美術館

放浪美術館でみた山下清

Kaki

絵の講座の中に貼り絵の授業があり、先生が新聞紙で作った貼り絵を持ってきた。
ひときわ目立った貼り絵があり、一瞬で虜になった。

これは、良いな~。これをやりたい!

絵の具を使った絵は、なかなか上手くならず才能のなさに嘆いていたが、貼り絵は興味を押し上げてくれた。ウ・・ ウン(._.;)・・・これは行けそうだ。それも使うのは新聞紙だし

Kiyoshi

河口湖に行く前に諏訪に寄った。食事のあとに近くに、山下清と大きく書かれた放浪美術館の案内があった。新聞紙を切り取った貼り絵のことが脳裏にあったので、山下清の絵を展示している放浪美術館に行ってみようとあいなり行ってみた。山下清の原画の数々が展示されていた。精神科医で有名な式場 隆三郎に見出された山下清は貼り絵の天才画家として日本のゴッホとなったとプロフィールに書かれていた。

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山下清は花火が有名で、特に長岡の花火は特に有名。実に細かい。
トンボや蝶々に蜂の貼り絵も数多くあった。その中で蜂は、まるで生きているようだった。
いまにも飛んで行きそうで可愛かった。

ポストカードでも何枚か買っていこうと思ったが、この放浪美術館は個人で運営しているので著作権が絡み、簡単にポストカードを作って販売できないとの事だった。

貼り絵に挑戦するぞ~  と、気合だけは十分ある。今年の年賀状は貼り絵を使って版画制作を目指す・・・と、大きな口を叩いています。

Greep

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愛くるしい童子の世界

NHK「土曜の美」でお会いした彫刻に釘付けになりました。とくに屋根瓦に並んだ十六羅漢像に圧倒されたのです。彫刻家の名前は薮内佐斗司。

奈良の平城遷都1300年祭でシカの角を生やした童子がマスコットとして発表され物議を醸しているときに、この愛くるしいキャラクターは紛れもなく薮内佐斗司氏の作品だな~と笑ってしまった。

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その、愛くるしい童子の数々が新潟市朱鷺メッセにある万代美術館で開催されていたので、ボロ車を駆って美術館に一歩足を踏み入れた。
それこそ、手に取って頭をナデナデしたくなる童子像は40センチほどの高さでヒノキで出来た木像です。お見事!あっぱれであるぞ・・・と、扇を振りたくなります。
作品の殆どが個人で所蔵されていて、個展のために貸し出されたようです。

白い雲を耕して金色にしてくれる金運童子。
果報は寝て待てのうたた寝童子。
昇り竜に乗って操る昇竜童子。などは如何でしょう・・・。

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その中に、もしかして・・・丑寅の鬼門除けをする大好きな牛頭大王はいないかと、ワクワクしましたが、今回の展示品は木像が中心でブロンズ像はありませんでした。

木像は4~500万円が相場で、ブロンズ像は50万円~100万円の相場なのかな
いつか、床の間に鎮座する「大笑い童子」を注文しようかな、などと夢見ています。
もちろん、魔除けとして、仁王立ちして鬼門を睨む牛頭大王は必須アイテムです。これだけはどうしても欲しい。

童子像を作るヒノキの丸太をそのまま彫刻されているのであろうと思っていましたが、
違いました。
出来上がった木像の彫刻を斧を当て頭から真っ二つにて割くんです。割った木像の中を削り取って像を軽くする手法を取っているとビデオは語っている。

しかし、数ある木像を丹念に眺めたが割った痕跡が見当たりません。いくらニスで塗り込んだからと云って割けた木の溝がなくなる訳はありません・・・と、思ったのですが、なかったです。
もう、おみごと!としか言いようのない素晴らしい作品です。

いままでは、他の美術館で見たブロンズ像ばかりでしたが、木像は良いですね 温かいぬくもりを感じます。
ロト6の結果によっては「大笑い童子」が、はやく見られそうです。

今回は期待の十六羅漢像はありませんでした。
次の機会にと云うことで・・・

「開運招福」童子が満載の般若心経を買ってきました。

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草間彌生ワールド

Penが送られて来た。草間ワールドが広がっている。
草間彌生の名前を知ったのは、入社2年目だったか3年目だったかと思う。ずいぶんと昔の話です。

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世はまさにサイケデリックが大手を振って世の中のデザインを凌駕していた。
東京に出てきたときはそれほどでもなかったが、新宿駅前ではヒッピーなる、にわか種族が出現していて自由を闊歩していたと聞く。ヒッピー族に会いたかったが突如として消えたようです。

