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終わらざる夏 下巻

0111

浅田次郎の描くところの、揺れ動く心の描写は天下一品です。

ポツダム宣言を受け入れ8月15日の天皇陛下の玉音放送で戦争は終わった。
終戦日を挟んだ前後を全編に渡って、拘わる人々の葛藤が描かれている。
戦争と云う悲惨な状況が心を打ち迫ってきます。

占守島に上陸した片岡に参謀である吉江少佐は重大な目的を告げます。
「手の施しようがありません。日本はこの戦争に負けます」
「終戦となれば、敵の軍使がやって来ます。想像するに無念ではありますが、敵との和平交渉には、あなたの通訳としての能力が必要なんです」と。

「日本は負ける」「戦争は終わる」敗戦後に武装解除を目的に上陸して来るであろうアメリカ軍との交渉を任された片岡であった。「戦争は終わるんだ。これで帰れる・・・」と、安堵する。

片岡の息子「譲」は終戦の日の15日に赤紙が来て入営する予定だった、やくざの男に助けられます。
やくざ「日本が敗けて悔しいか?」
譲「悔しいです」
やくざ「敗けてくやしいなんて気持ちな、きょう限り忘れちまいな」
譲「どうしてですか?」
やくざ「二度と戦争はするな。戦争に勝ち敗けもあるもんか。戦争する奴はみんなが敗けだ。大人たちは勝手に戦争をしちまったが、このざまをよく覚えておいて、おめえらは二度と戦争をするんじゃねぇぞ。一生戦争をしないで畳の上で死ねるなら、その時が勝ちだ その時にヽ(^o^)丿しろ 分かったか」

アリューシャン列島に駐屯しているアメリカ軍が上陸する前に武装解除しようとの声に、鬼熊は反対する。「武装解除はいつでもできます」「アメリカ軍ではなくてソ連が攻めてこないとは限りません・・・」
ソ連は広島の原爆投下を見て8日に不可侵条約を破棄して、宣戦布告をしている。

そして、ソ連は二個大隊を集結させ、占守島に砲撃を行います。
ソ連の言い分として・・・
「ソ連の砲撃は、ふざけ半分の砲撃ではありません。米軍の軍使が来着する前に、武力で制圧したいのでしょう。そのためには、日本軍が降伏を潔しとせずに戦端を開き、自国はやむなく応戦したと云う筋書きが欲しいのです」とある。

8月18日、ソ連は占守島に上陸します。
応戦する日本軍。ありったけの力でソ連を追い帰し、完膚なきまで叩きのめします。
完全勝利のはずが、周りの島々を奪い取ったソ連に占守島は明け渡します。
ソ連は、日本領である千島列島をアメリカ領になる事を避けたかった。ソ連から太平洋に出られなくなる恐れが一番怖かった。

軍使として最前線にいた片岡の運命やいかに。

勇敢に戦った勇士は捕虜となりシベリアに連行された。
シベリアで捕虜となった日本人を医師として懸命に治療していた菊池医師は、終戦したにも関わらず攻めてきたソ連の理屈を聞いてびっくりする。

「占守島(ロシア名:クリル)で三千人のソビエト人が殺された。戦争が終わっていたのに。これは犯罪です。だからあなたたちは働く。死んでも働く。あたりまえです。」と。

わが耳を疑った菊池医師は思った。
ソ連は、いったい何のために、こんな理屈をつけるのだろう。終わったはずの戦いを蒸し返したのはソ連軍で、日本軍はやむなく応戦したのだ。そして皮肉なことに降参した軍隊が敵を圧倒してしまった。

北海道を占領するソ連の野望は頓挫した。
占守島で死力を尽くしてソ連の武力占領を阻んだから。

大きな犠牲の上に、いまの平和が築かれている。
・・・ほんとうに平和なのであろうか。敵はいつでも虎視眈々と狙っている。
日本って地政学的に最高なんでしょうね。

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終わらざる夏 上巻

0110

予定で行けば8月15日の終戦記念日に読み終える予定でした。上巻だけでもと思い、取りあえず八月中に浅田次郎「終わらざる夏」の上巻を読み終えた。

硫黄島に星条旗が掲げられ、南方の砦であった沖縄も陥落した。
島国である日本は絶対的優位な海の制海権も制空権もアメリカ軍に握られ、それでも、なお本土決戦だとか、一億総玉砕だとか念仏のように唱え続けた市ヶ谷の大本営。
大本営の地下壕には要塞が作られていて、要塞の中では、本土決戦に向けての兵隊集めがパズルで升目を埋めるように、強引に決められていった。各県ごとに動員は熾烈を極めた。
もう、男であればだれ構わずに赤紙を送りつけた・・・日本が無くなる、国が無くなる、そんな末期症状であった。

