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レナウン界隈

経営再建中のレナウンは29日、東京都内で臨時株主総会を開き、中国の繊維大手、山東如意科技集団への第三者割当増資の実施と中国人の取締役3人の受け入れに関する議案を可決。中国企業の実質的な傘下に入ることが正式に決まった。

あのレナウンが・・・レナウンの栄枯盛衰を感じる。

東京を離れて数十年。
新宿から表参道を経由して渋谷に抜ける当時の明治通りには、日本共産党の本部がそびえていたり、服部栄養専門学校やらラフォーレ原宿があったりしてチョットしたプチ観光ができる。
千駄ヶ谷小学校を過ぎると、左手には清潔感溢れる瀟洒なビルが見える。レナウン本社だった。
明治通りはレナウン前のあたりは軽い坂道になっていてプラタナスやら銀杏の木が街路樹として緑を映しだしていた。秋になるとレナウンの通りは黄色い葉っぱで埋め尽くされていた。
・・・そうだったような思い出がある。

私はと云うと、そのレナウン本社の裏通りにあったちっちゃなマンションに住んでいた。
裏通りに立ち並ぶマンションには芸能人がたくさん住んでいると所轄の原宿警察署にいた後輩に聞いたことがあったが、ついぞ夜行性の芸能人に会うことはなかった。

レナウンの横を通る度に、見上げると窓際に見え隠れする社員の方は光り輝いていた。
レナウンのネームバリューはすごい。日中はレナウンに向かう取引先の人の波で混雑していた。ファッションを目指すならレナウンでと、働く意欲が湧くのでしょうか。

私のいた会社はレナウンと取引があった。
違う部署が担当していたので、面識もなかったがレナウンの担当になりたいな・・・と
思うこともあった。

原宿の一角に燦然と輝きブランドを象徴するようにレナウン村とも云われたレナウンが、縫製として海外発注していた中国の繊維会社に買収されるとは悲しい現実です。
多様化したファッションは、柔軟性を失った大企業を崩壊させたようです。

その頃のファッションで思い出すのは、後染めするアンゴラの2900円のタートルネックの1回発注分で1色のワンロッド5000枚と聞いた。いまでは考えられない大量発注だったですね。
アンゴラを編立る国内のセーターの産地は最高の景気だったと聞いた。
忘却とは忘れ去ること・・・夢の世界だったのかも知れません。

今って、セーターは売れているんでしょうか?
過去の栄光であったニットは衰退し、レナウンの衰退に拍車をかけたのでしょう。

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愛くるしい童子の世界

NHK「土曜の美」でお会いした彫刻に釘付けになりました。とくに屋根瓦に並んだ十六羅漢像に圧倒されたのです。彫刻家の名前は薮内佐斗司。

奈良の平城遷都1300年祭でシカの角を生やした童子がマスコットとして発表され物議を醸しているときに、この愛くるしいキャラクターは紛れもなく薮内佐斗司氏の作品だな~と笑ってしまった。

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その、愛くるしい童子の数々が新潟市朱鷺メッセにある万代美術館で開催されていたので、ボロ車を駆って美術館に一歩足を踏み入れた。
それこそ、手に取って頭をナデナデしたくなる童子像は40センチほどの高さでヒノキで出来た木像です。お見事!あっぱれであるぞ・・・と、扇を振りたくなります。
作品の殆どが個人で所蔵されていて、個展のために貸し出されたようです。

白い雲を耕して金色にしてくれる金運童子。
果報は寝て待てのうたた寝童子。
昇り竜に乗って操る昇竜童子。などは如何でしょう・・・。

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その中に、もしかして・・・丑寅の鬼門除けをする大好きな牛頭大王はいないかと、ワクワクしましたが、今回の展示品は木像が中心でブロンズ像はありませんでした。

木像は4~500万円が相場で、ブロンズ像は50万円~100万円の相場なのかな
いつか、床の間に鎮座する「大笑い童子」を注文しようかな、などと夢見ています。
もちろん、魔除けとして、仁王立ちして鬼門を睨む牛頭大王は必須アイテムです。これだけはどうしても欲しい。

