映画

憲法記念日にリンカーンを観てきた





映画「リンカーン」を観ました。
第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーン。
くしくも5月3日。「憲法記念日」です。憲法記念日にふさわしい映画です。

奴隷制度の有無を巡って激しく戦った南北戦争で国は疲弊していた。
ブルーの軍服を着た北軍が勝利目前の中、連邦議会では13条修正案の可決を巡って民主党と共和党でしのぎを削っていた。

13条修正案とは

第1節:
奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とする時を除く。
第2節:
議会はこの修正条項を適切な法律によって実行させる権限を有する。
とある。

終世に渡っての奴隷制度の廃止である。
議会は奇しくも奴隷制度に理解を示す民主党は前の年の総選挙で大敗を喫して、修正案の是非を問う議会の閉幕で議員バッジを外すことになっていた。

ただ、南北の話し合いによる戦争終結には南軍の妥協案が示される恐れがあり、戦争終結後の奴隷制度の廃止には、さまざまな問題を抱えていた。そのためにも 戦争が行われているいま奴隷制度の廃止の可決が必要であり、南軍を完膚なき敗北に持って行くにはこれしかなかった。

奴隷制度の廃止条例を可決し、いま奴隷を解放しないと完全な奴隷制度廃止が出来ずに禍根を残 すことを恐れた。

民主党は奴隷制度の廃止は奴隷制度の賛成を旗印としている南軍に刺激を与え、戦争が長引くのではないかと修正案に反対する。

しかし可決に必要な3分の2には20票足りない。
あの手この手で激しく根回しが続く。
「何人も法のもとでは平等である」と発言した議員に議場はざわめく

様々な駆け引きと知略で議員辞めることになる民主党の議員に、その後の仕事の斡旋を行ったり、人間としての平等を訴えたりする。

戦争終結の妥協案を持って南軍の代表が北軍の司令部にやって来た。
リンカーンはすぐに会うと議会の反発を買う恐れがあり思慮するリンカーン。
すぐにワシントンに連れて来ないで、とある場所に連れて行って逗留させることを指示するために電報を打つ。

打電する技師に、思いもよらない古代ギリシャの哲学者ユークリッドの話をする。
ユークリッドの公理について

「同じものに等しいものは互いに等しいとしている。これはすべてのことに当てはまる。
自明の理だ。はじまりは全て等しかった。それが調和であり、和平であり、そして正義だよ。」
と、云うことは人間も同じだ。人間である以上、黒人であろうが、白人であろうが平等でないといけない。
と説明している。

「いや~ビックリしたな。学生の頃に講義を受けた記憶が蘇る」

いままさに日本でも憲法を改定するための96条の可決条項を現行3分の2以上から過半数に改定するための戦いが火蓋を切っている。第9条「戦争の放棄」の中にある集団自衛権である憲法9条第2項の削除を目的としている。

過半数にすると、仮に社民党や共産党、生活の党などが政権を獲った時に簡単に憲法を改定することが可能になったり軍国主義になったりするのではと

はははは・・・
まるで童話に出てくる笑い話のようです。
何時の世も、天の邪鬼となり、自分の発言が埋没しないように重箱の隅を楊枝で突っつくような意趣返しの人間はいるものである。
戯言とはこのようなことを平然とうそぶく人を云うのであろう。
取り巻く環境を考えろよと云いたくなる
日本人の国を愛する大和魂を舐めて困る

私は賛成である。
島国日本を取り巻く安全は失われて行っている。敗戦直後の国民が失意している時に
竹島を憎っくき李承晩に線引されてしまった。日本の領土である竹島近海に漁にでた船を拿捕して平然とうそぶいていた李承晩であり韓国政府である。
敗戦のショックを利用した図々しいにも程がある韓国である。事あるごとに竹島は自分の領土だと花火を打ち上げ「嘘も100回云えば本当になる・・・」そう、思っているのであろうか

支那もそうです。
海底調査で天然資源が眠っていることがわかると同じ大陸棚にある尖閣諸島を
我が国の領土だと言い始めた。
他人の物は自分の物、自分の物は自分の物。
自分さえ良ければ、目の前で人が殺されても平然としている
これが支那の思想でしょうか

まぁ、支那の歴史書である三国志も殺戮を繰り返した虐殺の歴史でもあり高飛車な態度はいまに始まった訳ではない。

リンカーンの喜怒哀楽が散りばめられ
リンカーンの深謀遠慮の思いが、西郷隆盛が行った江戸城の無血開城とダブって映った。せごどんって偉いな。

アメリカ人の好きな「リンカーン大統領」と「ケネディ大統領」
ケネディ大統領の就任に於ける演説は英語の勉強として良く聞いた。
良い映画でした。★★★★★。

 

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昭和38年。コクリコ坂から

コクリコ坂からを見てきた。
1963年(昭和38年)が時代背景となっているので同世代の映画となる。
懐かしい気持ちで思いが募る。

1963年 昭和38年と云えば、国内では吉展ちゃん誘拐殺人事件があり、世界的にはケネディ大統領の暗殺がある。私はと云うと、16歳。寺子屋の高等科1年に在籍し、タコ部屋とも呼ばれた座敷牢で生活をしていた。
TVも新聞も身の回りになかったのでニュースなどは、音楽を聴くために買ってもらった小さなトランジスタラジオが社会との接点だった。・・・が、学生にニュースは不得手の分野でリアルタイムに知ることはなかった。エッ!そんな事件あったの?と、気がつくのは映画館で見るニュース映像だった。

