文化・芸術

高橋まゆみ人形館

緑の葉っぱいっぱいの菜の花公園をあとにして何気なしに街中に入っていくと、袴姿の高校生がゾロゾロと弓を抱えて歩いている。高校選抜の弓道大会が開かれているようだ。
見学しようかと思ったが駐車場が満車で諦めた。

同級生に弓道部の主将がいて、弓を張ることができたら1000円と賭けに参加したことがあったが・・・張れなかった。1000円の代わりにパンと牛乳を奢らされた。
腰に梓の弓を張る。と云った例えがあるが・・・老いたる先が怖い。

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フッと横を見ると「高橋まゆみ人形館」の矢印があった。
昭和の響きはレトロになってしまったがやさしくも懐かしい響きがある。そんな田舎の素朴な人間模様を人形にしているあの方だ・・・。人形はポスターやら雑誌で何度か目にしていたのでチャンスがあれば見たいと思っていた。
そうか・・・飯山にあったんだ。
また、どうして飯山にあるんだろう・・・とも思った。

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「高橋まゆみ人形館」は小さな美術館。
長野市の遠隔地をドーナツ状に走るマッチ電車の線路脇に佇んでいた。
行ってみると、過疎化で悩む飯山の町にこんなに人がいたのか!と、思うほどに人・人・人でごったがえしていた。人の波に揉まれ溺れてしまいそうな人混みです。それでも、果敢に窓口に向かいます。
大人600円の入場料を払って中に入ると、小さな館内は大渋滞でゾロゾロと歩いて行きます。
そこは昭和が広がっている。
20センチほどの人形が、穏やかな表情で四季を伝え、諭すような話し声が聞こえてきそうです。愛くるしい眼差しと素朴な表情が胸に突き刺さります。鼻垂れ小僧だったガキの頃が懐かしく思い出されます。おじいちゃんやらおばあちゃんの表情が良いですね。

腰掛けのあるブースには42インチほどのモニターが映しだされ、展示品以外の作品の説明やら、作者である高橋まゆみさんのプロフィールが紹介され、高橋まゆみさん本人が、人形の作り方を説明しています。粘土にチリメンやらモスリンをかぶせている。

彼女は飯山出身で、いまも飯山にアトリエを構えて制作活動をされている。
3月11日に起きた東日本大震災で、改めて日本人の心が映し出された。思いやりの心は先人の教えが伝承されてきた証拠ですね。
人形の表情には思いやりの心がたくさん詰まっていた。

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大爆笑♪

 

笑った。

こんなに短い動画(CM)を何度も何度も見た。そして笑った。
してやったり!子どものニヤリと不敵な笑み♪は、恐ろしい
タイトルには演技の女王なんてありますね・・・さもありなん。

白バイの警官はママがピストルを出すと思ったでしょうか
早く出て来い!なんてビビッています。

私のママではない!と、小声で囁かれた哀れなママは逮捕されるでしょうか

続編があれば見たいな!

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シャッターアート「狐の夜まつり」

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9月9日のローカル放送でシャッターに絵を描く人を映しだしていた。
山あいにある街道筋の町だと聞くとチョット覗いてみたくなる性分が頭を持ち上げてきた。しかし時は、12時を回っていてお腹も空いている。まぁ、取りあえず、どこまで行っても1000円の割引を利用して行って見ることにした。そろそろお腹も限界の様子。途中のSAに寄ってうどんかラーメンでも食べようと思ったのが、予想に反して米山SAのフードコートは長蛇の列が続く。
期待は裏切られたので、並ばずにすぐに諦める。
目指す場所までの街道筋に食堂でもあるだろう・・・は、これまた裏切られてしまうことになるのですが。

日本海を眺める海の町柏崎から棚田が美しい山間の十日町へと国道252号は続く。過疎化は進んでいるが自然がいっぱいで、通行量も少ない
柏崎市であるが目指す高柳町は山の中をひたすら走る峠の町です。
地元商工会が中越沖地震の復興基金を利用し、観光客を呼び込もうと企画し、長岡に住むアマチュア画家の吉田直治氏に、開かずの間となっているシャッターに絵を描いて欲しいと依頼する。

