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不慮の事故~不幸中の幸い

その日は晴れていて気分の良い日だった。

珍しく仕分け管理も終わり、手間取っている方の仕分けを手伝った。
後ろの方でフォークリフトに乗っている方が見えた。
フォークリフトの扱いに不慣れであったのか前に後ろにとタイヤを回転させていた。

仕分けの検品が終わりチェックシートに記入を終えた時に悲劇が襲った。
先ほどのフォークリフトが私の後ろを縫うように通り過ぎようとしていた。その瞬間に私は足が固定されたまま90度に倒れた。
突然の出来事で意識が飛んだ。

気がついた時はフォークリフトに右の足首が挟まり身動きでない状態で、倒れたまま状況を飲み込めようと必死にもがいていた。
リフトを運転していた人はリフトを前に進めたほうが良いのか、後ろに退いたほうが良いのかすら分からず気が転倒していた。

倒れている私を覗き込むように同僚が119と連絡を取り合っている。
動けないリフトを揚げるために他のフォークリフトが飛んできてリフトがリフトを持ち上げ私は自由になったが足首から大量の血がボトボトと流れ落ちていたが痛みはまったくなかった。

救急車に乗せられた私は隊員の方が救急医療病院に連絡を取り合ってすぐに手術を行う病院を探し駆け込んだ。

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それからは・・・
身内が呼ばれたようだ。医師からは輸血の有無を確認されたがエホバの証人ではないので輸血はOKと答えた。緊急手術の前にレントゲン・血圧・心電図・麻酔の説明が矢継ぎ早に行われ手術室に入った。

5時間に及ぶ手術だった。
期待した臨死体験はなかった。
昏睡なのか仮死だったのか分からないが夢すら見なかった。

青空が広がる窓際のベッドで包帯でグルグル巻きにされた足首が吊られ唸っていた。
看護師さんの最初の一言が・・・手術は成功しました。麻酔が切れて痛みが出てきたら教えてくださいと云われた。
いまから相当の痛みが襲ってくるんだなと覚悟するしかなかった。

痛みは波が押し寄せるように息もできないほどの大きな痛みが襲ってくる、大きな波が去ると小刻みな飛沫をあげる小さな痛みが断続的に襲ってきた。何もする気が起きない。
家から文庫本を数冊持ってきたので読む・・・ひたすら読んだ。
読んでいる時は本の中に感情移入しているので痛みを感じることがなかった。
文庫中毒のようだ。

入院していた2ヶ月間に葉室麟は読んだ。
藩のお家騒動はなかなか面白い、武士はひとたび刀を抜くと相手を討っても切腹が待っているし討たれても死ぬ。武士はあらん限りの感情を殺すかにかかるようだ。
主君あっての家来は、主君が脳天気なアホでも主君は主君です。
赤穂浪士の主君浅野内匠頭は果たして良い主君だったのか・・・
などと痛みを忘れるために妄想していた。

病室は4人部屋で殆ど手術を必要とする方が入ってこられたが、手術後2~3日で退院される。深手を負った私は退院の目途がたたない。

毎日の検診を横目で見ながら遅々として進まない裂傷個所が塞がらない。
術後10日ほど経ったであろうか、順調に云っているので今日は抜糸をしてみましょうと期待を持たされた。

先生「あっ!開いてしまった!」
これが全てでした。折角縫った傷口が開いたんです。取り返しのつかない抜糸でした。
二週間での退院が二ヶ月に延びた原因ではなかろうかと思っています。

確かに裂傷としては重傷でした。
リフトがもう1センチほど進んでいたら骨が砕け、1センチ上だったらアキレス腱を断線していたようです。骨が飛び出て踵がブラブラと動いていたと看護師さんが口々に慰めてくれます。

神仏のご加護で不幸中の幸い と考えることにします。

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術後1ヶ月の画像です。
手術前の画像がみたいと切望すると「卒倒するから止めたほうが良い」と云われた。
悲惨の怪我を見ている看護師さんが、傷の画像をみて治るかどうか心配したと云われた。

松葉杖で試験外出の許可をもらって会社に行き、請求書に入れるギフトのカタログの最終稿を作成した。傷の痛みを考慮せずに会社に来るように懇願された。
数回試験外出で会社に出向き片足で作業して無事カタログは出来上がった。

見舞客は引きも切らずにお見えになって頂き嬉しい限りです。
みなさんは一様に傷口を見て「声が止まる」傷口は足首を三分の二ほど線を描いている。
良く神経が繋がりましたね?
5時間も要した手術ですが神経がどうなったのか知らない
ただ今でも傷口がビクッと動くことがある。離れた神経が求めあっているのかも知れないと勝手に思っている。