岩手県下では、これだけの動員数を絞り出せとの命令が大本営で起案され県の組織に下達され、その中でも、特業と呼ばれる技能者の三人が本編の主人公。

兵役義務がある年齢ギリギリの45歳で動員された片岡直哉は、若いときに、あまりの近眼で兵役検査で乙種となり兵役義務が免除され翻訳出版社で編集長を務めている。彼は東京外国語学校を卒業していたことが決め手となった。

帝大医学部に籍を置く菊池忠彦は、岩手医専を出た医師で、兵役検査で赤紙逃れをする人たちに手を貸し診断書に手心を加えて特高のターゲットになったところを、帝大医学部に入学して、逃げることが出来たが、医師免許を持っていることが決め手となり出兵となった。

鬼熊と呼ばれる富永熊男は、すでに三度の兵役に従事してきた。戦地では輜重隊として果敢に攻めて、一番乗りで勲章まで戴いている地元の英雄である。三度目の兵役で右手の指を三本機関銃で撃たれてなくした。いまでは地元でトラックの運転手をしている。運転の技能があることで四度目の赤紙がきた。

本土決戦の前に、千島列島が攻められると誰しもが思っていた。
しかし、千島列島は火山列島で飛行場すら作れない凸凹した陸地だった。
日露戦争の講和で千島列島は日本領として明記された。・・・いまでは、ロシアに占領され返還のめどすら立っていない。
細長い日本列島は陸地こそ狭いが、そこには領海と云った線引きされた見えない領土が千島列島を含め大きく広がっている日本は、世界でも有数な領土を持っていたことになる・・・が、千島列島は帰ってこない。


南方にばかり目が行くが、日本の固有の領土である千島列島にも軍備が増強された。
アメリカ軍は本土侵略をする前に、千島列島を抑えにかかることは容易に想像できた。
千島列島の隣国であるロシアは、ドイツとの闘いで疲弊のうえに、日本とは不可侵条約を結んでいるので、よもやロシアが攻めてくるとは想像だに出来なかった。
毎日、偵察機を飛ばしてくるアメリカ軍が攻めてくると思われていた。

千島列島の国境に占守島(シュムシュ)と呼ばれる小さな島がある。平地であったがために飛行場が作られ北方最前線として考えられていた。北から攻めてくる本土決戦を占守島(シュムシュ)で食い止めようとした。

本土決戦は避けられないと思われていたが、先見ある下士官は、ロシアの仲介で講和が結ばれて戦争が終結するのではないかと思っていた。ロシア(ソ連)とは日ソ不可侵条約がありロシアが攻めてくるなんて露ほども思っていなかった。

ただ、ロシアは早々とドイツが降伏したので、戦力に余裕が出来ていた。不可侵条約はロシアにとっては格好の条約で、日本のことを気にしないでドイツとの戦いに全力投球できた。
日本が約束の文書に甘いことは先刻承知だったのであろう。

「終わらざる夏」上巻は、敵との通訳を担当する片岡、軍医の菊池医師、運転手の鬼熊の三人の生い立ちや、赤紙が来たときの胸の内やら、本土決戦を家族構成の一人ひとりの心模様が、こと細かく綴られている。悲惨な戦争の最前線にいて、死を前にした思いや行動は涙する。

8月6日。広島に原爆が落とされ9日は長崎にも原爆が落とされた。
終戦に向けてのカウントダウンが始まったが、三人の主人公は占守島(シュムシュ)にまだ上陸していない。

下巻では・・・。
8月15日に玉音放送があり戦争は終わった。・・・と、思ったが
ソ連は不可侵条約をを破棄して8月18日に北海道を横取りしようと占守島(シュムシュ)に
攻めてきた。 戦争は続いていたのです。

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かたき討ち

Yasumutanuki2

星がまばゆい午前3時40分。車の走行が禁止されている河川敷の土手を自転車のライトが道なりに遠くを照らし、月明かりだけが河川敷に広がる草むらを浮かび上がらせている。
河川敷の草むらは野生小動物のかっこうの住処となって、朝日を浴びて川面がキラキラと輝くと、野鳥のさえずりが一段と高く響き渡る。朝ごはんのようです。

友人のF氏は、青果市場に勤務しているので朝が早い。満天の星を数えながら自転車を漕ぎ、市場に向かう。今朝は、チョットしたアクシデントがあった。生存をかけたトラブルとでも云いましょうか・・・。

