旅行・地域

ツル割れのリンゴ

黒姫から長野に向う北信五岳道路を走ると、リンゴの産地牟礼に出る。
牟礼を上から眺めると、緑の平野に囲まれた段々畑のような家並みが広がり、あたかもチロリン村とくるみの木を思い出す。そんなのどかなリンゴの産地牟礼には、あのニュートンが万有引力の原理を見つけたとされるリンゴの木の子孫が大事に生育されている。由緒正しき血統書付きのリンゴの木です。

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両側をリンゴの木で囲まれた牟礼の通りに、リンゴ祭りの幟が大きく揺らいでいる。
青空の広がった高原には、地元牟礼で収穫されたリンゴのサンフジがコンテナに入れられて大量に積まれていた。
傷果と呼ばれるツル割れのリンゴです。
味は申し分なく蜜もたっぷりと入っているとの謳い文句で、たくさんの方が押し寄せコンテナ1箱(15キロ相当)が1000円~2000円と書いてある。買った方は用意された厚い米袋に入れ替えています。まるで大黒さんが肩に担いでいる大きな袋を思い出す。
リンゴは保存が効くので大量に買いこんでも問題はないようです。

コンテナの量では多すぎると云う方は4キロ袋・5キロ袋と大きなビニールに入れられています。4キロ/400円 5キロ/500円は相当に安い!
取り合えず5キロ(大玉10個入っていた)を手にして500円也。

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傷果を販売している隣では、昔懐かしいトッカンの実演中です。
トッカンで作られるハトムギは大好きです。
そのほか、そば・パスタ・マカロニ・豆など何種類かあったので、物珍しさも手伝ってマカロニとソバを手にする。一袋100円也。
・・・マカロニは甘くて美味しかったが、ソバは苦くて気絶しそうになった。
ソバ通を自認している私は・・・似非ソバ通であることを露呈してしまった。

上田から来た友人は、リンゴ、リンゴとルンルン気分で覘いている。
「嫁さんがリンゴ大好きなんですよ!」と
ツル割れリンゴですから、保存期間は短いですが美味しさは一緒ですと云われて
コンテナ2箱を買う予定が、1箱になったようです。
「余ればジュースにすれば良いですよね・・・」なんて云っている。

やはりデフレなのでしょうか。
流通しているサンフジのリンゴも今年は安いようです。
蜜がたっぷりの秀10キロ36玉で2500円とは安いですね。

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彼からお土産として、有名な飯島商店の「白桃」「きんかん」のジャムを戴いた。
飯島商店と云えば、信州上田駅前にある大正建築が目に付く。いつ行っても店内は観光客で賑わっている。飯島商店のジャムを食べると、他のジャムが幼稚に見えてきます。
明日からパン食になりそう・・・だ。

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松雲山荘の紅葉狩り

夕方のローカルニュースで真っ赤に燃えたモミジの特集をしていた。
新潟にも真っ赤に色づく紅葉のスポットとは。

中越沖地震で被害を受けた柏崎の赤坂公園に隣接する松雲山荘で
紅く染まったモミジをライトアップしていると云うので出かけてきた。
長野県との県境では紅葉の名所である妙高高原は、山全体がカラシ色を中心にした黄色い絨毯模様が広がっている。真っ赤に染まるモミジやハゼの木
・ナナカマドの点在がなく赤が欲しいと願わずにはいられない。

真っ赤なモミジを求めて柏崎まで紅葉狩りに車を走らせた。
TVの画面では県下でも有名な紅葉スポットだとアナウンスしている。
「駐車場は大丈夫でしょうか・・・」と聞くアナウンサーに対して
係員の方は、「近くの小学校の校庭をお借りしていますから、安心してお出かけください」と、TVの怖さを知らない安直な答えが返ってきた。

ライトアップの時間には早いと思ったが、駐車場の事を考えて早めに出発した。
何よりも、帰りに魚市場を覗きたい!とのはやる気持ちを抑えて柏崎を目指した。

カーナビ何するものぞ!柏崎の地理に疎いので、まずは松雲山荘の地図をgoogleで探し出しプリントしていたのが幸いした。
チョットだけ近道をして、信号を右折するとすでに渋滞が始まっていた。
狭い駐車場で50台ほどがぎっしりと止まっていて、係員がプリントされた用紙を手渡し「満車のために小学校の校庭へ・・・」と、説明をしている。
この場所から200メートルほど離れているようです。
やっぱり!
TVの影響で大挙押し寄せてくる人の波を考えていなかったようです。
もう、車は信号を挟んでぎっしりと詰まっています。

