散歩・散策

安寿と厨子王

空一面は雲が覆い被さり、青空の見えない日が続き、雷神さまのお茶目の次男坊が、飛び跳ねているときにジョウロを倒したのであろうか・・・土砂降りとなって道路を川とかしていた。
そんな長雨もあがると、隠れていたお日様が顔を覗かせると、灼熱の暑さが襲ってきた。
あの・・・土砂降りが懐かしい。
北陸・信越地方も梅雨があけた。

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日本海の夕日が美しく見える季節になったようです。
直江津港を右手に、夕日の映える海岸通りを散策すると曲がり角に小さな慰霊碑が建っている。
素通りしてしまいそうなそんな慰霊碑は・・・
森鴎外「山椒大夫」で苦難の人生を歩く事になった『安寿と厨子王』の碑が
日本海の夕日を受けて輝いて建っています。

安寿恋しや ほうやれほ
厨子王恋しや ほうやれほ

小さい頃に読んだ本は三つ子の魂となって物語がよみがえってきます。
いまもって忘れる事の出来ないフレーズです。

『安寿と厨子王』は各地に足跡があり記念碑が建っています。

直江津のこの地と佐渡が舞台となった。
悲しい運命がはじまった。

筋書き・・・
安寿と厨子王の父は陸奥の国の役人だったが,濡れ衣の罪を得て九州に流された。14歳と12歳の姉弟は母とともに父を訪ねる旅に出た。
安寿と厨子王たちはこの直江津で、人買いに騙されてしまうのです。
母と乳母は佐渡へ、安寿と厨子王は丹後の国の山椒太夫へと売られていきました。
安寿は海で潮を汲み、厨子王は山で柴を刈り、奴隷として苦しい毎日を過ごすこととなります。
物語の中に、2人を救う地蔵尊像の話が出てきます。安寿と厨子王が山椒太夫の屋敷で仕置きを受け、やけどを負ったとき、母から預かった家宝の地蔵尊像に祈りを捧げると、不思議や痛みは消えたそうです。
この話の由来を持つ地蔵尊像が、いわき市の住吉山通照院に保存されています。

最後の場面は・・・涙なくして読めません

安寿恋しや ほうやれほ   厨子王恋しや ほうやれほ
とつぶやきながら、盲いとなって鳥を追う母親に、厨子王は近寄り守り本尊の地蔵を額に押し当てる。その時干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目が開いた。「厨子王」と云う叫が女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。

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日本海に浮かぶ雄大な夕日に照らされた慰霊碑を見る度に
安寿恋しや ほうやれほ   厨子王恋しや ほうやれほ を思い出してしまいます。

この物語も一種の拉致ですよね
残酷ですね・・・。

直江津の由来は、天地人で名を馳せた武将直江兼続から付けられています。

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木原四郎「イラスト紀行」

NHKのローカル番組で新潟市在住のイラストレーター木原四郎さんがイラストを描きながら素朴な地域や祭りに参加して県内を旅するイラスト紀行「きらっと 新潟」を好きで見ています。

タッチの柔らかさ、色の優しさが滲み出ています。
なんと、素朴で暖かいのでしょう 心が和みます。
木原四郎さんのイラストに誘発されて、スケッチを習いたいと真剣に思っているんです。木原さんは、新潟市でイラストの講座もやられているとか・・・。行き た~い。しかし新潟市は遠~~いです。130キロもあるのです。

作品の一部。

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冬の墓参り

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実家のある九州では、先祖が眠る墓地に行くと、どこのお墓にも線香の匂いが漂い、季節の花が日々欠かさずに飾られているのを目にする。お墓参りの好きな地域なのかも知れない。
そんなお墓を見守りながら育った私は、お墓に花が飾られることもなく閑散としているお墓を見ると、心から淋しさを感じてしまう。