童子像を作るヒノキの丸太をそのまま彫刻されているのであろうと思っていましたが、
違いました。
出来上がった木像の彫刻を斧を当て頭から真っ二つにて割くんです。割った木像の中を削り取って像を軽くする手法を取っているとビデオは語っている。

しかし、数ある木像を丹念に眺めたが割った痕跡が見当たりません。いくらニスで塗り込んだからと云って割けた木の溝がなくなる訳はありません・・・と、思ったのですが、なかったです。
もう、おみごと!としか言いようのない素晴らしい作品です。

いままでは、他の美術館で見たブロンズ像ばかりでしたが、木像は良いですね 温かいぬくもりを感じます。
ロト6の結果によっては「大笑い童子」が、はやく見られそうです。

今回は期待の十六羅漢像はありませんでした。
次の機会にと云うことで・・・

「開運招福」童子が満載の般若心経を買ってきました。

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100円の価値とは

会社のネットワークやらPCのメンテナンスを受け持っている私はソフトを見極めるのも重要な仕事です。法人専用のソフトがあり、これは大体が代理店を通すことになる。

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大型家電ショップで法人用のセキュリティソフトの更新手続きを行っていると、富士通の17インチの液晶ディスプレイにブック型PCを持った若いカップルがやって来た。
トラブルが発生して修理の依頼にお見えになったのであろうか、大事そうに抱えている。

セキュリティソフトの更新手続きに時間が掛かりそうだったので、いったん席を外してパーツコーナーに行き、パーツのあれやこれやと物色していた。
パーツを眺めるのは、書店に行って立ち読みするのと似ていて、いろいろと想像を掻き立てる。・・・見たことのないこのパーツは、どのような役目をするんだろうとか、もしかしマイナーなパーツではあるが、ひょっとすると革命を起こしそうなパーツなのかも知れないなどと空想に拍車がかかる。

法人担当の係員は、PCを抱えてきたカップルから話を聞きながら、書類にペンを走らせている。トラブルの個所を聞きながら修理費用を考えているのかもしれません

15分ほど要したが、カップルはPCを置き去りにして帰って行った。

PCの修理は、種々雑多のトラブルで解決策が多岐に渡る。ひとさまのトラブルとなると身を乗り出しての興味があります。 悩みどこなんです、坐るとすぐに訊ねてみた。

いまのカップルが持ってきたPCは、どんなトラブルの修理なんですか?と。
「いえ、買取のPCです」
エッ!買取なの? それで買取価格って幾らですか?
「はい。100円です。」
エッ!100円?
「はい。本体とモニターで200円です」
「ソフトにOfficeが入っていると少しは高くなりますが、1000円ぐらいでしょうか・・・」
そうなんだ。
100円ね~。ここまで持ってくる足代にもならないんだな・・・。

17インチのTFTモニターはオークションに出せば5000円にはなるけどな
本体だって、5000円では売れると思うが。

この後に、ショップの中古PCコーナーに行くと、20,000円~40,000円ほどで販売している。
所狭しと置かれている中古PCも原価が100円か・・・。
資本主義だな・・・。金持ちはより金持ちになって、貧乏人はより貧乏になるのは道理です。

画像は違う別の型番です。同型の話ではないです。

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そして神さまに出会う


内宮を撮った画像を整理していると衝撃の画像が出てきた。

内宮参拝を終え、導かれるままに杜の奥に進むと、緑の木々に囲まれた蔵がせり出し校倉造りになっている。野鳥のさえずりが聞こえてくる。どんな野鳥が飛び交っているのであろうか。
石畳の階段を下りると、そこには天照坐皇大御神荒御魂(アマテラシマススメオオミカミノアラミタマ)をお祭りしている荒祭宮のお社がある。

大祓祝詞にでてくる瀬織津比咩大神です。水神さま。

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お社にある玉砂利の横には木々が生い茂っている。
そこに内宮にいる野生のシカが現れた。三匹の親子連れ。

