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ピアノ・デュオでピアノ協奏曲20番を聴く



モーツァルト ピアノ協奏曲20番(K.466)と云えば
オーケストラをバックにピアノが奏でる心地良い旋律に癒されるが、
同じピアノ協奏曲20番(K.466)をピアノ・デュオ(ピアノ重奏)で初めて聴いた。

これも良いな~
オーケストラと違ってカジュアルだが楽しめる。

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雀ご一行様・・・くず米は美味しいですか?

去年の収穫時期のころ雨が続いた。雀にとってはお腹いっぱいに満たされる時期でもある。そんな頃に軒下にぶら下げてある竿に雨宿りをしている雀の家族が6羽ほど並んで恨めしそうに雨音を聞いていた。目指す餌が雨で失われた。

「ネェお父さん 夕食どうするの?」
「そうだね。この雨では餌を見つけるのはダメかも知れないね」
「子どもたちは腹ペコよ~」
「どうしたもんかね」

そんな会話が聞こえてきそうである。
雨は一段と強くなったが雀の家族は止まり木にしがみついている。

腹ペコの雀たちを眺めていると。
春先だったか、お米を作っている方から精米から除外される規格外で小粒の米は煎餅などの米菓子に転用されると云う「くず米」を2㌔ほど頂いたことを思い出した。

足あとを忍ばせてくず米を玄関先に撒いた。
撒いたことでビックリした雀たちは一斉に飛び立ってしまった。雀は本当に警戒心が強い。目が会っただけでも飛んでしまう。

玄関先に撒いたくず米を眺めてみることにした。
危険を察知して飛び立った雀の家族は恐る恐る止まり木に戻ってきた。目と鼻の先にあるコンクリートの上には最上級の食事が撒かれている。
周りを警戒しているのであろうか、すぐには玄関先に舞い降りてこない。

5~6分経ったであろうか。
1羽が玄関先に降りてきた。
先ずはお父さん雀が先陣を切り降りてきたが、撒いたくず米の遠くに降りてきた。

まだ警戒を解いていない。
「くず米を毒米ではないかとの不信感が雀たちに広がっているのかも知れない」

降りてきたお父さん雀がくず米に近寄りクンクンを匂いを嗅ぐとすぐに口を運び啄んだ。お父さん雀が家族を呼び寄せると、止まり木に並んでいた雀たちは一斉に降りてきた。
もう、大変です。
くず米があっと云う間に無くなっていきます。

それからと云うものは雀の家族は止まり木に来るようになった。
日の出とともにチュンチュンと鳴く声が広がる
「餌がないぞ~ 早くして来れ!」と怒っているようにも聞こえる。

戴いたくず米2㌔はあっという間に無くなった。
雀の数も、最初は6羽ほどの家族だったのが、日に日に多くなり家族から親戚まで来るようになった。

あの豪雨で雀が可哀想だな!と・・・くず米を撒いたことから需要と供給のバランスを求められてしまった。雀の期待を裏切ってはいけないかな。と。
ついにはヤフオクでくず米を入札までして購入する羽目になったのです。

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佐川急便のあんちゃんがベルを鳴らし「お米を持って来ました」玄関にドンと置かれます。ヤフオクのくず米は30㌔単位で販売されています。
家族が食べるお米の量より遥かに多いくず米の量です。

雀の餌付けにはほど遠く、雀からしたら餌を撒くように仕向けられた計画的な作戦ではなかったのか。雨を利用した作戦にまんまと嵌められたのではないでしょうか。

ここは雪国です。
12月に入ると雪は当たり前のように降り、雀が集まる庭先にはうず高く雪が積もります。雀にとって雪は死活問題です。
屋根裏で冬眠するわけも行かずに腹を空かせることでしょう。

朝、出掛ける時に昼間に雪が降らないことを祈りながら、両手一杯のくず米を雪の上に撒きます。
日曜日に、仕事に出掛ける同じ時間に雪の上にくず米を撒くと、面白い光景が見れました。日の出の時間になると数羽の雀が降りて来て、雪の上に撒かれたくず米を何粒か啄むと飛び立ち、また戻ってくるのです。
他の雀も、一様に同じ行動をします。口の中にくず米数粒を入れたまま巣まで運んだのでしょうね。冬ですからくず米が腐ることもありません。降り積もる雪で餌が無くならないように、知恵として保存することを覚えたのでしょうか。