タイミング良く帰られる人がいて、間隙を縫って車を納めた。
この運の良さは宝くじには生かされない。

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松雲山荘は
小さな丘を切り開いた日本庭園で、入口を取り囲むようにせり出してくる多数ののモミジが覆い被さっています。
ライトアップされたモミジは燃えるような赤が広がっていました。
暖かい紅葉狩りの夕べとなりたくさんの人出で賑わっています。

妙高の紅葉しか知らない私は、この地に来て真っ赤なモミジを見たのは初めてです。
燦燦と陽射しを浴びるモミジも見たかったな・・・。
庭園にはお茶席もあって2千万円もする茶道具がゴロゴロしているらしい。

若い外人さんご夫婦が子どもを連れて「look now!」なんて叫んでいました。
お国には、燃えるようなモミジはないのかな。

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永平寺。

大晦日恒例のNHK紅白歌合戦が終わり、新しい年の始まる午前0時の時報と共に映し出されたのは深々と雪が降り、降り積もった雪に囲まれ静寂を打ち破る永平寺の鐘の音。ゴ~ン。
憧れの場所となり永平寺は脳裏に刻み込まれた。

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曹洞宗大本山永平寺は、いまから約760年ほど前の1244年道元禅師によって開かれた座禅修行の道場です。部落にでて托鉢で恵みをいただく雲水としての姿はキリリとして美しくもあるが、雪の上を足袋も履かずに草鞋で素足を結んでいる。
午前三時起床を常とする生半可な修行ではない。

あるお寺で座禅に参加したことがあるが、丹田に力を蓄え、精神を集中しようとすればするほどに迷いごとが脳裏を飛び交い、いつしか闇夜の中に光るぼんやりとしたモヤは催眠を誘発する光となり眠くなった。
額にある三つ目を集中すれば前頭葉を刺激して良いとも聞くが、赤や緑のぼんやりとした光が出てくると、ダメだ・・・眠くなる。
あまつさえ長時間の胡坐がかけないときた。
胡坐はお尻が痛くなる。疲労でお尻が凝るのはこのせいなのかも知れない。

朝もやのかかる平野は、一面そば畑で白くて可憐な花を咲かせている。
そば処で有名な信州戸隠でもこれほどのそば畑を見たことがない。晩秋と初冬の入り混じる11月になると、新そばの看板がいたるところで見かけることになる。取りあえず永平寺そばは食べなくてはいけないようです。

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深山幽谷の地は静寂さが漂い200名の修行僧を抱えた座禅の寺、永平寺は連休の最終日にも関わらず、観光客でごった返している。吉祥閣で僧侶の参拝におけるお約束を聞いた。僧侶の格好は人々の影として佇むのであろう、風が吹けば舞い踊りそうだ。これほどに黒装束が似合う人もいない。
長く続く廊下、天に登りそうな階段は軋む足音が聞こえない。隅々まで行き届いた掃除でチリひとつ落ちていない。ひとつひとつに重要な役目を持っている伽藍は迷子になりそうだ。
心の拠りどころとしての教えを説く永平寺に来て心静かに手を合わせる。
そして、永平寺の聖域にいる間は、修行僧と同じく規律を重んじる約束事があった。
カメラでの撮影は撮影禁止場所はありませんがフラッシュは止めてください。修行僧の撮影は止めてください・・・とあった。が、薄暗い部屋で威容を誇る達磨大師を撮るフラッシュの嵐があった。
修行の心得を聞いても、平常心として気を遣うことがいかに難しいことなのか。

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人の波に揉まれての参拝であったが、一度は行ってみたい永平寺参拝が叶った。願わくば、人気の少ない雪の降り始める12月にもう一度、参拝の機会を探したい。
この日の、永平寺は大きな法要が執り行われていた。それはそれは、法要に参列される親族の方の厳かな面持ちに、思わず手を合わせてしまった。
観光客で人ごみの中にあって、ひと際、明るい花が咲いたように和服のご婦人が大勢いらっしゃった。表千家の茶道の会が開かれていたが凛とした姿は鶴のようでもありました。やはりお寺さんは和服が似合う。

本堂に深く一礼して参拝を終えた。
吾が地元に、全国から善男善女が牛に連れられ集う善光寺がでんと構えているが、同じお釈迦さんの教えでありながら、修行に導く作法が違うのか、まったく異質の仏閣に見える。半端人間としての心を持つ私は、永平寺の修行が必要なのかも知れないが、軟弱な心は直せない。
また・・・祈念参拝として再び訪れる日は来るのであろうか。瓦志納金の寄付をして永平寺を後にした。合掌。