サイケデリックは反戦のシンボルデザインの要素が強くて、サイケデリックが衰退しても横尾忠則氏をはじめ多くのデザインだけは生き残っていた。

そんな中、アメリカから反戦活動家として日本人の名前が飛び込んできた。
全裸集団を引き連れて反戦集会を開いていた活動家が草間彌生、その人だった。当時の日本では全裸の写真はご法度だったので、全裸集会にお目にかかったことはない。

全裸集会で脚光を浴びた草間彌生氏はことあるごとに、「人の体はこんなに美しいのになぜ戦争へ行って死なせるのか?戦争とフリーセックスのどちらが良いと思いますか?」と説いていた。

草間彌生と云えば『水玉』。なんでも水玉です。シャボン玉です。それも圧倒的な存在感のある水玉模様です。

だいぶ前になるが、信州松本にある松本市美術館に行ったことがある。この美術館には草間彌生の生まれ故郷としての、つながりで若かりし頃の作品が展示されていた。前衛芸術としての絵を見ると、どうしても岡本太郎のイメージが脳裏を占領していたが、同じ前衛芸術でも天真爛漫の水玉いっぱいのアートにはビックリしたことを覚えている。
水玉を小さく小さく、もっと小さくすると点描になるのかな・・・点描と云えば岡鹿之助を思ってしまいますが。

              『NO.2』

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リーマンショックで尾を引き景気が落ち込んでいる今の世で、時代を超え1点の芸術作品が高値で取引された。2008年クリスティーズで草間彌生が1959年に描いた油絵「NO.2」が破格の5億5400万円で落札されたのでした。

この絵は、白い無限の網として水玉のネガポジで描かれていて、3Dを見るようにじっくりと焦点を合わせると、あたかも幻覚に襲われそうになる。草間彌生が世界で認められた作品だったようです。

「≒草間彌生 わたし大好き」 主演 草間彌生  監督 松本貴子
でドキュメンタリーの映画もあるようです。DVDでも買おうかなと思っています。

Penに載っている未発表作品の数々。

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パレットコレクション

NHK教育テレビ「ミューズの微笑み」を観ていた。
美に関するすべてに対し美的感覚が劣っている私は、せめてTVの中で融合しようとTVの中で繰り広げられる美を凝視することがある。

銀座日動画廊の創始者で日本に於ける画商の草分けとして、その名も高い長谷川仁氏が生まれ故郷に私財を投じて作った笠間日動美術館をカメラは追っていた。
美術館には、ルノワールやらピカソなど東西の巨匠と呼ばれる人の作品がたくさん展示されている、そして世界にここだけしかないコレクションがあると耳にした時に、正座して聞き入っていた。

それは、330枚にものぼる画家たちが愛用したパレット!が日動画廊40周年を記念して長谷川仁氏の希望を叶えるために巨匠たちが寄贈したのでした。
安井曾太郎・梅原龍三郎・三岸節子・中川一政・小磯良平など、日本を代表する画家たちの作品と彼らが愛用した「パレット」が展示されています。
画家の命とも言える「パレット」から、作品の鼓動と人間性が蘇ります。
カメラはズームで巨匠たちのパレットを順に見据えていた。
パレットに自画像が現れました。強烈な印象です。
何かに追い詰められた苦悩の表情が強烈に問いかけて来た。パレットの主は鴨居玲だった。追い求めることが強すぎたのか自ら命を絶ちました。

会いたい。
鴨居玲のパレットに会いたい。
この目で対話したい・・・。

この日の出来事は、ほぼ日手帳に記された。
鴨居玲に会うことが出来るのであろうか。一生会えないかも知れない。
強烈な印象は脳裏を独占していたが、笠間日動美術館のある茨城県は狭い日本ではあるが、仕事を抱えた私にとって遙か遠い街なのです。

休みを戴きました。東京・首都高速を利用しないと目的地にいけない。しかし、首都高の渋滞は幾度となく経験しているので首都高の隙間を狙うことにしました。
シトシトと降りしきる雨の中、目的地に立ちました。
1000円の入場料を払って館内に入りました。

