病気

S字結腸ガンの手術後 3年の経過報告

抗がん剤ゼローダの服用が終わり、造影剤を入れたCTスキャンに血液検査を3ヶ月に一度行い、年に一度は大腸の内視鏡検査が待っている。
3年目を迎え、今のところは順調のようだ。

病院側が手術の是非を確認する5年生存まで2年になった。
5年生存すると病院側の勝利と云うことでしょうか。
それにしても、お腹に4つの小さな穴を開けての腹腔鏡手術でS字結腸の大きな塊を取り出すのだからビックリした。

手術は成功して良かった。ただただ執刀医に感謝している。
お隣の県であるが群馬大学医学部附属病院でなくて良かったと心底思った。

ガンのレベルがステージ3aだった事は決して楽観できないが、ここまで転移もなく推移していることは嬉しい。

後遺症ではないが手術後に大きく変わったことがある。

S字結腸をそっくり取ってしまったので排泄する便を溜める場所がなくなり、排泄を送り出す大腸と直腸がバイパスで近道になってしまった。
今までは大腸と直腸の間にS字結腸があり、排泄物が一旦休憩する場所が無くなったことは体調の変化に現れた。

この年まで1日1回のトイレで用を足していたのが、数珠つなぎの排便が渋滞を起こしてしまい頻繁にトイレに行くようになった。
出しても出しても「早くトイレに行け!」と催促してくる。
これには困った。

トイレに行って、スッキリして出てくると1時間もすると勝手にオナラが出てくる
音の出ないオナラで匂いも殆どしない。
オナラによって次の排便が降りてくると云った感じになる
オナラの回数で次の排便の時間がだんだんと判るようになった。

それを我慢していると酷い時はお尻の穴に強烈に痛みが走る。
これはトイレを我慢してお腹が痛くなるのとは全く違う
お尻の穴が痛いんです。
激痛が走るんです。
もう、トイレに駆けこむしかないのです。排便を行うと、さっきの痛みは何だったのかと思うほどに痛みは消えていきます。

いまでも排便は1日に最低で3回。多い時は6回は行きます。
そして決して少量ではないのですが、結構な量が排便として出すのですが
ダイエットには繋がりません。

手術後に執刀医に太りますから気をつけてくださいねのご忠告が・・・
忠告を無視した形で8㌔も太ってしまった。
もう見るも無残な体型です。

自己管理ではダイエット出来ないのでラクトフェリンに頼っている。
まだ効き目はないのですが・・・。

大腸・S字結腸ガンの手術後 3年の経過報告です。

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抗がん剤ゼローダとCTスキャン

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大腸がん(S条結腸がん)の手術から半年が経過したので、造影剤のCTスキャンの検診を受けガン細胞の転移がないことを祈りながら仰向けに寝た。

抗がん剤ゼローダは2月に4コール目が終わる頃に顔全体がむくみ、両手両足の色素が沈着して黒ずみ痛みが出てきたので、思い切って1ヶ月間の休薬を行い、3月から5コール目の抗がん剤ゼローダの服用が再びはじまったが、4コールまでは朝7錠、夜7錠の大量の服用だったが診察の度に行う、血液検査・尿の検査の結果に変化がなかったので、1回7錠の服用から1回3錠に減った。
少し飲みやすくなったのと、薬代が大幅に減ったのが良かった。

現在のところ大きな副作用は起きていない。
顔のむくみは治まったようだ。
排便も1日5回~6回とあった排便が従来の大腸に戻りつつあるのか1日3回ぐらいに落ち着いてきた。気分的にはとても楽になった。

そして、CTスキャンの結果であるが「異常なし」とお墨付きを戴いた。
・・・が、抗がん剤ゼローダの服用は7コール目に入っている。
予定の8コールまでやり抜きましょうと云われた。