・・・雪が降る冬の季節に死ぬのは嫌だなぁ~。

ことしの冬は、例年にも増して雪が降り続き、降るたびにスコップを持ち出して雪かきに精を出していた人たちは、家の周りを除雪するのが精一杯でお墓まで手が回らない。掃いても掃いても雪の攻撃にやられてしまった。

そのお墓もまた、雪に埋もれていた。
雪が降る1月2月の季節に、亡くなられた家族の命日はどうするのだろう
喪服に身を固め、手にはスコップを持って墓参りとなるのであろうか

雪国のお墓は二階建てになっています。先祖が眠るお墓が雪に埋もれて寒かろうって、普通のお墓より1メートルほど高くなっているのです。
それでも、ことしの雪は想定外だったのでしょうね
埋もれて、命日の墓参りもままならぬ情況です。

雪解けが進み、春まで命日の墓参りは先延ばしでしょうか
春が来るまで伯母さまの墓参りは出来そうもありません。

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束の間の春日和

春は足音も立てずに訪れていた。

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春日和となった昨日・今日は、さぁ!みんなコートを脱いで街に出よう!とそんな感じの陽気が体を包み込んでいる。
しかし、まだお日さまが顔を覘かせていない朝早くはバリ!バリ!バリ!と水溜りは氷が張りつき、名残惜しむかのように冬が居座っている。
春よ!まてっ!と叫んでいるかのようだ。

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川面は朝日を浴びている。川面は来る日も来る日も、降り続いた雪の重みで疲れていた。雪との格闘がようやく終わった。静けさを取り戻した川面はゆっくりと小河となって海へ向っている。

 

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フキノトウの芽吹きを探しに山あいに入ると砕ける水の音が聞こえて来た。
雪解け水を一身に受けている小さな川には、大量の雪解け水が、堰き止められた石に砕かれて水飛沫をあげ、春の音を奏でている。砕けた水面は太陽の光が当たり燦燦と輝いている。

冬のあいだは水底で、石と石とのあいだに隠れるように動かずにジッ~としていたヤマメ一家も動き始めたようです。雪解け水が運んできた小さな虫たちを探しています。
ことしの稲は豊作になるでしょう・・・これほどに、きれいな雪解け水があると、ミネラル豊富な水がなみなみと田んぼに注がれて美味しいお米が出来そうです。
雪に感謝しないといけないですね。

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荒れ狂い、灰色に染まった海も青が戻って来ました。
岩壁に打ち寄せる波飛沫は春の飛沫でした。

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五輪塔

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集落の場所を示す「二柱五輪塔」が、雪から覗かせ朝日を浴びています。
集落にある五輪塔は集落の末永い繁栄を祈っているのです。

空海が持ってきた五輪塔は、宇宙を現す構成で、地輪・水輪・火輪・風輪・空輪で構成され、梵字を刻むことで密教の呪文ではないかと云われています
古代インドでは宇宙の曼荼羅だと聞いた事がある。

なによりも、最高傑作であった時代小説、五味康祐「柳生武芸帳」は惜しくも未完で終わってしまったが、その中に出てくる主人公の一人に片目で剣の達人柳生十兵衛がいます。柳生十兵衛のお墓は五輪塔です。
なぜ、柳生十兵衛のお墓は五輪塔なのか・・・で、そこから五輪塔に興味が湧いたのを覚えています。

私のお墓も五輪塔で・・・。
出来ぬ相談のようです。

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朝露の雑草

妙高山の裾野に広がる一帯は朝もやに包まれている。
妙高山は冬になると大陸から押し寄せてくる雪雲をガツンと山肌で受け止めて
裾野に落とします。豪雪地帯と呼ばれる由縁です。

美味しいと評判の矢代米の収穫は終り、切り取られた稲のカブにはまだ栄養が残っているのであろうか、小さな虫たちが生存をかけて土の中から出てくると、電線に居座りようすを伺っていたカラスが急襲してくる。小さな虫たちの生きる術は限られている。強く生き残ることが出来るのであろうか。

