猫・犬・鳥・その他

雀ご一行様・・・くず米は美味しいですか?

去年の収穫時期のころ雨が続いた。雀にとってはお腹いっぱいに満たされる時期でもある。そんな頃に軒下にぶら下げてある竿に雨宿りをしている雀の家族が6羽ほど並んで恨めしそうに雨音を聞いていた。目指す餌が雨で失われた。

「ネェお父さん 夕食どうするの?」
「そうだね。この雨では餌を見つけるのはダメかも知れないね」
「子どもたちは腹ペコよ~」
「どうしたもんかね」

そんな会話が聞こえてきそうである。
雨は一段と強くなったが雀の家族は止まり木にしがみついている。

腹ペコの雀たちを眺めていると。
春先だったか、お米を作っている方から精米から除外される規格外で小粒の米は煎餅などの米菓子に転用されると云う「くず米」を2㌔ほど頂いたことを思い出した。

足あとを忍ばせてくず米を玄関先に撒いた。
撒いたことでビックリした雀たちは一斉に飛び立ってしまった。雀は本当に警戒心が強い。目が会っただけでも飛んでしまう。

玄関先に撒いたくず米を眺めてみることにした。
危険を察知して飛び立った雀の家族は恐る恐る止まり木に戻ってきた。目と鼻の先にあるコンクリートの上には最上級の食事が撒かれている。
周りを警戒しているのであろうか、すぐには玄関先に舞い降りてこない。

5~6分経ったであろうか。
1羽が玄関先に降りてきた。
先ずはお父さん雀が先陣を切り降りてきたが、撒いたくず米の遠くに降りてきた。

まだ警戒を解いていない。
「くず米を毒米ではないかとの不信感が雀たちに広がっているのかも知れない」

降りてきたお父さん雀がくず米に近寄りクンクンを匂いを嗅ぐとすぐに口を運び啄んだ。お父さん雀が家族を呼び寄せると、止まり木に並んでいた雀たちは一斉に降りてきた。
もう、大変です。
くず米があっと云う間に無くなっていきます。

それからと云うものは雀の家族は止まり木に来るようになった。
日の出とともにチュンチュンと鳴く声が広がる
「餌がないぞ~ 早くして来れ!」と怒っているようにも聞こえる。

戴いたくず米2㌔はあっという間に無くなった。
雀の数も、最初は6羽ほどの家族だったのが、日に日に多くなり家族から親戚まで来るようになった。

あの豪雨で雀が可哀想だな!と・・・くず米を撒いたことから需要と供給のバランスを求められてしまった。雀の期待を裏切ってはいけないかな。と。
ついにはヤフオクでくず米を入札までして購入する羽目になったのです。

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佐川急便のあんちゃんがベルを鳴らし「お米を持って来ました」玄関にドンと置かれます。ヤフオクのくず米は30㌔単位で販売されています。
家族が食べるお米の量より遥かに多いくず米の量です。

雀の餌付けにはほど遠く、雀からしたら餌を撒くように仕向けられた計画的な作戦ではなかったのか。雨を利用した作戦にまんまと嵌められたのではないでしょうか。

ここは雪国です。
12月に入ると雪は当たり前のように降り、雀が集まる庭先にはうず高く雪が積もります。雀にとって雪は死活問題です。
屋根裏で冬眠するわけも行かずに腹を空かせることでしょう。

朝、出掛ける時に昼間に雪が降らないことを祈りながら、両手一杯のくず米を雪の上に撒きます。
日曜日に、仕事に出掛ける同じ時間に雪の上にくず米を撒くと、面白い光景が見れました。日の出の時間になると数羽の雀が降りて来て、雪の上に撒かれたくず米を何粒か啄むと飛び立ち、また戻ってくるのです。
他の雀も、一様に同じ行動をします。口の中にくず米数粒を入れたまま巣まで運んだのでしょうね。冬ですからくず米が腐ることもありません。降り積もる雪で餌が無くならないように、知恵として保存することを覚えたのでしょうか。

子孫繁栄を願い、餓死だけは避けよう。
もしかして雀たちも少子化なのかも知れない。

雪も解け、暖かい春がやって来ました。
日の出も早くなり、お腹を空かした雀たちのチュンチュンの大合唱も日増しに大きくなって来たような気がします。
今日もまた、両手一杯のくず米を庭先に放出です。

