特産品

インドリンゴ・・・ターバンを巻いたリンゴ?

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信州と云えばリンゴと蕎麦が通り相場でしょうか

働き蜂としてバリバリの丁稚時代に長野のお得意様から戴いたリンゴは蜜いっぱいで
今でも忘れる事が出来ない。
聞いたら「天取りリンゴ」と云われリンゴの木の上の方で実を付け燦燦と輝く太陽を
浴びているリンゴだと云われた。「天取りリンゴ」等と聞いた事なかったので
最高級の呼び名であろうと勝手に解釈をしていた。

九州の片田舎で育った私はリンゴには格別な思いがあります。
リンゴと云えばインドリンゴ!
大きくて今で言えばボケた味・・・しかし甘かったように
どうしてインドリンゴなのか?
そして、毎日が夏のようなインドがリンゴの産地だとは知らなかった。
インドはリンゴが沢山採れていいナァ~と子供心に思っていた。

22歳で東京に出て来て、リンゴのシーズンになってインドリンゴを思い出し
インドリンゴを探しましたがどこを探してもインドリンゴはなかった。
インドリンゴは九州だけに流通しているリンゴだったのか・・・
しかし、それほどリンゴが好きだったわけではなくインドリンゴの事は
頭を過ぎっただけですっかり忘れてしまっていた。
何しろ我が家の縁者にはミカン栽培農家がたくさんいらっしゃいます。
あまりリンゴを褒めるわけにはいきません。

しかし「天取りリンゴ」のフジを食べた時はビックリした
真ん中から切ったリンゴは薄く色が変色していて腐ったリンゴだと思った。
どのリンゴを切ってもベージュ色に変色していた。
インドリンゴしか知らない私は折角戴いたリンゴをゴミ箱に捨てようとして
送って戴いた方に失礼のないような礼状を心配して書き方に悩んでいた。

そんな思いを巡らせている時に付き合っていた彼女が尋ねて来た
「あっ 美味しそうなリンゴ♪」
「みんな真ん中から切ってどうしたの?」
「戴いたんだけど・・・腐っているようだから捨てようかなと」
「エッ 馬鹿じゃないの?」
「この蜜が美味しいんじゃない♪」
「・・・・・・?」

美味しかったです。
こんなリンゴを食べたのは初めてでした。
礼状を書く前に気がついて良かった・・・。

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時は流れ・・・
いつの間にか信州に流れ着きリンゴと共存している。
どこを走ってもリンゴの木が目に付き色づき始めたリンゴは手を伸ばせば
もぎ取れる、それも鈴なりで生っている。
お腹が空いたらそこらへんのリンゴをもぎ取って・・・等と不謹慎な事を思い
描きながらリンゴの木を眺めている。

10月下旬ともなると、リンゴも常に品種改良されて出回っています。
いまでは、ツガル・シナノスイート・秋映・早生フジと十両・前頭・小結が登場しています。 まだ・・・蜜がいっぱい入った大横綱のサンフジは11月中旬に登場でしょうか
それから・・・
その後であるが「天取りリンゴ」と云う言葉に出会うことはなかった
やはり、その農園だけで使われている愛称なのかも知れない。

私の・・・
仕事を手伝ってくれた若いK君の家はリンゴ果樹園の長男だったので
実験をしてもらった事があります。
リンゴのイチゴ味が無性に食べたくなり色づき始めたリンゴに
イチゴ・メロン・パインのエキスをそれぞれのリンゴに注射して
数日後、リンゴのイチゴ味を食べようと、そう食べる予定でした。
計画では世界一のリンゴ成金農家になる、そんな計画でしたが
・・・妄想の限界を超えたようです

インドリンゴについて・・・
このリンゴは名前がインドでもインドが原産地では、ないようです。
実はインドリンゴの本場はインディアナ州でした。
明治時代にアメリカの宣教師ジョン・イングという人がインディアナから
持ってきた種子がルーツとなり栽培するようになった。
このインディアナをリンゴの名に冠して「インドリンゴ」と呼ぶようになったのです。
また、この宣教師イングの名がなまってインドとなったとも言われています。

今でもインドリンゴは名称を変え品質改良され秋映などの一部の品種として
出回っている事を知りました。
インドリンゴ・・・王林に似た味だと・・・王林を知りません!
それでは、懐かしい『リンゴの唄』を

