蕎麦

野尻湖はまだら模様

美味しい蕎麦屋に連れて行ってよ・・・と、一本の電話から始まった。
新そばの美味しい季節になりキノコ博士の異名をとる友人と黒姫で待ち合わせをしてピックアップ。

ウィンドサーフィンで賑わう夏の景色は一変して、野尻湖は冬の装いに向けて準備を進んでいる。湖岸にはワカサギ釣りを目的とした屋形船が、装いも新たに出番を待っている。
秋晴れの野尻湖は風が吹けばカサカサと葉っぱが擦れる音が聞こえる。見渡せば野尻湖を取り囲む森や林は、見事に色とりどりの秋の化粧を施している。野尻湖を周回する湖岸道路は道幅が狭く、対向車が来ると一瞬焦ってしまうほどの危険を感じる。一歩間違えば野尻湖の湖面に吸い込まれる一直線の崖が待っています。

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すでに道路は、楓やモミジの木々から落葉している。交差する車に出会うこともない平日のゆったりとした時間は時間が止まっているかのようで、忘れかけた時間が蘇ってくる。
野尻湖を半周ほど行くと、信濃町・古町方面/長野・牟礼方面の看板に出会います。
湖岸道路を離れると、黄色く色づいた針葉樹がお迎えしてくれます。
黄色のキャンバスを抜ける、忙しかった稲刈りが終わり、刈り取った稲の残骸が整列している。ここの田んぼからできるお米は美味しいのだろうな・・・。
お隣の野尻湖から流れてくる水が美味しいお米の源になっているようにも感じます。

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のどかな陽射しを浴びた部落を通り抜けると目的地である涌井峠にさしかかる。
長野方面から涌井峠を向かうには、千曲川に寄り添うように広がるリンゴの産地で有名な豊田村から狭い道を延々と登ってくる。
涌井峠には、峠の蕎麦屋として三軒の蕎麦屋が競っている。
その中でも、峠の道から、さらに一車線ほどの枝分かれした狭い道を右折する。大きく右カーブした奥まった場所に、涌井せんたーはある。峠の道路からは所在を確認することはできない。

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平日の1時30分。
眼下には豊田村が一望できる人気の蕎麦屋さんの駐車場は危険と隣り合わせです。
駐車場は崖に沿って線が引かれているが、車止めのブロックが置いてある訳でもないので勢い余って、止めようとすると真っ逆さまに落ちていくことになる。
・・・雪が降るときは、より慎重に止めないと危険が倍増する。
20台ほど駐車できる駐車スペースは12台ほど止まっている。混み合う昼の時間はとうに過ぎているのに、それでもこれほどの人がお見えになっている。

峠の蕎麦屋で美味しい店があると聞かされたのは15~6年前であったろうか
行きつけの床屋の主人がキノコを採りに行った帰りに寄る蕎麦屋は美味しいよ!
を、耳にして行くようになった。
噂にたがわず美味しかった。
近年は、口コミより素早い情報のインターネットのおかげで、美味しいとの評判が広がり日曜ともなると押すな押すなの大盛況を目の当たりにした。
美味しい蕎麦も、余りの忙しさに美味しさが失われて行くのは道理で、美味しさの原点である汁が水っぽくなり蕎麦の風味を殺していた。
それでも、行けば待ち時間が起きるほどの混雑ぶりだった。
日曜に行くのは止めようと。

15年前の蕎麦の美味しさが戻っているのか、楽しみです。
待つこと8分ほど。蕎麦の待ち時間としては適度な待ち時間です。
蕎麦としては、いま流行の極細麺でない、そば粉100%の田舎蕎麦で腰のある太麺です。
美味しかった。
汁も最後の一滴まで、しっかりと味が安定している。
健康のみなもとそば湯も、適度な白濁で美味しかった。

次もまた、平日に来ることにしよう。

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あの味は、どこに行ったのか・・・

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新そばに少し早いが、秋晴れに誘われて峠のそば屋を目指した。
畦に区切られた田んぼは、いちめん黄金色に輝きまるで黄金郷のようです。一部では刈り取りが始まり田んぼには六条刈りのコンバインが稲穂のひとつひとつを 大量に抱え込み丁寧に刈り取っている。自動化されひとりで刈り取りが出来るなんて、20年前・30年前の稲刈りで誰が想像したであろうか。
峠に向かう街道には色とりどりのコスモスが咲き乱れ、道行く人を和ませている。

新そばが出回る10月には、まだ早いので、さほどの混みはないだろうとタカを括っていた。目指す峠には3軒の手打ちそば屋があり、そのうちの2軒は道路沿いにあり嫌でも看板が目に付くが、この2軒のそば屋に車が止まっているのを見たことがない。目指すそば屋ではない。
峠を下ると、道路沿いにあるそば屋に異変が起きている。いつもならガランとした駐車場にたくさんの車やバイクがところ狭しと置かれている。
主人が代わり、美味くなったのであろうか・・・。
少し、アクセルを吹かし、道路沿いから横道に入り1車線ほどの狭い道を入ると目的のそば屋にたどり着く。
愕然となった。
3~40台は駐車できる駐車場は隙間もないほどに車が整列している。
一瞬、入るのを止めようかと思ったが暖簾をくぐった。

ここは、知る人ぞ知る、蕎麦通が通う稀代のそば屋であった。

インターネットの創世記と云われた13~4年前は光はもちろん、ケーブルもADSLもなく一般の電話回線を利用したテレホーダイが主流で深夜に接続をして インターネットを楽しんでいた頃に、パソコン通信のフォーラムで旨いそば屋の話題で盛り上がった。その中で、蕎麦好きが一度は行きたい、食べたいと涙なが らに訴えた幻のそば屋が、この峠のそば屋であった。
信州にある峠のそば屋です。雪が降り積もり、吹雪の中でも行列をなしたと云われる峠のそば屋。当時は4人掛けのテーブルが5卓ほどあり、ざる蕎麦を注文す るとひとつの大きな篭にドンと盛って出てくる。豪快なざる蕎麦だった。一度は行って見たいと云わしめたこの店で食べた事はネットの中では自慢できる蕎麦通 の誇りであった。

今では人気が人気を呼び、狭かった店内も増改築を繰り返し、すべての部屋を開放すると100人ぐらいが入っても楽に座れる。しかし、美味しいと云われた当時の味は、人気の波に揉まれて何処かに行ってしまったようです。
蕎麦の味が失われていくのを見るのは忍びないです。それでも、美味しさが戻っているかも知れないと、思い出したように山奥の峠まで来るが、1時間も待たされ、ガッカリして帰ることになる。
味が落ちるのは悲しい。
二度と来ないと、思いつつも、いつしか期待して来てしまう
あの絶妙な当時の味はどこに行ったのか・・・。
それでも、満席になる。私の舌が衰えたのかも知れない。

数年前に、5人座れば一杯のカウンターだけの手作り洋食屋があった。
それこそ、隠れ家的存在でいつも行列を作っていた。人気メニューは出前もあり、お客を残したまま、出前に出かけて30分ぐらい平気でも戻ってこないわがままな洋食屋であったが、誰も文句を云わずに待っていた。
評判が評判を呼んで、あるビルのオーナーが目を付けて新築ビルの1階に出店を要請して50席の洋食屋を華々しく開店させた。
常連客には開店のハガキが届き、お祝いを兼ねて喜んで足を運んだ。
いつしか、誰もが認めた、あの美味しい味は影を潜めていた。
半年も続かず・・・閉店した。

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