ペット

わが家に黒猫がやって来た

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わが家に黒猫の赤ちゃんがやって来た。

猫の里親にならない?と何度となく聞かれたが猫の方が長生きするのでと断っていた。
以前にもサバトラの白を飼っていて20歳と云う高齢で天国に行った。
番猫としてネズミの出没に目を光らせていたが死んだ途端、ネズミが庭を走って行った

今度飼うなら黒猫か黒白の斑が良いと思ってはいたが猫の長生きを考えると二の足を踏む
それが1本の電話で話が進んだ

飼われていた黒猫が二匹の黒猫を産んで里親を探していたら尾っぽの短い方がすぐに決まって貰われていった。残っていたのが長い尾っぽの黒猫で乳離れを終わってすくすくと育っていた。
知り合いの聞いてあげるよ!
翌日になって黒猫欲しいと手を上げる方がいた。
\(^o^)/で連絡を頂いた方にOKの返事をした。

12月10日に受け取りに来てくださいと云われてお宅訪問すると小っちゃい黒猫はダンボールの中でキョトンとしていた。
土曜日だったので2日間だけ預かってリレー方式で月曜日には違うお宅に貰われて行きます。

ところが・・・
月曜日になって黒猫希望のお宅が年末は忙しいので年が開けてからで良いですか?と来たエ~~~と唸ってしまった。
未だ二十日以上もあるじゃないか
しかし、わが家の玄関を跨いたのであれば仕方がない
子猫用のエサに姫が使っていたトイレ用砂場を用意します。

ダンボールにチョコンと収まった黒猫はまさしく猫を被っていた。
生まれて3ヶ月程度の子猫です。
取り敢えず名前を付けようと
黒猫と云えばもう魔女の宅急便しか思い出しません。
魔女のパートナーと云うことで名前はジジです。

夏目漱石「吾輩は猫である」も黒猫でしたが、こちらは最後まで名前が付かずに猫のまま死んでいきます。ただ実際いた黒猫で漱石夫人は大層可愛がり「福猫」と呼んで可愛がっていたと聞きます。

走り回るは、カーテンをよじ登るのは朝飯前のようです。
砂場は以前使っていた姫の匂いが残っているのかなかなかスムーズにはいかない。
尻を上げる度に砂場に直行して躾の第一歩です。
ゆで卵・竹輪・生クリーム・チーズは好物のようです。竹輪だけは食べるけど骨を弱くするので食べるかどうかの確認をしただけ。

最初の頃は湯たんぽを炬燵の中に入れて暖を取らせたが、いまでは羽毛布団に潜り込んでいる。

そして飼い慣らしているのですが、預かっているだけの日々だが相当に懐いてきている。これは困りました。年明けまでのお預かり黒猫です。

古今東西 黒猫に纏わる吉凶があります。

◆ 黒猫は『魔法の猫』で、餌を与え、敬意をもって接する飼い主に幸運をもたらす

◆ 自宅の玄関先に見知らぬ黒猫がいたら、繁栄がもたらされる

◆ 近代以前の日本では「夜でも目が見える」等の理由から、「福猫」として魔除けや幸  運、商売繁盛の象徴とされ、黒い招き猫は魔除け厄除けの意味を持つ。

◆ 江戸時代には、黒猫を飼うと労咳(結核)が治るという迷信のほか、恋煩いにも効験  があるとされた。新選組の沖田総司は労咳を患って床に伏せっていた際、この迷信を  信じて黒い猫を飼っており、死の間際に斬り殺そうとしたが果たせず、自らの終末を  悟ったといわれる。

◆ 自宅の玄関先に見知らぬ黒猫がいたら、繁栄がもたらされる (スコットランド)
◆ 黒猫が住みついたら、幸運がやってくる (アメリカ、イングランド)
◆ 黒猫が道を渡ったり、自宅に入ってきたら、大変縁起が良い (イングランド)
◆ 黒猫は『魔法の猫』で、餌を与え、敬意をもって接する飼い主に幸運をもたらす (  南フランス)
◆ 結婚祝いに黒猫を送ると、新婦に幸せが訪れる (イングランド)

◆ 月明かりの下、黒猫が行く手を横切ったら、伝染病で死ぬ (アイルランド)
◆ 黒猫が病に臥せる人のベッドに横になったら、その病人は確実に死ぬ。(イタリー)
◆ クリスマスに黒猫の夢を見たら、翌年は重い病気にかかる (ドイツ)

