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フィンランディアは壮大なロマン。

なにげなくN響で耳にして、いつの間にか正座して聴いていた。流れる大河のように心を打たれ思いが緩やかになった。すぐにCDを買い求め、今では運転中に聴くことが多い。
壮大なロマンを感じています。

スターリンが支配する暗黒社会ソ連からの侵略によって、国家存亡の危機にあったフィンランド人を奮い起こしたシベリウス作曲「フィンランディア」
音楽が人々の喚起を呼び揺り起こした。独立への旗印となって若き血は立ち上がった。
「フィンランディア」は第二の国歌と云われ愛されたのに対してソ連では演奏禁止になった。

賛美歌として歌詞が付けられています。(和訳)

    おおフィンランドよ、見よ、おまえの朝が明ける
    夜の脅威は消え去った
    ヒバリは輝く朝を歌う
    あたかも空が歌うかのように
    夜の力は朝の光によって打ち負かされた
    おまえの朝が明ける、祖国よ

    おお立ち上がれ、フィンランドよ、高く掲げよ
    偉大な記憶の冠が飾るおまえの頭を
    おお立ち上がれ、フィンランドよ、おまえは世界に示した
    隷属を追いやったことを
    そしておまえが抑圧に屈しなかったことを
    おまえの朝が明ける

 

美味しいと評判の珈琲店で友人と政治談議に花が咲いた。
民主党が政権を奪取して、矢継ぎ早に行動を起している。
政策の善し悪しは別にして、いままでの自民党は何をやっていたのでしょうか。
それこそ、国民を安心・安全に導いていると錯覚させていただけのような気がする。
官僚とぐるになった族議員によって抑圧された生活だったのだなと意見は一致した。
政治変革の節目に立ち会えるのは素晴らしいことだと。
「フィンランディア」を聴いて壮大なる志を持って、安心して生活できる国民に導いて欲しい。

余談。
珈琲専門の喫茶店に入ってコーヒーの抽出方法を聞かれましたが、コーヒーはあまり好きではないので苦くなければ何でも良いですと答えたんです。
友人曰く、ここはコーヒー専門店ですよ、口には出しませんが怒っていますよ。
次から出入禁止だと思いますよ(笑)
そのおかげでしょうか、まだ飲んでいる途中なのにカップを下げにきました。

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Fool on the hill 愚か者に捧げます。

55年体制が引っくり返りました。
政治の大転換です。まさしく平成維新になり得るでしょうか。
それにしても、台風みたいな選挙戦でした。横綱であるはずの自公勢力は批判ばかりに終始して、まるで野党そのものでしたね。居直って喧嘩腰になり、まるで引退間近の横綱と云った感じで余裕がなかったですね。
力尽きて突き落としで負け! そんな感じでした。

二大政党政治が確立できれば、世の中少しはまともになるのでしょうか
小泉チルドレンは政治の世界から抹殺されました。今回の小沢チルドレンはどうなのでしょうか。新幹線のグリーン車に乗りたい、料亭で美味しいものが食べたい等と幼稚な発言があると困りますが・・・。
ただ、小泉チルドレンと違って、目線が国民に向いての発言は、ひと味もふた味も違うような気がしますが。
老いたる人生、楽しく生きられるでしょうか。

今回の選挙で最大級の賛辞をあげたい痛烈な発言--------------------------

「都議選という現代の戦争で、多数の戦死者を出したばかり。戦いを総括し、戦略・戦術を見直すことなく、そのまま『突入』では、ガダルカナルではないか」

「開戦日程だけが設定され、マニフェスト(政権公約)という武器もなく、赤紙一枚で戦場に赴く兵士の思いは複雑だ」 「戦後処理にあたった吉田茂の孫は、『失敗の本質』をご存じではないようだ」

太平洋戦争で進軍玉砕したガダルカナルをなぞらえた云いえて妙の傑作。

ここに
大好きな曲があります。それも懐かしいセルジオ・メンデス ブラジル'66 が歌う
The Beatlesの名曲「Fool on the hill」 ボサノババージョンで。
お山の大将で我を忘れた愚か者に捧げます。


祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず
唯春の夜の夢のごとし
たけき者も遂にはほろびぬ
偏に風の前の塵に同じ

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Lotus Blossom(蓮の花) Jazz

7月23日は大暑。
一番暑い日とされていますが、まだ梅雨の真っただ中です。
暦では季節の変わり目となる今日の誕生日の花は「蓮の花」です。

Jazzの名曲にその名もずばりロータスブロッサム(蓮の花)と云う曲があります。
今宵は、CMの影響でしょうか・・・静かなブームで広がっているサントリー角瓶でハイボールを飲みながら聴きましょうか。 ようやくウィスキーの時代が戻って来ました。水割り大好きです。

高田城公園の”はす祭り”もはじまりました。
巨大な蓮の迷路を自由自在に動き回り、華麗な花を咲かせるために掃除に忙しいカルガモのみなさん。

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ペールギュント 第一組曲「朝」

長いあいだ、埃と蜘蛛の巣で機能しなくなった脳の片隅に
こびりついて離れなかった問題が解けました。
幼いころから、NHKラジオから流れて来る、爽やかなこの曲のタイトルが
分からなくて、その度に、脳はストレスを起して破裂寸前。
口ずさむことは出来ても、誰に聞くことも出来ずにいたのです。