術後40日を超えたころ包帯が小さくなった。
治る前です。でもまだ松葉杖です。

003

リハビリが組み込まれた。
何のためのリハビリかと不審に思っていたら悲劇は突然やって来た。

しっかりと両足で立ってくださいと云われ立とうとするが立てない!
その上、歩けない。歩くことが出来ないのです。
一歩を踏み出すことができない。

左足は足首をグッと前に倒れることが出来るが、裂傷を負った右の足首は前に倒すことができない、折り曲げることが出来ないのです。

まさか歩くことが出来ないなんて夢にも思わなかった。
酷い人は2日歩くことを止めると歩けなくなると云われゾッとした。
40日も歩いていないんです。足首が固くなり歩くことを拒否しているんです。

これは辛かった。
傷の痛みとリハビリで足首を動かす痛みが相絡まって、このまま一生歩けないのでないかと不安がよぎる。
人生の罰が与えられたと項垂れた。

1年前から予定で同僚が3日の休暇に入るのが近づいていた。
二人いないと朝の作業は目茶苦茶です。
退院の予定もないままに強制的な退院を願い出て怪我をした5月26日から2ヶ月目の7月25日に退院した。
仕事をしながらのリハビリでノロノロと仕事をした。

5ヶ月経った今は時折り傷口は痛み、傷の周りは腫れている。
先生曰く、腫れは血の巡りが悪いので起こる現象で1年ぐらいかかるかも知れないと云われた。
歩くことは問題なく歩けるが長時間の歩行は痛みが伴ってくる。趣味の戸隠神社奥社参拝は今年は出来ないかも知れない。

下手すれば足首が切断されていたかも知れない!
歩けるだけ儲けものでしょうか。

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コメント

こんばんは(^ ^)

本当にエラい目に遭われたんですね〜
しかし、長期入院の末にまだまだ腫れが残って時おり痛むとはいえ、最悪の事態を免れられたのは、いもがらぼくとさんご自身にとっても、また加害者となった人にとっても、まだ不幸中の幸いでした。切断に至らず、本当によかったです..

>山本周五郎「樅ノ木は残った」の中に
>「人間はしばしば、見ることのできない、なにかの力、
>なにかの意志、といったものに支配されることがある」と
>あります
そうなのかも知れません。生きていると、そういう感慨に
至ることがあるのでしょうね。
同じような台詞を、違った言葉で祖父が語っていたことがあります。

最近、iPad上のKindleでマンガをよく読んでたんですが、
直近は神社ものや路地の人情もの、いわゆる「ラノベ」を
いくつか読みました(^ ^;;
痛い、実にイタいと感じることがままありますが、発想自体が
面白かったりすることもあるんですよ、部分的に。
文体以前の文章力にまだまだ難ありなんでしょうが。

一昔前に純文学と大衆文学と言うジャンルわけがありましたが、
いまは小説とラノベでしょうか?でもこの線引きも、昨今の芥川賞の、
始めにマーケありきで、ゴーストライター当たり前みたいな風潮を
遠まきに眺めてると、やがてその垣根も消えるんでしょうね〜
それはそれで、江戸時代後期の読本の隆盛した時代みたいで
面白いな〜と思います。

投稿: とんぼ | 2016年11月25日 (金) 23時48分

cancer
とんぼさん こんにちは。

芥川賞・直木賞は文藝春秋の企画でしたが大当たりですね。
発表になる度にメディアは飛びついて最高の賞に押し上げました。
芥川賞作品が載った文藝春秋は売れると聞いたことがあります。
出版社の力でしょうかね。

新潮の三島由紀夫賞に山本周五郎賞はそれほどに騒がれません。

芥川賞を獲った村上龍「限りなく透明に近いブルー」の時はビックリしました。およそ純文学とは言えないような気がしたのですが、いまでは評価されていることを思うと先見の暗さを思い知ります。
漫才師の書いた「火花」は文藝春秋で読みました。選考委員のコメントを読んで呆れました。人気漫才師の書いた小説を売らんがための芥川賞で低迷している出版業界の底上げを目論んだとしか云いようがありません。
芥川賞は地に落ちました。
個人的な感想ですがそう思いました。

直木賞は良いですよね。
受賞作品はできるだけ読むようにしています。時代小説の時はその著者を探すときがあります。

最近、かの有名なエホバの証人の信者が友人でいるのですが、友人宅に呼ばれていくと2~3人の方がいらっしゃいます。もちろんエホバの証人の熱心な信者の方です。

またカルトの集まりですか?と云って入っていきます。
パソコンの修理で行くのですがお釈迦さまの話をすると熱心に聞かれるのは嬉しい限りです。決して同調はされませんが・・・カルトとの対決は楽しいです。

投稿: いもがらぼくと | 2016年11月27日 (日) 10時56分

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