・・・学生の分際で学業以外に興味を持つな!と、云うのが寺子屋の方針だったのか、どうか。さして、面白くない授業を受けていた。

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コクリコ坂から

場所は横浜周辺の港町。
高校に通いながらコクリコ坂の丘の上にある下宿・コクリコ荘を切り盛りする海(16歳)は、毎朝、庭に出ては海を航行する船舶に知らせる信号旗(安全な航行を祈る)を揚げていた。海難事故で亡くなった父への想いが信号旗を揚げる日課となっている。

高校では、ある問題で紛糾していた。文化部の部室が入っている三階建ての建物(通称:カルチェラタン)が取り壊しの運命にあり、反対する文化部の運動に海は巻き込まれていく。
海の運命を左右することになる新聞部の一つ上の先輩・俊と出会う。
下宿の朝夕の賄いを一手に引き受けていた海は目茶苦茶忙しいのに、カルチェラタンの騒動に興味を持ち新聞のガリ版を手伝うことになる。

下宿人の医者が引っ越しすることになり送別会が行われた。カルチェラタン騒動の渦中にある先輩・俊も駆けつけてきた。海は俊に明治以来、大事に守ってきたコクリコ荘を案内する。その時に・・・亡くなった父親の写真を俊に見せる。
海と俊が、淡くも切ない心の葛藤が生まれていく。

余談:
カルチェラタンなんて・・・この時代に、まぁ、なんて先進的でハイカラな響きでしょう 薩摩には決して入ってこない文化です。社会人になってはじめてフランスに乗り込みカルチェ・ラタンの周辺を散策したことがありますが、見るものすべてに感激やら感動の雄叫びを上げて、何故にフランス人で生まれてこなかったのか!と・・・。

昭和39年。東京オリンピックを控え高度経済成長で街中に活気が広がっている。車の往来が激しく、人々が忙しく動きまわる、まるで毎日がお祭り騒ぎ。
ラジオやらテレビから坂本九「上を向いて歩こう」が聞こえてくる。

ハイカラなカルチェラタンの部員たちは、ニーチェやサルトルを座右の書として信奉し、激論を繰り返したのでしょうか
アニメの中で見せてくれるカルチェラタンでうごめく学生たちの夢が詰まり、細部に渡り色や小道具までもが細かい筆致で描かれている。見事ですね。昭和38年が映しだされます。

カルチェラタンでは、自己主張で自由主義の彼たちが闊歩した足あとには散らかしたゴミやホコリが文化のひとつとして刻まれる。

主人公の「海(うみ)」は、映画の中ではメルと呼ばれる。名前は「海(うみ)」なのに、全編を通じて海とは呼ばれず、メルと呼ばれる。いつのまに海からメルに変わったかと不思議だったが・・・何故メルと呼ばれるのかの説明は一切ないが、フランスの文化を取り入れたカルチェラタンの流れでフランス語のラ・メール(海)からきた愛称なのかと、後で思った。分かる人だけ分かれば良い!と、愛称の説明を端折った監督の思い上がった手法だったのかな。

そして、映画ではメルこと海と俊の純愛はどうなっていくのでしょうか・・・ 初恋は成就するのでしょうか。

純愛と云えば、この年にセンセーショナルな本が発売になった。
マコとミコの「愛と死をみつめて」が評判になり、学校でも話題になり貸本屋で借りて読んだ。そして、人目もはばからず目は涙で膨れ上がった。
硬派?で防衛大志望の私は胸を打たれ、ミコの進んだ学校に行きたい・・・と、一気に志望校が同志社に変わった。(寺子屋では同志社と中央大の志望が増えたと噂が広がった)

「愛と死をみつめて」を読んで、いまでも憶えている句がある。

三年(みととせ)に 育て守りし この愛を 何処に埋めん 愛のすべてを


コクリコ坂からは、ジブリのアニメなのでアニメファンが多いかなと思っていたら
いやはや、同世代のご夫婦がたくさんお見えになっていた(笑)

独断と偏見で宮崎アニメのベストファイブをあげると
1:風の谷のナウシカ
2:魔女の宅急便
3:千と千尋の神隠し
4:となりのトトロ
5:天空の城ラピュタ

で、魔女の宅急便は10回以上観た。
まるでアニメおたくのチョイ悪おやじです。

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HEREAFTER(死後の世界はあるのか)

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ヒアアフター(来世)に向けて、離れた三つの場所で物語は進んでいく。

パリでは有名なジャーナリストのマリーは不倫関係にあるTVプロデューサーと東南アジアに旅行する。旅行先で大津波に襲われ、水中に飲み込まれる。その際、水中でもがいているときに生死を彷徨い臨死体験をする。津波のシーンは死を想像させる。