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朝もやは、水滴を集めて草花の恵みとなり光り輝いている。
誕生日の花を読むと、路地やら畦道に咲く草花が多いのが目に付く。雑草と呼ばれる草花ではあるが、どっこい雑草は生きているんだと思わせてくれる。

雑草もあるがままなる花野かな      松本杏花

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畦道の草花に囲まれて枯れた田んぼが広がっている。
ほ場としてきれいに整地された田んぼがある。
助成金の響きに釣られて田んぼは畑になったのです。減反政策ですね。
黒豆の栽培をしています。
そろそろ刈り入れのころです。大型のトラクターが入り豆を刈り取って行く様子が見られるでしょう。

そろそろ木々が冬篭りの眠りに付く準備に勤しんでいます。
里山では植林が進み、自然が育んだ環境に適した里が生まれることでしょう
「写真集・百年の愚行」を読みたいと思っています。

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小さな旅~銀座編

裁判が終わって興奮も覚めやらぬところ地下鉄丸の内線に乗り銀座に出た。
懐かしい東芝ビルの出口に立ち感慨に耽った。
東芝ビルには昔むかし数寄屋橋阪急が営業をしていて、図らずもテナントの要請があり3年間ほど入店した思い出がある。
オリジナル染色を打ち出したニット製品での出店で売れに売れた。それこそ阪急さまさまだったように覚えている。入店していた場所にはGAPが展開していた。
時代の流れなのでしょう・・・。

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先ずは、数寄屋橋交差点をパシャパシャと撮る。
ペコちゃんの不二家がどんと構えている。この不二家ではクリスマスケーキを買ったことがある。遠い昔の線香花火のようです。

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有楽町方面に歩き出すと長蛇の列に出会いました。
西銀座チャンスセンターではサマージャンボ宝くじを買い求める、それこそ長い列が出来ています。西銀座チャンスセンターと云えば1等の当たる確立が高い宝くじ売り場の頂点に立つ売り場です。
西銀座まで来たことも何かの縁でしょうね
買うことにしました。極薄の財布から虎の子の西郷札を取り出し連番10枚・バラで10枚を購入 呪いは「オンバザラタラマキリク」を三唱。

この場所では有名な愛国党の赤尾敏が毎日まいにち同じ時間帯にマイクを握りしめ民族を憂う檄を飛ばしていました。演説の上手さだけを取れば、今の政治家で赤尾敏に敵う人はいないようです。それほどに演説に迫力がありました
絵になる赤尾敏でしたね。

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その場所に、不思議な選挙カーを発見。
世界の軍用車で使われている横幅の広いアメ車「ハマー」にステッカーがベタベタと「新党本質」なんて聞いたこともない、もしかして新手のホストクラブかキャバクラの宣伝なのか・・・
珍しいから1枚パシャリ!
撮られる事を意識した戦術・戦法なのかも知れないね

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交差点を渡らずに地下に降りてソニープラザを覘いてみようと歩くと、慣れ親しんだソニープラザ名前が変わっていました。まるで浦島太郎の心境でプラザスタイルと云う名前になっていた。
入口は黒山の人だかりで、誰かがサイン会をしている。どこぞの有名人が来ているのかと人混みを掻き分けてミーハーな性格が出てしまいました。
書かれているプロフィールを読むとクマのブーフで大人気の“Suzy’s Zoo(スージー・ズー)”の作者、“スージー・スパッフォードさんと書かれています。
まったく知りません。
クマのプーさんでないところが可笑しかった。

