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鳥栖工の5点は素晴らしい

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全国高校ラグビーの出場校を見ていたら・・・
とんでもない大差で決着がついた試合があった。

佐賀大会 佐賀工 182 VS 5 鳥栖工

入れも入れたし182点。
佐賀工の選手は前後半の70分を100メートル競争のように疾走していたことになる
佐賀工の強さは定評があるが、問題は鳥栖工の入れた5点です。
昔の点数のようにトライ3点・ゴール2点だと5点になるが
いまの点数はトライ5点・ゴール2点の7点

鳥栖工の5点はトライで入れた5点だと思われる。
エライ!
強者の間隙を縫って入れたトライの5点は100点にも相当する5点だと思う。

思い返せばウン十年前の紅顔の高校生時代に人数が足りないからとの理由で強制的に入部させられたラグビーの部室。汗臭い部室はタバコの煙でモウモウとしていた。
タバコ?
紛れもなく高校生です。青春を謳歌していた花の高校生のはず・・・。
「タバコを吸うことで怖さを忘れるんだ!」この先輩の一言が喫煙人生をスタートさせた。

弱いラグビー部です。
弱いから徹底的にしごかれた。
足を折るのは普通の怪我で誰も同情しない
スクラムで前の奴に脛を蹴られて余りの痛さに意識不明になったこともある。
その度に魔法のヤカンが活躍して水をしこたま飲んだ。
弱いチームの試合は、試合とは名ばかりの公開された喧嘩です。
ジャージを掴まれ投げ飛ばされ、それも首から落とされまるでプロレスのバックドロップです。
ジャージはビリビリに破けて、まるで落武者のよう

佐賀大会 佐賀工 182 VS 5 鳥栖工
の結果を見て、思いだし彷彿させる試合があった。

その日は、小雨ながら全国を制覇した勇者との練習マッチが組まれていて気合が入っていた。雨の中、弱者チームを応援しようとする同級生はひとりもいません。ガランとなった応援席。
試合ははじまった。
スクラムハーフとしてのポジションを任された私は・・・思い出す度に・・・
この試合でボールに何回触ったのであろう。スクラムを組む度にボールは相手ボールです。触りたくても触れません。たまにスクラムにボールを入れると間髪入れずにスクラムは壊され、ボールは取られトライされる。
数えるほどしかボールに触っていない そんな試合でした。

忘れもしない85対0
練習マッチとは云え、無残な負け方をした。
ただ、走った距離で云えば、相手の選手より走ったような気がする。

鳥栖工の5点には賛辞をあげたい。
佐賀工の陣地に飛び込んだだけでも殿様の首をとったのと同じ。

鳥栖工のみなさん182点は忘れましょう
強者を相手に5点とった事を誇りにしてください。

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超ファインプレィ

女性でイチロー顔負けの超ファインプレィ。
どんな運動神経をしているのでしょう・・・いや、反射神経かな。

見せてくれますね。おみごと\(^o^)/

外野手もキャッチャーも呆気に取られているのが良いですね。 チャンスを狙ってジャンプの練習をしていたのでしょうね。 amazing



アメリカで大評判の動画。本物の動画が分からないほどコピーがアップされています。

ボールが飛んで来ることをどこで分かったのだろう。
振り返らなければ、女性レポーターの頭を直撃していましたね
命の恩人です。

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それでもジムに通う

同僚である友人は、すでに3年になるであろうか、雨の日も、風の日も雨合羽に着替えて自転車で通っている。友人の住まいから会社までの道のりは約5キロ。朝の4時。街灯もない河川の堤防道路をひた走る。眩いばかりの星だけがキラキラと輝く暗い道を走ってくると云います。
さすがに大雪のときは、車に乗ってくるが少々の雪だと自転車に跨り意気揚々と漕いでくる姿を目にすることがある。朝方と云っても朝の四時、夢の中を彷徨っているこの時間帯は太陽ですらお眠りの暗い夜道です。それも堤防を走ってくるとなると、二度や三度とパトカーに遭遇したようだ。それこそ、胸にパトカーの尋問・職質処理済のシールでも貼っておけば気兼ねなく走れるのに・・・。

