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バーミヤンの餃子を食べた

Gyoza

いつだったか、TVを観ていたらガストの料理とバーミヤンの料理との味覚対決があった。料理研究家らしき4人が審査員となり味の評価をしていた。

その中でバーミヤンの餃子が10点満点の40点を叩きだし最高の評価を受けていた。
え~!あのバーミヤンの餃子が~?と、納得できなかった。

ショッピングモールのある一帯に店を構えるバーミヤンは桃の看板が目立った。
殆ど足を運ぶことはなかったが、2~3回ふらりと店に滑りこみ、食べたことがある。
何を食べたか思い出せないが、正直・・・美味しくなかった。
足が遠のく原因でもあるのだが。
でも、餃子が美味しいらしいと云うことが分かった。あくまでもTVの中での評価であり
TVお得意のヤラセかも知れないとも思った。

先ずは、満点評価の餃子を食べようと勇んで店内に入ると、店内はほぼ満席で賑わっている。
ウァオ~、以前来たときは閑散としていたのに・・・
これも、TVの影響なのであろうか 家族連れでいっぱいだ。

席を案内され、すぐに評判の餃子を注文する。
餃子だけでも良かったのだが・・・冷たい視線を浴びるのは辛いので半チャーハンをお願いする。
待つこと15分。やって来ました40点満点の餃子です。
先ずはひとくち・・・あ~~んと、口に入れると、中からジュワーッと肉汁がしたたり落ちます。
で、味はと云うと、これは美味い!100点と、云うほどではない。
さしずめ10点満点の7点と云ったところでしょうか。★ひとつと半分。
TVのなかの料理研究家は、台本通りの10点満点だったのか、それとも、味覚音痴になってしまった私の戯言なのであろうか。

10点満点でなかった拍子抜けの餃子であったが、すごい光景に出会うことになる。
隣の席が空いて、休まる間もなく次の方がお見えになった

そしてビックリした。

Kaioh

巨漢のカップルがお見えになった。 何を食べればあれほどに・・・
女性の方は、見るからにマツコタイプで120キロでしょうか
男性の方は、魁皇クラスでゆうに150キロを越しているように思われる。カップルと云っても似たものご夫婦なのであろうか・・・それとも、兄妹なのであろうか・・・
まるで空母が二隻横須賀港に停泊しようとしている瞬間のようでもある。
豊満な肉体を誇る方にお会いすると、すぐに靴に目が行ってしまう。
あの巨体を支える靴はどんなものであろうか・・・と。

目の先には、女性のかたがお座りになったが、椅子が悲しい声をあげてきた

オイオイ お願いだからゆっくりと座ってね
ようやく右足の骨折が治ったばかりで痛いんだよ
あ~揺らさないで
折れる 折れる・・・折れるよ~。

そんな声が聞こえてきそうだ。

そんな方が何を食べるのか興味しんしん。
右耳がダンボ耳になり聞いていると

先ずは・・・
餃子3人前と味噌ラーメンをお願いしますと云われた。
巨体に似合わず餃子と味噌ラーメンかと、チョット安堵した。

それでもメニューとにらめっこされている。

ウェイトレスが飛んできた。

追加で・・・
餃子を2枚 それに
五目そばに
鶏肉と獅子唐のカシューナッツ炒め
海老のチリソース
レタスチャーハン

と、続いた。
やはり、巨体を維持するには、それなりの食糧が必要であることが分かった。
何トンもの小魚を口を広げて飲み込むクジラやら千と千尋の神隠しで何でも飲み込んでしまうカオナシが脳裏をかすめた。

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直木賞受賞作「下町ロケット」 池井戸 潤

Rocket

久しぶりに痛快な小説を読んだ。
最高に面白い! 一気に読み終えた。

直木賞を取った受賞作!「下町ロケット」池井戸 潤

町工場の意地とプライドが大企業やら銀行の舐めた上から目線やら諫言に悔し涙を流し、巧妙に仕組まれた誘惑や根回しに翻弄されながらも意志を貫き立ち向かう。

町工場が大企業を相手にする弱者の論理がここにある。

町工場が居並ぶ大田区で下請けで小型エンジンを作っている小さな町工場(佃製作所)の社長の佃航平は家業を引き継ぐ前は宇宙工学の研究をしていた。

売上の10%を占めていた京浜マシナリーから社内生産の方針が伝えられ取引停止を一方的に告げられる。下請け苛めとも取れる町工場の悲哀がはじまる。
すぐに手を打たなければ資金繰りは行き詰まり倒産の憂き目にあうのは目に見えていた。
銀行に3億円の融資をお願いするが研究開発を優先する現状を否定される。