朝日が昇るのはまだ早いこの時間は、河川敷を取り締まっているタヌキ族の出番です。夜回りに忙しいタヌキ族のイチローは土手に上がり、持って生まれた黒い双眼鏡で眼光鋭く、右に左に周りを警戒していた。遠くからひと筋のライトが、こちらに向かってくる。
敵機襲来なのか? バラの枝で作った警棒を振り回し「止まれ!」と、叫んだ。

F氏は、いつもと変わらずライトの先を凝視して土手の道を走っていると、なにやら黒い物体が近づいてきた。突然、現れた黒い物体に恐れをなしたF氏は「危ない!」と、ハンドルを切った。
よく見ると、黒い物体は、黒縁のメガネをかけたタヌキだった。ビックリした。
何事もなかったように通り過ぎようとすると、タヌキは声を荒立てて襲い掛かってきた。
「ヒェ~」自転車もろとも倒れそうになった。

タヌキ族のイチローは、ライトに向かって「止まれ!」と叫んでも、突破しようとする人間に、怒りが込み上げていた。無数の棘があるバラの枝を振り回し、人間に向かっていった。ここは、何がなんでも突破を阻止しなければいけない。タヌキ族の会議で名誉ある警護隊に抜擢されたのは誇りであった。

足にタヌキの口が当たったように感じた。タヌキの奇襲攻撃にビックリしたF氏は、倒れながらも必死になって自転車を漕いだ。すると、後ろの車輪でタヌキの足を轢いてしまった。タヌキの鳴き声がしたが後ろを振り返らず必死に自転車を漕いだ。

関所を突破され、無残にも返り討ちにあって左足を轢かれてしまった。イチローは痛みに耐えて、呆然となり涙がこみ上げてきた。タヌキ族で役立たずになってしまった。
ことの一部始終を見ていたキジ族の情報記者であるハチローは、ケーンケーンと甲高い声を上げて情報を伝達した。

タヌキ族の会議が始まった。
天敵である人間にタヌキ族は完膚なきまでに叩きのめされた。
復讐が決まった。ゲートを突破した人間に照準は当てられた。タヌキ族の活躍する時間に無断で通り過ぎようとするにんげんFに対して情報が集められ、タヌキ族長老のひと言でタヌキ族十三匹の刺客が決まった。
武器はバラの枝を二重にも三重にも重ねた棘の刀が用意された。月が隠れる新月で雨の日が決行日と決まった。雨や晴れの天気を自在に操るタヌキ族長老の霊感に命運は任された。

人間が油断する雨の日が最適だと・・・。
それは、歴史が証明していた。桜田門外の変では、水戸浪士を中心とする暗殺者たちは降り積もる雪の日を選んだ。彦根藩の行列には井伊大老の乗った籠を警護する家来は、雪や雨水から刀を守るために鞘掛け(鞘袋)で包んでいたために、敵の襲撃にすぐに刀を抜くことが出来ずに無残な死を遂げた。

左足を骨折したイチローの仇討は、桜田門外の変を復讐のシナリオに選んだ。暗闇で雨の中の敵は、雨合羽を着ているか、傘を差しているのであろう。
毎晩毎晩、河川敷で棘の刀を振り回し、天敵にんげんのFの暗殺に向けて日夜励んだ。
新月まで、あとわずか・・・
祈りが通じて雨となるか・・・

新月で雨の日まで、にんげんF氏はタヌキの監視下に置かれている。いまもどこかで草むらに忍び、監視していることでしょう
楽しみだな~。

にんげんF氏の運命やいかに・・・。

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ガス爆発・・・回避する。

乱暴に積み上げられた雑誌や書類を手で払いのけ、買い物カゴに不具合が生じたのでCGIの説明書を読んでいた。、いそいで修復する必要があった。
家人は誰もいない。涼を求めて近くのファミレスにでも行ったのか・・・。

Gas

ピンポン♪と鳴った。
「誰もいませんが・・・」と、戸を開けると、日焼けを防ぐ帽子を深々と被った女性の方が「ガス検針で来ました」と。
「赤の点滅がありガスに何らかの異常を示しています」
「ボタンを押して、点滅の解除を行ってください」
「異常がなければ復帰します」と、云って立ち去って行かれた。
裏口に回り、ガスメーターを確認すると、小さなボタンが確かに赤く点滅しています。
脚立を用意して、点滅を解除する手順に沿って解除ボタンを押した。
たぶんこれで大丈夫・・・3分後には消えているはずである。