健康を意識して始まった自転車通勤も、あれよあれよの三年間は見事と言うしかない。三年間に走り潰した自転車は3台。そのうちの一台は私が持っていた輸入で購入したマウンテンバイクを古くなったので差し上げたら、カッコイイと喜ばれたが、半年もしないうちにサドルのところから真っ二つに折れてしまったようです。怪我がなくて良かったが所詮中国製と言うことで簡単に片付けられた。
友人の三年前の知っているが、肥満気味の体が三年間で引き締まり筋骨隆々だと本人は自慢している。

Running

それに比べて・・・。
鏡に映す醜い肉塊を見るに及び危険水域を越えてしまったと実感する。
メラメラと沸いた、軽やかにしなる肢体を持つ肉体を妄想しつつジムへの扉を叩いた。
これで何度目のジム通いだろう。
まるで長続きしない。だんだんと面倒臭くなってしまう。マシンを使った運動そのものに抵抗はないが、運動後の汗を拭き、シャワーを浴びて着替えする一連の動作が億劫となり行かなくなった。
堕落した人間の典型的なパターンですが、今回は意気込みが違います。
それなりに準備をして、Illustratorで作ったデザインでオリジナルT-シャツを6枚ほど作った。

そして、古いシューズを持って何度か通った。
最初は、500メートルを歩くのに12分もかかり、ハァハァと息を切らせた。
次に自転車に乗るも3キロ漕ぐのに、太ももの筋肉が張って漕げなくなり、体力・筋力が落ちていることをまざまざと実感したんです。
負けてなるものか・・と、1時間の時間があれば通うようにした。
すでに3週間が経過した。
まだ、ジョギング・ランニングはしていない。早足のウォーキングを中心に20分を1セットに2セット歩き、自転車を30分漕ぎ、四種類の筋トレを2セットずつこなしている。
ついには、靴擦れを起こしてしまった。

まだ、体には目に付く変化は起きていない。
持続する必要を感じてはいるが
いつかは、20キロのハーフマラソンが出来るほどになってみたい。そして、教室に入りエアロビクスに太極拳・ヨガにも挑戦しようかと思っている。

気合を入れなおす為に新たに26.5cmのランニングシューズを購入した。
目標値に辿り着くことが出来るのであろうか、心配の種は残っている。

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マリンスポーツを観戦する

東尋坊を後にして三国海岸を走る。
今宵宿泊する芦原温泉に一直線です。以前、慰安旅行で芦原温泉「法師」に宿泊した。アンケートを取ればご婦人は押並べて30人が30人とも法師にまた来たいと云った。
ご婦人の心を揺さぶったもてなしは、どこにあるのか。
湯舟に浮かんだ無数の檜の玉には感激した。

三国海水浴場が目に付いた。
海には色とりどりのブイが浮かんでいる。何かのイベントが行われているのか、興味津々で浜に降り立った。
浜辺にはたくさんのテントが設営され、水上バイクが一列に並んでいます。その数、ざっと20台。青いビニールシートの上では、三脚に望遠レンズを装着したカメラがズラリと並び潮風に吹かれて時を待っている。

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スタートしました。
もの凄いスピードです。波が荒立ち白い飛沫が塊となって飛び散り、水上バイクは猛然と砕け散る波に向かって走り抜けていきます。
決められた色とりどりのブイを目印に駆け抜けて行く。
何週するのであろうか。果敢にチャレンジして横転する者もあるが、再び乗り込んで爆音を響かせる。
耐久馬鹿と描かれたT-シャツを着込んだスタッフが鐘を鳴らしている。
これは、水上バイクの耐久レースなのか。

観戦としては面白いマリンスポーツをはじめてみた。
砂浜には砂上を走る4輪バギーが待ち構えている。

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10周は回ったであろうか、フラッグが振られた。
優勝者が片手を空に向けて雄叫びを発する。練習の成果だったのか、抱き合って喜んでいた。

高所恐怖症でパラグライダーで空を飛ぶことは出来ないが、少しばかりは泳げるで水上バイクは挑戦しても良いかな・・・。
水飛沫をあげて楽しいスポーツ観戦だった。
明日は、念願の永平寺参拝です。

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白山の空に舞う

白山比咩神社の参拝を終え空を見上げると色とりどりのパラグライダーが空を舞っています。地元の方に獅子吼高原に行くとパラグライダーの基地があると云うのでゴンドラに乗って頂上へ。

