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緒方拳からの手紙

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ニュースで榊 莫山氏が亡くなった。お気に入りの書家で雲の上の存在だったでしょうか。せめて榊 莫山が書いた歴史上の名筆を解説した「書のこころ」を押入れから引っ張り出して読みだした。

そんなときに、立ち寄ったコンビニで雑誌をペラペラと捲っていると、頭を棍棒で殴られたような衝撃的なモノクロのページに固まってしまった。

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10月9日発売の週刊ポスト「人間書道-緒方拳の三回忌に公開された肉筆」を、ただただジッと眺め、力強い筆の運びに圧倒された。書のうまい下手は分からない。が、好き嫌いはある。流れるような万葉の書は、流れる川のようでひらがななのに、とても読めない。だから嫌いです。そんな門外漢の姑息な考えです。
その日の週刊ポストは、珍しく買おうか、どうしようかと悩んだ、が、買わなかった。どこかの食堂に置いてあるだろうと思い、棚に戻した。
ほどなくして緒方拳の肉筆が載っている「緒方拳からの手紙」が、発売になっていると聞きつけた。監修は絵手紙の第一人者小池邦夫氏

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本物のワカメが貼り付けてあったようです。

プロローグには、
2010年2月、第百六十一号をもって休刊となった雑誌、季刊「銀花」を、緒方拳は愛読した。読者アンケートでもある愛読者カードの中に、著名な役者の名前を見つけたのはいつのころからだったろう。気がついた編集部は驚き、喜び、そして誇りに思い、届けられる一枚一枚を大切に、ひそかな宝物とした。
と、書かれている。

季刊「銀花
http://i-debut.org/ginka/
を、こよなく愛して本に挟んである愛読者カードに心をしたためて送っていたようです。

たしかに公開された肉筆は、雑誌の巻末に挟んである愛読者カードに書き殴ってあります。
これが、また良いのですね。ハガキ大の大きさの愛読者カードに、文章は簡素で、しかし力強く圧倒される確かな筆さばきがあります。
絵手紙とは違う。心を揺さぶる魂が聞こえてきそうです。

書画の合間にモノローグとして緒方拳が生い立ちから、俳優を営んでいる今のいまを語っています。

□:僕は一生、読めない字は書かないと決めています。

□:二番目に好きなことを職業にしたような気がします。本当はこんなこと(書)で飯が食えたら一番良かったんですけど、終戦後のドサクサで本当にガキでしたからね。親父は、筆なんかで飯を食おうなんてとんでもないって、まじめに一所懸命、働かなきゃいけねぇなんて言いましてね。じゃ辰巳柳太郎のいる新国劇へ行こうかな・・・そしたらお袋が、そんなこと云わないで郵便局行ってよと。もう家族の思考がチリヂリバラバラ。

□:気魄だったり、こだわりだったり、墨との闘いだったりするわけですけれど、貫きたいのは、卑しくなりたくないってことなんです。言葉にするのは難しいんですけど。

□:俺は深く望むから、亡くなった父や母や兄も頼んで深く深く望むから、だからやがて必ずかなうんです。

□:なんで壺が好きなのかっていうと、すけべなのかなぁって思う。自分流の言い方だけど、壺を撫でているときは、ほとんど女の肌みたいで、口もとが大事なのは要するに性器だからって、そういうこと、全然いやらしいとは思わない。生命の原点みたいだってことあるから。

□:死ぬってことはね。残った人の中で生きるってことなんですよ。僕の中で生きるってことなんですよ。

□:「人生劇場」っていう芝居で飛車角が、自分の女のために男を殺しちゃうんです。吉良常が「とうとうおやんなすったね」。すると飛車角が「えぇ、男が生きていく上の、はずみでさぁ」って云うんですよ。僕はそういうところが好きで。

などなど。

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映画「オーケストラ」に笑みがこぼれる

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この映画は、昨年フランスで公開され映画館に行列が出来たと云うが、日本では大々的に公開されていないようです。越後の地でも、わが町だけ封切されている。クラシックに縁のないわたしは居眠りでもできるかな・・・と、飛び込んだ。

プロローグはモーツァルト「ピアノ協奏曲21番 第二楽章」からはじまった。
ボリショイ管弦楽団の本拠地ボリショイ劇場で掃除を担当しているアンドレイ・フィルポフは、聴きながら夢の中でタクトを振っていた。
そう、彼は30年前、ボリショイ管弦楽団でマエストロとして名を馳せていた。