たしかに国道沿いにある商店街はシャッターが降り、シャッター開かずの家となっている。

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吉田氏が描かれた60枚の一部です

吉田氏は自動車に文字や絵を描くのが本業で、かやぶきの家を描く墨彩画をライフワークとしている。「お世話になっている町を盛り上げたいと、張り切って引き受けた」。4月から、筆とペンキを使い、1日1カ所のペースで仕上げたようです。

その中でも、ローカル放送で映しだしていた「狐の行列」を見てみたい。
黒沢明監督「夢」の中で日照り雨編での狐の嫁入りは印象的で、当時ではレーザーディスクを買って狐の嫁入りの場面を何度も何度も繰り返し観た。
シャッターアートとして描かれた狐の行列をどうしても見たかった。

地域の中心部、高柳の商店街に約300メートルを中心に、個人宅や店舗、車庫のシャッターを「カンバス」にした。かやぶきの民家が水田を囲む珍しい環状集落で国の農村景観百選にも選ばれた「荻ノ島集落」や、江戸時代に完成した国指定名勝の「貞観園」などの景色が、水墨画のタッチで柔らかく描かれている。
シャッターに描かれたやさしい絵は微笑んでいるようにも見えます。

狐の行列が、なかなか見つからずウロチョロしてしまった。
商店街を抜けた外れの連なっているシャッターにその絵は、描かれていました。
まるで、大名行列のように・・・。
間近でみると、なかなかの迫力です。

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10月10日は「狐の夜祭り」と聞くに及んで、何がなんでも行かなくちゃ・・・。

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おわら風の盆 2010

聞くと見るとでは大違い。

JRが主催するツアーにはじめて参加した。まぁ誘われたのではありますが・・・。
毎年、9月1日~3日に行われる越中八尾の「おわら風の盆」に一泊二日の大強行軍で行ってきた。なにしろ一泊は車中泊なのであります。
12時10分。新潟から団体専用列車が直江津駅に入ってきた。先頭に「団体専用」なんて看板があると、あたかもお座敷列車のようでワクワクする。
新潟・長岡・柏崎などと地域別に車両が分けられている。乗り込むとすぐに豪華な駅弁がお出迎えです。

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富山駅に到着。
暑い・・・紫外線が激流のシャワーとなって降り注いでいます。もう歩けません、ぐったりです。
風の盆で盛り上がる越中八尾までの乗り継ぎで駅前には長い行列が出来ています。目の前には富山市民がお気に入りでヨーロッパ風にデザインされた市電が止まっています。市電を待つ乗客には屋根の雨どいからミストシャワーが降り注ぐ・・・良いな~。涼しいだろうな~。

冷房ギンギンの越中八尾行の電車に乗り込みました。運よく坐れたのは日ごろの行いのせい。
ギューギューのすし詰め状態で、ギンギンの冷房が暖房にチェンジいたしました。車内は団扇が一斉に風を起こしています。生暖かい風が還流しています。

約30分ほどで身動きもできないサウナから解放されました。
やって来ました。越中八尾「おわら風の盆」がお出迎えです。
それにしても、暑い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。言葉にならない。

駅前の通りにはテキヤさんが大忙しです。
延々と続く屋台の準備。

9月1日。初日は午後4時から始まります。
駅の近くの会場の二階ステージには窓が外され、三味線や太鼓・胡弓の楽器を奏でる方の椅子が用意されています。会場前の道路はすでに通行止めになっていて、沿道には縁石に座り込んだ観客でごった返しています。観客の周りにはステージの進行を説明する地元の方が短パン姿で、口から泡を飛ばしています。