それに黒の子猫
黒の吉凶に加えて幸運の特徴を持っていました。
長い尻尾の子猫の尻尾がカギシッポになっているんです。

我が身に幸運が訪れるのか、寝ている私の横で寝るのだから私は重い病気にかかるのか

ところが12月30日にショッキングな出来事が起きた。
憚られるプライベートの事なので書くことは控えないといけないが、黒猫が来てから何気なしに気づいた出来事なんです。
昨夜は黒猫のジジを横に寝かせながら寝ることが出来ませんでした。

そんな訳で黒猫のジジは幸運を運んできたのか、はたまたアクシデントを運んできたのか、しかし年明けにはジジはわが家を離れていくのかな・・・思案のしどころです

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別れの挨拶

不思議なこともある。

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11月26日に親戚のお父さまが亡くなった。
お父さんは根っからの猫好きで農作業に行くときも一輪車に乗せて畑に連れて行った。また猫もおとなしく一輪車に乗ってお父さんの農作業の付近で遊んでいたと云う。
部屋に居る時は猫の方からお父さんに擦り寄り膝の上で寝ていた。

そんな猫が5年前に3匹の赤ちゃんを産んだ。
自然に任せていたので避妊手術を行っていなかった。2匹の赤ちゃんは知り合いに貰われて行って残った1匹を親子として飼うことにした。

その親猫が赤ちゃん猫を置いたまま家出をした。
親猫が赤ちゃん猫の時から飼っていたので7年の歳月が過ぎたが、いままで一度として2日と家を空けたことがないと云う。
7年も飼ったその親猫が家出をしたんです。2日経ち3日経ち1週間経っても戻ってこない。
首輪をしていたのですぐに見つかるだろうと思って
近所に張り紙をだして捜索をしたが情報はひとつも上がってこなかった。

交通事故で猫が轢かれたとも聞かないし。
もしかして死ぬ場所を探して家出したのかも知れないと落胆の色が濃くなった。
その間に残していった赤ちゃん猫がすくすくと育ち大人猫になってしまった。

家出した親猫のことはすっかり記憶から消えていた。

お父さんも家出した親猫と同様に赤ちゃん猫にも愛情を注ぎ、一輪車に乗せて畑仕事に行っていた。赤ちゃん猫も家出した親猫と同様にお父さんになついて一緒の布団で寝た。

病院で亡くなったお父さんの遺体は通夜・告別式を迎えるためにセレモニーホール安置された。
3日めになると飼っている猫の餌が心配になり家族の方が家に戻り、猫の好きな煮干しに缶詰を空けて置いてきた。
明けて翌日は出棺を終え、お斎(おとき)を行って家路に着いた。

最初に家に着いたお母さんが「え~~~!」と大きな声をあげた。
家族がビックリして、どうしたの!と聞くと、お母さんは声にならない声をあげて猫が猫が・・・と指を指した。

玄関前に薄汚れ今にも切れそうな首輪をした1匹の猫が佇んでいた。
みたみんなは一様にイチコ(家出した親猫の名前)だ!イチコだ!イチコが帰ってきたと騒いでいる。

あんなに可愛がってくれたお父さんとの別れに来たのであろうか
お母さんは泣いている。
イチコ!もうどこにも行かないで!と抱きしめていた。

亡くなったお父さんに会いに帰ってきたのだ
お父さんと最後の別れがしたかったのだろう

二度と家出しないように玄関の鍵を閉めた。


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蓑虫になったトラ猫

 

夜空には南天から西側に移動したオリオン座が輝いている。
冬至を境にまた東側に移動をはじめる。
未だ目も明けやらぬ朝の5時です。

 

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倉庫に商品の確認に行った。
その猫は奥まった低温室の前でダンボールを布団のようにして覆って顔だけ出して動きを止めて横になっていた。
死んでいるのかなと思っていたので近づくとニャ~オと鳴いた。鳴き声がして驚いた。
ダンボールは台車の下に広がっていたので、もしかして怪我?と急いで近寄りダンボールを取ろうとしたが容易に取れなかった。

台車の下に猫の体が延びていたので台車の車の下敷きになったかも知れないと、先ずは台車を抱えて移動させたが猫はピクリともしないのでどうしたのだろう。

猫はトラ猫で毛並みが良く子どもではなかったが大人になったばかりの顔つきだった。
ニャ~オニャ~オと悲しげな鳴き声に、猫の頭を撫でて「ちょっと待っててね」
ダンボールを取り除こうと指先をかけると指先にベタッとする感触が広がった。

