男性用避妊具が3個あった。
色めき立った彼は「これは!何なんだ!?」と詰め寄った。
高速回転で物事を整理し理解した奥さまは、ある結論に達した。そして言い切った。

「わたしは知らない」「見たこともない」「誰かが入れたんだわ」
そして、きっと、誰かがわたしに悪戯したのよ~と、ワンワンと泣き出した。

もう、彼は問い詰める気力もなくなり、泣いている奥さまを呆然と見ていたと云います。
物的証拠がありながら奥さまは無罪放免。もう、いいよと奥さまに降参です。
げに恐ろしきは奥さまの迫真な演技。

そんな経緯がありましたが、晴れて女医さんと結婚できたんです。良かったと思いましょう。お嬢さんに女医さんと・・・イケメンはもてるんですね。
しかし、堅牢な家と彼の一族は奥さまに乗っ取られてはいるのですが(笑)

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行列のできる洋食屋

東京に来たついでに行列のできるお店でランチでも食べようと思いついた。
しからば行動は迅速に、行列ができる前の11時15分に扉を開けると、すぐに係員に案内され席に着いた。

店内はすでに6分の入りで席は埋まりつつある。さすがに名店なんだなと胸の高鳴りを覚える。見渡すと窓際はすでに談笑の渦が起きているのを見ると、この方たちはいつに入店したのであろうか・・・。開店前に並ばれていたのでしょうね、これもまた行列となるのでしょう。壁際の明るい場所に案内された。

店内を見る限りは、高級料理店にありがちの、ピンと張り巡らされ、背筋に違和感を感じるような空気は漂っていない。まぁ、そこら辺の中の特上と云った感じ。

ここは、グリル満点星(日本橋三越店)。本店のある麻布十番では人気のレストランで行列ができると評判のお店です。慌ただしく忙しいのか水の入ったコップをトンと置かれて、「お決まりになったらお呼びください」と、ロボットの接客マニュアルのように、澱みなく声を発して離れていかれた。

いつもは、ラーメンと餃子に舌鼓を打ち、場末の赤提灯で管を巻く輩にとって、フランス料理に日夜努力されているシェフの揺るぎない上品な味で、ほっぺが落ちやしないかと心配になる。

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その中でも、究めつけの逸品で名物「オムレツライス」1680円をオーダーする。卵料理は好きです。どんな味なんでしょう。
セットメニューとのことで、パサパサと乾燥気味のグリーンリーフが千切り盛られて来たのですが味も素っ気も・・・厭な予感が過ぎります。

やってきたのは、オムライス否ケチャップでないからオムレツライスですね。じっくりと煮込みましたよと、デミグラスソースが威張っているようにも見えます。

先ずは一口。
もう、立ち上がって帰ろうかと思いましたよ。
デミグラスソース・オムレツ・ライスの相性が最悪に感じたのです。自慢のデミグラスソースも深みも、まろやかさも感じられない。
真っ赤なケチャップか、真っ白いマヨネーズをちょうだい!と云いたくなりました。

これが、並ぶほどに美味しさを感じる味なのかも知れない。
田舎者のわたしは溜息をつく。

店内を出ると、由緒正しき伝統を重んじる日本橋なんですね。さりげなく和服で装っていらっしゃるご婦人をはじめ、十数名の方が並んでいらっしゃいました。噂にたがわず行列は出来ています。
しかし
行列のできる『洋食屋』は★ ひとつでした。

会社の近くには行きつけの洋食屋「梢」があります。★★★の洋食屋です。
日替わり定食を食べていますが、間違いなく美味しい そして700円は安い!
マスターに話をしたら笑われそうだな。


 

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ニャンコに会いたくて・・・

寒い東京でした。
PCやらカメラの入った重いバッグを片手にコートの襟を立て風に向って歩いた。
目指すは日本橋三越本店。東京メトロ銀座線にほど近い入口には10時の開店を待ちわびる長い行列ができている。百貨店は前年比割れが続いていると聞くが、平日でこれだけの長い行列を見るとホントかなと思えてしまう。

館内に入るとエレベーターの前には黒山の人だかりを横目に、急がば回れでエスカレーターを利用する。逸る気持ちの急ぎ足は7階特設会場にあるコーナーへと進む。
特設会場は、大江戸物産展をやっていて右側から、左側からと試食品が入った皿を目の前に出される。ついつい手が伸びて試食したくなるが、ぐっと我慢する。

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ねこの写真では第一人者の岩合光昭 写真展が開かれている。

宮城県石巻の沖合いに浮かぶ田代島は猫の島として有名です。
人間の数より猫の数が多いとも云われている。そして、猫が邪魔者ではなくて家族として扱われている。
どうしても、猫じゃらしの秘密兵器を持って、一度は訪ねたい田代島なのですが、岩合光昭氏が田代島で撮りだめした猫の数々も展示されていると知り、雪国からほんのチョットの雪が降る東京に、わざわざ三越本店の写真展に足を運んだ。

大人800円の入場料を払い、大きな猫のパネルが迎えてくれました。
日本の猫に地中海の猫が表情別に区分けされ、展示されています。
どれもこれも、生き生きとしたニャンコの表情には癒されます。
数多くのニャンコが必死に生きて、愛嬌をふりまいています。