ところが、3分経っても点滅が消えない
再度、解除ボタンを押して経過を見ると、点滅が消えない。

少し不安が募り、市のガス・水道局に電話を入れて、点滅が消えないと伝えると、すぐに伺います。
まるで、何でもやる課のようですね すぐの行動は頼もしい。

ようやく、義母が戻ってきて、何があったのと聞くのでガスメーターに異常を示す赤の点滅が消えないと云うと「どうしたんでしょう・・・」と、言葉にならない。

電話して20分。ガスの担当者2人お見えになり、点滅状態をしばし眺めて「この点滅はガス漏れですね」
エッ!ガス漏れなんですか?
「いまから調べます。」

「給湯器・お風呂・ガスレンジ等にガス漏れの異常はありません」
「床下を通っているガスの配管でガスが漏れています」と、なった。
いまのガスは匂いがしませんので、台所に滞留している可能性もあります。
「ただいまからガスの元栓を閉めます」
「修理が完了して確認できるまでガスは使えません」となった。

さぁ、それから大変です。
ガス配管の修理となると、ガス配管の免許を持っている指定業者に工事の依頼を行うことになりました。それまでは、食事はおろかお風呂も使えません。

これって・・・
災難を事前に防いだと云うことになるのでしょうか
ガス爆発で爆死する寸前だったのかも知れませんね。
それこそ、全国ニュースで爆発の様子が映し出されたのかも知れない
ガス検針でお見えなったから分かったものを、ガス検針が1週間遅かったら爆死していたでしょうね。

ガス検針さまさまです。

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どっちが暑い?

いま日本列島は記録的な暑さだと、連日トップニュースで伝えている。
うだるような暑さは、やる気を失わせギンギンにエアコンの効くところに足は向く。
パチンコ屋さんは大繁盛だな~などと、勝手に想像するが、足が向くことはない。

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石鯛が釣れると評判の岩礁の隙間から太陽は昇ってくる。朝日を浴びた岩礁は朝日が反射して海原のキラキラと輝き光を落としていく。
この地は、遠浅の海岸で砂浜は1㌔にも及ぶ。海水浴場として日本海水浴場100選にも選ばれているが、あまり混まない。それと云うのも、砂浜が長く続くので混んでいるように見えないのかも知れない。
小さいころは、親戚の家があったので泊まり込んで毎日泳いだ。
100メートルほど先に遊泳禁止区域のブイが浮いていたが、泳ぐコツを会得すると難なく泳げた。
ブイに掴み、体を預けながら泳いだ。

そのころの砂浜には、いたるところに打ち寄せる波のところまでゴザが敷いてあり、ゴザの上を歩かないと、足の裏が火傷するぐらい砂浜が熱つかった。まかり間違って近道しようとゴザのある場所を避けて海に入ろうとすると、アッチチ!アッチチ!と、爪先立ちで海まで走ることになり、海に入った瞬間にジュワーと泡がでるほどに熱かった。太陽の照り返しで温度が上がっている砂浜は熱したフライパンと化し、とても歩くことが出来なかった。 いま思えば、砂浜にフライパンを置いて卵を割ると目玉焼きが出来たと思う・・・。それほどに熱かった。

しかし・・・
いま、日本は国全体が記録的な暑さと云っても、砂浜が焼けるような熱さだとはニュースで語られない。ましてや砂浜が熱いので、海まで歩けるようにゴザを敷いたゴザ歩道は見たこともない。
足の裏が火傷しそうになるほどに熱された砂浜と、いまの記録的な暑さと、どっちの方が暑かったのかな。

太平洋を望む、この砂浜を見下ろす松林には共同墓地があり先祖代々のお墓がある。

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何もないところを夢見る

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谷川俊太郎「詩人の墓」には
詩を書く以外に生活をする術を何も持っていない若い詩人の話が綴られている。

お祝いの詩・お墓に刻む詩・猫好きには猫の詩・食いしん坊には食べ物の詩を書き恋人たちには恋の詩を書いた。なんでも、どんなことでも詩に出来た。詩を書くことが生きる糧だった。
彼の詩は、みんなに喜ばれ、涙が溢れる詩には泣き叫んだ。笑える詩には、お腹を抱えて笑ってしまう、喜怒哀楽が表現されていた。
村のみんな「どうして、そんなに書けるんだい」と、云われても、詩以外は答えることが出来なかった。
詩を書く彼は、良い奴だった。

