別れの曲

今日でお別れ の哀しい思い出

ラジオから「今日でお別れ」が流れてきた。
女の哀しい性を絞りだすように歌いあげる菅原洋一の歌は悲しみに満ちている。
特に「今日でお別れ」を聴くと、あの日のことを思い出す。

30年ほど前。

私はファッションを演出するデザイナーに生地を提供する繊維商社に勤務していた私は南青山を拠点に活躍されているデザイナーからサンプルの依頼がありデザイナーのアトリエに足繁く通った。1着分のサンプルを手にするとデザイナーは「あの方のイメージには合うわね」と仰った。
あの方とは・・・芸能人であろうか、しかし聞いたことのない響きだった。

程なくして、デザイナーから先日の「あの生地がとても良かった」ので20㍍ほどお願いします。と注文が入った。

20㍍ほどのの生地は1反にもならず使われない在庫になるかも知れないリスクではあったが、デザイナーの要望には出来るだけ応えるようにとの会社としての判断があった。

デザイナーには少量でも切り売りすのは、会社としては販売促進の一貫として小ロット多品種で面倒ではあったが精力的に売り込んでいた。
芸能人のステージ衣装を手がけるデザイナーが惚れ込んでくれた生地は芸能人のステージ衣装となりファッション雑誌を飾ることもある。
ファッション雑誌に載ると生地の大量販売に道筋が出来る。売れ筋の生地となってファッションメーカーから大量の注文がはいる。大体こんな流れになる。

かくして20㍍の生地はデザイナーの手に渡り仮縫いの日が決まった。
デザイナーから連絡をいただき仮縫いに立ち会うことになった。
ワクワクした気持ちでアトリエを訪ね、とても緊張した覚えがある。

仮縫い室で若林加奈(仮名)さんは大きな鏡の前でいろいろとポージングされていた。見事なプロポーションに衣装がキラキラと輝いていた。仮縫いのために接ぎ目の部分に虫ピンが刺さっていたが若林加奈さんが天女に見えた。

若林加奈さんはモデルの仕事をされTVにも良くでていると聞いた。
TVを見ない私は若林加奈さんが載っている雑誌を何冊か購入して若林加奈さんが載っている画像を切り取り会社のデスクの前に貼っていた。

出来上がった衣装はファッション雑誌を飾り、生地はファッションメーカーから注文が相次ぎ売れ筋になった。若林加奈さんは以前より増してファッション雑誌を飾っていた。

いつしか私も生地から染色に異動になって、若林加奈さんのことは脳裏から少しずつ薄くなっていた。


夏の喧騒を演出していた浜辺は、秋の足音と共に人の気配が小さくなり静まり返っていた。

若林加奈さんは人気のいない浜辺に佇み、ラジカセにセットしたカセットテープを聴いていた。カセットテープはエンドレスに設定され繰り返し繰り返し同じ曲が流れ涙を誘っていた。

若林加奈さんは号泣し溢れる涙を拭くこともせずに別れを告げようとしていた。
若林加奈さんは、エンドレスで流れてくる「今日でお別れ」を聞きながら、立ち上がると静かに靴を脱ぎ、書き留めた別れの言葉を認めた手紙を靴の中に納め、振り返ることもなく海に向かって歩き出して行った。

若林加奈さん
辛かっただろうに、悲しかっただろうに、
誰も助けてくれなかったのだろうか

一報を聞き涙がこぼれてきた。
悲しが膨れ上がり部署を離れて行き来がなくなったがデザイナーに電話をした。
デザイナーは泣いていた。

この曲を聴く度に若林加奈さんを思い出さずにはいられない。
美しかった若林加奈さん。仮縫いでお会いした天女のような若林加奈さんを忘れることは出来ない。

■□□ 追記
「今日でお別れ」菅原洋一でなく、ファンだった水原弘で「今日でお別れ」を載せました。

| | コメント (0)