雨の中、ご婦人ばかりの団体さんがドバドバと先を越されました。ペチャクチャと
スズメのさえずりを四方から聞きながら1枚1枚と丁寧に見て行きます。

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笠間日動美術館は向井潤吉の「民家の世界」が油絵・水彩・デッサンなど四つのコーナーに分けられ展示されていました。藁葺き屋根の民家は郷愁を誘います。
空の色と雲の表情それに、木々や草花が放つ色の変化で藁葺き屋根に漂う風は、暖かい風なのか、冷たい風なのか伝わってきます。魅入ってしまいました。

はやく・・・目的の日本館に行かなくては。はやる気持ちを抑えて連絡通路に出ると
雨はだんだんと強くなり、大きな孟宗竹が乱立して緑を放っています。

連絡通路は彫刻の森を歩いていくので傘が必要です。
通路のあちこちにはブロンズ像が静かに佇んでいました。

フランス館に到着です。
ルノアールやらピカソが展示されているはずですが、素通りしました。
日本館に向います。
大勢の団体さんもフランス館で満足されたのでしょうか、目立たない日本館に、一歩足を踏み入れると人気を感じないのが嬉しかった。
1階・2階を目もくれずに階段を登りきり3階・4階と来ました。

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突如としてパレットが目の前に飛び込んできました。
夢にまで見たパレットの息遣いが聞こえてきます。
入口には、奥谷博氏のパレットがあります。パレットの中には羽子板が描かれています。使い古したパレットをキャンバスに見立てて描かれています。
凄い・・・・。

パレット・コレクションと書かれた部屋には誰もいません。
私だけの為に展示されているパレットコレクションのようです。
「カメラ、ビデオ等の撮影並びに万年筆はご遠慮ください」と書かれた札を見て、ほぼ日手帳を取り出し、必死にボールペンを運ぶ私は、周りをチラッと確認して仕舞いこんでしまいました。・・・違反なのかな。

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中ほどに、ひときわ大きいパレットがありました。鴨居玲のパレットです。パレットの幅80㎝、高さ50㎝の大きなパレットです。パレットの周りには、数々の絵の具がうず高く氷山のように固められています。先ずは絵の具に圧倒されました。

ようやく、会えましたね。夢が叶いました。
あなたは、どんなにも苦悩に満ちた表情をしています。夢や希望を失った、やるせない想いが伝わってきます。才能あるあなたは、何を考え何を追い求めていたのでしょうか、自画像ばかり描いてきたあなたは、何を描けば満足したのでしょう

シーンと静まり返ったパレットコレクションで、鴨居玲の前から動くことが出来ませんでした。美の説明が出来ない私は、ただただ眺めるだけです。
別れを惜しむように、さようなら!

パレットの数々。

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片岡球子 筧 本生
Kumagaipa Koisopa
熊谷守一 小磯良平
Shibatapa Takadapa
芝田米三 高田 誠
Umebarapa Nogutipa
東郷清児 野口弥太郎
Miyamotopa Mukaipa
宮本三郎 向井潤吉
Kodamapa Iharapa
児玉幸雄 井原宇三郎

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稲垣考二氏 触ってみたくなったパレット。じつに素晴らしい。
パレットの上に搾り出した絵の具の上に、さらにチューブと筆を描き加えたのが
面白い。画家の力量が存分に発揮されている。

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信濃デッサン館で村山槐多に出会う

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カーラジオのスイッチを入れるとラジオ深夜便「心の時代」が流れていた。
耳を澄ましていると、なにやら聞いた事のある地名や名前が出てくる。
窪島誠一郎氏がゲストとなって開館30周年になった「信濃デッサン館」の話をされていた。
もう、30年も経つのか・・・。
その頃の私は長野に店舗を構えていたので、東京と長野を毎週車で行き来していた。
関越道路が群馬藤岡までが終点になり、そこからは一般道を走りぬけ峠を越えて佐久に出ると、遠くに山並みが連なり眼下には田園風景が広がる、信州の原風景だった。

その日も、軽井沢方面に向かっている車中で地元ローカル放送を聴いていると、上田に「信濃デッサン館」なる小さな美術館が出来たとアナウンスしていた。
デッサン館と聞いて行ってみたくなりハンドルを切った。
上田市街から別所温泉に向かう小高い丘に緑の木々に囲まれた木造の建物が見えて迎えてくれた。上田の塩田平を一望できる絶好のロケーションに佇んでいる。
木造建築の信濃デッサン館に一歩足を踏み入れると、A4ほどの大きさに描かれたデッサンの数々が額に入れられ飾られていた。