それでも餌をあげているご主人なのに警戒心は緩めてくれません。
ただ、ご主人の乗っている車だけは認識しているようで、駐車場に車を止めると雀ご一行が屋根に集結します。
ご主人様のお出迎えなのか、はたまた食事の催促なのか

いつまで続く需要と供給のバランス。
間違いなく需要は永遠に続くが、供給はバタッと止まります。
その時は、ご主人様はくず米で破産しました。雀のみなさま お許し下さい。

動画はyoutubeから勝手にお借りしました。  
投稿された方にはお礼のメールも差し上げていませんが、助かりました。ありがとうございます。

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鳥の糞・・・ウンがつく?

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フロントガラスの運転席の真ん前に鳥の糞が落ちてきた。

これも夢の逆夢(火事に遭遇したり、蛇にぐるぐる巻にされたり、大便をしてクソまみれになったりする夢は、余り関わりたくないものばかりであるが大吉として推奨されている。)と同じで鳥の糞を「運」として捉えるならば大金星ではなかろうか

鳥は身を軽くするために飛びながら糞をするのは良くある話だが、鳥の糞がピンポイントでフロントガラスに落としてくる確率はどのぐらいなのでしょうかね。

海外ではフロントガラスに糞が落ちてくるとラッキー!と云って宝くじを購入すると聞いたことがある。それほどに珍しいことなのか。
宝くじを販売しているみずほ銀行がまとめた「宝くじ長者白書」なる高額当選された皆さまの宝くじに当選されるまでの経緯が書かれている。その中に「鳥の糞」の話があった。

2005年の年末ジャンボで大当たりを引き寄せた佐賀県在住のTさん(39才)は、愛車のフロントガラスに鳥のフンが落ちてきたことから「“ウン”がついた!」と思い、すぐに宝くじを購入した。しかも、“ウン”を手放したくないと、フンは洗わずそのまま残して過ごしたのだとか。後日、抽せん日になって番号を調べてみると、なんと2等1億円に当せん! 一度手に入れた“ウン”は決して逃がさなかったということ。

と、書かれている。

そうか「鳥の糞」が愛車のフロントガラスに落ちてくるのは超ラッキーと云うことのようです。早速、世の習いで購入したいと思います。

もし、いや仮に、いや万が一にも当選したらご報告いたします。

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ねこダルマ♫

東日本大震災の復興祈願でみた木製のイースターエッグに誘発されて
知り合いの木工職人にお願いして作っていただいた。
木の卵のイースターエッグ。
絵の具に苦心しながらも何となく雰囲気が出てきたような気がする。

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福を呼ぶ「ねこダルマ」と名づけて宝くじ売り場に置いてもらおうと
お願いして置いてもらった。

この宝くじ売り場は超有名な宝くじ売り場で3年に1回は3億円を当てて
すでに3億円の当たりは5回を数える。

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今回のサマージャンボ宝くじで3億が出ると「ねこダルマ」も
一躍有名になる。
そんな夢を抱きながら描いた「ねこダルマ」

ブログ再開を祝し
福が来ますように。
( ^_^)/□☆□\(^-^ )

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猫の大運動会

忙中閑あり。

編集も凄いが、ニャンコの本能を最大限引き出している。
ニャンコの本能丸出しで、さすがにネコ科の地位を譲らない
人間に変装してオリンピックの走り高跳びに挑戦して貰いたい。

これ以上にニャンコの動画は見当たらない・・・かな。

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かたき討ち

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星がまばゆい午前3時40分。車の走行が禁止されている河川敷の土手を自転車のライトが道なりに遠くを照らし、月明かりだけが河川敷に広がる草むらを浮かび上がらせている。
河川敷の草むらは野生小動物のかっこうの住処となって、朝日を浴びて川面がキラキラと輝くと、野鳥のさえずりが一段と高く響き渡る。朝ごはんのようです。

友人のF氏は、青果市場に勤務しているので朝が早い。満天の星を数えながら自転車を漕ぎ、市場に向かう。今朝は、チョットしたアクシデントがあった。生存をかけたトラブルとでも云いましょうか・・・。