ロンドンに住むマーカスは双子の弟。ヤクの中毒となった母を助けながら生活をするが、不良に絡まれ逃げる途中に交通事故に巻き込まれ兄は亡くなる。何かにつけ頼りにしていた兄が目の前から消えたことで弟は嘆き悲しむ。兄との再会を願うあまり降霊会に出席したりする。

サンフランシスコに住むジョージは霊能者(ミディアム)として亡くなった方のメッセージを伝え、人助けをしてきた。人の悲しみが我が身に覆い被さり、精神的にも肉体的にも限界となり霊能は呪い!だと霊能としての能力を閉ざしてしまう。
しかし、相手の手に触れると霊言が伝わってくる。
心霊研究ではバイブルとまで云われる「シルバー・バーチの霊訓」ほどの能力を持っているのであろうか。

ジャーナリストのマリーは人生観が変わり変人扱いされるが、体験を執筆することが生きる糧となる。マーカスは、薬物中毒の母との生活を引き裂かれ里親の元に預けられるが、兄に逢いたくて、あらゆる霊能者を尋ねるが本物はいなかった。
心霊のサイトをネットサーフィンしているときに、更新されていない古びた霊能者のホームページを見つけた。ジョージのホームページだった。

ジョージは、霊能者(ミディアム)としての生活に見切りをつけて工場で働く、そして料理教室に通い普通の生活に戻ろうと努力をする。料理教室で出会った彼女の手に触れ彼女の過去を見てしまう。彼女にとって何がなんでも隠さなくては、いけない過去だった。

双子の弟マーカスは電車に乗ろうと急いで改札口を抜けると、大事な宝物である兄の帽子が飛ばされて人ごみの中に転々として、乗り遅れてしまった。
マーカスを置いて出発してしまった電車がテロの標的になり爆発する。
マーカスは九死に一生の運命が働く。

マーカスは、ホームページで出会ったジョージに偶然会う。これも運命で守護霊が働くのでしょうか。
ジョージとの面会を断られるが寒さに震えながら立ち尽くしジョージに面会を求める。
マーカスもまた、ジョージの心が読めるのであった。亡くなったマーカスの兄が守護霊となって、マーカスの明日を導いているようだ。

遠く離れた場所での出来事が一本の糸となりロンドン・ブックフェアで繋がってくる。

これだけ書けば・・・
観たくなるでしょうね
死後の世界を信じる方は、筋書きが手に取るように分かり理解できる。
心霊(スピリチュアリズム)は絵空事ではない。あなたを護っている世界でもあります。

主人公のマット・デイモンは良いですね。
好きなトム・ハンクスに似てきたように思うのは私だけかな。

我が家の年老いた愛猫「姫」は、誰もいない天井に向かって鳴きます。それも追い出すように・・・。
貧乏神でも見えるのでしょうか。

臨死体験。
ごく身近な友人が十数年前に起こした交通事故。750のオートバイに跨り時速120キロで走行中に、信号無視で飛び出してきたダンプカーに激突した。
見ていた誰しもが即死したと思った。救急車が来たときはほとんど無呼吸の状態だった。
それでも、まだ眼孔が開いてなく一縷の望みがあったので救急車で運ばれた。

本人は、救急車の天井から全身真っ赤に血に染まった自分を眺めていたようです。
集中治療室で横たわっている時も、天井から酸素マイクを付けられ、管が喉や鼻に付けられているが良く分かった。そして何よりも痛みが全然なかったと云います。
家族や友人がベッドの横に駆けつけて「オイ!死ぬなよ!」と、声を掛けているのが聞こえてくる。
こちらから呼び返しても誰も気がつかない。
そのうちに、天井が明るくなり、天井が開いて青空が見えてきた。
あ~このまま死んでいくんだな・・・と、思った。
みんなに「ごめんね。別れの挨拶もできなくて・・・」と、思ったと云います。

もう、お別れかなと思ったときに、遠くから、チリンチリンと鈴の音が聞こえ、誰かが南妙法蓮華経・南妙法蓮華経とお経を唱える声が聞こえてきて、お経がだんだんと大きくなってきた。
そして、お経を読んでいるのが、バアチャンだ!と、思った瞬間に意識が戻り、生き返ったそうです。
生き返ったときは、そりゃ、激痛が走り死ぬかと思ったと笑い話のように話してくれた。

生死を彷徨った彼は
それ以来、二度とバイクには乗っていないそうです。

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武士の家計簿・・・★ひとつ。

プリンターの出力を修復したお礼に映画のチケットをいただいた。
切った張ったのない時代劇。

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武士の家計簿

江戸時代末期、加賀藩の「御算用者」猪山家の話、家禄のない下級武士である。しかし、下級武士と云えども召使いを抱えたれっきとした武士である。
加賀藩は、いまで云う大会社で経理課に勤めるエリートサラリーマンの端くれである猪山家は代々続く。

実のところ猪山家は、武士としての振る舞いや面子を重んじた結果が、家は火の車で見栄と体面で取り繕ってきた生活の基盤が崩れそうになっている。
そんな猪山家にソロバンを握って生まれてきたような、ソロバンの天才猪山直之が猪山家が背負っている膨大な借金を借金返済に向けての猪山家緊縮財政行動表が作成され!ありとあらゆる金目のものの目録が記録された。猪山家に伝わる代々の品の数々、思い出の着物の一切合切は、反対意見を無視して売却される。
お金の有難さを教える映画だったのか・・・な。