多分、この曲は誰もが知っている有名な曲なんだと思うのです。
今朝のラジオから、しばらくの間、音楽をお聞きくださいと云って
この懐かしいメロディが流れてきたんです・・・・あぁ~このタイトルが
私の心を察してか、曲の終りに曲名を云ってくれました。
咽喉の奥に刺さった小骨が、ようやく取れた感じなんです。
なんだか、感激した1日です。スッキリしました。

ペールギュント 第一組曲 「
組曲と云えば「展覧会の絵」しか思いつかないクラシック音痴の私です。
今度は、しっかりと脳裏に刻んでおこうと思います
曲名が分かっただけで嬉しくなったのに続いて・・・。
やはり、NHKラジオと聞けば、何と云っても「ひるのいこい」でしょうか。
今でも、続いているのかどうかは分かりませんが。
お昼の代名詞にもなった名曲ですね。

これほど、脳裏に刻まれ愛された曲も少ないのではないかと思っています。
田舎の親戚は、山ごと抱えてミカンの栽培をしています。
忙しくなると、親戚は狩り出されてミカンの収穫に精を出します。
お昼になると、大声で集められ、広く敷いたゴザの上にはおにぎりやら弁当が並べられ、まるでハイキングそのものです。
そんなひと時にも、いまや化石となったトランジスタ・ラジオからは、12時の全国ニュースのあとに聴き慣れたテーマ曲に乗って「ひるのいこい」が始まるのです。

日本各地のニュースには、必ず「ふるさと通信員」からのハガキが読まれるんです。
漁業やら農業に関する日常の話題が生の声として放送されました。
なりたかったですね。ふるさと通信員に・・・。

高度経済成長時代にエコノミックアニマルと世界中から揶揄された、あの時代でも お得意先に行くと、時間が時間だからと云って、お茶を出されて食事が終わるのを待っているあいだにも、待っている部屋にはラジオから「ひるのいこい」が流れていました。
懐かしさのあまり、久し振りに田舎に電話でもしようかなと思ったものです。
気が変わらないうちにと、お得意先を出ると、すぐに新宿京王デパートの通路には、2~30台も並んでいた赤電話に飛びつきました。
どの赤電話も10円玉を握りしめたサラリーマン諸氏でいっぱいです。
そんな、赤電話の中に1台だけ10円で長距離電話が掛けられました。
故障しているの赤電話なのですが、知っている人は知っているで、その赤電話だけは他の赤電話が空いても並んでいました。
ただし、コツがあって10円玉を入れて、先ず市外局番の"0"を回さずに"9"を回してジーコジーコと回したダイヤルが戻ってきた瞬間に、タイミングを計りながら右手で受話器のボタンを押すんです。
そうすると、何故か・・・"0"として認識するようなんです。
あとは、普通どおりにダイヤルをすると繋がりました。
薄給で泣いているサラリーマンの節約術だったのでしょうか(悪知恵だったでしょうか)

ペールギュント「朝」が分かって、そんなことを思い出してしまいました。

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茜色に染まる日本海

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生まれ育った町では海に沈む夕日を見る事が出来ません。

しかし、朝日は独り占めできます。
薄明かりの射しこむ2階に上がり、朽ちかけた板が敷かれたベランダに出ると太平洋から黄色い光の玉がぼんやりと顔をのぞかせる。まるで手の平に乗せているような錯覚に陥ることもある。浮いた太陽を見ると、ご来光に相応しく拝みたくなるが、浮いているのを眺められるのは、ほんの少しの時間で、すぐに眩い太陽として光彩を放ってくる。
日の出の太陽を直視できるのは、ほんの数分間。
海の彼方に落ちていく様子を30分も40分も眺められる夕日は憧れの光景でした。
夕日が見たくても、西の方角には山並みが立ち塞がり、落ち行く様子を眺めることが出来ない。ぼんやりと薄く染まった茜色の空を見るたびに夕日の憧れを強くした。

この地に来て、夕日は日常の光景となった。
水平線に沈む太陽は眩さを抑えて暖かい玉となって手の平に乗る。
荒波が押し寄せる冬のあいだの太陽は、オフシーズンとなり夕日の演出はお休み。

桜が開花したと思ったら、すぐに満開になり、葉が出てきて散り始めた。今年の桜は駆け足で通り過ぎて行くような慌ただしさがある。それでも、桜は人々の心に優しさを灯し、一服の清涼剤として穏やかになる。
そんな日に、日本海を望むと沈み行く西の空には、茜色が広がっています。

雨漏りとすきま風が仲良しだった我が家であるが、朝日の当たる家だった
ボブ・ディランやジョーン・バエズがギターで弾き語り、アニマルズによって世界的にヒットしたアメリカ民謡「朝日の当たる家」は好きな曲です。
メロディラインが良かったのでしょうか、ビートルズからベンチャーズとエレキ旋風が巻き起こり、友だちを持っていたエレキギターを手にして、一生懸命コードを覚えたのは昨日のように思い出します/p>

 

朝日の当たる家のコード進行は新鮮でした。
Dm F G B Dm F A7・・・・
好きな曲ですが、娼婦の悲しみを綴った歌詞だとは思わなかった。

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many a poor boy
And God I know I'm one

My mother was a tailor
She sewed my new bluejeans
My father was a gamblin' man
Down in New Orleans

誰しも、娼婦になることは望んでいないが、生活環境を取り巻く時代背景が娼婦の道へと繋がっていく。いまは廃止になったが国が認めた娼婦の館「赤線地帯」が存在して娼婦は商売として成り立った。わが町にもあった。
悲しい過去である。