そして、衝撃的な絵に出会ったのです。
25号ほどの大きさで隠れるように飾られていた絵には村山槐多「尿する裸僧」
驚愕して立ちすくみ金縛りにあったように身動きできなかった。
この日から、運命的に出会った村山槐多を忘れることはできない

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頭の中は村山槐多で占めつくされ、食入るように村山槐多のデッサンを拾った。
その日を特別な日として、その後信濃デッサン館には数十回通った。
「鬼の線」と云われた村山槐多のデッサンは高い評価を受けている事も知った。
TVなんでも鑑定団の中で5号ほどの村山槐多の絵に3000万円の価値を見たときはビックリした。時の経過で億単位で取引されることも予想されると鑑定士は云った。

22歳で若くして夭折した天才画家村山槐多は現代画家の損失であったろう
山田風太郎「人間臨終図鑑」によると、風邪を拗らせた村山槐多は代々木にあるトタン屋根が風で飛ばされないよう石が並べられ雨漏りするアバラ家の部屋に横たわり咳き込んでいたとある。おなじ境遇にある才能ある若者が集まり、村山槐多の回復を願ったが、明け方に襲った強い雨風の音を聞きながら死んだ。

その時の様子を見守った友人がハガキにしたためた。そのハガキも展示されている。
内容を詳しく覚えていないが大きな文字で「槐多が死にました・・・」と書いてあった。

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信濃デッサン館館長の窪島誠一郎氏は知る人ぞ知る作家水上勉のご子息である。
私財を投じ若くして亡くなった画家の絵やデッサンを買い求め造ったとされる。
その後、信濃デッサン館に隣接する場所に戦争に狩り出され、失意のうちに亡くなった戦没画学生慰霊美術館「無言館」を開館された。
この「無言館」にも何度も足を運びました。
才能ある若者が戦争の犠牲になり、日本文化が滅びた。

誰も真似が出来ないと云われる村山槐多の力強い輪郭。シルクスクリーンかリトグラフがあれば欲しいと思っています。
館内には亡くなった直後の村山槐多のデスマスクも飾ってあります
安らかな可愛い顔をしているんです。
村山槐多が愛してやまなかった「稲生像」があります
その稲生さんを槐多は愛しくて告白の手紙をだしています。同性愛だったのか・・・

村山槐多は詩もいっぱい残しています。
詩人でもあったのですね

村山槐多の遺書。

第一の遺書

自分は、自分の心と、肉体との傾向が著しくデカダンスの
色を帯びて居る事を十五、六歳から
感付いて居ました。
私は落ちゆく事がその命でありました。
是は恐ろしい血統の宿命です。
肺病は最後の段階です。
宿命的に、下へ下へと行く者を、引き上げよう、
引き上げようとして下すつた小杉さん、鼎さん
其の他の知人友人に私は感謝します。
たとへ此の生が、小生の罪でないにしろ、
私は地獄へ陥ちるでせう。最後の地獄にまで。
さらば。

あれから30年・・・か。
村山槐多に刺激を受け、岐路に立ち向かったはずの私は、余りにも乏しい才能は
蕾のまま花開くこともなく、ここまで生きて来たのがやっとの人生です。
多分に、この先もおなじだろうと思う。

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星と森の詩美術館・・・銅版画を見る

米どころ頚城平野は見渡す限りの緑一色で風が吹くたびに穂先が踊っている。
恵みの水を与えてくれる保倉川の流れに沿って走り、峠に差し掛かると棚田100選にも登場する松代の棚田が目の前に突如として現れる。美しい光景である。秋になるとカメラ小僧が大挙して押し寄せ棚田の優美さを宣伝してくれる。
松代は芸術の街として、彫刻が盛んで至るところに野外アートが展示されているが、松代は蕎麦でも有名ところで繁盛しているようです。
丁度お腹も空いてきたころで自然薯を繋ぎにした松代蕎麦を味わう。
いくつかの坂のあるトンネルを潜り抜けると、その昔は呉服の産地として賑わいを見せた雪深い街、十日町に着く。
十日町の話題と云えば、医師不足で遂には産婦人科の医院がなくなり頭を抱えていて、年収1800万円?で募集しているとのニュースを聞いた事があった。