詩を読んで訪ねて来た娘が好きになり、娘に詩を捧げた。

□□□

それを読むと娘はなんとも言えない気持ちになった。

悲しんだか嬉しいんだか分からない

夜空の星をかきむしりたい

生まれる前にもどってしまいたい

こんなのは人間の気持ちじゃない

神様の気持ちでなきゃ悪魔の気持ちだと娘は思った

男はそよかぜのように娘にキスをした

詩が好きなのか男が好きなのか娘には分からなかった

□□□

そして、その日から娘は詩を書く彼と暮らすようになる。
彼は日常の何でもないことにも詩を書いた。
朝ごはんの詩とか、野イチゴの詩とか、裸になった娘の美しさにも。
娘は、そんな彼が誇らしがった。
だが、日が経つうちに、詩は嬉しかったが、何だか物足りなかった。
家に残してきた祖母の話で、彼は涙をポロポロと流しながら詩を書いた。
娘は嬉しかった・・・が、次の日になると、祖母の話など、彼は忘れていた。
でも、娘は幸せだった。
彼は、花の名前は知らないのに、たくさんの花の美しさの詩を書いた。
変な詩人であった。

□□□

ある夕暮れに娘はわけもなく悲しくなって

男にすがっておんおん泣いた

その場で男は涙をたたえる詩を書いた

娘はそれを破り捨てた

男は悲しそうな顔をした

その顔を見ていっそう烈しく泣きながら娘は叫んだ

「何か言って詩じゃないことを

なんでもいいから私に言って!」

□□□

何も返す言葉のない彼に対して、娘は彼に「あなたって人はからっぽなのよ」と泣きながら
彼の胸を叩きながらおんおん泣いている。
彼は、ようやく娘に諭すように云った。

□□□

「いまここだけにぼくは生きている」男は言った

「昨日も明日もぼくはないんだ

この世は豊かすぎるから美しすぎるから

何もないところをぼくは夢見る」

□□□

と、書かれている。

「何もないところを夢見るは」、現実を逃避している私に似ている。
私にとって夢とは、詩は書けませんが・・・空想・妄想と同意語であります。

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送り火

田舎にいる弟からメールが届いた。
送り火の16日に精霊流しを行います、書いてある。実家の近くには堀川があり、いまでも精霊流しが続けられていると聞く。流した供物の後片付けをする方は大変だと思うが先祖を送る伝統行事を優先させているのでしょう。実家には中学までいたので毎年、送り火になると仏さまにあげていた供物を船の形をしたお盆に乗せて川に運んだ。
その時に、何回も何回も注意されたことがある。

船を流した後は、決して振り返らないように・・・と。

どんなことがあっても、振り返るな!と、再三再四、耳にタコができるほど云われ脳裏に刻みこまれた。振り向くと、霊が・・・なにか用事でもあるのかなと、また戻って来ちゃう。

お盆と云えば、迎え火の八月十三日は父の命日でした。
父の死は、安らかな死で、それでいて不思議な亡くなりかたをしました。

Mukaebi

父と母は二人で実家に住んでいました。
母は、8月13日の夕方に門柱のある庭で松の木を重ね火をつけて先祖の霊を迎え入れる準備をしていました。そこに水を汲み入れたバケツを持って父がやって来て、
「終わったら、火の始末に気を付けて・・・」と、バケツを置いて家の中に入っていきました。
父は、すぐに入浴できる準備の整ったお風呂に入り。
風呂から上がるとパジャマを含めて、すべて真新しい下着に取り替え着替えたようです。
迎え火をしながら、庭の花壇を弄っていた母は、まだ庭にいます。
父は、布団を敷き、敷布と布団カバーを新しいものに取り替えて、寝る準備を整えたようです。
真新しい下着やパジャマに着替えた父は、新しく取り替えた敷布に体を横たえて眼を閉じました。
そして、静かに天国に旅立ちました。

迎え火の始末をして
部屋に上がってきた母は、寝ている父を見て息をしていないのに気が付き驚き、手のひらを鼻先に持って行ったと述懐しています。亡くなったことを理解した母は実家の近くに住む子ども(三男)に電話して、事の次第を説明して、弟は駆けつけました。

病気でもなかった父が自然死すると、勝手に動かせてはいけないようです。
警察に連絡して、先ずは検視を行い結果が出るまでそのままです。
死の原因が「心不全」。原因不明のポックリ病なのでしょうか。

それにしても、死を目前にした父の行動は、色とりどりにきらびやかに輝く花の向こうから、亡くなった先祖の父や母それに幼子で死んだ姉や兄が手招きして迎えに来たのでしょうか
「子供たちも成長したし、もう十分に親の役目を果たしたよ・・・」こっちに来なさい!と呼ばれたのでしょうね。

