文化・芸術

奥へ、奥へと室生寺へと。

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飛行機の時間に少し余裕があったので東京駅コンコースをぶらつく。
壁に貼られたポスターを眺めることは私にとっては至福の時間です。
みやげ物の店を覗くより、壁伝いに歩いてポスターを眺めるのは楽しい。
グラフィックデザイナーの気合のこもった作品を寸評するのは外野評論家として
蜜の味である。

まだ東京でバリバリと仕事をこなしていたころは新宿中央口から地下道に行き、伊勢丹から小田急・京王までの地下道を歩くのを日課としていた。
ポスターではないが季節を演出したデコレーションの数々を見て歩いた。新宿駅西口に曲がる手前にある左側壁面に取られた小田急デパートのディスプレイは見事で画用紙を持参して模写していた。お気に入りのデコレーションだった。
そろそろ装飾の切り替え時期かなと思うと深夜に地下道に行き、小田急のコーナーを虫ピンを器用に扱いテグスを縦横に張り巡らせるデコレーターの動きは、まさに神業だった。
伊勢丹から小田急までの壁に作られたデコレーションで★★★はいつも小田急のスペースだった。デコレーターに憧れ小田急を担当されている方に弟子入りをしようかと真剣に思ったこともある。
いつしか、地下道もデコレーションのスペースがなくなり大型のポスターに取って代わっていった。
平面でちっとも感動するものが沸いて来ない。しかしそんなポスターにも光るものがある。

そんな事を思いつつ東京駅構内でポスターをチェックしていった。
異彩を放ち、釘付けになったポスターがあった。

ニッポンの奥へ、奥へと、室生寺へと。

室生寺と云えば、国宝・重文の宝庫であるが、雪の室生寺を求めに求めた執念の土門拳を思い出し、古寺巡礼は世界に誇る写真集。
土門拳「古寺巡礼」は大切な宝物として神棚の横に鎮座している。

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そのポスターには国宝に負けない名文が光っていた。

室生寺

ほの暗い闇に、
凛とした気配が満ちている。
居並ぶ仏像群は静止したまま、
語り、問いかけ、躍動し、
尽きることのない慈愛を
人の世に示し、次の世に伝える。
さまざまな進歩を叶えた
いまだからこそ、
忘れてはいけない記憶がある。
室生寺には、美しい尊い
日本固有の時が佇んでいる。

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一生に一度、いの一番に、必ずや行って見たい場所が室生寺です。
いつの日か、土門拳が三脚を立てて国宝五重塔を凝視した場所に立ってみたい。

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黄昏のワルツ・・・加古隆


携帯の着メロにさほどの興味はないが、いまは「黄昏のワルツ」が静かに鳴る。
以前、機種を変更した時に、いままでの着メロを引き継がないので探すことになったが、好きな曲が沢山ある中で、いの一番に探すのが黄昏のワルツ。

テレビ嫌い人間の一人であるが、NHK「にんげんドキュメント」だけは好きでいつも欠かさずに観ていた。ひたむきに汗と一緒に前を向いて歩いていく日々の姿を映像として捉え、その一部始終に共感して涙した。そんなドキュメントの主題曲が黄昏のワルツだった。

難病と闘いながら演歌歌手と歌いたいとの一心でボランティアの力を借りながら実現したり、笑いのある介護を目指す福祉施設があったり、その時々の節目は心に響くものだった。
その中でも、心に残った話として壊れた万年筆のペン先を直してくれる話があった。
その万年筆を直してくれる神様のような方は、持って来られた方の書かれる様子で、ペン先の微妙なズレや書く癖を一瞬で見抜き、手に馴染む万年筆として修復してくれる見事な職人技に感服して、いつしか私もお願いしたいと思って観ていた。
親から子へと受け継がれる万年筆を大事に大事にする心を改めて感じた。
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万年筆は中学卒業のお祝いにと父から星のマークのモンブランを戴いた。
それ以来、万年筆と云えばモンブランでずっしりとくる太目の胴を愛している。
しかし、万年筆に拘ったのは、初めて海外に行ったころからで、それまでは、つけペンの愛好家であった。15歳の身の上で薩摩に流浪した折にも、字の汚さで苛めに合うかも知れないわが子を不憫に思った母は、大量のハガキを買い込み、2日に一通の手紙を出すように強要された。