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獅子吼高原はパラグライダーのメッカで全国からスカイスポーツファンの憧れの地として評判の高原。
パラグライダーの基地から眩いばかりの眼下を眺めると白山比咩神社に流れ込む手取川の清流が大河のように蛇行して水耕田に恵みを与えているのが見えます。
人工芝が張られて角度のある斜面には、パラグライダー一式が納められた大きなリュックを無造作に置いて、10数名の方が談笑している。命綱であるパラグライダーに付けられた1本1本の細い糸を入念に動作を確認して準備に余念がない。
ベテランの係員であろうか、風力計を手に持って信号を出されている。

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ある方は、二人で飛ぶために金具の止め具合をチェックされている。怖くないのかな。
パラグライダーの羽根が人工芝に敷かれました。吊り糸を動作を確認して体に装着された。風が下から吹き上げてくると
フワァ~と羽根が広がって浮き上がりました。
指導員の方が羽根の広がりを瞬時に確認されています。大きな声で『テイクオフ』の掛け声で少し走ると浮きました。
まるで魔法のように空高く鳥になって舞っています。気持良いでしょうね。尊敬します。

カルト集団オウム真理教は修行によって浮遊術を試みたと云いますが、修行の方法が間違えていたのでしょうね。パラグライダーの羽根を付ければ修行する必要もありません。

私は飛べません。飛ぶことで1億円の報奨金であっても拒否することになる。
テイクオフの掛け声で心臓麻痺で急死まちがいなし。
しかし、学生のころにこよなく愛読した、ちばてつや「紫電改の鷹」には憧れた。ゼロ戦の操縦士になりたかった。矛盾した心ではありますが。

2009年11月21日公開の青春映画「Rise up」はパラグライダーを題材にした映画のようです。
この地でロケが行われたとポスターが貼ってありました。

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ゴルフに興じる

Golf

気のあった仲間たちとゴルフに興じる。

厚い雲が覆い被さって妙高山の頂上を捕られることは出来ませんでしたが、緑鮮やかな木々が裾野に向って広がっています。
青空を遮る曇り空はゴルフに興じるには最高です。ひんやりとした風が心地よい。
シルバーウィークの休みとあって沢山の方がお見えになっています。

成績もまぁまぁと・・・
楽しいゴルフでした。
終わってみれば温泉に浸かり笑みがこぼれた1日です。

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ゴルフ・・・屈辱を味わう

不景気でプロのゴルフ競技の賞金が減っているそうですが、それでも高額の優勝賞金を目指して国内ツアーが始まった。

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30分圏内に六つのゴルフコースがある。
気楽にホイホイと行ける距離です。その上、平日であれば昼食付きで7000円と格安料金なので、員数合わせで、チョクチョクお誘いを受ける。
断る理由がないので、後部座席に座りながらゴルフ談義に花を咲かせる。

ゴルフを始めて、30年の年月が経った。
経験だけは豊富と云ったところでしょうか、しかし、経験だけでスコアが良くなるほどゴルフは甘くない。一に練習、二に練習、三にコースで四に練習と自称プロ達に云われ続けたが、その練習が嫌いで嫌いで、仕方なく練習に行けば、30球も打つと飽きてしまい、周りの人の練習を眺めるが唯一の楽しみとなった。

それでも、三十代・四十代は凝りに凝って、月4回のペースでコースにお邪魔した。
46歳の時に、レインボーカントリーで40・39の好スコアを出したのを最後にゴルフクラブを封印した。出店の要請が相次ぎ、ゴルフどころの話ではなくなったのが原因だったと思うが、いまになって思うと封印した気持ちが漠然としていて良く分からない。
ゴルフに飽きてしまったのが本音であったようにも思う。

時は流れ、彷徨いながら雪国に立っています。
同僚のゴルフ練習に付き合って見に行ったことで再発してしまった。
それでも、ゴルフに凝ることはない。
誘われても、人が足りなければの条件付と、雨が降ったら行かないことの断りを入れて参加している。
月1回のペースで誘われて参加するようになって2年が経ちます。
ゴルフの道具は進化しているのですね。金属の大きなヘッドのドライバーを眺めるとビックリしてしまう。それにキーンと独特の金属音を響かせながらボールは遙か彼方に飛んでいく。凄まじい飛び方を目の当たりにしても、新しい道具が欲しいとは思わない。