3時45分。ステージには楽器を持った着流しの皆さんが勢ぞろい。三味線のチャンチャンに胡弓のキーコキーコの哀愁を帯びた音色に合わせて、歌がはじまりました。遠くまで聞こえそうな澄みきった美しい歌声です。
歌声に合わせて、900円で販売されていた編み笠を深々と被った男性と女性の若い衆が、足と手先の動きが美しい・・・。何を云わんとしているのか・・・わかりませんが・・・。

ステージの前は、黒山の人だかりです。蟻んこが、我も我もと集まってきて、ひとつの黒い塊となっています。
隣には、ねぇねぇ!風の盆がはじまったよ!と電話をしている小学生の坊や。車いすに座ったお友だちと一緒に来たようです。いま駅前のステージいるけどたくさんの人が来ているよ。早く来てよ!と、周りの状況を説明しながら、お誘いをしている電話の声が聞こえてきます。
誰に電話をしているのだろう~と、よく見ると、段ボールで作った紙の携帯電話でした。
楽しい会話のひとこまです。

越中八尾駅から歩くと4~50分ほどのところに「おわら風の盆」のメイン会場があります。小学校のグランドに造られた特設ステージで町内の踊り手たちが競うステージのようです。
まずは、目的から外したのですが、グランドに向かう人の群れは留まることを知りません。
坂のある商店街には、何本もの路地があり、辻となって大通りに合流します。
人の波は、辻から辻へと規則正しく流れていきます
・・・目指すは、グランドの特設ステージなのでしょうか。

川を挟んだ広大な駐車場には、続々と大型バスが到着して、満員のお客さまを下ろすと引き返し行きます。もう続々です・・・大型バスが数珠繋ぎで大渋滞を起こしています。

 

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ステージで見るよりは、路地裏で流す風の盆に出会いたい。と、あっち行ったりこっちに来たりで路地から路地へと歩きました。
三味線や胡弓を持つ人たちが路地に入って行くのを後をつけます。続けて編み笠を被った踊り手のみなさんが・・・、しかし、踊りが始まる前には砂糖に群がる蟻のように、汗が噴き出した体を寄せ合い、黒山となって歌と踊りを聞き入っています。 哀愁や風情は通り過ぎていきます。
ベタベタと体中の穴と云う穴から汗が噴き出しています。

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正直・・・草臥れましたが、マイクもないのにあの遠くまで透き通る声はどこから出るのでしょう。踊りをまじかで見れない状況の人ごみの中ですが、三味線・胡弓の音と、美しい歌声は見事でした。

それでも、午後7時を回りましたが、押し寄せる人の波は留まるとこもなく、ツアーの小旗を高く掲げた添乗員に引率された蟻んこ一行は、途切れることもなくゾロゾロとグランドを目指します。

地元の方にお聞きしました。

この時間になってもグランドに行かれますが、観れますか?
うんにゃ。遅くても5時に行って場所取りしないと観れないよ! ですって。
ちなみに、特設ステージは有料になっていて、A席3000円、B席2500円、自由席1500円とのことです。勝手に見れないのですね。

それでも、平日なので30万人ぐらいお見えになるでしょうか、今年は少ないかもね・・・だって。開催が土日にかかった時は、もう歩けないそうです。
それに、深夜0時まで運行している電車に乗り遅れ、帰れない人もたくさんいらっしゃるとか。

あまりの人ごみで、じっくり踊り見たり歌を聞いたりが出来なかったが、街灯だけを浴びて練り歩く踊りが見たかったな~。

午後8時30分。
まだ風の盆は、始まったばかりで今からが最高潮に達する前に・・・後ろ髪をひかれる思いでお先に失礼いたしました
それでも、帰りの電車は満員でした。

ツアーの待ち合わせである25時にはたっぷりと時間があります。
富山駅前の居酒屋で飲んで食っての暑気払いです。
午前1時30分。団体専用列車に飛び乗り、午前3時30分到着。自宅に戻り、シャワーを浴びて、歩き回って足が棒になって疲労困憊の体を引きずって仕事に向かいました。