あ~!ダンボールには強力な粘着シートになっている紛れもない「ネズミ取りシート」です。この場所は4~5台あるパレットに30㌔の新米が山積みされていている。
新米を狙って来るネズミ一味を撃退するために仕掛けられた粘着シートが至るところに置いてあります。

その粘着シートに猫がかかるなんて・・・。
それも具合が悪いことに粘着シートが設置場所が決まらずに4~5枚が並べておいてあった。

大人になりかけの猫は猫会議に出席していた親の目を盗んで散歩と洒落込んだのであろう。それとも米蔵に来てネズミ一味を発見したのかも知れない。

猫は思った。

これは手柄だ!得意の忍び足でネズミに近づくと、ダンボールに光るものが見える、経験の浅い猫は思った。この光るものはビニールであろうと、ビニールであれば何も問題はない、一歩足を入れた瞬間にビニールとは違う感触を得たに違いない。
危険を察知して飛び上がったが、時はすでに遅かった。
飛び上がった猫の足にはしっかりと粘着シートがお土産で付いてきていた。

もうそれからと云うものは粘着シートとの格闘で動き回っている間に次から次と他の粘着シートに抱きつかれ万事休すとなった。
まるで木からぶら下がっている蓑虫ではないか、
粘着シートが体中を覆って、自由を奪われ口だけが無事だった。
もう何時間格闘したであろうか、身動きできないこの体で死ぬほど泣いたが誰も来ない。もう声も枯れた。お母さん~内緒で散歩にでてゴメンナサイ!

足音が聞こえる。
話し声も聞こえる。

ニャ~オと泣いた。

人間の声だ。
「どうしたんだ! 粘着シートに捕まったのか!いま助けてやるから我慢しなさい!」と云っている。
嬉しくてニャ~オと鳴き続けた。


これは困った。
ネズミ取りの粘着シートに貼り付いた猫をどうしたものかと、先ずはベッタリと毛に貼り付いた粘着を剥がしていく。近くにいた人に雑巾かなにかに水を付けて持って来てくれるように頼む。
猫に覆っている粘着シートは外したが、猫のしっぽも粘着シートに貼り付いている、まるで猫の標本にようになっているんです。
この粘着シートは強力です。
猫の上に被っているシートは外したが、問題はここからだった。
猫の体はコンクリートの床に粘着シートごとベッタリと貼り付いていた。
これは動けないな。指先ではやりきれないので水で濡らした雑巾を猫と床の間に差し込んで猫の毛を拭きながら外していった。

私にも判断の甘さがあった。
湯沸かし器からお湯を汲んでもらえば良かった。お湯で猫の体を拭きながら粘着を取っていけば少しは良かったかも知れないが水では粘着部分が取れなかった。

コンクリート面から外していく時は猫も相当に痛かったのか鳴き声から怒った声に変わった。それでも剥がさないことには動けない。
剥がし終えると猫は一目散に逃げたが粘着部分が動く度に引っ付いて行くが、我が家に向かって走って行った。
体は粘着が貼り付いたまま行ってしまった。
私も早く粘着シートを取ろうと焦ってしまった。もっと時間をかけて剥がしてあげれば半分ぐらいは粘着を取れたのではないかと反省した。

そこで思った。
飼い猫だったのか、野良猫だったのか・・・。
飼い猫だったら家族はビックリするだろうがお湯にシャンプーでも付けて洗ってくれるだろうが、野良猫だったら明日への命がないかも知れない。

トラ猫の可愛い顔をしていた。
飼い猫であって欲しいと願った。

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愛猫が死んだ。

7月18日に「余命半年・・・」をアップして1ヶ月。

2011年8月17日。3時40分。
ゆっくりと潮が引くように姫が黄泉の国に旅立ちました。

留守している時に死なないように・・・と、願っていたのが通じたのでしょうか。
見守る中で、静かに魂は上がって行きました。
7月に満20歳になったばかり。
20歳と云えば人間であれば成人式だが、猫年ではゆうに100歳を越える長寿となった。

5月ごろから排泄がスムーズに行かなくなり部屋中にマットが敷かれた。それでも愛嬌を振りまき、誰かが台所に立つと足音を忍ばせて横に立ちご馳走をねだり、マッサージには体を横たえて至福の時間を過ごすのが日課となった。
・・・が、急激な痩せ細りを心配して病院に足を運び血液検査をお願いすると、どこも悪いところはないが、脱水症状だと云われる。
「エッ!脱水症状?」「あんなに水を飲むのに・・・」
病院では最高齢ニャンコの点滴の日々がはじまった。