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長野県の千曲川は新潟県に入ると信濃川に名称を変えて、この十日町に潤いを与えて日本海へと流れ込んでいる。鮭の俎上があるのかどうかはチョットは気になる。
午後の陽射しを浴びて、信濃川の川面はキラキラと光り輝き宝石箱のようです。信濃川の流れに沿うように車を走らせると「星と森の詩美術館」の小さな看板が見えた。
目的のひとつでもある「星と森の詩美術館」方向にハンドルを切る。
人家がなくなり道幅が狭くなると生い茂った緑の木々が迫ってくる。
小川のせせらぎに架かる小さな橋を渡ると、可愛らしいブロンズ像が姿を見せました。
森の入り口にある駐車場に車を停めて森に入ります。
木漏れ日を浴びた左右の道には、ブロンズの彫刻が笑みを溢して立っています。
木々に挟まれた静かな空間が広がっています。
ひとつひとつのブロンズ像を眺めて芸術家の想いを探ってみますが、芸術の心が乏しい私は、知ったかぶりの(゜ー゜)(。_。)ウンウンと相槌を打ちます。
優しさのある小さな美術館が姿を見せます。
白樺や楠の木に囲まれた可愛らしい美術館です。

500円の入場料を払いカタログを戴き館内に入ります。
「星と森の詩美術館」には、どうしても来たい理由がありました。

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鶴巻貴子 銅版画 鶴巻三郎 紙塑人形「驟雨」

銅版画家として華々しくデビューした鶴巻貴子の作品を見たかったのです。
鶴巻貴子は大学在学中に銅版に目覚め、第57回新潟県美術展覧会(県展)に初めて出品して、満場一致で県展賞の栄誉に輝いた天才銅版画家。
版画界の最高峰である山口源新人賞を受賞しています。

館内に入るとすぐに県展賞に輝いた作品に釘付けになりました。
『晴れの日のズレ ~春夏秋冬を偲ぶ~』
エッチング・アクアチント・ソフトグランドエッチング
凄いですね
迫力満点です。繊細な輪郭が縦横無尽に描かれています。
県展賞に輝いた作品をインターネットで探しましたが、徒労に終わりました。
他の作品は何点かネットの中にも探すことが出来ましたが県展賞作品はなかった。
アメリカ合衆国議会図書館にも収蔵されているので、この作品がアメリカに渡っている可能性はあります。過去の県展賞の作品もくまなく探しましたが見つかりませんでした。
立ち尽くし眺めるほどに圧倒された秀作でした。

鶴巻貴子は芸術一家に生まれ育った。
館内には鶴巻貴子銅版画が飾られていましたが、その中の一角に鶴巻三郎「紙塑人形展」もありました。
鶴巻貴子の祖父の作品集です。
紙塑とは、簡単に云えば紙粘土の作品なのでしょうか
可愛らしい人形の数々に素朴な生活観が滲み出ています。
「驟雨」は1943年の作品。1943年と云えば、日本は国を挙げての負け戦に挑んでいる時期です。そんな中に、こんな素朴な作品を作ることが出来るなんて・・・隠れて作られたのでしょうね。
その中の作品も、政府買い上げ作品とありました。
政府買い上げ作品とは何ぞや・・・。
国賓で来られた偉いさんへのプレゼントになるのでしょうか

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「星と森の詩美術館」を一歩出ると、池があり池には無数の錦鯉が養殖されています。
鷹やトンビ・カラスの攻撃から守る為でしょうか?
池の上にはテグスやら針金がそれこそ、縦横に張り巡らされています。
一匹が何万円にも何十万円にもなる宝石が寄ってきます。
人面魚を探しましたが、見つかりませんでした。
池の周りの散歩道にはブロンズが置かれて楽しませてくれます。

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池の横にある畑には、大きく広がった葉っぱがキチンと整列をしています。
若い夫婦が畦に入り大きく伸びた葉っぱの上から黄色い液体を掛けていました。
タバコの葉を栽培しているようです。
タバコにとっては、いまの時代は、まさにアゲインストの風が吹いています。
葉っぱを触ってみると、ベタベタして感触は良くないですね
手間暇のかかる栽培だと聞いた事があります。
ご夫婦で勤しんでおられる風景は、何事にも変えがたい人間愛があります。

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帰りの道の駅で赤いメークインを見つけました。色のついているメークインを初めてみましたが、サツマイモみたいな雰囲気をしています。
どんな味がするのか・・・楽しみです。

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