銭湯気分で
初秋より晩夏の響きが好きです。
今年の夏は、梅雨が明けずにシトシトと湿気の多い日々が続いた。
八月に入ると遅い梅雨が明けましたが、すぐに赤とんぼが待つ旧暦のお盆を迎えて里帰りが始まります。流行の走りとして何事も先に先にと進むファッションの世界には晩夏の定義があります。夏素材を使い秋色で秋のデザインと決まっているようです。晩夏は秋冬を占うファッションのパイロットなのです。
そんな郷愁に誘われる晩夏はやって来ませんでした。
いっきに二段跳び、三段跳びして秋がやってきた感じです。
人肌恋しい秋の深まりのようです。
車に乗って2~3分。1500メートルから汲みだされる掛け流し天然温泉は、まるで銭湯のように肩にタオルを掛けて下駄履きでお見えになる、そんな雰囲気のある温泉があります。
390円の入湯料で中に入ると、高い天井に向って湯気が立ちのぼっている。温度調節のダイヤルが壊れているのでしょうか、いつ来てもお湯が熱い。
汗をかいた夏場に来ると湯船に入るには気合と勇気がいります。まるで罰ゲームで熱湯地獄のクジを引いたようです。
湯舟の縁に座って足だけ入れている方を良く見かけます。
それほどに熱いのです。しかし、肌寒さを感じる秋の季節になると、この温度が気持が良いですね。鼻歌でもでそうな良い湯加減です。
カランには流しっ放しの温泉が出るシャワーが付いていてありがたい。そんな贅沢な温泉であっても使うつどにシャワーを止めてしまう、典型的な小市民の姿があります。
銭湯といえば
独身寮を追い出された私は大手出版社に勤める幼馴染が住む6畳一間のアパートを借りた。風呂の設備がなくて、近くの銭湯に通った。閑静な住宅地にある、このアパートには、ある芸能人の卵も住んでいて顔を合わせれば挨拶だけはした。気がつけば夜な夜な現れるどこぞの紳士がエスコートしていた。
同じ1階に住む幼馴染の友人と洗面器を抱えて銭湯に向うのを日課にしていた。
銭湯の暖簾をくぐり、いの1番、ろの2番、はの3番と、いろはで書かれた木札がロッカー番号となり情緒溢れる下町の銭湯そのものです。
湯舟の上には富士山の絵が大きく描かれ、あたかも富士五湖に浸かっているようで、タオルを頭に乗せて汗をかきかき顔を真っ赤にして呻っている地元の方は鼻歌も上手かった。
番台の横には、銭湯の定番とも云うべきフルーツ牛乳が置かれていて、右手を腰にあてがいグググッと飲み干すと幸せを感じたものです。外に出ると温まった体に秋風に吹かれて心地よい。
なぜかしら、銭湯の近くにはおでん屋さんがあるんですね。
必ず寄りました。カウンターだけのおでん屋には頭から湯気をだしている銭湯帰りの人ばかりです。卵に大根、こんにゃく、はんぺん、巾着を多分に頼んだと思います。
なにしろ、おでんと云えば、卵、大根、こんにゃく、はんぺん、巾着をこよなく愛します。
お風呂に酔い酒に酔って、外に出るとアパートの2階に住む可愛い芸能人の卵と連れ立った恰幅の良い紳士が洗面器を持って出会うこともたびたびに。
友人は、恰幅の良い紳士に出会うたびに洗面器を高く掲げ顔が分からぬようにすれ違うのです。顔を知られては拙い何かがあるのです。出世に響きます(笑)
憧れの対象であった芸能人の卵が・・・と妄想を抱いた。




