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先ずは白山比咩神社に

12年ほど前になるのか、気学の達人がいた。そして、その達人から指令を受けた。
暦と気学を組み合わせた方位学で恵方参りとして金沢にある白山比咩神社に参拝されたしと相なった。
境内に隣接した場所で宿泊し、朝は参拝客が来る前に本殿でお祓いを受けると吉。帰りはどこにも寄らずに一目散に自宅に戻るようにと。ご託宣を受けた。

その頃は、新規の大きな取引を目前にして準備やらで大忙しだった。必要とされる設備も整えていたが、果たして大きな成果が得られる取引なのかと不安が顔を覘かせていた。胸中察するものがあり気学の教えに頭を垂れた。
結果として、スムーズな取引が開始され、悩んでいたことが嘘のように心は晴々となりことは順調に進んだ。方位学の教えは忘れていた。

いつしか、もう一度、今度はゆっくりと白山比咩神社にお礼の参拝したいと望んでいたが、なかなか思いを遂げることが出来ずに12年が過ぎた。

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仕事の都合上なかなか連休が取れないので、作為的にコントロール表を改ざんしてシルバーウィークを満喫することにした。先ず第一の目的として永平寺の参拝を基本に考えて旅先の行程を練った。

渋滞情報が刻々と流されるなか、あえて火中の栗を拾うかのように朝早くに北陸道に乗った。普段の北陸道は赤字路線で静かでのんびりと走るが、割引料金のおかげで、断続的に続く大小あわせて26のトンネルの中は、数珠繋ぎになり速度が落ちている。トンネル内の事故だけは避けたいと思いつつハンドルを握る。トンネル内のノロノロ運転は仕事で駆け抜けるトラックドライバーのイライラが目に浮かぶ。
予定より45分ほど遅れて金沢西ICで降りる。一路白山を目指す。

白山比咩神社の奥の院のある白山は薄い雲が覆い被さり頂上を望むことが出来ない。
白山比咩神社は日本各地にある白山神社の総本山で、北陸鎮護の大社とある。
12年ほど前に来た時に立ち寄った宝物殿で、京を追われ一ノ関に向う義経一向が立ち寄り道中の安全を祈ったとされる請願書を見た。
800年ほどの年月を経て、義経がこの地に立ったんだと思い馳せた。
義経一向は、このあとすぐに安宅の関で富樫氏の詰問にあい、弁慶の勧進帳となるが、白山比咩神社での無事を祈った請願書で神は助けたのか・・・。

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などと思いつつ白山比咩神社に到着。
大鳥居まえに広い境内は駐車場として開放され車が並んでいます。大鳥居で一礼して境内にはいる。数百年を越す杉の木が天に向ってまっすぐに伸びている。
本殿では、お祓いが行われていて、十二単に着飾った数名の巫女さんが踊っています。天女の舞でしょうか。
12年前にも下座に座りお祓いを受けた。この時も巫女さんの舞いを静かに眺めていた。
天岩戸ではアマテラスがスサノオの傍若無人に怒り、岩戸の中に引き篭もられた。世界は一瞬にして暗闇となり、神々は一計を講じアメノウズメが全裸となって踊り狂った。
アメノウズメの踊りが功を奏して天岩戸は開かれ世の中は明るくなった。

巫女さんの舞いもアメノウズメの踊りと同じなのであろうか。
悩みや悲しみが舞いで軽くなれば嬉しい。

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神拝詞を取り出し大祓祝詞をあげる。
お礼参りです。
読み終えた神拝詞に、ご朱印を戴いて白山比咩神社への参拝を終えた。
境内から山を見上げれば、三つ四つのパラグライダーが空を舞っている。

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遠来の友と雲を楽しむ

色づく紅葉には早いこの時期は人もまばらで快適な温泉が楽しめる。
志賀高原の裾野に広がる温泉街湯田中もご多聞にもれず、源泉からの湯煙が立ち上る。
野麦峠で有名になった岡谷は絹織物で一大産地として諏訪湖の奥深い山裾に広がり、織機の音が山にこだまする。岡谷織機を牛耳る親方たちは岡谷の奥々座敷として湯田中の湯治場を利用していた。だれにも教えない秘密の温泉で憧れだったのかも知れない。