朝日が昇るのはまだ早いこの時間は、河川敷を取り締まっているタヌキ族の出番です。夜回りに忙しいタヌキ族のイチローは土手に上がり、持って生まれた黒い双眼鏡で眼光鋭く、右に左に周りを警戒していた。遠くからひと筋のライトが、こちらに向かってくる。
敵機襲来なのか? バラの枝で作った警棒を振り回し「止まれ!」と、叫んだ。

F氏は、いつもと変わらずライトの先を凝視して土手の道を走っていると、なにやら黒い物体が近づいてきた。突然、現れた黒い物体に恐れをなしたF氏は「危ない!」と、ハンドルを切った。
よく見ると、黒い物体は、黒縁のメガネをかけたタヌキだった。ビックリした。
何事もなかったように通り過ぎようとすると、タヌキは声を荒立てて襲い掛かってきた。
「ヒェ~」自転車もろとも倒れそうになった。

タヌキ族のイチローは、ライトに向かって「止まれ!」と叫んでも、突破しようとする人間に、怒りが込み上げていた。無数の棘があるバラの枝を振り回し、人間に向かっていった。ここは、何がなんでも突破を阻止しなければいけない。タヌキ族の会議で名誉ある警護隊に抜擢されたのは誇りであった。

足にタヌキの口が当たったように感じた。タヌキの奇襲攻撃にビックリしたF氏は、倒れながらも必死になって自転車を漕いだ。すると、後ろの車輪でタヌキの足を轢いてしまった。タヌキの鳴き声がしたが後ろを振り返らず必死に自転車を漕いだ。

関所を突破され、無残にも返り討ちにあって左足を轢かれてしまった。イチローは痛みに耐えて、呆然となり涙がこみ上げてきた。タヌキ族で役立たずになってしまった。
ことの一部始終を見ていたキジ族の情報記者であるハチローは、ケーンケーンと甲高い声を上げて情報を伝達した。

タヌキ族の会議が始まった。
天敵である人間にタヌキ族は完膚なきまでに叩きのめされた。
復讐が決まった。ゲートを突破した人間に照準は当てられた。タヌキ族の活躍する時間に無断で通り過ぎようとするにんげんFに対して情報が集められ、タヌキ族長老のひと言でタヌキ族十三匹の刺客が決まった。
武器はバラの枝を二重にも三重にも重ねた棘の刀が用意された。月が隠れる新月で雨の日が決行日と決まった。雨や晴れの天気を自在に操るタヌキ族長老の霊感に命運は任された。

人間が油断する雨の日が最適だと・・・。
それは、歴史が証明していた。桜田門外の変では、水戸浪士を中心とする暗殺者たちは降り積もる雪の日を選んだ。彦根藩の行列には井伊大老の乗った籠を警護する家来は、雪や雨水から刀を守るために鞘掛け(鞘袋)で包んでいたために、敵の襲撃にすぐに刀を抜くことが出来ずに無残な死を遂げた。

左足を骨折したイチローの仇討は、桜田門外の変を復讐のシナリオに選んだ。暗闇で雨の中の敵は、雨合羽を着ているか、傘を差しているのであろう。
毎晩毎晩、河川敷で棘の刀を振り回し、天敵にんげんのFの暗殺に向けて日夜励んだ。
新月まで、あとわずか・・・
祈りが通じて雨となるか・・・

新月で雨の日まで、にんげんF氏はタヌキの監視下に置かれている。いまもどこかで草むらに忍び、監視していることでしょう
楽しみだな~。

にんげんF氏の運命やいかに・・・。

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食べ放題のバタートースト

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みすみす殺して良いものか・・・と、悩むところではありますが
カラスを退治する兵器が現れたようです。

友人は会社勤めの合間に10反ほどの田んぼでコメを作っている兼業農家です。
この時期は、田植えも終わり、植えた苗にはなみなみと水が注がれて、苗が泳いでいる。
冬の間は土の中で眠っている有機質の虫たちも水泳大会が始まっています
その虫たちを狙ってカラスが田んぼに奇襲をかけて、虫の捕獲に余念がありません。

カラスを退治しようにも、なかなか妙手が浮かばず静観している友人であったが、
ここにきて、カラスを駆除する最善手が見つかったようです。

バターを塗ったトーストに殺鼠剤のクマテトラリルを塗って、トーストをぶら下げておくと
バターの好きなカラスはトーストに襲撃してとっさに咥えて、空高く舞い上がるそうですが、、ものの20秒ほどで落下してくるそうです。
この方法で友人は、ここ1週間で10羽のカラスを仕留めたと。