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思えば、20年前に住んでいたマンションの二階で、庭が付いていた一階の人がノラ猫に食事を与えてた猫に5匹の赤ちゃんが生まれた。そのうちの3匹が階段の踊り場で涼をとり無邪気に遊んでいた。分譲ではあってもペットを飼うことにうるさくなかったのが幸いしたのでしょうか。
笑顏を振りまく3匹のノラ猫の子猫を頂いてきた。
ノラ猫の飼い主となり、それから♂1匹♀2匹の子猫に手を焼き忙しい日々がはじまった。
オトナ猫になるのは早いもので、♂の虎次郎は家を出るとほとんど戻ってこなかった。
♀の姫と茶々には、知らないあいだの子だくさんを恐れて不妊手術を行い、ひと安心。

玄関を開けると、素早く外出して狩りに夢中になり、ネズミやらカマキリ、バッタを口に咥えて誇らしげに帰ってきた。一時は鳩やら蛇を捕まえてきて、部屋に上がるなり口から離すので鳩やら蛇が部屋中に逃げ惑っていた。
これには人間の方がビックリして飛び上がってしまった。
狩りの上手いところを見せたいのだろうが・・・もう、降参するしかなかった。

ある時、押入れに吊るした十姉妹の巣に手乗りツバメを飼っていたときは、ツバメが出てくるのを待っていたのか、それともツバメを守ってくれていたのか・・・身動ぎもせずに十姉妹の巣を凝視していた。
4年も経ったころ、雨が降っていたある夜。
茶々が玄関の戸を叩き外に出してくれ!と、鳴いていた。
戸を開けると、身を翻して飛び出した茶々は、夜の探索に出かけたまま戻ってこなかった。
朝になっても戻ってこない茶々を待っていた姫は玄関先で動こうとしなかった。
兄妹がバラバラになってしまった。

その頃から外に出かけるのが少なくなった姫はベランダが主戦場となり、二足で立っては遠くを眺めていた。戻ってこない♂の虎次郎と♀の茶々を待っていたのであろうか。

メザシが好物でマグロやカツオの刺身よりもメザシを好んで食べた。メザシだと安上がりで嬉しいんだが、メザシの頭をあっちこっちに残して行くのには参った。
どうして、メザシやらイリコの頭を食べないんだろう・・・20年経った今になっても疑問のひとつです。

寝ることが趣味の姫は押入れの一角に居住区を設けると、メザシを咥えていき、頭をバラ撒くので押入れの中はメザシの残骸が散らばり、掃除が大変で押入れの中が魚臭かった。

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Hime

12年前に、とある企業からのお誘いを受けてこの町にやって来た。
いつも一緒の姫を伴ってこの地にやって来たんです。2~3年の約束が10年以上も住んでいる。姫も私も住めば都だったのでしょうか。

ただ、この地は寒い!雪国です。しかし外出嫌いの姫で助かった。
寒い雪の日は、布団にくるまって出てこない日が続いた。飼い主に似て寒さ嫌いは本物で暖かいところ暖かいところへと移動する。
炬燵を占領するので、炬燵の中にホットカーペットを敷き、冬のあいだじゅうは、どちらかの電源が入っていた。

10年ほど前に、何が原因か分からないが、全身の毛が抜けはじめ、お腹や下半身は覆っている毛が抜け落ち、毛をむし取られたニワトリのようになったので、死ぬことを覚悟したがいつのまにか毛が生えてきて脱毛の危機から脱し、フサフサの毛に覆われ安心したが、どんなことをすれば毛が生えるのか、人間に教えて欲しいと切に願った(笑)

病院で点滴を受けると元気になったが、亡くなる2日前から食事をしなくなり、後ろ足の筋力がなくなり起き上がることができなくなった。時間ごとに抱え上げて寝返りをさせ、おもちゃの注射器で水を飲ませた。水だけはゴクゴクと飲み干し嬉しかった。