子孫繁栄を願い、餓死だけは避けよう。
もしかして雀たちも少子化なのかも知れない。

雪も解け、暖かい春がやって来ました。
日の出も早くなり、お腹を空かした雀たちのチュンチュンの大合唱も日増しに大きくなって来たような気がします。
今日もまた、両手一杯のくず米を庭先に放出です。

それでも餌をあげているご主人なのに警戒心は緩めてくれません。
ただ、ご主人の乗っている車だけは認識しているようで、駐車場に車を止めると雀ご一行が屋根に集結します。
ご主人様のお出迎えなのか、はたまた食事の催促なのか

いつまで続く需要と供給のバランス。
間違いなく需要は永遠に続くが、供給はバタッと止まります。
その時は、ご主人様はくず米で破産しました。雀のみなさま お許し下さい。

動画はyoutubeから勝手にお借りしました。  
投稿された方にはお礼のメールも差し上げていませんが、助かりました。ありがとうございます。

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朱川湊人「いっぺんさん」を聴く

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NHK文芸館 朱川湊人「いっぺんさん」を聴く

朱川湊人と云えば以前「スメラギの国」を読んだことがある。
これは読んだとは云えない。猫に惹かれて読み始めたが、これがなかなか進まない。
栞を挟んで積読の中に埋もれてしまい、内容すら思い出すことが出来ないほど困難な本だったので、ラジオ短編ドラマ 朱川湊人作と聞いた時は、あの厄介な作者かと思ったほどである。

厄介な作者と云えば学生時分に大江健三郎著「万延元年のフットボール」を読んだ時は、見開き半ページで放り投げた。「お前らに俺の書く高度な文章が分かってたまるか!」と鼻持ちならない高慢な自意識が臆面もなく表現されていた。
訳の分からない難解な文章が人を惹きつけるなどと思っていらっしゃるのではなかろうか。何か勘違いされているとその時は思った。
後年、ノーベル文学賞を受賞するに当たってノーベル文学賞も地に落ちたな。と私。


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バカで間抜けなしーちゃんと私(うっちん)は大の仲良し。
しーちゃんは前歯が欠けていた。

しーちゃんは白バイの警官になりたい将来の夢があった。私はしーちゃんの夢を叶えられるように「いっぺんさん」の事を叔母から聞いて試してみようと思っていた。しーちゃんに「いっぺんさん」の事を話をすると、しーちゃんは白バイの警官の他にもう一つの夢を語ってくれた。
それは、お父さんが乱暴者で家族に暴力を振るっていた。しーちゃんは早く大人になって家族の盾になりお父さんの暴力から守ってあげたい願いがあった。
一度しか叶えてくれない「いっぺんさん」へお参りに行こうと二人で出かけた。

二つの願いをひとつにしようと決まり「早く大人になって白バイの警官になりたい」になった。「いっぺんさん」へお願いするにも、お祈りにはある作法があった。
境内の土を掘って出てきた小石を誰にも見せないで、持って帰り小石に向かって毎日拝むこと。

小石に願いをしている時にしーちゃんは病気で倒れた。
願いは「早く大人になって白バイの警官になりたい」から「早く病気が治りますように」に変わったが、願いも虚しくしーちゃんは脳腫瘍で亡くなった。

しーちゃんが亡くなって寂しくなった私は「いっぺんさん」にお祈りに行った。
願いは「しーちゃんに会わせてください」と境内から小石を持って帰り祈った。

しーちゃんが亡くなって寂しくしている私を励まそうとお父さんは家族で車でハイキングに出かけたがハイキング先で弟が足を滑らせ顔を石にぶつけて意識不明になり、急いで病院に行こうとするが渋滞に嵌ってしまう。

私は首から下げた「いっぺんさん」の小石を握りしめ「しーちゃんに会わせてください」の祈りから「弟を助けてください」の祈りに変わった。

渋滞している車の後方から白バイがやって来た。
お父さんが白バイを止めて、事情を説明すると白バイは「了解しました」「病院まで先導しますので後を付いてきて下さい」と渋滞から抜け出し、病院に辿り着いた。
病院ではストレッチャーが用意され意識不明の弟を待っていた。

白バイの警官は私を見て「きっと治るよ うっちん」と云った。
良く見ると白バイの警官は前歯が欠けていた。
そして白バイの警官は姿を消した。

しーちゃんが白バイの警官になって私の前に現れたのかな
しーちゃんが気にしていたお父さんの暴力は、しーちゃんが亡くなったことでしーちゃんのお父さんは心から悔い改め、定職に就き暴力を振るわなくなっていた。
しーちゃんは、家族を守ってくれた。のであろうか。