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遠来より友が訪ねてきて湯田中温泉を指名してきた。
全国屈指のスキーリゾートのメッカである志賀高原は湯田中温泉を入口として登っていく。雪の降る日に湯田中温泉に行き外湯めぐりをしたことがある。雪が降り寒くなると志賀高原を根城にしている猿たちも湯煙に誘われて下りて来る。外湯の屋根にへばりつき暖を取っている猿を見たときはビックリもしたが情緒を感じた。

中途半端なこの時期の温泉街は閑散としている。湯煙だけがのんびりと立ち昇っていく。石畳で出来た温泉街を歩く姿もまばらで下駄の音が響かない。紅葉の時期まで休憩中と云った感じです。
夕食時を過ぎるころになると、外は霧が立ち込め雨になってきた。歓談の宴は後回しで急いで湯に浸かり夢心地のなかに入っていき湯船を独り占めする。

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秋に入ったばかりの志賀高原は道路の拡幅工事で工事渋滞になっているが、これも山全体が黄褐色に色づく紅葉の時は観光バスが連なることでしょう。
いろは坂を過ぎて丸池・熊の湯を過ぎると、行けども行けども街道には、ピンと背筋を競っているススキの林が続いている。

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横手山は2305メートル。上越を見下ろす妙高山の高さに匹敵する。
まさに雲の上の散歩道です。ここ横手山にはスキー場があり5月の連休ごろには春スキーとしてスキーファンを楽しませてくれる。それに、ここには日本一高い場所での焼きたてパンを売っている。昔は値段も日本一だと不評だったことを思い出したが、いまでは街で売っているパンと同じほどの値段だった。
「お持ち込みはお断り下さい」・・・名文です。

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ここから日本の尾根として名高い北アルプスが見えます。雲の上に浮かんだ北アルプスは目と鼻の先のようにも感じます。雲海となった雲には仙人でも乗っているのでしょうか。木の枝ぶりで風雪の激しさが伝わります。高地に咲く秋の高山植物も満開でした。蜜を求めて蜂が飛び交い冬篭りの準備に忙しい・・・。

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こげ茶色した肌を剥き出しにした白根山は活火山です。頂上には酸性湖としての湯釜がある。
マグマの活動を感じる地熱の煙が揺れています。浅間山と繋がっているので、お互いが連動して爆発するそうです。怒りが起きないように祈念しました。

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急に霧が立ち込めて来たので万座温泉まで下って軽井沢を避けて菅平方面に抜けようと狭い山越えを選択。これが何と大失敗の巻。霧は段々と深くなり、殆ど前が見えません。片側1車線を20キロ走行を厳守。それにカーブが多くて運転手がヨッパライ状態です。霧が薄くなりライトを落とすとカーブ番号が目の前に『108番目のカーブ』の案内板は、まるで除夜の坂です。

友人ともども霧の坂に酔い酩酊状態で煩悩が増えてしまった。

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ちりめん雑魚に囲まれて

この日は、昨夜からの悪天候を引き摺って、激しく戸を叩く雨音で目が覚めた。
6時に行きましょうか・・・と、楽しみにしていた事がある。
雨の中でも開催されるのか不安が交錯していたが、取り合えず行きましょうと相成った。玄関を出ると雨足は更にひどくなり、開いた傘に破れんばかりに襲い掛かる。

車の座席に滑り込むと、すぐに走り出した。
雨の中の走行となると頼り切ったワイパーの偉大さを感じてしまう。雪国ではフロントガラスにこびり付いた氷塊でワイパーが傷むので、少々の雨ではワイパーを動かすことがない。危険な走行になりがちであるが勿体ない気持が先に来るようだ。
温暖なこの地は、雪が降ることはないようだ。
お歳暮には雪を贈って欲しいなどと冗談が飛び交っていた。

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目的地に着きました。
土砂降りです。
1000台近く駐車できる駐車場には雨合羽を着た係員が誘導している。それもそのはずで6時30分のこの時間で駐車場はほぼ満車状態です。
傘を手にして会場に向おうとすると、傘は邪魔になるから置いて行きましょうの声が聞こえる。雨で視界の悪い、その上にびしょ濡れで走り出した。

大きな漁港のセリをする市場が月に2回朝市として開放されている。
会場は100メートル以上にも及ぶ魚市場にたくさんの出店があり人で溢れてごった返している。
朝市に行くことは前々からの希望だったので楽しみにしていたが、こんな土砂降りでは朝市も中止かなと勝手に思っていた。出かける前まではカメラを手にしていたが、雨で撮る事もないだろうと、そっとバッグに仕舞いこんでしまった。
まさか・・・屋根のある場所での朝市とは想定外の嬉しい展開でした。