いつ寿命が尽きてもおかしくない状況が続いたが、お盆中は生きて欲しいと願い、仕事から帰ってきたら死んでいた!は、嫌だったので、死ぬ瞬間は見守る中で・・・と念じた。

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その瞬間は、静かにやって来た。
注射器に水を貯め飲ませると、呼吸が緩やかになり四肢が動いた。全身の力をふりしぼって体を動かそうとしている。右手で前足の肉球を握りしめ、左の手のひらで顔を持ち上げると、かすかに口元が動き、サヨウナラと云ったのであろうか。
目を閉じて呼吸が止まった。
20年間の姫との歴史が終わった。

保冷剤を敷き、北枕で寝かせ、枕元には花や水を置き線香を焚いた。
姫の体は飼い主のお気に入りの白いT-シャツをかぶせ
翌18日に親鸞が説法を繰り返した国の重要文化財である親鸞ゆかりの浄興寺で葬式をあげた。お経が堂内に響いた。
白くてきれいな骨でお寺の方も病気をしていないしっかりとした骨ですねと・・・。
骨壷は持ってきた。
いつの日か、九州に戻った時に庭に墓を作るか、太平洋に散骨しようかと思っています。

いまごろは・・・
天国で離ればなれになった兄妹にあっているでしょうか
死因は分かりませんが、老衰なのかな。

姫・・・
ありがとう。

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余命半年・・・

食欲がなく、暗い場所にうずくまり横たわっている時間が多くなった。
時おり、寝返りをうつためにゆっくりと体を起こし、時間をかけて寝る方向を変えて横たわる。
まるで死期を察したかのように・・・。

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20歳になった姫は人間の年で云えば、ゆうに100歳を越える。
柔らかい毛に覆われているので見た目では分からないが、骨が浮き出て背骨がゴツゴツとでている。まるでトントントンと骨の階段が続いているようである。

好きな中落ちのマグロを用意しても、匂いを嗅ぐだけで素通りしてしまい、いまにも倒れそうなヨタヨタ歩く。かろうじて痩せ衰えた体を四肢が支えている。これでは・・・
覚悟を決めないといけないようです。
この地には、親鸞が説法を繰り返し国の重要文化財にも指定されている浄興寺がペットの葬儀も行っている。亡くなった時の手順をしっかりと頭に叩き込み、肝心の費用もチェックする。
友人のニャンコが亡くなったときに市の焼き場に持って行った話を聞いたことがある。
市の焼き場は、持ち込まれるペットの数体がまとめて焼かれた。どの骨がわが家のニャンコなのか分からずにまとめてゴミとして処理されたようだ。
費用は掛からないがこれはいやだな~。

紋の入った愛用の白いT-シャツを用意した。
ニャンコようの白装束です。

狭い部屋の中で排泄する場所が点在する。
その場所には、ペットシートが敷かれ、その上に新聞紙が広げられている。周りには、トイレで流せるちり紙が積まれて、すぐに対処できるようになっているのですが、新聞紙の上が汚れない・・・。
排泄するほどの栄養のカスは残っていないようです。

以前、掛かっていた動物病院が、これがまた下手っぴでヤブ医者だった。痙攣が止まらなかったので、なにかの病気かと心配になり、連れていった。
診察の結果は・・・
腎不全に掛かっていて余命半年と云われた
その際、腎臓サポートのドライキャットフードを山ほど買わされた。

注射を打つこともなく、ましてや薬を飲むこともなく・・・半年は過ぎた。
医者って凄いな~。好き勝手に命日を決めている。

そんなこともあって病院に行くのは極力避けていたが、チョット離れた住宅地に瀟洒な動物病院が開業したのを通りすがりにみつけた。

早速、連れていってみよう。
車に乗るのは嫌いじゃないようで、外の景色を追いかけている。
三度ほど旅行に行ったこともあるのだ。水戸や花巻に行った時もダンボールの中に入って車酔いもせずに爆睡していた。

初診受付で20歳と云ったら、待合にいたペットの飼い主3~4人がビックリして近寄ってきた。
すごい~20歳なんだ・・・
年寄りには見えないね~などとお世辞を云われた。

診察がはじまった。
体重は1.8キロ。もう八百屋の店先でドンと置かれているカボチャより軽い。
背中を掴み持ち上げて・・・唸っている先生は「脱水症状ですね!」
エッ!驚いた。
食欲こそないが、水はたらふく飲んでいる。起き上がるたびにヨタヨタしながら向かう先は水の入った洗面器に一直線に向かう。・・・ので、脱水症状なんて、万が一にもあり得ないと思っていた。
しかし、どうも脱水症状はあると断言する先生殿。