意識不明から助かった弟は白バイの警官になった。
私はと云うと紆余曲折があったが小児科の先生になった
しーちゃんがそうさせたような・・・。

一度しか願いを叶えてくれない「いっぺんさん」はしーちゃんが望んだ「早く大人になって白バイの警官になる」「お父さんの暴力から家族を守りたい」夢と私の「しーちゃんに会わせて下さい」「弟を助けてください」の四つの夢を叶えてくれた。

「いっぺんさん」は、人々が街に移って誰も参拝に来なくなって寂しくしていた。そんな時に子どもが必死になって拝みに来てくれたので「いっぺんさん」も嬉しかったのですね。しーちゃんの病気だけは神さまも難しかったようです。

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神さまのお参りの方法

私は小さい頃に母から
神さまへお願いする時は、境内で人が余り歩いていない場所の丸くて平べったい石を塩と水で清めて、石に願い事を書き、裏には氏名・年齢・性別・大まかな住所を書いてお賽銭箱の下に置いてくると良いと聞いた。

お賽銭箱の下に置けば参拝する人が手を合わせる度に祈ってくれる。と。

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鳥の糞・・・ウンがつく?

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フロントガラスの運転席の真ん前に鳥の糞が落ちてきた。

これも夢の逆夢(火事に遭遇したり、蛇にぐるぐる巻にされたり、大便をしてクソまみれになったりする夢は、余り関わりたくないものばかりであるが大吉として推奨されている。)と同じで鳥の糞を「運」として捉えるならば大金星ではなかろうか

鳥は身を軽くするために飛びながら糞をするのは良くある話だが、鳥の糞がピンポイントでフロントガラスに落としてくる確率はどのぐらいなのでしょうかね。

海外ではフロントガラスに糞が落ちてくるとラッキー!と云って宝くじを購入すると聞いたことがある。それほどに珍しいことなのか。
宝くじを販売しているみずほ銀行がまとめた「宝くじ長者白書」なる高額当選された皆さまの宝くじに当選されるまでの経緯が書かれている。その中に「鳥の糞」の話があった。

2005年の年末ジャンボで大当たりを引き寄せた佐賀県在住のTさん(39才)は、愛車のフロントガラスに鳥のフンが落ちてきたことから「“ウン”がついた!」と思い、すぐに宝くじを購入した。しかも、“ウン”を手放したくないと、フンは洗わずそのまま残して過ごしたのだとか。後日、抽せん日になって番号を調べてみると、なんと2等1億円に当せん! 一度手に入れた“ウン”は決して逃がさなかったということ。

と、書かれている。

そうか「鳥の糞」が愛車のフロントガラスに落ちてくるのは超ラッキーと云うことのようです。早速、世の習いで購入したいと思います。

もし、いや仮に、いや万が一にも当選したらご報告いたします。

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春までの夢紀行 其の1

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                               イラストは「かんにんブクロ」さんより借用

夢を頻繁に見る。

何年か前までは余りにも頻繁に夢をみて覚えているので夢日記なるサイトを作って楽しんでいたが、この時の夢の傾向を調べてみると「水」を中心に夢が構成されていた。

水の中を泳ぐのは普通で、水の中で生活などをしていた。様々な魚を釣り上げていた、最高だったのは真っ赤な鯛を釣り上げた。

この時ばかりは大金星の大吉ではないかと宝くじを買い漁ったが、幸運の女神はUターンされたのであろうか、紙吹雪となって散って行った。

水と云えば水を司る水神さま「瀬織津比咩大神」がいらっしゃる。
瀬織津比咩大神さまは祓戸の神さまで「祓え給え清め給え」の神さまです。

水が頻繁に夢にでてくると云うことは汚れた煩悩を持っていたので、水神さまが少しでも正常な煩悩にしようとされていたのでしょうか。その事もわきまえないで宝くじを買い漁ったりして水神さまにそっぽを向かれたのでした。

最近の夢は・・・

□ 急な坂道を歩いている 登り切った
□ 車が故障して止まっている ボンネットを開けて水を補給している
□ 人間ほどの大きさのヒラメを手鉤で引っ張っている。マグロが横たわっている
□ 満天の星空が広がっている
□ ジャンボジェット機が向かってきた 滑走路に止まった
□ 肉入りうどんを差し出され、美味しくて食べた
□ 天皇・皇后両陛下がダンスを踊っている
□ 車を運転していて荒れた道を走っている
□ オレンジの服を来たふくよかな女性がいる
□ 豪華な葬式に出会った参加している方が大勢いて踊りながら行列を組まれている
□ きれいなクロールで泳いでいる
□ 小さな子どもが魔女に出会い十字架を渡される 魔女は飛び立って行った
□ お経を読んでいる