遠赤外線サガノに入り遠赤外線を浴びていることが効果となって現れたのでしょうか
それとも、副作用に怯えながら飲んでいる抗がん剤ゼローダが効いているのでしょうか

このまま・・・
ガン細胞が無くなっていることが一番嬉しい。
せめてあと10年の生存を期待したい。

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ゼローダの副作用が出たぞ~

抗がん剤ゼローダの服用が2コール目が終わりました。
副作用は服用して2週間~4週間に起きると云われていました。

案の定 副作用は現れました。

近くにある天然温泉の銭湯に出かけ湯船に浸かり
満足して体を拭いていると、何気なしに見た両足の指先が黒ずんでいます。
色素が沈着しているのです。異様な光景です。
ついにやって来たな
そんな感じです。
痛みはありません。

すぐに保湿ジェルと病院からあてがわれたヒルドイド軟膏を塗ります。
今日から寝る時も暖かい靴下を履いて寝ます。

両手を眺めるとうっすらと指先が黒ずんでいます。
両手にも現れました
ついに手足症候群が静かにやってきたのです。

薬が沈殿しているのでしょうか
休薬の時に元にもどれば良いのですが

その後、足は風呂上がりと起床した時に保湿ジェルを塗りこんで靴下2枚を履いて完全防備です。
手は仕事でも、キーボードを打つにも頻繁に利用するので、いつ何時も手袋と云うわけには行きませんができるだけ、運転中やら歩いているときは手袋を填めています

それでも、指先はテカテカと光り、指紋が無くなったようにツルツルしています。
手の平は赤味を帯び、手相の線がくっきりと浮かんでいます。
少し手が太くなったようにも感じられ、爪は白く浮き上がっているようにも

まるで・・・
昔風で云うならば、土方の手のようになっています。
いつまで続くのでしょうか

11月19日よりはじまったゼローダの服用。
8コール(24週間)の半年続きます。

桜の時期に終わるのでしょうか
手袋や靴下を考えると冬の時期で良かったのかも知れません。
夏だったら汗ばんで大変だったかも・・・

激動の1年でしたので来年は少しでも良くなりますように
祈りの毎日です。

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ゼローダの服用。1コールが終わる。

抗がん剤ゼローダを服用(朝夕7錠づつを2週間服用して1週間休薬する)の1コールが終わりました。副作用の度合いが心配で神経過敏になっていましたが、この3週間では支障きたすような副作用は現れませんでした。

副作用らしき症状をあげると・・・

痛みの激しい腹痛が1回。腹痛の原因は不明。
この時は排便で事なきを得ましたが排便の量たるや腸内が空っぽになるほどでました。
その後は腹痛はなし。

手の指先が指紋がなくなるほどのツルツルカサカサになっていますが、仕事やキーを打つのに支障をきたすほどの痛みや異常感覚はない。

左手首の上に時々痛みが走る。激痛と云うほどではない。

12月10日。
1コールが終わり2コールが今日からはじまります。血液検査を行なって外科の診察を受ける。
血液検査の結果が出るまで待つ。特に転移しているかどうかの目安となる白血球と赤血球の値が気になる。
白血球 55
赤血球 467
問題はないようです。
副作用が少ないのも結果として良かったのか、良い状態ですねと云われる。

次は・・・2コール目として
ゼローダを2週間服用して1週間の休薬の予定が、正月に掛かるために
ゼローダを2週間服用そして2週間の休薬と決まった。
大丈夫なのかな・・・

このままの状態で8コール(24週間)が過ぎれば良いですね
ゼローダは見えないガン細胞を退治しているのでしょうか
まずは転移していないことを祈るばかりです。

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遠赤外線治療器サガノがやって来た

抗がん剤 ゼローダ300 の服用がはじまった。

朝夕2回の服用で1回7錠を飲む。
これは2週間飲み続け1週間休むのを1クールとして8回続けることになる。
3週間に1回外科の外来を受診して、検尿と血液検査を受診前に行うことを義務付けられている。
白血球やら赤血球やらの値を見ての投薬と思われます。
いまのところ・・・血液検査に異常はないようです。