血液検査を行う。
余命半年と宣告された腎不全の症状は・・・と、云うと血液検査を見る限りでは腎臓は
取り立てて、何かをしなければいけないと云うほどのことはないと。至って健康なんだな。

痩せていて、どこに注射を打って良いのか分からず3度ほど位置を間違えて
姫は鳴き叫んだ。
「おい!おい!・・・どこに注射を打っているんだ 痛いよ!」

点滴は大人しく栄養剤を楽しんでいた。

点滴の効果は抜群で、1日5食も食べるようになった。
20歳を越えてからの好物に半熟たまごがある。黄身を一気に食べる。
健康のバロメータと云うべきか・・・。

まだまだ元気でいて欲しいし。
浄興寺は、うんと先の話である。

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姫のちゃぶ台

家族で一番の長老になった姫君は御年19歳を迎える。・・・たぶん。

ピーク時には6キロもあった体重が食が細くなり2キロまで落ちた。
まるで骨川筋エ門。いや姫君だから骨川筋子になってしまった。
それでも、食欲は旺盛でいままで嫌いで食べなかった鶏肉も食べられるようになったし、生クリームも舐めるようになった。
しかし、すぐに飽きる。
本命はカツオのタタキであったり、マグロのぶつ切りを喜んで食べる。

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今にも倒れそうになった痩せ細った体の頭を落として食べているさまを可哀想になり
amazonのダンボールを利用して、新しいちゃぶ台を作った。
頭を落とさないで食べられるように、姫君の高さに合わせ、ちゃぶ台は斜めにして、食器を置く穴を作った。
どうも、これがお気に召した様子です。

老齢になって至るところで排泄するようになった。
猫の認知症かとも思ったが、相変わらずマッサージの要求に長時間ねばったりするところを見るとボケてはいないようです。ただ・・・排泄する厠まで行くのに我慢が出来ないのか、それともマーキングなのか、何食わぬ顔をしてお尻を落とす。すかさずトイレクイックルを敷くのだが・・・
今後も続くであろう・・・と、姫君の通り道には、新聞紙が敷かれている。

友人宅のニャンコは、走り回りながらウンチを飛ばしているらしい。
ヒャ~!これだけは勘弁して欲しい。
これがないだけでも幸せなのであろうか。

せめて元気に20歳を迎えて欲しいと思っている。

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逆鱗に触れた・・・狂猫病

この世に狂猫病はあるのかな・・・。

ついにその時はやってきた。
尊敬する曽我十郎・五郎の生きざまを研究して、いつの日かチャンスがあるものと思っていた。

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親元を離れて猫の楽園である田代島に向かう旅の途中に立ち寄った水飲み場を囲むように植えられた木陰でウトウトと昼寝をしてしまった。不覚であった。疲れでぐっすりと眠ってしまったのが運のつき、気が付いたときは知らない屋敷に連れられて拉致されてしまった。
三日三晩に渡って泣き叫んだが・・・あまりの無情に涙も枯れた。

狭い部屋に閉じ込められ、夕食時には、首根っこを掴まれて宙ぶらりんとなり死ぬかと思った。
化け物みたいな、この野蛮な男は「きょうは、美味しいカツオのたたきだよ!」と、猫なで声で喋ってくる。
「フン!騙されてたまるもんか!まして冷凍のカツオなんか喰えるか!」と、足で蹴っ飛ばしてきた。
ほんとうは、大好きなカツオだったが、美味しく食べて太るのをまって、猫鍋になるのかも知れないと思うと気が気じゃない。そんな習慣が出来てしまった。

そして、長い月日が経ってしまった。もう親の顔も忘れてしまった。
野蛮な男は、稼ぎが悪く、いつもメザシだけが皿の上に並べられた。住まいも、いまにも雨がシトシトと垂れ落ちそうな古びた家で、障子や襖は歴戦の跡が残っている。
もう・・・拉致された怨念はなくなっていた。

そう思っていた。
その日は、身も凍るような寒さが襲ってきた。震えながら毒消しの草を食べていた。
早々と草を食べ終わると、あれ~玄関の戸が閉まっていた。
叩いたり、蹴っ飛ばしても、びくともしない戸は閉まったままだ。大声で叫んだが、だれも来なかった。寒さで死ぬかと思った。
そんな時に、メラメラと拉致されたことを思い出したんだ。復讐心がよみがえってきた。
凍死寸前で戸が開けられ命拾いをしたが、曽我兄弟の気持ちが芽生えたんだ。