いまでは、奇襲攻撃に失敗したカラス軍団は警戒して田んぼに近づかないと・・・

この場合は、トキの卵を盗んだ憎きカラスを退治して喜ぶべきか・・・
ただ、トーストを盗んだだけで殺さなくても良いのに・・・と悲しむべきか

カラスも年中、黒い服を着ているから嫌われているのでしょう
せめて衣替えして、ピンクや白、青、緑の服を着ていれば、殺されることもなかったでしょうに。

同じカラスでも、カラス天狗となると、水先案内人で幸運を呼ぶとされます。
ひそかにカラスを餌付けしようとしている私

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心配ごと・・・

動作がゆっくりとスローモーションの映像を見ているようです。
よろよろとよろける様に歩き、階段の上り下りに悩むようになりました。

姫は今年で18歳を迎えました。人間の年で90歳ぐらいなのでしょうか。

Hime

起床する午前4時の5分前には、枕元に来て目覚まし時計より早く、鳴いて起こしてくれます。若いときは耳元で囁くように鳴いていたのが、年とともに恥もなくなり甲高い声で鳴きます。

まだ朝夕の冷え込みがある今日この頃は、枕元で鳴くとすぐにストーブの前に座り直しストーブに火が入るのを待っています。
姫のご機嫌が麗しいのであればと、ストーブに火を灯すと、おもむろに前足を投げ出し毛繕いがはじまるのです。まるでストーブの火は鏡なのでしょうか 前足の化粧が終わると、首を大きく回し背中に後ろ足へと毛繕いは移動して、可愛い舌を覗かせせっせと舐めまわし化粧に余念がありません。

これほどに、熱心に毛繕いがはじまったのは、つい最近です。
それ以前は、押し入れに用意してあるお気に入りの寝室にトントントンと駆け上がっていたのが、椅子まで飛び上がるのを躊躇しはじめたのです。恐々と力を溜めて飛び上がり、椅子に飛び乗り押し入れに入ったものが、飛び上がる動作が出来なくなりました。
横になる動作も、ゆっくりと態勢を整えてゆっくりと、体に負担がかからないように倒れます。
いよいよ姫のその時を覚悟しないと、いけないのかも知れません。

いつもお皿にたくさん乗せてある目刺しが好物で、いたる所に目刺しの頭を、あっちこっちに食い散らかせていたのが、1~2匹の目刺しを食べると、そこそこに寝床に着きます。
4キロあった体重も、今では1.5キロと痩せ細り、脂肪がなくなっています。
少しの寒さでも骨身に沁みるのでしょうか。
18度を越す暖かい日でも、顔や前足を体に埋めて寝ています。

命の水とは良く云ったもので、1日に何度も何度も水を飲み小便をします。
水を飲んで排泄してくれることが、少し安心。健康のバロメーターとして見ているんです。横に寝かせ背中や下腹部へのマッサージには目を細めうっとりしながら、恍惚の中で毛繕いを始めます。

それでも、老衰の二文字が頭を過ります。
今では、甲高い声で鳴かれると安心して、よしよし、と、元気な鳴き声を聞いて安心します。
が、天国に召される日は近づいているのでしょう 心配は尽きません。

一応、調べました。
焼き場に持っていくと5000円で処理してくれるそうです・・・可哀想ですが。そして、この地を離れても持って行けるように、小さな骨壺を用意しないとい けない。終の棲家に辿り着いたら埋めようかと、それとも太平洋の海に散骨しようかと思っているんですが・・・
つい弱気なってしまいます。

14歳の時に、あまり吐くので病院で検査すると、腎臓が弱っていて年内の命だと
死亡時期の予告を受けました。あれから4年経っています。
頑張って・・・せめて20歳の誕生日祝いをしたいなと思っているんです。

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ピンクピッグ

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ピンク色した可愛い子豚が遊んでいます。
二匹は土の中に口を突っ込みがむしゃらに鼻を動かせています。ミミズでも見つけたのでしょうか。豚舎を覘くと、やすがに豚はきれい好きで、汚れた様子がありません。
1匹は緩やかな陽射しを浴びてお昼寝の最中です。
夢でも見ているのでしょうか・・・。