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荒祭宮の本殿を撮ると手ブレでも起こしたのか、ピンボケとなっている。そう手ブレで起きたピンボケだと思った。
しかし、シカを連写した画像を見ると、激しく画像が揺れてシカが写っている。明らかに手ブレで起きたピンボケとは違うことがわかる。シカを写したすべての画像が激しく揺れているのです。
まさしく、シカは神の使いではなかったのか。
導かれるままに、たどり着いた荒祭宮のシカは神さまとの出会いではなかったのか。

よく見ると、周りの木々に画像の揺れが殆どないが
シカの画像だけは激しく揺れている。 荒祭宮は間違いなく伊勢神宮のパワースポット。

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シカを撮っているあいだにお社の藁ぶき屋根を撮ったが、画像が揺れることもなく普通です。また、シカの後に荒祭宮の参道を写したが、木々に囲まれた緑の参道がきれいに写っている。

 

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また、動く被写体が揺れるのかと思って、撮った池の錦鯉やら神鶏と呼ばれる鶏も普通に撮れている。
いままで神社参拝ではできるだけ本殿を写すことを心掛けている。
その中で、けっこう揺れた画像があったが、手ブレを起こしたものと素人カメラ小僧だと思っていた。
神さまの領域だったと実感した。

不思議体験なのか・・・
内宮参拝を終えて、帰りの高速で刈谷SAに寄った。
みんながカッパエビセンのショップに立ち寄っているときに表でソフトクリームを舐めていた。
何人かの人が並んで佇んでいた。その時に一羽のスズメが舞い降りて、私の前に止まった。
スズメがこちらを見ているので、ソフトクリームでも食べたいのかと思い
ソフトクリームのコーンを千切って、目の前に置くと、スルスルと寄ってきてコーンを咥えて飛んで行った。しばらくすると、またスズメがやって来た 今度は二羽飛んできた。
今度は、手のひらに千切ったコーンを乗せると、スズメが手のひらまで飛んできてコーンを咥えた。
周りの人がビックリしていた。
当の本人である私が一番びっくりしたが・・・。

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伊勢神宮・内宮を参拝する

麻吉に別れを告げる。
廊下やら障子・襖には200年の歴史が刻みこまれていて質素な佇まいで、やさしいひと時であった。たぶん・・・次に来る、お伊勢参りも泊まることになるでしょう。

内宮参拝の前に、どうしても参拝しないといけない場所がある。伊勢神宮をお護りしている猿田彦神社です。内宮の対角線上にあり荘厳な佇まいを醸しだしている。
猿田彦大神と云えば、天孫降臨で天の八街(アメノヤチマタ)で先導役として待ち受けた国つ神です。その時の縁で天岩戸事件で全裸で舞い踊った天宇受売命と結婚します。
水先案内人として困難を切り開く神様です。
先ずは二礼二拍手一礼を行って天津祝詞を唱えます。

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本殿では、猿田彦神社の宮司の大祓祝詞がはじまりました。権禰宜のみなさんがあとに続きます。
祝詞が終わるまで参列しましたが、今朝の猿田彦大神さまは朝食でどこかに出かけられていたのか、神さまの存在を感じませんでした。神さまだって忙しいです。呼ばれれば、日本全国回っておいでです。
でも、内宮参拝には順序があります。先ずは猿田彦神社を参拝して内宮に行きます。猿田彦大神さまへのご挨拶が大事だと云うことです。

雨はパラつく程度でしたが、慌てないように傘を持参します。いままで神社参拝で雨や雪で邪魔されたことはありません。パワースポットとして、人気急上昇中の戸隠奥社には100回近く参拝していますが、雨や雪で大変な目に会うことはありませんでした。・・・たんに運が良かっただけかも。

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宇治橋を渡ります。眼下に流れる五十鈴川は清流です。土砂降りの雨が続くのに五十鈴川は澄みきっています。これにはビックリですね。どんな清流だって雨が降り続けば川の水は濁り、濁流となって押し寄せます。それなのに、この五十鈴川は澄みきっているんです。