一夜にして上手くなるはずもなく、字の汚さは典型的であったが、同じ寄宿舎にいた同級生の字の上手さに驚嘆して彼が使っているつけペンに興味が湧き、つけペンに嵌った。Gペンと呼ばれるペン先を付ける取っ手の太いのを何本も用意して書くことの楽しさを味わい、机の上はインク瓶が鎮座していた。
ペンフレンドも出来て楽しいつけペンの世界で寺子屋の生活を満喫した。
しかし、社会人となり、いつしか、つけペンを手にする事もなくなり、手紙を書くこともなくなった。

海外出張で心得としてボールペンと万年筆を携帯するようにと云われて、父からプレゼントされたモンブランを必死に探したがゴミと一緒になったのであろう。忘却となり行方知らずとなった。
同じものをと免税店で買い求めたのがモンブランで、以来モンブランの愛好家となった。
時の経過と共に置き去りにしたり、迷子になったり、貸し出したまま戻ってこなかったりで淋しい思いをさせて、どれぐらいダメにしたでしょう・・・。

いまあるモンブランは、10年ほど前にヨーロッパから帰国した友人から戴いた太字のモンブラン146。これは触った瞬間に手に馴染み、書く楽しみが蘇って来る。
だが、近頃は旅先で絵はがきを手にすることもなく、葉書をしたためる事もしなくなり、引出しの中で太くて黒い体を淋しく晒しているが、天辺にある白い星の輝きが、気のせいか薄く霞んで泣いているようにも見える。

太字の万年筆で書かれた先輩のハガキは見る度に宝石のように輝きを放っている。
そんなハガキの一枚を書きたい。

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手乗りツバメのお友達

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ツバメが飛来し、楽しそうに飛び回っている様子を見惚れてしまう。
月日が流れても、夏を迎えると昨日のように思い出す。

その日はうすい雲が広がった曇り空で今にも泣き出しそうなそんな天気だった
近くに住む顔見知りの主婦の方が事務所の戸を勢いよく開けられ飛び込んで来られた。
見ると、顔には少しばかりの汗が光り、両手は合わせるように優しく包まれて笑顔で挨拶された。
「お願いがあるんです」
「巣立ちに失敗したツバメがいて、飛ぶ事が出来ないんです」
「生き物が好きだとお聞きして来たので持って来たんです。」
「助けて欲しいんです」と、大事そうに両手を開かれた
生き物が好きだと・・・そんな噂が飛び交っているなんて露知らず笑いこけてしまった。
小さな生き物はいつも駆け込み寺のように思われているが持って来られたら仕方がありません。
ツバメは目を閉じてワナワナ震えています。
すぐにコップに水を張り、くちばしを浸けようとするがくちばしを左右に振り拒否している。次は綿棒を濡らして口に持っていくが頑として口を開かない。

無理してでも開けようとすると指を突っついて来た。
このままだと衰弱するだけです。
テーブルの上で飛ばしてみると、羽根を動かすことなく落下してしまう。
小さな丸い棒を用意して足に触ると棒の隅の方にかろうじて掴んでいる。

さてと・・・どうしましょうか

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すぐに友人で犬猫病院のT氏に電話を入れた。
「ツバメを診察した事ある?」
「インコとか鳩はあるけど、ツバメはないな!どうしたの」
「飛べないツバメを持って来られて、このままでは衰弱で死にそうだよ」
「今から行くから何とかしてくれる?」

病院のスタッフも犬猫を連れたお客さんも(⌒▽⌒;) オッドロキーです
今にも死にそうな「飛べないツバメ」
T氏「何しろツバメは初めてだな・・・」
「ビタミン注射を打ってみようか」
左手にツバメを持って、お腹の辺りに注射をブスリと刺した
何とこれが、功を奏して元気が出たんです 
この飛べないツバメは真ん丸い目を開けてキョロキョロし始めたんです。

先ずは巣作りをしなくてはと、近くのホームセンターから十姉妹の巣を購入。
藁で出来ているから良いかも知れないと安易な発想だった。
次は事務所の中に電線コードを端から端まで張った。糞が電線コードに沿って直線に引かれ新聞紙が大活躍です。
それに大事な食事となると、T氏から生きた餌でないとダメだと云われて、
魚の釣り餌「ミルワーム」を用意した。これは大好物になりました。時間のチャンネルが蘇ってきたのでしょうか
夕暮れになると巣の中に入り瞼を閉じて寝てしまいます
瞼は下から上に瞼があがります。なんと白い瞼です。
それに、何と云っても特徴ある黄色い口紅。これはとても可愛い口です。