そんな話である。

冒頭は・・・

時代が変わろうとした維新前夜の戦いに出兵した猪山直之の長男猪山成之が、ソロバン上手が認められ明治政府の主計に抜擢されるその長男猪山成之の回想からはじまる。同じ回想でも「たそがれ清兵衛」の冒頭に岸恵子が思いを馳せるシーンがあるが、回想シーンは手法なんだな。

話の筋としては、面白いと思うが、ソロバンご用人である猪山家が三代に渡って加賀藩に会計係としてソロバン片手にお仕えするはなし。しかし、ひとつひとつの展開がボヤけてしまい、すべてが間延びしちゃって、話の展開にメリハリがなく欠伸が出てしまった。

不作で苦しんでいる農民に対して藩が農民に対しておこなった供出米が藩内部の犯行でネコババされていることを猪山直之が突き止める。これは一大事かと思うが、話の落ちもそこまで。
農民一揆の首謀者は捕らえられ、ネコババした同僚は転勤と云う結末で一件落着がナレーションで終わってしまった。
あれ~!、なんだそれでお終いのはなしなんだ!
農民一揆とか、米騒動に関わる勘定の一部始終が出てくるのかと思いきや・・・さてと次の展開へ移る。

リサイクル屋との話では、借金のかたに売り払った現金で、今すぐにでも借金を4割ほど現金で払うから、残りの借金は金利なしの10年払いなどと計算高い一面を発揮し、家族にもお金の大事さを、追求してつとに厳しく当たる。

なるほどと・・・思わせるが、話の展開が軽いんだな 制約された時間内にすべてのパーツを詰め込もうとした凡作。脚本のミスだとおもう。

それにしても、映画の主人公である猪山直之役の堺雅人は、個人的な意見を云わせてもらうと
よくよくカツラが似合わない。まるで七福神の福禄寿のような額が剥げて・・・長いの何の・・・長いんです。目から頭の天辺まで30センチはあろうかと、ひとり笑ってしまった。

江戸時代で金欠になり財政を立て直す話はやまほどある。

その中でも、
記憶に残っているのは、薩摩藩の勘定方であった調所才之助は、浪速の豪商鴻池あたりから500万両という途方もない借金をしていたが、借金棒引きの交渉に乗り出し、島津藩の威光を盾に100年返済と云う途方もない返済方法を飲ませたとある。
島津斉彬が外国から買い付けた大砲やら船が、借金を膨らませたと云われるが。
それでも、このことで明治政府が出来たのであれば100年返済も効力があったと云うべきだろう。

イザヤ・ベンダサン著「日本人とユダヤ人」は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し300万部を超えた大ベストセラー。この書の中に出てくるのが、佐久間象山のいた松代藩。破産寸前の松代藩を救った若き家老恩田杢民親の話。

思い切った財政の指針を打ち出し、励行させる。
これは、日暮硯に詳しく書かれている。
自分に厳しく、そして家族にも厳しさを教え、民衆にはまじめに働くものを優遇する。

いまの日本の財務省の大臣になってほしいと思うが・・・
とくに、日本経済の建て直しには、恩田杢民親が出てきて欲しいな。

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映画「オーケストラ」に笑みがこぼれる

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この映画は、昨年フランスで公開され映画館に行列が出来たと云うが、日本では大々的に公開されていないようです。越後の地でも、わが町だけ封切されている。クラシックに縁のないわたしは居眠りでもできるかな・・・と、飛び込んだ。

プロローグはモーツァルト「ピアノ協奏曲21番 第二楽章」からはじまった。
ボリショイ管弦楽団の本拠地ボリショイ劇場で掃除を担当しているアンドレイ・フィルポフは、聴きながら夢の中でタクトを振っていた。
そう、彼は30年前、ボリショイ管弦楽団でマエストロとして名を馳せていた。

アンドレイが掃除の最中に1通のfaxを受信した。何気なくfaxを見てビックリする。
faxは、フランス パリ・シャトレ座の支配人から予定されていたロサンゼルス管弦楽団が中止になり穴があいたので公演して欲しい・・・と、云った公演依頼のfaxだった。

アンドレイは、ある考えが浮かんだ。受信記録を削除してさっそうと劇場を後にする。

アンドレイは30年前はボリショイ管弦楽団の天才指揮者としてオーケストラを率いていた。時は共産主義が権勢を誇っていた時代に満員の観衆を前にチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」を演奏中に、ユダヤ人を匿った罪で、時の権力者ブレジネフの逆鱗に触れ幕が降ろされた。そして管弦楽団員全員が解雇となりバラバラになった。
幕を下ろしたのは、ボリショイ劇場の支配人ヴァレリー・バリノフ。30年経ったいまでもバリバリの共産主義で、ロシアがまたいつの日か共産主義国家になることを夢見ている。
しかし、ヴァレリー・バリノフはマネージャーとしての交渉役としては天下一品。
さっそくに、ヴァレリー・バリノフを口説き、偽のボリショイ管弦楽団を作りパリ・シャトレ座公演の条件を有利にしようとパリ・シャトレ座の支配人と交渉させる。