町内によって踊りは違うのかも知れませんね

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オープンギャラリー

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ご近所に多彩な才能をいかんなく発揮される奥さまがいらっしゃる。家庭菜園で採れたものを戴いたり、笑顔でご挨拶される素敵な女性です。
ご近所と云っても、向かい合う目の前のお家で、PCのトラブル等で何度かお邪魔してるので、勝手知ったる他人の家とでも云いましょうか。

長年培ってきた才能を作品として一堂に集め
作品の数々をオープンギャラリーとして家の中を解放された。


古希を迎えるに当たり、何か形になることを残してみたいと、過ぎたることはと思いましたが、この度、自宅で作品展を開催することに致しました。で、はじまる案内状を戴いた。

私は、これまで木目込み人形から、生け花、籐細工、陶芸、水墨画を学びました。その中でも水墨画の世界には魅了され、墨は気持ちが癒され無心になれました。○○先生の温かいご指導のもと全日本水墨画秀作展にも出品し入選することが出来ました。この期に、これまで学んだ作品の数々を展示する喜びを感じております。と、嬉しさがにじみ出ておいでです。

水墨画は、全日本水墨画秀作展で入選された掛け軸などが大きく展示され、見事です。
部屋いっぱいに広がった六曲屏風などは威容を誇ります。

交通量のない住宅地の一角に、掛けられた展示案内の看板は静かな様相が広がっています。
来客が途絶えた時にお邪魔致しました。3つの部屋を解放して、作品が展示されています。水墨画に木目人形、羽子板、陶芸の数々、色とりどりの籐細工、クレイクラフトが道案内をするかのように、静かに置かれて微笑んでいます。7段飾りのお雛さまは凄いですね。見事です。
こんな才能は、いつ開花したのでしょうか、持って生まれた天賦の才とでも云うのでしょうね。

作品を展示されて今日で4日目です。
すでに300人ほどお見えになったそうです 凄いですね

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撮影するときに蛍光灯の灯りが入ってしまいましたが、秀作展で入選された水墨画。

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                  六曲屏風

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              陶芸の作品  ねずみ 牛たち

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見事な七段飾りのお雛さま。
手作りの素晴らしさを実感しました。




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イワシの大群を描く・・・

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「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛され500篇にものぼる詩を書いた、金子みすゞ。
失意のうちに26歳の若さでこの世を去った。金子みすゞの代表作に「大漁」がある。

 大漁

   朝焼け小焼だ
   大漁だ
   大羽鰮(いわし)の
   大漁だ。

   浜は祭りの
   ようだけど
   海のなかでは
   何万の
   鰮のとむらい
   するだろう

1101                   襖絵でない大漁の絵

5月31日。NHKクローズアップ現代は風の画家、中島潔氏がクローズアップされた。
中島潔氏が5年の歳月をかけて清水寺成就院に46枚にも及ぶ大作の襖絵を完成させ奉納された。
中島潔氏の絵と云えば、素朴な少年少女が風を捉えて、物寂しげに遠くを見つめる叙情的な絵は印象的です。

中島潔氏の観音の慈悲の心を絵にしたいとの希望を清水寺が検討を重ねて決定した経緯があるようです。
画壇においてどの派にも属さず、独学でこんにちの画風を築き上げられてきた。
司会の国谷裕子氏との対談は、積み上げられた歴史が語られた。
多感な18歳になった時に、深い愛情を包んでくれた母親が癌で亡くなり、その二か月後に父親が再婚すると云った辛い時期に家を捨て、田舎を捨てる。
幾多の職業に就きながらも絵を描いていった。
死にもの狂いに、生活を得るために必死に描いたと・・・。

故郷はなつかしがるのではなく、目を背けたるもの。母の死と父親の再婚と云った狭間が描く原動力だったようです。思慕する母への愛情なのでしょうか。

対談の中で、こんなくだりがある。
「私は、温和で優しそうに思われるが、実は憎しみを抱えている人間でもあると・・・」
「父親が死んだ知らせが届いたときは、父親に対してはなんとも思わないと思っていたが、知らせを受けた時はかなり動揺したと」父親への反発も、じつの親子として打ち解けるものがあったのでしょうね。

