蕎麦

おしぼりを食べる

20数年前になるか、戸倉上山田温泉に住む先輩から新築祝に呼ばれたことがあった。
その時、先輩が笑いながら「今日はこの辺りに名物なんだが、古くから伝わる珍しいものを食べよう!」とあるお店に入った。

座敷に通されキョロキョロと部屋の中を見渡すと「なにこれ!」が貼ってあった。
「おしぼり(小)」「おしぼり(中)」「おしぼり(大)」とあった。

おしぼり?
あのコップに入った水と一緒に出てくる、あの「おしぼり?」と理解に苦しんだ。
笑い話のひとコマである。

知り合いのお母さんがうどんを食べたい!
うどん!か~。脳裏に電球が灯った「おしぼり」が浮かんだのです。

早速、お母さんを乗せて、それじゃうどんを食べに行きましょう。
一路、高速に乗る。

おしぼりと云えば戸倉上山田温泉に割烹「琥珀」があるのですが、あいにくとお休みでした。ネットで「おしぼり」で検索すると、戸倉上山田温泉のお隣の街におしぼり専門として山間の里に「かいぜ」なるお店がヒットした。

この地区で「おしぼり」と云えば同じものだろう!と「かいぜ」に向かうことになった。長野ICを軽井沢方面に流れる。枯れていた冬山は春の息吹で生まれたてのキラキラと輝く産毛のように光っていた。山はみどり鮮やかに移りつつあった。

Kaize

静寂な佇まい「かるぜ」情報誌より

目的の坂城ICを降りると沿道に「かいぜ」の小さな看板が道案内をしてくれた。
狭い幅員であったがのどかな風景が広がる高台に「かいぜ」の店はあった。

民家を改造したような素朴な建物が迎えてくれる。
たくさんの林檎の木に囲まれたお店です。

突然山羊がメェ~と寄ってくる。
うさぎが大きな箱のなかで5羽ほどくつろいでいる。野草がいっぱいでうさぎの餌には困らないだろうな。

眼下に広がる林檎の木を眺めてうどんを食べる。
何と云う贅沢なひとときであろうか。

メニューを見ると、しっかりと「おしぼり」と書いてある。
勝手知ったる「おしぼり」を注文する。
「おしぼり!を並2つ・大盛り1つ」

お母さんが、まさか手を拭くおしぼりじゃないよね。
と笑いを誘う。

お待ちどうさま!やって来ました。
「かいぜ」のおしぼり!

Osibori

お膳の上にはザルに乗った手打ちうどんにミキサーで一気に搾った超辛い大根の汁が入ったどんぶりにお好みで付いてくる味噌・かつお節・ネギの三点セット。

箸で大根の汁が入ったどんぶりを舐めてみる。辛い!(;O;)涙がでる。
大根のどんぶりに辛味調整用?で三点セットの味噌を溶かしながら自分好みの汁にして、手打ちうどんを召し上がる。
これが「おしぼり」の食べ方です。

Mouse

この地方特産のねずみ大根は2~30センチほどで超辛い大根として有名です。
ねずみのように尾っぽがある大根を搾る これで「おしぼり」の出来上がりです。
決して・・・手を拭くおしぼりではないのです(笑)

六卓あるテーブルは満席で、周りのみなさんを眺めてみると赤みがかった顔をされています。辛いのなんの辛いんです。
また辛味を味噌で補うのですが、この味噌が大根の辛さを甘くしているのです。
美味しいんです。

お母さんは、こんな辛いうどんは生まれて初めて食べたわ。
でも美味しかった。
この辛味が癖になるんでしょうか
800円。

のどかな風景を愛でながらおしぼりを頂いてきました。
ごちそうさまです。
帰りは松代に寄って、これも長野の名品柏餅「みそあん」を買ってくる。
小布施では花を5鉢ほど購入するが枯れないように祈るばかりです。

Miso

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立ち食い蕎麦

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寒風が吹きさす中、ホームの番線には、ひっそりと隠れるように立ち食い蕎麦のお店から湯気が立ち上っている。コートの衿を立ててガラガラと立ち食い蕎麦の戸を開けて、おもむろに『天ぷら蕎麦』と声を張り上げ注文の品を告げる。
ポケットに手を入れて握りしめた420円をテーブルの上に置く。
立ち食い蕎麦では決まりきった行動です。

いつ頃からか、立ち食い蕎麦に行くと「天ぷら蕎麦」を注文するようになった。天ぷらが蕎麦の汁にどっぷりと浸かり、良い味を出していると、錯覚しているのかも知れない。出てくるや否や、味見することもなく右手には七味を握りしめ、ハイ!お待ち!と出てきた瞬間に、七味が宙を舞い赤い粉が降り注ぐ。
天ぷらを蕎麦の中に押し込めて、蕎麦を掻きこんで行く。至福のときである。