事務所の中で飛ばしてみるのですが、飛ぶ事は出来ません。
目の前に指を差し出すとピョコンと飛び乗るのです。
手乗りツバメの完成です。
外に出てもいつものように指に乗せて歩くんです
行き交う周りの人が、目を白黒させてチョウ(⌒▽⌒;) オッドロキーの顔です

それでも、ツバメは保護鳥で渡り鳥ですから勝手に飼う訳には行かないようです。
茶臼山にある動物園に行きました。
もちろん助手席にはツバメを同伴してです。
手の指に止まったツバメを見て、動物園の方もワイワイガヤガヤと集まって来ました。
手乗りツバメの鑑賞会です。
お墨付きで飼育の許可を戴きました。

毎日、通りに面したガラス窓に吊るしたハンガーに乗せていると幼稚園の園児たちが集まって来ます。事務所に入りに入って、一人ひとりの指に乗せてあげるとキャアキャア云って大喜びです。
ツバメも喜んでいるようにも思えます。

連れて来られて4ヶ月が過ぎようとしています。
その間には、飛べない辛さを共に感じて、河川敷の広いグラウンドに行き、飛ぶ練習もしました。3メートルほど上がって小さく旋回出来るようになりましたが、力尽きて落ちてきます。それでも、逃げようとはせずに指を差し出すとピョコンと飛び乗ります。
家族同様の一緒の生活が続きました。
凍てつく冬を越す事が出来るのか、それが一番心配でした。

我が家には猫がいるので家では押入れに用意した十姉妹の巣に入って寝ています。
餌を畳の上に敷いた新聞紙にミルワームをバラバラに置いておくと、飛んできて食べます。食べ終わると巣までは飛べるようになりましたが、飛ぶのはそこまでで、自由に飛ぶのは限界のようです。

天気予報で冷え込みが厳しい日が続くとありました。
とても心配で周りを毛布で囲み厳寒対策を施しましたが、寒さには勝てないようです
11月の寒い日に故郷に帰ることも叶わず十姉妹の巣の中で死んでいました。
今年もツバメは誇らしげに飛行して、赤ちゃんツバメに餌を運んでいます。
こんな光景を眺めると楽しい日々を懐かしく思い出されます。

合掌。

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六月の季節・・・雲と蜘蛛とヤマモモ

まだ朝夕に肌寒さを感じる初夏の六月。
快晴と云っても日本海沿岸で雲ひとつない青空を見たことがない。
いつも雲が厚かったり薄かったりして、空のところどころに雲が広がり日光浴の
妨げをしているようでもあります。
そんな雲を眺めるのが好きで絶えず眺めて楽しんでいる。

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夏至も間近の六月中旬。美しい山並みを見せてくれる日本百名山の妙高山には、
ところどころに夏を寄せ付けない雪が残り冬の雪深い一面を面影として残している。
遅くまで雪が残ると水不足の心配はなさそうだ。
妙高の山並みを見上げると珍しい雲が広がっていた。
厚い雲が幾重にも押し寄せるように重なり雲の凸凹が出来ている。
厚い雲の上では雷さまご一行が日光浴をしながら昼寝をしているのかも知れない。

六月のこの時期は実家の庭にある老いたヤマモモの木から収穫の便りが届く頃です。
不思議なことに、庭にあるヤマモモの木は隔年ごとに実をつけます。
庭の片隅にあるので、多額な契約金で受粉を請け負っているミツバチ軍団も見過ごしているようです。昨年はミツバチの働きが悪く不作でした。今年は親指大ほどの赤紫した丸い実が見事にたくさん付いたようです。
ヤマモモはそのまま食べると甘酸っぱい食感で口の中に酸っぱさが残るので、収穫するといつも塩水に付けて食べていました。
ほんのりと甘さが口に残ります。

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楊梅の香りに ほれて 噛みしめる        山北香陽

農繁期 楊梅に 子ら よぢのぼる        阿波野青畝

都会に馴れず、ホームシックに掛かっていた若かりし頃、田舎を離れてヤマモモに出会うこともなく、夏が近づくと口の中が淋しさに包まれます。そんな時に果物で有名な新宿駅前にあるフルーツパーラー高野にヤマモモのパックを見つけました。
しかし10,000円の値段を見て飛び上がらんばかりにビックリしました。
あの・・・・庭の隅っこにあるヤマモモが10,000円だとは・・・。