辛抱のしどころで半年間のがんばりです
決められた時間に決められた量を服用する。
うっかり!をしてはいけない。

抗がん剤ゼローダの副作用として顕著な症例として手足症候群がある。
手足の痺れや腫れに加えてヒビ割れが起きる可能性を指摘されている。

事前の処方として副作用を止める薬剤「ピドキサール錠」を飲むことになった。
この薬の効果で副作用が軽くて済むと良いのですが

手足を冬の乾燥から守るために、保湿クリーム「キュレル皮脂トラブルケア」を用意しました。風呂あがりには足首から足の指・かかと・足の裏に塗ります。また手首から指先にかけて塗りこみます。
なによりも、しめつけない緩い靴下を履いてねます。

昨夜、試してみたら熟睡できた(しかし、夢を見るのは相変わらずで・・・昨夜はウサギが葉っぱを頬張る様子の夢だった)吉凶で言えば、ウサギの夢はどうかな?

通勤やら出かけるときに填める手袋は、お世話になっている方から柔らかいカシミヤ100%にラムスキンで出来たイタリア製の高価な手袋を戴いた。
早く治るようにとの祈りを込めた手袋に感謝に耐えません。ありがとうございます。

Tebukuro

懐かしい遠赤外線・・・。


そして・・・
いまは使用していないからと云って遠赤外線治療器サガノが送られてきた。
サガノと云えば、末期の肺がんに冒された知り合いが藁にもすがる思いでサガノを購入し、遠赤外線に体を浴し頭寒足熱の効果があったのか、どうか、余命3ヶ月が4年もの生き延びた。
その間に、やり残した仕事を片づけ、近場の温泉に家族で行く事が出来たと聞いた。

部屋の片隅にサガノを設置した。
これから30分×3回は入って、遠赤外線の恩恵に与ろうと思っています。
入ることで冷えから体を守り、ガンが消え少しでも効果があるならば嬉しいですね。

服用が始まって4日目。
幸いなことに副作用の気配はない。このまま6ヶ月間いってほしいものです。

追記:
友人が前立腺がんの診断を受けた。
来週から放射線治療がはじまるようです。
ガンは伝染するのかな・・・

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抗がん剤 ゼローダ

11月12日。
病理検査の結果が分かった。

10月19日のS条結腸ガンの切除・摘出と一緒に周りのリンパ節も切除された。
切除されたガン細胞とリンパ節は病理検査に回され、組織診断報告書で所見を見せられた。

ステージⅢa    リンパ節に転移している。
これによって予防的抗がん剤の治療を行うことが決まった。

抗がん剤  ゼローダ
服用期間は6ヶ月。

問題は副作用ですね

ゼローダの特徴的な副作用は手足症候群。手足症候群では、手足の皮膚が赤く腫れたり、ひび割れたりして、ひどくなると出血することもある。痛みを伴うことが多く、手袋や靴下を脱ぐように全体の表皮が剥がれることすらある。ゼローダの投与開始から2~4週間後に起こりやすい。

皮膚の弱い私は、ひどい結果になるのではないかと恐怖がつきまとう
半年は何が何でも我慢しないといけない。

この結果によって万歳三唱になるかどうか
家系でただひとりだけ大病を抱え込む私です。

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重湯から退院まで・・・

大腸ガン(S条結腸ガン)が見つかった。 最終章。

術後5日目(水曜日)~術後10日目(退院)

ついには最後の点滴が外された。これで自由の身となり開放された。
食事も7分粥になり、米粒が多くなった
内緒で「ゆかり」を振りかけている

殆ど痛みはなくなったが、ドレンの傷穴から染みてきて腹帯を汚す。
自然と染みもなくなり、きれいになると言われるが、染みが止まるまで退院の話しはないようです。
ただ、腹帯もまだ取れない。
お腹に開けた4ヶ所が動く度に下着で擦れると痛痒いが襲ってくる。

痛いですか?と聞かれると
痛いのか、痒いのか それも体内で痛いのか・・・その感覚が良くわからず
痛痒い感じですと応える

それに今日は体重を測る日です。
すごい期待しているんです

ガン細胞の腫瘍の取り除きは、ガン細胞3~4センチほどの塊に周りの脂肪も塊として切除した。嫁さん曰くだいぶ大きかったよと。体重からすれば2キロぐらいは落ちているだろう
それに、点滴はしていたが、殆ど食事もしなかった。通常で考えれば5キロ減にはなっているはずである。