夢は何を意味しているのだろう

両親は亡くなったが、両親が出てくる夢を見たことがない 親不孝なのであろうか
それとも両親に見捨てられ匙を投げられたのかも知れない。

夢が大金星でありますように
祈りながら正しい道を歩けるようにがんばろう。

今朝の夢は・・・徳洲会の施設は凄い建物で豪華な葬式が執り行われていた。大勢の方が連を組み派手な衣装で踊っている。それこそ葬式のイベントでも行われているように。

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今年二度目の戸隠神社奥社参拝。

戸隠神社奥社 御祭神 天手力雄命

天の岩戸事件とは、天照大御神(アマテラス)が弟である素戔嗚尊(スサノオ)の傍若無人の振る舞いにホトホト手を焼いて怒り心頭で岩戸の中にお隠れになった。世の中から光が途絶え闇の世界になってしまった高天原では八百万神の神が集まり、あの手この手の」策が練られたが妙案浮かばず、エイッ!と名乗りをあげた天宇受売命(ウズメノミコト)は全裸になり燃え盛る焚き火の周りを踊り始めた。
やんやの喝采を浴びていると、岩戸にお隠れになったアマテラスは賑やかな嬌声が気になり岩戸の戸を少し開けられた。
その瞬間を待っていた天手力雄命(タジカラオ)は岩戸を掴むやいなや、アマテラスが二度と岩戸にお隠れにならないように豪快に投げ飛ばした。
飛ばしたも飛ばした高天原(今の高千穂)から飛ばされた岩戸は信州の山奥にドーンとぶつかり洞穴が出来た。
二度と岩戸が表に出ないように洞穴に隠し、この地を戸隠と命名された。」


天手力雄命の鎮座する戸隠神社奥社は四季を通じて自然がいっぱいです。

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つい数年前までは参道の道すがらは静寂で神さまの懐に抱かれているような戸隠神社奥社でしたが、世の中はパワースポット巡りが大流行となり、戸隠神社奥社はパワースポットとして紹介されパワーを浴びたい参拝客で戸隠神社奥社は一躍有名になりました。

吉永小百合の大人の休日のCMで人気が沸点に達し善男善女のみまさまが戸隠神社奥社詣で参道は人・人・人で・・・少々疲れます。
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冬は豪雪で3㍍~4㍍の積雪があり除雪されません。自然に任せた雪解けです。
参道は歩き固められた積雪で2㍍は軽く超えます。2階から歩く感じでしょうか。歩くスキーやスノーシューを駆って戸隠神社奥社は隠れた一大レジャースポットです。

春は雪解けが進むと参道脇の雪解け水にはイワナの稚魚が泳ぎ回り、参道を一歩横に逸れるとブナ林や熊笹が生い茂る。縦横に遊歩道が設置されミズバショウが咲き誇り群生地としても有名です。
この時期でも参道の残雪は50㌢を越し、参拝客のスッテンコロリンを目撃できます。

夏は野鳥の宝庫として名高い戸隠はバードウォッチャーの格好のエリアとして双眼鏡を欠かすことは出来ません。大きな望遠レンズを付けたカメラマン諸氏は四方八方の木々を耳を澄ませ場所を確保されている。
幸せを呼ぶアカゲラを拝むことに命を掛けるカメラマンも・・・いるのかな。

秋は標高1000㍍もある戸隠です。カラシ色を中心に多種多様の色が絨毯を広げたような見事な紅葉を映し出しています。参拝客はピークを迎え参道は人の波で本堂まで続きます。
覚悟してお見えになりますように。

観光客の戸隠神社奥社参拝と同時に目的のひとつでもあるのが戸隠そば。
秋は新そばの季節です。数十店あるそば屋さんは大忙し。
並んででも食べたい戸隠のそばです。

私も年間十数回は出掛ける戸隠そば。
私なりにお気に入りのそば屋さんはあります。連絡を頂きますとお教えします。

2015年2月18日。今年二度目の戸隠神社奥社参拝。
雪に埋もれた戸隠神社奥社の風景です。

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戸隠神社奥社 参道に入る大鳥居 2メートルの積雪。
案内板が埋もれて見えません。

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随神門前で参拝客を見守る あ・うん の狛犬
高いところに鎮座しているのですが雪に覆われています。

