« 葉室麟 秋月記を読む | トップページ | 不慮の事故~不幸中の幸い »

山本周五郎 「女は同じ物語」

山本周五郎の人生の機微を扱う場面に出会うといつも落涙する。
時代小説でありながら決闘場面はあまり出てこない。
葛藤する人情がゆったりと流れてくる。
そんな中で笑みがこぼれた物語があった。

山本周五郎「中短編秀作選集」1【待つ】に収録されている

                --------女は同じ物語----------

Matsu

「まぁ諦めるんだな しょうがない、安永の娘をもらうんだ」と龍右衛門がその息子に云った。「どんな娘でも結婚してしまえば同じようなものだ」と・・・。

梶龍右衛門は二千百三十石の城代家老で一人息子の広一郎は二十六歳である。
梶家では代々行儀見習として一年限りで富裕な商家とか大地主の娘を奉公に入れていた。その年も、許嫁のいる身でありながら女嫌いを立てに自由に闊歩していた。

その女嫌いの広一郎に世話係の侍女をつけたことを事後報告すると
「間違いがあったらどうするんだ!」と父親の意見に奥方(さわ女)は、いつもそんな風に侍女を眺めていたのかと反論する。
梶家では城代家老と云えどもさわ女に頭が上がらないかかあ天下であった。

侍女と云っても召使いです。寝間で襲ったら一生の不覚になり兼ねません。
父親は城代家老で広一郎もゆくゆくは城代家老になることが保証されているんですが
・・・スキャンダルは命取り、切腹の上にお家断絶が脳裏を過ぎたことでしょう。

奥方さわ女は固い信念をもって侍女を用意します。
広一郎は女は嫌いだと言い張っています。
安永つなさんと云う許嫁があるのに女は嫌いだと云っていまだに結婚しようとしません。これは私たちがあまりにも固苦しく育てたからだと思っているんです。
きれいな侍女でも付けておけば女に興味をもつようになるかも知れません。

広一郎についた侍女は
城下で大きく営んでいる呉服商の娘で名前は紀伊と呼ばせた。
これがまた色白の絶世の美女なんです。

広一郎に侍女として世話をするのが三月余り、広一郎は侍女の体つきを見て「温雅が体つきだな・・・」体のしなやかさや弾力ある柔らかなまるみやくびれが美しく現れていた
それに、肌が白いあくまでも白いそのあらわな腕に見惚れてしまった。

半年も過ぎると広一郎は紀伊を話をするようになった。
不思議なことに紀伊に話しかけると広一郎は赤くなるのを抑えることができなかったし、紀伊もまた同じように赤くなったり恥ずかしがる仕草が多くなった。

父と同じ書斎に入って書物を読んでいるに広一郎は空想の世界に入って書物を読み進めることが出来なかった。紀伊の事を思うと気もそぞろだった。

父上! 紀伊は誰かに似ているような気がするのですが

父親の龍右衛門は心配顔でお前は紀伊を好きになったのでないかと問うた。
お前は安永つなと結婚する身だぞ!母さんが承知しないぞ!と忠告する。
くれぐれも好きにならぬようにな 好きになったりすると大変なことになるぞ
父親の龍右衛門は案じるばかりだった。

梶家での行儀見習は1年です。すでに半年が過ぎようとしていた。
寝間で着替えていると紀伊がひどく沈んでいる様子が伝わってきた
「母上から叱られたのか?」

嫌いな人との縁談が持ち上がっていることと好きな人が別にいることを打ち明けたが、紀伊は耳まで赤くなり激しく息をしていた。

広一郎は紀伊に他に好きな人がいるのかとガッカリして落ち込んでしまったが、紀伊の悩みを解決してあげようと重い腰をあげた。
私に任せろ!と啖呵を切る。

ある日、紀伊は明日は実家の法事があり1日お留守を頂きました。と報告があった。
その時、紀伊は「広一郎さまも明日は非番でございましたね」
わたくしは本当は法事に行きたくないのです。
エッ! 明日はあなたも非番だ!
降って湧いたお誘いだ・・・。
二人でどこかに行きましょうとのお誘いだ!そうに違いない!

