目白駅に立ち空を見上げると、数十年の時を経ているが変わらぬ匂いがした。東京に出てきて最初に作った銀行口座が三井銀行目白支店で合併に次ぐ合併で銀行名こそ変わったが変わらぬ場所にでんと構えていた。
目白には会社の研修施設があって何十回となく呼ばれて研修の名の下でしごかれた、懐かしい場所です。
今日は、会員となって例会に参加しているある研究会の「七夕の夕べ」が椿山荘で開かれるので喜んで参加と相成った。
椿山荘と云えば、若かりしころに講談社にいる幼馴染のY君と連れ立って椿山荘のプールに良く遊びに来ていた。都会の喧騒を逃れて森の奥から乱雑なビル群を眺めながらプールサイドに寝転がっていたのを思い出す。
そのころは、白い水着が流行っていて、プールサイドには白い水着を着た女性がたくさん来ていたが、白い水着が透き通りあたかも透明な水着を着ているように肌が見えたのをやんちゃなY君と目を点にして眺めていた。
かって知ったる目白通りを椿山荘まで歩くことにした。小さな散策のはじまりです。
目白駅のお隣には、家柄の良さと賢い人が行く学習院大学の正門があります。寺子屋の同級生で二人ほど入って行きました。私には足もとにも到底及ぶことのない高嶺の花であります。広い敷地には学習院のキャンパスが広がり歩道にはみ出した大きな木々の隙間から木漏れ陽を演出しています。
歩道の反対側はガヤガヤと高校生かな、短大生なのかな・・・川村学園から送り出される女性の波が押し寄せるように溢れていきます。空から眺めるとまるでアリンコのように蠢いて見えることでしょう。
学習院を過ぎると、そこは千登世橋があります。千登世橋から下を眺めると交通量の多さで有名な渋谷⇔新宿⇔池袋を結ぶ明治通です。交通標識の看板を見てはじめて明治通りが国道でないことを知りました。都道なんですね。ビックリでした。
いつぞやは深夜に違反の警告を受けて切符を切った目白警察署の警官と衝突した坂がありました。東京で一番の急坂「のぞき坂」は健在でした。町会長を介して違反をもみ消したのは悔しさの現れでした。
護国寺方面の看板が見えて来ました。
真言宗護国寺の近くの閑静な住宅地に社員寮がありました。寮の規則に沿って真面目に生活して漠然とした将来像を描いていましたが間抜けな将来像が現実となった今があります。
そうそう、社員寮の側には、今では知る人も少なくなったでしょうか右翼の総本山日本愛国党の本部も近くにありました。愛国党と云えば、時の社会党委員長浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢がいました。危険な17歳と騒がれ彼は愛国党の党員でした。日本全国がその驚愕事件に喪に伏したと聞きます。
護国寺方面の標識を過ぎると極端に交通量は少なくなります。
左手にはマンション風な建物の日本女子大学が見えて来ました。商社にいる時分に関連会社が抱えている在庫の商品を持って日本女子大学の生協に場所を借りて販売したことがあります。押し寄せる津波のようにワゴン目掛けて女性の波が来るかと思いきや、ワゴンを素通りして隣の食堂に入って行きましたね。
けっこうブランド品だったのですが、ワゴンで買うことはプライドが許さなかったのでしょうね。涙に暮れて会社に引きあげ上司の説教をうわの空で聞いていました。
でました・・・。
田中家のお出ましです。田中角栄が一代で築いた広大な屋敷です。想像を超える広さです。しかし門はしっかりと閉ざされていました。隣の敷地には緑豊かな公園が広がっていましたが田中角栄死後の相続税を土地で別納した場所です。広い公園には4~5人の方が屯されていました。
田中家を過ぎると椿山荘がオアシスのように現れてきました。
緑豊かな椿山荘の庭園です。
○○研究会「七夕の夕べ」には時間もあり、庭園の中を散策しました。
覆い茂った木々の間に流れる小川のせせらぎには平家ボタルが棲みついて夏の夜を楽しませてくれるそうです。
今宵は、ホタルのショーを観る事が出来ると良いですね。
そして今日一番の出来事は・・・。
散策の途中に、六人の美女に呼び止められ記念写真のカメラマンを仰せつかりました。美女を前にしてシャッターを押すのは手が震えます。
気持を冷静に保ち、ようやく差し出されたインスタントカメラをガチャと押しましたが、果たしてきれいに撮れたでしょうか。ボケてないと良いのですが。
ついでに、私の持っていたデジカメでも美女図鑑のひとコマとして撮らせて戴きました。
了解を得てブログに載せますよと云いましたが・・・検索「椿山荘」で果たして、このブログまで到着して戴けるのかどうか不安です。
六名の美女図鑑の拡大画像、お気に召して戴けたら是非にダウンロードしてください。
画像クリックで960×640サイズの拡大画像になります。