「天ぷら蕎麦」はいつごろからあるのだろうか・・・。
片岡義男「天麩羅蕎麦はこうして生まれた」に、頷きたくなるようなうんちくが書かれている。

天麩羅。蕎麦。寿司。この三種類の屋台は、江戸の人たちにたいそう好かれ、それゆえに、江戸の食べ物を代表していた。
江戸の橋のたもとには、三つの屋台が軒を並べている。寿司、蕎麦、天麩羅の順に屋台は並んでいる。
夏の終りのきれいに晴れた日の午後やや遅く、この三軒の屋台にひとりずつのお客がいた。
寿司を食べていた男が、天麩羅の香りの誘惑に負け、天麩羅屋に声を掛けた。俺にもひとつ海老のいい奴を揚げてくれと注文した。程なく海老は見事な天麩羅になり、天麩羅屋のおやじが菜箸の先に天麩羅を挟み、蕎麦の屋台越しに寿司の屋台で食べているお客に渡そうとしていた。
その、瞬間に菜箸からポロリと天麩羅が落ちて、出来上がったばかりの蕎麦の中に落としてしまった。

いや~すまねぇ、と菜箸で天麩羅を拾い上げようとすると、先達の蕎麦の客が、かまわねぇよ、どってこたねぇや せっかくだ、ついでに蕎麦と一緒に食っちゃおうと云って、男は天麩羅を蕎麦の汁の中に押し込み、食べてしまった。
おやじ、これは美味いよ これはいけるぜ 江戸中で評判になり、それからと云うもの、蕎麦に天麩羅を入れるのが流行ったと云う。

しかし。
あとがきに・・・。
と、云う説を僕は流布させようとしている。十年前に思いついた説だが、まだ普及していないようだ。とある。
片岡義男は私と同類の妄想癖があるようです。

社会人として東京に出てきた時に小田急下北沢駅の立ち食い蕎麦でコロッケの入った蕎麦を食べたことがある。東京には、こんなに美味しい蕎麦があるんだと感極まったことを覚えている。

そして時はながれ・・・それでも昔のはなし。
山の手沿線に数十店舗の立ち食い蕎麦を経営している会社の若旦那と、私の勤めていた会社で営業経理していたキョンキョン似の彼女は結婚した。玉の輿だったのかな。末席に呼ばれたので出席したが代議士に都知事と大物揃いの出席で場違いを感じた。立ち食い蕎麦って都知事まで呼べるんですね。
ビックリ。

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野尻湖はまだら模様

美味しい蕎麦屋に連れて行ってよ・・・と、一本の電話から始まった。
新そばの美味しい季節になりキノコ博士の異名をとる友人と黒姫で待ち合わせをしてピックアップ。

ウィンドサーフィンで賑わう夏の景色は一変して、野尻湖は冬の装いに向けて準備を進んでいる。湖岸にはワカサギ釣りを目的とした屋形船が、装いも新たに出番を待っている。
秋晴れの野尻湖は風が吹けばカサカサと葉っぱが擦れる音が聞こえる。見渡せば野尻湖を取り囲む森や林は、見事に色とりどりの秋の化粧を施している。野尻湖を周回する湖岸道路は道幅が狭く、対向車が来ると一瞬焦ってしまうほどの危険を感じる。一歩間違えば野尻湖の湖面に吸い込まれる一直線の崖が待っています。

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すでに道路は、楓やモミジの木々から落葉している。交差する車に出会うこともない平日のゆったりとした時間は時間が止まっているかのようで、忘れかけた時間が蘇ってくる。
野尻湖を半周ほど行くと、信濃町・古町方面/長野・牟礼方面の看板に出会います。
湖岸道路を離れると、黄色く色づいた針葉樹がお迎えしてくれます。
黄色のキャンバスを抜ける、忙しかった稲刈りが終わり、刈り取った稲の残骸が整列している。ここの田んぼからできるお米は美味しいのだろうな・・・。
お隣の野尻湖から流れてくる水が美味しいお米の源になっているようにも感じます。

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のどかな陽射しを浴びた部落を通り抜けると目的地である涌井峠にさしかかる。
長野方面から涌井峠を向かうには、千曲川に寄り添うように広がるリンゴの産地で有名な豊田村から狭い道を延々と登ってくる。
涌井峠には、峠の蕎麦屋として三軒の蕎麦屋が競っている。
その中でも、峠の道から、さらに一車線ほどの枝分かれした狭い道を右折する。大きく右カーブした奥まった場所に、涌井せんたーはある。峠の道路からは所在を確認することはできない。

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平日の1時30分。
眼下には豊田村が一望できる人気の蕎麦屋さんの駐車場は危険と隣り合わせです。
駐車場は崖に沿って線が引かれているが、車止めのブロックが置いてある訳でもないので勢い余って、止めようとすると真っ逆さまに落ちていくことになる。
・・・雪が降るときは、より慎重に止めないと危険が倍増する。
20台ほど駐車できる駐車スペースは12台ほど止まっている。混み合う昼の時間はとうに過ぎているのに、それでもこれほどの人がお見えになっている。