広一郎は紀伊に赤根の湯を知っているな?
紀伊が来るかどうかも分からないのに「明日の非番は赤根の湯に行ってみる」と断言した。

朝早く、赤根の湯に向かうが、フッと思い出したように赤根の湯に紀伊が来なかったらどうしよう、何のために赤根の湯に行くんだ。来るかどうかも分からぬのに、今からだと引き返すことも出来るし・・・

赤根の湯に着いた。
湯に入らずに部屋に佇むと「湯には行かれないのですか?」と声を掛けられた。そこには湯上がりの紀伊が座っていた。
早駕籠で着いて待っていたようだ。

座り直し紀伊が広一郎の女嫌いを尋ねられた。
これは思い出す度に口惜しいような憎たらしい思いが湧いてくる。

広一郎12歳で許嫁の安永つながまだ6歳のころで気の強いつなに良いようにからかわれていた。蛇の嫌いなわたしに面白いものが見せてあげるからと行って庭に連れ出し、草むらの中からひょいと小蛇を捕まえてわたしに投げてきた。気絶したのは云うまでもない。

梶家と安永家と一緒になって赤根の湯に来たことがあった。
つなが一緒に湯に入ろうと誘ってきた。渋っていると「男のくせにいくじなしね」と入ることになった。今度は湯船に浸かると、つなは潜りっこしようと云った。
髪の毛が濡れるから嫌だし、母上に叱られると云うと、「男のくせにお母さまが怖いの?弱虫ね」とあざ笑う。

そして、潜りっこすると何度やってもつなに勝てない。必死になって息を止めて死ぬかと思ったがつなに負けた。つなは大自慢で、さんざん私のことをからかって惨めな思いをした。

耐え難いことはもっとあるが、こんな気の強いつなとは結婚できない。
つなの事を考える度に震えがきてしまうと、つなとの遊びがトラウマとなって女嫌いに拍車をかけていた。それに母上と許嫁つなはどうも似ているようにおもう。

城代家老として権力を奮う父親と私生活では母の思うがままだ、すべての実権は母が握っている。父には母の握っている鎖の長さだけしか自由はないし、その鎖で思うままに操縦されている。つなの顔を浮かんでしまう。

ついに広一郎は決心する。
紀伊を知ったことでつなとは違う何かを発見した。
よし、紀伊と結婚しよう!

広一郎は意を決して母上のさわ女に侍女の紀伊と結婚したいと願い出る。
さわ女は、それは出来ません、あなたには許嫁者がいるんです。
結婚は安永つなと決まっているのです。
それにはあなたは城代家老になることが決まっているんです。町人の娘など娶ることは許されません。
さわ女はつれなく反対して父上に聞いてごらんなさいと云った。

父上は黙って聞いていたが、母上がわたしに意見を求めたことがすでに反対していることの証です。それに相手が紀伊でもつなでも結婚したら・・・女はみんな同じですよ。と諭した。

広一郎は諦めなかった。戦略を考えよう。
もう私は紀伊以外は考えられないだ。つなとは破談にして紀伊との縁談のことばかり考えていた。ところが紀伊は暇をだされて梶家から出ていっていた。
何が何でも紀伊との結婚を夢見ていた広一郎は焦った。
そこに一通の手紙が届けられた。紀伊からだった。

「わたしは必ず広一郎さまのところに戻ってまいります」と

紀伊の手紙を信じよう。広一郎は誓った。

女嫌いが治ったことを知ったさわ女は、許嫁つなとの結婚を進めていた。
「誰かを嫁に欲しいと仰ったぐらいですから・・・」と式の準備に力を注いでいた。

紀伊は戻ってこなかった。
ついに祝言の日がやって来た。
花嫁が到着した。
白無垢に綿帽子を被った花嫁と並んで座ると小さい頃の口惜しい思いが蘇る。
盃を交わしながら広一郎は紀伊を待った。
賑やかで陽気な酒宴は祝宴に変わり花嫁は仲人に手を引かれて座を立った。

紀伊・・・どうしたんだ。
最後のギリギリまできているんだぞ!と心のなかで叫んだ

結婚して1ヶ月が経った「俺の云ったことが思い当たったかね」 と父親が云った。
「結婚してしまえば、女はみな同じようなものだ」と云うことがさ

仰るとおりでした。 女は同じでしたよ
あのおしとやかな紀伊はどこに行ったのでしょう

|

« 葉室麟 秋月記を読む | トップページ | 不慮の事故~不幸中の幸い »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

ご無沙汰しております(^ ^)

う〜ん、最後のどんでん返しが面白いですね〜
しかも、広一郎の母、さわ女の切れること!
広一郎さん、惚れた女と結婚出来たんだから、それでよしとしないと(笑)
仕組まれていたことをカラカラ笑って飲み込んでこそ、男ぞな。
その度量がないから、尻に敷かれるんでは?(^ ^)

