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青春の門・・・織江の唄

NHKラジオ深夜便で最終回を迎えつつある昭和の歌謡曲を振り返る、「五木寛之。わが人生の歌がたり」を聴いていた。五木寛之氏にインタビューする須磨佳津江さんとの掛け合いが好きで再放送であるが、いつも聞いている。

五木寛之氏の描く大河ドラマ「青春の門」は、筑豊の炭鉱が舞台だった。
小さいころに夏の盆踊りと云えば、♪月が出た出た、月が出た~ヨイヨイ 三池炭鉱の上に出た~♪とビルよりも煙突よりも高い、炭鉱のボタ山を象徴していた。
白黒のTVからは炭鉱で働く人々がトロッコに乗り込み、地底深く石炭を掘り出す姿を捉えていた。しかし、石炭がエネルギーとして活躍した時代は、そう長く続かなかった。石炭は石油に取って代わり炭鉱は寂れていった。

そんな炭鉱の町を生まれ育った信介と織江に覆いかぶされた苦難の道が描かれ、信介と織江を考えると、人生の荒波やら悲哀とはこんな感じなんだろうな・・・と、涙が溢れてきた。のを覚えている。

小さい頃に涙を溢しながら読んだ「路傍の石」を彷彿させる人生の苦難と闘う物語だった。
青春の門は、同じ九州人として心の支えとなり熱心に愛読した。

五木寛之氏は、織江の気持を九州弁で歌にしたんですと云って、
山崎ハコ「織江の唄」が流れてきた。

久しぶりに聴く「織江の唄」です。あの分厚い青春の門のページがパラパラと捲られて思い出します。
山崎ハコが歌う九州弁(筑豊)の歌声にしびれます。

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コメント

「織江の唄」聴きました。
ハコさんの切ない声で、目が覚めました。
作詞は五木寛之さんだったのですね。
私も生まれは九州です。
ボタ山を見ると直接炭鉱町に住んでいたわけではありませんが、何故か懐かしい気持ちが湧き出てきます。

投稿: のんびり猫 | 2010年3月10日 (水) 14時12分

cancer
のんびり猫さん (。・ω・)ノ゙ コンチャ♪

切ない「織江の唄」ですね。
♪明日は小倉の夜の蝶・・・なんて、身を切られる思いでしょうね
やはり、いつの世の人生、いつもお金が支配するんですね。

私も九州の外れですが親に連れられボタ山を見たことがあります。
その時は宝の山かと思いました。

投稿: いもがらぼくと | 2010年3月10日 (水) 19時33分

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