ヤマモモは割烹とか料亭でデザートとして出されることが多いようです。
今年も甘酸っぱい香りを漂わせて届く事でしょう とても、楽しみです。

Yamagumo
また、ヤマモモの木には大好きな女郎蜘蛛(コガネグモ)が巣を張ります。
女郎蜘蛛の事を田舎ではヤマグモと呼んでいます。
ヤマグモは、ほんとに可愛い友達です。
お尻が丸くぷっくりとしてメリハリの効いた黄色い横じまが入っています。
学校の行き帰りに竹薮に巣を張るヤマグモを見つけると手の平に包み込み、学生服のポケットに忍ばせます。家に帰ると軒下に放し、名前を付けるのです。
一番多いときで7匹ほどのヤマグモを家の周りで飼育していました。
軒下には大きな蜘蛛の巣。近所の目がそれはそれは、気になります。
母には、涙を流さんばかりにヤマグモの放出を哀願されましたが・・・。
ヤマグモは益虫です。害虫が家に入るのを防いでくれます。
そんな友だちを見捨てることが出来るでしょうか

薩摩の加治木では毎年、蜘蛛合戦が行われます。
蜘蛛合戦の主役は、りっぱに育ったこのヤマグモ達です。

可愛いヤマグモ達も農薬の影響でしょうか、年々少なくなり、去年、田舎に戻った時に、庭の木々をくまなく探し、あちこちの山を歩き、竹薮を見て回りましたが、1匹のヤマグモをも発見することが出来ませんでした。
絶滅品種になり、絶滅したのでしょうか

シャトルに乗って宇宙でも神秘さを発揮してりっぱに巣を張ったヤマグモたち。
もう一度、可愛いヤマグモに会いたい。淋しい限りです。

蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな      高浜虚子


 

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価値ってなんだろう

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染色家で造形作家の望月通陽氏のエッセイ「硯を買う話」を読んだ。

居酒屋で飲んでいると、となりに座った写真家と称する男が話を持ち出してきた。
その写真家の男は知り合いの書家が金品に困り、手持ちの硯を捌きたいので見てくれないかと話をまとめてきた。酒の酔いにも助けられ、怖さ半分の酔狂と思いつつも、男の後をついて行くが、タクシーに乗せられ、商店街を過ぎ、暗い路地で降ろされ、薄暗い電灯の灯りを感じると、だんだんと酔いも醒め、恐怖にも似た不安が身を包んでしまった。
パジャマ姿にガウンを羽織った書家が出て来ると、霞が掛かっていた不安が的中した事を実感する。
逃げるにも逃げられない泣き出しそうな、著者が目の前に置かれた硯を見て
促されるより早く手が伸びて硯を掌で優しく撫で回していた。
ひと目惚れとは、こんな事を云うのであろうか・・・。

硯の海の縁に稚拙であるが寝そべった牛が彫られている。
著者は云う・・・。
この牛が見てきたはずの、文字に思いを託する数多の筆を思った。
門弟を懇々と諭す筆もあったろうし、師に切々と訴える筆もあったろう。
ならば、私の性急な筆にこそ、請わねば臥牛硯が必要なのであると思いは募った

ひと目で価値を見出した著者が、完全に酔いも醒め、おそるおそる値段を聞くと著者の二ヵ月分の酒代で良いとつぶやく。
書家は硯を紙に包んで押し付けてきた。
安堵した空気が流れてきた。
怪しい二人と睨んだ著者であるが、本当は怪しむべき人物は私ではなかったのではなかろうか・・・と結んでいる。

2500字そこそこの短い文章であるが、酒に酔い、酔いに任せて酔狂な話に乗って後悔で地団駄を踏む思いが伝わり、どうなる事かと思っていると、意外や意外で貴重な品が手に入る。
騙されたと思っていたのが、ひと目惚れするほどの逸品に、いままでの不安が消えてなくなり、逆にひと目惚れした事が、ばれるのではないかと不安と緊張に心駆られる瞬間が目の前で起きているようで可笑しかった。

それにしても、書家が貴重な硯を酒代の金品に事欠き、酒の誘惑に負けて「持ってけ、泥棒!!」の心境になったのは書家とて人の子であった。

たまにであるが、土曜日の午後のテレビで「開運!なんでも鑑定団」を観る事があるが、家の祖父が・・・とか、母方の祖父が・・・とかの話で、借金の肩に手に入れた掛け軸・絵の鑑定依頼がある。総じて贋作が多く、観客・視聴者を喜ばせてくれている。

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弘兼憲史「黄昏流星群」の中に宮本武蔵を題材にした「我が愛しの剣星」