お盆を迎えるたびに、迎え火とともに亡くなった父を思い出す。

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どでかいやつ

Michio

ホラー作家の道尾秀介氏のエッセイ集「プロムナード」の中に「二十年前の完全犯罪」と、云うのがある。作者本人が小学校四年のころの話で、授業中に猛烈な便意に襲われ、手を挙げて「先生!トイレに・・・」が、云いだせず一刻一秒を争いながら冷や汗を流していた。ついに我慢の限界となり、ついには教室内にぶちまけてしまうギリギリで先生の許可をもらう。
お尻に力を込めて、ゆっくりと、そして爪先立ちでトイレに向かう。 そして教室に戻り、排便してホッとひと息を付いたときに、--------あれ、まずい!。 顔から血の気が引く。

こんなくだりがある。

もう一度席を立つことなどできない。チャイムが鳴ってから、急いでトイレに駆けつけても、誰かほかの人間がすでにあれを見つけてしまっていたらおしまいだ。僕は途方に暮れ、顔に両拳を押しあてたり、今日で終わってしまうかも知れない自分を振り返ったりしはじめた。

落ち込んだ作者はこの後に啓示にも似たアイデアがひらめく。

振り向きざまに後ろの席に座る友人に
「さっき、すごいものを見つけた。誰か、流していかなかったやつがいるらしい」
「うそ?」
「ほんと。どでかいやつ」
とある。

その噂は閃光のように広がり、チャイムと同時に教室から脱兎のごとくトイレに向かう友だちがいる。
目的地には、残された「どでかいやつ」を眺めることになる。
究極のアイデアで、難を乗り切った作者は、まさか自分の便が多くの人に晒されるとは思わなかったでしょうし、どんな気持ちだったのか あ~俺のが・・・

そして、作者は述懐する。
第一発見者をまず疑えと云う、犯罪捜査の鉄則は、ほんとうだと。

残された「どでかいやつ」に、遭遇したことが度々あった。
社会人になり、3年おきに強制的に行われた山中湖での実務研修に参加したときのこと。
本社・支社・営業所から多種多様な人種が参加したこの研修は、同じ会社に務めながら、一度も話をしたこともない人との組み合わせで6人がワンセットで総勢6~70人ぐらい来ていたように思う。

お互いの自己紹介と挨拶をおこない、まずは研修のプログラムを確認して、それでは和気あいあいと行きましょう・・・と、相成った。

研修会場には、グループごとにテーブルが分けられ先輩諸氏にガンガンとしごかれる。
恐怖に似た精神的圧迫が続く・・・永遠に続くかと思われた。
その中でも、女性の先輩にしごかれるのは辛い。虫けらのように扱われる。

食欲が失せ、放心状態で部屋に戻る。この繰り返しで4泊五日の研修が始まります。
6人ひと部屋の大部屋での生活は、まるで生気を失った人間の集まりです。

ある出来事に遭遇するのです。
トイレに入ろうとすると、流し忘れた「どでかいやつ」が鎮座しているのです。誰なんだろう・・・
他にないので、水を流し、「どでかいやつ」を消し去ります。
そして、次の日も・・・次の日も・・・

私が見たのは2回だけ。一緒にいた支社の男が1回見たと。
誰か分からないので、「どでかいやつを流さないのは、誰だ!」とも云えず、また、「どでかいやつ」があるかも知れないと思うと、トイレのドアを開けるのを緊張する。
でも、誰だったのだろう・・・。
心の中では、みんな、あいつだな!と、思っていたんでしょうね。
私も疑われたでしょうね
何十年も経ったいまでも疑われていたら、嫌だな~。違いますよ!決して私ではないです。

研修を仕切っている総務にいる友人に聞くと
研修中に「どでかいやつ」を残す人は結構いるようです。ストレスの極限状態なのでしょうね。
認知症が近づいてきている私は「どでかいやつ」を残す日々も近づいています。


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ねんねこばんてんの女の子!