こんな場面がある。
優秀な技術の証明でもある特許の話になったときに・・・

銀行の論理として
「わかるもんですか。いいですか、世の中、これが世界最先端の技術だといって投資や融資を受けようとする連中は山ほどいるんです。水で動くパソコンやら、永久稼働のモーター、あれやこれやと、どれもが特許を取る話だ・・・すべて断りました。
そんなすごい技術なら、放っておいても大企業が飛びついてきますよ。
特許がらみの話には、ひとりよがりが多いんです。御社の技術開発力を評価している者は、当行にはひとりもいません」

融資はやんわりと断られた。

悪いことは重なるもので、取引中止・融資が断られる・・・
そんな矢先に競争相手でもある、エンジンの供給では大手のナカシマ工業から特許侵害の訴訟が起こされた。
踏んだり蹴ったりの時間が過ぎていく。

ナカシマ工業は佃製作所の現状を把握して先制攻撃にでたのだった。
特許侵害の裁判を起こすことで、長期裁判で佃製作所を金銭的にも疲弊させることで倒産させて佃製作所の先端技術を根こそぎいただく算段をしていた。
頼りない顧問弁護士の問題もあって、佃は途方にくれた。
大学教授となった別れた妻から助け舟が入り、知的財産に強い弁護士が味方につく。

・・・が、倒産の危機を脱した訳ではなかった。
崖っぷちに立たされ、タイトロープの日々であった。

政府から宇宙ロケットの製造開発を任されていた帝国重工では、100億円を投じて新型水素エンジンを開発した。最先端の技術だと自慢していた、水素エンジンの中核を成すバルブシステムは、佃製作所が先に特許を取得していた。
一介の町工場に先を越された帝国重工は資金繰りで逼迫している佃製作所に対して、バルブシステムの特許を20億円で譲って欲しいと申し出る。
喉から手が出るほどに欲しい20億円だ!

しかし、佃は町工場であっても、企業の根幹に関わる大事な特許は、技術の結晶である。申し出を断る。
逆に、バルブシステムを供給したいと申し出る。

町工場である下町の中小企業が帝国重工を相手にキーデバイスを供給する
痛快ではないか。

高飛車な帝国重工では、下町の中小企業の頑なな姿勢に困惑し怒りや憤りが憤懣している。佃製作所でも社長の夢には付き合い切れないと、若手が反旗を翻し、供給をせずに使用される特許使用料で実を取ろうと立ち上がる。

が・・・。

下町の中小企業「佃製作所」が掲げる「佃品質・佃プライド」が、夢に向かって行動を起こす。
日本のものづくりの原点である、技術を磨いてきた町工場の意地がひた走る。

特許についての・・・追記。

2011年9月8日。

餅の焼き上がりをふっくら美しくするために餅に切り込みを入れた越後製菓は特許を取った。対する業界大手のガリバー佐藤食品は横の切り込みに加えて表面に縦横に切り込みを付け特許を取った。
越後製菓は怒った。切り込みを入れる特許は知的財産の侵害であると告訴した。
知財高裁が中間判決を行った。佐藤食品の切り込みは、越後製菓の特許を侵害していると認めた。
弱小企業がガリバー企業に打ち勝った瞬間だった。

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愛猫が死んだ。

7月18日に「余命半年・・・」をアップして1ヶ月。

2011年8月17日。3時40分。
ゆっくりと潮が引くように姫が黄泉の国に旅立ちました。

留守している時に死なないように・・・と、願っていたのが通じたのでしょうか。
見守る中で、静かに魂は上がって行きました。
7月に満20歳になったばかり。
20歳と云えば人間であれば成人式だが、猫年ではゆうに100歳を越える長寿となった。

5月ごろから排泄がスムーズに行かなくなり部屋中にマットが敷かれた。それでも愛嬌を振りまき、誰かが台所に立つと足音を忍ばせて横に立ちご馳走をねだり、マッサージには体を横たえて至福の時間を過ごすのが日課となった。
・・・が、急激な痩せ細りを心配して病院に足を運び血液検査をお願いすると、どこも悪いところはないが、脱水症状だと云われる。
「エッ!脱水症状?」「あんなに水を飲むのに・・・」
病院では最高齢ニャンコの点滴の日々がはじまった。

1002

思えば、20年前に住んでいたマンションの二階で、庭が付いていた一階の人がノラ猫に食事を与えてた猫に5匹の赤ちゃんが生まれた。そのうちの3匹が階段の踊り場で涼をとり無邪気に遊んでいた。分譲ではあってもペットを飼うことにうるさくなかったのが幸いしたのでしょうか。
笑顏を振りまく3匹のノラ猫の子猫を頂いてきた。
ノラ猫の飼い主となり、それから♂1匹♀2匹の子猫に手を焼き忙しい日々がはじまった。
オトナ猫になるのは早いもので、♂の虎次郎は家を出るとほとんど戻ってこなかった。
♀の姫と茶々には、知らないあいだの子だくさんを恐れて不妊手術を行い、ひと安心。