いつも、野蛮な男にすり寄り、マッサージを懇願する。いつものことだ。
恥ずかしげもなく股を広げ、股のあたりをやさしく撫でられるとうっとりしてしまう。最近は、究極の快楽の場所である、背中の尾っぽあたりを撫でると快楽の夢の中を泳いでしまう。
もう・・・恍惚のせかいです。
しかし、快楽のポイントが1センチでもずれると、最大の弱点があるんです。
そこに、チョットでも触ろうものなら、牙をむき襲い掛かります これは、猫族の本能なんです。

その日は、静かにやってきた。
男は、慣れた手つきで下腹部を撫で終わると、いつもの癖で背中に手をやり、無造作に触ろうとしている。触る瞬間を待っているんです。いまだ!私は身をひるがえし男の親指にガブリと噛んだんです。不意を突かれた男は、食いちぎらんとする私の口を開けようと焦っていた。
こんどは、すぐに親指から右手の小指に噛みついたんです。ほどよい大きさです。
今度は、離すもんか!ガチッと食い込んでいます。
復讐が成就しようとしているんです 
参ったか!降参したか!
勝どきの声を上げて、思いを遂げてホッとしたのか、大量の小便を男にかけてしまった。
予定外であったが、もう、思い残すことはない
ザマ~ミロ!
私の復讐劇は終わりを迎えた。

両手に5カ所を噛まれた男は、大量の血を流し、泣いていた。
一晩中「痛いよ~」「痛い!」と悲痛な声が聞こえてきた。

その夜ほど、熟睡した夜はなかった。嬉しい・・・。

 男のひとりごと・・・

猫の強烈な猫パンチに引っかかれるのは、しごく当たり前なのですが
思いっきり噛まれてしまいました
その瞬間に大量の小便まで掛けられて、無残な敗北です。姫君の怨念にやられてしまった。

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ニャンコに会いたくて・・・

寒い東京でした。
PCやらカメラの入った重いバッグを片手にコートの襟を立て風に向って歩いた。
目指すは日本橋三越本店。東京メトロ銀座線にほど近い入口には10時の開店を待ちわびる長い行列ができている。百貨店は前年比割れが続いていると聞くが、平日でこれだけの長い行列を見るとホントかなと思えてしまう。

館内に入るとエレベーターの前には黒山の人だかりを横目に、急がば回れでエスカレーターを利用する。逸る気持ちの急ぎ足は7階特設会場にあるコーナーへと進む。
特設会場は、大江戸物産展をやっていて右側から、左側からと試食品が入った皿を目の前に出される。ついつい手が伸びて試食したくなるが、ぐっと我慢する。

2000

ねこの写真では第一人者の岩合光昭 写真展が開かれている。

宮城県石巻の沖合いに浮かぶ田代島は猫の島として有名です。
人間の数より猫の数が多いとも云われている。そして、猫が邪魔者ではなくて家族として扱われている。
どうしても、猫じゃらしの秘密兵器を持って、一度は訪ねたい田代島なのですが、岩合光昭氏が田代島で撮りだめした猫の数々も展示されていると知り、雪国からほんのチョットの雪が降る東京に、わざわざ三越本店の写真展に足を運んだ。

大人800円の入場料を払い、大きな猫のパネルが迎えてくれました。
日本の猫に地中海の猫が表情別に区分けされ、展示されています。
どれもこれも、生き生きとしたニャンコの表情には癒されます。
数多くのニャンコが必死に生きて、愛嬌をふりまいています。

2004 2016
2001

だんだんと人が多くなってきています。
平日にも関わらず、大きなスペースを確保した写真展なのですが、人混みとなり押すな押すなの大盛況です。
これほどまでに愛くるしいニャンコに会いに来るなんて・・・\(◎o◎)/!です。

数ある写真のなかで一番のお気に入りがこの1枚。
ポストカードになっていなかったので写真集をスキャンしました。
雪の中で三つ指ついて、愛するあなたを待っているのかな・・・

2006


いつもは、出張だったり会議だったりの東京ですが、今回はニャンコに会いたくてやって来ました。次は田代島です。

2003
2010 2015
2011 2005
2013
2012 2014
2002_2 2017_2

 