奉納された46枚の襖絵は4部屋の特別室に飾られている。
「かぐや姫」「風の故郷」「大漁」で構成される。
特に大漁は、金子みすゞ「大漁」がモチーフとなり、イワシの大群がふすまいっぱいい描かれている。「弱い命ほど、一番輝くのを表現した」と、大量のイワシが海から天高く舞い上がろうとする、それを見つめる悲しげな少女。見つめる少女は、母の心なのか、自分の心なのか・・・。

金子みすゞ「大漁」の中にある、”海のなかでは 何万の イワシのとむらい するだろう”が、本懐のようです。
対談で見せた国谷裕子氏の涙目は中島潔氏の生きざまが伝わってきました。

天に向かって登っていくイワシの群れ、イワシの目には月が映っている
命の尊さを感じさせてくれているのでしょう。

いつの日か「大漁」の襖絵を見ることができるのかな・・・。

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鼓童「うぶすな」~和太鼓の響き

花が咲き乱れる4月を目の前にして、雪混じりの雨アラレが降り注ぐ。
体内温度の調整ができない体中の筋肉が萎縮して冷え込んで寒い。
こんな夜に佐渡を根城にし世界的な人気の和太鼓集団「鼓童『うぶすな』のコンサート」は始まった。

うぶすなと云えば、産土と書き、悩み事や願い事で一番頼りになる神頼みの神様。産土大神のことです。
この世に生を受けた場所の氏神様が、生まれた方の産土の神となると云われている。名だたる神社にお参りするより、効き目がある神社が産土の大神です。

鼓童「うぶすな」は暗転したまま神さまの踊りからはじまった。
静寂した空気に草木に目覚めさせようとする篠笛の音色が、どこまでも、どこまでも果てしなく響きわたる。
草木が眠りから醒めた時に、空気を切り裂く、地響きにも似た太鼓の音が波となって押し寄せ、合図となり、神さまが鼓舞して行きます。
和太鼓から繰り出される激しくもやさしい音は心の奥底に伝わります。

「うぶすな」は鼓童の代表者である青木孝夫が演出し、誰もが認める鼓童の和太鼓に加え、新しい特徴として、横笛が随所で出てきます。これがまた、何とやさしい音色なんでしょう。
小さい頃に観た映画「安寿と厨子王」でも厨子王が篠笛を吹くシーンが脳裏に焼きついています。映画「笛吹童子」でも笛の音色で魅了された。

「うぶすな」は、鎮守の森を護る氏神さまの祭りでもあり、鎮守の森で遊ぶ子どもたちや、鎮守の森に棲む鳥や虫たちの生き物たちの踊りでもありました。

日本一と云われる大太鼓が舞台中央に出てきました。ずしりと重く太鼓の大きさに圧倒されました。上半身裸で、はち切れんばかりの筋肉をした奏者。大きなバチを持っておもむろに深呼吸を二度や三度繰り返し、ド~ンと響きわたります。
雲海に漂う雲の小波が小さく広がります。ドンドンドン・・・・
そして、小波が集まり始めて、ド~ンド~ンと心の叫びが聞こえます。
「オ~~!」「エ~イ!」「ヤァ~!」と、自らの掛け声で太鼓の波は絶え間なく寄せては帰る音の波です。