内宮の本殿が近づいてきました。
寄り添うように流れる五十鈴川に身を寄せて手を清めました。ついでに顔にもピシャピシャと・・・。皺やシミ・ソバカスが取れるかも知れません。思い切って頭にもかければ良かったかも。

内宮本殿の撮影は出来ません。
石段を上り、二礼二拍手一礼を行って大祓祝詞をあげてきました。澱みなく祝詞をあげれば良いのですが、リハーサルもありませんから神拝詞を広げて読み上げます。

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参拝を終え、鳥のさえずりに、なんとなく誘われるままに横の参道を歩いていくと、急に胸がときめきます。内宮の杜にひっそりと佇む社殿がありました。
別宮・荒祭宮 ご祭神は、天照坐皇大御神荒御魂(アマテラシマススメオオミカミノアラミタマ)とあります。 大祓祝詞には4柱の神さまがでてきます。

瀬織津比咩大神(せおりつひめ)。
速開都比咩大神(はやあきつひめ)。
気吹戸主大神(いぶきどぬし)。
速佐須良比咩大神(はやさすらひめ)

別宮・荒祭宮のご祭神は瀬織津比咩大神です。水の神さまですね。
深い緑の杜に囲まれた荒祭宮に参拝客は、だれもいませんが、清らかな本殿です。

野生のシカが本殿横の林に現れたのです。
ちょうど、その時に警備されている方がお見えになり、滅多に出てこないですが野生のシカがいるんですよ。荒祭宮の林に現れたシカは三匹の親子連れです。木の芽を啄んだり草を食べています。

シカを連写しました。

天津祝詞を読み、一礼二拍手二礼で参拝を終えました。

帰る参道では、清らかな池で泳ぐ錦鯉やら、神鶏と呼ばれ、神の使いとして放し飼いされているニワトリを激写した。鳥居で一礼して宇治橋に別れを告げた。
参拝に向かうときは静かだった宇治橋も、別れを告げるときは団体の参拝客で賑わっている。

内宮で撮った画像を整理していると、摩訶不思議な画像が出てきた。
紛れもなく内宮で神さまに会いました。
霊能者が見る神さまは光として見えるそうですが・・・。

次の日記で公開します。

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歴史探訪・・・麻吉旅館

日本海から
上信越道→長野道→中央道→東海環状道→伊勢湾岸道→東名阪道→伊勢道を走り抜け伊勢西ICまでの510キロ。
天気には恵まれず、いまから行く東海地方は、梅雨前線が停滞して長い道中は、雨、霧が遮断なくやってくる。追い越しても追い越してもトラックは現れてくる。まるでゲームのようです。水しぶきを上げて疾走するも危険は増す。

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歴史探訪と伊勢参拝が目的です。
伊勢参拝を前にどうしても立ち寄りたい場所があった。歴史の重みを肌で感じ、歴史に身を委ねたい。江戸時代には、伊勢参拝の精進落しの場として賑わった歓楽街(古市)に佇む旅館がある。明治以降は度重なる火災で消滅した旅館・遊郭の中で唯一現存する麻吉旅館が往時のまま残されている。急斜面を利用して建てられた建築様式は懸崖造りで木造5階建てとも6階建てとも云われている。当時は遊郭だったのでしょうね。 

千と千尋の神隠しで神々が宴会を繰り広げた湯屋は麻吉がモデルとも聞いた。

スピリチュアル(心霊研究)としては、名高い旅館です。
麻吉旅館そのものがパワースポットと呼ぶ人もいる。なにしろ江戸時代に爆発的な人気を誇った弥次さん喜多さんで有名な十返舎一九「東海道中膝栗毛」にも「麻吉旅館」その名が出てくる。
江戸の風情がタイムスリップしたまま、時が止まっています。
往年は、麻吉の暖簾の前には、客やら芸妓を運ぶ人力車が列を作った様子も残されていた。

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木造の建物を眺め、石段を下りるとすぐに、麻吉の大きな暖簾がある。暖簾をくぐり、ガラガラと引き戸を開けると現代風な女将さんが迎えてくれた。すこし沈んだ灯りは、自然採光を取り入れただけの大きな玄関が迎えてくれる。
歴史を思わせる応接間の周りには、100枚以上の色紙が所狭しと並べられ、各界の著名人が麻吉旅館に足跡を残している。