峠の蕎麦屋で美味しい店があると聞かされたのは15~6年前であったろうか
行きつけの床屋の主人がキノコを採りに行った帰りに寄る蕎麦屋は美味しいよ!
を、耳にして行くようになった。
噂にたがわず美味しかった。
近年は、口コミより素早い情報のインターネットのおかげで、美味しいとの評判が広がり日曜ともなると押すな押すなの大盛況を目の当たりにした。
美味しい蕎麦も、余りの忙しさに美味しさが失われて行くのは道理で、美味しさの原点である汁が水っぽくなり蕎麦の風味を殺していた。
それでも、行けば待ち時間が起きるほどの混雑ぶりだった。
日曜に行くのは止めようと。

15年前の蕎麦の美味しさが戻っているのか、楽しみです。
待つこと8分ほど。蕎麦の待ち時間としては適度な待ち時間です。
蕎麦としては、いま流行の極細麺でない、そば粉100%の田舎蕎麦で腰のある太麺です。
美味しかった。
汁も最後の一滴まで、しっかりと味が安定している。
健康のみなもとそば湯も、適度な白濁で美味しかった。

次もまた、平日に来ることにしよう。

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あの味は、どこに行ったのか・・・

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新そばに少し早いが、秋晴れに誘われて峠のそば屋を目指した。
畦に区切られた田んぼは、いちめん黄金色に輝きまるで黄金郷のようです。一部では刈り取りが始まり田んぼには六条刈りのコンバインが稲穂のひとつひとつを 大量に抱え込み丁寧に刈り取っている。自動化されひとりで刈り取りが出来るなんて、20年前・30年前の稲刈りで誰が想像したであろうか。
峠に向かう街道には色とりどりのコスモスが咲き乱れ、道行く人を和ませている。

新そばが出回る10月には、まだ早いので、さほどの混みはないだろうとタカを括っていた。目指す峠には3軒の手打ちそば屋があり、そのうちの2軒は道路沿いにあり嫌でも看板が目に付くが、この2軒のそば屋に車が止まっているのを見たことがない。目指すそば屋ではない。
峠を下ると、道路沿いにあるそば屋に異変が起きている。いつもならガランとした駐車場にたくさんの車やバイクがところ狭しと置かれている。
主人が代わり、美味くなったのであろうか・・・。
少し、アクセルを吹かし、道路沿いから横道に入り1車線ほどの狭い道を入ると目的のそば屋にたどり着く。
愕然となった。
3~40台は駐車できる駐車場は隙間もないほどに車が整列している。
一瞬、入るのを止めようかと思ったが暖簾をくぐった。

ここは、知る人ぞ知る、蕎麦通が通う稀代のそば屋であった。

インターネットの創世記と云われた13~4年前は光はもちろん、ケーブルもADSLもなく一般の電話回線を利用したテレホーダイが主流で深夜に接続をして インターネットを楽しんでいた頃に、パソコン通信のフォーラムで旨いそば屋の話題で盛り上がった。その中で、蕎麦好きが一度は行きたい、食べたいと涙なが らに訴えた幻のそば屋が、この峠のそば屋であった。
信州にある峠のそば屋です。雪が降り積もり、吹雪の中でも行列をなしたと云われる峠のそば屋。当時は4人掛けのテーブルが5卓ほどあり、ざる蕎麦を注文す るとひとつの大きな篭にドンと盛って出てくる。豪快なざる蕎麦だった。一度は行って見たいと云わしめたこの店で食べた事はネットの中では自慢できる蕎麦通 の誇りであった。

今では人気が人気を呼び、狭かった店内も増改築を繰り返し、すべての部屋を開放すると100人ぐらいが入っても楽に座れる。しかし、美味しいと云われた当時の味は、人気の波に揉まれて何処かに行ってしまったようです。
蕎麦の味が失われていくのを見るのは忍びないです。それでも、美味しさが戻っているかも知れないと、思い出したように山奥の峠まで来るが、1時間も待たされ、ガッカリして帰ることになる。
味が落ちるのは悲しい。
二度と来ないと、思いつつも、いつしか期待して来てしまう
あの絶妙な当時の味はどこに行ったのか・・・。
それでも、満席になる。私の舌が衰えたのかも知れない。

数年前に、5人座れば一杯のカウンターだけの手作り洋食屋があった。
それこそ、隠れ家的存在でいつも行列を作っていた。人気メニューは出前もあり、お客を残したまま、出前に出かけて30分ぐらい平気でも戻ってこないわがままな洋食屋であったが、誰も文句を云わずに待っていた。
評判が評判を呼んで、あるビルのオーナーが目を付けて新築ビルの1階に出店を要請して50席の洋食屋を華々しく開店させた。
常連客には開店のハガキが届き、お祝いを兼ねて喜んで足を運んだ。
いつしか、誰もが認めた、あの美味しい味は影を潜めていた。
半年も続かず・・・閉店した。

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