若い頃に読んだ本に、木野 杢著「襤褸」があります。
娼婦を描いた内容で涙を零しながら読んだ記憶がある。

本の受け売りであるが・・・アメリカの裏面史として
毎年、数千人に及ぶ子どもの誘拐がある。その誘拐も金銭目的でない為に、犯人からの連絡がないので、誘拐された事すら分からないと云う。
誘拐された大多数の子ども達は売春を目的とした娼婦に仕立て上げられると聞く。
スーパーで売られる牛乳パックには、誘拐された子どもの写真にMissingと書かれている。

日本にも娼婦を題材にした曲?それとも不倫の曲?があります。
悲恋なのでしょうが情緒たっぷりです。
顔見世にいる娼婦と思いましたが・・・。

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N響アワー・・・上原彩子

久し振りにN響アワーを観た。
ロシア生まれの作曲家でピアノの名手セルゲイ・プロコフィエフ ピアノ協奏曲3番ハ長調作品26が聴こえてきた。ピアノは、20代にして日本を代表するピアニストと評判の上原彩子。
プロコフィエフのピアノは激しい旋律で迫力があり響きます。
上原彩子さんは妊娠中であったとのことでしたがダイナミックな演奏に圧倒されました。最高の胎教ですね。

youtubeで上原彩子さんのピアノ協奏曲3番を探しましたがありませんでした。
しかし、20世紀を代表するピアニスト  マルタ・アルゲリッチがありました。
世界に誇るマルタ・アルゲリッチのピアノと上原彩子さんとは比べようもありません。
まだまだ足元にも及ばないのであります。

プロコフィエフ ピアノ協奏曲3番ハ長調作品26 マルタ・アルゲリッチ
第1楽章

第2楽章

第3楽章

上原彩子
21世紀を代表するピアニストになると思います。

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中国障害者芸術団「千手観音」

「千手観音」  オンバサラタラマキリク

中国製の食料品は拒否しますが、それでも良いも悪いも世界に誇るmade in china
4000年の歴史は、だてではないですね。なにしろ列強としての三国志の時代、日本は弥生時代です。世界に誇る中国障害者芸術団の芸術。宗教を規制している中国においても千手観音は外せないようです。そして障害を抱えての踊りは何と素晴らしいのでしょう。圧倒され息を飲み感動した。

千手観音と云えば・・・菩薩として、如来になるための修行をされています。
人間社会において苦悩を抱えた悲しみの数々を一縷の望みを託し、投げた球がどんな悪送球であっても受け止めて、たちどころに解決の糸口を授けてくれると云う。
まさに、どんな願い事も聞き届けてくれる神様が千手観音菩薩です。

サンスクリット語「オンバサラタラマキリク」三唱。

一糸乱れぬ華麗な踊りに、まさしく後光が射している。

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紅とんぼ

FMラジオに耳を傾けると、大ファンである「ちあきなおみ」の黄昏のビギンが流れてきた。うっとりして聴きながら個人的な評価ですが、歌唱力では天下一品であろうと思っています。紅白でトリをつとめるどこぞ女の歌唱力に比べたら笑っちゃうぐらい月とスッポンではなかろうかと思っています。
しかし、芸能活動として表舞台から姿を消して久しいが、今もってライブ活動をお願いするたくさんの方がいることがニュースとして流れて来る。いち時期、和製ビリージョエルとして小さなライブをされていたのに、惜しいですね。
特にカバー曲は大好きで何枚かCDを持っている。

その中でも、NHK入選作である「紅とんぼ」は、とりわけ大好きな曲です。
30代のころ、良く行った新宿西口ガード横の赤提灯に「紅とんぼ」の店はなかったですね。

ご主人で亡くなられた日活の俳優だった郷鍈次は、私の寺子屋時代のごくごく限られた少数派のヒーローだった。
日活と云えば、石原裕次郎、小林旭に代表されるアクション映画で最初から最後までドンパチが続く、ギャング映画でありながら喜劇とラブロマンスそれに派手な喧嘩が渦巻く、そして正義は勝つ映画だった。
内容もさることながら、バカバカしくて面白い映画だった。
その中でも郷鍈次は、喧嘩では勝つが、いつも最後は撃たれて死ぬ役であったが、あのニヒルな態度は主役を食うはまり役であったと思う。

省みれば、宿舎ではいつも先輩に怒鳴られ、鉄拳を貰い、歯を食いしばり早く先輩になりたい!
私も殴る役になりたい等と思った。
考えてみれば、殴られるにはそれなりの理由があり、特に私は成績が上がらずテストの度に個室に呼ばれ、往復ビンタを貰い鼻血をだしていた。
そして、いつも殴られている同級生の仲間と一緒に場末にある三本立ての名画座に足を運び、日活映画を楽しみに、豪快に殴り返す郷鍈次に憧れた。

スクリーンか何かの雑誌で読んだ・・・・遠い昔の記憶であるが
宍戸錠と郷鍈次の兄弟は学生時代に神宮外苑を歩いていたところ、6人のチンピラに囲まれた。二人を怯むこともなく、6人を相手に数十秒で倒したと書いてあった。豪快な逸話である。

ちあきなおみが今もなお郷鍈次の喪を続けている、そんな雰囲気がある。
郷鍈次は愛情が深く義を重んじる人だったんですね
究極の愛なのかも知れない。

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マイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」

CDの整理をしていると大事にしていたマイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」が見つからない。100回以上は聴いたであろうが愛着は人一倍ある。
だんだんと焦りはじめて必死に探すが見つからない。誰かに貸したか、中身だけ抜いて車のCDケースに入れたのか思いだそうと、頭の中は右往左往している。