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銀座をひと回りして東京駅に向った。

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椿山荘。そして六人の美女たち

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目白駅に立ち空を見上げると、数十年の時を経ているが変わらぬ匂いがした。東京に出てきて最初に作った銀行口座が三井銀行目白支店で合併に次ぐ合併で銀行名こそ変わったが変わらぬ場所にでんと構えていた。
目白には会社の研修施設があって何十回となく呼ばれて研修の名の下でしごかれた、懐かしい場所です。
今日は、会員となって例会に参加しているある研究会の「七夕の夕べ」が椿山荘で開かれるので喜んで参加と相成った。
椿山荘と云えば、若かりしころに講談社にいる幼馴染のY君と連れ立って椿山荘のプールに良く遊びに来ていた。都会の喧騒を逃れて森の奥から乱雑なビル群を眺めながらプールサイドに寝転がっていたのを思い出す。
そのころは、白い水着が流行っていて、プールサイドには白い水着を着た女性がたくさん来ていたが、白い水着が透き通りあたかも透明な水着を着ているように肌が見えたのをやんちゃなY君と目を点にして眺めていた。

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かって知ったる目白通りを椿山荘まで歩くことにした。小さな散策のはじまりです。
目白駅のお隣には、家柄の良さと賢い人が行く学習院大学の正門があります。寺子屋の同級生で二人ほど入って行きました。私には足もとにも到底及ぶことのない高嶺の花であります。広い敷地には学習院のキャンパスが広がり歩道にはみ出した大きな木々の隙間から木漏れ陽を演出しています。

歩道の反対側はガヤガヤと高校生かな、短大生なのかな・・・川村学園から送り出される女性の波が押し寄せるように溢れていきます。空から眺めるとまるでアリンコのように蠢いて見えることでしょう。

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学習院を過ぎると、そこは千登世橋があります。千登世橋から下を眺めると交通量の多さで有名な渋谷⇔新宿⇔池袋を結ぶ明治通です。交通標識の看板を見てはじめて明治通りが国道でないことを知りました。都道なんですね。ビックリでした。
いつぞやは深夜に違反の警告を受けて切符を切った目白警察署の警官と衝突した坂がありました。東京で一番の急坂「のぞき坂」は健在でした。町会長を介して違反をもみ消したのは悔しさの現れでした。

護国寺方面の看板が見えて来ました。
真言宗護国寺の近くの閑静な住宅地に社員寮がありました。寮の規則に沿って真面目に生活して漠然とした将来像を描いていましたが間抜けな将来像が現実となった今があります。
そうそう、社員寮の側には、今では知る人も少なくなったでしょうか右翼の総本山日本愛国党の本部も近くにありました。愛国党と云えば、時の社会党委員長浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢がいました。危険な17歳と騒がれ彼は愛国党の党員でした。日本全国がその驚愕事件に喪に伏したと聞きます。

護国寺方面の標識を過ぎると極端に交通量は少なくなります。
左手にはマンション風な建物の日本女子大学が見えて来ました。商社にいる時分に関連会社が抱えている在庫の商品を持って日本女子大学の生協に場所を借りて販売したことがあります。押し寄せる津波のようにワゴン目掛けて女性の波が来るかと思いきや、ワゴンを素通りして隣の食堂に入って行きましたね。
けっこうブランド品だったのですが、ワゴンで買うことはプライドが許さなかったのでしょうね。涙に暮れて会社に引きあげ上司の説教をうわの空で聞いていました。

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でました・・・。
田中家のお出ましです。田中角栄が一代で築いた広大な屋敷です。想像を超える広さです。しかし門はしっかりと閉ざされていました。隣の敷地には緑豊かな公園が広がっていましたが田中角栄死後の相続税を土地で別納した場所です。広い公園には4~5人の方が屯されていました。

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田中家を過ぎると椿山荘がオアシスのように現れてきました。
緑豊かな椿山荘の庭園です。
○○研究会「七夕の夕べ」には時間もあり、庭園の中を散策しました。
覆い茂った木々の間に流れる小川のせせらぎには平家ボタルが棲みついて夏の夜を楽しませてくれるそうです。
今宵は、ホタルのショーを観る事が出来ると良いですね。