肥満体のあの体重から7キロはダイエットしているはずである。
体も軽くなったし、自信満々で体重計に乗った

エッ! 手術前に測った体重より2キロ減っていた。
ガックリ・・・。
赤ちゃん用の茶碗に5分粥・7分粥を少量1杯食べて、体重が変わらない。
7キロの減量予定がたったの2キロの減量です。
う~ん残念です。

ドレンの箇所からの染みが取れれば退院だと云われたが、まだ染みはでていて腹帯を汚す。いつになったら染みが取れるのであろうか。

日々、オナラも排便もスムーズに行っている。

9月4日の大腸内視鏡検査でS条結腸ガンが見つかり、10月19日の切除手術まで排便に苦労した。大腸が狭くなり排便がスムーズに行かず、何度も何度もトイレに足を運んでようやく親指大の便が出る。それも血便で黒く染まった便が出る。そんな状況がず~と続いていた。
苦しかった。
トイレに行くのが苦痛で、たまらなく嫌だった。

いまは、考えられないほどの大きさの便が出る
排便って大事なんだなと思う。

ただ手術前と違うことが起きた。

トイレに行きたくなるとお腹が痛くなる か 尻の穴が痛くなる。
それも、オナラなのか排便なのか、その感覚が良く掴めない。
それに、大腸で排便の便を溜めるS条のところを切除したので、便が溜まる場所がなくなり、大腸で排便の準備が出来ると、すぐに「トイレに行け!」と、信号が伝わってくる

それが、腹の痛みになり、尻の穴の痛みになって教えてくれる。

もっかの悩みは、1日に5回も6回もトイレに行く。
その度に排便する。1日1回としてまとめると大量の便が出たことになる。その都度しゃがみ込みのは結構辛いものがある。この状態はいつまで続くのか心配だ。
排便ダイエットだったら成功しそうである。

術後10日目になってドレンからの染みは収まり、出なくなった。
退院の許可も出た。
退院の説明で、腸捻転の恐れがあるので生活での注意事項を説明を受けた。排便に良いからと繊維質ばかりを取らないようにとか、大好きな練りの加工物(カマボコ・ハム・ソーセージ・魚肉ソーセージ)は控えるようにと云われた。
大好きなカマボコもハムも魚肉ソーセージは食べないようにしようと心に決めた。

11月12日に術後・退院してからはじめて外科外来の診察があります。
切除したガン細胞の他の臓器やリンパに転移しているかどうかの病理検査の報告もあるようです。

それによって今後の治療方法が決まるようです。
ある一定期間は抗ガン剤治療を受けることになるのでしょうね
薄い髪の毛が・・・なくなる恐れもあります。

まずは、この度の大腸ガン(S条結腸ガン)が、病理検査で他の臓器やリンパに転移していないことが最大の望みです。

神さま 仏さま
お守りください。祈る気持ちがある。

タイトル---大腸ガン(S条結腸ガン)が見つかった---
は、手術は無事成功して現在はリハビリの最中です。
せめて、あと20年は生存できますように・・・。 で、この項はお終いです。

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腹の中から出ていたドレンが取れた

大腸ガン(S条結腸ガン)が見つかった。 その10。

術後4日目(火曜日)

いつもの習慣で3時40分ともなると自然と目が覚める
外を眺めると、街頭だけがボンヤリと明かりを灯し、街中に暗闇が広がっている。

6時になると検診が行われ体温と血圧それに聴診器での腸の働きを確認される。
この日は、なぜだか体温が高く37度8分。「熱がありそうですか?」に何も感じませんと一過性での高い体温なのか記録して行かれた。