一歩森の道に入ると、ざわめく街の喧噪が聞こえなくなる。ダム湖を過ぎると交互通行がギリギリの森の道を彷徨いながら走る。峠に差し掛かると「熊が出没しました。ご注意ください」の看板が立っている。すでに3つ目の峠を越してきた。

限界集落と呼ばれる山奥の部落で里山の仕事に携わっている方から「保存していたExcelファイルが開かない!」と、出番がやって来た。
峠道ですれ違う車には出会わない。昼間だから、良いものを・・・夜は危険だな・・・と、ひとり言を呟く。
まして道は崖の上に作られているので、一歩間違うと谷底に真っ逆さまに直行する。

Komori1c

修復も終わり、ひと時のお茶を飲んでいると、夏の定番の話になってきた。
管理棟に常勤するM嬢が、つい、先日のことなんですが・・・

夜の9時ごろに仕事を終えて、街中に帰ろうと車を走らせていると
すぐ上の三宅地区にある朽ちかけた小屋に、見かけない軽トラックが止まっている。小さな部落なので、部落の人たちが、どの車に乗っているかは誰もが知っている。それなのに見たこともない軽トラックだったので、目を凝らして見ると、軽トラックの横に「ねんねこばんてんを着て、赤ちゃんを背負っているおかっぱ風の女の子が立っている。それも現代風の女の子ではなくて、江戸時代のような、時代劇に出てくる女の子が・・・横向きに立っているんです」

わぁ~!出たのかな。と、思って慌ててはいけないと思って、ねんねこばんてんの女の子を見つめないように走り抜けたんです。
もう・・・必死で山道を走り抜けてホッとした。
どうも、気になったので、次の日の明るい時間に、ねんねこばんてんの女の子がいた小屋に行ってみたんです。
その小屋の前は、日中でも日が当たらなくて地面がジメジメしているんです。だから、軽トラックのタイヤ痕でもあるのではと確認したかったんです。
ところが、ジメジメした地面には、タイヤの跡も、人の足跡もないんです。

私も呼ばれる度に山道を通るので、三宅地区にある朽ちかけた小屋の場所は良く知っています。
その日は、小屋の前に車を止めて、周りを見たのですが、昼間の明るい太陽の元では、何事もなかったかのように小屋の周りにある木々から木漏れ日が差し込んでいます。

ねんねこばんてんを着た女の子の話は広がりを見せたのです。
違う場所で森林の環境を管理されている方から
「その女の子なら、この前に谷山地区の杉の木の元で見たよ! あれは10時ごろだったかな」
怖くて、一目散に飛ばしたよ・・・。
また、その他の方も、「ねんねこばんてんの女の子」見たよ!と。

続々と、と云っても4人ほどだが、ねんねこばんてんを着た女の子を見たよ。と、現れた。それも時代劇に出てきそうな継ぎはぎだらけの、ねんねこばんてんであることも分かりました。

今度見たら、写真撮れない?と、私が聞くと、ダメ!ダメ!怖くて写真どころではない!と。

ねんんこばんてんを着た女の子。とは、どんな子なのでしょう。
「ねえや」と呼ばれ、まるで奴隷となって働かされた女の子たち。悲しい運命を背負ったのでしょうか。
夕焼け小焼けの歌には
「十五でねえやは、嫁に行き お里のたよりも、絶えはてた」
耐え忍ぶ、辛い日々が読み取れます。ねんねこばんてんの女の子も、そんなねえやの一人なのかも知れないですね。

夜の10時ごろ来ると会えるかも知れないですよ!と、云われた私は
会いたい気持ちと、運転を間違えて崖に落ちる不安とが錯綜する。

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窓のお姉さん

Images_2

普段は閉めてある曇りガラスを開けると2軒先で少し低くなった位置に洗面所と思しき小さな窓が見える。こんな光景を見た記憶がある。

小学5年生のころだったか、住んでいた社宅は十数段の階段を上がったチョットした丘の上に建てられていた。狭い住宅であったがトイレの横には洗面台がありめいめいの歯ブラシやらタオルがぶら下がっていた。
その洗面台の隣には、ところ狭しと水槽やら竹の葉っぱが置かれ、飼いも飼ったし小魚やら昆虫が生息していた。水槽の中にはメダカ・フナ・川エビ・ドジョウがいて、竹の葉っぱには、小さな女郎蜘蛛が静かに震えていた。蜘蛛好きが高じて小さな蜘蛛は手元に置いていた。

夕方の5時ともなると飼育に忙しい・・・。
水槽を確認したり、蜘蛛の様子を観察していた。それに庭先で飼っていた真っ白いアンゴラウサギが2羽、採って来たばかりのハコベやらチチグサを与えなくてはいけない。

そんな夕方の5時ごろ・・・。
洗面台の窓から見える家があった。一反ほどの田んぼを挟んだ向こう側に見えるのは洗面台だと思う。
5時ごろになるといつも、お姉さんが髪を梳かしたり、洋服を着替えていた。なんとなく目の行く先がお姉さんに向いていたが、お姉さんと目が合うのが怖くて窓の端っこから盗み見していた。子ども心にお姉さんに恋をしてしまった。お姉さんが化粧やら着替えるたびにドキドキして顔が真っ赤になるのが分かり、胸が締め付けられるようになった。
我が家では、この時間は昆虫やら小魚を飼育していたので誰も怪しまない。