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そして今日一番の出来事は・・・。

散策の途中に、六人の美女に呼び止められ記念写真のカメラマンを仰せつかりました。美女を前にしてシャッターを押すのは手が震えます。
気持を冷静に保ち、ようやく差し出されたインスタントカメラをガチャと押しましたが、果たしてきれいに撮れたでしょうか。ボケてないと良いのですが。
ついでに、私の持っていたデジカメでも美女図鑑のひとコマとして撮らせて戴きました。
了解を得てブログに載せますよと云いましたが・・・検索「椿山荘」で果たして、このブログまで到着して戴けるのかどうか不安です。
六名の美女図鑑の拡大画像、お気に召して戴けたら是非にダウンロードしてください。
画像クリックで960×640サイズの拡大画像になります。

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雁木通りの四九市

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月のうちの4と9のつく日は、語呂合わせは良くないが四九市と云って越後高田藩の時代から活発に行われてきた路地の朝市があります。

朝市のある通りは雁木通りとして越後高田藩は有名で、豪雪から守る為に家の前に突き出した屋根がアーケードのように連なっている。
江戸時代から軒を連ねている家が何軒もあると云われている。・・・現に義母の実家も、この雁木通りにあるが築130~40年と云って江戸情緒満載の古民家で見物するには、それなりに凄いと感嘆の声を上げるが、住んでいる人は一様に狭い部屋がたくさんあって住みづらいと不平不満が出ている。
天井を見上げると黒光りした巨大な梁が屋根を支え配線が剥きだしになっている。
ウナギの寝床とは良く云ったもので表玄関から裏木戸までたっぷりと4~50メートルある。何しろ、通りと通りに繋がった家である。そして、家の中に1メートルほどの幅の通り道があり、あたかも家の中にある歩行者専用道路みたいなものである。
極めつけは隣とは共有する壁一枚で仕切られている。
自己所有の境界線はどこにあるのかヽd´ι`bノ ワタシワカリマセン

これは、豪雪で隣家との間に雪が入り込み、雪が凍って壁にひび割れが生じ、家の倒壊に繋がっていくのを防ぐ為に雁木の家は隣家との境は共有する壁で繋がっている。その為に火事には非常に神経を使い・・・うるさいほどに火の用心をしている。
100年以上、雁木通りで火事は起きてないことを自慢していた。

その為に、なかなか個人個人で取り壊す事が出来なく、古い家が改築する事もなかなか出来ずに古民家として現存する事になる。近くのある家は、そのままの状態をこぎれいに内装を行い古民家を喫茶室として開店していた。
義母の実家は古民家として古き良き時代の情緒はあるが、陽の当たる場所が少なく住むには勇気と根性がいる。

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そんな雁木通りに四九市なる朝市が100年以上の歴史を持って今も続いている。
300メートルにも及ぶ通りには大小さまざまな露店が軒を並べ朝の活気がみなぎる。
朝採りした野菜や果物・それに生花に自家製の漬物と、ありとあらゆるお気に入りの商品に店頭に必要なゴザを抱えて近在の村からおばあさんがやって来る。
朝の6時ともなると指定の場所にゴザを敷き、大事そうに包んできた野菜や果物を手馴れた様子で丁寧に広げ並べていく。
ゴザの上の籠には丹精こめて作った作物が盛られて、何年も使い回している100円の札が置かれているのが楽しみにしている朝市である事をうかがわせている。
義母の話だと・・・。
朝市に出店している近在の方は、お手洗いを義母の家で借りるので、市の終わる10時ごろには売れ残った、たくさんの野菜やら果物を置いて行かれるそうです。売れても、売れなくても、売上よりは、お互いの元気な姿でコミュニケーションの場として、茶飲みの話に来ているようだと義母はニコニコしながら話をしてくれる。

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私も思い出したように四九市に顔を出し、いつも100円の榊を買うことにしている。
先日の四九市では、メダカ1匹100円のペットボトルの容器を改良した水槽ボトルに3匹入ったメダカを買ってきた。餌が要らないのが買う決め手になったが猫には見つからないようにPCの上に乗せている。
メダカは睡眠不足になるかも知れない・・・。

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