まとまり下手で長編日記になってしまいました(笑)

感想文を書くのは苦手です。
話の辻褄があっているのかどうかの問題はありますが、あくまでも読後感として
k.466を聴きながら、マドラーの代わりに指で掻き混ぜたウィスキーの水割りを作り、チビリチビリと咽喉を鳴らしながら本を読むさまは、至極でありまさに遅読のススメであります。
長編小説は飽きが来て栞を挟んだまま終わること数知れずあり、いつしか短編小説に手が行き短い情景を懐かしむように楽しんでいた。
遅読法を取り入れている私が別人のように駆け抜けてしまった。
長編小説と云えば三島由紀夫「豊饒の海」を読みました。豊饒の海は壮大なる輪廻転生の話でしたが、感動して眠れない日々を過ごしたことを思い出します。現世の中での絡みが霊界として浮かび上がってきます。それ以来の長編小説への挑戦だったかも知れない。
豊饒の海は、円錐の頂上に君臨する月が人々を余すところなく隅々まで照らし続けるとあったが、1Q84は月が二つ見えることで現実の世界と異次元の世界を区別している。月は生死をつかさどる大事なもののようです。
そして、現実の世界にレイヤーとして虚構とも云えるが異次元の世界を重ねることで、あたかも現実として進行しているように思われた。
Book1では、二つの異なるストーリーが章立てごとに進んでいきます。そこには交じり合うことのない二本のレールが同じ方向に向って走っていたのです。
天吾と青豆の二人を主人公にして章立てを交互に展開していきます。
ヤナーチェック「シンフォニエッタ」は共通の音楽として全編に流れているようにも感じました。章立てと組曲との因果関係があるのかも知れない。
その前に・・・。
私は心霊にとても興味があり、以前、ダンテの神曲を読んだことがあります。ダンテが霊界に紛れ込み霊界を垣間見た話が綴られています。そんな霊界とか、異次元とかの話には身を乗り出して聞くほうです。UFOは信じるほうです。他の惑星から飛来してくると云ったUFO伝説は信じませんが、至るところにあるポケットを出入口にして異次元(四次元)からの偵察部隊であろうと、かたくなに信じています。人間が入り込めない四次元の入口は、空気の中に目に見えないほころびにあるのでしょう、そこから変幻自在に飛び出してくるUFOは正義なのか、それとも、地球を滅ぼす悪なのか・・・。一度、連れて行ってくれないかなぁ、などと思っています。
そして、私は運命論者です。
縁あるものに対して、その流れに従うのが元来の性格です。まぁ、怠け者と云った感じでしょうか。
"It's Only a Paper Moon"
ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべて本物になる
BOOK 1 第1章 「見かけにだまされないように」
で始まりました。時は1984年。
青豆はタクシーの中でヤナーチェックの組曲「シンフォニエッタ」を聴いた。
青豆は重い過去を引き摺っている。誰に対しても心を開くことをしない。
自分の体を苛め抜いた過酷なトレーニングによって鍛え抜かれた体を資本にインストラクターの職についている。お腹が空くように、これまた性欲を満たす為に行きずりで好みの男を探し強欲にも堪能する。性に対して鷹揚だ。研ぎ澄まされたニュートラルな心を持つ反面、正義感が強くなり裏の顔を持つことになる。
ヤナーチェック「シンフォニエッタ」の出処は最後まで分からないが、青豆が「シンフォニエッタ」を聴いたことで運命の扉は開かれ、脳を支配されることになる。
多分に・・・。そして、現実のレイヤーと異次元のレイヤーが重なっていった。
高速道路で渋滞に引っ掛かったタクシーで、約束の時間を気にしている青豆に対して
運転手が路肩にある駐車場には非常用の階段があることを告げる。
こんな件がある
「ここに座って良い音楽を聴きながら、のんびりしてらしても、私としちゃちっともかまいません。いくらがんばってもどこにもいけないのですから、こうなったらお互い腹をくくるしかありません。しかしもし緊急の用件がおありなら、そう云う非常階段もなくはないと云うことです」
とある。青豆の運命が変わるかどうかの重要なところですね
『・・・なくもないってことです』 なくもないとは・・・。
あなたが必要とすれば非常階段は目の前に、しかし、ないかも知れないと。
考えたすえに青豆は非常階段を利用して約束の場所に行きます。運転手は1Q84の世界に誘う代理人だったのか。
もう1人の主人公である天吾は比較的自由な予備校で数学の講師をしているが、本当は、小説家を目指していて文芸誌に何度も、何度も投稿している。