余談・・・。
ヴァレリー・バリノフとパリ・シャトレ座の支配人とはロシア語で交渉される。力強く激しく交渉するロシア語を聞くと、まるで大喧嘩です。
これじゃ、北方領土の返還要求でロシア人と交渉しても日本人の日本語では負けますね。
ロシア語は頭の上から押さえつけるような言葉でひるみます。
フルシチョフ時代のロシアの外相グロムイコは、国連でもどこでも日本の要求に対してすべてに「ニエット!」すべて拒否!なんですね。

薩摩での寺子屋時代に「ニエット!」が、はやりに流行って・・・なんでもニエット!と。


アンドレイは劇場の掃除夫をしているが、嫁さんのイリーナは人集めの天才。
デモ行進とか共産主義の集会などで必要な人足(注:さくら)を集めるのが得意です。得た収入で村に家を買うのを夢見ている。時には結婚式に1000人集めて欲しいと依頼も来る。
そんな嫁さんが、夫アンドレイに「あなた!パリに行かなかったら離婚するわよ!」と、けしかける。

バラバラになった元楽団員を口説いてパリに向かう。偽のパスポートに偽のビザを作ってパリに乗り込むが、自由を得た元劇団員は籠から解き放された鳥のように自由を謳歌する。演奏なんてどうでも良いんです。

30年の時を経て望む演目は、ブレジネフによって中断させられたチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」。チャイコフスキーはロシアが生んだ天才作曲家でチャイコフスキーを外すことはできない。
オーケストラでは、だいたいが交響曲かオペラを演奏するのが普通だが、「ヴァイオリン協奏曲」を選んだところに、この映画の伏線が敷かれている。

ソリストとしてアンヌ・マリー・ジャケを指名する。当代きってのソリストです。過去の名声で耳に聞こえし天才指揮者からご指名で喜ぶが・・・チャイコフスキーを弾いたことがない。
リハーサルに出かけたマリー・ジャケが見たものは、誰もいないステージだった。リハーサルなしのオーケストラなんです。

消沈したマリー・ジャケは出演をキャンセルするが、ある言葉に舞台に立つことになる。
それは、コンサートの最後に両親に会えるかも・・・。
彼女は両親を知らないで育てられたんです。育てたのはマネージャーでもあるギレーヌ。 ギレーヌとアンドレイとはボリショイの仲間で秘密の隠し事を共有しているんです。

チャイコフスキーを弾いたことのないマリー・ジャケに一枚の楽譜が届けられます。
それは、ブレジネフによって幕を降ろされた時に演奏していたチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」のソリスト レアの注釈付きが入った楽譜。
レアはユダヤ人として捕えられ迫害されたうえに抑留され亡くなった。
レアは、捕まる前に赤ちゃんをギレーヌに託した。マリー・ジャケはレアの忘れ形見なんで、アンドレイはマリー・ジャケのいままでを知っていたんです。

レアのために戻れ!の声に、リハーサルもしない楽団員は戻ってきた。
そしてチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」がはじまる。
みごとな演奏にスタンディングオベーションが長く鳴り響く。

全編を通じて26作品ものクラシックがBGMで流れる。

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十三人の刺客は葉隠か・・・

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封切の初日に待望の「13人の刺客」を観てきた。

いつの世も、独裁政治の君主ともなると欲求が昇華する。庶民を下僕として扱い、残虐な殺しに笑みを浮かべ。女とみれば、性の愛玩とし慰み者にする。だれ構わずに。
反逆者がいれば、家族はもちろん一族郎党をなぶり殺し殺戮の限りを尽くす。

あなたの家族が・・・あなたの子どもが・・・、しかし逃げ出したい独裁政治と云えども忠義がすべての世の中。噂に聞く北朝鮮の人々は同じ運命であろうか。

映画の展開は・・・
明石藩主松平斉韶(なりつぐ)は将軍の弟であることを笠に着て傍若無人の振る舞いをする。しかも兄の将軍は斉韶を次の老中に抜擢しようとする。家臣は逆らえない・・・忠義がすべてだから。
忠義に背くと家族は「みなごろし」となる。しかし、斉韶が幕府の老中になったら平定の世はなくなる。

密かに老中に呼び出された旗本島田新左衛門は老中土井年位の命を受けて藩主松平斉韶の暗殺を計画する。死を覚悟した仲間は13人。秘策が練られた。
暴君藩主斉韶を武士として忠義に命を賭けるのは島田新左エ門の友でありながら敵となる鬼頭半兵衛が立ちふさがる。

参勤交代で300人を超す大行列は江戸を出発した。
新左エ門と半兵衛との駆け引きが始まる。通行止めがあったり、半兵衛の手下が待ち伏せしたりで緊迫した様子が刻々と伝わってくる。
新左エ門は賭けに出る。
中山道落合宿を宿を丸ごと借り上げ、いたる所に迷路となる仕掛けを作り要塞を作り上げた。300人対13人の壮絶な戦いが待ち受ける。
明石藩城下に平穏な日々は来るのであろうか

この落合宿に来るかも知れない・・・が、来ないかも知れない。
不安の時間が過ぎていく。
ついにその時はやってきた。要塞と化した落合宿は血と血を争う修羅場となっていく。