2004 2016
2001

だんだんと人が多くなってきています。
平日にも関わらず、大きなスペースを確保した写真展なのですが、人混みとなり押すな押すなの大盛況です。
これほどまでに愛くるしいニャンコに会いに来るなんて・・・\(◎o◎)/!です。

数ある写真のなかで一番のお気に入りがこの1枚。
ポストカードになっていなかったので写真集をスキャンしました。
雪の中で三つ指ついて、愛するあなたを待っているのかな・・・

2006


いつもは、出張だったり会議だったりの東京ですが、今回はニャンコに会いたくてやって来ました。次は田代島です。

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2010 2015
2011 2005
2013
2012 2014
2002_2 2017_2

 

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青春の門・・・織江の唄

NHKラジオ深夜便で最終回を迎えつつある昭和の歌謡曲を振り返る、「五木寛之。わが人生の歌がたり」を聴いていた。五木寛之氏にインタビューする須磨佳津江さんとの掛け合いが好きで再放送であるが、いつも聞いている。

五木寛之氏の描く大河ドラマ「青春の門」は、筑豊の炭鉱が舞台だった。
小さいころに夏の盆踊りと云えば、♪月が出た出た、月が出た~ヨイヨイ 三池炭鉱の上に出た~♪とビルよりも煙突よりも高い、炭鉱のボタ山を象徴していた。
白黒のTVからは炭鉱で働く人々がトロッコに乗り込み、地底深く石炭を掘り出す姿を捉えていた。しかし、石炭がエネルギーとして活躍した時代は、そう長く続かなかった。石炭は石油に取って代わり炭鉱は寂れていった。

そんな炭鉱の町を生まれ育った信介と織江に覆いかぶされた苦難の道が描かれ、信介と織江を考えると、人生の荒波やら悲哀とはこんな感じなんだろうな・・・と、涙が溢れてきた。のを覚えている。

小さい頃に涙を溢しながら読んだ「路傍の石」を彷彿させる人生の苦難と闘う物語だった。
青春の門は、同じ九州人として心の支えとなり熱心に愛読した。

五木寛之氏は、織江の気持を九州弁で歌にしたんですと云って、
山崎ハコ「織江の唄」が流れてきた。

久しぶりに聴く「織江の唄」です。あの分厚い青春の門のページがパラパラと捲られて思い出します。
山崎ハコが歌う九州弁(筑豊)の歌声にしびれます。

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原秀則 「冬はなび」

思い返せば
寄宿舎にほど近い与次郎ヶ浜の海岸の対角上に鴨池飛行場があった。海岸から見る飛行場は雑草が生い茂り、野鳥の巣となっていた。巷では娯楽の少ない鴨池近辺では、飛行場の雑草地帯は、カップルの憩いの場所だとラーメン屋の親父が額に汗を滲ませながら喋っていたのを聞いた。どんな憩いが待っているのか、想像もつかなかった。

雑草の生い茂った鴨池飛行場は一躍、時の話題となり寺子屋でも話題に華が咲いた。今は子孫を作らないままに引退してしまったが、初の国産ジェット機YS-11が飛んできて、東京オリンピックの聖火をギリシャから運んできたのが鴨池飛行場だと記憶していますが・・・。

飛行場を遠目に見ながら、堤防に座り込み貸し本屋から借りてきた、ちばてつや著「紫電改のタカ」を読み耽っていた。
漫画に熱中し、いつも堤防に来ては「紫電改のタカ」の世界に入り込み、少年飛行兵・滝城太郎になったような気がした。
それからと云うものは、貸し本屋の常連となり、いろいろな漫画に出会った。

思い出深い好きな漫画はいっぱいありますが・・・。
その中でも、変わらず愛読しているのが、ビッグコミック・オリジナルですね。月二回の発行である毎月5日・20日の発売日には手に取り、レジに持っていきます。飼い慣らされた習性のように。

Photo

いまはビッグコミック・オリジナルに連載中の原秀則「冬はなび」に嵌っています。なかなか画の表現とか、人物像のタッチが気に入っています。ストーリーも。

話の筋はいたってシンプル。年齢制限から来る引退間近のロートルボクサーに、映画撮影のために女優にボクシングを教えるコーチの話が舞い込んできた。やる気はなかったが、試合がしたいロートルボクサーは生活費のために、華がなくなり、女優としての賞味期限もなくなりつつある窓際女優を嫌々教えることになった。
孤独な指導がはじまった。
人生の崖っぷちを歩いている二人に、幸せと不幸が交互に舞い込んでくる。
果たして、ロートルボクサーと窓際女優の運命は如何に・・・。

ロートルボクサーはリングにあがるチャンスを得た。しかし、それは噛ませ犬としてのボクシングの試合だった。

次の3月20日発売のビッグコミック・オリジナルで最終回を迎える。

試合・・・どうなるのかな そして、あの女優との関係も。

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五木寛之「親鸞」下巻

002

親鸞は岐路に立ち、新しい道へと歩みはじめる節目節目に名前を変えます。
「忠範・タダノリ」「範宴・ハンエン」「綽空・シャッククウ」「善信・ゼンシン」と変え、念仏停止のお触れを破った首謀者として流刑が決まると「親鸞」と名前を変えて越後へ旅立ちます。
」『文中は親鸞と表示。』