宮本武蔵にとことん憧れて、周りいる男がひ弱すぎて生まれてくる時代を間違えた等と思っていると、ひょんな事からタイムスリップして宮本武蔵の時代に送り込まれた。紆余曲折がありながらも、憧れの武蔵に出会い、恋をする。
武蔵と恋の逃避行をするが追ってに知れ捕縛される瞬間に消えて、現代に戻ってくる話しである。
戻ってきた彼女は妊娠している事が分かり、武蔵の子どもである事を実感する。
さすがに武蔵のDNAを持った男の子が自然に豆剣士となり剣道に目覚める。
武蔵二世の子どもにワクワクドキドキする彼女は、町にやって来た「お宝鑑定団」に武蔵から貰った刀の鍔を持って行き、武蔵作「鍔」として出品する。
鑑定人「この鍔はなかなか良い仕事をしていますね」
          「武蔵の仕事は、この紋様の彫が少し大きいんですよね」
          「武蔵を真似したニセモノだが、良い職人が作っていますね」
          「価値はありませんが、大事にしてやって下さい・・・。」

こんな事を考えると、贋作の評価の下った骨董品に本物は紛れ込んでいないのか、
いつも、そんな事ばかり考えて悩んでしまう。

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だるまの豊満さが嬉しい・・・。

Daruma

先日。
お礼にと云って懐かしいサントリーオールドを戴いた。
だるまの愛称でこよなく愛した豊満な肉体。

いまでもウイスキーをチビリチビリやるのは好きでいつもは角瓶を飲んでいます。
薩摩藩寺子屋時代では先輩がスタンドバーのバーテンをしていたので良く通った。
飲むのはジンライム・ジントニック・ハイボールを良く飲んだが、殆どがハイボールだった スタンドバーには大きいサントリーホワイトの瓶が逆さに置かれていつでも、すぐに注げる様に注ぎ口には特殊な細工がしてあった。

社会人になって、先輩に連れて行かれたのも、これまたスタンドバーだった
ウイスキーと云えばハイボールしか知らない私に「水割り」を教えてくれた。
それにウイスキーと云えば「red」「white」しか知らない田舎者に角瓶の存在
教えてくれました。
CMで流れるホワイトと云えば・・・サミーデービス.Jr を思い出しますね。

それから、程なくして憧れの角瓶になりました
飲み終わった角瓶を蝋とヤスリで硬貨のは入り口を作り角瓶の貯金箱を作りましたが、1円・5円ばかりが角瓶の中で踊り億万長者の夢も潰えた。
でも、薄給の身分で角瓶に手を出すなんて秘書に手を出すようなものです
秘書さまは雲の上の存在です。

段々と欲は深くなります・・・角瓶から・・・
営業での経験を踏むと行きつけの小さなスナックがマイ・ワールドです。
角瓶が普通で飲めるようになると念願のオールドに手を出そうとします
あの・・・丸っこくて愛嬌のあるオールド 通称「ダルマ」が欲しくなります。
ダルマをキープしたくなりますね 有頂天です。

そんな高価なダルマも今は1,500円ほどで買えます
薄給の中で2,000円以上したあの高価なダルマが悲しくなります。

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久し振りにエンジ色した口を開けトクトクトクと・・美味しいです
とても懐かしい味です。

それに・・・歴代のダルマのコマーシャルは素朴で好きですね。

特に大好きな田中裕子のCMがお気に入りですね。
田中裕子がお弁当屋さんの店員になり若い学生風のお客さんとの
一瞬の遣り取りを描いたものに感激した。
学生に戻りたかった・・・