外科の病棟は土日の静寂さを破るように看護師が慌ただしく動き始める。
自由に歩けるようになって、いつも起きがけは待合室に出向き、お湯をポットに汲んでくる。そんな中、待合のテーブルやソファーには病室やベッドに飽きた患者さんがめいめい座って外を眺めておられる。
長い入院生活なのであろうか。
閉じ込められた異空間にいる自分を、窓に映るわが身を眺めていらっしゃるのであろうか
社会復帰をまずは目指すところであろう

9時の外科回診でドレンが取れることになった。
偉い先生が出てきて、やおらピンセットを取り出し体の中から出ている管を抜き取られた。
「何かヌルヌルと云った感触を感じて変な感じがする」
管は取れたようです。
「エッ!それで大丈夫なの?」
傷口を消毒して、大きな絆創膏を張ってお終いです。
これで、歩くにも、寝返り打つにも邪魔だったドレンがとれて、体の中から出てくる血を格納する袋が取り外されてすっきりした。

それに合わせてオシメも外された。
オシメってなんだか落ち着かないな
力んでも出ないし・・・

そうこうしているうちに胸の中がモゾモゾとして痰が切れた。
大きな痰の塊が出てきた。
飲み込まなくて良かった。

今回の術後で良かったのは、いつも毎日出るヘックション(>ω<)/。・゜゜・、が出なかったことと
痰が出なかったこと。痛い時にクシャミと痰が出たら痛みで半狂乱になったと思う。

これで、お風呂に入っても良いですよ・・・シャワー浴ですよ。
それでも、洗髪できると思うと嬉しくなった。
午後1番の予約を戴いた。

体の自由を奪っていた機器類は、あとは点滴1本だけになった。
それも、この袋の6時間で終わりですと
ようやく自由が目の前です。

有料のテレビは殆どBSのワールドシリーズを見ていた。
さすがにメジャーリーグの野球は迫力があるな~、ヤンキースが勝ってイチローが見たかったが、これもない物ねだりです。

食事は5分粥になり、明日からは7分粥になり明後日からはお粥になります。
術後のマニュアルを読むと、退院まで通常食は出なくて退院までお粥とのことです。

トイレには頻繁に行く。
相変わらず、オナラと排便の感覚が掴めずトイレに行くとオナラだけで終わることも多い。
これも慣れなんでしょうか

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尿道に差し込まれた管が取れた

大腸ガン(S条結腸ガン)が見つかった。 その9。

術後3日目(月曜日)
昨夜はお腹のゴロゴロで一睡も出来なかったので疲れた。
体が寝ることを勧めている

今日から食事は重湯から3分粥になり、少し米粒が増えた。
ただ、練った味噌や梅はどうもお粥に合わなく不味い
苦肉の策として、売店に行き「ゆかり」を買ってきた。

9時にある外科の回診でフォーレが外れることが決まった。
知り合いの人はフォーレを入れる時も、外す時も強烈な痛みがあると聞かされていたので、フォーレが外れる嬉しさはあるが痛みを考えると外さないで欲しい気持ちもあった。

「ドクターのお許しがあったのでフォーレを外しますね」
赤ちゃんのようにオシメを外し、スッポンポンにして持ち上げた管をヒョイと外された。痛みがあると覚悟していたが、思いのほかスルリと抜けてあっという間の出来事だった。

フォーレから出てくる小水を溜めるタンクがあったが、食事も水も口にしないのに、何故にこんなにもタンクに小水が溜まるのだろうと不思議だったが、栄養の点滴で体を維持していたのをすっかりと忘れていた。
点滴で吸収した分だけフォーレを伝わりタンクに溜まっていった。
フォーレが外れたが、小水の確認をしたいのでトイレでは小水を別な容器に溜めてくださいと云われた。

今朝から、オナラも排便もなんとか可能になり嬉しくなったが、残るは「痰」があった。
痰は絶対に飲み込まないように・・・と、きつく云われている。
まだ、痰を切る状態もなく、ヘックション(>ω<)/。・゜゜・、も出ない。

体はフォーレも外れてだいぶ軽くなった。
残るは点滴1本に腹の中から出ているドレン(血を溜める)を残している。
ドレンを外すときは、また手術室に行って外すんであろうか・・・とひとり考える。