今朝水揚げされた近海の魚や、名産の干物、揚げ物がところ狭しと並べられ、カツオなのか三枚におろして刺身にしていた。伊勢えびの入ったみそ汁が1杯200円で人気を集めていた。そのお隣では500円の均一料金で水揚げされた魚のドンブリに人が並んでいる。美味しいそうだ。よっぽど並んで食べようかと思ったが、見ることが一生懸命で諦めた。

花もたくさん並べて人を集めていた。5~6個付いたホウズキが飛ぶように売れていた。仏様にあげる花を両手に抱えて持っている方もいる。この地方は風習なのか墓参りが習慣になっていて、どこの墓地でもお墓に活けた花が枯れることはないと自慢していた。仏様を大事にする習慣があるとは素晴らしい。

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ちりめん各種500円均一

6時に始まって・・・7時10分には終わってしまう。この朝市は待ち焦がれている人がたくさんいて賑わっていると聞いていたので楽しみにしていたんです。
港町とくれば、その中でも、姫のお土産を買わなくては
長い列を作っている出店に来ました。
『ちりめん』を売っている鮮魚店です。10人ほど並んでいます。1合枡/500円と書いてあり、ちりめんの種類も高菜入りちりめんとか、七味入りのちりめんとかが並べられているんです。1合枡で500円ですから、さっさと進むかと思いきや、1合枡に山盛りにして袋に入れ、更に、その上に両手で大量に拾い上げたのも一緒に入れて、1枡500円です。

進まないこと、進まないこと
並んだ前の方は、今日は寝坊して失敗したとお嘆きでした。待っているあいだは、その方と各種ちりめんを摘み食いして、美味しい、美味しいと堪能しきり。

ちりめんが好きですか?と聞かれたので、姫のご馳走ですよと
「姫とは人間?それとも猫?」 もちろん猫です はははは・・・・。
贅沢な猫ですねと笑われた。

更に目的の一品。
これも、姫のお土産として焼きたてのナマリ節を5本買いました。
1本800円の格安。
また、行く機会があれば良いのですが。

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雲と蜘蛛

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台風8号が気にかかったが一路南に飛んだ。
空を見上げると、圧し掛かるように厚い雲が覆い被さっている。
揺れなきゃ良いが・・・。
後方の席だったので席替えをお願いすると翼の上にある非常用出口の席になった。
本当は通路側がお気に入りの席だが空いてなかった。
揺れる翼を見ながらドキドキ感で心臓の鼓動が激しくなるのもたまには良いでしょう。

窓際に座ると太平洋沿岸の地図をなぞるかのように海岸線を見ながら地名を思い浮べるのは楽しい。しかしこの日の空は厚い雲がどっかと居座り、白い塊が幾つも現れ、大小の尖った氷山のようにも見えて雲の迷路を作り出している。あたかも北極の上すれすれを飛んでいるような錯覚に陥る。
突起した雲の世界を見ていると、雲平線の当たりでは少し澱んだ雲が左から右へと凄い勢いで流れている。急流を眺めているようで、これが気流なのかも知れない。
揺れもなく穏やかに飛行している目の前では強烈な風が吹いていて、飲み込まれたらひとたまりもないような、そんな怖さを感じた。

読みたい本を膝に置き、耳にはイヤホーンを差し込み音楽を聴き入る。刻々と形を変化させる雲海を眺めているが突起した雲を見ることは珍しいので、いろいろと想像を掻き立ててくれた。
デジカメをバッグに入れてしまったことが、今更ながら後悔された。
定刻に到着した。
空を見上げると厚い雲に覆われていた。

迎えの車に飛び乗り自然が残る古民家風の屋敷に入った。
庭からの出入りが出来る長い縁側には、西日を避けるための黒い網が斜めにかけられている。と思ったが、意に反して虫除け、特に蚊の飛来防止につながっているらしい。縁側のない生活をしていると虫除けの網戸しか思いつかない。

庭を照らす水銀灯が眩しく輝いている。
ビールが飲めないのでウィスキーが用意された。地魚に舌鼓を打ちながら宵は深々と闇へと変わっていった。

早起きは習慣となり5時には目を覚まし庭に出た。
庭の芝生が朝露でキラキラと光っている。空を見上げるとひと雨きそうな妖しい雲行きを感じる。それでも、知らない土地の散策に出かけた。
田んぼは、早々と稲刈りが終わっている。刈り終わった田んぼにはスズメが舞い降り、こぼれた稲を啄ばんでいる。
1メートル幅ほどの農水路が道に沿うように造られている。石垣で積まれた農水路は上流で堰き止められているのであろうか、チョロチョロとした水が流れている、その中を石垣の隙間からでて来た沢蟹が活動している。
沢蟹は農薬でいなくなった生き物のひとつとして数えられているが、目の前で動いている姿を見ると嬉しくなる。