死刑台のエレベーターはルイ・マル監督、ジャンヌ・モロー主演の映画「死刑台のエレベーター」のサントラです。 マイルス・デイヴィス最初の映画音楽。

マイルス・デイヴィスと云えば、薩摩の学生時代に天文館通りにあったJazz喫茶「スイング」で初めて聴いた。当時、人気週刊誌「平凡パンチ」に連載されていた五木寛之「青年は荒野をめざす」を食い入るように読んだ中にjazzについて書かれた箇所がたくさんありjazzに惹かれた。
スイングの扉を開けて一歩はいると、そこは紫煙が立ちこめ四隅に置かれたスピーカーからは甲高いトランペットの音が鳴り響いていた。
会話をする場所ではない。ただ煙と音に包まれテーブルスポットの薄明かりで平凡パンチのページを開き「青年は荒野をめざす」を読んだ。
明日への自分として憧れた・・・。
そして、スイングで聴いたマイルス・デイヴィス「死刑台のエレベーター」は強烈に脳裏に収まった。

社会人となり薩摩弁まるだしの田舎出の若僧は営業で足を棒にして都内を歩き回った。jazzを聴く余裕はなくなっていた。得意先として新宿伊勢丹の裏手にある会社が担当になり毎日通った。新宿駅を降りて紀伊国屋の裏通りを歩いて行ったが、途中にピットインなるjazzを聴かせるライブハウスがあった。裏通りは人も車も通行量が少なく、jazzライブに出演する方が通りに出て練習をしている風景にいつも出会った。
ドラムの音が鳴り響き、立ち止まって聞いた。
いつしか、ピットインに入って聴きたいと思っていたが、朝から晩まで仕事に追われて余裕がなかった。女の尻を追いかけていたのかも知れない。
日本を代表するジャズメン渡辺貞夫さんや日野皓正さんを間近で見たが演奏を聴くまで至らなかったが、生演奏を聴けるチャンスだったのにとても残念です。
いま考えると無理してでも・・・ピットインに行ってライブで聴きに行けば良かったと。
いまは、マイルス・デイヴィス中心に集めたjazzのCDを日替わりで聴いている。

思えば思うほどに宝物を無くした気持ちになったが、まだ無くなった訳ではないので・・・「死刑台のエレベーター」を探します。出てきたら良いなヤッホー(ノ^∇^)ノ

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あかね色のシルエット

                                    失敗作の動画・・・。

今月のメンテナンスも約束の時間より少し早めにハンドルを握りアクセルを踏んだ。
曲がりくねった坂道を一気に駆け上がると、晩秋の雲が広がり、少し澱んではいるが白い波が砕け散る海の見える丘にたどり着く。海の見える小高い丘には、ところどころ潮風の影響でペンキが剥げ落ちた白い建物が顔をのぞかせている。
庭は船の甲板のように間伐材を利用した手作りのデッキが庭を占領している。幌が破れたディレクターズチェアが2脚あり、丸いテーブルを挟んで置かれている。
デッキを囲んでいる柵の上には風見鶏の風車が風の向きを捉えているが、風車が海以外の方角を指しているのを見たことがない。
海からの風が強く建物すべてが潮風で錆が始まっている。

風の音に消されて岩礁に当たる波の音はまるで聞こえて来ない。
海の方角に出っ張ったデッキに立つと耳をつんざく風の音が響いてくるが、寒くて震えてきそうだ。
「今日の夕陽はどうですか・・・?」
と、聞いてみるが、夕日も冬眠に入るらしく、薄く色を射しただけで見えなくなる。

冬を除いて、この場所から見える夕陽は、西の方角に小高い崖が邪魔になり、水平線に沈む夕陽を見る事ができない。しかし、空いちめんに広がった茜色を楽しむ事が出来る

水平線に沈む夕陽を見るには、一旦、浜辺の路地に降りて、波寄せに平行して走ると、沿岸を走る国道8号線に合流して幹線道路に吸収される。
西に進路を取り賑わいのある海水浴場を過ぎると小さな入り江にぶつかり、入り江には大きくせり出した岩礁が海に向かって伸びている。この岩礁の入り口にはパーキングエリアとして十数台の駐車が出来るように車止めが設置してある。
夕方になると、どこからともなく車が忍び寄り、カップルが下りてきて柵に寄りかかり水平線に沈む夕陽を眺めている。

あかね色に染まる少し前には
岩礁から見える浜辺の波打ち際は打ち寄せる波の飛沫で白線を引いたような白墨の縞が出来上がり幾重にも重なっている。
沖の波間に漁に出て、海面に浮かんで来た小魚をせわしくも突っ突いてお腹いっぱいのカモメが一日の漁を終えて入り江にある波消しブロックに身を寄せるように羽根を休めている。
今日の収穫でも話をしているのであろうか・・・。
必要な量だけ捕獲する生存に於ける自然の原理である。

岩礁から見る夕陽は若いカップルにはまたとない場所で柵には至るところに南京錠が付けられている。このまま離れないように・・・との願いなのか

その昔。工学部の友人はどんな南京錠でも100均で売っているようなフォークで開ける事が出来ると豪語していた。事実、合宿所にある台所の米びつには頑丈な南京錠が掛けられていたが、いとも簡単に開けて共犯としてたらふくご飯を食べた思い出がある。
恋人たちの南京錠をこじ開けるとどうなるのであろうか・・・。