お風呂に入る許可がまだでない
お腹のドレンが取れないとお風呂も無理なようです。
頭を洗いたい・・・

病室にトイレが付いているので頻繁にトイレの戸を開ける
オナラなのか排便なのか・・・
まだ、どちらとも感じることが出来ない

術後3日で痛みもなくなり安心した。
でも、退院はまだまだ遠い話のようです

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お腹がゴロゴロ鳴って痛い

大腸ガン(S条結腸ガン)が見つかった。 その8。

術後2日目。(日曜日)
痛みもだいぶ和らいできたが、腹筋に力のはいる行動は極力避ける。
この日までに、エコノミー症候群の予防のためのストッキングは脱がされ、酸素マスクも外れた。点滴も2本外れて1本になった。だいぶ自由になりホッとする。
しかし、尿道に差し込まれたフォーレはそのままになっている。
いつになったら外れるのか。

今朝から食事が取れる。術後のマニュアルを読むと重湯のようだ。
8時。きっかりに食事が運ばれてきた。
重湯です。それに練りこんだ梅が付いている。何の味もしない重湯に梅を混ぜて食べるが、そのまま止めようかと思った。・・・が、しかし重湯でもできるだけ完食して欲しいと云われていたので、泣く泣く食べる。

これは、小学1年の時に腎臓で入院した時に、白いご飯に卵の黄身だけが乗っていて砂糖がかけてあった。毎日毎日、ご飯に黄身・砂糖が定食だった。食事療法で「これを食べないと治らないのよ!」と、母にきつく言われ、涙を流しながら食べた。
ことを、思い出した。

できるだけ歩くように。
病棟内を点滴をお供に歩く。歩く度に少し痛みはあるが歩けないほどではない。日曜日なので病棟は静かで看護師さんも少ない。

午後に入ると、今日も体を拭きにお見えになる。
テキパキと着替えをして体を拭いてくれる。体を器用に動かしながら温かいタオルが気持ちが良い。自信喪失した大事なヶ所もゆで卵でも扱うようにさらりと器用に拭かれる。
何千本と手慣れた扱いで品評でもされたかも知れない・・・中の下ぐらいであろうか。

1時間毎に体温と血圧を測る。
そして、必ず「オナラ」は?「痰」は? と聞かれるが、まだ兆候はない。

午後寝ていると、お腹がゴロゴロと鳴りはじめた。
これはオナラかと、思い切って気張ってみるが出そうな状態でゴロゴロが収束してしまう。
もう30秒ごとにお腹がゴロゴロ鳴り、お尻に差し掛かると出ない
そして、強烈にお腹が痛くなる。
オナラが出ないことで腹を刺激しているのであろうか、針で刺したような痛みが襲ってくる。
寝ていられない状態になり、起き上がる。

起きて立っているとゴロゴロも落ち着いて10分に一回ほどに落ち着くが、オナラが出ない苦しみを味わう。オナラを出したいが出ない。腹にガスが溜まり、溜まりすぎて痛い
そして、
横になると、ひっきりなしに起きるゴロゴロの集中攻撃
でようとお尻まで来るのだが、ゴロゴロは収束してしまう
強烈な痛みがお腹を襲う

オシメをしているから、排便になろうと構わないのに、オナラも排便も出ようとしない
痛みが伴ったゴロゴロが、寝ては覚め、覚めては痛いゴロゴロで、この繰り返しが延々続く
寝れなかった。
寝つかれなかった。
一睡も出来ずに朝を迎えた。

そして意を決して、オシメを外してトイレに向かう。
そこで頑張ってみよう
額に汗を滲ませながらゴロゴロを待ち、オナラを出せるように準備する。

そして待つこと15分。
ついに、その時はやって来た
大きなオナラが出た。待ちに待ったオナラがトイレを揺さぶった。
続いて、排便が出た。
これは予想外であったが排便出来た。

オシメには、本能的にまだ抵抗があったのであろうか
・・・オシメのお世話にならなくて良かった。

ホッとした。

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