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冬の戸隠神社奥社は危険がいっぱい。
雪崩の危険があります。そのためでしょうか・・・
参拝客は数えるほど パワースポットを独り占めできます。

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戸隠神社奥社に欠かせない杉木立の参道
戸隠のポスターには欠かすことの出来ないロケーションです。
この前に階段があるのですが2メートルの積雪でスロープ(滑り台)になっています。

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参道脇には天狗の神さまで知られる飯縄大明神の祠ですが
雪で祠は隠れていました。
天狗と云えば高尾山が有名ですが、高尾山の親が飯縄大明神さまです。
二礼二拍手一礼を行いました。

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戸隠神社奥社。奥の院にある鳥居
鳥居の上まで雪で覆われています。この場所はゆうに3メートルを越しています。
鳥居の下を歩くことが出来ませんので、雪でせり出した崖の上を歩いて奥の院まで辿り着きました。

お賽銭を鳥居の上に並べてきました。
はじめての経験です。
お賽銭は66円(50円玉・10円玉・5円玉・1円玉)神さまの喜ぶ金額です。

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天手力雄命が鎮座する奥の院は積もった雪の上から見下ろす感じです。
神さまを足蹴にしては行けませんので雪を払いのけて下りました。
本堂前で天津祝詞を奉上。
住所・氏名・性別・年齢を告げて、日頃の感謝を祈念しました。

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御祭神 天手力雄命。
開運のかみさまです。
大相撲の本場所で土俵の中央に祀られている神さまでもあります。

冬の参拝は雪の上を歩きますから大変です。
参道に入る大鳥居より1900㍍あります。雪がなければ30分~40分の距離ですが
冬の雪道は階段がなくなり、その代わりに滑り台を登るので1時間かかりました。

誰もいない冬の戸隠神社奥社参拝は最高です。
神さまに懺悔を行い涙を流し、力を頂きました。
二礼二拍手一礼。

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NHK ラジオ文芸館 「かぶき大阿闍梨」を聴いた

NHKの土曜日の朝はラジオ文芸館で短編小説のラジオドラマを聴くことが多い。
4月4日の土曜日は竹田真砂子著「かぶき大阿闍梨」を聴いた。

市村竹之丞は市村座の座元をつとめる人気役者。見物人に「極楽浄土をお見せする」ために幕府ご禁制の贅沢な衣装に身を包み傾き(かぶき)の道を求めている。
1日に1両を稼ぐ当代きってのスターなのです。

豪華絢爛の行く末に不安など微塵も感じさせません。
そんな折りに1対1の勝負を挑まれた。その日から自信満々であった竹之丞の気持ちが少しずつ変化していくのです。

聴き終えるとすぐに目頭が熱くなり留めもなく涙がこぼれた。

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                  ART SETOUCHI~傾き者まかり通る~より画像借用

人気絶頂の竹之丞は舞台に上がりやんやの喝采を浴びている。客席は青空天井で晴れた日は良いのだが、一旦雨が降ると軒先のある場所に逃げ惑い、雨を避け遠目に竹之丞の舞台を見ることになる。ある日、突然の豪雨で見物人が非難する中、雨に当たりながら身じろぎもせずに竹之丞の舞踊を見続ける男がいた。

竹之丞は思った。
豪雨の中、ただ一人舞踊を見つめる男がいる。これは1対1の真剣勝負である。
この男に極楽浄土を見せてやろうと踊った。
最後まで踊り切った竹之丞は高熱でうなされ意識を失う。見続けた見物人の男も正座したまま意識を失っていた。

竹之丞は先日来、雨のなか意識を失ってまで舞踊を見続けた男のことが気になって仕方がない。
また、若衆としての人気も陰りが出始めた。若衆は痩身で柳腰が通り相場であるが竹之丞は年とともに身体が大きくなり、見物人に痩身に見せるために衣装でごまかしていた。

雨の中の男を探し楽屋に連れてきた。
男は義助と云って仕立て職人の下職をしていた。

「すまなかったね~ 忙しいのに呼び出したりして」
「へぇ」義助は無口で無愛想で楽屋の隅に背を丸めて座っていた。
その姿はまるで四辻にいる道祖神のようであった。
義助は少ない給金から竹之丞の芝居を見たい一心で木戸銭を溜めたのだなと思っていた。

竹之丞は無口で無愛想な義助を見て、何の取り柄もない仕立て職人に「極楽浄土を見せようと」真剣勝負を挑んだ自分に腹がたっていたが、ふと義助の膝のうえに無造作に組まれている義助の手に目を留めた。きれいな指先をしていた。
十本の指の爪はきちんと切りそろえられ磨かれている。