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三島由紀夫を世界に紹介したドナルド・キーンの色紙を見つけた時は嬉しかった。

ガラス格子が揺れている。風が強くなったのか、ギシギシとなる廊下に立ち、外を眺めると
斜めに降り注ぐ雨がザァザァと一段と激しくなり、時の流れを見つめてきたのであろう、針金で固定されている瓦を叩いている。

外にある石畳を下ると家族風呂が用意されている。温泉ではない。いつでも入れるわけでもない。
準備された時に入浴しないと汗を流す機会を失ってしまいます。
豪華な料理が待っている訳でもありません。
歴史を味わっているのです。

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部屋の隅々から連続写真でも撮るようにデジカメを移動しながらシャッターを切っていきます。
オーブ(白い球体)を撮ることが目的です。しっかりとオーブは写っていました。
オーブ現象は、相性だと思っています。
相性として、反応してくれればオーブは写るはずです。オーブが写れば、パワースポットとしての霊からのご挨拶だと・・・。座敷童みたいなものでしょうか。

麻吉の朝は早い。
麻吉旅館を取り巻く木々には野鳥が飛び交い、朝にはウグイスの声がひっきりなしに聞こえた。
ウグイスの目覚ましなんて、この静寂こそが味わえる、一服の清涼剤でしょうか。

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伊勢参拝の日です。
昨日までの豪雨と違って、小雨がパラついていた。
女将さんに「また、寄せてもらいます」と、ご挨拶して、味わった江戸の歴史を後にした。

この後の内宮参拝では、不思議な体験をすることになる。

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新築住宅の不思議

Model

いま住んでいる住宅地の一角に宅地50坪の新築工事が始まっています。
なんの変哲もない新築住宅の工事現場です。

社会人になってから、引越しはするけど建売住宅に住んだことがない。新築・中古のマンションを渡り歩いてきましたので一戸建て新築工事の基礎工事を眺めるのは好きです。
基礎工事を見ては、ここはどの間取りになるのかな・・・などと空想してします。
この地の、一戸建て新築住宅には変わった催しがあるのです。

なんの変哲もない、どこにもあるような新築住宅が一変するのは、出来上がった後のことです。
ひと通り住宅が完成して、大きな家具などを入れると、建てたばかりの住宅の周りには、たくさんの幟が風に揺らぎ、赤や黄色の法被を着た住宅販売の社員が大勢やって来ます。

住宅を請け負った建設会社やら工務店などの、人目を引く色とりどりの幟が立ち並ぶのです。
この時から、新築の住宅はモデルハウスとして、たくさんの来訪者が間取りを描いたチラシを持ってお見えになるのです。相当数の新聞チラシを入れるようです。

不思議な光景でした。 注文住宅だと思っていたら、何だ?モデルハウスを建てていたのかと思ってしまう そんな光景です。

人によっては、人に見られたくないヒミツの部屋もあるだろうに・・・。
シャワートイレの型番などをチェックされ、○○メーカーの×▽番は去年の春モデルね~などと、口さがないスズメのお喋りが聞こえてきます。
システムキッチンなんて、係員を捕まえハウマッチ?と聞き鼻で笑われそうです。
また、夫婦の部屋を丹念に覗かれ、ダブルベッドだったりしたら、好きね~なんて目で笑われてしまう。
それでも、モデルハウスにする条件で建築費用が見積もられているのでしょうね。
モデルハウス使用料としての値引きはどれほどなのでしょうか

確かに、請け負った住宅をモデルハウスにする方が、安上がりで賢明ですね
請け負うたびに間取りの違うモデルハウスが出来るのですから住宅メーカーは
一石二鳥です。

殆どの新築住宅はモデルハウスになる事を条件に建てるようです。
決して・・・秘密文学書なるヒミツの小説は本棚に置いてはいけないです。エロ親父の陰口が町内を駆け巡り、散歩もできなくなりそうです。