何度、拍手が起きたでしょうか
疲れを知らぬ奏者は、10分は続いたでしょうか 体じゅうから汗が吹きだしキラキラと光っています。最高潮に達しました。
素晴らしい。

二年前に聴いた鼓童「いろどり」も良かったが、今回の「うぶすな」も良かった。漂う篠笛の音色に、透き通った歌唱に、雨音を表現されたか琴や胡弓の音色も心に残った。

神さまが荒波で禊払いをする場面は、音色がひとつになり神さまが身を清めている。静かに鳴り響く太鼓の音は高天原だったのか。

拍手が鳴り止まず、アンコールが長く続いた。

堪能した和楽器の数々を聴いて、外に出ると氷雨は降り続いていた。マフラーを強く締めなおし、桂林飯店で五目ラーメンでも食べようかな・・・。

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奥へ、奥へと室生寺へと。

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飛行機の時間に少し余裕があったので東京駅コンコースをぶらつく。
壁に貼られたポスターを眺めることは私にとっては至福の時間です。
みやげ物の店を覗くより、壁伝いに歩いてポスターを眺めるのは楽しい。
グラフィックデザイナーの気合のこもった作品を寸評するのは外野評論家として
蜜の味である。

まだ東京でバリバリと仕事をこなしていたころは新宿中央口から地下道に行き、伊勢丹から小田急・京王までの地下道を歩くのを日課としていた。
ポスターではないが季節を演出したデコレーションの数々を見て歩いた。新宿駅西口に曲がる手前にある左側壁面に取られた小田急デパートのディスプレイは見事で画用紙を持参して模写していた。お気に入りのデコレーションだった。
そろそろ装飾の切り替え時期かなと思うと深夜に地下道に行き、小田急のコーナーを虫ピンを器用に扱いテグスを縦横に張り巡らせるデコレーターの動きは、まさに神業だった。
伊勢丹から小田急までの壁に作られたデコレーションで★★★はいつも小田急のスペースだった。デコレーターに憧れ小田急を担当されている方に弟子入りをしようかと真剣に思ったこともある。
いつしか、地下道もデコレーションのスペースがなくなり大型のポスターに取って代わっていった。
平面でちっとも感動するものが沸いて来ない。しかしそんなポスターにも光るものがある。

そんな事を思いつつ東京駅構内でポスターをチェックしていった。
異彩を放ち、釘付けになったポスターがあった。

ニッポンの奥へ、奥へと、室生寺へと。

室生寺と云えば、国宝・重文の宝庫であるが、雪の室生寺を求めに求めた執念の土門拳を思い出し、古寺巡礼は世界に誇る写真集。
土門拳「古寺巡礼」は大切な宝物として神棚の横に鎮座している。

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そのポスターには国宝に負けない名文が光っていた。

室生寺

ほの暗い闇に、
凛とした気配が満ちている。
居並ぶ仏像群は静止したまま、
語り、問いかけ、躍動し、
尽きることのない慈愛を
人の世に示し、次の世に伝える。
さまざまな進歩を叶えた
いまだからこそ、
忘れてはいけない記憶がある。
室生寺には、美しい尊い
日本固有の時が佇んでいる。

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一生に一度、いの一番に、必ずや行って見たい場所が室生寺です。
いつの日か、土門拳が三脚を立てて国宝五重塔を凝視した場所に立ってみたい。

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手乗りツバメのお友達

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ツバメが飛来し、楽しそうに飛び回っている様子を見惚れてしまう。
月日が流れても、夏を迎えると昨日のように思い出す。

その日はうすい雲が広がった曇り空で今にも泣き出しそうなそんな天気だった
近くに住む顔見知りの主婦の方が事務所の戸を勢いよく開けられ飛び込んで来られた。
見ると、顔には少しばかりの汗が光り、両手は合わせるように優しく包まれて笑顔で挨拶された。
「お願いがあるんです」
「巣立ちに失敗したツバメがいて、飛ぶ事が出来ないんです」
「生き物が好きだとお聞きして来たので持って来たんです。」
「助けて欲しいんです」と、大事そうに両手を開かれた
生き物が好きだと・・・そんな噂が飛び交っているなんて露知らず笑いこけてしまった。
小さな生き物はいつも駆け込み寺のように思われているが持って来られたら仕方がありません。
ツバメは目を閉じてワナワナ震えています。
すぐにコップに水を張り、くちばしを浸けようとするがくちばしを左右に振り拒否している。次は綿棒を濡らして口に持っていくが頑として口を開かない。

