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ふがいない僕は空を見た

R-18文学賞。女性R18指定の小説「ふがいない僕は空を見た」(窪 美澄)は
発売された去年から書評がすこぶる良かったので目ざとく積ん読の一冊に加えていた。
書評の良さがそのまま引き続き、今年の山本周五郎賞を受賞したのを運転中のラジオから耳に飛び込んできた。
やっぱり!。

Boku

女性R18指定なんてすごいな。
とんでもないエロ小説か目をそむけるようなバイオレンスが続くのであろうか・・・それも著者は女性の方です。体験・見聞・妄想・・・が入りまじっているのか。

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たとえば、高校のクラスメートのように、学校や予備校帰りに、どちらかの自宅や県道沿いのモーテル、もしくは屋外の人目につかない場所などにしけこみ、欲望の赴くまま、セックスの二、三発もきめ、腰まわりにだるさを残したまま、それぞれの自宅に帰り、何食わぬ顔でニュースを見ながら家族とともに夕食を食べる、なんていうのが、このあたりに住むうすらぼんやりしたガキの典型的で健康的なセックスライフとするならば、おれはある時点で、その道を大きく外れてしまったような気がする。

で、はじまる。
「おれ」こと、斉藤卓巳が体験する風変わりなセックスが発端となり周りの人々の生活に少なからずの影響を与えていく。

展開は、章立てごとに主人公が変わり、すべては一人称で語られる。
一人称と云えば何と言っても太宰治と思ってしまう。話題になった村上春樹「1Q84」も章立てごとに主人公を変えて遠く離れた展開を縮めていった。
「おれ」であったり「わたし」「あたし」になって展開するが、展開すべてがリンクして「わたし」の思いと、リアルな生活感が映しだされていく。
章立てに一人称とは新しい小説の展開なのであろうか。

高校生の斉藤はアニメ好きの「あずさ」に声をかけられ付き合うことになった。
あずさは不妊で悩む人妻でストレスをアニメの世界に逃避することで気持ちを保っていた。そして、コスプレの似合いそうな斉藤をナンパしてきた。斉藤にアニメの衣装を着させてコスプレセックスに夢中になっていく。
あずさの夫慶一郎は、やがて・・・あずさのコスプレセックスを知ってしまう。

七菜は同級生の斉藤に、付き合って欲しい!と、告白するが、少し待って!とかわされるが、斉藤とのセックスを夢見る一途な高校生。
七菜の兄は秀才でT大に現役で合格するが偏狭的な宗教にハマってしまう。

斉藤の唯一とも思える友人福田は、斉藤のコスプレセックスを知って腹立たしい思いになる。福田は父親が資金繰りを苦に自殺し、母親は愛人のもとに走っていった。認知症の祖母を介護しながら新聞配達・コンビニ店員とアルバイトに精を出している。勉強する環境のない福田に勉強の面白さを教えるボンボンがいるが・・・稚児好きの側面を見せる。

助産院をやっている斉藤の母
夫に逃げられ、必死になって卓巳を育てた。辛い仕事であるが生命の誕生に出会う喜びを教えていた。卓巳のことで嫌がらせを受けるがしっかりと受け止めている。
七菜が助産師を目指しそうだ。

春の日差しを浴びて、ちぐはぐな人の輪が丸く繋がるようになった。

個人的な書評。

主人公斉藤卓巳を取り巻く人間模様は、オギャーと生まれて、人間が平等でないことを伺わせる。環境は好むと好まざるとに関わらず避けることが出来ない。いくら親しくても他人には云えない重い苦難を背負って明日へ生きようと必死になってもがくしかない。

運命に翻弄され着地点が見つからない。それもまた運命なんですね。
努力すれば報われると云うのは詭弁に思えてしまう。

幸せなとなりの芝生を眺めている余裕はない。儚い夢を持ちながら今日を生きるしかないのであろう。生きるって・・・むずかしいな。

性を絡めてあるが、生きていくことをテーマにした秀作であった。少しでも悩んでいる人たちの礎になれば良いのではないか。

生きることと、そして脳裏を支配する性の世界。
こんな一人称の書き方もあるのですね・・・その後、福田くんはどうなっていくのであろうか。心配だ。

村上春樹「1Q84」より断然面白い。 青春の蹉跌・・・。
山本周五郎と云えば、底辺にうごめく娼婦の生きざまを多く執筆されている。人間、個々に混じり合う生活感が必死にもがき生きるさまを捉えている。まさに「生きる」「生きていく」個々の状況が山本周五郎賞を受賞したとおもう。

素晴らしい出来栄えであったと思います。☆☆☆。

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