Golf

愛着のある20年前の道具を使っています。
ドライバーは名器と云われた本間のパーシモン。アイアンも本間。
パターと云えば、青木モデルと云われたアクシュネット型パター。
ゴルフ場に行って、パーシモンのドライバーに会うことも、アクシュネットのパターに会うことも見つけることもない。希少価値のある道具だが、博物館行きだと揶揄される。

遊び感覚で楽しんでいるゴルフだが、年齢も背格好も似ている得意先とハーフ勝ち負けで1000円の握りをしている。今のところ4勝5敗で拮抗していたが、先日の対戦で連敗してしまった。
次の日にお会いすると,ワザワザ寄ってきて屈辱な発言があった。
次はハーフ5枚あげるよ!あざ笑うかのように、はははははの大笑い。
江戸の仇は長崎で・・・
練習嫌いを返上しないといけないようです。

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駅伝だったのか・・・

妙高市の市街地を走っていると、何かの催しがあるのか信号の角々で交通整理をしている。
通いなれた道ではあるが、交通安全運動でも行われているのか・・・。
すると、ボンネットに新潟県各市町村の名前が入った垂れ幕が貼ってある車が、何十台とすれ違った。すれ違う車を見ると、助手席にひとりを乗せている。市町村単位のラリーでも行われているのかと眺めていた。
車は猛スピードですれ違った。

信号で止まった。
信号機を操作していた警察官が近寄って来て、「駅伝が通るので暫く待ってください」と云われた。
駅伝のコースだったのか、それにしても市街地を堂々と走るものだな
赤信号を2分経っても、何も起こらない。私の後には数珠繋ぎで赤信号渋滞が起きている。

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先導する2台の白バイが右折してやって来ました。
急いで、デジカメを取り出し狙い定めて準備完了。
ゼッケンを付けた集団が大きく曲がって通り過ぎていきました。
駆け抜けて行った選手の後にマイクロバスが通り「第61回新潟県縦断駅伝競走大会」と書かれていた。
後で調べると、「第61回新潟県縦断駅伝競走大会」は妙高市役所をスタートして今日から始まった。どうりで、集団で走ってきたのはスタート直後だったからのようです。
晴れ渡った秋空の下での駅伝は気持ちが良さそうですね。

駅伝は好きです。
毎年、1月1日は実業団駅伝を観て、1月2日には箱根駅伝を欠かさず観ています。
そして、秘かに応援しているのが都大路を駆け抜ける高校駅伝です。
私のいた寺子屋は、あまりスポーツが得意ではないようで、どんなスポーツも地区予選で敗退します。
母校を応援できないので、いつも、実家のある県の小林高校を応援しているんです。全国高校駅伝では優勝7回を誇る強豪で県予選では圧倒的な強さで出場するも、近年の全国大会となると平凡な記録で終わっています。県立高校のために学区制で優秀な生徒が集められない苦労があるのかも知れないと思っています。
県には数多くの有名なマラソンランナーを輩出した旭化成がドンと控えているので、宣伝効果も重なり駅伝熱となって広がりを見せているのかも知れません。

中学生の時に、宮崎出身の村社講平(むらこそこうへい)さんが学校で講演があり、走る喜びを大いに語っていました。
村社講平と云えば、日本が生んだ長距離ランナーの第一人者です。何しろ、村社講平の歌までありました。歌詞もメロディも忘れましたが ♪むらこそこうへい・・・♪♪
と歌ったような記憶があります。
オリンピックで人間機関車と云われたザトペックは、ベルリンオリンピックで村社講平の走りを見て陸上を始めたと云われています。

村社講平さんは講演の時に、マラソンで走るときの息は続けて二回吐いて、二回吸うと教えられたように覚えていて、ジョギングする時も、癖になり二回吐いて、二回吸うようにしていますが
果たして、息の配分として良いのか、悪いのか・・・。
まぁ、鈍足ですから息の配分が、どうのこうのは、ないようです。

余談・・・
子どもが小さい頃、神宮外苑のそばに住んでいたので、いつも散歩は神宮外苑でした。
その神宮外苑では瀬古監督率いるSB食品の選手たちが練習で走っていました。
何周も何周も走る選手たちを待ち受けて、何周も走ってへばっている選手を相手に、途中から一緒に走り出すのですが・・・ものの5メートルを走るだけで引き離されていました。速くて速くて、追いつけません。
どんなに速いんでしょう。びっくりです。