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七夕。20年振りの再会

久しぶりに長野市に行った。住まいがあるのに・・・逃げています(笑)
どうしても長野市役所に行かなければならない用事があり、恐る恐る訪ねたんです。いつなんどきに、本人すら知らない隠れ資産が見つかり、追徴税が発生し た!と、問い詰められるんではないかと不安いっぱいです。
まぁ、そんなことは天地がひっくり返ってもありませんが。

30分ほどで件の用事は済み、すぐに市役所を後にして長野駅前に行ってみる。
数ある東急グループの中でも優秀な店舗として「ながの東急」は、長野駅前に構え群を抜いていた。しかし、ながの東急に用事がある訳でもなく、せっかく長野まで足を延ば したので東急のチャンスセンターでロト6でも買おうかと来たのでした。
宝くじ売り場が長い行列が出来ていたので、まさか今日がサマージャンボ宝くじの発売日だとは知らなかった。急きょ予定を変更して、ロト6をやめて、財布か ら虎の子を取り出し差し出したのです。
・・・たぶん、貧乏人の寄付行為であろうかと思うのですが。

買ったばかりの、宝くじを握りしめながら、ながの東急の横に建つショッピングビルをしげしげと眺める。
懐かしいな・・・。
もう25年も経つのであろうか、まだ、原宿のマンションの一室で婦人服のあれやこれを考えていたマンションメーカーの時代に、知り合いのデベロッパーか ら、ながの東急横にシーワンなるショッピングビルが建つけど、どう出店しない?と声を掛けられた。すぐに応募して10坪の権利を戴いた。

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開店は押すな押すなの大盛況で、豚もおだてりゃ木に登るで、有頂天になった。
その調子で、いつの間にか、同じビル内に3店舗を出すことになった。甘い誘惑に乗りやすいのです。
好事魔多しとでも云うのか
売上の上位にランクされている1階の店に、深夜の12時に車が飛び込んできた。
店内は目茶苦茶になり、保険に入っていなかった若い運転手に対して損害金等の保険金で揉めた。ついには、運転手の母親が店長に向かって・・・「こんな店、 呪い潰してやる!」と。
・・・そんなこともあったな~。

今は、スターバックスになっていて、店があった場所辺りに座り、コーヒーを飲んだ。
25年の歳月は空気まで変わっていた。

帰りに、せっかくの長野のだから、蕎麦でも食べてと行こうと入った蕎麦屋で、ザルを運んでくれた人を見て、
「あれ~松本さん?」 「エッ!」
「シーワンで働いていた松本さんでしょう?」「はい!」

怪訝そうだったが・・・笑みがこぼれて

「あ~社長!」(チョットのあいだ社長をしていたのです)
「元気でしたか?」

偶然も偶然、車が飛び込んで来たときに、お店で働いてくれていたのです。 蕎麦を食べる間、20年の歳月を詰めるお話をした。

7月7日。七夕さま これも何かの縁だったのでしょうか。

画像は、その松本さんが装飾した作品。才能がありました。

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赤色専用のテレビ

居候をしている8畳間には、所狭しと棚が置かれ、作業用のテーブルが2台に簡易ベッド(万年布団)がある。棚には60個以上のガラスケースが埋め込まれ、乱雑に物が詰め込まれている。その他にもオーディオが本棚の隙間に無理やり取り付けられ、スピーカーが泣いている。

隣との境界線である襖の奥まったところに、埃にまみれた29インチのワイドテレビが鎮座している。10年以上の年代ものです。世はまさに地デジで騒いでいるがTVにまったく興味が湧かないので、大型の家電屋に行っても液晶のテレビコーナーを覗いたことは一度もない。

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それでも、ニュースを見たり、ベッドに横になった時に腕枕してTVを眺めるのはひと時の心地よい時間を味わう。そんな年代物のTVに異変が起きたのは、もう半年も前になる。
画面が少しずつ赤く染まり夕日に映えるテレビの画面だった。
最初のころは、それでも映し出される色合いは判別できたが、最近は色の区別がつかなくなり、赤専用のTVに変わってきています。