親鸞は聖徳太子縁の六角堂で百日参篭を行い、精神的・肉体的に朦朧とした九十五日目の明け方に経文を聞く、まさしく聖徳太子の具現を受けたと云って良いでしょう。時に親鸞二十九歳。

見えない力が親鸞の運命を変えようとしている。

比叡山を降りる決心して野に下り、都を浮浪する乞食坊主になり、親鸞は鴨川の橋の下がねぐらとなり、河原の石を枕にして寝る。河原には、骨が散らばり、亡くなったばかりの死骸が運ばれてくる。肉が腐り、蛆虫がわき、やがてきれいな白骨となる様子をじっと観察できた。
衣はボロボロになり、汗と垢でまみれて体から異臭を放っていた。

それでも、毎日、雨の日も、風の日も、ひたすら吉水の草庵に通い、晴れて百日目にして、はじめて法然に向かい合う。

はじめて会う親鸞に法然は「しばらくぶりじゃのう 達者であったか」と。
法然は10年前に親鸞が慈円阿闍梨の命を受けて、法然の法話を三度ほど聞きに来たことを覚えている。それに、今日で百日目になるかのう、よう通った。親鸞はビックリします。私を覚えてくださっていると。

弟子入りを許された親鸞は
六角堂で力を与えてくれた紫野(後の恵信)に再会します。
離れ離れの中でも、お互いが1日として忘れたことがないことを語り合うのです。妻にすることを決心する。

妻帯に対して法然は、こんなことを云っています。
わたしは、決して女性を蔑視しているわけではない。女性に指一本触れずに今日まで来たが、私だって男である。女性を抱き寄せたくなるし、夜な夜な女性を犯す夢を見ることもある。と。

法然は、秘中の秘と云われる選択本願念仏集を書き上げます。
信頼する2~3の弟子以外は触ったこともない法然の本音が書かれています。門外不出の選択本願念仏集。
親鸞は、法然から選択本願念仏集を預かり書写が許されます。
先輩の怒りを買うことになるのですが・・・。

法然は親鸞に語りかける。

「誰が何と云おうと、そなたを信じる。もし、噂通りにそなたが比叡山の目付け役であったとしても、わたしは後悔などしない。かって百日間、一日も休まずに私の話を聞きに来た、そなたの目の色をわたしはしっかりと覚えているんだよ 私の話は、たくさんの方が聞きに来ていても、そなた一人に向けて話をしているような気持ちだった。」

選択本願念仏集を託された親鸞に先輩の横槍がはいり身辺が忙しくなります
。都で一番の高い八角九重搭が焼き討ちにあい炎上します。
事件の首謀者である先輩僧の遵西(じゅんさい)が親鸞に聞く場面があります。

遵西が「そなたは、念仏すれば浄土に往生できると本当に思うておるのか」
親鸞は
「わたしは、浄土に行ったことがありません。ですから、師の言葉を信じるしかないでしょう。信じると云うのは、はっきりした証拠を見せられて納得することではない。信じるのは物事ではなく、人です。その人を信じるがゆえに、その言葉を信じるのです。わたしは法然上人をひたすら信じている。ですから、その方の教えられるとおりに念仏して、浄土に迎えられると信じているんです。」

念仏は後鳥羽上皇の寵愛する女官が念仏に夢中になり、上皇の怒りを買う。
他方のお寺からの圧力もあり、専修念仏を禁止する念仏停止の札が辻に立てられ取締りが始まった。」
法然のいる吉水草庵は解散となり、法然上人は四国に流刑となる。親鸞は首謀者との噂が広がったが、死罪を覚悟した親鸞を慕う人々の力強い援護で越 後へ流刑と決まった。

Take

五智国分寺にある 竹之内草庵

Jyokoji

重要文化財 浄興寺

流刑になった越後と云えば、妻の恵信尼のふるさとです。恵信尼は上越市板倉の出身。
船で越後・居多が浜に上陸して、五智国府に竹之内草庵を作ります。
越後の人びとは、暖かく親鸞聖人を迎えたと云います。
親鸞聖人が法話を行った浄興寺は国の重要文化財に指定されている。

なによりも、親鸞聖人は法然上人に終生変わらぬ愛情を注ぎ、浄土の道を説き、浄土宗を支えた。親鸞聖人を慕う弟子たちが、浄土宗を離れて、新たな宗派を作ろうとしても、決して許さなかった。法然上人の浄土宗の繁栄に力を入れた。
門徒と呼ばれる日本屈指の宗教団体である浄土真宗は、親鸞聖人が亡くなったあとに親鸞聖人の教えを理念として出来た宗教。その歩みには蓮如なる中興の祖が生まれる。これも親鸞聖人の導きなのであろうか。

「信じるのは物事ではなく、人です。その人を信じるがゆえに、その言葉を信じるのです」
こんな純粋な心を持ちたい・・・と、思います。

 

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