「手入れをしなさるのかい、その指さ」
「へえ。朝晩糠で擦るでがんす」と云った。

いちいち感に触る男だ。
「もう帰って良いよ」と云いたかったが、そのうちに帰るだろうと気にも留めなかった。
さっき仕立屋から届いたばかりの衣装を義助の前で着てみせた。
竹之丞は義助に「豪勢なものだろう」

聞かれて義助は衣装に目を送り「上手に仕立ててありなさるだね」
見事でも美しいでもなかった。

義助は続けて
「この衣装は袴を付けてなさるから心配ね~でがんす」
「だが小袖の仕立てはね、少し裾を窄める方が良いでがんすよ」
「腰が細く見えやすもんね」

義助のいままでの寡黙なまでの無口はなんなんだ?
竹之丞は血の気が引く音が聞こえた。

終生若衆を貫くつもりでいたが身体が大きくなり柳腰の若衆が難しくなっていた。
この愚鈍な仕立て職に見抜かれた。わたしの芸に見惚れていたのではなかったのだ。
この体つきを見て悲しかったに違いない

よし、次の狂言では袴を付けないで舞踊するので、そんなに立派な腕をお持ちなら裾搾りの小袖とやらを縫って貰おうじゃないか
早速男衆を呼び寄せ布地を取り寄せた。
「白小袖と墨染め衣だよ 明日のお昼までに持って来て貰おう」
義助は楽屋を後にした。

翌日のお昼近くに義助は楽屋にやって来た。

白小袖に黒衣を手に取ると、針など持ったこともない竹之丞も良し悪しは判る。
「衣装を手にした瞬間、なんなんだこの衣装は・・・」
すぐに部屋着を脱ぎ捨て、邪険に白小袖を掴み身に付けると「なんてやさしいだ」
裾を搾らなくても小袖の方から寄ってくる
すっきりとした見事な柳腰が出来上がった。

舞台に上がった竹之丞は昨日までは重ね着をしていたので所作にぎこちなさがあったが、今日は違う、手の動き、足の運び、振り回す刀の所作も何の支障もなく出来た。

これは義助の手柄ではない 布地が良いからだと
まだ正直にはなれなかった。

無心になって舞踊が出来た。 幕が閉まった。
竹之丞は精魂とも尽き果て、腰を落とし息が苦しかった。

観客席は静寂に包まれシーンとしていた。
すると、一瞬の間を置いて うぉ~~~~~~~~~ッ
と、轟の波が押し寄せてきた。

竹之丞がいままで味わったこともない震えが全身を襲ってきた。

楽屋に戻るなり義助に向かって「良い腕だ どんな縫い方をしたんだ?」
義助は応えた「へぇ、針と糸で縫うでがんす」
道祖神の声であった。

今日の今日まで若衆として命がけで積み重ねてきた精進が音を立てて崩れた。
竹之丞の視線の先には、果てしない荒野が広がっていた。

竹之丞は己で決めた最後の舞台に立った。

無事に舞踊を終えると舞台の中央に座り 前髪を垂らし
「長年ご贔屓に感謝を述べ、市村竹之丞、未だまだ傾き(かぶき)が足りませぬ。
生まれながらの無垢な者に成りたい一心で本日を持ちまして衣を脱ぎ替えます。

精進を重ねた暁には、いずれ様のもとにお目見え、極楽浄土をお目にかける所存であります。」と口上を述べ、深々と頭を垂れて観客席の中央を通って出て行った。

行く道は一筋。

竹之丞は比叡山に出家した。

後年。竹之丞は大阿闍梨となって自性院を開基する
参詣者の中には竹之丞を知る者は竹之丞寺と呼び親しんだ。

義助のように無垢で正直な人に上品上生の極楽浄土が見せられるか。
この一念に駆られている。

義助はいまも仕立て職人の下職である。
衣替えの季節になると自性院を訪れ住職の衣を洗ったり、仕立直しをしたりして入れ替えていく。

「義助どん 紅葉が見事じゃないか」
「和尚さまよ~ まこち極楽でごぜえますだよ~」

まだまだどうしてどうして義助は手強いな~。


聴き終えて、目頭が熱くなり涙がでた。
留めなく涙がこぼれた。

義助の無垢が涙を誘い
竹之丞が華やかな舞台を降りた。その時に涙は溢れた。

せごどんを思い出し、田原坂を口ずさんだ。

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