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のろまの君は栄冠を・・・

丘の上にある野球場で歓声があがり、車を停めて、チョット観戦したくなった
中学校なのか、少年野球チームなのか真新しいユニホームに身を包み、初々しく動きが機敏だ。ネット裏には親御さんが陣取り黄色い声援を送っている。
ピッチャーのコントロールが定まらず、四球を連発している。
ピッチャーに水でも飲ませてあげたいところであるが・・・。
野球場のとなりを見ると、400メートルのトラックがあり、選手が走っている。

足の速い人には憧れたな・・・。
100m_final_1998

中学の時の同級生に、ずば抜けて足の速い友だちがいた。
毎年、市町村の中学校陸上競技大会で100メートル競走で3年間、向かうところ敵なしで金メダルの友だちだ。その友だちだけは、不思議なことに「実さん」と「さん付け」だった。
同級生みんなも、実さんとさん付けで呼んでいた。
足の速さが尊敬の証で、みんなの憧れの的だった。
恐れ多くも「実君」とは呼べなかった。

まるで、アイドルを見るような思いで、実さんが走る姿を眺めていた。
足が速くなりたい。と思いつつもDNAには忍者も・飛脚も血筋になく、鈍足を血統に持つ雑種系で運動会は好きでなかった。

足の速い人が身内にも、先祖にもいるとは聞いたことがないので、足が遅いのは親譲りだと思っていた。足が遅いのに、寺子屋ではラグビー部に所属していた。
相当に矛盾した話・・・。
ラグビー部は先輩の鉄拳が怖くて強制的に入部させられたタコ部屋だった。
純真無垢で真面目がとりえの私にタバコを与え、不良の道へ洗脳されてしまった。
来る日も来る日も50メートルダッシュで血反吐を吐いた。
それでも、足は快速にならず、鈍足のままである。

その鈍足の血を受け継いだ変人がいる。ほんとうに変わった子ども。
小学校の時、PTA主催のテニススクールがあり、わが鈍足の子どもも参加した。
「仁左衛門さんとこの変人君!テニスの才能があるよ」
「中学校に推薦しようと思いますが、どうですか・・・」と、聞かれた。
瞬間!親は妄想の中でウィンブルドンのセンターコートに立つ姿を夢見てしまった(笑)
スポーツショップに行き、テニスラケットを触り、握って振ったりした(笑)

中学に入学して、すぐにクラブ活動を決めてきたと云ってきた。
聞くまでもなくテニス部であることは予想していた。
・・・が、わが耳を疑った。
「陸上部に入ることにした」
「シューズを買って!」エッ~~~テニス部じゃないの?
鈍足が陸上部なんて、また、どうして。

「テニス部に入っても、上手くなるかも知れないけど賞は取れないよね」
「中学生活で、何か思い出を作りたいんだ・・・」
「出来れば、クラブ活動で賞を取れるようになりたいんだ」
・・・親譲りの鈍足で陸上は厳しいんじゃない?
「いろいろと考えている事があるんだ」
「賞を取るぞ~」
何を考えているのか・・・かいもく見当もつかずテニス部の当ては外れた。
ウィンブルドンの夢は潰えた。

2007090401
陸上部員の少ない中学校では、すべての競技にエントリーできて競争に参加した。
先輩のしごきもなければ、先生の指導もないと云う、ただ、黙々と走っていれば部活として活動しているようだ。
市の大会・地区の大会に出て、鈍足ではあるが度胸はついたようで、内緒で観戦している親に向かって手を振ったりしていた。2年生なった秋季大会が最後の大きな大会になり、念願の賞を取る事は難しくなっていたので、最後の大会と云うこともありピクニック気分でオニギリを持参して見に行った。
本人は思うことがあって、110メートルハードルには特に気合が入っていた。
今まで以上に練習をしたようだった。
何とか予選二つを勝ち残り、決勝まで進み7人での戦いの火蓋は切って落とされた。
スタート直後から4番手をキープしていたが、足が伸びていない感じ。

4番手でも大したものだな・・・なにしろ鈍足の家系なんだから
ところが、3番手を走っていた選手がハードルに足を取られ転倒したんです。
何が幸運を招くのか分かりません。
念願だった中学校の思い出の表彰状が子ども部屋に飾ってある。
三位ではあるが・・・秋季大会の大きな大会で夢にまで見た賞状です。
鈍足でも勝てる方法とは、ライバルの転倒を期待する事のようです。

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