原作では13人目の刺客は、この落合宿で働く木賀小弥太になっているが、劇中では山に棲む山猿みたいなイケメンが加わっている。サーカスのような奇想天外な働きをする。
まるで漫画のように

新左エ門の甥新六郎は旗本の三男坊で剣術の遣い手であると同時に遊び人である
遊女と一緒に暮らしている。
新左エ門の話に惹かれて参加することを決めた時に、遊女小ゑんとこんな話をする。

新六郎「小ゑん、しばらく留守にする」
小ゑん「いつ、お戻りになるんですか?」
新六郎「早ければひと月ほどで、遅くなるかも知れない」
    「遅ければお盆に帰ってくる」
    「その時は、迎え火を焚いて待っていてくれ」

死に様を意識した会話であった。

戦いの終わりは、あらん限りの暴虐を繰り返した明石藩藩主斉韶は首を撥ねられる。
新左エ門もまた・・・命と引き換えの戦いは終わる。

映画は原作とは、まったく違う展開であるが・・・
数々の仕掛けが迫ってきて落合宿の攻防は固唾を呑み、殺陣の素晴らしさがふんだんに出ていたが、暴君斉韶を守る半兵衛と新左エ門が対峙した場面から少し雑になった。

最後の決闘!斉韶・半兵衛・新左エ門と役者が揃った最高の場面であったが、台詞も単調になり殺陣も見劣りした。鬼のような形相が欲しいところで迫力が失われ、尻つぼみになったのは、惜しい展開であった。
100点満点で75点でしょうか。

漫画であるが森秀樹が描くところのビッグコミック増刊号に描かれた十三人の刺客と比べると映像だけにもう少し迫力が欲しかった。が、ただ命を賭ける13人の刺客は『武士と云うは死ぬことと見つけたり』まさしく葉隠の精神であった。

新左エ門役は忠臣蔵の大石内蔵助に匹敵するような野太い声を期待したが、役所広司の少し高めの声は命を賭けるには迫力に乏しい。倉永左平太役の松方弘樹は良い役どころであったが遠山金さんの殺陣と同じだった。TVの見過ぎであろうか。
殿の残虐な行状を訴えて切腹した間宮図書役の内野聖陽の鬼気迫るシーンは良かった。

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オーシャンズ

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話題のオーシャンズを観て来た。
こどもを引き連れた家族連れや、ご夫婦が肩を並べてゾロゾロと
八分ほどの入りでしょうか

母なる海の生き物について迫力ある映像が迫ってくる。
海は突如として怒り狂って飛沫をあげて襲ってくるが、海の中は静かな世界が広がる

古代からの生き残り、ウミイグアナが、何か語りかけるように泳いでいく。
海としての宇宙の謎解きが始まります。

イルカが群れをなして飛ぶように泳いでいきます
行き着く先には、数万匹はいると思われるイワシの大群がいる。
イルカはイワシの群れに突撃する
海の上では、数千羽の水鳥たちが海面に上がってくるイワシを待ちうけ飛び込む
熾烈な戦いを繰り広げている
逃げ惑うイワシに勝ちはありません ただただ逃げる、弱いものはいつの世も逃げるだけ。

ウミガメが孵化して海に向かって生き延びようとするが、孵化を待ちかねたように
グンカンドリが襲ってくる
生存を賭けた弱肉強食の世界。

鯨の生態、オットセイのこどもを狙うシャチの攻撃
南極ではペンギンやセイウチの生態を追いかける セイウチの子どもを抱きかかえる母親の愛情には泣ける。
北極では融けていく雪の上で白くまが生き残りを賭ける

Photo

日本では、佐渡に生息するコブダイが映し出された。
コブダイはハーレムを作り、縄張り意識が凄いと 佐渡に行って見たくなります。

半年年ほど前だったか、ローカル放送で佐渡にいるコブダイの特集があって
オーシャンズでの撮影風景をドキュメントとして流していた。
この時に、上映が決まったら観たいなと思っていたんです。

しかし、きれいさだけを映し出しているわけではない。
この映画は海の生き物を通して、自然界の環境破壊を訴えている。
メッセージムービーなのですが・・・
温暖化で生き物の聖域とされた南極や北極の氷が解けて生態系が失われていく
至るところの海では、定置網が張り巡らされ生き物の自由が奪われていく
ただ、環境に関する演出が過度にあり、日本をターゲットにしていると云われなくもないと感じた。

絶滅品種が多くなり、あと数年で種の保存が途絶えてしまう。
人間の欲望が種を滅ぼしていく
何かを訴えようとするオットセイの愛くるしい目に心は奪われるが
生き物たちの訴えようとする叫び声に人間は耳を塞いでいる。

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2012年。 人類は終りを告げる

地球が崩壊する終末論の映画「2012」を観てきた。
マヤ文明の暦には2012年12月21日を最後に暦が途切れている。
3年後の話ですね。さてとどうなりますか・・・。