アンドレイが掃除の最中に1通のfaxを受信した。何気なくfaxを見てビックリする。
faxは、フランス パリ・シャトレ座の支配人から予定されていたロサンゼルス管弦楽団が中止になり穴があいたので公演して欲しい・・・と、云った公演依頼のfaxだった。

アンドレイは、ある考えが浮かんだ。受信記録を削除してさっそうと劇場を後にする。

アンドレイは30年前はボリショイ管弦楽団の天才指揮者としてオーケストラを率いていた。時は共産主義が権勢を誇っていた時代に満員の観衆を前にチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」を演奏中に、ユダヤ人を匿った罪で、時の権力者ブレジネフの逆鱗に触れ幕が降ろされた。そして管弦楽団員全員が解雇となりバラバラになった。
幕を下ろしたのは、ボリショイ劇場の支配人ヴァレリー・バリノフ。30年経ったいまでもバリバリの共産主義で、ロシアがまたいつの日か共産主義国家になることを夢見ている。
しかし、ヴァレリー・バリノフはマネージャーとしての交渉役としては天下一品。
さっそくに、ヴァレリー・バリノフを口説き、偽のボリショイ管弦楽団を作りパリ・シャトレ座公演の条件を有利にしようとパリ・シャトレ座の支配人と交渉させる。

余談・・・。
ヴァレリー・バリノフとパリ・シャトレ座の支配人とはロシア語で交渉される。力強く激しく交渉するロシア語を聞くと、まるで大喧嘩です。
これじゃ、北方領土の返還要求でロシア人と交渉しても日本人の日本語では負けますね。
ロシア語は頭の上から押さえつけるような言葉でひるみます。
フルシチョフ時代のロシアの外相グロムイコは、国連でもどこでも日本の要求に対してすべてに「ニエット!」すべて拒否!なんですね。

薩摩での寺子屋時代に「ニエット!」が、はやりに流行って・・・なんでもニエット!と。


アンドレイは劇場の掃除夫をしているが、嫁さんのイリーナは人集めの天才。
デモ行進とか共産主義の集会などで必要な人足(注:さくら)を集めるのが得意です。得た収入で村に家を買うのを夢見ている。時には結婚式に1000人集めて欲しいと依頼も来る。
そんな嫁さんが、夫アンドレイに「あなた!パリに行かなかったら離婚するわよ!」と、けしかける。

バラバラになった元楽団員を口説いてパリに向かう。偽のパスポートに偽のビザを作ってパリに乗り込むが、自由を得た元劇団員は籠から解き放された鳥のように自由を謳歌する。演奏なんてどうでも良いんです。

30年の時を経て望む演目は、ブレジネフによって中断させられたチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」。チャイコフスキーはロシアが生んだ天才作曲家でチャイコフスキーを外すことはできない。
オーケストラでは、だいたいが交響曲かオペラを演奏するのが普通だが、「ヴァイオリン協奏曲」を選んだところに、この映画の伏線が敷かれている。

ソリストとしてアンヌ・マリー・ジャケを指名する。当代きってのソリストです。過去の名声で耳に聞こえし天才指揮者からご指名で喜ぶが・・・チャイコフスキーを弾いたことがない。
リハーサルに出かけたマリー・ジャケが見たものは、誰もいないステージだった。リハーサルなしのオーケストラなんです。

消沈したマリー・ジャケは出演をキャンセルするが、ある言葉に舞台に立つことになる。
それは、コンサートの最後に両親に会えるかも・・・。
彼女は両親を知らないで育てられたんです。育てたのはマネージャーでもあるギレーヌ。 ギレーヌとアンドレイとはボリショイの仲間で秘密の隠し事を共有しているんです。

チャイコフスキーを弾いたことのないマリー・ジャケに一枚の楽譜が届けられます。
それは、ブレジネフによって幕を降ろされた時に演奏していたチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」のソリスト レアの注釈付きが入った楽譜。
レアはユダヤ人として捕えられ迫害されたうえに抑留され亡くなった。
レアは、捕まる前に赤ちゃんをギレーヌに託した。マリー・ジャケはレアの忘れ形見なんで、アンドレイはマリー・ジャケのいままでを知っていたんです。

レアのために戻れ!の声に、リハーサルもしない楽団員は戻ってきた。
そしてチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」がはじまる。
みごとな演奏にスタンディングオベーションが長く鳴り響く。

全編を通じて26作品ものクラシックがBGMで流れる。

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