無理してでも開けようとすると指を突っついて来た。
このままだと衰弱するだけです。
テーブルの上で飛ばしてみると、羽根を動かすことなく落下してしまう。
小さな丸い棒を用意して足に触ると棒の隅の方にかろうじて掴んでいる。

さてと・・・どうしましょうか

Tubame

すぐに友人で犬猫病院のT氏に電話を入れた。
「ツバメを診察した事ある?」
「インコとか鳩はあるけど、ツバメはないな!どうしたの」
「飛べないツバメを持って来られて、このままでは衰弱で死にそうだよ」
「今から行くから何とかしてくれる?」

病院のスタッフも犬猫を連れたお客さんも(⌒▽⌒;) オッドロキーです
今にも死にそうな「飛べないツバメ」
T氏「何しろツバメは初めてだな・・・」
「ビタミン注射を打ってみようか」
左手にツバメを持って、お腹の辺りに注射をブスリと刺した
何とこれが、功を奏して元気が出たんです 
この飛べないツバメは真ん丸い目を開けてキョロキョロし始めたんです。

先ずは巣作りをしなくてはと、近くのホームセンターから十姉妹の巣を購入。
藁で出来ているから良いかも知れないと安易な発想だった。
次は事務所の中に電線コードを端から端まで張った。糞が電線コードに沿って直線に引かれ新聞紙が大活躍です。
それに大事な食事となると、T氏から生きた餌でないとダメだと云われて、
魚の釣り餌「ミルワーム」を用意した。これは大好物になりました。時間のチャンネルが蘇ってきたのでしょうか
夕暮れになると巣の中に入り瞼を閉じて寝てしまいます
瞼は下から上に瞼があがります。なんと白い瞼です。
それに、何と云っても特徴ある黄色い口紅。これはとても可愛い口です。

事務所の中で飛ばしてみるのですが、飛ぶ事は出来ません。
目の前に指を差し出すとピョコンと飛び乗るのです。
手乗りツバメの完成です。
外に出てもいつものように指に乗せて歩くんです
行き交う周りの人が、目を白黒させてチョウ(⌒▽⌒;) オッドロキーの顔です

それでも、ツバメは保護鳥で渡り鳥ですから勝手に飼う訳には行かないようです。
茶臼山にある動物園に行きました。
もちろん助手席にはツバメを同伴してです。
手の指に止まったツバメを見て、動物園の方もワイワイガヤガヤと集まって来ました。
手乗りツバメの鑑賞会です。
お墨付きで飼育の許可を戴きました。

毎日、通りに面したガラス窓に吊るしたハンガーに乗せていると幼稚園の園児たちが集まって来ます。事務所に入りに入って、一人ひとりの指に乗せてあげるとキャアキャア云って大喜びです。
ツバメも喜んでいるようにも思えます。

連れて来られて4ヶ月が過ぎようとしています。
その間には、飛べない辛さを共に感じて、河川敷の広いグラウンドに行き、飛ぶ練習もしました。3メートルほど上がって小さく旋回出来るようになりましたが、力尽きて落ちてきます。それでも、逃げようとはせずに指を差し出すとピョコンと飛び乗ります。
家族同様の一緒の生活が続きました。
凍てつく冬を越す事が出来るのか、それが一番心配でした。

我が家には猫がいるので家では押入れに用意した十姉妹の巣に入って寝ています。
餌を畳の上に敷いた新聞紙にミルワームをバラバラに置いておくと、飛んできて食べます。食べ終わると巣までは飛べるようになりましたが、飛ぶのはそこまでで、自由に飛ぶのは限界のようです。

天気予報で冷え込みが厳しい日が続くとありました。
とても心配で周りを毛布で囲み厳寒対策を施しましたが、寒さには勝てないようです
11月の寒い日に故郷に帰ることも叶わず十姉妹の巣の中で死んでいました。
今年もツバメは誇らしげに飛行して、赤ちゃんツバメに餌を運んでいます。
こんな光景を眺めると楽しい日々を懐かしく思い出されます。

