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「貧困旅行記」は座右の書。

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何度となく読んだのに、どこに行くにも一緒でバッグの中袋にチョコンと収まっている文庫本がある。これはもう座右の書とでも云うべき愛すべき文庫本です。

「貧困旅行記」著者は、つげ義春。つげ義春と云えば漫画界のカリスマです。
廃刊になった雑誌「ガロ」に漫画を発表していた。黒ペンでモノクロ漫画の筆致は、他を圧倒する素晴らしいものであった。また描く人間像は、世を拗ね鬱積していた。それでいて何と楽しい人生だろうとも思えた。
数ある作品の中でも、河原で河原にゴロゴロしている石を売る「無能の人」は大好きだった。竹中直人監督の映画にもなり観たがシュールであった。「ねじ式」も良かったな。

強烈な印象を放つ漫画家つげ義春は、稀有な随筆家でもあると思いました。これほどに人を惹きつける文章は、あまり読んだことがない。
それに、大変な読書家であることが伺える、随所に作家の作品の紹介をしている。

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「貧困旅行記」は、温泉宿を旅する話が随所に出てくるが、温泉を選ぶ基準は寂れ鄙びていることが重要のようです。
そんな鄙びた温泉を目指して秋田を旅していると、「鄙びた・・・」を超えた個所があった。
それは「ボロ宿考」で書かれていた。

崖道を線路伝いに歩いていくと、線路下の草むらの中に炭焼き小屋と見まちがう掘立小屋のような宿があった。近くに人家はなく、宿屋の周囲は草ぼうぼうで、およそ宿屋にするにはふさわしくない寂しい所で、人に尋ねて教えられた宿屋だったが、看板もなく怪しく眺めた。
片方だけに傾斜したトタン屋根の裾は、土盛りした線路の土手がかぶさり、土手を屋根の支えにしているみすぼらしさでこれが宿屋かと呆然した。

寂しい鄙びたが好きな著者も、これほどの宿屋はお目にかかったことはないらしい。
そして、続く・・・(少し端折りながら)

戸を叩き、宿を乞うと、腰の曲がったモンペ姿の婆さんが出てきて満室だという。 中を覗くと中二階が客室らしく、粗末な棚で括られていた。うっかりすると落ちそうな場所だった。
婆さんの居間らしき部屋には破れ障子がはまっている。

満室と云っても誰も泊まっている様子はないので、断りの口実なのだろうが、婆さんは場違いな客が来たとみて、怪しい目つきをして無愛想だった。
これほど、粗末な宿屋を見たのは空前にして絶後。いったいどんな人が泊まるのだろうか。設備からして営業許可されるはずないと思える。もぐりの宿と考えられるが、この宿屋に泊るのは、よくよく貧しい者か、放浪者、不治の病を負ったものとか、私のような精神衰弱者とか、犯罪者のような社会からこぼれてしまった者たちなのではないかと想像を巡らせたりした。

そして、彼は
私は、後になって、どうしてこの宿屋を写真に撮っておかなかったのかとひどく悔やまれ、今も悔やんでいるとある。

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つげ義春はカリスマ漫画家に随筆家の顔を持つが、なんの何の写真も相当に激写している。
「貧困旅行記」の中にも十数枚の写真が載せられているが、どれをとっても寂れて鄙びた様子がうかがい知れる。

四国遍路にはカッタイ道と云う裏道が存在していたらしい。カッタイ道には、それはライ病遍路専用の宿屋小屋があったし、同じ四国には「落し宿」もあったら しい。と書かれている。
裏稼業を生業とする人たちの宿であったことと読める。池波正太郎「鬼平犯科帳」に出てくる盗人宿が現代の落し宿なのであろうか。

そんな宿が好きな作者であった。
そして、こうも結ばれている。

そういう貧しげな宿を見ると私はむやみに泊まりたくなる。そして侘しい部屋でセンベイ布団に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持になり、何とも云えぬ安らぎを覚える。とある。

共感を覚えるんです。

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元来、貧しさが身についた私も「貧困旅行記」を片手に各駅停車の鈍行を乗り継ぎ、鄙びた温泉を目指すことも良いかも知れない。その前に・・・遍路の旅を実現しなくては。

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