岩礁を過ぎると
「露天風呂から夕日が見えます!」の謳い文句の看板が目に付く。この温泉は「うみてらす」
夕日の時間帯になるとたくさんの人で賑わいを見せている。
露天風呂から見る夕日は哀愁を与えてくれる。裸のままで見る夕日も良いもんです。
しかし、夕日の見えない冬は来客も少なくなる。その為に夏場500円、冬場300円の冬期料金が設定されている

あかね雲はロマンチックですね。
夕日の数々と、大橋純子の「シルエットロマンス」をゴチャゴチャにして作ってみました。
お粗末な動画です。直したい箇所がたくさんあるが、面倒なのでこのままで
それでは・・・

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ヴィクター・ウッテン『アメイジング・グレイス』

ベースソロで『アメイジング・グレイス』

ベース奏者憧れの当代NO.1ベーシスト。
ヴィクター・ウッテン(Victor Wooten)

ベースギターがリードギターになるなんて・・・。
この高度なテクニックはどこから生まれたのか。
3歳から手ほどきを受けて5歳では簡単なメロディラインが弾けたと云います。
天才としか良いようがありません。

ウィキペディアによると。
ウッテンのスラップ奏法は親指をギターピックのようにアップ・ダウンさせて弦をはじき(サムピング)、さらに人差し指・中指で弦を引っ張る(プラッキング)ことで四連スラップを行う。さらにハーモニクスやタッピング奏法、コード弾きを織り交ぜ、非常に高度な技巧を展開しながらも、ファンク色の強いグルーヴ感あふれるリズムを聞かせる。

楽器の弾けない私はチンプンカンプンです。

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12人の怒れる男

来年から日本でも陪審員制度が導入される。

1958年。アメリカ映画の名作と云われる「十二人の怒れる男」をリメイクした、ロシア映画ロシア版「十二人の怒れる男」の映画がこの地域に来る事を待ち望んだのですが、この町のシネコンでは上映の予定がないことが分かった。
そこで、レンタルDVDで「十二人の怒れる男」を借りてきて鑑賞した。
1958年のヘンリーフォンダ主演のモノクロ映画。

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法廷での証言が終り、うだるような暑さの中で陪審員が扇風機も効かない狭い部屋に集まり有罪・無罪の票決に決める。法廷での証言は陪審員の口を通して再現され、票決に影響して行きます。

事件の筋書きは・・・
スラム街に住む少年の父親殺人。アリバイの不透明さ、目撃される証言に物的証拠・状況証拠と少年には不利な材料が揃い、有罪は避けて通れない。誰もが有罪である事を確信していた。
挙手による投票の結果、有罪11人、無罪1人となり話し合いが持たれます。
無罪の挙手をしたヘンリーフォンダの知的な推測と大胆かつ理論的な説得によって弁護士も認めた証言を覆していきます。
それでも、少年が殺人を犯していないとは行っていない。
あくまでも、証言の曖昧さ、有り得ない状況証拠、それに証人を観察して新たなる推測が出てくる。
あくまでも、有罪にすべき確固たる証拠・証言がない以上は無罪であるとの説得。
個々の感情が主張に表れ、怒声となって証言を鵜呑みにした証拠に間違いはないとの強固なる信念が、客観的な事実の前に崩れ落ちていく。

最後まで有罪を主張するリー・J・コッブ。無罪を主張するフォンダと対照的な性格で、自分の一人息子との不仲がトラウマとなって、父親殺しの少年に対し異常なほどの憎しみを持っています。彼は少年の「殺してやる」という発言を、殺す気があったからだ主張します。

そのあとに、コップとフォンダとの激論でコップが激昂します。
その時のやり取り・・・。

コップ 「やつは有罪だ。電気いすさ!」
フォンダ「君は死刑執行人か?」
コップ 「その1人だ」
フォンダ「君がスイッチを?」
コップ 「入れてやるさ!」
フォンダ「よくそんな気持ちになれるもんだ。社会の復讐者を気取っているのか。
個人的な憎しみで殺したいのか。サディストだ」
コップ 「放せ。殺してやる!」

思わず出たコップの「殺してやる!」のひと言で、それを聞いた11人全員が引いて
殺す気がなくても、「殺してやる!」の言葉は日常的に使われると。

99%確定していた少年の死刑判決は、有罪の決め手となった証人・証拠・証言が曖昧なものと判断され、殺したかも知れないが決定的証拠がない、疑わしきは罰ず。
果たして、来年からの陪審員制度はどうなるのでしょう
冤罪が多く生まれるのか、推定無罪として殺人犯を見過ごすことになるのでしょうか

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イタリア映画『道』 GELSOMINA(ジェルソミーナ)

GELSOMINA(ジェルソミーナ)

Miti

号泣した映画がある。
出向で岐阜に短期で赴任していた時に場末の映画館で上映していた。
1954年 イタリア『道』(LA STRADA)監督:フェデリコ・フェリーニ

田舎から口減らしでサーカスに売られて来た知的障害者ジェルソミーナと
引き取った何かにつけ粗暴で狡猾な大道芸人ザンバノの二人の道中。純真な心優しい
ジェルソミーナは極貧の家族のためにザンバノの売られて三輪車の荷台で生活しながら旅回りをしている。ザンバノはジェルソミーナを酷使するも、
ジェルソミーナは逃げる事もしないで変な関係で旅を続ける。

ザンバノを慕うジェルソミーナはザンバノが喧嘩で警察に捕まると、
「自分は何の役にも立たない無能な女だと泣く」と優しい綱渡り芸人は
「道端にある小石だって役に立っているんだ 君も誰かの役に立っているんだ」と励ましてくれる。