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竹薮がある。
竹薮と云えば、これはもう・・・蜘蛛の棲家です。
田舎に帰っても見ることのなかった女郎蜘蛛に会えるかも知れないです。
女郎蜘蛛だけを目的に探すことにしました。
1時間ほど竹薮の中を歩き回り、蜘蛛の巣を探しましたが蜘蛛の巣そのものを見つけることが出来ずに諦めたのです。

南天と孟宗竹との境に1匹の女郎蜘蛛を発見。ちいさな女郎蜘蛛でしたが、久し振りのご対面です。女郎蜘蛛は必ず頭を下にしています。竹薮の隙間には必ずいた女郎蜘蛛(ヤマグモ)がいなくなったのはショックだった。餌となる蝉やら蝶々やトンボがいなくなったのでしょうか、小さな虫の世界にも温暖化の影響で体温がコントロールできないのかも知れないです。

しばし、眺めていた女郎蜘蛛でしたがこの場所も食糧難に襲われたようです。巣の中心から移動し始めて、巣を壊し始めました。吹いている風を確認して、お尻から大きな糸を出しています。糸が風に捕まり、自らも風に乗り次の目的地に向おうとしています。
女郎蜘蛛を見ないだけでも自然の環境が壊されて行くのを感じます。
田んぼにはイナゴもいなくなりました。
稲刈りの時期になると稲穂から飛び交っていたイナゴはどこに消えたのでしょう。
農薬に汚染された美味しいお米を頂いている私がいます。

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善光寺。ながの「びんずる祭り」

雲行きが怪しい。妙高に差し掛かるころは豪雨となり周りの景色が一変する。
長野市のとある場所で8時に待ち合わせがあり、雨が降ろうが槍が降ろうがの心境である。黒姫から国道18号を右折して戸隠方面に入り、山越えの為の県道を左折する。

落下傘のように舞い降りて県知事になった田中康夫氏だったが飽き性だったのか長野県知事に執着もせずに長野から出て行った。彼の功績と云えばスッタモンダで賛否両論が根強くある浅川ダムを白紙撤回したことだろう。
その淺川ダム予定地を遠目に見るように山越えの道は長野市に向う。

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市街地に入ると雨は小降りとなり、ひさしぶりに善光寺をお参りしようとハンドルを右に切った。県外からの観光客が駐車する大きな駐車場は避ける、知る人ぞ知る地元ならではの駐車場所があるが、来て見るとズラリと並んでいる。
それでも、何ヶ所か秘密の場所があるので、そこに置いた。

善光寺の横の参道を抜けると国宝に指定されている本堂が目の前です。
本堂前にはめいめいの法被に身を包み、連長とか副連長と書かれたタスキをかけている・・・。そうか、8月の第1土曜日は長野市最大のイベント『びんずる祭り』の日なんだ これは、良いところに巡り合わせた。
本堂前には雨が降りしきるもものとせずに左右に分かれた木遣りの集団は整列されている。山に木霊するような木遣りの唄は聴いていて心が穏やかになる。

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本堂には『連』として踊りを組む連長が集まり、善光寺の頂点に立つお上人さんのありがたい説教を聞いて開会が宣言される。

39回長野「びんずる祭り」は始まった。
沿道にある大きなスピーカーから囃子が聴こえてきた

開会宣言が行われゾロゾロと連長のみなさんが会場に向って仁王門に差し掛かると、そこには着流しスタイルで待ち受けている方がいらっしゃいます。どうも見慣れた顔で人懐っこい笑顔を振り撒いている。良く見ると衆議院前代議士の著名な立候補者が立っている。すでに選挙戦は始まっていることをかいま見た。隣同士だったので握手をして・・・頑張ってくださいと心にもないことを云ってしまった。

昔であるが、長野市にお店を構えたころはショップの仲間達と連を組み歌舞伎調にメイクを施し参加した事がある。県庁と市役所を結ぶ、大通りの交差点を基点に善光寺までの大通りと長野駅までの大通りを一周する。両手にしゃもじを手にして打ち鳴らしながら踊る単純な踊りであるが、オリジナルの法被に足袋を履き、背中にはオリジナルの団扇を差しての格好だ。
踊りを見学する人も大勢いて、『連』オリジナル団扇を貰うことが楽しみのひとつです。
多い人は20枚も30枚も集めてコレクションしている人も居ると聞く。