光の色を作る赤・青・緑の三原色が狂ってきたのでしょうか
赤が強いとなると、いつの間にか、緑の発色が力尽きてしまったのでしょうか

それでも、寝る前にはTVをつけて、横になりながら赤の画面を見ています。
国境の境界線である襖を開ければ、52インチの液晶が飛び込んできますが・・・所詮居候の身です。
世にも珍しい赤色専用の画面を眺めて笑っています。

TVを買い替える気はまったく起きないですね。
赤の画面の次は、どの色の画面になるのか、すごい興味があります。それともプツンと消えるでしょうか。

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おかまバーのお誘い

音楽関係に務めている友人から久しぶりのメールが届いた。
定年間近になって、階段は一段あがったが、はじめての販促部に異動となり、あっちこっちのイベントに参加させられ参ったと嘆いていた。肥満体の彼には辛い部署なのかも知れない。
ご苦労なことです。

「たまには飲もうぜ・・・!」と、あり、最近、頻繁に顔を出している六本木「金魚」あたりに行かない?とお誘いがあった。六本木「金魚」と云えば、知らない人はいないほどのショーパブでおかまちゃんの聖地です。
久しぶりのおかまバーです。行きたいな・・・。

Kingyo

向かうところ敵なしの三十代。
当時は、ニューハーフなんて気の利いた名前はなかった。おかまバーだった。
旧友でチョットは名の知れたニットデザイナーに誘われて、六本木の隅っこにあった「ミッキーマウス」に一歩足を入れた時は、熱烈な歓待に顔が赤らんでしまった。
7~8人も座れば満席のミッキーマウスは《おかまバー》でした。
30分おきにショータイムが始まり、この世とは思えない破廉恥なショーが始まった。
やんやの喝采を浴びて、熱演するおかまの人たちはキラキラ輝いていた。
割りばしに挟んだ千円札やら五千円札が乱舞していた。

ひとりニコニコと笑みを溢しながら目配り、気配りをしている細身の紳士?はママと呼ばれ、席に呼ばれる度にグラスに注いだカルピスを一気飲みをしていた。ママは、お酒が飲めなくてカルピスなのか、ある妄想を抱かせるためのカルピスなのか・・・聞きそびれたが。
ミッキーマウスはお気に入りの《おかまバー》になり、毎週通った。

そんな意味深なママは、環八にある高級車を扱うディーラーに行って、展示されているポルシェを売ってくれ~!と、二千万円の現金をテーブルに投げた!とか。
一晩で4~5本のカルピスを飲み続けて、稼いだ二千万円だったが、風の便りで急死したと聞いた。
カルピスを飲みすぎたんだと噂は尾ひれをつけて広がった。

ひそかに憧れたチーママはママと同棲をしていた。チーママは、みなしごハッチが得意で縞模様の服に着替えて愛嬌をふりまいていた。そのチーママも流れ流れて新宿二丁目界隈でばったりと会ったことがあった。「いろいろあってね~」と、寂しげに眼が沈んでいた。
「遊びに来てね・・・」と、誘われたが行かなかった。

いつの間にか、おかまバー巡りはミッキーマウスを足掛かりに、いろいろと探索したが旧防衛庁前にあった「ラキラキ」は、美人揃いのおかまバーだった。
それは、それは可愛くてきれいだった。そして熱中した。
三日とあけず通った。聖徳太子に羽根が生えて飛んで行った。薬物にはまり込む心境なのであろうか、有頂天にさせてくれた。

ある夜。
銀座の、とあるクラブのママから支配人に来ない?とお誘いを受けた。心が動いた。
それを聞いていたラキラキのママが、銀座はやめて!100万円でうちに来ない!と。
当時の給料は368,000だった。3か月分の給料です。

冗談だと聞き流したが、支配人も100万円もよだれが出そうな話だったな~。
先輩の紹介する神田のピンサロに誘われた条件には驚いた。
給料50万円+50万円だった。そのプラス50万円ってなんですか?と、聞いたら
ピンサロなので、警察に捕まることもあるので、保釈金代わりの手当だと云われた時は、ことばを失った。
ホイホイと務めていたら、いまごろは前科何犯だったのか・・・恐ろしい。