ザンバノが再会した綱渡り芸人を殴り殺してしまう。
ジェルソミーナは狂乱し精神異常になり芸人として役に立たないと見たザンバノは雪の日にジェルソミーナが寝静まった夜にジェルソミーナを置いて小屋を抜け出し旅立つ。
数年後、海の見える街でジェルソミーナがいつも口ずさんでいたメロディを耳にする
そして、ジェルソミーナが死んだ事を知らされる。
夜の浜辺で狂ったように伏して慟哭するザンバノ。
心の表面とは裏腹にジェルソミーナを愛してやまなかったザンバノは優しい男に帰る。

涙が出て止まらなかった。
全編と通して流れるGelsomina・・・midiでお聞き下さい。

あらすじ

ザンバノの慟哭

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八月の濡れた砂

地方にも学園紛争が吹き荒れ、学校はロックアウトされていた。
このまま卒業が延期になるかも知れないとの不安が過ぎった。
教育実習で指定された中学校に行ったが、生徒たちに挨拶をする前に日教組のレクチャーを受けて教員の夢はいっきに醒めた。
先輩のいる会社に縁故で入社したが、将来への不透明感は拭えなかった。
目標が定まらず悶々としている時に藤田敏八『八月の濡れた砂』を観た。
退廃的な映画を観て自己嫌悪に陥り反省した。

音楽は投げやりで切ない感じがした。
好きな曲でカラオケでは歌います。


『八月の濡れた砂』
作詩:吉岡オサム 作曲:むつひろし

あたしの海を まっ赤に染めて
夕日が血潮を 流しているの
あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
悲しみさえも 焼きつくされた
あたしの夏は 明日もつづく

打ち上げられた ヨットのように
いつかは愛も 朽ちるものなのね
あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
想い出さえも 残しはしない
あたしの夏は 明日もつづく

あの夏の光と影は
どこへ行ってしまったの
想い出さえも 残しはしない
あたしの夏は 明日もつづく

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ローリングストーンズ 『テルミー』

『テルミー』ローリングストーンズ。
衝撃的な出会いは高校2年の時に部屋の片隅に置かれた古ぼけたラジオから流れて来る小島正雄氏の軽快な語り口で始まる「9500万人のポピュラーリクエスト」は懐かしい。

「9500万人のポピュラーリクエスト」は流行の曲をいち早く耳にする事が出来る唯一の音楽情報番組であった。ビートルズとローリングストーンズは番組を独占して毎週のように特集が組まれ、憧れの曲に一喜一憂して心を踊らせた。 聴けば聞くほどに分からない英語に夢中になり独自のでたらめなカタカナ英語に編詩して口ずさんだ。
耳コピーのカタカナ英語は十八番である。 ローリングストーンズの中でもファンだったブライアン・ジョーンズが亡くなったニュースは衝撃的だった。
自宅のプールに浮かんだブライアン・ジョーンズは自殺・事故死・他殺の謎は今でも解明されていない。殺したと自白した人はいたが解明される前に亡くなり謎のまま迷宮入りとなった。

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ジャンゴ・ラインハルト 『黒い瞳』

こんなスタイルのJazzを初めて聴いた。

ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)を知ったのは、桜の開花宣言がチラホラと聞こえてきた3月のはじめ。音楽に造詣が深く多岐に渡る才能をお持ちの主婦のブログだった。

ジャンゴ・ラインハルトの『黒い瞳』は降参した。もう何十回、いや100回近くは聴いたであろう 世はまさに国の存亡をかけた戦争の真っ最中に、ホットクラブスタイルの演奏で屈託がなく音楽を楽しんでいる。

最初に聴いて圧倒された。
これほどまでに心に響いてくるとは、思いもかけず感動した。

ジプシーとして生まれ育ち、火事で左手の薬指と小指の自由を奪われたにも拘わらず不屈の魂でテクニックを確立したジャンゴ・ラインハルトは独特な奏法を編み出し
ジプシージャズの先駆者となりホットクラブ五重奏団の演奏スタイルは観衆を魅了した。

すぐにCD「The Best Of DJANGO REINHARDT」を買い求め通勤での運転中は聞いています。

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チャールダシュ

Csardas(チャールダシュ)

葉加瀬太郎&古澤巌の華麗な演奏を
お聴き戴きありがとうございます。

クラシックをたくさんの方が楽しめるようにと各地で小さなコンサートを開いている
古澤巌氏のファンで子どもと聴きに行ったこともあります。

Csardas(チャールダシュ)はアイススケートでも話題になった曲ですね

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大雨・・・あの日の事が蘇る。

   

ビリー・ジョエル「The Stranger」を聴くと、あの日の事が蘇る。
その日は午後から雲行きが怪しくなり、夕食を過ぎた辺りから強風を伴った雨が窓を激しく叩き、あたかも台風のお出ましで雨に取り囲まれ周りから取り残されたような静かな空間が部屋に漂っていた。
こんな日は車の運転するには面倒だ。外に出ないようにしよう・・・。
雨は一向に止む気配はなく、前にも増して雨音は激しく音を奏でているまるで台風の夜にロウソクに火を灯し楽しんでいるかのようだ。
しかし、戸を閉め切った部屋の中は、座っているだけで体中の毛穴から汗が噴出してベタベタして蒸し暑い。明日も雨で通勤渋滞がよりいっそうの渋滞に巻き込まれる事を考えただけで憂鬱になっていた。そんな不安が頭を過ぎり早々と床に就いた。