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鎖に繋がれた天使

この街は、生鮮産品を中心にしたスーパーの激戦区です。
その中でも、品質が良くて若干高めと評判のスーパーイチコがある。
イチコは中々品揃えも良くて抜きん出た集客力を誇っている。
出店する時の条件のひとつに、近くにお墓があるかどうかだと聞いた事があります。
お墓のそばは良いようです。

そんなイチコの商圏となっている
友人の住む住宅地は、碁盤の目のような縦横に整列された密集地です。
いつ来ても、路上駐車のいないすっきりとした道路になっている。信号のない交差点には緑豊かな小さな木々が目印となり、各家庭の庭先にある塀には街路樹の代わりに色とりどりのバラの花が満開となり目を楽しませてくれている。
花の町でもある。

住宅地の中にある町内会にはある規則があった。
「猫の放し飼いを禁止する」
猫の放し飼いを禁止する? 猫の本能を奪ってどうするの・・・。
猫会議に出席することも出来ない猫は可哀相です。

猫は決められた時間に、領土保全のために耳を傾けマーキングをしながら、隠密が入り込まないように巡廻して見張りをします。
時には、ジュリーのような賢いネズミがいるので油断になりません。
しかし、この町では自由に歩き回ることが出来ないのです。

Cat
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Cat1
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第一幕。友人宅の前のお宅。

鎖にに繋がれた天使。
もう、自由に歩き回ることを諦め、悟ったのでしょうか。
人見知りが激しく警戒心の強いのが長所だったのに・・・目はどこまでもやさしく
助けを求めるでもなく、虚ろなまなこでこちらをジッと眺めています。
番犬の代わりも出来ない番猫です。
果たして、これでも愛猫家と呼べるのでしょうか
自由気ままで、わがままし放題が猫の姿と思えば、哀れな姿です・・・。
姫のヒステリックな鳴き声に恐れをなしている私は、どちらの猫が良いのやら。

第二幕。灯りのない山奥の一軒屋

納屋に佇む繋がれた天使。
富山の小矢部に住む友人は山奥に住んでいます。
彫刻を生業としている彼から、ニホンカモシカが来るから見においでと云われて
行くことにした。
灯りひとつない山道にポツンとぼんやりと光る灯りがひとつ・・・彼の家だった。
それこそ、目が慣れるまで動けなかった。
少し、暗闇に目が慣れ見渡すと、納屋の奥からキラリと光る物体を発見した。
「何か光っているけど、何かいるの?」
「猫だよ」
「それも、キツネやタヌキが出てきて猫を掴まえるので鎖に繋いであるんだ」
「エ~~~」言葉にならなかった。
こんな、自然がいっぱいのこの山奥に猫が鎖に繋がれているなんて・・・
想像も出来なかった。

結局、カモシカは出てこなかったが、クマやキツネがゾロゾロといるらしい。
それよりも、満タンに入れられた灯油缶が20個あったのが一番ビックリした。
いくら自然が好きな私であるが、自然愛好家の烙印を剥がされても良い・・・
猫を鎖に繋ぐような相容れない自然の中での生活は出来ないと思う。

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猫の寿命

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世界最高齢の犬としてギネスブックに登録されている「シャネル」が6日、21歳の誕生日を迎え、自身の記録を更新した。人間の年齢で144歳らしい。

ニューヨークに住むダックスフントの「シャネル」は、オレンジ色のセーターと赤いゴーグルを身につけ、飼い主のデニース・ショフネシーさんが賞を受け取るのを見守った。
ギネスの広報担当者によると、審査員が獣医師の証明書や写真など確認し、記録の更新が認められたという。
「シャネル」は、生後6週の時に保護施設から引き取られた犬で、ショフネシーさんは「人間のように大切に世話をしている」と話している。

我が家の姫は16歳です。
猫は何歳でギネスブックなのでしょうか
先日、突然に背筋が伸びたまま硬直して痙攣を起しました。
突然死が襲ったのかと・・・
なす術がなく、途方に暮れていたのですが、長く続いた痙攣も少し治まると、
小さな声で鳴きながら、ある一点を凝視して長いこと同じ姿勢で起きてました。
霊か、なにかが見えていたのでしょうか

よろけた足取りで、いつもの場所に行って水を飲んでいました。
水を飲んだことで少し安心はしたのですが・・・老衰も考えられます。

3年ほど前に病院での検診で老齢の上に腎臓が悪いので、もって1年
半年の命だと云われたことがあります。すでに3年を経過しています。
医者の推測する寿命のご託宣は当てにならないようです。、

何歳まで生きられるのか
心配は尽きません。

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