文章を広げる才能はあるが、ストーリーを考える力が弱いのか、いつも落とされている。小松と云う名の編集者に励まされているが、いっこうに芽が出ない。
そして、天吾も時を同じくしてヤナーチェック「シンフォニエッタ」を聴く。
青豆と天吾は運命のスイッチが切り替わったのか・・・。
そこに、「空気のさなぎ」なる原稿が持ち込まれた。
ふかえりと呼ばれる17歳の少女が書いた小説。
編集者の小松と天吾はたいそう気に入り、「空気のさなぎ」はストーリーは申し分ない、しかし文章の広がりがないので、編集者小松は天吾にゴーストライターとして「空気のさなぎ」を小説らしく文章にするように指示をする。
「空気のさなぎ」はあるコミュニティの中で起きた現象が書かれていた。
コミュニティで生活をしていたふかえりは、不注意で目の見えない山羊が死なせてしまう。ふかえりは反省のための部屋と呼ばれる土蔵の中で死んだ山羊の側で生活することを余儀なくされる。その夜に、死んだ山羊の口を出入口としてリトル・ピープルが7人出てくる。
ふかえりとリトル・ピープルは仲良しになり、空気の中から糸を取り出し、蚕のような住みかを作っていく。空気さなぎと呼ばれる。空気さなぎの中にはふかえりの分身が納まっている。
まるで、白土三平「カムイ伝」に出てくる分身の術のようだ。
リトル・ピープルの出入口を作った、ふかえりはリトル・ピープルから発信されたものを知覚するものとなる。神様の巫女の役目でしょうか。
巫女になったふかえりは必然的で多義的な要素の中で父親とセックスをする。リトル・ピープルがそう仕掛けた。そして父親はリトル・ピープルの操りとなり預言者になり、リーダーと呼ばれるようになった。狂信的な信者が集まってくる。
空気さなぎの小説は、天吾が文章を書き加えたことで、誰もが認める小説となりベストセラーになったが、天吾は知らず知らずのうちに脳は支配され書かされた事があとで知らされる。
別々な方向に投げ出された運命の糸は、しだいに呼び合うように近づいていく。天吾と青豆は10才の時に、はじめて手を握った同級生だった。
その後は、別れ別れになり、意識することもなく、日々の生活に追われ、愛のないセックスに嵌ることもあった。しかし、心の奥にある閉ざされたところに、お互いが惹かれあう心が落ちていた。
お互いが異次元である1Q84の世界に入り込んだことで、10歳の時の心が蘇りお互いを意識する。
青豆は1Q84の世界で正義を貫き、天吾との再会を望みながら1Q84の世界から失われていく。
天吾は、ふかえりとセックスをしたことで1Q84の預言者になることになるのかな。
平家物語もチェーホフの紀行「サハリン島」が長く記述されるが、落ちどころの話がないように感じたが人間の不条理さを意識させる為に書かれたのかも知れない。
アンソロジー「猫の町」は、失われていく心の葛藤として捉えた。臨死体験のようなものであろうか
そして本編に於ける助演男優賞を挙げたい私のお気に入りの編集者小松はどうなったのか、リトル・ピープルに抹殺されたのであろうか
1Q84を総括すれば、五里霧の中で起きた現実ではないかと思う。
五里霧は、深い霧の中にある、霧の中のある現実と、いまの現実とを巧みに交差させた部分で物語が展開している、そんな感じ。
決して、うかがい知ることの出来ない異次元の世界から現実のすべてが支配されていることは、ありえる話かなとも思った。預言者とか、霊能者とか呼ばれる人々の脳を支配することで世界の舵取りを行っているのかも知れないと感じた。
霧と云えば、トライアングルと呼ばれるバミューダ海域は深い霧が出ることで有名です。そして、バミューダ海域で遭難すると、決して見つからない
まさに五里無に紛れ込んだ異次元の世界であります。
ずいぶんと昔の話ではありますが、こんな現実に起きたこんな話もあります
イギリスの大型ヨットがバミューダ海域で遭難した。通信も途絶えた。
それから、10日過ぎたある日、ゴムボートに乗った7人を見つけた。
7人のイギリス人は英語しか話せなかった。
しかし、見つかった7人は英語のほかに、フランス語・ドイツ語を巧みに操り雄弁に喋ったと云います。
そして、周りをビックリさせたのは、彼らは、ある世界に紛れ込み語学の学習をしたと云ったことです。1日24時間が、ある世界では、この世の1日が1000日もあったようです。
記憶ですので、箇所ごとに記憶違いがあるかも知れませんが
多国語を喋ったのは本当のようです。
そして、
1Q84は続くでしょう。BOOK1(4月~6月)BOOK2(7月~9月) までの話ですから、それ以降があっても不思議ではないし、引き金を絞ったが青豆が死んだとは書かれていない。
青豆と天吾は再会できるのかな・・・
続編がありそうな終りかたになっている。