学校から帰ると竿を手にして釣りに行っていた小学校時代。堤防の近くに大きな豚小屋があり、豚小屋はいつも(`ε´)ぶーぶーと鳴き声が聞こえていた。
豚小屋の下は、日当たりが悪くていつも土が湿っていて、湿った土を小さなスコップで掘り起こすとピンク色したたくさんのミミズが出てきた。ニコニコと笑みがこぼれます。
ミミズを掴むと素早く缶詰の缶に入れて意気揚々と引き上げるんです。
ミミズは魚の餌には最高で、いつも豚小屋に来てはミミズを捕まえていた。
豚の出す排泄物は有機肥料だったのですね ミミズがせっせと分解しています。

有機肥料で思い出すのは、田舎の実家では生ゴミをゴミとして出さないと自慢していた。
生ゴミは母が担当していて、生ゴミ専用の大きな鍋に生ゴミを入れて煮込んでいた。
煮込んだ生ゴミは肥料として、家庭菜園用に庭に掘った場所に埋められていた。
この場所から、ミミズがいっぱい出るのよと誇らしげに話していた。
これも、一種の生活の知恵だったのか。

まだ、六本木ヒルズが出来る、うんと前の話だが、六本木にpinkpigなるオリジナルニットの小さなお店があり友人夫妻が経営していた。タグには可愛い子豚の尻尾が描かれていた。
pinkpigのセーターは編込みが多くて人気があった。
その時、V衿のセーターに葡萄の葉っぱが編みこまれていて、葉っぱの下には紫に染め上げた手作りの小さなボンボンが20数個重なって葡萄の形をしてぶら下っていた。
面白いと思った。
そしてセーターのデザインは無限だなと感じた。女性にしか出来ないデザインだった。
或る日、pinkpigに顔を出すとカルメン・マキが来ていた。オーラに満ち溢れ絶世の美女だと思った。

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ビオトープで越冬したメダカのみなさん

雪の少なかった雪国にも春はやって来ます。
今年の雪は、あちらこちらに雪の華が咲き乱れる情緒ある雪景色でした。
寒さの嫌いな私は雪の少なさに念力が通じたと喜んでいます。
地球温暖化が叫ばれ、生態系にも影響があり、地球の悲鳴が聞こえて来るとは云っても寒さの苦手な私は頷きながらも、温暖化を歓迎しているのであります。

昨年、5月14日に出かけた四九市でメダカに遭遇して、偶然にも眼が合ってしまいました。笑顔を見せるメダカの表情に思わず買ったのであります。ポニョかも知れないと。
その時のメダカがホテイ草に卵を産みつけてたくさんのメダカを送りだしてきたのです。小さな水槽では飼えなくなり、ホームセンターに出向いてプラスチックの味噌樽を買い求めメダカ専用のビオトープを作ったのです。

10月15日にビオトープ造りに着手。
雪国は少しずつ寒くなりメダカも初体験である越冬に向けての家造りです。
潜り込み隠れるほどの小石と砂利を敷き詰めて水草を砂利の中に埋め込み完成です。
生きるために必要な酸素を小さなボンベが働いてくれます。
玄関先に置いたビオトープも日増しに寒くなると、すきま風が容赦なくビオトープに打ちつけます。水の温度も少しずつ下がり始め、メダカも段々と底のほうに移動していきました。
ビオトープの掃除を専門とする巻貝が3個ほど砂利に中で寝ています。
夜中になると、むっくらと起き上がり、ビオトープの塀をぐるりぐるりと掃除して行きます。この巻貝のおかげで藻の発生が止められてビオトープの中はきれいです。

しかし、凍てつく寒さは小石や砂利までも身を固くして余裕がなくなります。
埋め込んだ水草が1本1本と髪の毛が抜けるように離れて行き、浮かんできます。
浮かんだ水草は枯れて来て、汚れの元になるので拾い上げました。
12月に入ってからは餌もストップしています。
メダカは酸素の供給だけで生活をしています。
1月になると、水草はすべてなくなりメダカの隠れる場所がなくなりました。
メダカは寒さで静かに止まっています。
40数匹のメダカの何匹が生き残っているのでしょう。

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3月に入り、暖かさの戻った小春日和の日にペットショップに行き、ホテイ草を買ってきました。ホテイ草は1本100円です。メダカはホテイ草の根に卵を産み付けるはずです。
餌の供給が始まりました。
顆粒になった餌をひと摘まみしてビオトープに落とすと底に静かにしていたメダカも水面に出て餌を啄ばみます。越冬して初めて口にする食料です。