玄関を開けると、素早く外出して狩りに夢中になり、ネズミやらカマキリ、バッタを口に咥えて誇らしげに帰ってきた。一時は鳩やら蛇を捕まえてきて、部屋に上がるなり口から離すので鳩やら蛇が部屋中に逃げ惑っていた。
これには人間の方がビックリして飛び上がってしまった。
狩りの上手いところを見せたいのだろうが・・・もう、降参するしかなかった。

ある時、押入れに吊るした十姉妹の巣に手乗りツバメを飼っていたときは、ツバメが出てくるのを待っていたのか、それともツバメを守ってくれていたのか・・・身動ぎもせずに十姉妹の巣を凝視していた。
4年も経ったころ、雨が降っていたある夜。
茶々が玄関の戸を叩き外に出してくれ!と、鳴いていた。
戸を開けると、身を翻して飛び出した茶々は、夜の探索に出かけたまま戻ってこなかった。
朝になっても戻ってこない茶々を待っていた姫は玄関先で動こうとしなかった。
兄妹がバラバラになってしまった。

その頃から外に出かけるのが少なくなった姫はベランダが主戦場となり、二足で立っては遠くを眺めていた。戻ってこない♂の虎次郎と♀の茶々を待っていたのであろうか。

メザシが好物でマグロやカツオの刺身よりもメザシを好んで食べた。メザシだと安上がりで嬉しいんだが、メザシの頭をあっちこっちに残して行くのには参った。
どうして、メザシやらイリコの頭を食べないんだろう・・・20年経った今になっても疑問のひとつです。

寝ることが趣味の姫は押入れの一角に居住区を設けると、メザシを咥えていき、頭をバラ撒くので押入れの中はメザシの残骸が散らばり、掃除が大変で押入れの中が魚臭かった。

1001

Hime

12年前に、とある企業からのお誘いを受けてこの町にやって来た。
いつも一緒の姫を伴ってこの地にやって来たんです。2~3年の約束が10年以上も住んでいる。姫も私も住めば都だったのでしょうか。

ただ、この地は寒い!雪国です。しかし外出嫌いの姫で助かった。
寒い雪の日は、布団にくるまって出てこない日が続いた。飼い主に似て寒さ嫌いは本物で暖かいところ暖かいところへと移動する。
炬燵を占領するので、炬燵の中にホットカーペットを敷き、冬のあいだじゅうは、どちらかの電源が入っていた。

10年ほど前に、何が原因か分からないが、全身の毛が抜けはじめ、お腹や下半身は覆っている毛が抜け落ち、毛をむし取られたニワトリのようになったので、死ぬことを覚悟したがいつのまにか毛が生えてきて脱毛の危機から脱し、フサフサの毛に覆われ安心したが、どんなことをすれば毛が生えるのか、人間に教えて欲しいと切に願った(笑)

病院で点滴を受けると元気になったが、亡くなる2日前から食事をしなくなり、後ろ足の筋力がなくなり起き上がることができなくなった。時間ごとに抱え上げて寝返りをさせ、おもちゃの注射器で水を飲ませた。水だけはゴクゴクと飲み干し嬉しかった。

いつ寿命が尽きてもおかしくない状況が続いたが、お盆中は生きて欲しいと願い、仕事から帰ってきたら死んでいた!は、嫌だったので、死ぬ瞬間は見守る中で・・・と念じた。

1004

その瞬間は、静かにやって来た。
注射器に水を貯め飲ませると、呼吸が緩やかになり四肢が動いた。全身の力をふりしぼって体を動かそうとしている。右手で前足の肉球を握りしめ、左の手のひらで顔を持ち上げると、かすかに口元が動き、サヨウナラと云ったのであろうか。
目を閉じて呼吸が止まった。
20年間の姫との歴史が終わった。

保冷剤を敷き、北枕で寝かせ、枕元には花や水を置き線香を焚いた。
姫の体は飼い主のお気に入りの白いT-シャツをかぶせ
翌18日に親鸞が説法を繰り返した国の重要文化財である親鸞ゆかりの浄興寺で葬式をあげた。お経が堂内に響いた。
白くてきれいな骨でお寺の方も病気をしていないしっかりとした骨ですねと・・・。
骨壷は持ってきた。
いつの日か、九州に戻った時に庭に墓を作るか、太平洋に散骨しようかと思っています。

いまごろは・・・
天国で離ればなれになった兄妹にあっているでしょうか
死因は分かりませんが、老衰なのかな。

姫・・・
ありがとう。

1003

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