2012_21

2012_20

映画は息を飲む圧倒的なシーンが次から次へと襲い掛かります。圧巻です。
コンピュータ・グラフィック(CG)がここまで進化している。CGの最高傑作であろうと思われる。
映画としてのストーリーは家族が翻弄されながらも生き残ると云った、アメリカならではの
家族愛が散りばめられた展開ですが・・・いささか陳腐な内容ではないかと。
特に、いつの世も金持ちだけが情報を得て優遇される。ごくごく普通の国民は知らずに
死んでいくんです。2012年も格差社会の映画でした。

地球崩壊が現実にあるとすれば、正常な磁場が狂いだし人類は将棋倒しのように
連鎖反応が起きてまたたく間に衝撃の渦に巻き込まれていくのでしょうね
生存確率0%でしょうか。
そして、人類の滅亡から5億年ほど経過して、すべてが風化して猿の惑星から始まるのでしょうね
こんどは、輪廻として鎌倉時代に生まれてきて義経の家来となり一緒に戦いたいな・・・。

しかし、映像としては、
全世界が崩壊していく衝撃のシーンが山のようにあり、危機を察して逃げていく大量の鳥たち、噴火する火山と降り注ぐ火山弾、割れる大地、次々と倒壊する高層ビル、あらゆるものを飲み込む超巨大津波、街が水没していく。
そして、エベレストの頂上付近まで津波は押し寄せてくる。
当然のことながら、日本は沈没し海底都市となっていく。

歴史で
アフリカに繋がっていたインドが岩盤の移動によって隆起・沈没を繰り返し、アジアに
激突しその衝撃でエベレストをはじめヒマラヤ山脈を形成した。

そんなことを思っていた。
ストーリーを度外視して、迫力としては最高に見応えのある映画でした。
ただ、街並みが崩れていくシーンなどは阪神淡路大震災を体現されている方には、
心理現象としてのフラッシュバックが起きるかも知れない

地殻変動で思い出すのは小松左京「日本沈没」がある。
まぁ、どっちに転んでも日本は沈没するようです。泳ぎの練習でもしなくちゃ。

家族愛のストーリーとしては  ★★
映像としては  ★★★★★

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沈まぬ太陽

「沈まぬ太陽」を観てきた。
山崎豊子「沈まぬ太陽」を読んでいたので期待に胸が膨らんだ。
小説の中では、激しい人間模様が鋭い描写となって続き、臨場感に溢れ必死に読んだことが昨日のように思い出された。そしてあれほどの長編小説が映画化できるのかと不安が交錯する。
映画は3時間を超えた。途中に10分間の休憩があったが、映画のなかで休憩が挟まったのはベン・ハーを思い出す。

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始まるとすぐに
小説を読んでいない人とか、日航機御巣鷹山の遭難事故をリアルタイムのニュースとして身近に捉えていない人には意味不明のフラッシュバックで悩まされたことでしょう。
御巣鷹山の遭難事故と、労働組合委員長に降りかかる不毛の地への海外赴任と、どう結びつくのか分からない感じがした。

労働組合委員長恩地元(渡辺謙)が団交でスト決行を打ち出したことで要求を勝ち取る。将来を嘱望されていた恩地元は団交で勝ち得た勲章とは逆に人事差別を受け、就航したばかりのパキスタンのカラチを手始めにテヘラン・アフリカのナイロビと続く、ナイロビでは就航できるように政府との交渉に尽力を尽くすが、本社の意向で就航は見送られた。
本社から見放された恩地元はナイロビでの交渉が頓挫して日本に戻ってくる。そして国を揺るがした御巣鷹山の遭難事故に遭遇する。
恩地元は遭難事故で亡くなれた520人にのぼる遺族の方々へお世話係として接していく。
団交時に一緒に行動を共にした行天四郎(三浦友和)は、労組を裏切ることでエリートコースに乗って行く。恩地と行天は会社の行く末を案じながら共に闘ってきたが野望と野心を行天は、次第に権力を求めて政治家との癒着が日常となっていく。

恩田元委員長の下で書記長を務めた八木和夫役の香川照之の演技が光った。
まさに助演男優賞を差し上げたい。これほどまでに映画の質を高めている俳優はいないと思った。

映画「沈まぬ太陽」は、現実として、いままさに国を揺るがす問題となり、輝かしい鶴のマークは窮地に追い込まれた日本航空に過去の清算を求められている。
公開されたことで、国民に日本航空の負の財産としての暗部を曝け出しているようにも感じる。政官癒着の構図が随所に出てくる。

小説の中で広がった人間模様と心の葛藤は・・・残念ながら描かれていなかったように思う。3時間を超える映画であっても、小説の持つ広がりを描くことは難しいようです。全編を通して端折らざる得ない展開となっているようだ。表面だけを駆け足で走り抜けたようで
致し方ないのかも知れない。

日本航空の御巣鷹山の遭難事故は、金属疲労だとか、欠陥箇所の見逃しだとかいろいろと騒がれましたが、本当のところは、みんな有耶無耶に終わってしまったようです。

とある研究会でご一緒する方は、当事者である日航の幾つかある労組のひとつに加入されていた。12年前になるでしょうか、その方から研究会出席の折り、ある写真を見せて頂いた。内密にと云うことでしたが、もう時効でしょう。