お姉さんの行動が大胆な時があった。白いブラウスを脱いだ時はビックリした。おっぱいがあらわになりニコッと笑ったように思われた。盗み見が分かっていたかのように。
その日から、あらわになったおっぱいが目に焼き付いて寝つかれなかった。
盗み見は日常化してお姉さんを心待ちしている私がいた。お姉さんは日増しに大胆になったようにも思う。窓を開けて平気で着替え全裸を見せてくれた。
小学5年の私は無間地獄に落とされていた。

思い出せないが、いつの間にか、お姉さんの洗面台の戸が閉められお姉さんを見ることが出来なくなっていた。近くの小学校に通っていたので、お姉さんが出て来て、「坊や!助平ね・・・」と、云われたら死んでいたかも知れない。

あの時間に化粧すると云うことは、お姉さんは仕事に行く前だったんだろうな。
洗面台の窓を見ると、母にも云えず、悶々と過ごした淡い恋を思い出す。

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むりやりに龍の雲

青空が広がっているが
山にはもくもくと筋骨隆々の雲がそびえたつ。

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灼熱の暑さで36.2度の真夏日だとラジオから、自然の猛威を前にしてあきらめにも似たアナウンスで言葉がぐったりしている。市街地を横断するバイパスの遠くを眺めると、遠くを走る車とアスファルトからはゆらゆらと空気が揺れて陽炎が立ち上っている。
こればかりは灼熱の風物詩だな・・・まるで、白土三平の描くところのサスケの分身の術である。

空には、龍が飛び交っていそうな、細長い雲が入り乱れている
無理を承知で50歩も100歩も譲って龍としてみてください。

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龍の雲を得る如し・・・そんな感じがする。
何か良いことあるでしょうか

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三人の姪孫(てっそん)たち。

続柄で姪孫(てっそん)って・・・知っていますか?
姪孫(てっそん)とは、私から見た兄弟の孫。それか姪っ子・甥っ子の子どもとなる。

九州の端っこから、続柄ではあまり聞いたこともない小学5年生の女の子の姪孫(てっそん)がやって来た。
長期休暇を取っている弟夫婦が孫を連れて、高速道路を乗り継ぎ、二泊三日をかけて新潟県に到着した。弟の長女夫婦が小学校の教員をしているので訪ねて来たのです。
私からすれば姪っ子夫婦と云うことになるのでしょう。

美味しい蕎麦でも食べに行こうかと云うと満面の笑顔で喜んでいた。

まぁ、嫌がりもせずに、長旅の車に乗ってきたと感心しきり。
小学5年生ながら肥満体で160センチ。このまま進化が続けば高校生になった時には体重100キロに身長200センチのアマゾネスが出現しそうです。

会ったときに、すぐに「お父さんとお母さんは喧嘩しないで仲良しにしているか?」と、聞いた。
本人は、怪訝な顔をして「う~~ん」と、応えた。

彼女のお父さんとお母さんは、ほんとうは仲良しなんだろうが、会うたびに二人が不機嫌そうなので、しっくりいってないのかなと思っていた。
それで、子どもから見たお父さんとお母さんの「いま」を聞こうとしたんですが、子ども心に、なかなか本心は素直に云えないようです。

後になって、新潟のおじさんは、なんでお父さんとお母さんのことを聞いたのかな・・・と、不思議だったそうですが、図らずも車に乗って家を出るときにお父さんとお母さんは喧嘩をしていたと。
両親の喧嘩の様子を、一人っ子で大事に育てられた子どもはどんな思いでお父さんとお母さんを見つめているのか。

いろいろと話をしていると好き嫌いが激しく・・・

ピーマンがだめで、カボチャもだめ・・・トマトも好きじゃない!と、きた。
蕎麦を食べた後で「デザートでスイカ食べようか?」
「スイカだめ! スイカ食べるとお腹が痛くなる!」
「それじゃ、なにが良い?」と、聞くと
「ソフトクリームが食べたい! それもチョコレートが良い」
「バニラは?」
「バニラはだめ。チョコレートにして・・・」

あれはダメ、これはダメでも2メートルに向かって日々更新中です。

レンズを向けて、美人に撮ってあげるね!と、云うと
美人じゃないし、ブスだからきれいに撮らなくて良いよ!と、返ってきた。

無邪気な「てっそん」たち。
1枚目:弟の長男の長女
2枚目:弟の長女の長男
3枚目:弟の次女の長女

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