ラーメン

性懲りもなく・・・

性懲りもなくと云う言葉がある。
なんど同じ過ちを繰り返せば、気がすむのであろうか・・・。

車の往来が激しいこの道路に面していて立地は申し分ないように思われた。
七年前には、ラーメン八番館が営業していた。
隣の敷地には、何百台も止められるような広大な敷地にパチンコが営業していたが採算が合わずに開店・閉店を繰り返し、いつの間にか野ざらしとなり、コンクリートの隙間から雑草が生えて来ている。ゴーストと化している。
ただ忍び寄る、雑草の生命力には脱帽です。

ラーメン八番館も赤く塗られたオリジナルの外装をそのまま残してマタネッ(^ー^)ノ~~Bye-Bye! して行った。中を覘くことがあって、覗いてみるとラーメンがすぐにでも作れるように、厨房機器はそのまま残してあったが、隣のパチンコとの境には、子どもにも跨げるような低い柵が設けてあった。

程なくして、看板を付け替えてラーメン十兵衛が開店した。
立て看板の目立つ、狭い駐車場の入口であるが、横列駐車で5台ほど駐車できる。
食べに行った。
ヨダレを流すような深みのある味ではなかったが、不味くもなかった。
目立つ看板であるが、目的を持たないと通り過ぎてしまう危険性も感じた。
ラーメン十兵衛は、開店して一ヶ月ほどは盛況で、いつも駐車場はいっぱいだった。
三ヶ月を過ぎるころは、昼時であっても、駐車している車は少なく、外から見える窓際のテーブルにも人影はなかった。
それでも、1年半は持ったのであろうか・・・閉店の張り紙が貼ってあり店は閉められた。

すぐに、不動産の案内が張り出され、次の獲物を待っていた。

半年ほど過ぎたころに、外装の工事を目にした。
これまた、ラーメン吉松が開店した。
目立つ立て看板には、吉松の文字が大きく描かれて人目を引いた。
しかし、三ヶ月ほどの繁盛は、見通しを明るくさせてくれるが、決して落とし穴だとは思っていないようだ。
ラーメンの激戦区であるこの街でラーメン店を展開するには、それなりのリサーチをしないと行けない事が、分かっていないようです。
この吉松も1年半ほどで閉店の張り紙をして出て行った。

ホクホク顔の不動産屋さんは、前にも増して大きな字でテナント募集を窓に張った。

テナント募集の張り紙が効いたのか半年ほど過ぎて、外装工事が始まった。
次は、市外からのチェーン店として、ラーメン凛が開店した。
凛の看板が大きく目だったが、ラーメン屋には似つかわしくない看板だった。
しかも、凛も凛としないまま逃げ足早く出て行った。
1年の命だった。

お祓いをしないといけないのでは・・・と、外野はうるさかった。

大きなショッピングセンターでラーメン店の店長をしていた人が独立した。
よほど、自信があるのか祟りがあるとも云われている、この場所にラーメン麺やを開店させた。早くから店に出てきて、仕込みを行い頑張っている姿が何度か目にした。

それでも、パチンコとの境にある低い柵はそのままだった。
先ずは、広い駐車場を確保して、入り易いようにする為に、交渉して柵を取り除くことが大事ではないかと思っていたが、柵の事まで気が回らなかったようです。

頑張っている店長の姿を見かけなくなった。
閉店の張り紙がしてあった。
1年半の短い命だった。
麺やの看板は、風雨や雪に晒され剥がれてきていた。
退職金までつぎ込んだのであろう。悲しい結末で終わった。

最近になって、新しい看板が作り変えられた。
ラーメンの呪縛から解き放されたように、次は本場・インドカレーのようです。
お手並み拝見といきますか。

地縛霊に呪われていないと良いのですが・・・。

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塩ラーメンは豚骨の味

連休前に来て下さい。
術後の経過を見るために処方される薬を飲んでいる。いつまで続くのであろうか・・・。
このクリニックは名医の誉れが高く、人気のクリニックでいつも混んでいる。
仕事の合間を縫って、11時15分飛び込んだ。
珍しく駐車している車は1台だけでラッキー\(^^\)(/^^)/チャチャチャと云った感じ。
待合室に入ると、すぐに呼ばれて前回に採血した結果の報告を受けた。
ひとつの数値を除いて、正常に戻っているとのことだった。
小躍りしたくなる思いです。
2週間おきの診察と処方箋が、経過が安定しているとのことで、今日から30日になりました。来月の診察のために、小水と採血を行い、30日分の処方を貰うころには、待合室にあるソファーや椅子は埋め尽くされていた。
あの時間だけが、タイムラグが起きて入り込めたのは、この上ない運の良さです。

このクリニックに来ると、どうしても行きたくなるラーメン屋があります。
このラーメン屋の塩ラーメンは懐かしい薩摩の豚骨ラーメンの味がするんです。

Kojima

食欲旺盛な薩摩での7年間の生活は、主食である豚骨ラーメンの日々でもありました。
鴨池に住んでいたときは、いつもラーメン「あけぼの」でラーメンライスを食べて英気を養い、将来に渉り食糧危機に備えて脂肪を貯えようと必死に食べまくった思い出があります。
ここで、フッと思い出しました。
薩摩の豚骨ラーメンには、必ず大根の漬物が一緒に付いてきました。ライスを頼んでいないにも関わらず、ラーメンに漬物が付いてきたんです。
その付いてきた漬物をラーメンの中にドップリと沈めてラーメンを食べていました。
いま考えると不思議な感覚です。
毎日、まいにち食べると体中が豚骨に染まっていたんでしょうか、受験で東京に出ました。
先輩に連れられてラーメン屋に入ったんです。東京のラーメンと云えば、醤油ラーメンですね。
「合掌して、いただきます」でラーメンを食べると、これが不味いのなんの、不味いんです。
一緒に食べた同級生も箸を置いて食べるのを止めていました。
豚骨に慣らされた味覚は、あっさり系の醤油ラーメンを受け付けなかったようです。

しかし、ここの塩ラーメンは薩摩の豚骨そのものの味がします。
薩摩の豚骨ラーメンは塩がベースなんですね。
だから、塩味は薩摩豚骨に近いように思うんです。

上越も個性的なラーメン屋が多くなりました。
激戦地区でもあるようです。
私は、こじまの塩ラーメンがお奨めです。

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