余談。もう時効だと思うので
美人揃いのラキラキの中でもNO.1のミキちゃんを射止めたのは、友人のニットデザイナーだった。
すぐに同棲が始まった。その友人とは、国内の出張はもとより海外出張にも一緒に行った。
ホテルでは一緒の部屋で、同じ布団でも寝たが、そんな気を感じなかった。
男として魅力がなかったんだろうな・・・私は。

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飛び上がる魚

Hakuren

梅雨の長雨で水かさが増し、利根川流域では幻想的な珍しい光景が人々の目を釘付けにしているとレポーターは目をクリクリさせてマイクを握っている。
魚が、魚がジャンプして宙を舞っている。
たしかに・・・珍しい。

体長が7~80センチもある大きな魚が、1メートル以上もジャンプすることが不思議に思える。
この魚は、中国原産のハクレンと云う魚らしい。

調べると
『中国では古くからの養殖魚。「「リンユイ(れんぎょ)」であるハクレン、コクレン、そしてアオウオ、ソウギョで“四大家魚”とされ食用魚として重要。
繁殖期になると、どこからともなく集まりジャンプして、人々を驚かせる。
明治以来、中国から移植されてきたもの。1943年の利根川に放流してから定着。
大きくなり80センチを超え、時には1メートルを超すものもたくさんいる。「売れない魚」ということで利根川の漁師さんには嫌われている。』とある。

ハクレンと云う名は知らなかったが、レンギョであろうと思った。
レンギョについては、悲しいが大笑いした思い出がある。

若かりし頃、とある商社の染色テキスタイル部に所属していた。
毎日、毎日色とにらめっこして墨田区にある染色工場に顔をだし、色と戯れていた。
その日は、後輩と連れ立って染め上った糸を持って、業平のニッターと呼ばれる編立工場に行った。

今の業平と云えば、話題の東京スカイツリーがドンと建設中で見物客でごった返しているらしい。
当時は、東京都内の編物の産地として賑わっていて、業者が日参して、どこの家からもガシャガシャと編物の音が聞こえていた。

編立工場の玄関わきには、大きなカメがあり満々と水を貯えていた。どうも、そのカメの中に大きなレンギョがいたようです。
玄関先で染め上った糸の性質と色合いの説明をしているときに、後輩は暇だったのでしょう、カメの中で泳ぐ魚に興味が出てきたのか、近くにある野草を抜いて、カメの中に穂先を沈めて遊んでいたようです。魚を釣るつもりだったのか・・・。そのうちに、悪戯だと知ったレンギョが怒りだし、穂先の先にある後輩の指を目掛けて飛びかかったのです。
「ギャァ~」と、声がしたので後ろを振り返ると、後輩の指にガブリと噛みついたレンギョがブラブラしています。魚に喰われてしまった。
指先を振るってレンギョを落としたものの、指先は噛みつかれた歯形が残り、血が噴き出しています。
もう・・・・大笑いの瞬間です。

ところが、後輩の「ギャァ~」を聞きつけた工場の親父さんが飛び出してきて、後輩の血が滴っている指先を見るや、事情が呑み込めないまま、玄関先で昼寝をしていた大人しいラブラドールに向かって、足で蹴っ飛ばし「お客さんに、なんて事をするんだ!」と、二度三度と蹴りを入れたのです。
突然、降って湧いたような急襲を受けたラブラドールは身を屈めてキャンキャン云っています。
そのまま、首根っこを掴まれて庭の方に連れて行かれたが、可哀想なラブラドールです。

後輩のおかげで、楽しい夢心地で眠っていたラブラドールは悪夢となりました。
事情を説明して・・・「あっ!そうなの」「レンギョに喰われたの?」で大笑いをされましたが、ラブラドールのその後が気になって、気になって どうなったのか。

その後、後輩はレンギョに噛まれた唯一の男として、長らく酒の席では笑いものにされていた。まぁ伝説の男ではありますが・・・。

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