その写真は、御巣鷹山に激突する寸前に飛行機の中から後方を写していた。
写真を良く見ると、飛行機に穴が開いている写真だった。
その方曰く
「良くご覧になってください」
「穴が開いている箇所は内側に折れているでしょう・・・」
「外から、何かの衝撃を受けたんですよね」
「中から爆発しての穴だったら、外側に折れるはずですよね」

この写真をどのようにして手に入れて、何を意味するものなのかと聞くのが
憚れた。大体想像はできたが・・・。

仮説が立ててみた。あくまでも個人的見解として。
「民間人を運ぶ飛行機と米軍の戦闘機は軍事優先で飛行高度が決められている」
「当域は米軍の演習区域で、仮想敵機として日航機はロックオンされてしまった」
「演習の米軍機は模擬弾であるはずが、何かの手違いで実弾が込められていた」
「常に自衛隊・米軍を監視している自衛隊のレーダーは日航機と米軍機を追っていた」
「日航機がレーダーから消えたことで色めきたった自衛隊はすぐに行動に移した」
「精鋭を誇る習志野空てい部隊が出動した いままでの遭難事故ですぐにパラシュート部隊が出たことはない」
「遭難現場を目視した空てい部隊は、すぐに落下してある物を探した」それは・・・。

こんな噂も流れていた。
時として、歴史は捻じ曲げられ真実は闇の中に葬られる

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DVD「いつか読書する日」

Photo

2005年の映画「いつか読書する日」について書かれているブログを読んだ。
情けない話であるが、映画音痴の私はこの映画の存在を知らなかった。
国内の映画賞のみならずモントリオール世界映画祭 審査員特別賞を受賞している事も知らなかった。
田中裕子主演の一途な大人の恋ストーリーです。

田中裕子のファンを自認していながら田中裕子の出演作を知らない私は間抜けな似非ファンであることに間違いないです、が、こよなくサントリーオールドをいとしみ日々水割りに溺れているので彼女のはにかんだ笑顔のCMに惚れたのかも知れません。

映画に疎くて寝る暇を惜しんで映画を観ようなどとは思っていない。映画か昼寝かの選択があれば文句なしに昼寝を選んでしまう。
お盆の連休。昼寝を中止して近くのレンタルビデオ店に足を踏み入れる。
邦画コーナーの片隅に「いつか読書する日」は1本だけ並んでいました。
早速に借りようと会員カードを提出すると、「お客さま、期限切れです!」えぇ~そうなの。会員カードは作ったが、いかにレンタルビデオ店に足を運んでいないか分かる。
会員カードの継続料300円と「いつか読書する日」レンタル料金100円の400円を払って外に出る。
すぐに観たかったが、1時30分からは「たかじんのそこまで言って委員会」が控えているので3時までは過激な発言を笑いながら観た。覚せい剤で逮捕された酒井法子が性根が座り落ち着き払った計画的行動との発言に、人は見かけに寄らないことが浮き彫りになったことが収穫だった。

そして
「いつか読書する日」を観た。
狭くて階段ばかりの坂のある長崎の街が舞台です。
両親を亡くし、独身のまま50歳を迎えた大場美奈子は恋をしている心を大事に守り通している。吐露したくなり息苦しくなる事もあるがジッと耐えている。
早朝の牛乳配達と昼間のスーパーのレジ係で生計を立てている。なかでも牛乳配達を生き甲斐とする美奈子は、牛乳を配達する先に心ひそかに思慕している高梨槐多の家がある。
その槐多とは、高校の同級生でお互い初恋の人で淡い付き合いがあった。恋として育んでいた想いも、ある出来事があって一変し疎遠になるが、美奈子は一途に槐多を想って来た。
飲めない牛乳を取っている槐多も美奈子を想う気持はあるが、末期がんに冒されている妻、容子を大事にしようと看病に努めている。
妻の容子は槐多と牛乳を配達している美奈子は、お互いが惹かれあっている事実を理解する、その上で燃え尽きる命を前に槐多と美奈子が付き合うことを懇願する。

美奈子は悶々とする心のうちをラジオ番組に投稿する。
「私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に知られてはならないのです・・・」
容子はこのラジオ番組を聴いて確信する。希う気持は益々強くなっていく。

容子が亡くなり、痴呆老人を探すシーンがあります。
30年以上も同じ地域に住みながらお互いがお互いを想いながらも黙殺してきた二人が出会う瞬間です。「カイタ~~~~!」と叫びます。
離れていた糸が結ばれた瞬間だったようにも思います。

チョット付き合って!と美奈子は槐多を誘います。
お互いが疎遠になった経緯を話し誤解が解けるのです。燃え上がる恋を感じるひとこま
降りしきる雨の中を美奈子の部屋に戻って来ます。堰を切ったように想いがひとつになって行きます。深い心の奥に閉じ込めていた思いの丈をぶつけ合うのです。
「いままでしたかったこと、全部して…」
この愛が永遠に続くと思われた。
美奈子の部屋にあるたくさんの蔵書が愛を確め求め会う二人を静かに見守っています。
★★★を進呈。

美奈子が「カイタ~~~~!」と叫ぶ瞬間は、槐多と云えば村山槐多をおいて他を知りません。気持がダブってしまいました。

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