眠りは得意とするので眼を瞑るとすぐに夢の世界に飛び込み楽しんでいた。
午前2時。静寂さは掻き消され、激しく打ち鳴らす雨音に呼応するかのように、けたたましく電話の音が鳴り響き叩き起こされた。

寝惚け眼で受話器を取ると栃木県佐野市に住む友人K氏からだった。
「寝ている時に悪いですね」
「大至急のお願いがあるんです・・・。」
眠い目を擦りながら「はい!久しぶりですね ・・・で、何でしょう?」
「練馬に住む彼女が自殺しそうなんです」
「連絡が取れなくなってきているのです。・・・見てきて欲しいんです」
「自殺」の声を聞いて眼は完全に醒めた。
「先ほど、電話が入って今から自殺をしますと云って来たんです」
それは、大変だ。
住所とある程度の場所と建物の特徴を聞いてメモすると着替え、土砂降りの雨の中を出かけた。こんな大雨の日には運転したくないと思っていたが、事は急を要した。

雨は小降りになる気配もなく、だんだんとひどくなり強い雨となっている。
ワイパーの速度を早くしてもフロントガラスを叩く雨を消す事が出来なく視界が悪く、焦る気持ちで練馬方面に向かった。
聞いた地図を頼りにアパートの色や建物の形を探して、電信柱に貼ってある番地表示を確認した。
「ここだ 間違いない」
アパートの玄関を入り、聞いた1階の部屋を確認してノックするが応答がなく、隙間から漏れてくる明かりも消えている。もう死んでいるかも知れないとの不安が脳裏をかすめる。激しく戸を叩いても何の反応もない。
降りしきる雨の中をアパートの裏に回り、閉め切っている雨戸を確認すると、車に戻り工具箱からドライバーを取り出し、雨戸をこじ開けた。
雨の音で戸をこじ開ける音が消されて幸いした。
ずぶ濡れになり、まるでジョージ秋山氏が描く「アシュラ」のようであった。

雨戸を外し、中に入ると部屋は真っ暗で物音ひとつしない。
手探りで灯りのスイッチの紐を探して引っ張った。
パッと明るくなった部屋の片隅に横たわっている彼女を発見した。
睡眠薬であろうか、空になった瓶が転がっている。
台所に行き、洗面器を持ってくると彼女を抱きかかえて無理やり口を開けると指を突っ込んだ。咽るとすぐに咽喉が鳴り嘔吐した。
洗面器の中は白い液状の固まりで溢れかえった。
我に返った彼女は気が付き泣き始めた。
自殺したい理由はうすうす分かっていたが改めて聞く事はしなかった
ずぶ濡れになった私を見て、声を上げて泣きじゃくり、体が震えている。
風は止み雨音だけが聞こえてくる蒸し暑い夜、彼女はガタガタと震えていた。
コップに注いだ水を何杯か無理やり飲ませて
「大丈夫かと聞いた」
「はい もう大丈夫です Kさんに聞いてきたのですか?」と聞いてきた。
「ウ・・ ウン(._.;) 電話が掛かってきたんだ」
「来ては悪かったかな?」
「いいえ・・・ありががとうございます」
鳴き声であったが、しゃくりながらはっきりと応えた。

ずぶ濡れの私は彼(K氏)のT-シャツを借りて着ていた。
まだ安心出来なく、その後が心配なのでベッドの横に並んで座り、まんじりともせず朝を迎えた。コーヒーを作り、元気を取り戻した朝に経緯を聞いた。
「もう考えるのが嫌になった」大好きなビリー・ジョエルの「ストレンジャー」を聴きながら死にたかったと云った。
ベッドの上に置かれたラジカセの中にはThe Strangerのカセットがセットされていた。
「聴いて良い?」朝聴くThe Strangerは雰囲気が違って聞こえた。
いろいろとあった二人だが、その後は紆余曲折を経て結婚した。いまは栃木県佐野市に住んでいる。

忘れ得ぬ曲としてThe Stranger。この曲を聴くたびに友人と奥様の顔を思い出す。
そして、ずいぶん前に聞いた芸能ニュースであるが「今日でお別れ」を聴くと
湘南の海岸で「今日でお別れ」をエンドレスで流しながら海に入っていった11PMのモデルを思い出す。何年経っても、なぜか心に引っ掛かっている。

私と云えば、The Strangerも良い曲だと思うが、なんと云ってもhonestyが大好きです。多分に正直な性格なのでしょう・・・私は(爆)

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君に捧げるほろ苦いブルース

過ぎ去りし日々・・・
出会いはミッソーニの大きな傘が作ってくれた

「ミッソーニの新しい色目のサンプルはあります?」
「今度のコレクションのですか・・・」
「ELLEで発表されていましたよね」
「DIC版で宜しければ用意しますが・・・」
「DICでお願いします」
販促担当の彼女は笑みを溢して足早に去って行った。

急いでELLEに載っているカラーチャートをチェックしながらDICの札を
集めていた。
有名なファッション雑誌ELLEにはEの文字の中に表紙で使うカラーチャートが
埋められているが知っている人は少ない。

必要なColorDICを用意した事で・・・
「お食事でもどうですかと誘われた」断る理由などありません。
ミッソーニが好きだと聞いていた事は私にとって幸いでした
駐在からサンプルとして送られてきたミッソーニの大きな傘がサンプルとしての
役目を終え処理される寸前だったのを裏から手を回して戴いて来た。

