生まれ育った町では海に沈む夕日を見る事が出来ません。
しかし、朝日は独り占めできます。
薄明かりの射しこむ2階に上がり、朽ちかけた板が敷かれたベランダに出ると太平洋から黄色い光の玉がぼんやりと顔をのぞかせる。まるで手の平に乗せているような錯覚に陥ることもある。浮いた太陽を見ると、ご来光に相応しく拝みたくなるが、浮いているのを眺められるのは、ほんの少しの時間で、すぐに眩い太陽として光彩を放ってくる。
日の出の太陽を直視できるのは、ほんの数分間。
海の彼方に落ちていく様子を30分も40分も眺められる夕日は憧れの光景でした。
夕日が見たくても、西の方角には山並みが立ち塞がり、落ち行く様子を眺めることが出来ない。ぼんやりと薄く染まった茜色の空を見るたびに夕日の憧れを強くした。
この地に来て、夕日は日常の光景となった。
水平線に沈む太陽は眩さを抑えて暖かい玉となって手の平に乗る。
荒波が押し寄せる冬のあいだの太陽は、オフシーズンとなり夕日の演出はお休み。
桜が開花したと思ったら、すぐに満開になり、葉が出てきて散り始めた。今年の桜は駆け足で通り過ぎて行くような慌ただしさがある。それでも、桜は人々の心に優しさを灯し、一服の清涼剤として穏やかになる。
そんな日に、日本海を望むと沈み行く西の空には、茜色が広がっています。
雨漏りとすきま風が仲良しだった我が家であるが、朝日の当たる家だった
ボブ・ディランやジョーン・バエズがギターで弾き語り、アニマルズによって世界的にヒットしたアメリカ民謡「朝日の当たる家」は好きな曲です。
メロディラインが良かったのでしょうか、ビートルズからベンチャーズとエレキ旋風が巻き起こり、友だちを持っていたエレキギターを手にして、一生懸命コードを覚えたのは昨日のように思い出します/p>
朝日の当たる家のコード進行は新鮮でした。
Dm F G B Dm F A7・・・・
好きな曲ですが、娼婦の悲しみを綴った歌詞だとは思わなかった。
There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many a poor boy
And God I know I'm one
My mother was a tailor
She sewed my new bluejeans
My father was a gamblin' man
Down in New Orleans
誰しも、娼婦になることは望んでいないが、生活環境を取り巻く時代背景が娼婦の道へと繋がっていく。いまは廃止になったが国が認めた娼婦の館「赤線地帯」が存在して娼婦は商売として成り立った。わが町にもあった。
悲しい過去である。
若い頃に読んだ本に、木野 杢著「襤褸」があります。
娼婦を描いた内容で涙を零しながら読んだ記憶がある。
本の受け売りであるが・・・アメリカの裏面史として
毎年、数千人に及ぶ子どもの誘拐がある。その誘拐も金銭目的でない為に、犯人からの連絡がないので、誘拐された事すら分からないと云う。
誘拐された大多数の子ども達は売春を目的とした娼婦に仕立て上げられると聞く。
スーパーで売られる牛乳パックには、誘拐された子どもの写真にMissingと書かれている。