投稿: とんぼ | 2016年11月15日 (火) 23時23分

cancer
とんぼさん おはようございます。
ご無沙汰しております。

5月に事故に遭い2ヶ月入院する大変な怪我で歩行困難でしたが、仕事をしながらのリハビリで今はだいぶ歩けるようになりました。

大変な災難でしたが歩くことが出来たことで不幸中の幸いと感じております。
いつか記録としてココログに書きます。

藤沢周平からはじまって葉室麟・青山文平に来て大御所山本周五郎にハマりました。
若い時に「青べか物語」を読みましたが、若い時に想う志が違ったのでしょう、通り過ぎただけでした。
いままた山本周五郎を読むと、なぜ若いときに・・・と思います。
人生観が変わったと思います。

久しぶりにココログに書いてみて思いましたが書けませんでした。
ダラダラと長くて稚拙な言葉が並んでいるだけです。
感想文と違って想いを綴りたかったのに・・・書けませんでした。

稚拙のまま、またつぎを書きます。
山本周五郎を読み進めると涙します。「不断草」やら「おもかげ」は息を殺して泣きます。

とんぼさん コメント戴きありがとうございます。
体調は如何ですか?

投稿: いもがらぼくと | 2016年11月16日 (水) 07時37分

こんばんは。

ええっ、事故に遭われたんですか!しかも2ヶ月の入院とは。
歩行困難とは、脊髄を傷められたのでしょうか?
でも、お仕事復帰され、リハビリも順調とは、なによりです。
大変だったろうし、いまもいろいろとご不自由かと..

人生とは、まあ、実にいろんなことが起こるんですね。

私のほうの大腸の件は、いまのところおかげさまで、毎日健康な便がたくさん出ております(笑)
これで、週2回くらい休肝日を設けられると申し分ないんでしょうが、暗くなるとどうしても缶ビールをプシュッとしてしまいます。

ただ、先週辺りから右手がまた少ししびれ出し、ちょうど今週月曜が4年前の頚椎症の手術の1年点検(笑)で、MRIを受けました。
結界、少し、右の神経根に5番目の頚椎の一部が触れているような画像がでてきました。経過観察ですね。
嗚呼、どれだけ私の頚椎は弱いのでしょうか。
激しい運動もしていないし、事故にも遭っていないのですがね〜
また、祖母がひどい肩凝らしだったのですが、もしかしたら祖母も頚椎症に悩まされていたのかも知れません。
根治にはほど遠くとも、もっと肩をもんで、労ってあげればよかったと、残念な気持ちになります。

藤沢周平、葉室麟、青山文平に山本周五郎。
名前ぐらいしか知らないのですが、池波正太郎の剣客商売や鬼平、男の秘図を続けざまに読んでいて、先ず思い浮かべたのは、昭和の時代のおとうさんたち。
新幹線の夜の便に、週刊文春やら新潮、ポストに缶ビール、乾きものを持ち込んで、これらの連載を読んでいる姿でした。

1980年代に刊行されたソ連の作曲家ショスタコーヴィチの回想録の中に、なぜあなたは亡命しないのかと訊かれたことへの返答がありました。
いわく、いまロシアにいる私の音楽を聴いてくれる人達から私が離れてしまったら、私は誰のために音楽をつくるのか?プロコフィエフもパリでは不幸だった、と。

きっと、いい物語の書き手にはいつも読者がみえていて、そしてその読者がいるからこそ、作者も書けるのでしょうね。

投稿: とんぼ | 2016年11月16日 (水) 18時05分

cancer
こんばんは。

不慮の事故と申しますか商品の点検を行っていた時に、作業中のリフトの後輪に巻き込まれ足首が大きく裂傷しました。5時間の手術だったようです。

近々裂傷事故をアップします。
看護師さんが良くご無事で・・・と慰められました。

寝ているだけですから本だけが頼りでした。
池波正太郎「剣客商売」はBSで放送していたので入院中に見ていました。
時代劇は良いですね。
いつも楽しようとすると、これが江戸時代だったら・・・と思うようにしています。

頚椎は気をつけないといけないですよね
知り合いの息子さんは優秀で国立大の医学部の学生時代にラグビーで頚椎を痛めていまも半身不随です。ヤカンの水は私の時代の風物詩でしたが頚椎を痛めてしまったらヤカンどころの騒ぎではないです

冷えが一番いけないようですから冷えの対策はしっかりとされた方が良いのではないかと思います。頑固な四十肩で痛みがひどくて各病院を回りましたが一向に改善しなくて、漢方薬に詳しい友人から加味根の存在を教えてもらい、常備薬として飲んでいたら1週間で四十肩が治まった経験があります。
加味根は体内を温かくする薬でした。

山本周五郎「樅ノ木は残った」の中に
「人間はしばしば、見ることのできない、なにかの力、なにかの意志、といったものに支配されることがある」とあります」

実感です。

投稿: いもがらぼくと | 2016年11月17日 (木) 19時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 葉室麟 秋月記を読む | トップページ | 不慮の事故~不幸中の幸い »