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明太子とタラコの違いは・・・

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筒井康隆大先生のブログ「偽文士日碌」6月27日の日記に、こんなくだりがある。

『薬局に行く途中、スーパーに寄る。もと魚屋さんだったので「魚屋さんスーパー」と言っている店である。ここで鱈子と鮭を買う。ほんとは鱈子よりも明太子が欲しかったのだが、中国産の食品が嫌われていることに関係があるのか、最近はでかいものが入荷しないでバラバラに切ったものしかない。このバラバラの明太子は網で焼く事が出来ないので忌避することにする。』

小さい頃の夕食には当たり前のように明太子が皿の上に乗っていた。
いつものように父はその中の1本を箸で掴むと、まだチロリチロリと炭火が残る七輪の網に乗せて焼いていた。日々繰り返される夕食の風景だった。
父が仕事で遅くなると、母が明太子を焼いて茶箪笥の中に仕舞いこんでいた。
父の影響なのか明太子は焼くのが美味しいといつも思っていた。

22歳で社会人となり上京して独身寮に入寮したその日は、舎監からオニギリが振舞われて、タラコのオニギリをどうぞ!と云われてビックリした。
タラコなんて聞いた事もなければ、食べた事もなかった。
でも、オニギリの具になっているのは紛れもなく明太子そのものだった。
食べるとタラコと呼ばれている食品は明太子に間違いがないと確信したが、云い出せなかった。
それも、自己紹介で自分の名前を告げるとクスクスと失笑が起きた。どうもイントネーションが違って外国人の自己紹介に聞こえたと・・・後で聞いた。
自己紹介する自分の名前にも自信が持てなくなり、喋る事が怖くなっていたのでタラコを指差して、「これは、明太子ではないですか?とは云えなかった。

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福岡発の「辛子明太子」なる後の超有名食品は東京の空の下では、まだ形もぼやけた状態で街中を席巻するには至っていなかった。
タラコと明太子との違いが分からず悶々とした日々を過ごしていたが、いつの間にか、明太子の事も忘れてタラコ・タラコと呼んでいる自分がいた。
タラコ茶漬けは、何よりも美味しく生きる糧を与えてくれた。
そんなある日、私にも彼女が出来て家に呼ばれて夕食をご馳走になった。
その時にタラコが出てきたので、彼女にそっと小声で・・・
「このタラコを網に乗せて焼いて欲しい」とお願いした。
彼女は、一瞬ことばを失い、エッ!タラコを焼くの?と聞いてきた。
どうも、田舎の風習だったようです。
でも、焼いたタラコを見て、タラコの風味もプチプチ感がなくなりパサパサしているよ。
これで美味しいの?と云われた。
小さい頃から慣れ親しんできていたので、今さら風味とかプチプチ感とか云われても困りましたね。
彼女のことばに相槌を打つように「そうだね。」と云った。
私はと云うと、焼いたタラコを懐かしく田舎に戻った気がした。

今では辛子明太子が有名になって、一時期は明太子と呼べない隠れ明太子派としてはようやく少数派から脱却したようです。
でも、庶民感覚で手に入るほど格安だった明太子も高くなったようですね。

筒井康隆大先生のブログに焼き明太子の文章を読んで先生も明太子を焼いていたんだなと思うと、とても嬉しくなったが、大先生はタラコ(鱈子)と明太子は違うものと断言されている。果たして違うものなのであろうか
少し調べてみると、呼び名が違うだけのようだが・・・。
関西・九州は明太子と呼び、関東・東北はタラコと呼ぶと書いてあります。
北海道はまた違って「もみじ子」と呼ぶところもあるようです。

それでもって、オニギリの話が出たので、話題を変えてオニギリの具で好きなのは
「オカカ」と「昆布」です。
少数意見ですね(笑)
20代後半で会社の研修で行ったホテルの夜食で出されたイクラのオニギリは絶品でしたね。今では当たり前のようにオニギリの中に入っていますが、その時の研修で初めてイクラのオニギリを食べましたが、食べた全員が挙って美味しいと声を張り上げました。

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カツオの角煮が入ったオニギリは無性に欲しくなる時があります。
そのカツオの角煮があれば
①カツオの角煮 ②オカカ ③昆布がオニギリの具で好きな順番です。

 

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