合掌。

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六月の季節・・・雲と蜘蛛とヤマモモ

まだ朝夕に肌寒さを感じる初夏の六月。
快晴と云っても日本海沿岸で雲ひとつない青空を見たことがない。
いつも雲が厚かったり薄かったりして、空のところどころに雲が広がり日光浴の
妨げをしているようでもあります。
そんな雲を眺めるのが好きで絶えず眺めて楽しんでいる。

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夏至も間近の六月中旬。美しい山並みを見せてくれる日本百名山の妙高山には、
ところどころに夏を寄せ付けない雪が残り冬の雪深い一面を面影として残している。
遅くまで雪が残ると水不足の心配はなさそうだ。
妙高の山並みを見上げると珍しい雲が広がっていた。
厚い雲が幾重にも押し寄せるように重なり雲の凸凹が出来ている。
厚い雲の上では雷さまご一行が日光浴をしながら昼寝をしているのかも知れない。

六月のこの時期は実家の庭にある老いたヤマモモの木から収穫の便りが届く頃です。
不思議なことに、庭にあるヤマモモの木は隔年ごとに実をつけます。
庭の片隅にあるので、多額な契約金で受粉を請け負っているミツバチ軍団も見過ごしているようです。昨年はミツバチの働きが悪く不作でした。今年は親指大ほどの赤紫した丸い実が見事にたくさん付いたようです。
ヤマモモはそのまま食べると甘酸っぱい食感で口の中に酸っぱさが残るので、収穫するといつも塩水に付けて食べていました。
ほんのりと甘さが口に残ります。

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楊梅の香りに ほれて 噛みしめる        山北香陽

農繁期 楊梅に 子ら よぢのぼる        阿波野青畝

都会に馴れず、ホームシックに掛かっていた若かりし頃、田舎を離れてヤマモモに出会うこともなく、夏が近づくと口の中が淋しさに包まれます。そんな時に果物で有名な新宿駅前にあるフルーツパーラー高野にヤマモモのパックを見つけました。
しかし10,000円の値段を見て飛び上がらんばかりにビックリしました。
あの・・・・庭の隅っこにあるヤマモモが10,000円だとは・・・。

ヤマモモは割烹とか料亭でデザートとして出されることが多いようです。
今年も甘酸っぱい香りを漂わせて届く事でしょう とても、楽しみです。

Yamagumo
また、ヤマモモの木には大好きな女郎蜘蛛(コガネグモ)が巣を張ります。
女郎蜘蛛の事を田舎ではヤマグモと呼んでいます。
ヤマグモは、ほんとに可愛い友達です。
お尻が丸くぷっくりとしてメリハリの効いた黄色い横じまが入っています。
学校の行き帰りに竹薮に巣を張るヤマグモを見つけると手の平に包み込み、学生服のポケットに忍ばせます。家に帰ると軒下に放し、名前を付けるのです。
一番多いときで7匹ほどのヤマグモを家の周りで飼育していました。
軒下には大きな蜘蛛の巣。近所の目がそれはそれは、気になります。
母には、涙を流さんばかりにヤマグモの放出を哀願されましたが・・・。
ヤマグモは益虫です。害虫が家に入るのを防いでくれます。
そんな友だちを見捨てることが出来るでしょうか

薩摩の加治木では毎年、蜘蛛合戦が行われます。
蜘蛛合戦の主役は、りっぱに育ったこのヤマグモ達です。

可愛いヤマグモ達も農薬の影響でしょうか、年々少なくなり、去年、田舎に戻った時に、庭の木々をくまなく探し、あちこちの山を歩き、竹薮を見て回りましたが、1匹のヤマグモをも発見することが出来ませんでした。
絶滅品種になり、絶滅したのでしょうか

シャトルに乗って宇宙でも神秘さを発揮してりっぱに巣を張ったヤマグモたち。
もう一度、可愛いヤマグモに会いたい。淋しい限りです。

蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな      高浜虚子


 

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