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連には、リヤカーの補給艦がつく、リヤカーには氷を入れた大型のクーラーボックスが積み込まれ、ジュースやらビールが氷の中に沈んでいる。休憩のたびにジュースやらビールはまたたく間に消費され、リヤカーに寄り添うように進む台車には箱買いされたジュースやビールの箱が破られ氷の中に落とされていく。

楽しく、ワイワイガヤガヤの勝手連の踊りであっても、チャンと審査があるようです。オリジナルのユニホームの斬新なアイデアとか、踊りが上手いとか・・・
審査の基準は分かりませんが、優勝する連が決まるようです。

6時30分に囃子が鳴りはじめ、9時までひたすら踊るようです。
終わると全員で沿道の掃除を行います。
掃除は、次の朝も6時に集まって大掃除が始まるようです。果たして全員の参加なのかどうかは聞きそびれた。

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踊るみなさま。
さすがに女性は化粧がお上手です。
クリックで画像が拡大します

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大通りで踊りが始まると、開会を宣言した善光寺境内は静かなひと時が戻ってきます。待ち合わせの時間が迫ってきたので、善光寺本堂に戻って来ました。

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祭りに合わせて着物姿のカップルに出会いました。
踊りの喧騒を遠くで聞きながら本堂内をデートされているところでした。
お幸せに・・・。
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路面電車は懐かしい・・・

とある用件で富山に行ってきた。
ETCどこまで行っても1000円の影響で北陸道は混みあっていた、と云っても混んでいたのはサービスエリアのフードコートで長蛇の列を作っていた。蕎麦1杯食べるのに並んで食べる根性はない。
カップラーメンの類は、生まれてこの方食べたことないが、並んで待つよりはカップラーメンでも良いかなと思ってくる。どんな味がするんだろう・・・。

ガソリンスタンドにも車の列が出来ていたが、1㍑122円と書いてあった。高速道路でのGSは全国の平均値段で122円と云うことは122円より高い地域が沢山あることを意味している。知らず知らずのうちにガソリンの値段は上がっています。
ETCの割引値段も、いつの間にか値上がりになっていても、現金で払うわけではないので気がつかない事が起きるのかも知れないな。
国の謀略とも云える政策なんて、そんなものだろう。

富山は、有名なところでは結婚式を派手に挙げるので、お祭りが好きなのかと思うが、市街地を走ると至って古風な建物が多い、単純に汚れているだけなのかも知れないが
駐車場に入るが、5階建ての駐車場は屋上を除いて満車だった。しかし、歩道を歩いている人をあまり見かけなかったので、みんなどこに隠れているのだろうか。

西武が閉店していたのはショックだった。使えると思っていた西武の商品券1万円が使えなかった。ただの紙切れになりそうだ。

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目の前に市電が止まりました。
路面電車の走る街は、全国で、そんな多くないと思うが郷愁を感じる。

薩摩藩寺子屋に通っていた三年間は寄宿舎にいたので、天文館に遊びに行く以外は市電に乗ることはなかったが、後の四年間は市電で通学していた。
早めの授業があると、ラッシュに重なり満員電車に乗ることもあった。
ビートルズに影響されたりして肩までなびく長髪にしていたので、お尻を触られることも度々あった。
痴漢の現行犯を取り押さえられると思っていても身動きできない車内では、声を出すしか手立てがなくて「俺を誰だと思っているんだ・・・」と叫んだことを覚えている。女性だと思ったでしょうね、前の方に手を回せば分かったものを。
それとも、あっち系の人だったのかも知れないですね。
あっち系と云えば
これも、寺子屋時代、仕送りも底を付き何とか稼がなくちゃと思っているときに
友人の知り合いがやって来て、良いアルバイトがあると3時間ほどで2万円でどうかと云ってきた。学生アルバイトが日給500円の時代です。途方もない高額アルバイトのはなしです
上半身を見せてとくれ!云われて、着ている物を脱いだが、仕事は肉体労働だと思った。
少林寺で鍛えた体は筋骨隆々だったので、すぐにOKが出た。
しかし、アルバイトの内容を聞いて逃げて帰ってきた。薩摩では有名な会社の社長の相手をすることだった 虫唾が走ったが、その世界に入っていたらチーママぐらいにはなったでしょうか。