新宿西口のターミナルに愛車カブト虫31号を回して彼女を待っていた。
バッグを肩に掛け駆けて来た彼女は乗り込むや否や息を切らせて
「お誘いしているのに遅くなってごめんなさい」
「中野まで行けます?」
密閉度の高いカブト虫は車内はとても静かです
どんな大声でも外に漏れて聞こえる事はないです・・・喧嘩に最適かも知れない

彼女が行きつけのレストランはレンガ造りの瀟洒な建物・・・
入り口には年代物のランプがぶら下がり明治時代の灯りを灯していた。

座ると同時に・・・
私がとっても好きな曲があるんです かけていいですか?
ジュークボックスに行くとコインを投入してボタンを押した

今回の画像は歌詞にあわせて・・・

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君に捧げるほろ苦いブルース
マイナーな曲ですがとっても素敵な曲です。
荒木一郎の熱狂的なファンはこの曲が一番好き(YouTube)だと云います・・・

淋しさに一人飲むコーヒーは
ひきたてのほろ苦い味がする
ゆきずりの夜に買う綿あめは
君と愛した味がする
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアの外の
気に入りの紫蘭の花
昨日の朝 枯れたよ

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淋しさに一人弾くセレナーデ
イントロはほろ苦い音なのさ
ゆきずりの街に聞く汽車の音は
君と愛した音がする
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアを開けて
六月の空を見れば
まぶしすぎる僕だよ
BYE BYE MY LOVE 永すぎた
BYE BYE BYE MY LOVE 僕の歌もやがて
BYE BYE MY LOVE 終るだろう
BYE BYE BYE MY LOVE もうすぐ

淋しさに一人書く置き手紙
宛先はほろ苦い友達さ
横書きの白い地の便箋は
愛を記した時もある
BYE BYE まだ 夢のようさ
BYE BYE 君 ドアを閉めて
思い出の紫蘭の花
庭の隅に埋めたよ
BYE BYE 君 すぐに行くよ
BYE BYE BYE MY LOVE 君と同じとこへ
BYE BYE MY LOVE 夏になれば
君のいる処へ…

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過ぎ去った日々を懐かしく思っています
楽しかった日々は明日への糧となり
生きる力となります。

彼女から戴いたこの曲はありがとうの心を感じます。
プレゼントしたミッソーニの大きな傘・・・どうなっているのかな

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黄昏のワルツ・・・加古隆


携帯の着メロにさほどの興味はないが、いまは「黄昏のワルツ」が静かに鳴る。
以前、機種を変更した時に、いままでの着メロを引き継がないので探すことになったが、好きな曲が沢山ある中で、いの一番に探すのが黄昏のワルツ。

テレビ嫌い人間の一人であるが、NHK「にんげんドキュメント」だけは好きでいつも欠かさずに観ていた。ひたむきに汗と一緒に前を向いて歩いていく日々の姿を映像として捉え、その一部始終に共感して涙した。そんなドキュメントの主題曲が黄昏のワルツだった。

難病と闘いながら演歌歌手と歌いたいとの一心でボランティアの力を借りながら実現したり、笑いのある介護を目指す福祉施設があったり、その時々の節目は心に響くものだった。
その中でも、心に残った話として壊れた万年筆のペン先を直してくれる話があった。
その万年筆を直してくれる神様のような方は、持って来られた方の書かれる様子で、ペン先の微妙なズレや書く癖を一瞬で見抜き、手に馴染む万年筆として修復してくれる見事な職人技に感服して、いつしか私もお願いしたいと思って観ていた。
親から子へと受け継がれる万年筆を大事に大事にする心を改めて感じた。
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万年筆は中学卒業のお祝いにと父から星のマークのモンブランを戴いた。
それ以来、万年筆と云えばモンブランでずっしりとくる太目の胴を愛している。
しかし、万年筆に拘ったのは、初めて海外に行ったころからで、それまでは、つけペンの愛好家であった。15歳の身の上で薩摩に流浪した折にも、字の汚さで苛めに合うかも知れないわが子を不憫に思った母は、大量のハガキを買い込み、2日に一通の手紙を出すように強要された。

一夜にして上手くなるはずもなく、字の汚さは典型的であったが、同じ寄宿舎にいた同級生の字の上手さに驚嘆して彼が使っているつけペンに興味が湧き、つけペンに嵌った。Gペンと呼ばれるペン先を付ける取っ手の太いのを何本も用意して書くことの楽しさを味わい、机の上はインク瓶が鎮座していた。
ペンフレンドも出来て楽しいつけペンの世界で寺子屋の生活を満喫した。
しかし、社会人となり、いつしか、つけペンを手にする事もなくなり、手紙を書くこともなくなった。

海外出張で心得としてボールペンと万年筆を携帯するようにと云われて、父からプレゼントされたモンブランを必死に探したがゴミと一緒になったのであろう。忘却となり行方知らずとなった。
同じものをと免税店で買い求めたのがモンブランで、以来モンブランの愛好家となった。
時の経過と共に置き去りにしたり、迷子になったり、貸し出したまま戻ってこなかったりで淋しい思いをさせて、どれぐらいダメにしたでしょう・・・。

いまあるモンブランは、10年ほど前にヨーロッパから帰国した友人から戴いた太字のモンブラン146。これは触った瞬間に手に馴染み、書く楽しみが蘇って来る。
だが、近頃は旅先で絵はがきを手にすることもなく、葉書をしたためる事もしなくなり、引出しの中で太くて黒い体を淋しく晒しているが、天辺にある白い星の輝きが、気のせいか薄く霞んで泣いているようにも見える。

太字の万年筆で書かれた先輩のハガキは見る度に宝石のように輝きを放っている。
そんなハガキの一枚を書きたい。

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