「毎日うちのお弁当だけじゃ飽きるでしょう」
「・・・弁当だけじゃないから」

その後、田中裕子がピョンと跳ねて・・・

「恋は遠い日の花火じゃない」

小林亜星 CM song「

歌詞が公開されていないので耳コピーの歌詞・・・あくまでも耳コピーです。
中耳炎を患ったことのある耳にこのように聞こえました。

ロンドゥン ビラン シュビダディ ガ
オデーエエーオー ハァザ
ザンザンディダン シュビダディンガ
アドンザン ジュビダドーンガ

ロンドゥン ビラン シュビダドン ガ
ダディーイホダレー ヘィザ
ザンザンディザビ ジュビダドンガ
アドンザン ジュビダドーンガ
♪♪♪♪

こんなCMもありました。

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蜘蛛の糸

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ヤマグモ
女郎蜘蛛とも・・・

先日、久し振りに芥川龍之介「蜘蛛の糸」を読んだ。
天上から降りてきた蜘蛛の糸が織り成す人間模様。
空想であっても現実的に考えてみた。
仮に、地獄に落とされた私が存命中に蜘蛛を助けた事で、目の前に蜘蛛の糸が下りて来て、しがみ付き、登って行くことが出来たら、とても嬉しいですね。
しかし・・・
あの、細くて切れそうな蜘蛛の糸を頼りに少しずつ登るも、俺も・・・俺も・・・と続いてきたら、やはりふり払うのであろうと。
これでは天国に行ける訳がありません・・・悲しい・・・
地獄に落とされたときの為に熱湯・氷に対する修行をします。

頑張ろう・・・

情けない私であるが、小学生時分にヤマグモ(女郎蜘蛛)を飼育していました。
紛れもなく飼育していたヤマグモです。
学校の帰りに竹薮を探して形の良いヤマグモを探して、竹の葉っぱで捕獲して学生服のポケットに忍ばせて持って帰りました。

捕獲したヤマグモは軒下の場所を決めて放すんです
4~5時間もすると立派な蜘蛛の巣を張り巡らせ威容を誇ります。
家の軒下に常時5匹飼っていました。
家の周りは蜘蛛の巣で、家族から何とかしろと・・・猛反対です。
・・・でも蜘蛛は益虫です。

近所の方の視線が冷たく刺さります
母にはいつも泣き付かれましたが そんな事にひるまず、蝶々を取っては蜘蛛の巣に投げていたんです。
とっても可愛いです。

しかし、昨年、田舎に帰った時に竹薮をくまなく探しましたが、ヤマグモ1匹も見つける事が出来ませんでした。
淘汰されたのでしょうか・・・
それとも、環境汚染を嫌って街中に出て来なくなったのでしょうか
宇宙での実験で無重力の中でも蜘蛛の巣を張ったと云われる神秘な蜘蛛は、地球が滅びる前に姿を消したのでしょうか

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北斎が愛した・・・小布施

田園に囲まれた小布施の町はまるでタイムスリップして迷い込んだ原風景
そんな街並みが続きます。
小布施には好きな蕎麦屋があり定期的に通っているのですが、栗のシーズン
ともなりますと大型の観光バス数十台が目白押し・・・
昭和レトロの雰囲気を醸しだす栗菓子のお店は大変な賑わいです
観光客に混じって初めて来たような顔をして街中を散策してしまいます。
それほどに街並みの景色だけで気持ちが癒されます

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北斎の中でも好きな絵です

それでも、やはり一番の目的は葛飾北斎・・・でしょうか

北斎の肉筆画が多数残されている北斎館はいつ来ても覗いてみたくなります。
今日も友を誘って・・・いつものザル蕎麦を食し、そば談義に花を咲かせます。
ひとしきり蕎麦を堪能して
またもや北斎館に足が向いてしまいます
もうこれで何回目の北斎詣でしょうか・・・

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葛飾北斎と云えば個人的には浮世絵なのですが・・・
やはり富嶽三十六景が有名ですね
なにしろゴッホとかドビッシーに多大な影響を与えています

近年ではピカソも北斎のデッサンを模倣したと云われていますね

その中でも赤富士は代表作のひとつとされていますが、今は合併してその名を
聞く事はない富士銀行のカレンダーはいつも北斎の赤富士でした。
「赤富士は縁起が良いんですよ・・・絶対お金が溜まりますよ!」
「だから月掛け定期をしましょう!!!!」
赤富士と金のなる木にお札が縫いこんである刺繍カレンダーを戴いてご満悦
の私は明けた早々の3月に不渡りを戴いてしまった。
やはり・・・『赤・・・』は正しかったようです。

小布施の街外れにある岩松院はカエル合戦でも有名なお寺です
カエルの交尾時期にはどこからともなく30万匹以上のカエルが寺の池に
集まり壮絶な戦いが繰り広げられます。
戦い終わり日が暮れると池は白濁の水面になっています。

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その岩松院の天井には北斎の傑作!肉筆画が人々を睨んでいるんです
本堂では仰向けになって鑑賞する事になります。
天井一杯に描かれた鳳凰は見事で感嘆の声を上げたくなります

・・・でも、何と云っても葛飾北斎は浮世絵です。
北斎の浮世絵はそれはそれは歌麿と二分します。
ご鑑賞あれ・・・

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表情が・・・ 右半分はお見せで来ません・・・あしからず

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