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富山で古着の店をやっている友人の店で会ったスノッブな若者。
23度を記録した富山で長袖のハイネックに厚手のカーディガンを羽織り、ブーツを履いている。流行の先端とは我慢することのようです。

1Q84のその後・・・
遅読を得意とする私は、何だかんだと云っても350ページを読破しました。
下巻に辿りつけるかどうかは、未だ分からない

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水先案内人

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毎週欠かさず観ている訳ではないが、NHK「小さな旅」は好きな番組です。
今週は”光る海”と題して、開港150周年を迎えた横浜港を特集していた。
横浜港と云えば、かってプロ野球最大の功労者ともいえるベーブ・ルースや黒船以来の驚きを持って迎えられたクイーンエリザベス2世号が思い起こされる。

現代においても、日本の玄関口であり、いまでも年間1万隻を超える船舶が往来する。
その中にあって、大型の船舶を安全に出港・着岸させるために船長に代わって航行の指揮を執る水先案内人であるパイロットの存在がある。
いままで、小さな旅を観るまでは、船舶の着岸はタグボートが先陣に立ちロープを操り、けん引しているものと思っていた。
あくまでも、タグボートは港湾内に着岸する船舶の補助するためにあるようです。

実際には、パイロットと呼ばれる水先案内人が船舶に乗り込み、船長に代わって命令・指揮系統を掌握して着岸させます。
港湾に入る船舶はパイロットが乗り込んで来たら、すべてを一任するのが国際ルールでH旗と呼ばれる旗を掲げることでパイロットが乗っていることを知らせるようです。

パイロットと云えば、飛行機の操縦士を思い浮べますが、法的にはパイロットと云えば水先案内人のことを指し、そのパイロットになるためには、そりゃ~大変なようです。近道としては、商船大学に入り、海外航路で実務を積み、3,000トン以上の船舶の船長を3年以上経験した方が難しい実務試験と海技試験を経て国家免許を取得するようです。

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画像はNHK小さな旅より

今回、クローズアップされた稲垣 孟氏は三代に渡る船乗りで、横浜港でパイロットになって、すでに6,500隻に及ぶ船舶のパイロットを経験されている。
日本が世界に誇る豪華客船飛鳥の船長を経験された稲垣 孟氏は、パイロットとして乗り込む前には、身だしなみを整え、初対面として失礼のないように服装に気を遣うとおっしゃっていた。
そうだ・・・。
パソコンが起動しない!インターネットに接続できない!などと至急のお願いがあると、無精髭で土を弄り、叩けばほこりが飛び散り、汚れのままの状態で駆けつける。
・・・このさい改めよう、急ぎの電話があっても、シャワーを浴びて、下着を取り替え、その日にお気に入りのネクタイをしめて行くことを心がけようと思う今日この頃です。

寺子屋の1年後輩にカツオで有名な枕崎の出身で神戸商船大学に進んだ海の男がいた
赤木圭一郎に憧れて船乗りを目指し七つの海を航海して、世界各地に彼女を作るのが夢だと語った彼は、二等航海士となり大型の貨物船に乗り込み世界を巡った。

半年に1回ほどの割合で横浜港に戻ってくると、私のアパートに寄り抱えきれないほどの土産を置いていき、停泊した港での千夜一夜の話を自慢げに話してくれた。
そのとき、彼の話によると、船に乗ればお金を使うことはなく、港に着けば会社から小遣いがでて遊べた。給料は半年に一回まとめて貰うのでお金は貯まる一方だと・・・
給料前には前借を申請してピーピー云っている私は、聞けば聞くほど夢のような話であった。

そんな彼も、陸の灯りが見えない寂しさで星降る満天の夜は甲板で泣いたと云っていた。そんな夜が何日も何日も続くと、耐える限界を超えるのでしょうか。
今では、陸に上がり船舶の管理会社にいる。

航海と云えば、何度か川崎港から田舎に戻る為にフェリーに乗って帰ったことがある。最初の頃は、船の旅も良いもんだと喜んでいたが、デッキに出れば強烈な風に煽られ、遠目に見える景色を眺める余裕もなくなり、客室に戻るが、本を読んで静かに休もうと思っていても、すぐに飽きてしまい船内の散策が始まる。
喫茶店やらレストランには何度となく入ったが話することもなくなり、また客室に戻り本を片手に居眠りをする。そんな日長な一日が、何日も何日も続くとなると嫌になり、鬱になりそう。
どくとるマンボウ航海記を書いた北壮夫もそんなことを書いていた。

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