赤ちゃんメダカだった30数匹ほどのメダカも中学生ほどになりました。まだまだ親メダカほどの大きさには敵いませんが、日々成長しているようです。
冬の間は水草の隠れ家もなく、餌もなく、良く生き延びてきました。
越冬したメダカのみんなに食料を供給するのは私の役目です。
繁殖期が楽しみです。
ビオトープを増やさないといけないかも知れないですね。

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行方不明になったウサギ

Usagi

       雪国の野うさぎ

昼休みの時間にウサギが噛み付いて困ると云った話があり、ウサギの耳を持って持ち上げて良いのかと云った話題が広がっていた。
ウサギには並々ならぬ悲しい思い出がある。

  玄 関に通じる庭先から大きい物音が聞こえて来たのは寝静まった深夜の1時ごろだった。誰よも先に飛び起きた母は玄関の戸を開けて目指す場所に走った。
家族全員が起きて来て暗闇の中で灯りを求めた。

小学3年生の私は学校から生まれたばかりのウサギを貰ってきて親に懇願して飼うことになった。父は日曜大工でりんご箱より大きい小屋を作り、すぐに取り外し が出来る金網を張り、小水がきれいに流れるように右奥に小さな穴を開け斜めに設置した。

これで家庭菜園の肥料が出来たと母は笑っていた。
小動物を飼うのは趣味みたいなもので、ただ飼うだけではなくて躾や仕込をする事は得意だった。すぐにウサギを部屋に上げて遊んだ。
トイレに行くたくなる素振りを見せると、すぐに抱えてトイレの横に用意した新聞紙を敷いた洗面器の中に入れて用を足すのを見ていた。
パチンコ玉のようなコロコロとした真ん丸い糞がいっぱい転がっていた。
何度か繰り返すうちに、ウサギは独りで洗面器のトイレに行き、用を足していた。
ここまで来ると、部屋にあげても部屋を汚す事がなく、安心して遊ばせて良かった。

学校から戻ると、カバンを放り投げ、鎌を持って近くの土手に行き、ハコベや乳草を取り、八百屋に行って人参の葉っぱを頂いて来ることが日課になった。小便は不思議と洗面器の中ではしなくて、いつも小屋でしていた。ウサギの小便はとても臭いです。鼻を突く強烈な匂いがします。
その小便は斜めになった床から大きなブリキ缶に落下して家庭菜園の肥料となり家庭菜園で作ったナス・キュウリ・オクラが美味しく実った。
有機栽培だと云って母は喜んでいた。

春になると、ウサギを篭に入れて、土手近くの田んぼに行き、レンゲソウが咲き乱れる田んぼの中で解き放ち、食べ放題の世界を堪能させた。
その頃の私はレンゲソウの中を飛び跳ねるウサギを見ながら、レンゲソウの花に群がる蜜蜂をパチンと両手で叩き仮死状態にして蜜蜂の密を吸っていた。
天然の蜂蜜だった。
深夜にウサギ小屋から音がして・・・

家族みんなが可愛がっていたウサギが心配で飛び起きたが、金網が外れていたのでてっきりやられたと思った。しかし、懐中電灯を当ててよく見ると隅っこに小さく背を丸めて震えていた。
その夜は、抱きかかえ、ウサギと一緒に寝た。
あくる朝、母は社宅の隣に住む家に行き、談判していた。
この家には大型の秋田犬を飼っていていつも吠えていたので狙いを付けて間違いがないと母は怒鳴り込みに行ったようだ。
今度から首輪を放さないと約束してきたと云っていた。
何しろ、秋田犬の持ち主は市民からの苦情が一番怖い市長さんのお宅。

ウサギの成長と共にウサギ小屋も大きくなり、次は婿取りでもして子どもを産ませようと計画をしていた矢先に、ウサギ小屋からウサギが忽然と姿を消した。
母は仕事も忙しい振りをして何も云わなかった。
いつまでも泣き叫ぶ私を見て・・・「どうしても、お父さんの仕事で必要になった」と云った。
家族みんなで、あれほどに可愛がったのに、静まり返った部屋の片隅で泣き続ける私がいた。

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